Review 非対称圧延を利用した集合組織制御による …-14- -15-*...

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-15- 大阪大学先端科学イノベーションセンター 客員教授 T. Sakai 非対称圧延を利用した集合組織制御による 高成形性アルミニウム合金板材の開発 左海 哲夫 1.はじめに 省エネルギ,排出 CO 2 抑制という地球環境保護の要請 に応えるために,自動車をはじめとする輸送機器の軽量 化は社会的な急務である.自動車車体の軽量化には,広 範囲にわたるアルミニウム合金の採用が有力な手段であ るが,いまだに一般的に使用されるには至っていない. その理由の一つに,アルミニウム板のプレス成形性が鋼 板に比べて劣るということが挙げられる.一般に板材の プレス成形性は r 値で評価され, r 値が高いほどプレス成 形性が良好である.ここで,r 値とは板材の引張試験を 行った時の板幅ひずみと板厚ひずみの比であり,理想的 な等方性材料では r 値は 1 になる. r 値は板材の集合組織 と密接な関係があり,立方晶では <111> 軸が板面法線 (ND) 方向と平行になる,すなわち<111>//ND 方位が発達 すると r 値が高くなること,および<001>//ND 方位は r 値を低下させることが知られている.アルミニウム合金 をはじめとする多くの FCC 金属では,通常の圧延焼鈍プ ロセスにより主として {001}<100> (cube 方位 ) {123}<634> に近い R 方位が発達し, r 値を向上させる <111>//ND 方位が形成されないことが,軟鋼板に比べて アルミニウム合金板がプレス成形性に劣る主な原因であ る.ところで,アルミニウムのような FCC 金属では,せ ん断変形による変形集合組織として <111>//ND および <100>//ND が発達する.<111>//ND は焼鈍後も集積度は 下がるものの残存し, <100>//ND は焼鈍により<111>//ND に近い方位に変わるとされている 1) .したがって,アル ミニウム薄板の板厚方向の広い範囲にわたってせん断変 形を導入することができると,<111>//ND 方位が発達す るためプレス成形性が向上し,より一層の用途の拡大が 期待される.このような観点から,温間圧延 2) ,溶湯直 接圧延 3) などの高摩擦圧延,片ロール駆動圧延 46) ,異 径ロール圧延 7) ,異周速圧延,異摩擦圧延 8) などの非対 称圧延によりアルミニウムの圧延時に積極的にせん断変 形を導入し,<111>//ND またはその近傍の方位を発達さ せる試みが行われている.本稿では,著者らが行った異 周速圧延による組織制御 9,10) について紹介する. 2.実験方法 2.1 異周速圧延 使用した圧延機は,ロール径が 130mm であり,上下 ロールをそれぞれ独立のモーターで駆動するものである. それぞれのロールは,ロール周速を 05m/min の範囲で 連続的に変化させることが可能であるので,任意の異速 比が設定できる.本実験では,一方のロール周速を 2m/min,他方を 4m/min とし,異速比を 2 に設定した.1 パスあたりの圧下率を 50%とした 2 パス異周速圧延を行 い総圧下率を 75%とした.板に導入されるせん断ひずみ は,圧延前に板面に垂直に埋め込んだアルミニウムの丸 棒の変形を圧延後に定量的に測定することで評価した 11) .圧延前に試料およびロール表面をエタノールにより 脱脂し,無潤滑圧延を行った. 2.2 一方向せん断圧延と往復せん断圧延 大きなせん断ひずみを板厚方向に一様に導入するため, 2 種類の 2 パス異周速圧延を行った.その手順を図 1 示す.1 パス圧延後の板を TD 周りに 180°回転して,1 パス目と同一方向のせん断ひずみが導入されるように 2 パス目の圧延を行うものを 2 パス一方向せん断圧延 (2-pass differential speed unidirectional shear rolling) ND 周りに 180°回転して 2 パス目に逆方向のせん断ひずみ が導入されるように 2 パス目の圧延に供するものを 2 ス往復せん断圧延(2-pass differential speed reverse shear rolling) と呼ぶこととする. Unidirectional shear rolling reverse shear rolling 1st pass 2nd pass v1 v2 v v 1 2 < v1 v 1 v2 v2 1 2 種類の 2 パス異周速圧延(一方向せん断圧延 および往復せん断圧延)の概念図 Review

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* 大阪大学先端科学イノベーションセンター 客員教授

T. Sakai

非対称圧延を利用した集合組織制御による

高成形性アルミニウム合金板材の開発

左海 哲夫*

1.はじめに

省エネルギ,排出 CO2 抑制という地球環境保護の要請

に応えるために,自動車をはじめとする輸送機器の軽量

化は社会的な急務である.自動車車体の軽量化には,広

範囲にわたるアルミニウム合金の採用が有力な手段であ

るが,いまだに一般的に使用されるには至っていない.

その理由の一つに,アルミニウム板のプレス成形性が鋼

板に比べて劣るということが挙げられる.一般に板材の

プレス成形性は r 値で評価され,r 値が高いほどプレス成

形性が良好である.ここで,r 値とは板材の引張試験を

行った時の板幅ひずみと板厚ひずみの比であり,理想的

な等方性材料では r 値は 1 になる.r 値は板材の集合組織

と密接な関係があり,立方晶では<111>軸が板面法線

(ND)方向と平行になる,すなわち<111>//ND 方位が発達

すると r 値が高くなること,および<001>//ND 方位は r値を低下させることが知られている.アルミニウム合金

をはじめとする多くの FCC 金属では,通常の圧延焼鈍プ

ロ セ ス に よ り 主 と し て {001}<100> (cube 方 位 ) や{123}<634>に近い R 方位が発達し, r 値を向上させる

<111>//ND 方位が形成されないことが,軟鋼板に比べて

アルミニウム合金板がプレス成形性に劣る主な原因であ

る.ところで,アルミニウムのような FCC 金属では,せ

ん断変形による変形集合組織として<111>//ND および

<100>//ND が発達する.<111>//ND は焼鈍後も集積度は

下がるものの残存し,<100>//ND は焼鈍により<111>//NDに近い方位に変わるとされている 1).したがって,アル

ミニウム薄板の板厚方向の広い範囲にわたってせん断変

形を導入することができると,<111>//ND 方位が発達す

るためプレス成形性が向上し,より一層の用途の拡大が

期待される.このような観点から,温間圧延 2),溶湯直

接圧延 3)などの高摩擦圧延,片ロール駆動圧延 4~6),異

径ロール圧延 7),異周速圧延,異摩擦圧延 8)などの非対

称圧延によりアルミニウムの圧延時に積極的にせん断変

形を導入し,<111>//ND またはその近傍の方位を発達さ

せる試みが行われている.本稿では,著者らが行った異

周速圧延による組織制御 9,10)について紹介する.

2.実験方法

2.1 異周速圧延

使用した圧延機は,ロール径が 130mm であり,上下

ロールをそれぞれ独立のモーターで駆動するものである.

それぞれのロールは,ロール周速を 0~5m/min の範囲で

連続的に変化させることが可能であるので,任意の異速

比が設定できる.本実験では,一方のロール周速を

2m/min,他方を 4m/min とし,異速比を 2 に設定した.1パスあたりの圧下率を 50%とした 2 パス異周速圧延を行

い総圧下率を 75%とした.板に導入されるせん断ひずみ

は,圧延前に板面に垂直に埋め込んだアルミニウムの丸

棒の変形を圧延後に定量的に測定することで評価した11).圧延前に試料およびロール表面をエタノールにより

脱脂し,無潤滑圧延を行った.

2.2 一方向せん断圧延と往復せん断圧延

大きなせん断ひずみを板厚方向に一様に導入するため,

2 種類の 2 パス異周速圧延を行った.その手順を図 1 に

示す.1 パス圧延後の板を TD 周りに 180°回転して,1

パス目と同一方向のせん断ひずみが導入されるように 2パス目の圧延を行うものを 2 パス一方向せん断圧延

(2-pass differential speed unidirectional shear rolling),ND周りに 180°回転して 2 パス目に逆方向のせん断ひずみ

が導入されるように 2 パス目の圧延に供するものを 2 パ

ス往復せん断圧延 (2-pass differential speed reverse shear rolling)と呼ぶこととする.

Unidirectional shear rolling

reverse shear rolling1st pass 2nd pass

v1

v2

v v1 2<v1

v1

v2

v2

図 1 2 種類の 2 パス異周速圧延(一方向せん断圧延 および往復せん断圧延)の概念図

Review

(3) AZ31 マグネシウム合金板において ,単軸方向に予ひ

ずみを与えた場合,平面ひずみ方向に予ひずみを与

えた場合の非比例変形成形限界ひずみは ,比例変形

及び等二軸経路と同様に温度 ,速度依存性があるこ

とを示した. (4) 等二軸側に予ひずみを与えた場合の FLD は比例変

形経路の FLD より破断ひずみが小さくなり,単軸側

に予ひずみを与えた場合の FLD は比例変形経路の

FLD よりも延性が大きくなることを示した. (5) 相当塑性ひずみの和による予測値と実測値を比較し

た結果,双方はおおむね一致していた.つまり相当塑

性ひずみの和による解析手法で, Mg 合金板の温間

非比例成形限界を求めることが可能であることを示

した.また異なる成形温度,速度においても解析によ

って成形限界を求めることを示した. (6) 相当塑性ひずみの和による解析と検証実験によって

様 々 な ひ ず み 方 向 に 予 ひ ず み を 付 与 し た 後 の

AZ31Mg 合金板の温間非比例ひずみ経路 FLD が求め

られ,これの実験値と解析値はおおむね一致してい

た.このことから比例ひずみ経路 FLD が判明してい

れば,その相当塑性ひずみ量 ε lim を基にして,あら

ゆるひずみ比及びひずみ量で一次変形を与えた場合

でも,その後の非比例ひずみ経路 FLD を解析により

求めることが可能であることを示した.

参考文献

1) 鎌土重晴ほか:塑性と加工 44-504 (2003),3 2) 林央:プレス技術 45-10(2007-8),18 3) 中哲夫ほか:平 18 春塑加講論 (2006),53 4) 片平卓志ほか:58 回塑加連講論 (2007),239 5) 片平卓志ほか:59 回塑加連講論 (2008),121

6) 片平卓志ほか:114 回軽金属春講概 (2008),2056 7) 片平卓志ほか:115 回軽金属秋講概 (2008),313 8) 植川陽介ほか:第 8 回塑加中国四国支部研究発表会

講演論文集(2007)37-38 9) 植川陽介ほか:第 59 回塑加連講論(2008)119 10) 植川陽介ほか:日本機械学会講論集 095-1(2009)337 11) 大出明慶ほか:日本機械学会講論集 105-1(2010)71 12) 大出明慶ほか:第 60 回塑加連講論(2009)195 13) 橋本浩二:塑性と加工 41-473 (2000-6),527 14) 高津正秀:塑性と加工 49-566 (2008-3),221 15) 松井良介ほか:第 37 回塑性加工春季講演(2006),43 16) R.W.Logan&W.F.Hosford,J.Mech.Sci,22(1980),

419

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図 12 種々の非比例ひずみ経路 FLD の解析結果と

実験による比例ひずみ経路 FLD

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2.3 供試材

A1050 および A5182 アルミニウム合金の

焼鈍板材を試料とした.寸法はいずれも厚

さ 3mm,幅 30mm とした.圧延材はいずれ

も 360℃で 1.8ks 焼鈍し組織観察と引張試

験を行った.集合組織は Cu-Kα線により

Schulz の反射法及び透過法を用い完全極点

図を作成して評価した.

3.実験結果

3.1 異周速圧延によるせん断ひずみ

の導入

図 2 は,A1050 板材の 2 パス異周速圧延による丸棒の

変形を示す.一方向せん断圧延では,板厚方向に一様な

一方向のせん断ひずみが導入されている.往復せん断圧

延では,2 パス目の高速ロール側に逆方向のせん断ひず

みが生じているのがわかる.図 3 は,図 2 の丸棒の傾き

から求めたせん断ひずみの板厚方向変化である.一方向

せん断圧延では,せん断ひずみは 1.6 から 3.3 の範囲で

板厚方向にほぼ一様に分布している.往復せん断圧延で

は全体的に,一方向せん断圧延より小さくなっているが,

これはここに示されたのが圧延後の変形から求めた見掛

けのせん断ひずみであり,変形履歴を反映していないた

めで,実質的な相当ひずみは両者でほぼ同じであると思

われる. 3.2 集合組織の板厚方向変化

A1050 の 2 パス一方向せん断圧延材の集合組織の板厚

方向変化を{111}極点図により図 4 に示す.集合組織の測

Rolling direction at second pass

Faster roll side at second pass

Faster roll side at second pass

(a)Unidirectional shear rolling

(b)Reverse shear rolling

図 2 2 パス異周速圧延により板内部に生じる変形(A1050)

図 3 2 パス異周速圧延板の板厚方向せん断

ひずみ分布(A1050)

0 0.2 0.4 0.6 0.8 10

1

2

3

4

5

Relative position through thickness, Δt/t

She

ar s

train

, γ

Slowe roll sideat 2nd pass

Faster roll sideat 2nd pass

Unidirectional shear rolling Reverse shear rolling

Faster roll side (2nd Pass) CenterSlower roll side (2nd Pass)

1/4 3/4{111}

RD

TD

0.5

0.5

0.5

0.5

1

1

1

2

2

2

3

RD

TD

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

1

1

1

2

2

222

3

3

4

RD

TD

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

1

1

1

2

2

22

3

RD

TD

0.5

0.5

0.5

1

111

1

Imax 3.5

Imax 4.4

Imax 3.6

Imax 1.4

Imax 3.2

{111}<110>{112}<110>{001}<110>

RD

TD

0.5

0.5

0.50.5

0.5

0.5

0.5

0.5

1

1

1

2

2

2 2

23

図 4 2 パス一方向せん断圧延材の板厚方向集合組織変化(A1050)

定位置は,低速ロール側表面,それより板厚の 1/4 下側,

板厚中心,板厚の 3/4,高速ロール側表面である.これ

らの極点図に示す圧延方向(RD)は,2 パス目のそれであ

る.また X 線による集合組織の測定面は,2 パス目の圧

延における低速ロール側に相当する面である.{111}極の

強い集積は,板厚方向のいずれの位置でも{111}<110>, {112}<110>および{001}<110>方位近傍に見られる.これ

らの方位はいずれも FCC 金属のせん断集合組織の主方

位として知られているものであり,異周速圧延により板

厚方向全体にわたってせん断集合組織が発達した板を得

ることができることがわかった.ただし,極の集積する

位置は,せん断集合組織の理想方位からわずかに TD 軸

周りに回転した位置である.これは,異周速圧延におい

ては中立点の位置がロール接触弧上に存在しないか,あ

るいは接触弧上にあったとしても,接触弧入り口または

出口の近傍にあることが原因であると思われる.また,

異周速圧延された板は 75%の圧下がかけられており,約

1.4 の 圧 縮 ひ ず み が 生 じ て い る に も か か わ ら ず , {112}<111>,{123}<634>,{110}<112>などの方位で表わ

される通常の圧延集合組織成分がほとんど存在しないこ

とが注目される.圧延とせん断の 2 種のモードの変形が

同時に生じる場合,せん断変形が集合組織の形成を支配

すると考えられる.図 5 は,A5182 板材の 2 パス異周速

圧延後の集合組織の板厚方向変化である.A1050 と同様

図 6 往復せん断圧延焼鈍材の板厚方向集合組織変化(A1050)

図 5 2 パス一方向せん断圧延材の板厚方向集合組織変化(A5182)

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2.3 供試材

A1050 および A5182 アルミニウム合金の

焼鈍板材を試料とした.寸法はいずれも厚

さ 3mm,幅 30mm とした.圧延材はいずれ

も 360℃で 1.8ks 焼鈍し組織観察と引張試

験を行った.集合組織は Cu-Kα線により

Schulz の反射法及び透過法を用い完全極点

図を作成して評価した.

3.実験結果

3.1 異周速圧延によるせん断ひずみ

の導入

図 2 は,A1050 板材の 2 パス異周速圧延による丸棒の

変形を示す.一方向せん断圧延では,板厚方向に一様な

一方向のせん断ひずみが導入されている.往復せん断圧

延では,2 パス目の高速ロール側に逆方向のせん断ひず

みが生じているのがわかる.図 3 は,図 2 の丸棒の傾き

から求めたせん断ひずみの板厚方向変化である.一方向

せん断圧延では,せん断ひずみは 1.6 から 3.3 の範囲で

板厚方向にほぼ一様に分布している.往復せん断圧延で

は全体的に,一方向せん断圧延より小さくなっているが,

これはここに示されたのが圧延後の変形から求めた見掛

けのせん断ひずみであり,変形履歴を反映していないた

めで,実質的な相当ひずみは両者でほぼ同じであると思

われる. 3.2 集合組織の板厚方向変化

A1050 の 2 パス一方向せん断圧延材の集合組織の板厚

方向変化を{111}極点図により図 4 に示す.集合組織の測

Rolling direction at second pass

Faster roll side at second pass

Faster roll side at second pass

(a)Unidirectional shear rolling

(b)Reverse shear rolling

図 2 2 パス異周速圧延により板内部に生じる変形(A1050)

図 3 2 パス異周速圧延板の板厚方向せん断

ひずみ分布(A1050)

0 0.2 0.4 0.6 0.8 10

1

2

3

4

5

Relative position through thickness, Δt/t

She

ar s

train

, γ

Slowe roll sideat 2nd pass

Faster roll sideat 2nd pass

Unidirectional shear rolling Reverse shear rolling

Faster roll side (2nd Pass) CenterSlower roll side (2nd Pass)

1/4 3/4{111}

RD

TD

0.5

0.5

0.5

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1

1

1

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2

3

RD

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0.5

0.5

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0.5

0.5

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1

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1

Imax 3.5

Imax 4.4

Imax 3.6

Imax 1.4

Imax 3.2

{111}<110>{112}<110>{001}<110>

RD

TD

0.5

0.5

0.50.5

0.5

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0.5

0.5

1

1

1

2

2

2 2

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図 4 2 パス一方向せん断圧延材の板厚方向集合組織変化(A1050)

定位置は,低速ロール側表面,それより板厚の 1/4 下側,

板厚中心,板厚の 3/4,高速ロール側表面である.これ

らの極点図に示す圧延方向(RD)は,2 パス目のそれであ

る.また X 線による集合組織の測定面は,2 パス目の圧

延における低速ロール側に相当する面である.{111}極の

強い集積は,板厚方向のいずれの位置でも{111}<110>, {112}<110>および{001}<110>方位近傍に見られる.これ

らの方位はいずれも FCC 金属のせん断集合組織の主方

位として知られているものであり,異周速圧延により板

厚方向全体にわたってせん断集合組織が発達した板を得

ることができることがわかった.ただし,極の集積する

位置は,せん断集合組織の理想方位からわずかに TD 軸

周りに回転した位置である.これは,異周速圧延におい

ては中立点の位置がロール接触弧上に存在しないか,あ

るいは接触弧上にあったとしても,接触弧入り口または

出口の近傍にあることが原因であると思われる.また,

異周速圧延された板は 75%の圧下がかけられており,約

1.4 の 圧 縮 ひ ず み が 生 じ て い る に も か か わ ら ず , {112}<111>,{123}<634>,{110}<112>などの方位で表わ

される通常の圧延集合組織成分がほとんど存在しないこ

とが注目される.圧延とせん断の 2 種のモードの変形が

同時に生じる場合,せん断変形が集合組織の形成を支配

すると考えられる.図 5 は,A5182 板材の 2 パス異周速

圧延後の集合組織の板厚方向変化である.A1050 と同様

図 6 往復せん断圧延焼鈍材の板厚方向集合組織変化(A1050)

図 5 2 パス一方向せん断圧延材の板厚方向集合組織変化(A5182)

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にせん断集合組織が板厚方向全体にわたって発達してい

る.また,A1050 にくらべて{112}<110>方位への集積が

強く,合金成分により若干の優先方位の差が生じること

が分かる.なお,2 パス往復せん断圧延材の集合組織の

板厚方向変化は,一方向せん断圧延材とほぼ同様であっ

た.2 パス異周速圧延において,2 パス目の圧延方向は加

工集合組織にほとんど影響を及ぼさないことが明らかに

なった.図 6 は,一方向せん断圧延材を 360℃で 30min焼鈍し,完全に再結晶させた後の板厚方向集合組織変化

である.圧延材と同様に,板厚方向に大きな集合組織の

変化は見られない.極の集積の最大強度は,低速ロール

側表面を除いて圧延材に比べて低下しており,集合組織

がランダムに近づいていることがわかる.しかしその方

位成分は,せん断集合組織と同じであり,再結晶によっ

て新たな方位の集積が現れることはなく,加工方位が残

存しているのが特徴である.通常の圧延焼鈍材では,圧

延材にはほとんど存在しない{001}<100>方位(cube 方位)が再結晶により形成されるが,せん断集合組織を持つ板

を焼鈍すると,加工方位を保ったまま再結晶することが

明らかになった.一方向せん断圧延材の焼鈍後の集合組

織もほぼ同様の方位を示した.また,A5182 材の焼鈍材

の集合組織も,A1050 に比べて集積度が低くなる傾向が

見られたが,せん断集合組織成分が残存し定性的には

A1050 と同様の挙動を示した.

3.3 r 値

A1050 の焼鈍材の r 値を表 1 に示す.表中,RH(急熱

焼鈍)は,360℃の電気炉に試料を装入して 30min 保持し

たもの,SH(徐加熱焼鈍)は 25℃ /hour で 360℃まで昇温し

30min 保持したものである.往復せん断圧延後急熱焼鈍

した板の r 値が 0.82 と最も高く,Δr は-0.13 と最も低い

値を示した.また,A5182 の一方向せん断圧延材および

往復せん断圧延材の焼鈍後の r 値は,それぞれ 0.87 と

0.84 であった.ここで得られた r 値は必ずしも満足のゆ

くものではないが,通常圧延材の r 値(0.6~0.7)より高く,

異周速圧延による集合組織制御が,アルミニウム板の成

形性向上の有力な手段であることが明らかになった.し

か し , せ ん 断 集 合 組 織 の 方 位 成 分 の 一 つ で あ る

{001}<110>に代表される<001>//ND 方位が r 値を下げる

ため,全体としては顕著な改善が見られない.今後は,

<111>//ND 方位の集積度をあげ,<001>//方位を減少させ

ることを目指して,種々の観点からプロセスを検討する

必要がある.

3.4 再結晶粒径

異周速圧延は有力な集合組織制御手段であるが,同時

に結晶粒微細化の有力な手法でもある.異周速圧延では

材料に圧下ひずみに重畳してせん断ひずみが加わるため,

同じ圧下率の場合通常圧延に比べて相当ひずみが大きく

なり,焼鈍後の結晶粒微細化が促進される.図 7 はその

例を示したもので,A5182 合金の総圧下率 75%の通常圧

延材と 2 パス異周速圧延材に,360℃で 30 分の焼鈍を行

った後の組織を比較したものである.通常圧延材の平均

結晶粒径が 17 μm であるのに対し,往復せん断圧延材で

6 μm,一方向せん断圧延材で 4 μm と,異周速圧延によ

る微細化効果が明瞭にあらわれている.

4.結言

異周速圧延機を用いて,A1050 板および A5182 板の 2パス異周速圧延を行い板厚方向全体にせん断ひずみを導

入し,集合組織制御を試みた.得られた結果は以下のと

おりである. 1) 2 パス異周速圧延で,板厚方向全体に大きなせん断ひ

表 1 一方向せん断圧延板および往復圧延板の

焼鈍材の r 値

RH SH RH SH0° 0.608 0.545 0.843 0.55045° 0.660 0.799 0.883 0.82690° 0.422 0.433 0.671 0.561r 0.588 0.644 0.820 0.691

Δr -0.145 -0.310 -0.126 -0.271

unidirectional reverse

RH:急熱焼鈍 SH:徐加熱焼鈍

図 7 再結晶粒径に及ぼす圧延方法の影響(A5182)

(a)一方向せん断圧延 (b)往復せん断圧延 (c)通常(対称)圧延

ずみが導入できた. 2) 2 パス異周速圧延板の集合組織には,板厚方向全体に

わたってほぼ一様に {111}<110>, {112}<110>および

{001}<100>方位近傍への集積が見られた.せん断集

合組織は合金成分の影響をわずかに受けた. 3) A1050 の r 値は 0.82,Δr は-0.13,A5182 の r 値は 0.84

~0.87 といずれも通常圧延材より優れた値が得られ

た. 4) 異周速圧延焼鈍材の結晶粒径は,通常圧延焼鈍材に比

べて微細となり,異周速圧延が結晶粒微細化の手段と

しても有効であることが明かになった.

謝辞

本研究の一部の実施に当たり,財団法人天田金属加工

機械技術振興財団の研究開発助成を受けたことを記し,

関係各位に感謝の意を表わします.

参考文献

1) 上城太一,関根和喜,松川 靖,野口延夫:日本金属

学会誌,36(1972), 669.

2) T.Kamijo and H.Fukutomi: Proc. 16th Riso Int. Sympo. on Mater. Sci., (1995), 377.

3) 永井裕一,辻 伸康,左海哲夫,齋藤好弘:日本金属

学会誌,60(1996),708. 4) 胡 建国,池田圭介,村上 糺: 日本金属学会誌,

60(1996),1130. 5) T.Sakai, S.Hamada and Y.Saito: Scripta Mater. , 42

(2000), 1139. 6) T.Sakai, H.Inagaki and Y.Saito: Proc. 12th Int. Conf.

Textures of Materials (ICOTOM-12), Montreal, NRC-CNRC (1999),1142.

7) C.H.Choi, K.H.Kim and D.N.Lee: Materials Science Forum, 273-275(1998), 391.

8) H.Utsunomiya, T.Ueno and T.Sakai: Scirpta Mater., 57(2007), 1109.

9) T.Sakai, K.Yoneda and Y.Saito: Materials Science Forum, 396-402(202), 309.

10) T.Sakai, K.Yoneda and S.Ohsugi: Materials Science Forum, 495-497(2005), 597.

11) T.Sakai, Y.Saito, K.Hirano and K.Kato: Trans. ISIJ, 28(1988), 1028

Page 5: Review 非対称圧延を利用した集合組織制御による …-14- -15-* 大阪大学先端科学イノベーションセンター 客員教授 T. Sakai 非対称圧延を利用した集合組織制御による

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にせん断集合組織が板厚方向全体にわたって発達してい

る.また,A1050 にくらべて{112}<110>方位への集積が

強く,合金成分により若干の優先方位の差が生じること

が分かる.なお,2 パス往復せん断圧延材の集合組織の

板厚方向変化は,一方向せん断圧延材とほぼ同様であっ

た.2 パス異周速圧延において,2 パス目の圧延方向は加

工集合組織にほとんど影響を及ぼさないことが明らかに

なった.図 6 は,一方向せん断圧延材を 360℃で 30min焼鈍し,完全に再結晶させた後の板厚方向集合組織変化

である.圧延材と同様に,板厚方向に大きな集合組織の

変化は見られない.極の集積の最大強度は,低速ロール

側表面を除いて圧延材に比べて低下しており,集合組織

がランダムに近づいていることがわかる.しかしその方

位成分は,せん断集合組織と同じであり,再結晶によっ

て新たな方位の集積が現れることはなく,加工方位が残

存しているのが特徴である.通常の圧延焼鈍材では,圧

延材にはほとんど存在しない{001}<100>方位(cube 方位)が再結晶により形成されるが,せん断集合組織を持つ板

を焼鈍すると,加工方位を保ったまま再結晶することが

明らかになった.一方向せん断圧延材の焼鈍後の集合組

織もほぼ同様の方位を示した.また,A5182 材の焼鈍材

の集合組織も,A1050 に比べて集積度が低くなる傾向が

見られたが,せん断集合組織成分が残存し定性的には

A1050 と同様の挙動を示した.

3.3 r 値

A1050 の焼鈍材の r 値を表 1 に示す.表中,RH(急熱

焼鈍)は,360℃の電気炉に試料を装入して 30min 保持し

たもの,SH(徐加熱焼鈍)は 25℃ /hour で 360℃まで昇温し

30min 保持したものである.往復せん断圧延後急熱焼鈍

した板の r 値が 0.82 と最も高く,Δr は-0.13 と最も低い

値を示した.また,A5182 の一方向せん断圧延材および

往復せん断圧延材の焼鈍後の r 値は,それぞれ 0.87 と

0.84 であった.ここで得られた r 値は必ずしも満足のゆ

くものではないが,通常圧延材の r 値(0.6~0.7)より高く,

異周速圧延による集合組織制御が,アルミニウム板の成

形性向上の有力な手段であることが明らかになった.し

か し , せ ん 断 集 合 組 織 の 方 位 成 分 の 一 つ で あ る

{001}<110>に代表される<001>//ND 方位が r 値を下げる

ため,全体としては顕著な改善が見られない.今後は,

<111>//ND 方位の集積度をあげ,<001>//方位を減少させ

ることを目指して,種々の観点からプロセスを検討する

必要がある.

3.4 再結晶粒径

異周速圧延は有力な集合組織制御手段であるが,同時

に結晶粒微細化の有力な手法でもある.異周速圧延では

材料に圧下ひずみに重畳してせん断ひずみが加わるため,

同じ圧下率の場合通常圧延に比べて相当ひずみが大きく

なり,焼鈍後の結晶粒微細化が促進される.図 7 はその

例を示したもので,A5182 合金の総圧下率 75%の通常圧

延材と 2 パス異周速圧延材に,360℃で 30 分の焼鈍を行

った後の組織を比較したものである.通常圧延材の平均

結晶粒径が 17 μm であるのに対し,往復せん断圧延材で

6 μm,一方向せん断圧延材で 4 μm と,異周速圧延によ

る微細化効果が明瞭にあらわれている.

4.結言

異周速圧延機を用いて,A1050 板および A5182 板の 2パス異周速圧延を行い板厚方向全体にせん断ひずみを導

入し,集合組織制御を試みた.得られた結果は以下のと

おりである. 1) 2 パス異周速圧延で,板厚方向全体に大きなせん断ひ

表 1 一方向せん断圧延板および往復圧延板の

焼鈍材の r 値

RH SH RH SH0° 0.608 0.545 0.843 0.55045° 0.660 0.799 0.883 0.82690° 0.422 0.433 0.671 0.561r 0.588 0.644 0.820 0.691

Δr -0.145 -0.310 -0.126 -0.271

unidirectional reverse

RH:急熱焼鈍 SH:徐加熱焼鈍

図 7 再結晶粒径に及ぼす圧延方法の影響(A5182)

(a)一方向せん断圧延 (b)往復せん断圧延 (c)通常(対称)圧延

ずみが導入できた. 2) 2 パス異周速圧延板の集合組織には,板厚方向全体に

わたってほぼ一様に {111}<110>, {112}<110>および

{001}<100>方位近傍への集積が見られた.せん断集

合組織は合金成分の影響をわずかに受けた. 3) A1050 の r 値は 0.82,Δr は-0.13,A5182 の r 値は 0.84

~0.87 といずれも通常圧延材より優れた値が得られ

た. 4) 異周速圧延焼鈍材の結晶粒径は,通常圧延焼鈍材に比

べて微細となり,異周速圧延が結晶粒微細化の手段と

しても有効であることが明かになった.

謝辞

本研究の一部の実施に当たり,財団法人天田金属加工

機械技術振興財団の研究開発助成を受けたことを記し,

関係各位に感謝の意を表わします.

参考文献

1) 上城太一,関根和喜,松川 靖,野口延夫:日本金属

学会誌,36(1972), 669.

2) T.Kamijo and H.Fukutomi: Proc. 16th Riso Int. Sympo. on Mater. Sci., (1995), 377.

3) 永井裕一,辻 伸康,左海哲夫,齋藤好弘:日本金属

学会誌,60(1996),708. 4) 胡 建国,池田圭介,村上 糺: 日本金属学会誌,

60(1996),1130. 5) T.Sakai, S.Hamada and Y.Saito: Scripta Mater. , 42

(2000), 1139. 6) T.Sakai, H.Inagaki and Y.Saito: Proc. 12th Int. Conf.

Textures of Materials (ICOTOM-12), Montreal, NRC-CNRC (1999),1142.

7) C.H.Choi, K.H.Kim and D.N.Lee: Materials Science Forum, 273-275(1998), 391.

8) H.Utsunomiya, T.Ueno and T.Sakai: Scirpta Mater., 57(2007), 1109.

9) T.Sakai, K.Yoneda and Y.Saito: Materials Science Forum, 396-402(202), 309.

10) T.Sakai, K.Yoneda and S.Ohsugi: Materials Science Forum, 495-497(2005), 597.

11) T.Sakai, Y.Saito, K.Hirano and K.Kato: Trans. ISIJ, 28(1988), 1028