Six-Box Scheme · 理想のシステムの理解 適切に定義された 具体的問題...
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274 6箱方式
2章 デザイン方法論
Six-Box Scheme6 箱方式
ここで創造的な問題解決とは,現在の問題を克服して創造的な新しい解決策を実現する行為の全過程をいう.その全過程を導くパラダイム(paradigm:枠組み,基本方式)として,「6箱方式(six-box scheme)」が中川徹によって新たに開発・提唱されている(中川,2016).それは「問題の認識→問題の定義→現在の問題の分析→理想のイメージづくり→新しいシステムのためのアイデアの生成→解決策案の構築→解決策の実現」という段階を踏む.従来の科学技術のパラダイム,すなわち,「問題を一般化(抽象化)し,一般的に得られた解決策をヒントにして,具体化せよ」という「抽象化の 4箱方式(four-box scheme of abstraction)」の曖昧さを克服したものである.それは技術分野から,ビジネス,社会,人間などのあらゆる分野に跨って適用できる基本枠組みである.従来のさまざまな問題解決の方法,創造性技法,デザイン科学の諸方法などを統合的に位置づける体系として,CrePS(クレプス,創造的な問題解決のための一般的方法論:general methodology of Creative Problem Solving) が構想されている.この 6箱方式を実践する,汎用で簡潔な一貫プロセスとして USIT(ユーシット,統合的構造化発明思考法:Unified Structured Inventive Thinking) がすでに開発され,実用されている.デザイン科学の諸方法の中に CrePS/USITを取り入れることもできる.● 6 箱方式の基本 6箱方式はデータフロー図(dataflow diagram)で定義される(図1).6つの箱(長方形)は各段階で獲得するべき情報を示し,これらの情報の流れが本方式の主要な定義である.箱間の矢印は基本的な過程経路を示し,実践においては,戻り,跳び,複数パス,螺旋経路など,目的・状況に応じた適用が行われる.
図 1 6 箱方式:創造的な問題解決のための新しいパラダイム
思考の世界 (一般化した問題)
現在システムの理解+
理想のシステムの理解
適切に定義された具体的問題
ユーザーの具体的問題
(技法主導)
現実の世界
(抽象化)
(技術・ビジネス・社会主導)
(具体化)
第 3箱
第 1箱
第 2箱
第 4箱
第 6箱
第 5箱
問題の分析
問題の定義
(一般化した解決策)
新システムのためのアイデア
概念的な解決策
ユーザーの具体的解決策
解決策の構築
実現
アイデア生成
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2章 方法論
図の上下を区分するのも 6箱方式の重要な概念である.下半分は「現実の世界(real world)」に属しており,実際の(企業などの)活動の現場である.何らかの問題を解決したいと考え(図 1左下部),(それに対する解決策案を得た後に)その解決策の実現を図る(図 1右下部)のであるが,それらの際に,(その企業としての)技術・ビジネス・社会などの状況判断(価値判断)が主導する.一方,上半分は「思考の世界(thinking world)」に属し,考え出す作業の世界である.できるだけ広い視野で問題の根本を考え,創造的なアイデアを得,有効な解決策を考え出すことが要請される.そのために適切なメンバーを選び,思考に適した環境と時間を作り,技法(問題解決の方法)の主導の下で考察を進める.ただし,問題の分析にもアイデアの評価にも解決策の構築にも,当該の問題とその関連分野の知識・見識が必要である. まず,現実の世界で問題を認識することが必要であり,問題状況に関する具体的な情報を集める(第 1箱).ついで問題状況を整理して,何を本当に解決する必要があるのか焦点を絞る(第 2箱).そして適切なチームを編成して,問題解決の思考作業を担当させる. 思考チームは,まず何が問題なのかを再確認する(第 2箱).そして問題を分析し,問題のある現在のシステムを空間・時間の特徴,機能と性質の面,システムと問題のメカニズムなどに関して明確にする.また,望ましい理想のシステムのイメージを得る(第 3箱).ついで新しいシステムのためのアイデアを多数考える.これらのアイデアは第 3箱の情報を獲得する過程で自然に出てくるのが特徴であるが,いろいろな技法や知識ベースを用いて補強することもできる(第 4箱).それらのアイデアを核にして,概念的な解決策(有効に機能するはずだという案)を(できるだけ複数)作り出す(第 5箱). 現実世界では思考チームの報告を受け,概念的な解決策(第 5箱)を実現する方策を現場の立場から検討する.設計,試作・検討,製造,マーケティングなど通常多くの過程を経て具体的解決策が初めて実現する(第 6箱).この実現と商業的成功のためには,通常(企業などの)全面的な活動が必要である.●従来のパラダイム 4 箱方式の欠陥の克服 科学技術が広く採用してきた従来のパラダイムは図 2のように表せる.その典型は数学の(例えば)2次方程式の根の公式の適用であり,中学校以来教え込まれている.与えられた応用問題(第 1箱)から,2次方程式を立て(第 2箱),根の公式(第 3箱)で計算し,問題の解答を進める(第4箱).同様の考え方で,科学技術のあらゆる分野で理論(図でいうモデル)が作られ,事例が集められて,知識ベースが構築されてきた. しかし,この方式での「一般化した問題/一般化した解決策」がどういうものかはモデルごとに異なり,この言葉以上に一般的に説明することができない.そのため,抽象化が単にモデル中の問題パターンへのあてはめに過ぎない場合が多い.また,一般化した解決策は,あらかじめ知識ベースが用意しておいた解決策の提示に過ぎない
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2章 デザイン方法論
ことが多い.その提示をヒントにして,自分の実際の問題を解決するための具体化はすべてユーザーの力量に依存する. なお,TRIZ(☞「トリーズ(TRIZ)」)が,技術分野の垣根を越えて利用できる複数モデルの膨大な知識ベースを作り,大きな寄与をした.ただ,問題の抽象化をモデル別に部分的側面で行うために,一貫した全体プロセスを作ることが困難であった. このような従来の 4箱方式の欠陥を克服したのが 6箱方式(図 1)である.● 6 箱方式の簡潔な実践プロセス USIT 6箱方式は理論が先行したのではなく,実践プロセスの開発・適用が先行した.それは USITで,1985年にアメリカのエド・シカフス(Ed Sickafus,1930-2018)が,TRIZを簡略化した問題解決の一貫プロセスとして作り,1999年以降中川徹らが日本で改良してきた.日本の企業や大学などでの実践例がある.その USITのプロセスを(フローチャートでなく)データフロー図で表現して得たのが,6箱方式とその理論である.詳細な USITマニュアルと USIT適用事例集が(和文・英文で)公表されている(中川,2015).●創造性技法・問題解決技法・デザイン科学技法の体系化 : CrePS 従来から創造的なアイデアを出すための技法,問題解決の技法は数多く知られており,本書もそれらを収録・整理することが大きな目的である.しかし諸方法の集合体ではなく,わかりやすく統合され,使いやすい 1つの体系にならなければ,産業界にも社会にも教育にも十分に普及しない.今までは体系化する基本の骨組みがなく,4箱方式が不十分であった.その体系化を 6箱方式で行おうと提唱しているのが,CrePSである(中川,2016). この統合のためのやり方の概念を図 3に示す.従来の種々の方法をそのアプローチで分類し(図 3左部),その目的と適用場面(問題領域,(6箱方式での)段階など)に応じて,6箱方式の枠組みに位置づける(図 3左から右への矢印). この図 3でデザイン科学の位置づけを大まかに見よう.本書の「第 4章 発想法」の部分は,図 3の(d)アイデア発想の支援や(e)メンタル面の重視に対応し,6箱方式では思考の世界の基本姿勢とアイデア生成段階を支援する.本書「第 3章 分析法」は,図 3の(c)問題・課題を整理・分析に対応し,6箱方式では現実世界での問題定義と思考世界での問題分析を支援する.特に「構造分析法」がデザイン科学の専門
図 2 4 箱方式:従来の科学技術における創造的問題解決のパラダイム
知識ベースに蓄えたモデル群
選択した 1つのモデル
モデルの一般化した問題
抽象化 具体化
ユーザーの具体的な問題
モデルの一般化した解決策
ユーザーの具体的解決策
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2章 方法論
領域といえよう.本書の「第 1章 デザイン理論」と「第 2章 デザイン方法論」がデザイン科学の本領であり,上図(f)アイデアを具体化に主として関係し,6箱方式での解決策の構築と実現の過程(すなわち,具体化の全過程)をリードする.この具体化の過程は,問題解決の(一般的な)技法より以上に,解決策の属する領域での専門性が必要であり,デザイン科学が大きく寄与する. なお,もう 1つの見方は,デザイン科学の各方法において,問題解決の方法(例えば USIT)を利用することである.● 6 箱方式の開発の経過 6箱方式は中川が開発提唱してきたものであり,90年代末に導入した TRIZおよび USITを土台にして,その研究と実践を続けてきた.2004年に USITの全体構造を整理して 6箱方式の概念を導き,それが新しいパラダイムであると認識した.2012年になって諸方法を統合して,創造的な問題解決の一般的な方法論(CrePS)として体系化することを提唱した(中川,2016).『TRIZホームページ』(中川,2018)に掲載している諸論文を参照されたい. [中川 徹]
引用文献中川徹,創造的な問題解決のための一般的な方法論 CrePS:TRIZを越えて:なに?なぜ?いかに?(2016),TRIZCON2016論文;『TRIZホームページ』掲載.中川徹,USIT:6箱方式をパラダイムとする創造的な問題解決のための簡潔なプロセス- USITマニュアルと USIT適用事例(2015),日本創造学会論文誌第 19巻,pp.64-84;『TRIZホームページ』掲載(2016).
中川徹編集:TRIZホームページ , (online), available from <http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/> (参照日 2019年 5月 26日).
図 3 創造的な問題解決の諸方法を、6 箱方式を用いて CrePS に統合するやり方の骨子
アプローチ 諸技法の例(a)科学技術の
基本分野ごとのモデル,知識ベースの構築
(b)事例に学ぶ 類比思考,ヒント集,等価変換理論
(c)問題・課題を整理・分析
マインドマップ,KJ法,QFD,VE,根 本原因分析
(d)ア イ デ ア発想を支援
ブレインストーミング,40の発明原理
(e)メンタル面の重視
ブレインストーミング,NM法,賢い小人たち
(f)アイデアを具体化
分野ごとの設計法,CAD/CAE,品質工学
(g) 将来の予測,方向の提示
デルファイ法,9画面法,技術進化のトレンド
(h)総 合 的 な方法論
抽象化の 4箱方式,等価変換理論
思考の世界
現在システムの理解理想のシステムの理解
適切に定義された具体的問題
現実の世界
(抽象化) (具体化)
問題の分析
問題の定義
新システムのためのアイデア
概念的な解決策
ユーザーの具体的解決策
ユーザーの具体的問題
解決策の構築
実現
アイデア生成
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