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日大歯学 ,NihonUnivDentJ,93,57-62,2019

(受付:平成 31 年 3 月 31 日)〒 101‒8310東京都千代田区神田駿河台 1‒8‒13

緒 言

矯正歯科治療の発展による適応症の拡大に伴い,多くの成人患者が矯正治療を希望するようになった 1)。成人患者は,咬合異常のみならず口腔周囲の審美性改善を主訴に来院することも多く,咬合と口腔周囲の審美性両者を改善する必要がある。特に上下顎前突難症例では上下顎前歯が顕著に前突しており,口唇の強い前突感,口唇閉鎖不全,オトガイ筋の過緊張を呈し,口腔周囲の審美性が損なわれていることが多く,治療では第一小臼歯抜歯により上下顎前歯を最大限舌側移動することが有効であることも報告されている 2)。しかし,前歯舌側移動のための抜歯空隙は左右第一小臼歯幅径の 15 mm 程しかなく,total discrepancy(治療に必要な空隙量)の大きい患者では抜歯空隙をすべて利用して治療することになる。従来は加強固定としてヘッドギアを使用し大臼歯の近心移動を抑制したが,成人患者のヘッドギア協力性は若年患者と比較し低く 3),前歯の十分な舌側移動ができず,不満足な結果を招くこともあった。近年,患者の協力性に依存しない強固な固定源として矯正用アンカースクリュー(以後スクリューと略す)が開発され,その植立部位や歯の牽引方向と歯列の移動様相が検討されつつある。そこで上下顎前突難症例の治療において上下顎臼歯部歯槽骨にスクリュー4 本を植立し固定源として治療した結果,患者へのヘッドギア使用の負担をなくすとともに,抜歯空隙をすべて利用して良好な治療結果を得ることができたので報告する。

症例の概要

患者は 20 歳 7 か月の女性で,前歯が前突して,でこぼこしていることを主訴に来院した。既往歴では特記事項は無く,家族歴では母親も上下前歯が前突していることが挙げられる。1.顔貌および口腔内所見

1) 顔貌所見(図 1A)正貌では口裂が軽度に左下がりであり,オトガイ筋の

緊張がある。側貌では口唇が強く前突しており,翻転が見られる。

2) 口腔内所見(図 2A)上下顎歯列は狭窄しており,上下顎前歯の顕著な前突

と下顎前歯部の叢生がある。下顎では左側中切歯が右側に比べ強く唇側傾斜しており,両側第二小臼歯は舌側に傾斜している。Overjet は左側 6.0 mm,右側 8.0 mm で,Overbite は左側 3.0 mm,右側 5.0 mm であり,上下顎大臼歯の咬合関係は Angle I 級である。Arch lengthdiscrepancy は上顎-2.5 mm,下顎-5.0 mm である。また,上下顎左側第三大臼歯が萌出中である。

3) パノラマ X 線写真所見(図 3A)パノラマ X 線写真では歯周組織に異常はないが,前歯

および小臼歯の歯根は短く,特に上下顎 4 切歯の歯根は短い。上下顎両側第三大臼歯が存在しており,下顎右側は水平に埋伏しており,上顎右側は矮小歯で未萌出である。

4) 側面頭部 X 線規格写真所見(図 4 実線,表 1)骨 格 系 で は SNA 77.5°,SNA 71.0° と 共 に 小 さ く,

ANB は 6.5°で,骨格性 2 級である。FMA は 25.0°と平均的であり,他の骨格系に大きな問題はない。歯系では,

AngleI 級,下顎前歯部の叢生を伴う歯性上下顎前突難症例の治療

宮 澤   綾 1    清 水 典 佳 1,2

1 日本大学歯学部歯科矯正学講座2 日本大学歯学部総合歯学研究所臨床研究部門

要旨:成人の上下顎前突難症例では上下顎前歯及び口唇が顕著に前突しており,咬合の改善のみならず,口腔周囲の審美性改善も行う必要がある。治療では第一小臼歯抜歯により上下顎前歯を大きく舌側移動することが有効であるが,total discrepancy(治療に必要な空隙量)の大きい難症例では抜歯空隙をすべて利用して治療する必要がある。従来から加強固定に用いているヘッドギアは,成人患者の協力性を得にくいばかりでなく,大臼歯の近心移動が起こることも報告されている。そこで臼歯部歯槽骨に植立した歯科矯正用アンカースクリューを固定源に用いることで,患者の負担をなくすと同時に抜歯空隙をすべて利用し,上下顎前突難症例でも良好な治療結果が得られたので報告する。

キーワード:歯性上下顎前突,加強固定,歯科矯正用アンカースクリュー

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U1toFH125.5°と大きく,FMIA35.0°と顕著に小さく,上下顎切歯が強く唇側傾斜している。Steiner 分析でもU1 to NA 10.0 mm, 32.5°,L1 to NB 14.5 mm, 52.0°であり,上下顎切歯は共に強い前突を示している。

軟組織においては,Z-angle 51.0°であり,アジア人の審美的基準(72°~75°)4)より約 20°小さく,口唇が突出している。

5) その他正常な鼻呼吸で習癖もなく,顎関節を含め機能障害等

は認められない。2.診断と治療計画

診査の結果,本症例は Angle I 級,下顎前歯部の叢生を伴う顕著な歯性上下顎前突症例と診断した。

本症例は成人であり ANB の改善は困難であり,また,口裂の軽度の傾斜も意識してないとのことであったため,上下顎前突治療を主に行うこととした。

上下顎切歯が強く唇側傾斜しており,Steiner 分析で

は U1toNA は 10.0 mm,L1toNBは 14.5 mm であり,本症例の治療目標値(ANB:6.5,U1 to NA:1.5 mm,L1 to NB:6 mm)から,上顎切歯は 8.5 mm,下顎切歯は 7.7 mm 舌側移動する必要があると判断した。下顎切歯を 7.7 mm 後退させ(relocation lower 1:-15.4 mmだ が 左 右 側 が 異 な る の で 2/3= -10.3 mm), 叢 生

(ALD:-5.0 mm)と Spee 湾曲(-1.0 mm)を改善するため, 下 顎 で は 16.3 mm の 空 隙 が 必 要 で あ る(totaldiscrepancy:-16.3 mm)。そのため,上下顎第一小臼歯を抜歯し抜歯空隙(16 mm)をすべて利用して,切歯の舌側移動を行うこととした。抜歯空隙を有効に使用するため,上下第一大臼歯及び第二小臼歯間歯槽部にスクリューを 4 本植立し,固定源とすることとした。上顎前歯の舌側移動時には挺出や過度のアップライトを避けるため,切歯には圧下力とリンガルルートトルク力を加え,下顎前歯の舌側移動時には,切歯にリンガルクラウントルクを加え,歯根が皮質骨に当たらないように舌側に傾

図 1 顔面写真

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斜移動することとした。

治療内容と経過

(動的治療期間 2 年 3 か月・保定期間 2 年 0 カ月)上下顎左右第一小臼歯抜歯後,上下顎側方歯群(犬歯

~第二大臼歯)に .022”x.028”スタンダードエッジワイズ

ブラケットとチューブを装着した。上顎は .016”ステンレススチール(以下 SS)ワイヤーにて側方歯群のレベリングを開始し,.018”SS ワイヤーを装着後上下顎左右第一大臼歯,第二小臼歯間頬側歯槽部に太さ 1.6 mm,長さ8.0 mm のスクリューをセルフドリルにて植立した。上下顎犬歯とスクリュー間にエラスティックチェインを装

図 2 口腔内写真

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着し,上下顎犬歯の遠心移動を行った。犬歯が遠心移動し切歯配列のための空隙が確保された後,上下顎切歯にブラケットを装着し,.016”,.018”SS ワイヤーにて歯列全体の再レべリングを行った。上顎ワイヤーには過度のSpee 彎曲を付与し前歯の圧下を行い再レベリング完了後,上顎にはクロージングループ付きの .019 x.025”SS ワイヤーに過度の Spee 彎曲と切歯部に 7°のリンガルルートトルクを屈曲したワイヤーを装着し,スクリューとループ先端を結紮することでループを 1 mm ほど活性化し た。 下 顎 に は 平 坦 な ク ロ ー ジ ン グ ル ー プ 付 き の.019 x.025”SS ワイヤーを装着し上顎と同様な方法で活性化し,上下顎 6 前歯の舌側移動を開始した。上下顎前歯の舌側移動終了後,上顎には切歯部に 7°のリンガルルー

トトルクを屈曲した .019 x.025“SS アイディアルアーチワイヤーを装着し,スクリューからアーチワイヤーへエラスティックチェインを装着して切歯の舌側傾斜を改善した。下顎には 7°のリンガルクラウントルクを屈曲した.019 x.025“SS アイディアルアーチワイヤーを装着した。緊密な咬合を獲得するために,来院毎にアーチワイヤーの調節を行い,上下顎犬歯間の垂直ゴムを装着した。十分な咬頭嵌合と顎運動時の良好なガイドを得られたところで装置を撤去した。

その後,上下顎ともに Beggtyperetainer にて保定を行い,保定後 2 年を経過している。

動的治療終了時の口腔内所見では下顎前歯部の叢生と前突した上下顎前歯,および狭窄した歯列弓は改善され

図 3 パノラマX線写真

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ており,I 級咬合関係も維持されていた(図 2 B)。動的治療終了時の側面頭部 X 線規格写真分析(表 1)では骨格系に は 変 化 が な く,U1 to FH は 125.5° か ら 113.0° へ,FMIA は 35.0°から 55.0°になり顕著に前突していた上下顎切歯は改善された。Steiner 分析では U1 to NA は10.0 mm から 0.0 mm へ,L1toNB は 14.5 mm から 7.0 mmに改善され,治療目標値に近似した。Occlusal plane toFH は 5.5°から 8.5°になった。軟組織変化では Z-angle は51.0°から 70.0°へ変化し,側貌の強い前突感は改善されオトガイ筋の緊張もなくなった(図 1 B)。側面頭部 X 線規格写真の重ね合わせでは,上下顎切歯は圧下しながら顕著に舌側移動しており,それに伴い口唇が後退していた

(図 4)。術後 2 年(最終資料採得時)では,I 級咬合関係は維持

され上下顎の咬合状態は動的治療終了時よりも緊密になっており,安定した咬合状態を呈していた(図 2)。上下顎切歯は軽度に挺出し Overjet,Overbite が共に大きくなっていた。口唇部は動的治療終了時に比べやや前突しており,Z-angle も 62.0°へと変化した(図 1,4,表 1)。パノラマ X 線写真では歯根の平行性は保たれていたが,初診時と比較し上下顎切歯に軽度の歯根吸収がみられた。また,すべての第三大臼歯は抜歯されていた(図 3C)。

考 察

前歯の顕著な舌側移動を必要とする上下顎前突難症例では,抜歯空隙をすべて使用する症例が多い。加強固定のために用いているヘッドギアは,患者の協力性を得にくい 3)ばかりでなく終日の使用は困難であるため,たとえヘッドギアを使用しても大臼歯の近心移動による空隙のロスが 24% に及ぶことが報告されている 5)。本症例のように抜歯空隙をすべて使用する症例では,たとえ協力性が得られてもヘッドギア使用による加強固定では抜歯空隙のロスが大きいため,ロスのほとんどないスクリューの使用が適していると考えられる。

一方,本症例では治療により上下顎切歯が圧下しながら舌側移動しており,治療後では咬合平面が 3°大きくなった。本症例と異なり,上下顎前突症例でも治療前に上顎前歯部歯肉の露出が大きいいわゆるガミーファイス症例では,咬合平面の時計方向の回転は禁忌であるため,上顎切歯部に植立したスクリューを用い,上顎切歯の積極的な圧下を行うための治療法等を検討する必要があると考えられた。

以上より,上下顎前突難症例では,スクリューによる加強固定を用いて抜歯空隙を有効に利用し治療することで,良好な結果を得られることが示された。

表 1 頭部X線規格写真分析

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本論文に関連し,開示すべき COI 関係にある企業などはありません。

文献

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2)Daniel AB, Chester SH, Ellen AB (2005) Bimaxillarydentoa lveo lar protrus ion : Tra i ts and orthodont iccorrection.AngleOrthod75,333-339.

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4)IoiH, ShimomuraT,Nakata S,NakasimaA,CountsAL(2008)Comparison of anteroposterior lip positions of themost–favored facial profiles of Korean and Japanesepeople.AmJOrthodDentofacialOrthop134,490-495.

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図 4 側面頭部X線規格写真重ね合わせ