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2019 年度歯学部歯学科 2 年生放射線学総論 歯科エックス線撮影における機材と写真処理 1 医療現場 医師が患者の情報 を得てそれを理解・ 判断し,治療や手術 など何らかの手段 で患者に還元する ということが行わ れている. 患者の人体情報を得るには ・問診 ・視診・触診・聴診など ・体温計や心電図など 患者の体内を直接観察できない場合は いったん他の形に置き換えて情報を得られるように する 画像化 医用画像(Medical image) 医療や医学のために人体を撮影,または計測した結 果を画像化したもの.医用画像を得るための過程や 技術を医用画像処理,医用画像工学(Medical imaging)という. 医用画像検査 ・エックス線画像検査 ・エックス線 CT 検査 ・核医学検査 …………………………………………………………… ・MRI 検査 ・超音波検査 ・内視鏡検査 ・眼底写真検査 エックス線画像検査は歯科臨床において,不可欠な もので,日常臨床の場面で患者の大多数に行われて いる検査である. エックス線画像の特徴 エックス線画像は目的の物質(被写体,患者)を透過 したエックス線とフィルムの感光材との相互作用に よって,フィルムを黒化させることで形成される. 近年ではフィルムはデジタルセンサー(検出器)に置 き換わり,画像はコンピュータで形成されるように なってきている. フィルムおよび検出器に到達したエックス線量に応 じて黒化度(黒さの程度)が生じ,黒化度は物質の密 度によって異なる.画像は,多様な黒,白,灰色が混 在する 2 次元投影画像として描写される. ・透過したエックス線の強度が大きい(空気) =物質のエックス線吸収が小さい 画像では黒い(透過像) ・透過したエックス線の強度が小さい(骨) =物質のエックス線吸収が大きい 画像では白い(不透過像) エックス線投影の原則 ・エックス線検査の対象である生体組織,病巣は立 体構造である.エックス線画像では,これらの立体構 造が二次元の平面画像として投影される. ・エックス線は焦点から広がり,可視光線と同様に ある方向性をもち直進するため,フィルムや検出器 ✍エックス線の線質および作用(西山先生講義内容) ・物質との相互作用による減弱 物質の種類と厚さによって透過力が異なる 【厚さ】 【密度】 この差を利用

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2019年度歯学部歯学科 2年生放射線学総論

歯科エックス線撮影における機材と写真処理

1

医療現場

医師が患者の情報

を得てそれを理解・

判断し,治療や手術

など何らかの手段

で患者に還元する

ということが行わ

れている.

患者の人体情報を得るには

・問診

・視診・触診・聴診など

・体温計や心電図など

患者の体内を直接観察できない場合は

いったん他の形に置き換えて情報を得られるように

する = 画像化

医用画像(Medical image)

医療や医学のために人体を撮影,または計測した結

果を画像化したもの.医用画像を得るための過程や

技術を医用画像処理,医用画像工学(Medical

imaging)という.

医用画像検査

・エックス線画像検査

・エックス線 CT検査

・核医学検査

……………………………………………………………

・MRI検査

・超音波検査

・内視鏡検査

・眼底写真検査

エックス線画像検査は歯科臨床において,不可欠な

もので,日常臨床の場面で患者の大多数に行われて

いる検査である.

エックス線画像の特徴

エックス線画像は目的の物質(被写体,患者)を透過

したエックス線とフィルムの感光材との相互作用に

よって,フィルムを黒化させることで形成される.

近年ではフィルムはデジタルセンサー(検出器)に置

き換わり,画像はコンピュータで形成されるように

なってきている.

フィルムおよび検出器に到達したエックス線量に応

じて黒化度(黒さの程度)が生じ,黒化度は物質の密

度によって異なる.画像は,多様な黒,白,灰色が混

在する 2次元投影画像として描写される.

・透過したエックス線の強度が大きい(空気)

=物質のエックス線吸収が小さい

→ 画像では黒い(透過像)

・透過したエックス線の強度が小さい(骨)

=物質のエックス線吸収が大きい

→ 画像では白い(不透過像)

エックス線投影の原則

・エックス線検査の対象である生体組織,病巣は立

体構造である.エックス線画像では,これらの立体構

造が二次元の平面画像として投影される.

・エックス線は焦点から広がり,可視光線と同様に

ある方向性をもち直進するため,フィルムや検出器

✍エックス線の線質および作用(西山先生講義内容)

・物質との相互作用による減弱

→ 物質の種類と厚さによって透過力が異なる

【厚さ】 【密度】

この差を利用

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に投影される像は幾何学的現象(物体の大きさや形

が変形)が起こり,像の鮮鋭さ(ボケの程度,境界の

明瞭さ)にも影響する.

【画像の拡大】

エックス線は焦点から円錐状に

広がりながら直進するため常に拡大する.

拡大率=H/h

H:焦点フィルム間距離

h:焦点被写体間距離

【画像の歪み】

被写体とフィルムが平行でないとき,被写体部の拡大率が

それぞれ異なる = 像がひずむ

【半影】

エックス線管の焦点が点でなく,面であるため半影が生じ

る.

半影の大きさは,焦点・被写体・フィルムの相対的位置に

影響される.半影が大きいほど画像はぼける.

【三次元物体を二次元画像で観察する際の制限】

・物体全体の形状の理解

・物体内の構造の位置と形状の重積(重積効果)

エックス線束に対して 2 つ以上の構造が前後的に存

在する場合,それらの構造のX線透過性の相違によ

って,X線画像として描出が可能なときと不可能な

ときが生じる.

(左図)

金属修復物の前

後の歯質は描出

困難

歯科で使用される撮影装置と機材

(1)口内法 X線撮影に用いる装置

【歯科用口内法 X線撮影装置】

・装置の構成:

①ヘッド(エックス線発生装置):

エックス線の発生に必要な部品が格納されている

✍復習

トランス,エックス線管,濾過版,絞り,指示用コーン

②アーム:ヘッドの支持部

③操作パネル(コントロールボ

ックス;制御装置):エックス線

の発生,撮影条件を決定する装

置.主にタイマーによってエッ

クス線の照射を制御する.

④照射スイッチ:

撮影室の外に設置されている.デ

ットマンスイッチ※が利用され

ている.

※デットマンスイッチ→スイッ

チを押している間のみエックス

線が発生する.撮影中不都合が生じた際にすぐにエ

ックス線の発生を中止することが可能.

⑤フィルム,検出器:受像系

(2)口外法エック線撮影に用いる装置

【パノラマエックス線撮影装置】

・装置の構成:

①エックス線管

②カセッテホルダー

(フィルム,検出器)

③アーム

④頭部固定装置(チン

レスト,バイトブロッ

ク)

⑤操作パネル(コントロールボックス;制御装置)

⑥照射スイッチ:

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撮影室の外に設置されている.デットマンスイッチ

が利用されている.

【頭部エックス線規格撮影装置】

・装置の構成:

①エックス線管

②カセッテホルダー(フィルム,検出器)

③セファロスタット:イヤーロッド(外耳孔に挿入).

鼻根固定具が付与されたタイプもある.

【その他,特殊な撮影装置】

・一般撮影装置

医科で胸部や腹部の撮影に使用されているエックス

線撮影装置が使用される.

・歯科用コーンビーム CT(CTの講義にて)

エックス線画像の画像形成

受像系について

エックス線画像は,エックス線管から照射されたエ

ックス線が被写体(患者)を透過して,受光系・受像

系に到達し形成される.

歯科臨床において使用されている受像系はエックス

線フィルム,検出器の2つに大別される.

本院では病院移転に伴い歯科撮影室もデジタルシス

テムが導入され,検出器を使用している.

エックス線フィルム

2つに大別される

(1)ノンスクリーンタイプフィルム

・エックス線に対し感度が高い.

・口内法エックス線撮影に用いる.

(2)スクリーンタイプフィルム

・増感紙(screen;スクリーン)を組み合わせて使用

するフィルム(後述).

・口外法エックス線撮影に用いる.

(1)ノンスクリーンタイプフィルム

①サイズ

・主に 3種類が用いられる.

・標準型(30×40㎜)

・小児用(22×35㎜)

・咬合型(57×76㎜)

②フィルムの構造,包装(パケット)

・フィルムは1or2枚ごとに黒い紙に包まれ,さら

にパケットに封入されている. 図 パケット内の構造

・エックス線の照射側が決められている.

・最後方に鉛箔が入っている.

→ 被曝軽減,散乱線を防ぐため

・裏表識別のマーカーが付与されている.

③フィルムの断面像

・ポリエステルなどの支持体(フィルムベース)の両

面に乳剤層が塗布されている(両面乳剤).

・乳剤層はハロゲン化銀※の微細な結晶をゼラチン

中に均等に分配させたもの.

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※ハロゲン化銀

おもに臭化銀(AgBr),その他にヨウ化銀(AgI),塩化銀(AgCl)

など.粒子の大きさは1μmあるいはそれ以下で,その大きさ

はエックス線感度に影響する.

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【乳剤層のゼラチンの役割】

・ハロゲン化銀の凝集・沈殿を防ぐ

・照射されなかった粒子の保護

・現像液,定着液を浸透させ粒子との反応を高める

【下引き層】

・支持体(疎水性)とゼラチン乳剤層を強固に接着さ

せる.

【保護膜層】

・乳剤層が直接外部と接するのを防ぐ.

(2)スクリーンタイプフィルム

①フィルムの構造

・ノンスクリーンタイプフィルムに類似しているが,

乳剤層はエックス線よりも光に対する感度が高くな

るようになっている.

・使用する増感紙と,発光する光の色に対応するフ

ィルムを使用する.

・裏表識別のマーカーが付与されていない.

・増感紙を貼りつけたカセッテ(フィルムを入れる

ケース)に1枚ずつ装填して使用する.

②増感紙について

・ポリエステルなどの支持体に蛍光物質(タングス

テン酸カルシウム,希土類元素)が塗布されたもの.

・エックス線を当てると内

部の蛍光物質が発光して,

その蛍光でエックス線フ

ィルムを「感光」させる.

・照射線量を 1/10以下に

できる.

・増感紙を使用しない場合

の撮影と比較してボケ画

像となる.

・増感紙の表面の傷やごみ

により蛍光にむらが生じ画

像に影響を与える.

・増感紙は長期間の使用により劣化する.

・デジタルエックス線画像診断システムでは不要

エックス線フィルムの特性

★デンタルフィルムが照射されたエックス線に対し

てどのように反応するか.(重要な理論上の用語と定

義を要約)

【黒化度】

・エックス線写真の黒さの程度をいう.

黒化度=Log10(不透過度)=Log10(Io/It)

・現像により黒化したフィルムに光を当てた時に,

その不透過度(フィルムの入射光量 Io/フィルムを

透過した光量 It)の対数で表す.

【特性曲線】

フィルムに当たったエックス線の量(照射線量)とそ

の黒化度(写真濃度)との関係を示した曲線.

①カブリ

・未照射フィルムを現像した部の黒化度.

・ケミカルフォッグ+フィルムベース自体の濃度.

・フィルムの使用期限切れ,貯蔵時の温度や湿度が

高いとカブリが増す.また現像温度が高い,現像時間

が長いとかぶりは増す.

②感度

・カブリとベースを除き,

同じ黒化度を得るために

必要な照射線量の逆数を

もって感度とする.

・写真濃度 1.0を生ずるのに必要な線量(R)の逆数

で表示.(Eは Dの 1/2 , Fは Eの 1/2の線量で撮

影可能)

・同じ黒化度を得るために少ない線量でよければそ

のフィルムの感度はよい.

※被曝低減のために感度の高いフィルムを使用するのが望ましい.

※ケミカルフォッグ

未照射ハロゲン化銀がわずかに現像される

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③寛容度(ラチチュード)

・診断に必要な黒化度の範囲(=直線部分)に対応す

る線量範囲.

④平均勾配(ガンマ)

・直線部分の傾き.直線部の横軸に対する傾斜度(θ;

シータ)の tanθ.

・ガンマが大きいほど,写真(画像)コントラスト

がよい.

【被写体コントラスト】

被写体を透過するエックス線量の対比(エックス線コント

ラスト)被写体の厚さ,密度,原子番号の違いにより被写

体の中の部位で透過エックス線量が異なる.

被写体コントラストに影響する因子

・被写体の厚さ,密度,原子番号

・X線の線質

・体内で発生した散乱線の量

散乱線は主にコンプトン散乱によって発生.

散乱線は被写体コントラストを低下させる.

→ 結果として写真コントラストの低下を招く.

【写真(画像)コントラスト】

現像処理をおこなったX線写真の隣接する部分の黒化度

の差.一般的にコントラストというと写真(画像)コント

ラストをさす. 被写体コントラストにフィルムの特性が加

味された最終的なフィルム上の濃度差.

写真(画像)コントラストに影響する因子

被写体コントラスト影響する因子

フィルムに関する因子

曲線の勾配は一定の線量の相違に対する濃度の相違を意

味し,濃度の差は特性曲線によって異なる.

つまり,被写体コントラストをできるだけ大きい濃度の差

として表現するには,勾配の大きくなるような線量を照射

することになる.

エックス線フィルムの画像形成

・エックス線(増感紙による光)がフィルムに当たる

と乳剤層のハロゲン化銀が化学反応を起こし潜像が

形成される.潜像が形成されたことを感光という.

・乳剤に記録された潜像を写真処理(現像処理)する

ことにより画像として可視可能となる.

①ハロゲン化銀の結晶に光が照射されると,光子エ

ネルギーが吸収されて励起する.励起された電子は

自由に結晶内を動き回り,エネルギーの低い個所(感

光核;写真乳剤を製造する過程で結晶に生じる不純

かつ不完全な部分)に捕えられる.

②電子を捕えた感光核は負に帯電するため,銀イオ

ンを引きつけ,中和して感光核に銀原子として集積

する.

【コントラスト】

2つのものを比べたときの差.

画像内の明暗の対比.ある1枚の

エックス線画像上に異なる2点

をとり S1,S2とした場合,その

濃度差,S2-S1 がコントラス

ト.2部位を判別するだけであれ

ば両者のコントラストが大きい

方がよい.ただしそれ以外の部位

の読影が困難.目的に応じたコン

トラストが必要.

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③一定の大きさに成長して現像核(現像操作の際に

黒化の起点)となる.

④現像核をもつ臭化銀粒子の集団を潜像という.

【写真処置(現像処理)の行程】

①現像 結晶の全体が金属銀になる

②中間水洗 現像処理の進行を防ぐ,定着液の劣化防止

③定着 現像されなかったハロゲン化銀を溶解し乳剤層から取り除く

④水洗 金属銀以外のチオ硫酸銀錯塩を取り除く

⑤乾燥 乳剤層に充満した水分を取り除く

【自動現像機】

・近年の現像処理システムは自動化.ローラー駆動

機構によりフィルムをそれぞれの行程処理用タンク

内を通過させ,乾燥部を通過して排出される.

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【暗室】

手現像を行う場合に必要な部屋.安全光が使用され

ている.

【エックス線写真処理の失敗】

(1)フィルム全体が黒すぎる(黒化度が過度)

①現像温度が高すぎ

②現像時間が長すぎ

③現像液の濃度が過剰

(2)フィルム全体が白すぎる(黒化度が不足)

①現像液が低すぎた

②現像時間が短すぎた

③現像液の疲労

④定着処理の過剰

(3)変色,退色

①定着液の不良,疲労

②水洗の不足

【エックス線フィルムの観察】

・適切に写真処理がなされた口内法エックス線フィ

ルムは一般的にフィルムマウントに入れて整理・保

管を行う.(裏表,左右,上下を間違えない)

・エックス線写真はシャウカステンを用いて観察す

る.(JIS規格 光量固定式 7,000 ㏓以上)

【確認事項】

①画像形成の概略を説明できますか

②エックス線投影の原則を説明できますか.

③歯科で行われる撮影法を列挙できますか.

③撮影用機材を説明できますか

④被写体コントラストと画像コントラストを説明できますか.

⑤エックス線フィルムの構造と性質を説明できますか

⑥写真処理について説明できますか

✍右にフィルム Aとフィルム Bの特

性曲線を示します.カブリ,感度,寛

容度,ガンマについて比較してみま

しょう

【参考図書】 歯科放射線学第 6版(医歯薬出版),わかりやすい歯科放射線学(学研書院),

エッセンス歯科放射線(学研書院),医用画像ハンドブック(オーム社),基

礎放射線画像工学(オーム社),デジタル放射線画像(オーム社),標準デジ

タル X線画像計測(オーム社),新・医用放射線科学講座 診療画像機器学

第 2版(医歯薬出版),ORAL RADIOLOGY Principles and Interpretation EDITION 7 .

水洗が不完全だとどうなるの?

→ 残存したチオ硫酸銀錯塩が反応,分解して硫化銀にかわり,画像

の変色や退色を引き起こす.診断に不十分な画像となる.

写真処理以外の原因の可能性もある

(1)照射条件

①照射線量が多い → 黒化度の過剰

②照射線量が少ない → 黒化度が不足

(2)被写体

①全体的に透過性が高い → 黒化度の過剰

②全体的に透過性が低い → 黒化度の不足