Non-paralytic pontine exotropiaを 呈した橋梗塞の1例

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13:139 <原 著> Non-paralytic pontine exotropiaを した 橋 梗 塞 の1例 平野 照 之1) 寺 本 仁 郎1) 内 野 誠1) 橋 本 洋 一郎2) 荒 木 淑 郎2) 旨: 橋 梗 塞 の 急 性 期 に み ら れ た,一 側 のMLF症 候群に伴った対側眼の外斜位を呈する non-paralytic pontine exotropiaの1例 を 報 告 し た.症 例 は45歳男 性 で,複 視,構 音 障 害 と左 片 麻 痺 に加 え,右MLF症 候 群 と左 眼 の 外 斜 位 を 認 め,約2週 間 の 間,い わ ゆ るnon-paralytic pontine exotropiaを 呈 し た.MRIで 右側橋中部の傍正中橋枝領域に一致して橋底部から被蓋 に わ た る梗 塞 巣 が確 認 さ れ,脳 血 管 造 影 か ら脳 底 動 脈 の 強 い 動 脈 硬 化 に基 づ く脳 血 栓 症 と考 え ら れ た.non-paralytic pontine exotropiaの 報 告 は極 め て稀 で あ り,橋 被 蓋 部 に 内 側 縦 束 と傍 正 中 橋 網 様 体 の 一 部 を 含 む 病 巣 が 存 在 し発 症 に 関 与 して お り,MLF症 候群 とone-and-a-half 症 候 群 との 中 間 の広 が りを もつ と考 え られ た.ま た,non-paralytic pontine exotropiaに 片麻 痺 を伴 う場 合,橋 底 部 に病 変 が及 ん で お り,片 麻 痺 が 高 度 で あ る ほ ど橋 の よ り尾 側 に 病 巣 が 存 在 す る もの と考 え られ た 。 Key words :non-paralytic pontine exotropia, MLF症 群, paramedian pontine reticular formation, paralytic pontine exotropia, one-and-a-half症 候群 (脳卒 中13:139-144,1991) は じめ に One-and-a-half症 候群1)に伴 うparalytic pontine exotropia2)に 対 し,一側 のMLF症 候 群 に 伴 い,明 か な 側 方 注 視 麻 痺 が な い に も か か わ らず 対 側 眼 が 外 転 位 を 呈 す る も の を,Bogousslavskyら はnon-paralytic pontinee xotropiaと 命 名 し,脳幹 障 害 の急 性期 徴候 と して注 目 した3).かか る徴候 は症 候学 的 に極 め て稀 で あ り,画 像 診 断 に て 病 巣 が 確 認 され た 例 は 極 め て 少 な い4)~6).今 回,我 々 は 急 性 期 にnon-paralytic pontine exotropiaを 呈 しMRIに て 橋 被 蓋 に病 変 を 確 認 す る こ とが で き た 橋 梗 塞 の1例 を 経 験 した の で,若 干の考 察を加えて報告す る. 患 者: Y.F.45歳,男 性,会 社 役 員. 主 訴: 複 視,言 語 障 害,左 片 麻 痺. 既 往 歴: 35歳時 高 血 圧 を 指 摘 され た が,降 圧 剤 服 用 せ ず. 家族歴 二特記事項な し. 現 病 歴:平 成2年2月4日,朝 起 床 し朝 食 を 普 通 に と り,コ タ ツ に 入 っ て い た.午 前10時頃,頭 痛 と共に 左顔 面 と左 口唇 の しびれ感 が出 現 し,呂 律 が うま く回 ら な くな っ た 。 夕 方 に は 複 視,嘔 気 と左 上 下 肢 の 脱 力 が 出 現 した.同 日近 医を 受診 し左不 全片 麻痺 を指摘 さ れ 精 査 目的 に て2月5日 当院 を受 診 し同 日入院 とな っ た 。 来 院 時,嘔 気 は 消 失 し て い た が,4日 に比 し諸 症 状 は 強 く な っ て い た.め ま い,耳 鳴,発 熱,意 識低下 は経 過 中み られ なか った. 体所 見: 一 般 身体 所 見 では脈 拍58回/分,整,血圧 は138/84mmHgで 左 右 差 は な く,心 ・肺 ・腹部に異常 な か っ た.神 経 学 的 所 見 で は,意 識 は 清 明 で 高 次 脳 機 能 に 異 常 は な か っ た.脳 神 経 で は,瞳 孔 は 正 円 同 大 で, 対 光 反 射 は 正 常 で あ っ た.眼 位は非注視時には右眼は 正 中 位 で 左 眼 は 約30° の 外 転 位 を と って い た(図1).正 面 の 注 視 時(左 眼 注 視 時)に は 左 眼 は 右 眼 と同 様 に 正 中位 を とった.左 側 方 視 で は 左 眼 の み 外 転 し右 眼 は 内 転 せ ず,外 転 した 左 眼 に 注 視 方 向 へ の 単 眼 性 眼 振 が み ら れ た.右 側 方 視 で は 眼 球 運 動 制 限 は な か っ た が,sac- cadesの 速度は左方視に比べ右方視では明らかに遅 か った.垂 直 性 眼 球 運 動 や 輻 軽 運 動 に は 異 常 な く,眼 1)国立 療 養 所 再春 荘 病 院 神 経 内科 2)熊本 大 学 医学 部 第1内 科

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13:139

<原 著>

Non-paralytic pontine exotropiaを 呈 した 橋 梗 塞 の1例

平 野 照之1) 寺 本 仁 郎1) 内野 誠1)

橋 本 洋 一郎2) 荒 木 淑 郎2)

要 旨: 橋 梗 塞 の 急 性 期 に み ら れ た,一 側 のMLF症 候 群 に 伴 った 対 側 眼 の 外 斜 位 を 呈 す る

non-paralytic pontine exotropiaの1例 を 報 告 した.症 例 は45歳 男 性 で,複 視,構 音 障 害 と左

片 麻 痺 に加 え,右MLF症 候 群 と左 眼 の 外 斜 位 を 認 め,約2週 間 の 間,い わ ゆ るnon-paralytic

pontine exotropiaを 呈 した.MRIで 右 側 橋 中 部 の傍 正 中 橋 枝 領 域 に 一 致 し て橋 底 部 か ら被 蓋

に わ た る梗 塞 巣 が確 認 さ れ,脳 血 管 造 影 か ら脳 底 動 脈 の 強 い 動 脈 硬 化 に基 づ く脳 血 栓 症 と考 え

られ た.non-paralytic pontine exotropiaの 報 告 は極 め て稀 で あ り,橋 被 蓋 部 に 内 側 縦 束 と傍

正 中 橋 網 様 体 の 一 部 を 含 む 病 巣 が 存 在 し発 症 に 関 与 して お り,MLF症 候 群 とone-and-a-half

症 候 群 との 中 間 の広 が りを もつ と考 え られ た.ま た,non-paralytic pontine exotropiaに 片 麻

痺 を 伴 う場 合,橋 底 部 に病 変 が及 ん で お り,片 麻 痺 が 高 度 で あ る ほ ど橋 の よ り尾 側 に 病 巣 が 存

在 す る もの と考 え られ た 。

Key words : non-paralytic pontine exotropia, MLF症 候 群, paramedian pontine reticular

formation, paralytic pontine exotropia, one-and-a-half症 候 群

(脳 卒 中13:139-144,1991)

は じめ に

One-and-a-half症 候 群1)に 伴 うparalytic pontine

exotropia2)に 対 し,一 側 のMLF症 候 群 に伴 い,明 か な

側方注視 麻痺 が な いに もか かわ らず 対側 眼 が外 転位 を

呈 す る も の を,Bogousslavskyら はnon-paralytic

pontinee xotropiaと 命 名 し,脳 幹 障 害 の急 性期 徴候 と

して注 目 した3).か か る徴候 は症 候学 的 に極 め て稀 で

あ り,画 像診 断 に て病巣 が確 認 され た例 は極 めて 少 な

い4)~6).今回,我 々は急 性期 にnon-paralytic pontine

exotropiaを 呈 しMRIに て 橋 被 蓋 に病 変 を 確 認 す る

ことが で きた橋梗 塞 の1例 を経験 した ので,若 干 の考

察を加 えて報 告す る.

症 例

患者: Y.F.45歳,男 性,会 社 役員.

主訴: 複視,言 語 障害,左 片麻 痺.

既往歴: 35歳 時高血 圧 を指 摘 され た が,降 圧 剤服 用

せず.

家族 歴 二特 記事 項 な し.

現病 歴:平 成2年2月4日,朝 起 床 し朝 食 を普通 に

と り,コ タツに 入 って いた.午 前10時 頃,頭 痛 と共 に

左顔 面 と左 口唇 の しびれ感 が出 現 し,呂 律 が うま く回

らな くな った。 夕 方 には複 視,嘔 気 と左 上下 肢 の脱 力

が 出現 した.同 日近 医を 受診 し左不 全片 麻痺 を指摘 さ

れ精 査 目的 に て2月5日 当院 を受 診 し同 日入院 とな っ

た。 来 院時,嘔 気 は消 失 してい たが,4日 に比 し諸 症

状 は強 くな って いた.め まい,耳 鳴,発 熱,意 識低 下

は経 過 中み られ なか った.

身 体所 見: 一 般 身体 所 見 では脈 拍58回/分,整,血 圧

は138/84mmHgで 左右 差 は な く,心 ・肺 ・腹 部 に異 常

な か った.神 経 学 的所 見 で は,意 識 は清 明 で高 次脳 機

能 に異常 はな か った.脳 神 経 で は,瞳 孔 は正 円 同大 で,

対光 反射 は正常 で あ った.眼 位 は非 注視 時 に は右 眼は

正 中位 で左 眼 は約30°の外 転位 を と って いた(図1).正

面 の注視 時(左 眼 注視 時)に は左 眼 は右 眼 と同様 に正

中位 を とった.左 側方 視 で は左 眼 のみ外 転 し右 眼 は内

転せ ず,外 転 した 左 眼 に注視 方 向へ の単 眼性 眼 振 がみ

られた.右 側 方 視 で は眼球 運動 制 限 は なか った が,sac-

cadesの 速 度 は 左 方 視 に比 べ 右 方 視 で は 明 らか に 遅

か った.垂 直 性眼 球運 動 や輻 軽運 動 に は異常 な く,眼

1) 国立療養所再春荘病院神経内科

2) 熊本大学医学部第1内 科

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13 : 140 脳 卒 中 13巻2号 (1991 : 4)

険下 垂 もみ られ なか った(図1).左 眼輪 筋 ・口輪 筋 ・

頬 筋 に軽 度 の筋 力低 下,軽 度 の構 音 障害 を認 め たが,

他 の脳神 経 に は異常 なか った.運 動系 で は顔 面 を含 む

高度 の左 片 麻痺 を認 め た.左 顔 面 に 自覚 的 な異 常感 覚

を認 め たが,他 覚的 には表 在 覚 ・深部 覚 とも明 か な異

常 はな か った.深 部 腱反 射 に は左右 差 は な く,病 的 反

射 は 左 にBabinski徴 候 とChaddock徴 候 が 陽 性 で

あ った.

検 査所 見:一 般血 液 ・尿検 査 で は 白血 球 数12,700と

高 値 で,GOT 34U/l, GPT 43U/l, γ-GTP 154U/l

と,軽 度 の肝 機能 障 害 を認 め,総 コ レス テ ロール247

mg/dlと 高値 で あ った が,そ の他凝 固線 溶系 を含 め異

図1  眼球運動(3病 日).正 面視では左眼は約30.の外転位を とる.左 眼注視では左眼

は正中位 に固定す る.左 側方視では左眼のみ外転 し右眼は内転 しない.右 側方視で

は眼球運動制限はない.

図2  頭部MRI(0.5tesla,T2強 調画像)(4病 日).左)橋 中部水平断,右)正 中矢

状断: 右側橋中部に橋 底部か ら被蓋 にかけて傍正 中橋枝潅流領域に一致 した高信号

域 を認め る.

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Non-paralytic pontine exotropiaを 呈 し た 橋 梗 塞 13 : 141

常 は認 め な か った.脳 脊 髄 液 検 査 で は 細 胞 数20/3

Mm3,蛋 白27.5mg/dlで あ った.2月5日 の頭 部CT

では明か な異常 は な く,脳 血 流 シソ チに て視床 を 含む

右基底核部 の血 流低 下 を認 めた.2月7日 のMRI(0.5

tesla)で は,T2強 調画 像 にお い て水平 断 。矢状 断共 に

右側橋中部 に橋 底部 か ら被 蓋 にか け て傍正 中橋 枝 潅流

領域 に一致 した高信 号 域 を認 めた(図2).6月22日 に

施行 した脳 血管 造影 で は,脳 底 動脈 に強 い動脈 硬 化 に

よる壁不 整 と狭 窄 がみ られ た(図3).な お,電 気 眼振

計 に よる記録 は 症状 が急 速 に消 失 した た め施 行 で きな

か った.

経過:左 片麻 痺 は徐 々 に進行 し3病 日に は完全 麻痺

とな った.一 方,5病 日頃 よ り左 眼 の外転 位 は徐 々に

改善 した.13病 日に は正 中位 に戻 ったが,右 眼 は内 転

せず 約150左 に注視 点 をず らす と複視 が 出現 した.23病

日には眼 球 運動 制 限,複 視 と もに消失 した(図4).こ

の後 左上 下肢 に遠位 筋優 位 の 軽度 ~中等 度 の筋 力低 下

を残 した もの の30病 日に は歩 行可 能 とな り7月2日 退

院 とな った.

考 案

One-and-a-half症 候 群 に お い て病 変 の 対 側 眼 が 外

斜 位 を と る こ と は 従 来 か ら知 られ て お り,こ れ を

Sharpeら はparalytic pontine exotropiaと 命名 し

た2).一 側 の傍 正 中 橋 網 様 体(paramedian pontine

reticular formation,以 下PPRF)と 内 側縦 束(medial

longitudinal fasciculus,以 下MLF)の 障 害 に よ り,

病 巣対 側 への 眼球 の 共 同偏位 に病側 眼 の 内転 障 害 が加

わ る た め と され て い る.こ れ に対 し,non-paralytic

pontine exotropiaはPPRFの 障害 が不 完 全 であ った

た め,同 側 へ の共 同偏視 は きた す ものの側 方 注視麻 痺

図3  左椎骨動脈造影(139病 日).脳 底動脈 に強い動脈硬化 による壁不整 と狭窄がみ

られ る.右 後大脳動脈 は右内頚動脈 より潅流 され る.

図4  経過表

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小 宮 山 ら(1985) 岩 見 ら(1986) 本症例

表1  Non-paralytic pontine exotropiaの 報 告 例

図5  Non-paralytic pontine exotropiaの 責 任 病 巣

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Non-paralytic pontine exotropiaを 呈 した 橋 梗 塞 13 : 143

には至 ら な か った た め 生 じ る も の と考 え られ て い

る4)。また,MLF症 候 群単 独 に おい て も,急 性期 ない

しは高 度の障 害 の あ る場 合 には病 変 側 の内転 障 害 のみ

な らず対側 眼 に外転 位 を 生 じる こ とが あ る7).こ の 場

合 に は,利 き 目 が 病 変 側 で あ れ ばnon-paraiytic

pontine exotropiaと 同様 に対側 眼 が外転 位 を とるが,

対側 眼 で の固 視 で も病 変 側 に外 転 位 が み られ る た め

non-paralytic pontine exotropiaと 鑑別 され る.本 症

例は右 眼が利 き 目で あ った が,左 眼 固視 で の右 眼外 転

位はみ られ なか った.

Non-paralytic pontine exotropiaに つ いて は,1983

年にBogousslavskyら3)の 報 告 以 来,1985年 小 宮 山

ら4),1986年岩 見 ら5),1987年Delreuxら6)の 計4例 の文

献記載 が あ り,責 任 病 巣 と し て は,一 側 のMLFと

PPRFの 部 分的 障害,特 に外 転神 経 核 よ り吻側 の橋 被

蓋の一側 病変 が注 目され て い る5).こ れ らの うち,MRI

にて責任 病巣 の確 認 され た もの は,小 宮 山 ら,岩 見 ら

の2例 で,い ず れ も橋被 蓋 にMLFとPPRFの 一部 を

含む病巣 が確 認 され て い る(表1,図5).本 症例 で は,

急性 期 あMRIで 橋 中 部 に橋 底 部 か ら被 蓋 に い た っ

て,傍 正 中枝 潅流 領 域 に一致 す る病 巣 が確認 され た.

Bogousslavskyら, Delreuxら の症 例 に お いて も,同

様の領域 の障 害 を示 唆す る所 見 が得 られて い る。MLF

症候群 のみ は,一 側MLFに 限局 した小 病 巣 で 出現 す

るが,paralytic pontine exotropiaを 含 むone-and-a-

half症 候 群 は 一 側MLFの 病 変 に 加 え て,(1)同 側

PPRF,(2)同 側外 転神 経核,(3)同 側PPRFと 外 転神 経

核,(4)同 側外 転神 経 運動 核神 経 線維 と反 対 側MLFの

4種 類 の病変 が いわ れ てい る8).non-paralytic pontine

exotropiaを 伴 うMLF症 候 群 は一 側MLF病 変 と一

側PPRFの 部 分障 害 が示 唆 され,こ れ らの中間 の病 巣

に限局 し,MLF症 候 群 単 独 よ り も広 く,か つone-

and-a-half症 候 群 を きた さな い ほ どのあ る程 度 の病 巣

の広 が りが 必 要 と思 わ れ,脳 幹 障 害 の 急 性 期 にnon-

palalytic pontine exotropiaが 確 認 された場 合,局 在

診断に有 用 な所見 と考 え られ る.

また,こ れ までの 報告 例 と比較 し本症 例 で は高度 の

片麻痺 を お こ して い る点 が 特 徴 で あ る.運 動 障 害 を

伴 ったnon-paralytic pontine exotropiaと し て は 岩

見 らの症例 に ご く軽度 の片麻 痺 の記 載 があ る.こ の症

例では橋 中部 の被 蓋 の病巣 か ら吻 側腹 側 に 向か って連

続 した梗塞 巣 が描 出 され てお り,橋 上 部 の腹 側病 変 が

麻痺 の責任 病巣 と考 え られ る.本 症例 で は麻 痺 が高 度

であ った が,延 髄 で の錐 体 形成 に向 けて橋 上 部 か ら下

部 にか けて錐 体 路 は徐 々 に集束 して いち てお り,橋 中

部 に腹 側 病変 の存 在 す る本 症例 で は,非 常 に小 さな病

巣 で 強 い麻痺 を来 した もの と考 え られ た(図5).MLF

と,そ れ に接 して腹 外側 に存 在 す るPPRFは,脳 幹部

で上 下 方 向 に長 い領 域 を 占め て い る.non-paralytic

pontine exotropiaは このMLFとPPRFの 部 分 的障

害 と考 え られ るが,橋 に おい てPPRFは 外 転 神経 核 の

レ ベ ル か ら 滑 車 神 経 核 の 鼻 側 ま で の 領 域 に あ た

り9)10),さらに詳 細 な病 巣 の局 在 を論 じる場合,運 動障

害 の程 度 が参 考 に な る可 能 性 が考 え られ る.す なわ ち,

non-paralytic pontine exotropiaに 運 動障 害 が合 併す

る場 合,病 巣 が 被蓋 か ら腹 側 に及 んで い る こ と,ま た

麻 痺 が高 度 で あ るほ ど病 巣 が よ り尾側 に位 置 す る可能

性 が 高 い こ とが あ る程度 示 唆 され る もの と思 わ れた.

血管 造 影 の所 見 か らは,脳 底 動脈 に強 い動脈 硬 化 の

所 見 が認 め られ た.MRIで は傍 正 中枝 領域 に一致 した

梗 塞 巣 が描 出 され,Fisherら19が 述べ て い る ご と く,

分 枝 起 始 部 の 動 脈 硬 化 に よ り血 行 力 学 的 にbasilar

artery branchに 血栓 性橋 梗 塞 を きた した もの と考 え

られ た.危 険 因子 として は高血 圧 と高 脂血 症 が あ り,

臨床 的 に も症状 が段 階進 行 して お り脳 血栓 症 と考 え ら

れた.

なお,本 論文 の要 旨は第111回 日本神 経学会九 州地方会

(1990,北 九州)に て発表 した.

文 献

1) Fisher CM : Some neuro-ophthalmological

observations. J Neurol Neurosurg Psychiatry

30 : 383-392, 1967

2) Sharpe JA, Rosenberg MA, Hoyt WF et al :

Paralytic pontine exotropia, A sign of acute

unilateral pontine gaze plalsy and internuclear

opthalmoplesia. Neurology 24 : 1076•\1081, 1974

3) Bogousslaysky J, Regli F: Exotropie pontique

et non paralitique. Rev Neurol (Paris) 139 : 219

―223,1983

4) 小宮 山純,小 島重 幸,平 山恵 造 ら: Non-paralytic

pontine exotropia.臨 床 神 経25: 1311―1315,

1985

5) 岩 見 億 丈,秋 口一 郎,生 天 目英 比 呂 ら : Magnetic

resonance imagingに よ り橋 上 部 被 蓋 に病 変 を 認

め たnon-pralytic pontine exotropia.臨 床神 経

26: 1088-1093, 1986

6) Delreux V, Ghilain S, Laterre Ch : Optalmo-

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7) 小松崎篤,野 末道彦:橋 症候群一内側縦束(MLF)

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9) Goebel HH, Komatsuzaki A, Bender MB, et al :

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10)篠 田義 一:眼 球 運動 の生 理 学.小 松 崎 篤,篠 田 義

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11) Fisher CM, Caplan LR : Basilar artery branch

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Abstract

A case of pontine infarction presenting non-paralytic pontine exotropia

Teruyuki Hirano, M.D.1), Hitoo Teramoto, M.D.1), Makoto Uchino, M.D.1),

Yoichiro Hashimoto, M.D.') and Shukuro Araki, M.D.2)

1) Department of Neurology, Saishunso National Sanatorium Hospital, Kumamoto

2) The First Department of Internal Medicine, Kumamoto University Medical School

We reported a case of 45-year-old man who presented a peculiar ocular sign "non-paralytic pontine exotropia"

associated with MLF syndrome. He had a history of hypertension, and developed acute onset diplopia. On admission, severe left hemiparesis, dysarthria, right internuclear opthalmoplegia and left exotropia were noted. MRI taken 4 days after the onset showed right paramedian infarction located from ventral to dorsal portion of middle pons. Vertebral angiography demonstrated severe arteriosclerotic changes of the basilar artery.

Non-paralytic pontine exotropia is a rare ocular sign. We suggest that the posible lesion of non-paralytic

pontine exotropia may be in a part of paramedian pontine reticular formation (PPRF) with ipsilateral mediallongitudinal fasciculus (MLF) at the pontine tegmentum, and the lesion of non-paralytic pontine exotropia seems to be located in the area which causes the MLF syndrome and doesn't cause the one-and-a-half syndrome. And furthermore, we think that hemiparesis with non-paralytic pontine exotropia is the sign that ventral pons is affected, and the more severe hemiparesis is, the more caudal portion of pons, will be injured.

(Jpn. J. Stroke 13: 139-144, 1991)