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Vol. 5 No. 10 2009 2009年10月号 http://sangakukan.jp/journal/ 第 2 ステージに入った福岡県飯塚市・トライバレー構想 転機迎えたサッポロバレー プログラミング言語 Ruby の松江市- IT 文化から産業創造へ 新連載 ・ベンチャー企業の資金調達 入門講座 第 1 回 「倒産」は手元の現金の枯渇 ・産学連携による高度理系人材育成(上) 博士課程卒業者の就職 技術系産業で確実に増加 IT 地域産業創造 日本の iPS 研究 総力戦に備えたクロスセクションの組織づくりが急務 日本製紙グループ本社がサクラの遺伝資源保存 科学と地域社会つなぐ社会起業家 特集

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Vol.5 No.10 2009 2009年10月号http://sangakukan.jp/journal/

●第2ステージに入った福岡県飯塚市・トライバレー構想●転機迎えたサッポロバレー●プログラミング言語 Ruby の松江市- IT 文化から産業創造へ

新連載・ベンチャー企業の資金調達 入門講座 第1回 「倒産」は手元の現金の枯渇

・産学連携による高度理系人材育成(上) 博士課程卒業者の就職 技術系産業で確実に増加

ITと地域産業創造

日本の iPS 研究総力戦に備えたクロスセクションの組織づくりが急務

日本製紙グループ本社がサクラの遺伝資源保存科学と地域社会つなぐ社会起業家

特集

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http://sangakukan.jp/journal/産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 20092

CONTENTS

●巻頭言 産学官連携で未来を開く 平井 伸治 ............... 3

●日本のiPS研究:総力戦に備えたクロスセクションの組織づくりが急務 〜直近1年を振り返って〜 横関 智一 ............... 4

●特集

ITと地域産業創造●市内の大学を活用し IT企業集積 第 2ステージに入った福岡県飯塚市「e−ZUKAトライバレー構想」       ................. 9

●転機迎えたサッポロバレー       ................. 13

●プログラミング言語 Ruby の松江市 − IT 文化から産業創造へ 丹生 晃隆 ................. 17

●養成講座で内部の知財人材を養成 福井大学産学官連携本部の知財戦略 高島 正之・吉長 重樹 ................. 21

●日本製紙グループ本社がサクラの遺伝資源保存 国立遺伝学研究所の貴重品種に独自技術活かす 村上 章・栗本 耕平 ................. 23

●科学と地域社会つなぐ社会起業家 −特定非営利活動法人 naturalscience− 大草 芳江 ................. 25

●鹿児島大学におけるプログラムのライセンス状況「教員免許更新講習管理システム」が大ヒット 小池 保夫 ................. 27

●連載 起業支援 NOW−インキュベーションの可能性 扇町インキュベーションプラザ・メビック扇町 クリエイターの創業・活性化をバックアップ 堂野 智史 ................. 29

●連載 ベンチャー企業の資金調達 入門講座 第1回 研究開発型ベンチャーの類型とキャッシュフロー「倒産」は手元の現金の枯渇 向山 尚志 ................. 31

●連載 産学連携による高度理系人材育成(上) 統計から見る博士課程卒業者の就職状況 技術系産業で確実に増加 府川 伊三郎・百武 宏之 ................. 33

●連載 平成 20 年度特許出願技術動向調査について(前編) ライフサイエンス、情報通信など8分野の12テーマを分析 田内 幸治 ................. 36

●イベント・レポート イノベーション・ジャパン2009−大学見本市 アジアの大学出展、「食」の祭典 佐藤 比呂彦 ................. 40

●編集後記................................................................................................................................................................. 43

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●産学官連携ジャーナル

http://sangakukan.jp/journal/

平井 伸治(ひらい・しんじ)

鳥取県知事

3 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

◆産学官連携で未来を開く産学官連携は、地域活性化への重要な鍵です。鳥取県は人口60万人規模の県であり、顔が見えるネットワークが今も生きています。これを活用し、大学や研究機関等を活用することで、新製品・サービスの開発や地域課題解決への道が開かれるポテンシャルがあります。県内には、大手液晶パネルメーカーをはじめとする電機電子関連企業や、全国有数の水揚げ量を誇る境港の魚介類等を原料とする食品関連企業が多数集積しており、これらが本県経済をけん引してきました。しかし、米国発の金融危機に端を発した世界不況の影響を受け、県内産業はいまだ厳しい状況に置かれています。この未曾有の不況を乗り越えるため、鳥取県では産学官が連携して産業振興にチャレンジを始めています。例えば、電機電子関連産業の技術者を育成する「液晶人材育成プログラム」を、県内の大学・高専・高校と県内企業が連携して開発・運営しています。このプログラムでは、企業の技術者がカリキュラムを開発し、講師として大学や高校の教壇に立つことで、より企業の現場に近い教育を行っており、非常に実践的な人材育成であるとして産業界からも教育界からも高い評価を受けています。また、大学のシーズを基にした新産業創出もわれわれのテーマです。本年度から本格的に取り組む「とっとりバイオフロンティア構想」においては、鳥取大学医学部で研究・開発されたヒト型遺伝子マウスを中心として、マウスの生産や薬品・健康食品の安全性・機能性評価等を行う企業の誘致に取り組み、現在は白地地域であった本県にバイオ産業の集積形成を図ろうと考えています。産学官連携の波及効果は、産業振興のみにとどまりません。鳥取県は山海の豊かな自然に恵まれる一方、中山間地域を中心として、過疎化、高齢化や耕作放棄地の増加等、さまざまな課題を抱えています。これらの課題は、人口減少・後継者不足等の複合的な原因に起因するものであり、一朝一夕に解決できるものではありません。このような社会的重要課題の解決に向けて、農商工と産学官が連携して取り組む事例が生まれ始めました。近年県内では休耕田を利用した高級淡水魚「ホンモロコ」の養殖や、中山間地で栽培したハーブからアロマオイルの精製に取り組む大学発ベンチャーが起業され、産業振興とともに中山間地の抱える諸問題を解決する一助になると大いに期待されています。本年度新たに立ち上げたサポート網「とっとり農商工こらぼネット」など、鳥取県もこうした産学官連携による地域おこしを精力的に支援しているところです。産学官の連携で開く未来。その原動力となるのは、既存の産業分野の枠を超えて活躍することのできる人材です。産学官が連携し、県内産業の高付加価値化や地域の活性化に取り組むとともに、次世代をリードしていく人材の育成に向けて、地域の産学官ネットワークが力強く動き始めました。

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日本のiPS研究:総力戦に備えたクロスセクションの組織づくりが急務

〜直近1年を振り返って〜

横関 智一(よこぜき・ともいち)野村證券株式会社 産業戦略調査室 研究員

http://sangakukan.jp/journal/4 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

昨年、一般にも広く知られるようになったわが国のiPS細胞関連の研究。徐々に米国が先行する兆しが見えてきた。筆者は、日本と欧米の競争力を比較し、わが国の研究が世界をリードしていくための戦略を立案し実行していく組織づくりが重要と説く。

京都大学山中伸弥教授(京都大学物質−細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター長)が2006年8月にマウスiPS細胞樹立成功を「Cell」に発表し、2007年11月にヒトiPS細胞の樹立を「Cell」に発表した。これを受けて、2008年には山中伸弥教授の功績は一般にも広く知られることとなり、iPS細胞関連の数多くのマスメディア報道があり、雑誌の特集が組まれ、書籍も出た。アカデミックでは「Science」において2008年の科学進歩ベスト10の1位に選出した。さらに、知財の面では2008年9月12日に日本国内において誘導多能性幹細胞の製造方法として特許権が設定登録された(特許第4183742号:表1)。また、研究費の面においても、国は5年で100億円規模の研究資金を用意した。

当初から日本は決して大幅な優位性を保っていたわけではないが、今年に入ってからいつの間にか、対欧米、特に米国との競争では、iPS細胞関連研究は徐々に米国が先行するような兆しが見えてきた。特に2009年3月9日にBarack Obama大統領がES細胞に関する実験について、連邦予算からの資金提供禁止を解除する旨の大統領令に署名した後は、日本が米国に差をつけられているのではないか、といった報道もされるようになった。

◆現状把握(研究):研究成果面で遅れを取りつつある現状把握のために、日本と欧米におけるiPS細胞関連研究における競争

力の比較を行っていきたい。ここでは、大きく研究と国としての対応に分けて整理する(表2、3)。

まず、研究に関して、アカデミックと企業における研究の比較がある(表2)。

発明の名称 誘導多能性幹細胞の製造方法

特許番号 特許第4183742号

登録日と権利期間 2008/9/12より20年

出願人 国立大学法人京都大学

要約 体細胞から誘導多能性幹細胞を製造する方法であって、下記の4種の遺伝子:Oct3/4、Klf4、c-Myc、及びSox2を体細胞に導入する行程を含む方法

(出所)京都大学物質−細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター(CiRA)サイト   (http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/index.html)より野村證券産業戦略調査室一部改変

表1 京都大学(発明者:山中伸弥教授)が申請し権利を設定登録された特許の概要

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http://sangakukan.jp/journal/5 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

アカデミックに関しては、論文発行数では欧米に伍(ご)する数を出しているが、質的に遅れを取りつつある。例えば、Yamanaka factorsとして知られる、Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの遺伝子導入方法においてランダムにゲノムに遺伝子が導入されるために安全性に懸念のあるレトロウイルスでなく、より安全性の向上したアデノウイルス(米国)やトランスポゾン(英国、カナダ)を利用したものが発表されている。また、一部のYamanaka factorsが不要でもiPS化に成功したという報告(米国、独国)、低分子化合物を用いてc-Myc以外のYamanaka factorsであるYamanaka cocktails(Oct3/4、Sox2、Klf4)のすべての遺伝子の代替が可能という報告

(米国)、さらにYamanaka factorsの遺伝子ではなくタンパク質のC末端にポリアルギニン(R11)を付加することで細胞へ導入することに成功(米国)−−という例がある。

ここで、特にYamanaka cocktailsの遺伝子以外での代替(低分子化合物もしくはポリアルギニンによる目的タンパク質の導入)は、今後iPS細胞の研究における再現性や安全性(がん化リスクなど)という面から見て主流になるといえる。研究成果の重要性からも特許の面からしても日本勢へのインパクトは非常に大きい。

さらにまた、iPS細胞株樹立数においても米国は日本に迫る勢いである。比較的短期的なiPS細胞の応用である、薬剤スクリーニングや疾患iPS細胞による疾患メカニズムの研究には標準となるiPS細胞の確立は必須であり、日本主導で標準化を行っていくにもプレゼンスのある研究成果を伴ったiPS細胞の戦略的供給が重要といえよう。

企業数においても再生医療という広いカテゴリで考えてやはり米国が半数近くを占めている。さらに、治験を行う企業に関してもやはり半数が米国であり、2009年1月22日に世界初のヒトES細胞治療の臨床試験の認可をFDAより受けたgeron社も米国企業である。

   日本 欧米 摘要

論文発行数 53 46(米)、40(欧)PubMed検索(iPS細胞関連論文2008年5月1日より2009年8月31日まで)

質的インパクト iPS化に関わるもの iPS化に必要な4つの因子の発見(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)

1.低分子化合物によるiPS化(米国)

2.Yamanaka Factor蛋白質の細胞導入によるiPS化(米国)

 

  細胞への導入方法 retrovorus→vectorによる導入1.アデノウイルスによる導入

(米国)2.トランスポゾンによる導入

(米国、カナダ) 

企業 再生医療関連企業数 約40社 米:約150社、欧:約80社 全世界:約300社

  治験を行なう企業 0 米:約24社、欧:約9社 全世界:約40社、100治験

  ヒトES細胞による臨床試験 0 米:geron社 geron社 の 臨 床 試 験 が 世 界 初

(FDAの認可)

(出所)野村證券産業戦略調査室

表2 日米欧の研究成果の比較:全般的に欧米勢(特に米)が優勢である

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http://sangakukan.jp/journal/6 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

◆現状把握(国):研究に注力できる仕組みが不十分次に、国としての対応について比較していきたい(表3)。まず研究費。日本の場合は昨年度から5カ年で約100億円のiPS関連研

究資金を予算に組んだが、競合国と比して不十分といわざるを得ない。例えばカリフォルニア州では2005年から10年で30億米ドル(約3,000億円)の予算を組んでいる。また、アメリカ国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)などの研究施設では年間6,000万ドル(約60億円)程度の予算を有している。ほぼ同等の頭脳があった場合、研究成果に差が出るのは研究費の差であるといえる。また、Barack Obama大統領は幹細胞研究支援に積極的であり、このままでは今後さらに研究費面での差、つまり研究成果での差が開くといえる。

次に研究を支える面での法整備について比較したい。ここではES細胞の樹立と使用に関する法律を挙げる。ES細胞とiPS細胞は樹立過程に相違があるものの、培養、維持、分化の方法や細胞としての性質に関しては本質的には大きな相違がない。そのため、ES細胞研究が十分に行われ知見や実績が積まれることは、日本のiPS細胞研究が世界で最先端を走り続けるためにも必要不可欠である。

日本では「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」が見直され、2009年8月21日、改正後の指針(「ヒトES細胞の樹立及び分配に関する指針」および「ヒトES細胞の使用に関する指針」)が施行された。

研究者の使い勝手を考慮したといわれる指針であるが、改正後でも世界一厳しい水準の指針であることは変わらない。旧使用指針では、ES細胞を使った研究計画の開始・変更の際、研究機関の倫理委員会と国の2重審査を課していたのに対し、新指針では国には届け出だけで良いと変更した。また、研究機関が外部の倫理委員会に審査を委ねることを新たに認めた。分配に関しても、ヒトES細胞から分化させた細胞を他機関に譲る際、従来課せられた倫理委員会の審査、国への報告を不要とした。一方で、作成については、従来通りの厳しい二重審査を維持した。

iPS細胞研究は世界中の研究者が日進月歩の勢いで研究成果を競い合っている分野である。今まで遅れていた米国もBarack Obama氏が大統領になって以降は幹細胞研究に積極的である。そのような環境の中で、上記のような法律のために本来ならば研究に費やされ、次々と成果を世に出すべき貴重な時間を、審査のための準備や結果待ちといった時間に費やされるのは、

   日本 欧米 摘要

資金 2008年より5年間100億円米:2005年より10年30億米ドル(カリフォルニア)NIHなど1施設で60億円/年

iPS細胞研究関連に予算を集中させすぎたため、他の研究分野へしわ寄せが来る弊害が生じている

法整備 研究承認まで迅速性 不十分 米:迅速化、欧:早い米:2009年3月9日Obama大統領による連邦政府からの資金提供禁止を解除する旨の大統領令

  研究承認までの手続きの簡便さ

一部改善(依然としてES細胞樹立申請から承認まで12カ月程度を要する)

米、欧:簡便(ES細胞樹立申請から承認までの期間:米;数週間、欧;数カ月)

日本ではES細胞樹立に関して従来通りの厳格な2重審査が必要

(出所)野村證券産業戦略調査室

表3 国家としての対応比較:欧米勢のほうが研究に注力できる仕組みが整備されている

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http://sangakukan.jp/journal/7 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

日本政府自ら日本の研究の足を引っ張る行為に等しいといえる。

◆日本のiPS細胞関連研究が世界をリードしていくための戦略的活動以上、研究や国としての対応の2つの側面からiPS細胞関連研究の日米比

較を行ってきたが、iPS細胞関連研究を日本国における重要な政策の1つと考えるのであれば、研究が世界をリードしていくための戦略を立案し実行していく組織づくりが重要といえる。

その組織が解決すべき課題を研究、外国、国、一般人の4つの切り口から提案したい(図1)。

1.研究:各分野にまたがるクロスセクションでの研究推進

iPS細胞関連の研究といってもiPS細胞研究を専門に行っている研究者を招集するだけでは不十分である。当然ES細胞、バイオインフォマティクス、基礎医学、臨床医学、薬学、化学、ナノテクノロジーといった専門家を集中的に投下して初めて世界の最先端を行く大きな成果が出せるといえる。例えば、ポリアルギニン修飾によるYamanaka factorsタンパク質の導入などは、オリジナル技術は熊本大学の富澤一仁教授の成果であり、本来ならば日本勢が出すべき結果であったといえる。

2.外国:国産iPS細胞標準化のための活動と戦略的提携国産iPS細胞作成プロトコルでde facto standardを取り、iPS細胞の国際

標準を取得するための戦略的な活動が必要である。日本のプロトコルが国際標準となることで、研究の優位性や先行性を確保できる。逆に標準化を海外勢に取られたときの、日本の研究者の障害を回避することができる。また、国際標準取得のために海外研究者とも戦略的な提携が重要となってくる。

あわせて、重要なiPS関連の権利を有する企業との戦略的提携も重要といえる。例えば、京都大学 物質−細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター(CiRA)とiZumiBio社(バイエルが所有していたヒトiPS細胞に関する権利を譲渡されたバイオベンチャー)が、iPS細胞に関する基礎研究を促進するための協力について合意したことは良い例であろう。

3.国:研究を迅速かつ効率的に行い、結果を残すための戦略的ヒト、モノ、カネの配置と法整備を整える活動

関連の研究は世界中で熾烈(しれつ)な競争が行われており、世界に先ん

研究クロスセクション

海外国産iPS細胞標準化活動

国結果を出すためのヒト、モノ、カネの適切配置と法整備  

一般人徹底したサイエンスコミュニケーション

戦略提案組織作り

(出所)野村證券産業戦略調査室

図1 戦略を立案する組織の提案:総力戦に備えた仕組みづくりが急務である

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じて研究成果を出し、de facto standardを取ることでiPS細胞の標準化を狙い、戦略的に研究を優位に進めるためにも機動性のある組織づくりや資源の適切配置が重要となってくる。よって、1研究所、1大学あるいは1企業が単独で研究するのではなく、また研究者もiPS細胞研究以外にバイオインフォマティクス、ナノテク分野などからも集め横断的な研究組織が必要である。ヒト、モノ、カネを集め、法整備を行い各研究者が研究のみに専念できる環境づくりへの支援を国に訴える必要がある。

2,700億円を30人の研究者に集中投入するといった提案も国からあるが、研究の達成すべき目標のベクトルをそろえた戦略的な資金投入が重要といえる。例えば、今回のiPS細胞関連研究に用意した特別予算(5年間で約100億円)のために、ES細胞関連研究をはじめ、直接的、間接的にiPS細胞研究にも関連してくるほかの研究へ予算配分が薄くなってはまったく意味がない。海外ではiPS細胞研究を重点研究分野と位置付け横断的研究分野一体として研究を進めている。日本においても効率的な資源配分が望まれる。

4.一般人:徹底的なサイエンスコミュニケーション活動日本において最先端の研究を世界にリードする形で行っていくには、国

民の理解と世論としてのサポートが不可欠である。そのためには、研究とその期待される成果と国民が享受できる事項に関して、正しく、分かりやすく伝えるためのサイエンスコミュニケーションの徹底が必須である。

例えば、ES細胞の樹立には卵子の破壊を伴うが、この卵は不妊治療の際に本来ならば不要となって廃棄処分されるはずであったものを提供者の許可を受けてありがたく研究用に使わせていただいているものである。多くの人々や科学系のマスコミでさえ、研究のために卵子を搾取している、そうしたことは倫理的に問題であるといった短絡的かつ間違った理解となっている。そのために、現在でも日本は世界一厳しい管理下でのES細胞研究をせざるを得なくなっており、結果的に世界に遅れを取りつつある。この原因はサイエンスコミュニケーションの失敗ととらえることができる。

iPS細胞研究においても同様のことがあってはならない。iPS細胞関連研究に関しては、むしろ世間の期待感が強すぎる面がある。そのためにiPS偏重の予算配置や報道となっていることも否めない。上記3に挙げたように、結果としてiPS細胞研究を含めた日本のサイエンスにおける基礎研究の基盤を弱体化させる結果になりかねない。国を挙げて研究に適切に助成してもらうためにも、世論の醸成は必要不可欠である。

◆まとめ2008年は山中伸弥教授によるiPS細胞研究の成果が、日本国民へ自信を

持たせ夢を与えたのは紛れもない事実である。サイエンスとしてだけでなくこの点においても偉大な研究成果といえる。引き続き大きな夢を与え世界をリードする研究成果を出し続けるために、総力戦に備えたクロスセクションでの組織づくりが急務であると考える。

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福岡県飯塚市は市内にある大学、ベンチャー企業などを活用して新産業創出、既存産業の活性化に取り組んでいる。「e−ZUKAトライバレー構想」だ。市内に情報工学部を設置している九州工業大学はベンチャー企業を多く輩出している。これらをどう地域活性化に結び付けるのか。

福岡県飯塚市が産学官連携をテコにしたIT(情報技術)関連産業の集積に取り組んでいる。同市の人口は現在、約13万4,000人。同規模の地方都市に比べ、理工系の大学(学部)や研究機関、大学発ベンチャー企業が極めて多いので、これらを活かして新産業を創出するとともに既存産業を活性化させるのが狙いだ。大学等を活用しようという施策は、1980年代末から「学園都市」を目指して進められてきたが、2002年にITを中心にした「e−ZUKAトライバレー構想」*1に発展、現在に至っている。2003年4月に「飯塚アジアIT特区」として政府の構造改革特区の第一弾に認定され、2004年6月にはトライバレー構想の推進が経済産業大臣賞(産学官連携推進会議=京都国際会議場=における「産学官連携功労者表彰」)を受賞している。同構想は一定の効果が出ているものの、創出した市場の規模はそれほど大きくない。同市はベンチャー企業に対する販路開拓支援などに力を入れている。

◆5つのインキュベート施設飯塚市は福岡県のほぼ中央に位置し、響灘に注ぐ遠賀川の上流域にある。ほぼ西の福岡市内まで車で約40分、北東方向に45分走ると北九州市内だ。炭鉱で栄えた筑豊地域の中心都市の1つである。近畿大学が同市に第二工学部(現、産業理工学部)を開設したのは1966年と古いが、大学・研究機関が相次いで進出する契機となったのは1986年に九州工業大学が情報工学部を同市に設置したことだろう(表1)。こうした大学力を活用して地域を活性化しようと、同市、福岡県、さらに九州経済産業局などが産業支援施設の整備(表2)や支援策を進めた。

◦飯塚市の大学・研究機関1966年〜 近畿大学第二工学部(現産業理工学部)1979年〜 労働福祉事業団総合せき損センター1986年〜 九州工業大学情報工学部1990年〜 財団法人ファジィシステム研究所(飯塚研究開発センター入居)1993〜2005年 松下電器産業(株)九州マルチメディアシステム研究所2001〜2005年 スタンフォード大学言語情報研究センター飯塚ブランチ2001年〜 近畿大学分子工学研究所ヘンケル先端技術リサーチセンター2007年〜 近畿大学分子工学研究所JSR機能材料リサーチセンター

e−ZUKAトライバレーセンター

表1 飯塚市の大学・研究機関

http://sangakukan.jp/journal/9 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

*1:「e−ZUKA」 の 表 記 は、1999年に訪問したスタンフォード大学CSLIから「IIZUKAは発音しにくので、e−ZUKAをキャッチフレーズにしたらどうか」と提案されたこと。トライバレーのトライは英語の「試みる」のトライと、産学官の3者を意味する「トライアングル」のトライをかけたもの。

市内の大学を活用しIT企業集積第2ステージに入った福岡県飯塚市「e−ZUKAトライバレー構想」

特集● ITと地域産業創造

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産学連携のコーディネートを行う福岡県立飯塚研究開発センターや、高度情報処理技術者の育成を行う第三セクターの株式会社福岡ソフトウェアセンターのほか、3つのビジネス・インキュベーション施設がある。県立飯塚研究開発センターと福岡ソフトウェアセンターにもインキュベート機能があるから、この規模の都市としては異例の充実ぶりだ。

◆九州工業大学発ベンチャー数は累積で45社ベンチャー企業が多いことも背景にある(図1)。将来の地域産業という面では市がベンチャーに期待するところは大きい。特色のある企業もある(表3)。同市内のIT関連企業は約50社で、そのほとんどは九州工業大学情報工学部、近畿大学産業理工学部の卒業生などによるベンチャー企業だ。特に九州工業大学のベンチャー企業輩出が目立つ。同学発のベンチャー企業は累積で45社(経済産業省の平成20年度「大学発ベンチャーに関する基礎調査」。調査時点で活動している企業数)。その事業分野をみると、「ITハード」が19.0%、「ITソフト」が57.1%とIT分野に集中している。この九州工業大学発ベンチャー45社の半数以上が飯塚市にあるという。きっかけの1つは、1990年代半ばから、同学情報工学部の山川烈教授が実践的なベンチャー起業教育・研究を行ったこと。山川氏の指導した院生が卒業後、起業する一方、96年から「企業経営特論(90分13コマ、2単位)」、97年から「国際経営特論(同)」の講義を行った。「理工系大学における日本で最初のマネジメント教育で、2005年3月時点の同学の起業率(学生による起業数を学生数で除したもの)は0.506で国内大学でトップだった」(山川教授)。

◆人材育成など4つの柱2002年に策定し、2003年度から具体化したトライバレー構想は「産学官連携」「人材育成」「ベンチャー支援」「企業誘致・案件創出」の4つを柱に進められた。第1ステージ5年間を終えた時点の目標を、ベンチャー企業数100社、従業員数約800人、売上高年間約50億円と定めた。2002年9月の同構想策定時と、2008年3月の第1ステージ終了時を比

◦飯塚市の産業支援・インキュベーション施設1992年〜 福岡県立飯塚研究開発センター(財団法人飯塚研究開発機構)1992年〜 株式会社福岡ソフトウェアセンター2002年〜 I.B.Court(民間のインキュベーション施設)2003年〜 e−ZUKAトライバレーセンター(飯塚市新産業創出支援センター)2004年〜 九州工業大学インキュベーション施設

表2 飯塚市の産業支援・インキュベーション施設

図1 飯塚市のベンチャー企業数推移

1998 71999 122000 242001 332002 382003 462004 492005 502006 532007 502008 50

飯塚市のベンチャー企業数推移

712

24

3338

4649 50

5350 50

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

50

55

60

1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008(年)

(社)

http://sangakukan.jp/journal/10 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

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較すると、次のような結果となった。・ベンチャー企業数 33社 → 50社(延べ設立総数80社)・従業員数 250人 → 330人(誘致企業含む)・売上高 8.25億円 → 約15億円

同市経済部産学振興課産学連携室は次のように分析している。■第1ステージの成果と課題【産学官連携】・新産業創出支援事業補助金は、ベンチャー企業の新技術・新製品の開発に一定の寄与

・ニーズ会(毎月第2水曜日に開催している市の産学官交流研究会)においてPRプレゼンテーションを行った市内ベンチャー企業がそれを契機にほかの企業とマッチングし、経済産業省の新連携事業の認定を受け、新市場への参入に成功

・産学連携で製品は開発したが、その後の販路拡大に苦戦【ベンチャー支援】・IT分野を中心にベンチャー企業が延べ80社設立(30社は他地域へ転出)

・売り上げを伸ばしている企業もあるものの、全体の売り上げは当初の目標値に至らなかった

【人材育成】・チャレンジプロジェクト(市の産業振興にかかわる大学生のユニークな活動を助成)採択のテーマをもとに学生がベンチャー企業を設立

第54回ニーズ会の様子

◦特色あるベンチャー企業には次のようなものがある(いずれも飯塚市の資料から)【株式会社なうデータ研究所】 九州工業大学発ベンチャー企業。同社をコア企業とする「人工知能を活用した臨床研究・治験ナビゲーションシステムによる新市場開拓」の取り組みが、経済産業省の新連携計画に認定された。このシステムは、薬剤の臨床研究における医師や薬剤師の事務的負担を軽減するために、同社が開発した人工知能の機能を持つ「推論エンジン」が登録された医療知識に従って情報を精査し、適切なガイダンスや診療情報を提示するもの。【株式会社アステックインタナショナル】 同社が近畿大学産業理工学部と共同開発した情報漏えい防止ソフト「セキュリティコンパクト」が2008年1月、日経BP社主催の「ITproEXPO2008」において「ITproEXPOAWARD セキュリティ部門」を受賞。 同製品は、文書ファイルの暗号化とアクセス管理、閲覧/編集/保存/印刷の制限機能を備えており、パッケージ・ソフトのほか、ASPサービスとしても提供している。【株式会社マルテック】 九州工業大学の現役留学生による大学発ベンチャー第1号として1999年に創業し、2001年に法人化。現在、インドネシアに事業拠点を構えるほか、同国とマレーシアに現地開発チームを持つ。携帯電話を活用してビデオメッセージが送信可能な「i−Video」は、インドネシアの大手携帯会社で採用されるなどの実績を挙げている。 代表取締役のリム氏は、2007年12月、文部科学省の科学技術政策研究所が科学技術の振興・普及に貢献した個人・団体に贈る「ナイスステップな研究者」を受賞。

表3 特色あるベンチャー企業

http://sangakukan.jp/journal/11 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

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・Java研修等で育成した人材が市外へ流出【企業誘致】・首都圏等から開発案件等を獲得するシステムが構築できなかった

◆ベンチャーの販路開拓を助成同市産学振興課産学連携室の分析にもあるように、抱えている大きな課題の1つは、製品を開発したベンチャー企業がその販路開拓に苦戦していること。しかし、これは同市のベンチャー企業に限ったことではない。資金調達、人材確保、販路開拓はベンチャー企業が抱える永遠の課題である。東京一極集中の影響も垣間見える。同市は2009年度から「展示会出展等事業補助金」を創設し、販売面を直接支援している。2008年度までは大きな展示会に企業と共同出展し、トライバレー構想をPRしていたが、共同出展は取りやめた。収益が大きく伸びているのは数社にとどまっているが、大きく飛躍する成功企業を出すことが弾みになると同連携室はみている。新しい産業を生み出し定着させることがいかに難しい道のりであるかは想像に難くないが、科学技術、ITに着目した同市の先駆的な取り組みは地方の中小都市の産業再生の可能性に多くの示唆を与えている。

(登坂和洋:本誌編集長)

http://sangakukan.jp/journal/12 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

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「サッポロバレー」と呼ばれる札幌市内のIT(情報技術)企業の集積。ITによる地域産業創出の成功例とされるが、大きな転機を迎えている。

内閣府の海外向けオンライン広報誌「Highlighting JAPAN」2009年3月号は「初音ミク」という人気アイドル歌手を紹介している。歌手といっても現実には存在しない。コンピューターに歌わせる音楽ソフトウエアの製品名およびキャラクターの名称である。

初音ミクを開発したのは北海道札幌市中央区に本社を置くクリプトン・フューチャー・メディア株式会社。コンピューターで使う音素材を制作・販売している企業である。札幌のIT(情報技術)産業について取材をしていると、どこでも初音ミクと同社のことが話題になる。こうしたソフトは年間1,000本売れればヒットといわれるが、初音ミクは2007年8月の発売から3カ月間で2万5,000本というメガヒット。そのソフトを用いた楽曲や動画が動画投稿サイトに数多く投稿され、音楽CDやキャラクター商品も発売され人気を博している。今でも地域では熱い話題である。

とはいえ、これは札幌のIT業界の1つの断面にすぎない。

◆売上高10年で2倍強まず、現状を整理しておく。北海道全体が対象だが、社団法人北海道IT

推進協会が毎年、IT産業の実態調査 *1 を行い、発表している。最新の「北海道ITレポート2008」は、IT産業835事業所に調査票を郵送し、回答を得た316事業所のデータを基にはじき出した。概要は次の通りだ。・2007年度の売上高は4,152億円で、7年連続の増加。1997年度(2,014億円)から10年間で2倍強に拡大(図1)。

・事業所の77.8%が札幌市に集中している。売上高では88.2%、従業員数では84.4%になる。札幌市内では中央区、JR札幌駅北口を中心に集積している。

・工業統計で見ると、食料品製造業、鉄鋼業、石油製品・石炭製品製造業、パルプ・紙・紙加工品製造業に次ぐ規模。

・業種別の売上高はソフトウエア業49.0%、情報処理・提供サービス業19.7%、システムハウス業 図1 北海道情報産業総売上高の推移

0

1000

2000

3000

4000

5000(億円)

総売上高

2007(年度)

2006200520042003200220012000199919981997

4,1523,823

3,2433,1723,0142,8862,782

2,4812,4952,294

2,014

0

1000

2000

3000

4000

5000

1997 年

出典:「北海道ITレポート2008」

http://sangakukan.jp/journal/13 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

*1:北海道経済産業局が実施していた「北海道情報処理産業実態調査」の内容を2006年度から北海道IT推進協会が引き継ぎ、独自調査として実施している。

転機迎えたサッポロバレー

特集● ITと地域産業創造

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4.4%、インターネット付随サービス業1.3%など(図2)。

・道外に本社のある事業所(63)の売上高が全体の4分の1弱。

・従業員1人当たりの売上高は道内の事業所が1,991万円であるのに対し、道外本社事業所はその1.6倍の3,181万円。

・売上高に占める道内向けシェアは62.2%、道外向けが37.2%、海外0.6%(図3)。道外向けが増加している。

JR札幌駅北口を中心とした札幌市内のIT企業の集積は「サッポロバレー」と呼ばれる。ITによる地域産業創出の成功例とされる。サッポロバレーは30年余りの歴史を持つ。1976年に「マイコン研究会」が結成されたのが起点といわれ、北海道大学の学生がベンチャーを起こし、成長する企業もあった。札幌駅北口の集積が進んだのは90年代。交通の便がよく、北大に近く、市街地では比較的オフィスの賃料の安いことが背景である。対象は北海道全域だが、経済産業省の産業クラスター計画「北海道ITイノベーション戦略」(2007〜2010年度、事務局:北海道IT推進協会)が実施されている。

◆下請けの仕事が拡大昨年秋のリーマンショック以降の経済危機で、2008年度の売上高はほ

ぼ横ばい、本年度は減少するとの見方が支配的である。「今回の経済危機の影響が大きいのは組み込みソフト。札幌のIT業界はこの分野が全体の10%程度なので、影響はそれほど大きくない」「研究開発型企業からコールセンターのようなものまで多様なIT企業があるうえ、大企業の城下町でもない。地域産業としてはリスクが分散されているといえ、この不況下でも“まいった”という感じがない」といった声がある。

とはいえ、これまでの長期拡大基調が縮小に転じ、企業間の競争が激化している中で、札幌のIT業界が抱える構造的な問題があらためて浮き彫りになっている。

産業クラスター計画の「北海道ITイノベーション戦略」は、北海道のIT産業の課題として次のようなものを挙げ、それぞれについて解決するための事業を行っている *2。・道内IT企業は経営資源の乏しい中小零細企業(新技術・新サービス開発力向上プロジェクト、クラスター成果販路開拓プロジェクト)

・道内IT産業の売り上げの約半分が下請け受注(企業体質改善プロジェクト)・少ない地域需要(地域産業連携促進プロジェクト)・優秀な人材の流出・高度技術者の不足(人材基盤プロジェクト)・アジア諸国へのオフショア拡大による受注減少の懸念(海外展開プロジェクト)

(カッコ内は2009年度事業)

ソフトウエア業 システムハウス業情報処理・提供サービス業

インターネット付随サービス業

その他

49.0% 4.4% 19.7% 1.3% 25.7%

図表2 業種別売上高(平成19年度)

道内 道外 海外62.2% 37.2% 0.6%

図表3 道内外売上比率(平成19年度)

出典:「北海道ITレポート2008」

ソフトウエア業49.0%

システムハウス業4.4%

情報処理・提供サービス業

19.7%

インターネット付随サービス業

1.3%

その他25.7%

出典:「北海道ITレポート2008」

海外 0.6%

道内 62.2%

道外37.2%

ソフトウエア業 システムハウス業情報処理・提供サービス業

インターネット付随サービス業

その他

49.0% 4.4% 19.7% 1.3% 25.7%

図表2 業種別売上高(平成19年度)

道内 道外 海外62.2% 37.2% 0.6%

図表3 道内外売上比率(平成19年度)

出典:「北海道ITレポート2008」

ソフトウエア業49.0%

システムハウス業4.4%

情報処理・提供サービス業

19.7%

インターネット付随サービス業

1.3%

その他25.7%

出典:「北海道ITレポート2008」

海外 0.6%

道内 62.2%

道外37.2%

図2 業種別売上高(平成19年度)

図3 道内外売上比率(平成19年度)

出典:「北海道ITレポート2008」

出典:「北海道ITレポート2008」

http://sangakukan.jp/journal/14 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

*2:北海道ITイノベーション戦略URL:http://www.itcf.jp/it/index.html

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地域IT産業の総売上高が2,000億円ぐらいまではソフト開発が中心だったが、2,000億から4,000億円に拡大する過程で首都圏企業の下請けの仕事をするIT企業が増えた。

下請け受注は受託開発ソフトウエア、受託計算業務、受託運営管理などである。下請けといっても、3次・4次請けが多い。

小さい企業規模、高度技術者の不足、条件のよくない下請け受注−−この3つの相関をどこで断ち切るか。地域に技術、ノウハウが蓄積されないことが大きな問題である。企画力、顧客への提案力の弱さも課題の1つと指摘される。

◆地域産業にITを取り入れるこうした課題にどう対応するか。産業クラスターの取り組みは前述の通

りである。北海道IT推進協会の下舘繁良専務理事は「2005〜6年ごろは海外との連携のプライオリティーが高かった。2007〜8年は人材に力を入れた。今年は地域の主力産業にITを取り入れる活動を行っている。具体的には地域ごとに会員の勉強会を開催しているほか、農協・漁協など大きな機関へ御用聞きに出向く『ITキャラバン』も実施する」と語る。

札幌市も独自の活性化策に取り組んでいる。2008年9月、財団法人さっぽろ産業振興財団と「SaaSビジネス研究会」をつくり、市内のIT企業に新しいビジネスモデルの提案を行っている。SaaSとは、ソフトウエアの機能のうち、ユーザーが必要とするものだけをインターネットを介してサービスとして配布し、利用できるようにしたソフトの配布形態のこと。市の同研究会には50社程度が参加している。

また、市は首都圏からの大型案件受注拡大を目的として、市内IT企業が首都圏大手IT企業に人的ネットワークを持つ人材を新規に雇用することを支援する。厚生労働省の補助金を活用したものだ。さらに市は技術者の研修にも力を入れており、2006年度に技術者のスキルを測る「標準」をつくり2007年度から本格的に提供している。

◆自社の「売り」を持っている企業群これまで、札幌市内のIT企業をひとくくりにした議論をしてきたが、こ

れは誤解を招きかねない。自社の「売り(技術、製品)」を保有している企業、上下でなく自分の顧客を持っている企業ももちろん存在する。全体の10%程度はそうした企業との見方がある。もともとサッポロバレーはそういう企業群からスタートしている。ベンチャー企業が孵化(ふか)、成長し、さらにそこから独立するという形で発展した。

株式会社ハドソン(1973年設立)、株式会社ビー・ユー・ジー(1977年創業)などはこうした時代の旗艦であり、地域では知られる企業だった。

しかし、ハドソンは2000年にIPOを実現、2005年には本社を札幌市から東京に移した。コンビニ収納代行システムで知られるウェルネット株式会社も同じ道をたどった。「サッポロで大成功した企業が東京に移ってしまう」と嘆く声が少なくな

http://sangakukan.jp/journal/15 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

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い。だが、それは本当に「課題」なのだろうか。仮に全国からITで一旗揚げたいという人々が札幌に来て起業し、成功して全国へ、そして海外へ羽ばたいていくのであれば、それはそれでいいのではないか。むしろ「ITで創業するなら札幌で」という「文化」をつくり出せていないことが問題なのかもしれない。

1980年代から90年代半ばまで、ベンチャー企業群を中心とする札幌のIT業界はかなり個性的だったようだ。おそらく、その後、地域の売上高合計が2,000億円を超えたあたりから変質してしまったのではないだろうか。「初音ミク」の例はあるものの、全体としてサッポロバレーは時代の先端をいく情報発信力を維持できているのか。

◆東京から引き寄せる札幌の魅力北海道大学大学院情報科学研究科(メディアネットワーク専攻)の山本強

教授はこう指摘する。「最近、札幌に開発拠点をつくった東京の企業、あるいは東京で成功して第2創業的に札幌に進出してきた企業が4〜5社ある。彼らは地元のIT業界とあまり交流がなく、大学にコンタクトしてくる。札幌にはこういう魅力が残っている」

仮に、東京から見た「サッポロバレー」の像と現実が乖離(かいり)しているのであれば、埋める努力をしなければならない。

ITによる地域産業創造の輝かしい成功事例という現実を踏まえながらも、サッポロバレーについてあらためて問わなければならないのは「札幌のIT業とは何か」「なぜ札幌でなければならないのか」であろう。

(登坂 和洋:本誌編集長)

http://sangakukan.jp/journal/16 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

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丹生 晃隆(たんしょう・てるたか)島根大学産学連携センター 講師、産学連携マネージャー/しまねオープンソースソフトウェア協議会 事務局長

オープンソースのプログラミング言語「Ruby」をキーワードにした島根県松江市の地域活性化の取り組み。産学官連携で創り出した地域IT文化の好例だが、県内企業が相次いでRubyを活用してビジネス展開する段階を迎えている。

◆はじめに島根県松江市には、オープンソースのプログラミング言語「Ruby」の開

発者まつもとゆきひろ氏が居住しており、このことを素材として行政、産業界、大学が連携してオープンソース、Rubyを核とした情報産業振興に取り組んでいる。産業振興においては、地域の伝統産業や技術、特産品、周辺環境、研究機関・企業集積等をベースに展開するのが一般的だが、松江市では「人」とその人とつながるネットワークや、オープンソース・ソフトウエア(OSS)という無形のものを核としており、従来とは違ったアプローチである。

2006年にこうした取り組みを本格的に開始し、現在4年目に入ったところである。試行錯誤を続けながらではあるが、顔の見える産学官の交流を

◦島根県&松江市とOSS・Ruby

 松江市とOSSのかかわりは、1996年に松江市在住のLinuxユーザーが、初めて日本語でLinuxのポータルサイトを開設したことにさ

かのぼる。翌97年、まつもとゆきひろ氏が所属するネットワーク応用通信研究所(NaCl)が設立され、Linuxの国内最初のポータルサイ

ト(http://www.linux.or.jp)の保守運用を行った。

 まつもとゆきひろ氏はNaClに在籍する以前、93年からRubyの開発を始め、95年に公開。2004年にウェブアプリケーション開発フ

レームワーク「Ruby on Rails」がデンマークの技術者によってリリースされ、その生産性の高さから世界的規模でユーザーが広まってい

る。Rubyを採用しているウェブサービスとして、楽天、ニフティ、クックパッド、Twitter等が挙げられる。

 松江市は、世界に通用するオンリーワンの素材としてRubyに着目。06年に市の施策「Ruby City MATSUEプロジェクト」をスタート

させ、同年7月、JR松江駅前に、技術者の交流、情報発信拠点「松江オープンソースラボ」を開設した。

 産業界、大学もRuby、OSS活用の機運の高まりを感じ取り、松江市の事業と並行する形で、2006年度初頭から、島根大学法文学部

の野田哲夫教授(写真1)を中心に協議会設立の準備を進めた。同年9月「しまねOSS協議会」が発足。会長はNaCl社長の井上浩氏、副会

長に野田教授が就任している。

 島根県も情報産業振興を重要施策に掲げた。08年には庁内産業振興課内に情報産業振興室を設置。6月に県内IT企業33社(現在39

社)で設立された「しまねソフト産業ビジネス研究会」とも連携し、Ruby、OSSによる県内IT産業の競争力アップを目指している。また、

高校・大学生向けの「Ruby合宿」を開催し、次世代の技術者育成にも力を入れている。

 大学や高専、商業高校でも教育や研究にRuby、OSSを取り入れた。島根大学は2007年度に「情報と地域−オープンソースと地域振

興」を開設。Rubyの技術者育成を目指し、松江市から支援を受け「Rubyプログラミング講座」も開講している。

 以上のように、産学官がそれぞれさまざまな活動を行っているが、松江市における取り組みの特徴は県や市の官主導ではなく、行政

と産・学とが密接に連携しながら進められている点だろう。「しまねOSS協議会」では、IT関連企業の経営者、技術者、行政機関職員、

教育機関の研究者等が人的な結束点となるべく活動を行っている。具体的には、月ごとのオープンソースサロンの開催や、ニュースレ

ターの発行、オープンソースカンファレンスや勉強会の開催などである。表1 飯塚市の大学・研究機関

http://sangakukan.jp/journal/17 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

プログラミング言語Rubyの松江市−IT文化から産業創造へ

特集● ITと地域産業創造

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通じてさまざまな活動を積み重ねている。Rubyによる地域活性化については本誌2009年1月号で取

り上げられているが、本稿では企業のRubyへの関心の高まりなどを紹介し、地方発の情報産業振興の可能性と課題について述べたい。

◆最近の動向〜人材育成、コンテスト、国際会議(1)松江市・島根県による人材育成事業

松江市は2009年1月に初めて、中学生を対象とした「Ruby教室」を実施。本年度は8月22、23の2日間で合計27名が参加。半日のカリキュラムでRubyによるプログラミングを体験した。また、松江ではRuby技術者認定試験を受験する学生に対して、受験料の3分の2に当たる1万円の補助も行っている。

島根県でも、教育機関や企業でRubyの指導ができる人材を育成し、普及を加速させることを目的に「Ruby講師育成講座」を実施。2009年8月21日から2日間に渡って開催され、23名が受講した。また、平成19年度から取り組んでいる県内企業のエンジニア等を対象にしたRuby講座も引き続き開催している。

(2)松江オープンソース活用ビジネスプランコンテストの開催主催は松江市としまねOSS協議会から構成される松江オープンソース活

用ビジネスプランコンテスト実行委員会。OSSを活用したビジネスのさらなる可能性を探るために実施。オープンソースビジネスを対象としたコンテストは全国でも初めての開催。第1回は、ビジネス活用部門に11件、学生部門に12件、計23件のプランが全国から集まった。2009年2月に最終審査会が開催され、ビジネス活用部門の最優秀賞は有限会社クラフト(岡山市)が授賞、学生部門は県内商業高校の生徒が受賞した。第2回の開催も決定しており、10月には募集が開始される予定である。

(3)RubyWorld Conferenceの開催2009年9月7、8の両日、松江市において、念願であった

初めての国際会議「RubyWorld Conference 2009」を開催(写真2)。Sun MicrosystemsのTim Bray氏をはじめ、米国、カナダ、中国から計7名のスピーカーを招聘(しょうへい)し、Rubyの最新技術動向や先進的な活用事例等が紹介された。2日間で延べ1,000人を超す参加者を集めた。

国際会議の重要なテーマの1つがRubyの国際標準化である。現在、情報処理推進機構(IPA)では、RubyのJIS登録、ISO登録に向けた準備が進められている。

まつもとゆきひろ氏は「未来へのRuby」と題した基調講演で、「ソフトウエアを開発することは極めて人間的な活動であ

写真1 �「RubyWorld�Conference�2009」で講演をする野田哲夫教授

写真3 まつもとゆきひろ氏

写真2 「RubyWorld�Conference�2009」の風景

http://sangakukan.jp/journal/18 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

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り、プログラマー自身も楽しくなければ生産性も上がらない。Rubyがソフトウエア開発に対する考え方を変えたように、社会変革のツールになり得るかもしれない」と語った(写真3)。

◆県内企業への広がり〜産業集積に向けて松江市においてRuby、OSSを活用したビジネス展開を行っていた県内

企業は、ネットワーク応用通信研究所や、IPAの実証実験を受託しRubyの基幹業務システムへの導入に先鞭(せんべん)をつけたテクノプロジェクト

(松江市)、マツケイ(松江市)など数える程であった。しかし、島根県と松江市による施策の後押しと、Rubyに対する注目度がさらに高まったことが相まって、Rubyを活用する県内企業が増えてきている。

バブ日立ソフト(本社:広島県呉市)は、Rubyのビジネスにおける活用に早くから目をつけ、2008年4月に松江サテライトラボを開設した。Rubyによって「飲食業向け販売分析ソフト」を開発。松江サテライトラボ所長の坂田真一氏によると、「Rubyで開発スピードが格段に速くなった」とのこと。

小松電機産業(松江市)では、下水道監視システム「水神」にRubyを採用している。水道施設の稼働状況をウェブや携帯電話で監視するシステムであり、開発にあたっては、ネットワーク応用通信研究所のまつもとゆきひろ氏、前田修吾氏も協力している。

島根大学では、教育研究活動にかかわる統計データを管理する「評価情報データベースシステム」をRubyで開発する。同システムは、出雲市に本社を置くエスティックが受託し、開発されたシステムは、OSSとして無償公開も予定されている。OSSにかかわる研究プロジェクト「OSSの安定化とビジネスモデルの構築に関する研究」の中でRuby活用のケーススタディーとしての検証も行われている。

前述のRubyWorld Conferenceでは「開催地リレートーク」として、上記を含む県内のRuby活用事例を紹介。会場は熱気に包まれた

(写真4)。

◆進む技術開発OSSやRubyにかかわる技術開発についても新しい動きが見

られる。本年度、しまね産業振興財団は「IT産業新技術研究開発助

成金」を新設。県内企業によるOSSの研究開発等に係る費用の半額を最大500万円まで補助する制度であり、「PHPからRubyへの変換ツールの研究開発(いずもトータルネット・出雲市)」や「プログラム言語Rubyを利用した、組込機器向けWebインターフェースフレームワークの研究開発(アイナス・出雲市)」等、計5件を採択した。

島根県は、県内の市町村がRubyでシステムを開発する際、その費用の半額を最大500万円まで補助する制度「Ruby導入促進支援事業」を本年度

写真4 開催地リレートークの会場風景

http://sangakukan.jp/journal/19 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

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から開始。従来からの施策と合わせ県内自治体等にさらなるRubyの活用を促している。

島根県や松江市、島根大学などではRubyで開発される案件が増えてきている。「Rubyに取り組む企業も増えてきており、価格面での競争になることもある(井上浩ネットワーク応用通信研究所社長)」という。

◆おわりに行政の支援策の効果もあり、県外からの企業進出や新規雇用増など幾つ

かの具体的な成果も生まれ始めている。また、本稿では触れることができなかったが、大学や自治体の人材育成

講義を受講した学生、技術者の県内企業への就職や、県内IT企業からスピンアウトしたベンチャー企業が生まれる等、地域における産業集積内の「循環」も見られる。Rubyによる開発案件の増加は、県内企業の技術力アップを促し、今後、Rubyを採用して県内で開発・商品化されるソフトウエアが増えてくることにより、Rubyの街としての島根・松江のブランドも高まることが期待される。

しかしながら、Rubyはオープンソースとして誰でも使えるソフトウエアであり、Rubyで開発ができるというだけでは、競争優位にならない。前述の「開催地リレートーク」でテクノプロジェクトの室脇俊二氏が指摘するように、「得意分野でのノウハウを積み上げて、他業種と連携して市場を広げていく」ことが重要になるであろう。

今後、仮に全国規模でRubyの開発案件が増えてきた時に、どれだけ県内企業が受注できるのか、チームを組んで大型案件を獲得できるのか、その時に産業集積としての真価が問われる。

新たな取り組みに対して「No」というのは非常に簡単である。地方都市で「人」と「無形」のRuby、OSSを核とした産業振興を行うことができるのか。島根県松江市の挑戦はまだ始まったばかりである。

http://sangakukan.jp/journal/20 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

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養成講座で内部の知財人材を養成福井大学産学官連携本部の知財戦略

共著高島 正之(たかしま・まさゆき)福井大学 産学官連携本部長・教授

吉長 重樹(よしなが・しげき)福井大学 産学官連携本部専任教員・准教授

http://sangakukan.jp/journal/21 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

福井大学は知的財産活動の自立運営を目指し、学内で知財人材を養成する講座を開講している。特徴は学内の教職員や研究者を対象としていることである。将来的には、県内各大学にも参加を呼び掛け、地域知財の高度化を進めていく。

福井大学では、学内の知的財産の管理・運営のため、産学官連携本部に知的財産部を設置している。技術価値の高い知的財産を継続的に創造し、活用・社会還元していける体制を構築するためには、研究の源流に近い場所で研究シーズの探索やその展開を行う知的財産(IP)活動が必要である。これまで、IPに関する業務は知的財産部専門職員のほか、弁理士や専門家など学外の人材に依存してきた。しかし、外部人材では研究者との隔たりが大きく、研究の源流まで立ち入ることが難しいことが多い。また、予算等の考慮はもとより、IP活動の自立運営を目指すためには、学内人材で対処することが望ましい。

◆平成20年度から初級のアドバイザーコースこのような問題意識のもとに、福井大学では、学内でIP人材を養成するために、平成20年度よりIP人材養成講座を開講している。講座には次の2つのコースを設定している。・「IPアドバイザーコース」(初級コース) �IPを産業財産と考えて学内でIPアドバイザーとして活動ができる人材を養成。

・「�IPコーディネータコース」(上級コース) �ビジネスプランの構築や技術のマーケティングに至るまでの、特許技術の事業化に関する実務的なスキルを身に付けた、産学連携の場で活動できる人材を養成。

「IPアドバイザーコース」を開講したのは平成20年度。平成21年度は「IPアドバイザーコース」と同コース受講者を対象にした上級の「IPコーディネータコース」の2コースを開講している。1コースの受講生は15〜20名程度で、弁理士や企業のIP業務に携わる専門家を外部から講師として招き、各コースとも数回の講座をシリーズで実施している。本養成講座の特徴は、学内の教職員・研究者を対象としていることにある。各学部・学科にIP活動を実行できる教員を1人以上配置できるよう、活発に産学官連携活動を行っている教員を選出するとともに、意欲のある若手教員・研究者の参加を募っている。本講座を受講してもらいたいと考えている事務職員は、主に産学官連携室などの共同・受託研究をサポートする事務組織の者だが、その他各部署の職員からも参加者を募っている。さらに、本講座は、博士研究員(ポスドク)も対象としており、ポスドクのスキルアップにつないでいる。

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http://sangakukan.jp/journal/22 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

◆研究者のキャリアアップが条件一般に、ポスドクは教員等の研究を補助するために雇用される場合が多い。これまで本学においても、教員の要請に応じてベンチャービジネスラボラトリー(VBL)でポスドクを雇用し、教員の研究推進を支援してきた。しかし、研究業務を懸命に推進しても、ポスドク自身のキャリアパスとなることは少ない。現在、福井大学産学官連携本部では、教員の要請に応じる形ではなく「自身の研究をベースにして事業化を目指した研究の推進」と「雇用期間中の自身のキャリアアップ」を条件としてポスドクを雇用している。採用に際しては、全国公募とし、自身の研究の事業化とキャリアアップに意欲的な博士研究員を広く受け入れている。産学官連携本部が実施している産学官連携活動への参加や各種セミナーの受講もポスドクの業務としており、ここで築いた人的ネットワークや習得した知識・経験を研究の事業化に向けた活動に生かし、ポスドク任期終了後には、その成果を持って企業に就職、あるいはベンチャーを設立するなど、次のステップへのキャリアパスとなるよう人材育成を行っている。その一環として、IP人材養成講座を積極的に受講してもらい、キャリアアップにつなげている。平成20年度の「IPアドバイザーコース」は、教員12名、事務職員4名、ポスドク3名の計19名が受講した。現在、この受講者は、平成21年度の「IPコーディネータコース」を受講している。さらに、平成21年度の「IPアドバイザーコース」では、教員7名、事務職員5名、ポスドク3名の計15名が受講しており、来年度の「IPコーディネータコース」受講候補生となる。

◆福井県内各大学に呼び掛ける両コースの研修を終了すると、受講者は「知財エキスパート」となるべく産学官連携本部に登録され、実践的に活躍することとなる。今後、本講座は福井大学内だけでなく、福井県大学連携リーグを通じて、県内の他大学にも参加を呼び掛けていく予定である。また、福井県には大学TLOなどの技術移転に直接かかわる組織がなく、大学の知財の技術移転活動がシステマチックに進められているとは言い難い。福井大学では、本学の知財の技術移転を積極的に推進するため、同知的財産部の中にTLO機能を持った「技術移転推進室」の設置を進め、合わせて、金沢大学KUTLO-NITTや徳島大学TPAS-net、ひょうご神戸産学学官アライアンス等との広域連携を強化していく。また、地域の知財のプラットフォームとして「ふくい知財フォーラム」を組織し、地域の知財の高度化を進める計画である。福井大学では、地域のさらなる活性化のため、長期的知財戦略の下、ここに紹介した施策のみならず、種々の新たな取り組みを実行中である。

知財戦略と知財人材養成

リサーチエキスパート

ふくい知財フォーラム

ひょうご神戸産学学官アライアンス

TPAS-net

KUTLO-NITT福井大学産学官連携本部

学内知財エキスパート

技術移転推進室学内配置

学内IP人材

イノベーションコンソーシアム

IP人材養成講座

知財エキスパート目利きCD

学内IP人材候補

産学連携教員

専任教員 知財担当教員

ポスドク・若手企業人

知財マネージャー、知財コンサルタント、知財プラナー候補教職員共同・受託研究参加教員、起業志向教員中小、零細企業内知財人材候補

事業終了後養成講座を担当

・弁理士・発明協会コーディネータ・地域産業界、各種試験研究機関、 大学、(財)ふくい産業支援センター、 商工会議所等の知財管理者

広域連携

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日本製紙グループ本社がサクラの遺伝資源保存国立遺伝学研究所の貴重品種に独自技術活かす

共著

村上 章(むらかみ・あきら)日本製紙グループ本社企画本部アグリ事業推進室長

栗本 耕平(くりもと・こうへい)日本製紙グループ本社企画本部アグリ事業推進室

http://sangakukan.jp/journal/23 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

静岡県三島市の国立遺伝学研究所には日本の各地から集めたサクラが植栽されている。分かっているだけで218品目だが、老齢化や密植によるストレスなどで枯死する品種も目立つ。日本製紙グループはその重要な遺伝資源を後世に伝えるため、独自の「挿し木」技術を活かして後継木づくりに取り組んでいる。

◆遺伝研のサクラ静岡県三島市にある国立遺伝学研究所(以下、「遺伝研」)には、ソメイヨ

シノの起源の研究で有名な故・竹中要博士(元同研究所細胞遺伝部長)が日本全国から収集したさまざまなサクラが植栽されており、日本のサクラの重要な遺伝資源となっている(写真1)。構内のサクラを紹介した「遺伝研のさくら(財団法人遺伝学普及会 編)」には、品種名が分かっているだけで218品種ものサクラが掲載されている。また、毎年4月の一般公開日には数多くの珍しいサクラを楽しむことができ、地域にも大変親しまれている存在である。ところが最近になって、樹木の老齢化や密植によると思われるストレスで枯死する品種が目立つようになり、遺伝資源を保全する対策が必要になってきた。そこで当社(日本製紙グループ)は、この貴重な遺伝資源を後世に伝えるため、2006年に後継木づくりの取り組みを開始した。現在は、枯死の危機にひんした品種から優先的に当該品種と全く同じ遺伝子を持つクローン苗を生産している。100品種余りの後継木を提供するのが目標である。

◆サクラ苗の生産方法今回の取り組みには、光独立栄養培養法を応用した

当社特許技術を使用している。この方法は、植物の増殖技術の1つである挿し木法を改良したもので、紙の原料に使用されるユーカリの苗を効率的に生産する方法として開発された。

一般に、苗を生産方法の違いで分類すると、実生苗 *1、接ぎ木苗 *2、組織培養苗 *3、そして挿し木苗 *4 の4つが挙げられる。それぞれ一長一短があるが、挿し木苗の特長は、増やしたい個体と遺伝子が全く同じになることである(クローン苗)。例えば、成長性や耐病性などに優れた個体があれば、同じ形質を持つ苗を大量かつ短期間に生産することができる。また、後継木づくりという面では、思い入れのある木と同じ遺伝子を持つ木を残せる意義は大きい。

一方で、どの植物でも容易に発根するわけではなく、ユーカリやサクラ

写真1 遺伝研構内に植栽されている「浅間枝垂れ」

*1:種子から育成した苗

*2:異なる品種や植物種を台木として用い、その上に挿し穂を接ぎ、育成した苗

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http://sangakukan.jp/journal/24 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

も発根の難しい植物の1つである。ちなみに、現在流通しているソメイヨシノのほとんどはオオシマザクラなどを台木とした接ぎ木苗である。

本技術は、発根率の大幅な向上を目的に開発され、挿し付けた植物の光合成を活性化するような環境を人工的に作り出すことにより発根を促進する技術である。具体的には、光合成反応の基質となる二酸化炭素濃度を高めるとともに、光源のピーク波長を、光合成を促進する赤色光領域と青色光領域に絞り、植物に照射する(写真2)。このような環境下で挿し木した植物を育成すると、発根率の向上と発根期間の短縮を図ることができる。

例えばソメイヨシノでは、挿し付けた個体の8割以上が4週間で発根する。また、挿し木苗には、接ぎ木苗のようにウイルスや菌の侵入路となる接ぎ目がなく、また、組織培養苗のように遺伝子に変異が入る心配も少ない。

◆今後の取り組みこの後継木づくりの取り組みは、現在、当初の枠組

みを超えた広がりを見せている。昨年度、静岡県は「桜で彩る富士の景観づくり」構想を発表し、富士山とサクラの景観を調和させた地域づくりを進めている。この構想の中で、当社の生産した貴重なサクラの後継木を富士山周辺地域に提供し、日本のさまざまなサクラを楽しめる地域づくりを行う企画「日本の桜の郷づくり」が進んでいる。この企画の一環として、今年3月、当社が生産した4品種のサクラが遺伝研より提供され、三島市立北小学校に植栽された。このように、後継木づくりに加え、地域の活性化にも貢献する取り組みに発展することを期待している。

また当社は、遺伝研のサクラ以外にも、さまざまな貴重なサクラの保存に協力している。奈良県葛城市の葛木坐火雷神社(かつらきにいますほのいかづちじんじゃ、通称 笛吹神社)に、代々受け継がれてきたウワミズザクラや宮城県塩釜市にある鹽竈(しおがま)神社のシオガマザクラ、徳島藩最後の藩主・蜂須賀茂韶(もちあき)候ゆかりのハチスカザクラの後継木作成に成功している。

また、2007年より、遺伝研の一般公開日にブースを設けて、貴重なサクラの苗を販売しており、当社グループ会社のインターネットサイトでも一部品種の苗を販売している *5。 *5:「桜の木の販売店 フォトグ

リーンショップ」http://www.npd-shop.com

「フォトグリーンショップ楽天市場店」http://www.rakuten.co.jp/npd/

*3:組織の一部を培養して分化させ、育成した苗

*4:増やしたい個体の枝葉を土に挿し付け、発根した個体を育成した苗

写真2 発根促進用の培養室内の様子

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科学と地域社会つなぐ社会起業家−特定非営利活動法人 natural science−

大草 芳江(おおくさ・よしえ)特定非営利活動法人 natural science 理事

http://sangakukan.jp/journal/25 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

若手研究者・学生主体のNPO法人natural science(仙台市)は年に一度、地域ぐるみの科学イベントを主催している。幼児から社会人まで幅広い層を対象に、科学を結果だけでなく、そのプロセスを五感で体験できる場づくり、それを通して科学を切り口に地域社会を可視化する場づくりを目指している。

◆「科学で地域づくり」を目指す若手主体のNPO法人著者が理事を務める特定非営利活動法人natural science(仙台市)は「科

学で地域づくり」を目指す、組織の枠を超えた若手研究者・学生主体のNPO法人である。著者は研究者でも学生でもない立場から、企画・運営・広報役として2006年に活動を開始した当初から携わっている。

活動の中心は研究・教育活動だが、年に一度、産学官による地域連携型科学イベントを主催している。本稿では、著者が今年度主に取り組んだ『学都「仙台・宮城」サイエンス・デイ』を通じて、科学コミュニケーションについて感じたことを書きたいと思う。

◆科学のプロセスを五感で感じる・科学で地域が見える一般的に「科学」と言うと「既に出来上がった体系であり、客観的で完ぺ

きなもの」というイメージが強いように思う。何を隠そう、著者自身も高校生のころまで、そう信じ切って勉強をしてきた。しかし当然のことながら、結果に至るまでのプロセスがあり、その原動力となる人の思いがあって、今のわたしたちの社会がある。

社会の成熟化に伴い、科学や技術はブラックボックス化し、わたしたちは便利さと引き換えに、科学や技術のプロセスを五感で感じる機会を失ってきた。しかしながら、科学や技術のもたらす結果を一方的に享受するだけでは、科学離れ問題や科学リテラシー不足などの社会的リスクを回避することはできない。

ならば、ブラックボックスを少しだけ開けてみて、科学や技術のプロセスを五感で感じることができる場を、この地域につくることはできないだろうか。よくよく見てみると、仙台・宮城は、企業や大学・研究機関などが密集する、本来ならば科学が身近にある地域である。そこで、「科学って、そもそもなんだろう?」をテーマに、結果だけでなくプロセスを五感で体験できる場づくり、それを通して、科学を切り口に地域社会を可視化する場づくりを目指した。

◆出展団体数2日間のべ50団体、のべ69プログラム今年は『学都「仙台・宮城」サイエンス・デイ2009』として、東北大学片

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http://sangakukan.jp/journal/26 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

平さくらホールを会場に2日間開催した。出展条件は「結果だけでなくプロセスを五感で体験できる展示物」と「開発や研究等を行った本人による双方的対話」とすることで、目に見えやすい成果や製品等の結果ばかりでなく、研究や開発等の裏側を、その原動力となる人の思いを通して体感できる場づくりを目指した。各団体へ提案したところ、2日間でのべ50の企業、大学・研究機関、行政機関が出展、のべ69の多種多様な体験プログラムが実施された。その結果、幼児、小中高生、大学・院生、研究者・技術者、社会人等の幅広い層から、約1,400人の参加があった(写真1、2)。来場者アンケートでは「参加して科学に対する新しい発見があった」と答えた人が97%あった。また来場者だけでなく出展者からも「とても楽しく有意義だった」「運営面で苦労もあるだろうが、今後の継続を望む」という声を多数得た。

◆“ゆるやかな”科学コミュニケーションを重視昨今、科学コミュニケーションの重要性が叫ばれ、

さまざまな取り組みが実践されている。しかしながら依然として、研究者等と一般市民の間には「どうせ理解されない」「どうせ理解できない」というある種の壁があり、双方にとって精神的な負担になっていると感じている。

そこで、コミュニケーションの前提として、そもそも感じることは各人各様であることに立ち返りたい。そのためには、コミュニケーションにあえて方向性を持たせず、それぞれの人が感じたいように感じられ、深めたいだけ深められるような “ゆるやかさ” をつくる工夫が重要だと考える。

natural scienceでは「プロセスを五感で体験」というアプローチによって、出展者側も来場者側も、子どもから専門家まで、各人各様に楽しく有意義なコミュニケーションが実践できる場づくりを目指してきた。さらに昨年からは産学官による地域連携型イベントとすることで、出展者側も来場者側も、科学に関してより多様な層が参加できるよう、その “ゆるやかさ” を広げてきた。来年は単に要素を増やすだけでなく「テーマ」という切り口を加えることで、コンセプトを拡散させることなく、物事の多面性を表す工夫をしたいと考えている。

科学の本質は、対象に直接触れ、自分の目で見て、自らの五感で感じることから始まる。その始まり方が各人各様であるという前提に耐えられるような、科学コミュニケーションの在り方を探りたいものである。

写真1  結果だけでなくプロセスを五感で体験できる展示物の様子

写真2 開発や研究等を行った本人による双方的対話の様子

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鹿児島大学におけるプログラムのライセンス状況「教員免許更新講習管理システム」が大ヒット

小池 保夫(こいけ・やすお)鹿児島大学 産学官連携推進機構知的財産部門長・教授

http://sangakukan.jp/journal/27 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

鹿児島大学の平成20年度の特許等実施料収入は1,751万円で、プログラム関係がほぼ半分の871万円を占める。事務職員が中心となって創作した「教員免許更新講習管理システム」の販売が好調で、34の大学で利用されている。

鹿児島大学は、法人化に先駆け、2003年12月に知的財産本部を設置し、2006年4月には、産学官連携関係の他部門と連携強化を図り、産学官連携推進機構を構築した。これらの組織体制下で、知的財産ポリシーをはじめとして各種規則を制定するとともに、知的財産戦略、知的財産管理の推進・充実に努めてきた。

知財戦略が十分な広がりと成果に結び付くためには、全学的な知財マインドの涵養(かんよう)が必要である。そのため次の6つの知的財産啓発活動を実施してきた。①知的財産ホームページの設置と知財情報発信 ②毎年1回学内外の関係者を対象とした知的財産シンポジウム開催 ③毎年、教員、事務職員、学生、学外関係者を対象とした知財セミナーの開催(年5回)、また、事務職員に対する契約についての10回にわたる特別セミナーも別途開催 ④知財関連のタイムリーな話題について各学部教授会において毎年知的財産の説明会 ⑤新任教職員研修における知的財産の講義 ⑥広報誌の発行。

また、知的財産部門のオフィスのないキャンパスでは定期的な発明相談会を開催することにより、教職員が気軽に相談できる機会を設け、活用していただいている。

◆大学の業務システムの知的財産化知的財産の創造、保護、活用という知的創造サイクルにおいて、大学で

は特に知財の活用を図ることが重要となっている。ここで、鹿児島大学の最近の実施料収入について紹介する。平成20年度における実施料収入を図1に示した。本学の実施料収入は、総計1,751万円であり、内訳は、特許関係600万円、プログラム関係871万円、研究マテリアルほかが280万円である。

平成21年7月末、文部科学省が公表した平成20年度の大学等における産学連携等実施状況によると、本学の特許の実施料収入600万円は、当年度の日本の大学等の特許権実施等収入ランキングにおいて全国第28位である。

◆事務職員への知的財産啓発活動平成20年度のプログラムの実施料収入871万円は特許実施料

図1 �鹿児島大学の平成20年度の実施料収入

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http://sangakukan.jp/journal/28 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

収入を上回り、本学の実施料収入の約50%である。大学等において、一般的にはプログラム実施料収入は特許実施料収入より少ないと思われるので、これは特筆すべきことと考えている。さらに、これらのプログラムには、教員のみならず事務職員が創作したものも数多く含まれている。教員、学生にだけでなく、事務職員に対しても、前述の各種知的財産啓発活動を継続的に行ってきたことの効果が出ているものと考えている。

◆事務職員を中心にシステム構築最近、話題を呼んでいるのが「教員免許更新講習管理システム」である。

平成19年6月の「教育職員免許法及び教育職員公務員特例法の一部を改正する法律」の成立により、平成21年4月から教員免許更新制 *1 が導入されることになった。本制度導入に向けて、本学では事務職員が中心となって本システムを構築した。

文部科学省は、本制度本格導入に先駆け、その実施に伴う諸課題の検証を行うため試行事業(教員免許更新講習プログラム開発委託事業)を実施することとした。本学は、その事業に応募し採択され、平成20年度に本学の開発したシステムを使用し、予備講習(試行事業)を行った。

その実績をもとに、文部科学省主催の講習会事例発表にて本学のシステムを紹介。その結果、多くの大学から本学のシステムに対するご意見、改善点などをいただくとともに、本学システムを導入したいとのお話をいただいた。そこで、各種要望に応え、バージョンアップし、ライセンスビジネスとすることとした。

システム運用で重要なアフターフォローを充実させるため、このシステムを鹿児島市内の業者にライセンスし、その業者がクラウドコンピューティングでのシステムを提供する。このため、ご利用いただく各大学内はシステム用サーバーを設置することなくシステムが利用可能であり、教員免許状更新講習の「独立採算制」に貢献できる。こうした点が評価され、本システムは、筑波大学など34大学でご利用いただいている。また、システム強化および改修は、保守契約内での実施を実現させるため、本学とシステム提供の業者とともに連携して行っている。

*1:教員免許更新制は、その時々で教員として必要な資質能力が保持されるよう、定期的に最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指すものである。

 このほか、次のようなソフトをライセンスしている。・財務会計システム   国立大学の法人化に伴い、従前の国の会計制度と異なる企業会計原則にのっとった財務諸表

の作成が必要となった。そこで、財務課の職員のノウハウと地元企業とで財務会計システムを共同開発した。このシステムを国立大学に続いて法人化した公立大学の熊本県立大学など6大学でご利用いただいている。

・汎用教務システム   学術情報基盤センターの教員が開発したWeb履修登録、電子シラバス、電子掲示板、ネット

連絡、ネット申請、Web成績入力・閲覧、授業評価、学籍管理、成績管理、証明書発行などからなる汎用教務システムである。①大学が異なってもカスタマイズが不要で、②ユーザーの要望を十分組み込み使い勝手に優れ、③パフォーマンスが非常に高く、④導入・運用費用が極力抑えられる。本システムは、明治大学など4大学でご利用いただいている。

・学生健康診断システム   学術情報基盤センターの教員および保健管理センターの教員が共同開発した学生定期健康診

断に関する検査日予約DBシステムと健康診断DBシステムからなるシステムである。学生による検査日予約、健康診断データ保存、閲覧・診断書発行、各種統計処理の生成・出力が可能。検査日予約DBシステムは、長崎大学でご利用いただいている。

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http://sangakukan.jp/journal/29 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

◆Incubation for Cluster扇町インキュベーションプラザ・メビック扇町*1(以下、メビック扇町)

は、2003年5月に大阪市経済局が設置した、主にクリエイターやデザイナーを対象としたビジネスインキュベーション(BI)施設である。大阪市北区扇町公園の南に位置し、昭和初期に建築された古い水道局庁舎の一部を改装して利用している(写真1)。管理運営は財団法人大阪市都市型産業振興センターが行っている。もともと扇町・南森町・天満など大阪市北区東部地域には、ソフト系IT、映像、デザイン、広告、印刷等のクリエイティブ関連産業が多数集積している。その数は2,000社を超える。メビック扇町では、こうした地域特性を活かし、入所するクリエイター、デザイナー等の創業支援(インキュベーション事業)と、地域に集積するクリエイティブ関連産業の活性化(クリエイティブクラスター創生事業)に取り組んでいる。

◆本当の意味でのBI施設であり続けたいメビック扇町には、プレBIとしての創業促進オフィス(3階、23ブース)とメインBIとしてのインキュベーションオフィス(4階・5階、25室)がある。現在、民間出身の3人のインキュベーションマネージャー(IM)が、入所企業の創業支援に取り組んでいる。創業支援に対する基本的な考え方として、「本当の意味でのBI施設であり続けたい」という思いがある。単なる賃貸オフィスではなく「保育器」としての役割を着実に果たすことを目指している。BI施設の意義は、起業家自身が自立した一人前の経営者として早く巣立つことにある。そのため、入所企業の選定に際しては、BI施設を正しく理解し、効果的に活用することによって早く自立・成長する強い意志がある起業家を、現場で支援に携わるIMが選び育てることを旨としている。既に自立した一人前の起業家や、支援しても効果的に成長が見込めない起業家を受け入れ支援する必要はな

堂野 智史(どうの・さとし)財団法人 大阪市都市型産業振興センター扇町インキュベーションプラザ所長 兼 インキュベーションマネージャー

写真1 ロビー風景

大阪市が設けている扇町インキュベーションプラザ・メビック扇町は主にクリエイターやデザイナーを対象としたビジネスインキュベーション施設である。1年契約で審査の上2回まで再契約できるが、再契約=「留年」という言葉で説明し、早期卒業を促す。手取り足取りの支援サービスを提供するのではなく、主体性をはぐくみ、自立を促すことを基本姿勢としている。

*1:メビック扇町 http://www.mebic.com

扇町インキュベーションプラザ・メビック扇町クリエイターの創業・活性化をバックアップ

連載 起業支援NOW−インキュベーションの可能性

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http://sangakukan.jp/journal/30 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

いものと考えている。入所後は、日常的な相談支援活動はもとより、定期面談と成果報告会(写真2)を支援活動の中心に位置付け、入所企業に対しては公的BI施設利用者の責務として参加を約束している。定期面談は、入所企業自らが設定した目標に対する進ちょく状況等を共有するため、初期、中間、再契約審査の年3回実施している。また、12カ月目には入所企業が1年間の奮闘ぶりを公の場で発表する成果報告会を実施し、市民に成果を報告する機会を設けている。その他、経営セミナー、交流会、販路開拓支援、コラボレーション事業等の各種事業を実施し、入所企業の情報発信、ネットワークづくり、人材育成、経営相談等さまざまな面での支援を実施している。BIの「卒業」目標は、入所企業自身がBIの意義を十分に理解した上で、自ら設定することが重要であると考えている。各自が決めた目標をIMと共有し、IMが第三者的な立場から目標に対する方向性や進ちょく状況を確認しながら事業経過を見守り、日々叱咤激励(しったげきれい)を繰り返している。メビック扇町では、1年契約で審査の上2回まで再契約が可能であるが、再契約が決して喜ばしいものではないことを、再契約=「留年」という言葉で説明し、早期卒業を促している。あくまでも弱者救済的な手取り足取りの支援サービスを提供するのではなく、入所企業自らが「自分で見て、感じ、考え、判断し、行動して結果を出す」という主体性をはぐくみ、自立を促すことを支援活動の基本姿勢としているのである。

◆成果と課題オープン以降約6年が経過し、この間121社が退所し、うち「卒業」企業は58社、3年満期を含む「退学」企業も58社である。「卒業」企業の平均在所期間は1年11カ月であり、入所企業の多くが比較的早い段階で「卒業」している。中には売り上げ、従業員数ともに大幅に伸びた成長企業も存在する。また、2006年度以降本格化したクリエイティブクラスター創生事業の実施により、入所企業を含むこの街のクリエイターのネットワークが急速に拡大し、クリエイター相互に切磋琢磨(せっさたくま)し刺激を与え合える関係性、あるいは協働の関係性が醸成されつつある。しかし、水道局庁舎解体のため来年3月末に閉館が決定し、一時的に活動が休止に追い込まれる事態が懸念されている。現在、今後のメビック扇町の在り方が議論されているところであるが、これまでの活動で得た資産を消失させないためにも、クリエイターの情報発信、ネットワークづくり、人材育成に向けた地道な取り組みを継続していく必要があろう。

写真2 成果報告会

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http://sangakukan.jp/journal/31 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

100年に一度かどうかはともかく、世界的な経済危機の中でイノベーションの担い手として大学発などの研究開発型ベンチャーに期待が集まっている。わが国の大学発ベンチャーは、2001年度に制定された「大学発ベンチャー1000社計画」以降大幅に増加し、経済産業省の調査によると2007年度末の累計で2,121社に至っている。しかしこれらのベンチャー企業の実態はなかなか厳しく、このうち倒産・清算などで活動を停止したものが280社、比率では13%に達すると報告されている。

◆技術シーズの可能性とビジネスモデルベンチャーの起業といっても、事業内容によってハイリスク・ハイリターンなものから、ローリスク・ローリターンのものまでさまざまで、必要な資金の規模も違うが、スタートアップのベンチャー企業にとっては利益よりも現金の確保が優先課題である。起業の目的としては新しい技術シーズの実用化による社会への貢献といった事柄が挙げられるが、事業としての成功度合いはその技術シーズの持つ可能性と、ビジネスモデルの作り方いかんで決まってくる。また、ベンチャー企業の事業分野としては必ずしも大きな市場の機会を狙うものばかりでなく、ニッチ(すき間)な市場を対象としてほどほどの成功を目指すものもある。さらには、利益を主たる目的とせず自らの研究成果を何らかの形で世の中に役立てたいとか、あるいは研究資金を確保したいというような狙いの場合もあるが、いずれのケースでも企業としての存続が基本であることは当然である。では企業が存続する上で何が必要かを考えるために、逆にどのような状態になったら経営は破たんするのかを見てみる。経営の破たん、一般的には倒産という言葉が使われるが、「倒産」という言葉には厳密な定義はない。ニュースなどでも、よく「○○社が事

・ ・ ・

実上倒産した」という表現が使われるが、一般には経営不振が続いて行き詰まり、資金の支払いが不可能になる、つまり手持ち現金が枯渇してしまうことがそのポイントである。従って、逆にいくら大幅な赤字が続いても何らかの方法で資金を調達でき、必要な支払いを継続できるならば倒産には至らないわけだ。

研究開発型のベンチャー企業には多様なビジネスモデルのものがあるが、いずれのケースでも基本は企業として存続することである。「倒産」とは手持ちの現金が枯渇してしまうことだから、赤字が続いても何らかの方法で資金を調達できれば倒産には至らない。

向山 尚志(むこうやま・たかし)山口大学大学院 技術経営研究科教授

第1回 研究開発型ベンチャーの類型とキャッシュフロー「倒産」は手元の現金の枯渇

連載 ベンチャー企業の資金調達 入門講座

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http://sangakukan.jp/journal/32 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

◆資金の出どころを問わない大学発ベンチャーの代表例として有名なアンジェスMG株式会社の場合を見てみよう(表1)。同社は2002年9月にIPO(株式上場)した後、毎年の売上高が10億円から20億円台であるのに対して、株式公開以降の7年間累計ではなんと113億円もの赤字が発生している。しかし同社の貸借対照表を見ると借入金は一切なく、手元の現金は毎年60億円以上を保有していて倒産の心配はまずない。同社は提携先の大手製薬会社から開発協力金などを受け入れながら多額の研究開発費を支出しているが、逆にそこまで研究開発につぎ込めるほど資金に余裕があるとも考えられる。このように、多額の研究開発資金が必要な創薬バイオベンチャーの場合には、IPOなどによって資金を確保しないと本格的な発展が難しいとも言える。その場合、資金の出どころは売り上げだけでなく株主からの出資金でも、場合によっては借入金であってもよく、ともかくお金が手元にある限り会社は倒産しないということが重要である。この現金の流れがキャッシュフローと言われるものである。

◆「勘定合って銭足らず」もそれでは、キャッシュフローと損益の関係はどうだろう? 企業における損益の計算は、収益−費用=損益という関係になるが、ここで言う「収益」は現金の収入とは別のものであり「費用」も現金の支出とはまったく異なっている。従って、売り上げが増加してもキャッシュフローが増加するとは限らず、実際には逆になることの方が多い。そして損益計算では利益が出ていても、手元の現金が不足する「勘定合って銭足らず」のようなことが起こってくる。その理由は次回に詳しく述べるが、損益計算では減価償却の計算や棚卸資産の評価方法次第で結果が異なり、唯一の真実というものがない。これに対しキャッシュフローは実際の現金の流れだから、数字はただ1つだけ。そのため、経理の世界には「会計は意見を表し、現金は真実を表す」という格言もある。その結果、企業価値の評価を行う場合などでは、損益ではなく将来のキャッシュフロー予測に基づいて計算し評価が行われることになってくるのである。

表1 アンジェスMG株式会社の損益状況(単位:百万円)

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統計から見る博士課程卒業者の就職状況技術系産業で確実に増加

連載 産学連携による高度理系人材育成(上)

http://sangakukan.jp/journal/33 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

ポスドクや博士の就職難が喧伝され、優秀な人材が博士課程に進もうとしないとも伝えられる。しかし、筆者らは統計データから、技術系産業ではこの5年余り確実に就職者数が増加していると反駁(はんばく)する。

◆はじめに筆者らは、産学連携による人材育成にここ数年携わっており、博士課程修了

者が企業に就職するパイプを太くしようと微力ながら努力している。しかし、状況はすぐには改善されるものでなく、一方でポスドクや博士の就職状況が思わしくないことや恵まれない状況が喧伝(けんでん)されている。博士課程に進学する人が減少しているし、優秀な人材が博士課程に進もうとしない傾向が伝えられる。残念な状況である。

しかし多くの「大学」「官」「産」の関係者が対策に取り組んでおり、強力な施策が開始されている。そのことは博士課程在学者や博士課程を目指す学部学生・大学院生に浸透し、また卒業後のキャリアパスの情報も増えていることにより、今後妥当な進路選択をするようになると思う。優秀な人材が博士課程に進み、卒業後アカデミアはもとより、産業界で活躍することを期待している。

◆個別事例による議論 VS 統計データによるマクロ議論人材育成については、個別事例による議論が先行しやすい。例えば、博士修

了者の質の議論でも「昔と変わらない」という人の話を聞くと、トップ層の1割か2割の人のことを言っている場合がある。また「非常に質が下がった」という人の個別事例が、1割か2割の最もレベルの低い層の人のことを言っている場合もしばしばある。トップ層は就職に困らないし、アカデミアでも企業でも活躍する。トップ層を生み出す研究室の先生と優秀層を採用している大手企業の人が集まった会議では、博士問題は顕在化しない。博士修了者の中間60%のメジャー層の人をどうするかを議論することが重要と思う。

また、博士問題は全体の話と各分野の話は違うし、また分野によって状況は大いに違う。一般的に、人文系は理科系に比べ問題が多いと言われているし、理科系の中ではバイオ系が特に問題が多いと言われている。従って、全体を対象としたのでは、きめ細かい議論はできない。

以上のことから、議論をしているとき、これは ①大学院生のどのレベルの人の話をしているのか ②企業は博士課程修了者を多く採用しているところか、あまり採用していないところか ③どの専攻分野のことを念頭に話しているのか、を常に検証しながら進める必要がある。個別事例に振り回されることはできるだけ避けたい。そのような混乱が起こる原因の1つは、マクロな議論をする基礎となる統計データが不足していることがその一因である。筆者らが関係する化学分野について言えば、化学系を専攻している博士課程在学生の数を把

共著

府川 伊三郎(ふかわ・いさぶろう)旭化成株式会社 顧問

百武 宏之(ひゃくたけ・ひろゆき)社団法人 日本化学会企画部 参与

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http://sangakukan.jp/journal/34 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

握することすら至難である。文部科学省の学校基本調査の分類に “化学” はあるが、“その他” に分類されている数が多く、化学系もそこに相当数含まれていると推定され、資料からは実際の化学系の博士課程在学生数を知ることはできない。

◆博士課程卒業生の企業への就職は増えていない?産学官の人材育成に関する各種会議に出席する機会があるが、よく出される

のが図1の文部科学省の「民間企業の研究活動に関する調査報告」である。この間も、経済団体の会議で文部科学省の方が、この表を使って説明された。毎年の調査だが、まったく状況は変わっていない、博士課程卒業生を採用するのは極めて少ない会社に限られ、多くの会社は採用に踏み切らない。状況は、一向に改善されていない。これが、図1から読み取れるところである。会議は悲観的空気が流れる。産業界の人間としては、肩身が狭いし、産学連携の活動が活発に行われているのに残念である。

◆統計データを求めて−−−企業への就職者数は増えていた!化学系の博士課程卒業者はどれくらいいて、化学工業に入社する博士課程卒

業者は何人なのか、それくらい分からないのでは、定量的議論はできない。筆者らは、再度統計データを求めて調べたところ、意外にも学校基本調査の

中に産業別就職状況がよくまとめられていることを知った。これはぜひ紹介しなければと本原稿を作成した次第である。これまで、この資料が紹介されてこなかったのは不思議である。表1に示すように、博士課程卒業者数、就職者数、就職率の経年データが出

0% 20% 40% 60% 80% 100%

4.6 5.6 26.9 18.1 44.9

5.1 6.3 26.1 21.6 41.0

3.7 6.2 31.0 21.2 37.8

5.4 4.8 32.8 22.8 34.2

5.7 5.2 34.7 23.9 30.4

4.6 5.3 31.9 21.8 36.4

4.3 6.2 30.7 25.6 33.1

4.9 6.3 29.1 17.8 42.0

毎年必ず採用している

ほとんど採用していない

ほぼ毎年採用している

全く採用していない

採用する年もある

有効回答数に対する割合

平成12年度調査 [N=1052]

平成13年度調査 [N=988]

平成14年度調査 [N=1031]

平成15年度調査 [N=892]

平成16年度調査 [N=898]

平成17年度調査 [N=789]

平成18年度調査 [N=836]

平成19年度調査 [N=884]

出典:「平成19年度民間企業の研究活動に関する調査報告」(2009年1月文部科学省)

図1 博士課程修了者の研究開発者としての採用実績の推移

博士課程(各年3月) 平成14年 平成15年 平成16年 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年 平成21年 平成21年/16年比卒業者数(A) 13,642 14,512 15,160 15,286 15,973 16,801 16,281 16,450 108.5就職者数(B) 7,699 7,898 8,557 8,746 9,167 9,885 10,288 10,585 123.7就職率(B/A%) 56 54 56 57 57 59 63 64 114.0産業別就職者数内訳(①〜⑧)

技術系産業

①建設業 129 99 102 100 92 102 120 135 132.4②電気・ガス・熱供給・水道業 18 17 24 23 27 28 20 56 233.3③情報通信業 51 110 125 114 189 221 254 243 194.4④製造業 1,070 987 1,077 1,173 1,362 1,551 1,680 1,812 168.2技術系産業小計(①〜④)(C) 1,268 1,213 1,328 1,410 1,670 1,902 2,074 2,246 169.1技術系産業への就職率(C/B%) 16 15 16 16 18 19 20 21 131.2

⑤学術研究,専門・技術サービス業 1,078 964 965 964 1,307 1,296 120.2⑥教育,学習支援業 2,563 2,976 3,053 3,111 3,293 3,471 3,654 122.8⑦医療・福祉 1,564 2,234 2,369 2,427 2,725 2,436 2,945 131.8⑧その他 6,431 2,558 941 950 994 1,001 1,000 444 47.2出典:学校基本調査

表1 博士課程卒業者数、就職者数、および産業別就職者数の年次変化

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http://sangakukan.jp/journal/35 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

ている。ここまでは、公表されていて、筆者らもよく知っている。統計速報によれば、平成21年3月卒業生1万6,450人のうち、就職者は1万

585人で就職率64%である。製造業に1,812人、技術系産業 *1 に2,246人が就職している。図2に示すように、平成20年3月卒業(以下、3月卒業は省略する)、平成

21年の就職率はそれぞれ63%、64%と、それ以前よりも4−8%高くなっていることが注目される。

実はここに、産業別の就職者数が詳細に載っている。

驚 く べ き こ と に、 平 成16年 以 来、製造業も技術系産業も順調に就職者数は増加しており、平成21年/16年比はいずれも1.68ないし1.69倍の伸びとなっている(図3、図4)。就職者全体は同じ期間に1.24倍しか伸びていない。

また、製造業のうちの1分類である化学工業、石油・石炭製品製造業(以下「化学工業」と略す:製薬業を含む)の就職者数も記載されている。探していた数字である。平成20年3月に、558人の博士卒業者が化学工業に就職している。化学工業も順調に就職者数を伸ばしており、平成20年は平成16年比1.7倍となっている(図3、図4)。

全就職者数に対する技術系企業への就職比率も平成16年の16%から平成21年には21%に増加している(表1の技術系産業への就職率「(C/B %)」参照)。

◆まとめ理工系博士課程卒の技術系産業への

就職は確実に増えているという心強いデータが得られた(表1)。一方で、採用企業数が増えていないというデータもある(図1)。それはなぜか、次回、解明する。

7,6997,898

8,5578,746

9,167

9,885

10,288

10,585

56

54

5657 57

59

63

64

5,000

6,000

7,000

8,000

9,000

10,000

11,000

平成14年 (2002)

平成15年 (2003)

平成16年 (2004)

平成17年 (2005)

平成18年 (2006)

平成19年 (2007)

平成20年 (2008)

平成21年 (2009)

年 次

就職者数

50

55

60

65

70

就職率%

就職者数(B)

就職率(B/A%)

図2 博士課程卒業者の就職者数と就職率の推移

出典:学校基本調査

【図3】博士分野別就職者数の年次統計

1,070987

1,0771,173

1,362

1,551

1,680

1,812

1,2681,213

1,3281,410

1,670

1,902

2,074

2,246

332381 426

514558

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

平成14年 (2002)

平成15年 (2003)

平成16年 (2004)

平成17年 (2005)

平成18年 (2006)

平成19年 (2007)

平成20年 (2008)

平成21年 (2009)

製造業

製造業を含む技術系産業(製造業、建設業、電気・ガス・熱供給・水道業、情報通信業の合計)化学工業

出典:学校基本調査

【図4】卒業者数、就職者数、産業別就職者数の増加率(平成16年を100とする。)

99

92

100

109

126

144

156

168

9591

100

106

126

143

156

169

100

115

128

155

168

9092

100102

107

116

120124

90

96100 101

105

111107 109

80

100

120

140

160

180

平成14年 (2002)

平成15年 (2003)

平成16年 (2004)

平成17年 (2005)

平成18年 (2006)

平成19年 (2007)

平成20年 (2008)

平成21年 (2009)

製造業

製造業を含む技術系産業(製造業、建設業、電気・ガス・熱供給・水道業、情報通信業の合計)化学工業

就職者数

卒業者数

出典:学校基本調査

図2 博士課程卒業者の就職者数と就職率の推移

図3 博士分野別就職者数の年次統計

図4 卒業者数、就職者数、産業別就職者数の増加率(平成16年を100とする)

*1:技術系産業に興味があるので、表1のように就職先産業の ①建設業 ②電気・ガス・熱供給・水道業 ③情報通信業 ④製造業、を合わせて仮に “技術系産業 “と定義し、分類してみた。

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ライフサイエンス、情報通信など8分野の12テーマを分析

連載 平成20年度特許出願技術動向調査について(前編)

http://sangakukan.jp/journal/36 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

特許庁が毎年実施している「特許出願技術動向調査」は、今後の進展が予想される技術テーマを選び、内外の特許情報を基にその技術動向を多角的に分析している。平成20年度調査の結果を紹介する。

◆はじめに特許庁では、迅速かつ的確な特許審査のための基礎資料とともに企業や研究機関等における研究開発戦略や知的財産戦略等のための基礎資料を目的として、平成11年度より特許出願技術動向調査を実施している。ここでは、前編と後編の2回にわたって、平成20年度特許出願技術動向調査の結果について紹介する。

◆特許出願技術動向調査とは特許出願技術動向調査とは、第3期科学技術基本計画(平成18年3月閣議決定)において重点推進4分野および推進4分野と定められた8分野(ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料、エネルギー、ものづくり技術、社会基盤、フロンティア)を中心に、今後の進展が予想される技術テーマを選定し、内外の特許情報を基に多面的に技術動向を分析したものである(図1)。

田内 幸治(たうち・こうじ)特許庁 総務部 企画調整課 技術動向班 技術動向係長

1

M A

図1 特許出願技術動向調査の概要

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http://sangakukan.jp/journal/37 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

調査結果については、特許審査の基礎資料として活用するとともに、企業や研究機関等における研究開発戦略策定の際の検討用資料として、また、産業政策、科学技術政策の基礎資料として、産学官に広く情報発信*1している。

◆平成20年度特許出願技術動向調査結果の概要平成20年度は次ページ以降の表1の12テーマについて調査を実施した。この結果から、各技術テーマにおける各国(地域)の出願人の出願動向や、出願先国(地域)における出願動向の違い等を把握することができる。ここで表1の見方について、ライフサイエンス分野の「再生医療」のテーマを例に説明する。まず「日米欧中韓への出願」について見ると、米国37%、日本27%、欧州19%とある。これは、日本、米国、欧州、中国、韓国の5つの国・地域に特許出願された件数の合計について見た場合、その中で米国の大学・研究機関、企業、個人等からの特許出願件数が37%のシェアを占めているという意味である。同様に日本からの出願件数のシェアは27%、欧州からの出願件数のシェアは19%で続いていることを示している。また「日本への出願」では日本63%、米国20%、欧州10%とあるが、これは日本に特許出願された件数の合計について、日本からの出願件数のシェアは63%、米国からは20%、欧州からは10%という意味である。「米国への出願」「欧州への出願」についても同様である。次に「ポイント」について見ると「日米欧中韓(全体)への特許出願において、米国籍が最も高い出願件数シェアを占め、次いで日本国籍、欧州国籍と続く」等とあるように、テーマごとの調査結果のポイントが把握できる。最後に表1の下の「備考」について見ると、「再生医療」についての出願件数シェアの調査対象期間は出願年(優先権主張年)ベースで2002−2006年であることがわかる。この「備考」にあるように、この調査対象期間はテーマによって異なっている。表1の調査結果概要について分野ごとで見ると「環境・エネルギー」「ナノテク・材料」「ライフサイエンス」「ものづくり技術」分野における合計6テーマについては、いずれも日本、米国、欧州の3極が出願件数シェアにおいて上位3位を占めている。しかし「情報通信」分野では、「情報機器・家電ネットワーク制御技術」において韓国からの出願件数シェアが15%を占め(「日米欧中韓への出願」)、日本(58%)に次いで2位である。また、「デジタルカメラ装置」や「多層プリント配線基板」においても、韓国からの出願件数のシェアは3位(「日米欧中韓への出願」)となっている。連載後編である次回は、平成20年度調査テーマの1つである「太陽電池」を例にとり、平成20年度特許出願技術動向調査結果の内容について具体的に説明する。

*1:調査結果の要約版は、特許庁ウェブサイトで公開している(ht tp : / /www . j po . go . j p /shiryou/gidou-houkoku.htm)。報告書については、国立国会図書館、各経済産業局特許室および沖縄総合事務局特許室、各都道府県の知的所有権センター、特許庁図書館にて閲覧可能である。

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http://sangakukan.jp/journal/38 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

表1 平成20年度特許出願技術動向調査結果の概要(1/2)

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http://sangakukan.jp/journal/39 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

表1 平成20年度特許出願技術動向調査結果の概要(2/2)

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http://sangakukan.jp/journal/40 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

独立行政法人科学技術振興機構(JST)は9月16日(水)〜18日(金)、東京・有楽町の東京国際フォーラムで6回目となる、大学の研究成果の見本市『イノベーション・ジャパン2009−大学見本市』(IJ2009)を独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と共同で開催した。今回の特徴は、研究成果展示件数の増加、アジアの大学からの出展、大学「食」の祭典の開催である。

◆大学見本市とはイノベーション・ジャパンは、全国の大学等の技術シーズを一堂に集め、

企業へ紹介し、産学連携の推進・技術移転のきっかけとなる場を提供することにより、産業活動が活性化されることを目指している。展示会、新技術説明会、基調講演等のフォーラムを柱としており、研究シーズと産業界をマッチングさせるイベントとしては国内最大規模である。

◆開催結果概要IJ2009の開催結果(来場者状況)は表のとおりである。今回も、昨年に

続き、展示、新技術説明会を合わせ3万6,000人以上の来場を得るなど、産学のマッチング機会を提供した。

会場の様子

イノベーション・ジャパン2009−大学見本市

アジアの大学出展、「食」の祭典

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http://sangakukan.jp/journal/41 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

1.研究成果展示の増加より多くの大学のシーズを企業に紹介したいという本来の趣旨を重視し、

従来多くの展示があった大学知財本部エリアの縮小と、メインシアターエリアをなくすことで、大学の研究成果展示を増やした。展示数は過去最大の352(昨年は329)。環境、新エネルギー・省エネルギー、アグリ・バイオ、医療・健康、ナノテクノロジー、材料、ものづくり、IT(情報技術)の8分野に分けて展示した。出展した大学は153である。2.アジアの大学の出展

アジア地域での国際的な産学連携を推進する一環として、以下の7カ国、10大学が出展を行った。各大学は展示とともにショートプレゼンテーションを行い、日本の企業、大学との積極的な連携を働き掛けていた。

・清華大学(中国)・北京大学(同)・大連理工大学(同)・マレーシアプトラ大学(マレーシア)・モンゴル科学技術大学(モンゴ

ル)・チュラロンコーン大学(タイ)・ハノイ工科大学(ベトナム)・サムラトランギ大学(インドネシ

ア)・スラバヤ工科大学(同)・シンガポール大学(シンガポー

ル)3.大学「食」の祭典「産学連携」の身近な成果を紹介し、産学連携への関心を深め、産学連携の推進を図ることを目的として、す アジアの大学の出展

イノベーション・ジャパン2009 - 大学見本市http://expo.nikkeibp.co.jp/innovation/

会  期:2009年9月16日(水)〜18日(金)会  場:東京国際フォーラム(東京・有楽町)主  催:科学技術振興機構(JST) 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)共  催:文部科学省 経済産業省 内閣府後  援:日本経済団体連合会 中小企業基盤整備機構特別協賛:野村證券   協力:東京証券取引所/TOKYO AIM入 場 料:無料来場者数[人]

9月16日(水) 9月17日(木) 9月18日(金) 合計展示会 9,634 10,036 10,474 30,144新技術説明会 2,266 1,802 1,973 6,343基調講演、フォーラム 1,333 1,432 2,275 4,738プレス 37 33 26 96

計 13,270 13,303 14,748 41,321

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http://sangakukan.jp/journal/42 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

でに商品化され市場に出た「食」に関する研究成果を、展示、試飲・試食とともに、紹介した。展示、試飲・試食も連日、多くの来場者があった。日本の食問題についても産学連携による問題解決を期待したい。

このほか、大学発ベンチャーゾーン、研究機関ゾーンでは、出展ブースの大きさを大学・TLOゾーンと同一とする変更を行った。その結果、展示会場全体のレイアウトも分かりやすくでき、例年になく来場者が訪れたように感じられた。

来年度も、NEDOと共同主催で9月末の開催を予定している。これまでの成果・実績を踏まえ、効果的な開催を目指したい。

(佐藤 比呂彦:独立行政法人科学技術振興機構 経営企画部 計画調整担当主査 / 前 イノベーション推進本部 産学連携展開部産学連携担当 主査)

大学「食」の祭典<試飲・試食体験コーナー>

大学「食」の祭典<展示コーナー>

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43 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.10 2009

中国企業の環境への考え方に変化

★先日、中国の大学発ベンチャーの先駆け的な存在であるサンテックパワー(中国江蘇省無錫市)の生産ラインを見学した。サンテックパワーは2001年9月に設立され、2005年12月にニューヨーク株式市場で上場を果たし、今やシャープを抜き去り、世界最大の太陽光発電パネルメーカーに成長している。サンテックパワーのエントランスの両脇には巨大な太陽光発電パネルが2つ設置されている。入り口を通り抜けると、ウエハーの洗浄水を循環させた巨大な池にたくさんのニシキゴイが泳いでいた。技術だけでなく環境にも配慮する姿勢をアピールしているのだ。中国が日本を追いかける足音の音色も変化している。 (編集委員・西山英作)

インターンシップにさらなる工夫を

★文科系の大学でインターンシップを担当していると、これこそが産学連携の原点だと思えてくる。受け入れ側の企業がカリキュラムに工夫を凝らしており、研修を受けた学生の満足度は非常に高い。難点は研修期間で、理系大学では1年間という長期にわたるものもあるが、2〜3週間が相場のため、学生の間では期間延長を求める声が大きい。特に文科系の学生にとって勉強になると思われるのは、各地の中小企業や一部の自治体が実施している社長や首長の「かばん持ち」研修だが、期間が短い。 インターンシップは受け入れ側に一方的な負担がかかるので、大学や学生の希望が通りにくい。しかし、その有用性を重視するなら、双方で仕組みや内容を研究すべきだろう。文科系の産学連携はこれがきっかけになる可能性が大きい。 (編集委員・鈴木博人)

大学の伝統、文化にもイノベーションを

★大学関係者の産学官連携への関心は高くなっているが、それでも「学と産の壁は厚いなぁ」と感じるときがある。卑近な例ではイベントでのあいさつである。長くて抑揚のないものは、大学人のほうが多いように感じる。料理と酒を前にした懇親会ではなおさらだ。10分も話されるとたまらない。無論、伝統、文化の違いである。相対的に企業人にめりはりが利いているのは、良い印象を与える方法、裏を返せば嫌がられない方法を知っているからである。たかがあいさつと言うなかれ。だらだら長い、めりはりが利いていない、参加者の気持ちを考えていないことは、イベント全体の仕切り、パネルディスカッションの進行などにもつながっている。あいさつの方法を含め「イベントの進め方とイノベーション」も産学官連携のテーマになる?! (編集長・登坂和洋)

産学官連携ジャーナル2009年10月号2009年10月15日発行

問合せ先:JST産学連携担当 要、登坂〒102-8666東京都千代田区四番町5-3TEL :(03)5214-7993FAX :(03)5214-8399

(月刊) 編集・発行:独立行政法人 科学技術振興機構(JST)イノベーション推進本部 産学連携展開部産学連携担当

編集責任者:藤井 堅 東京農工大学大学院 技術経営研究科 非常勤講師Copyright ○2005 JST. All Rights Reserved.c