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1 Discover Nikkei 2014.04 de Alberto Matsumoto 南米の経済低迷と今後のビジネス環境 この 10 数年は中南米の高い経済成長率が注目の的になり、日本在住の日系就労者たちもその状 況を期待してかなり帰国した。しかし、ここ 2 年ぐらい前から経済がまた低迷しはじめ、大国であ るブラジルの情勢があまり思わしくない。この国は隣国とは多くのモノやサービス、エネルギー(電 力と天然ガス)を輸出入しているが、南米の域内総生産の半分以上を占めているため地域全体への 影響は非常に大きい。また、石油公社ペトロブラス社の大規模不正事件は政界を揺るがしており、 ジルマ大統領の政権運営にも限りが見え始めている。第一産品の輸出が国際価格高騰に左右されて いる新興国は、原油、穀物、鉱物資源の価格が下がるとそれまでの成長モデルがあっという間に崩 れてしまう。世界からあるゆる原料を大量に輸入している中国経済の減速が大きな原因でもあるが、 これに依存してきた新興国は大きな打撃を受けている。 しかし、このことは以前から警告されていたことでそうした状況に対応できるだけの財政運営 (外貨準備高を増加し、赤字を削減する)をしてこなかったツケでもある。それにすべての国が低 迷しているわけではなく、ブラジル、アルゼンチン、ベネズエラ等がもっとも深刻で、その他の国々 は比較的健全である(成長率は鈍化しても、インフレ率や失業率は低く抑えられており、中央銀行 の準備高等は相当高いので為替変動にも対応である)。外資の投資先としてチリやペルー、コロン ビアやエクアドル、パラグアイやボリビア等は、不透明な政治要素や汚職事件が多発しても、今も それなりに有力視されている。当然分野にもよるしターゲットにする市場にも左右されるが、中産 階級が消滅したわけではない。ただ、どの国も、社会主義的な政策(石油や穀物の外貨や輸出税で 得た税収を優先的に貧困対策と社会事業にあてた)を実施してきた国でも、格差は拡大しているの が実情である。貧困率の改善は国際機関からも評価されているが、問題は富裕層との格差があまり にも広がりすぎたことで、物価の上昇も相まってようやく中産階級になった人たちの一部がまた貧 困層に逆戻りしている。だから不満が爆発しているのであり、またその可能性が高まっていること でどの国もこれまでのばらまき政策を止められないのである。当初の購買力を維持できない分、賃 金アップや社会保障、教育やインフラ整備の充実に対する圧力は高まっている。そのうえ労使関係 の悪化によってストが増え、政治的に政権運営が難しくなる国も増えるかも知れない(アルゼンチ ンや南米の優等生チリまではそうした不安要素を抱えている)。ブラジルではその不満も大きく、 昨年のサッカーワールド杯前に発生した大規模な抗議デモはまだ記憶に新しいが、最近また各地で 集会や道路封鎖が行われている。アルゼンチンでも交通機関のストライキが発生している(主な原 因はインフレによる賃金の目減りに対する賃上げ要求等)。 里帰りをした日系人の話だと、多くの国では一部の食料と交通機関の価格以外は日本より割高に なっており、すべてがコスト高で収入は物価上昇に追いついておらず、その結果経済的格差は益々 拡大している、と懸念している。一方日本は経済が安定しているので、その分やりくりもできるし モノやサービスの購入には価格や質の面から選択する余地もあるので、節約によって一定水準の生 活は確保できると指摘していることが多い。南米では、それが非常に難しくなってきていると語っ ている。 それでも何となく活気が見えるのはなぜだろうか。やはりそれはブラック経済または闇経済とい うものが存在するからである。中南米諸国ではそうした範囲が平均でも 40%で、25%から 60% にも及んでおり、商取引や給与支払いの記録がまったくないことを意味しており、そこで発生した お金の動きは国の統計である国内総生産にも当然反映されていない。しかし、市場ではその動きは 実感できる。 どの国も税制改革や脱税対策を強化してこの闇経済の改善を目指しているが、アフリカより格差

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Page 1: Discover Nikkei 2014.04 de Alberto Matsumoto...1 Discover Nikkei 2014.04 de Alberto Matsumoto 南米の経済低迷と今後のビジネス環境 この10数年は中南米の高い経済成長率が注目の的になり、日本在住の日系就労者たちもその状

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Discover Nikkei 2014.04 de Alberto Matsumoto 南米の経済低迷と今後のビジネス環境 この 10 数年は中南米の高い経済成長率が注目の的になり、日本在住の日系就労者たちもその状況を期待してかなり帰国した。しかし、ここ 2 年ぐらい前から経済がまた低迷しはじめ、大国であるブラジルの情勢があまり思わしくない。この国は隣国とは多くのモノやサービス、エネルギー(電力と天然ガス)を輸出入しているが、南米の域内総生産の半分以上を占めているため地域全体への影響は非常に大きい。また、石油公社ペトロブラス社の大規模不正事件は政界を揺るがしており、ジルマ大統領の政権運営にも限りが見え始めている。第一産品の輸出が国際価格高騰に左右されている新興国は、原油、穀物、鉱物資源の価格が下がるとそれまでの成長モデルがあっという間に崩れてしまう。世界からあるゆる原料を大量に輸入している中国経済の減速が大きな原因でもあるが、これに依存してきた新興国は大きな打撃を受けている。 しかし、このことは以前から警告されていたことでそうした状況に対応できるだけの財政運営(外貨準備高を増加し、赤字を削減する)をしてこなかったツケでもある。それにすべての国が低迷しているわけではなく、ブラジル、アルゼンチン、ベネズエラ等がもっとも深刻で、その他の国々は比較的健全である(成長率は鈍化しても、インフレ率や失業率は低く抑えられており、中央銀行の準備高等は相当高いので為替変動にも対応である)。外資の投資先としてチリやペルー、コロンビアやエクアドル、パラグアイやボリビア等は、不透明な政治要素や汚職事件が多発しても、今もそれなりに有力視されている。当然分野にもよるしターゲットにする市場にも左右されるが、中産階級が消滅したわけではない。ただ、どの国も、社会主義的な政策(石油や穀物の外貨や輸出税で得た税収を優先的に貧困対策と社会事業にあてた)を実施してきた国でも、格差は拡大しているのが実情である。貧困率の改善は国際機関からも評価されているが、問題は富裕層との格差があまりにも広がりすぎたことで、物価の上昇も相まってようやく中産階級になった人たちの一部がまた貧困層に逆戻りしている。だから不満が爆発しているのであり、またその可能性が高まっていることでどの国もこれまでのばらまき政策を止められないのである。当初の購買力を維持できない分、賃金アップや社会保障、教育やインフラ整備の充実に対する圧力は高まっている。そのうえ労使関係の悪化によってストが増え、政治的に政権運営が難しくなる国も増えるかも知れない(アルゼンチンや南米の優等生チリまではそうした不安要素を抱えている)。ブラジルではその不満も大きく、昨年のサッカーワールド杯前に発生した大規模な抗議デモはまだ記憶に新しいが、最近また各地で集会や道路封鎖が行われている。アルゼンチンでも交通機関のストライキが発生している(主な原因はインフレによる賃金の目減りに対する賃上げ要求等)。 里帰りをした日系人の話だと、多くの国では一部の食料と交通機関の価格以外は日本より割高になっており、すべてがコスト高で収入は物価上昇に追いついておらず、その結果経済的格差は益々拡大している、と懸念している。一方日本は経済が安定しているので、その分やりくりもできるしモノやサービスの購入には価格や質の面から選択する余地もあるので、節約によって一定水準の生活は確保できると指摘していることが多い。南米では、それが非常に難しくなってきていると語っている。 それでも何となく活気が見えるのはなぜだろうか。やはりそれはブラック経済または闇経済というものが存在するからである。中南米諸国ではそうした範囲が平均でも 40%で、25%から 60%にも及んでおり、商取引や給与支払いの記録がまったくないことを意味しており、そこで発生したお金の動きは国の統計である国内総生産にも当然反映されていない。しかし、市場ではその動きは実感できる。 どの国も税制改革や脱税対策を強化してこの闇経済の改善を目指しているが、アフリカより格差

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が深刻な地域では規範意識は薄れ、納税義務の履行も遠退いてしまう。

日本で貯めた資金でペルーのリマでは近年日本的な飲食店も増えているが、ラーメン、餃子、創作和食等の小規模かつ家族経営の店である。他方、日系企業でも小売業の進出が話題になっているが、例えば 100 円ショップである。先月、リマのショッピングモールで大阪のワッツ社のブランド”KOMONOYA”(一品 600 ソル)の第1号店が開店し、地元メディアが大きく取り上げている1。 その他、大手自動車メーカーのメキシコ投資拡大や南米各地で鉱物資源開発事業はかなり堅調である。いずれにしても、今後日本の小売業がもっと積極的に海外市場を目指す傾向は増え、中南米市場への注目も更に高まる。 こうした動きに以前から指摘されているのが日系人のファシリテーターとしての役割である。地元社会のしくみや見えないルールを把握し、様々な業界に人脈をもち指導的な役割を担っている日系人は、日系企業の進出の際、膨大な情報の整理や信頼できる専門家を紹介してもらえるリスク回避と節約の、グローバル人材である。ただ、すべての日系人がそうした条件を満たしているわけではなく、日系人の活用=ビジネスの成功とは言えない。あまりなじみのない土地ではじめて事業を始めるには、法律や会計、税や業界の規制等非常に細かい情報を把握する必要があり、ときにはそれにアクセするための委任状や契約書の作成でさえ大きな障害物になる。日本では簡単な委任状でかなりの作業をこなすことができるが、南米では形式要件も複雑で代理権を行使する際機関によってその文言や根拠となる規定も異なったりする。また、そうした委任状を行使するには日本側と相手国側の認証手続きも必要であり、ときには両側の弁護士が非常に細かい調整をしなければならない。このことを日本側に理解してもらうだけでも、多大な労力と時間を有することがある。 中南米のポテンシャル(潜在能力)は常に評価されてきたが、ビジネス先としては大手企業や多国籍企業が進出している分野以外は、やはり難しい側面が多く、高い汚職度や低い法遵守率、諸制度やインフラの未整備、関係手続きや法適用の不透明さ等は一般の起業家には大きなリスクを意味する。日本から戻った日系出稼ぎ就労者もそのことを意識ながら様々な事業を展開してきたが、成功は稀である。 ただ成長の勢いが鈍化しつつも近年拡大した中産階級の消費意欲は、小売業にとってはまだ魅力的である。中南米といっても、国ひとつ一つの特徴は全く異なっており、地域や業界毎に詳細な情報を分析しなければならない。統計も、公的機関であれば信頼できるという訳ではない。米州開発銀行のモレノ総裁は、この地域は 2020 年ぐらいまでは不安定要素は続くとみており、成長率が高

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い国でも内外の変化で一気に低迷する可能性もあると警告している。こうしたなか、やはり自分で見て、歩いて、業界関係者や専門家と直接あって意見交換すべきであり、単なる広告のイメージや政府の投資誘致の案内のみで第一歩を踏み出さすのはあまりにも無謀過ぎる。 1http://www.watts-jp.com/gallery/gallery-3107-65925.html

http://www.rpp.com.pe/2015-03-11-tienda-japonesa--039-komonoya-039-vendera-sus-productos-a-precio-unico-de-6-soles-noticia_777113.html

http://www.americaeconomia.com/negocios-industrias/japonesa-konomoya-inicia-operaciones-en-latinoamerica-con-prim

era-tienda-en-peru Discover Nikkei 関連記事

1)近年の南米の経済成長と日系人たち

http://www.discovernikkei.org/ja/journal/2014/1/8/crecimiento-economico/ 2)南米の格差と治安、そして日系人たち1と2

http://www.discovernikkei.org/ja/journal/2014/1/27/desigualdad-social-inseguridad-1/

3)ラテンアメリカの経済成長と日系社会 http://www.discovernikkei.org/ja/journal/2011/11/7/nikkei-latino/

スペイン語のラテンアメリカ関係の記事である。 http://www.americaeconomia.com/analisis-opinion/la-corrupcion-la-gran-tarea-pendiente-de-america-latina

http://www.americaeconomia.com/economia-mercados/finanzas/ceo-de-ey-para-america-es-conveniente-seguir-invirtiendo-en-america-l

atin

http://www.americaeconomia.com/analisis-opinion/esta-america-latina-preparada-para-un-cambio-de-ciclo

http://www.americaeconomia.com/economia-mercados/finanzas/china-se-convierte-en-un-banquero-clave-para-america-latina

http://www.americaeconomia.com/economia-mercados/finanzas/ingresos-tributarios-en-america-latina-crecieron-en-dos-decadas

http://www.americaeconomia.com/economia-mercados/finanzas/fmi-peru-liderara-crecimiento-economico-en-america-latina-en-2015

http://www.americaeconomia.com/economia-mercados/finanzas/luis-alberto-moreno-economia-de-america-latina-sera-volatil-hasta-el-2

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図1チリの経済格差、ソル財団、2014 年9月 図2ラテンアメリカの中産階級率、IDB 米州開発銀行資料、2014 年 12 月 図3IDB 米州開発銀行総裁の発言、America Economía 誌デジタル版、2015.02.05