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33実践研究助成───219 研究課題 Web2.0を活用した、生産者と購入者のコミュニケーションの図り方と 「ものづくり」等に対する意欲の向上を目指した学習の在り方について 副題 学校名 福井県立南越養護学校 所在地 915-0024 福井県越前市上大坪町35-1-1 学級数 25 児童・生徒数 82職員数/会員数 75学校長 龍溪 信行 研究代表者 今村 典宏 ホームページ アドレス http://www.nanetsu-sh.ed.jp/ 1.はじめに 本校は開校して3年を迎えた総合的な養護学校である。高 等部を卒業していく生徒はまだ数としては少ないが、一般企 業や福祉工場等へ就職している。この環境の中で、授業でも 特に作業実習における比重は高く、生徒の「物を作る態度」 や「意欲」といったものを、どのように育て意識づけていく かが大きな課題となっている。そこで開校当初より取り組ん でいるのが、生徒が作った物を生徒自身が一般の人たちに販 売することである。最初は文化祭の時に、地域住民や関係施 設の人たちを学校に招き、年間を通して作成した生産物の販 売を行った。また2年目はさらに、地域の商業高校に依頼し、 商業高校がその教育の一環として行っている「武商デパー ト」(仕入れ・販売を全て商業科の生徒だけで行う)と称す る売り場での販売なども手がけてきた。平成19年度において は、障害者雇用促進展への出展や、越前市が主催する「たけ ふ菊人形」に本校の作業学習の様子を紹介し、一般市民に広 報していった。このような状況下で、生産者と購入者が交わ るのは売買するその瞬間だけであり、生徒にとってはその生 産物がどのように使われ、また購入者がどのような感情を持 っているかが伝わりにくい。そのことを如何に想像させて、 次の生産物への意欲や意識の向上につなげていくかが課題と なっている。 本校では上記のような課題へのアプローチの一つとして、 インターネットによる電子会議システムを活用したり、Web ページを使って購入者とのコミュニケーションの図り方を研 究している。 2.研究の目的 本校の高等部の生徒は、将来の就職への訓練として特に作 業実習に重点をおいて授業が行われている。全ての生徒は指 導する教師の指示に従い、真剣に作業を行い「ものづくり」 に努力をしているが、実際にその製品を販売しても、生徒自 身の障害により、購入者がどのような使用感を持っているか、 またどのように使用しているかは想像するのがむずかしい生 徒が多い。もしも購入者がその生産物に対する使用感や使用 状況などをコメントしてくれたならば、生徒も何らかのイメ ージが湧くとともに、次の「ものづくり」に対する意欲も向 上するのではないかと考えられる。さらにうまく行けば、購 入者の使用感から得られる情報によって、生産物(製品)に 対する改善点の発見につながるかも知れない。またWebを通 したコミュニケーション(テキストや写真添付の方法など) を学ぶ絶好の機会になるのではないか。 次に、購入者においても、障害のある生徒が、どのような 過程を経て「ものづくり」をしてきたか、またどのような環 境で農作物や製品を作ってきたかを、生産物一つ一つに添付 したQRコードで誘導されるWeblogや、さらにはネットワー クカメラ等を目にすることで、障害者への一層の理解につな がる一助になるのではないかと思われる。 生産物(製品)を作っていく中で、作業工程や生育状況を 生徒自身が写真に撮ったり、文章に記録していくことで、生 徒自身の情報の整理につながるとともに、その生徒の家庭に おいても、保護者が自分の子どもが今学校で何をしているの かがリアルタイムに理解できるとともに、「開かれた学校づ くり」に対する大きな手がかりになるのではないかと考えら 実践研究助成 特別支援学校

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第33回 実践研究助成───219

特別支援学校

研究課題

Web2.0を活用した、生産者と購入者のコミュニケーションの図り方と

「ものづくり」等に対する意欲の向上を目指した学習の在り方について副題

学校名 福井県立南越養護学校

所在地 〒915-0024

福井県越前市上大坪町35-1-1

学級数 25

児童・生徒数 82名

職員数/会員数 75名

学校長 龍溪 信行

研究代表者 今村 典宏

ホームページ アドレス http://www.nanetsu-sh.ed.jp/

1.はじめに

本校は開校して3年を迎えた総合的な養護学校である。高

等部を卒業していく生徒はまだ数としては少ないが、一般企

業や福祉工場等へ就職している。この環境の中で、授業でも

特に作業実習における比重は高く、生徒の「物を作る態度」

や「意欲」といったものを、どのように育て意識づけていく

かが大きな課題となっている。そこで開校当初より取り組ん

でいるのが、生徒が作った物を生徒自身が一般の人たちに販

売することである。最初は文化祭の時に、地域住民や関係施

設の人たちを学校に招き、年間を通して作成した生産物の販

売を行った。また2年目はさらに、地域の商業高校に依頼し、

商業高校がその教育の一環として行っている「武商デパー

ト」(仕入れ・販売を全て商業科の生徒だけで行う)と称す

る売り場での販売なども手がけてきた。平成19年度において

は、障害者雇用促進展への出展や、越前市が主催する「たけ

ふ菊人形」に本校の作業学習の様子を紹介し、一般市民に広

報していった。このような状況下で、生産者と購入者が交わ

るのは売買するその瞬間だけであり、生徒にとってはその生

産物がどのように使われ、また購入者がどのような感情を持

っているかが伝わりにくい。そのことを如何に想像させて、

次の生産物への意欲や意識の向上につなげていくかが課題と

なっている。

本校では上記のような課題へのアプローチの一つとして、

インターネットによる電子会議システムを活用したり、Web

ページを使って購入者とのコミュニケーションの図り方を研

究している。

2.研究の目的

本校の高等部の生徒は、将来の就職への訓練として特に作

業実習に重点をおいて授業が行われている。全ての生徒は指

導する教師の指示に従い、真剣に作業を行い「ものづくり」

に努力をしているが、実際にその製品を販売しても、生徒自

身の障害により、購入者がどのような使用感を持っているか、

またどのように使用しているかは想像するのがむずかしい生

徒が多い。もしも購入者がその生産物に対する使用感や使用

状況などをコメントしてくれたならば、生徒も何らかのイメ

ージが湧くとともに、次の「ものづくり」に対する意欲も向

上するのではないかと考えられる。さらにうまく行けば、購

入者の使用感から得られる情報によって、生産物(製品)に

対する改善点の発見につながるかも知れない。またWebを通

したコミュニケーション(テキストや写真添付の方法など)

を学ぶ絶好の機会になるのではないか。

次に、購入者においても、障害のある生徒が、どのような

過程を経て「ものづくり」をしてきたか、またどのような環

境で農作物や製品を作ってきたかを、生産物一つ一つに添付

したQRコードで誘導されるWeblogや、さらにはネットワー

クカメラ等を目にすることで、障害者への一層の理解につな

がる一助になるのではないかと思われる。

生産物(製品)を作っていく中で、作業工程や生育状況を

生徒自身が写真に撮ったり、文章に記録していくことで、生

徒自身の情報の整理につながるとともに、その生徒の家庭に

おいても、保護者が自分の子どもが今学校で何をしているの

かがリアルタイムに理解できるとともに、「開かれた学校づ

くり」に対する大きな手がかりになるのではないかと考えら

実践研究助成

特別支援学校

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れる。

これらのことが交互に作用することで、生徒の「ものづく

り」に対する意欲・意識の向上につながり、将来の様々な職

場への就職においても、その目的や自分の役目をはっきりと

自覚したものに出来るのではないかと期待する。さらには教

師自身の指導力が増すとともに、これらの情報が生産物の付

加価値につながることになるよう目指していきたい。

3.研究の方法

(1) 進め方

○生産物販売の際にQRコードを添付することで、その購

入者とのWebを通したコミュニケーションを図る。そのため

のWeblog等を生徒一人一人が作成する。

○購入者がコメントを記入してくれることで、障害のある

生徒たちは生産物に対する様々なイメージが湧くとともに、

次なる「ものづくり」に対する意欲が向上する。そのために

メールマガジン等の発行やホームネットワークカメラの活用

を図る。

○一般の人たちの障害者に対するより一層の理解につなが

るようにする。そのために生徒たちの様々な活動やその環境

をWebを通して積極的に発信する。(ホームネットワークカ

メラの活用を含む)

(2) 使用したソフト・システムについて

(ア)QRコードについて

QRコードの作成ソフトにはいろいろなものがあるが、

今回はNTTドコモから出ている「QRファクトリー」を

使用した。フリーソフトでありながら自由な文章レイアウ

トができ、またメーカーが提供していることで信頼性もあ

ることから使用した。

(イ)電子会議システムについて

ネットワークを使ったシステムとしては高価なものから

フリーソフトのものまで多種多様なものが存在する。フリ

ーソフトのものでも十分な性能を持ったものがあり、今回

はSkypeTechnologiesから出ている「Skype」を利用した。こ

れもメーカーが提供している点や、多くの人が利用し動作

が安定しているため使用した。

(ウ)Weblog・SNSについて

Weblogの作成には「menet blog(みぶろぐ)」を活用した。

サイトの運営者が福井県内の事業者で、管理者の人とも直接

会うことができ、本校に理解をしてくれている人だったので

利用した。しかし、作業学習班に合わせWeblogを同じ数だ

け作る必要がある点と、肖像権などの関係でセキュリティー

を設けたことから、ログインパスワードを複数用意する必要

があった。このことは利用者にも分かりにくく煩雑なことや、

Weblogでは利用者のコメントがもらいにくいなどのことが

あったため、後半からはSNS(コミュニティ型の会員制の

Webサイト)を用いることにした。そのためのシステムとし

て「OpenPNE」というオープンソース方式で開発されたSNS

エンジンを採用した。また、PCと携帯電話の両方からアク

セス可能な点も、利用の範囲を広げられる大きな利点となっ

た。ただし運用にはレンタルサーバーを用いて運用上のリス

クを軽減した。

4.研究の内容

ラップトップコンピュータを使い、生徒たち自身が記した

感想をもとにWeblog等の管理を随時行った。また全ての生

産物に一つ一つ添付するQRコードを作成し、生産物を購入

した人が携帯電話等のQRコード読み取り機能を使い、その

生産物を作った生徒のWeblogに誘導できるようにした。肖

像権などセキュリティーの問題からパスワードを設けたが、

そのパスワードもQRコードの中に含ませることによって容

易に誰もがアクセスできないように配慮した。販売する機会

は年間を通して3回設けることができた。当初はメーリング

リストを作り、メールアドレスを登録してくれた人にはいろ

いろな情報を流すことも考えていたが、メールアドレスの提

供はなかなか進まなかった。

ネットワークカメラはWeblog等にリンクされたURLにより

本校の生産物の農場や作業場等を映し出し、どこでどのよう

に作られているかを知ってもらうために活用した。実際には

本校のWebページからでもアクセス可能にした。PCからは

リアルタイムの動画を見ることができ、携帯電話からは静止

画を見ることができた。

いろいろなイベントに参加し、そこに訪れた人に抽選くじ

を添付した本校のチラシを配り、その結果をWeb上で発表し

た。またこのことが本校の文化祭に多くの人が訪れるきっか

けとなるように計画した。

地域の高校生との交流を図るため、インターネットを利用

した電子会議システムを使った。Webを通した活動をするこ

とで多くの人と距離を感じないでコミュニケーションが取れ

ることと、同じ世代の人と交わることで障害者への理解が一

層深まるよう配慮した。

最終的には、購入者がWeblog・SNS等に使用感などの感想

を直接コメントしてくれることを期待し、生徒たちがそのコ

メントを目にすることで、ものづくりに対する意欲の向上や、

Webを通した購入者等へのコミュニケーションの手がかりと

なるよう配慮した。

5.研究の経過

4月の初めに作業班ごとに生徒に「今年度の目標」を設定

させる。また、随時生徒には作業に関する感想や意見を書い

てもらい、その都度Web上のサイトに記録していった。作業

学習の製品購入者や保護者等(以後「登録者」と表記)は、

生徒の作ったWebサイトを随時閲覧し、その様子を見ること

ができるようにした。

4月28日のPTA総会において、園芸班では生徒玄関で「苗

の販売」を行い、その際購入者に「苗の育て方の説明とWeb

サイトの紹介(QRコード)文」を渡し、Webサイトの紹介

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第33回 実践研究助成───221

特別支援学校

等をした。実際には教職員にも

周知していった。ほとんどは保

護者や教職員が購入していたが、

当日は40を超えるアクセス数が

あり、その後の生徒の振り返り

の時間にも紹介し、大変生徒た

ちも喜んでいた。

6月にはネットワークカメラ

を設置し作業学習の様子をリア

ルタイムに動画で配信できるよ

うにした。このことで生徒も少

しずつ見られてい

るという意識から

真剣さが増してき

た。

9月からは県内

や地域で行われる

イベントに参加し

ていった。福井市

で行われた障害者

雇用促進展では、本校のポスターと作業学習での製作物の展

示と一部販売を行った。同時に、訪れた人へチラシを配布し、

Webサイトへの誘導を図った。直接生徒が参加しての活動は

授業等の関係から1日しかできなかったが、一般の人に接す

る機会ができ、コミュニケーションの育成に効果的であった。

次に越前市で行われた「たけふ菊人形」にも同様な出店をし

た。このときのチラシには抽選券も添付し、その結果をWeb

上で配信しアクセス数を伸ばす配慮をした。

インターネットを利

用した電子会議システ

ムを利用し、武生商業

高校とWebを通した交

流をした。具体的には

武生商業高校の「武商

デパート」での販売依

頼商品の評価を、電子

会議システムで行った。

最初に作業学習班ごと

に本校の生徒から自分

たちが作った製作物の

紹介をしていった。ど

のような商品か、工夫している点は何か、販売価格の提示と

いった様子で進めていった。そのことを受けて武生商業高校

の生徒からは、納入個数や疑問点などを聞かれ、コミュニケ

ーション能力が深まったように思われる。このことは新聞の

取材も受け、記事となった。

11月に行われた文化祭ではWeblogからSNSに移行していた

ことからQRコードはすべての作業班で同じものを使用し、

購入者には「感謝のチラシ」に添付した。そのことで購入者

は自分が購入したもの以外の作業学習の様子も閲覧できるよ

うにした。そのことでいくつかのコメントももらうことがで

きた。

6.研究の成果と今後の課題

《成 果》

○生徒は自分たちが行っている作業学習で製作したものが、

いろんな人に興味関心を持ってもらえていること、また喜ん

でもらえていることがわかり、次の課題への意欲が湧く生徒

が増えた。

○製品に対する関心度が高まり、お金を出して買ってもら

うためには丁寧に扱うことや、工夫された点が必要なことな

どが理解でき、製作段階から注意深く扱ったり、製品価値を

高めるような工夫を凝らしていた。

○自分たちの活動をWebを通して購入者に知らせていると

いう緊張感から、製品を購入してもらうときも、明るいあい

さつや、元気な返事をする生徒が増えた。

《課 題》

○当初からWebサイトはセキュリティーや個人情報等の観

点からパスワードを設定していたが、やはり一般的にはその

理解が難しくどうしてもアクセス数が伸び悩んだ。また、せ

っかくアクセスしてもらってもコメントを書き込んでくれる

ところまではいかず、使用感や感想をもらうところまでは至

らなかった。そのため生徒にはアクセス数の伸びを見せるこ

とで、自分たちの作った物への興味関心が高いことを説明す

るにとどまった。さらには、メーリングリストを作ろうと思

いメールアドレスの収集を図ったがなかなか思い通りに進ま

なかった。

○生徒だけでWebサイトを構築していく時間が無く、実際

には教職員の手でなされることが多かった。また、同時に生

徒にそのWebサイトを紹介する時間も十分にとることができ

なかった。

7.おわりに

本校の全ての保護者にメールマガジンを発行していきたい

と考えている。そのためには保護者宛てに依頼文を出し、登

録作業をしていく必要がある。またWebサイトの使い方とし

て、現在利用しているSNSを利用し、作業学習だけでなく多

くのコミュニティーサイトを自由に作りながら交流を深めて

いきたい。