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165 2010.3 金属資源レポート Mining & Sustainability 29 REACH 〔Mining & Sustainability〕(29) 欧州化学物質規制“REACH”と欧州 リスク・アセスメントの動向 5. 亜 鉛 はじめに 本稿では、『欧州化学物質規制“REACH”と欧州リスク・アセスメントの動向 -亜鉛-』と題して、銅、鉛、 貴金属、ニッケルに引続き、亜鉛コンソーシアムの動向及び亜鉛のリスク・アセスメントの進捗を紹介したい。な お、本稿は、亜鉛コンソーシアム / IZA (国際亜鉛協会)の公式 HP 及び現地インタビュー取材、Eurometaux が 公開する REACH Gateway(http://www.reach-metals.eu)、欧州委員会の共同研究センター(JRC:http://ecb.jrc. ec.europa.eu/esis)等に基づいて作成する。 5 - 1. 亜鉛コンソーシアム(参加企業:87 社、ブラッ セル拠点) 5 - 1 - 1. コンソーシアムの概要 国際亜鉛協会(International Zinc Association:IZA) は、2007 年 7 月 1 日、REACH 施行の 1 か月後に、そ の欧州支部である IZA-Europe (欧州亜鉛協会)を中 心に亜鉛コンソーシアムを正式に結成した。同コン ソーシアムの主な役割は、予備登録のサポート、CSR (化学物質安全性報告書)を含む対象物質の REACH 登録に要する技術書類一式の準備である(現時点で は、REACH の『評価』と『認可』の対応はアジェン ダに含まれていない)。 亜鉛コンソーシアムによれば、会員企業の登録期限 は、最初の期限となる 2010 年 12 月 1 日となるケース が多い。というのは、亜鉛(塊状)は、欧州域内の年 間生産・輸入量が 1,000t 以上のケースが多く、また、 複数の亜鉛化合物及び亜鉛(粉状)は、従来の EU 危 険物質指令(67/548/EEC)で R50/53(水生生物に有 毒)に分類されており、また、欧州域内の年間生産・ 輸入量が 100t以上のケースが多いためである。 本コンソーシアムでの対象物質は合計 25 種で、3 つのサブグループに分かれている。サブグループ 1 は 『金属』で亜鉛(インゴット、粉状、合金)の 1 種、 サブグループ 2 は『亜鉛化合物』で、酸化亜鉛、硫化 亜鉛等の 8 種、サブグループ 3 は『輸送を伴う単離中 間産物(Transported isolated intermediates)』で、焼 成された亜鉛精鉱やドロス等の 16 種である。 (詳細:http://www.reach-zinc.eu/Substance% 20list% 20Zn% 2020Aug09_xlsx.pdf) 5 - 1 - 2. コンソーシアムの動向 ○ 2008 年 12 月 ・2008 年 12 月、金属亜鉛のみでも 3,690 社以上の企業 が REACH の予備登録を行った。亜鉛コンソーシア ムでも他のコンソーシアムと同様、予備登録企業数 が予想を遥かに上回ったため、SIEF 運営の円滑化 に向けて、SIEF 形成の第一歩となる同一物質の定 義を HP にて提供した(SIEF については、欧州化 学物質規制“REACH”と欧州リスク・アセスメン トの動向 1. 銅(「金属資源レポート 2009 年 9 月 号」)を参照)。 ・1995 年 9 月から、論評国オランダが、EU 亜鉛リス ク ・ アセスメントを公式に開始していた。これに対 して、従来から亜鉛コンソーシアムの親元となる欧 州亜鉛協会(IZA-Europe)やその他の関連産業団 体も、域内の生産、輸入データ、排出・搬入デー タ、作業場における現状等に関するデータの提供を 積極的に行っており、REACH 登録に要する情報は ほぼ集まっている模様。加えて、IZA の会員企業は Anglo、Rio、Xstrata、Teck や、日本企業では三井 金属鉱業㈱、住友金属鉱山㈱等の大手企業を含む 43 社で、亜鉛の製錬 / 鉱山生産は世界で 50%、西 側世界のみで 80%の大半を占める。従って、IZA は REACH 登録に必要な亜鉛生産・輸入情報の収集 が十分に整った環境であると推察できる。 ・他のコンソーシアムと同様、中間産物の同一物質 の定義、中間産物の物質特性の Read-across 分析、 及び中間産物の登録内容の準備は、REACH で初め て実施されたため、課題の一つとして挙げていた。 ・欧州では亜鉛鉱山が複数存在するが、一般的には、 亜鉛精鉱は自然界に存在する物質として、“Not Chemically Modified(物質の化学構造が変化しな い)”物質と認識されているため、REACH 規則で は、分類・ラベル表示(C&L)の通知のみで、登 録は不要と考えられている。一方、IZA シニアアド バ イ ザ ー の Christian Canoo 博 士 に よ れ ば、 希 な ケースではあるが、欧州で製造または輸入される焼 フレンチ香織 ロンドン事務所 1121

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欧州化学物質規制“REACH”と欧州リスク・アセスメントの動向

5. 亜 鉛はじめに

本稿では、『欧州化学物質規制“REACH”と欧州リスク・アセスメントの動向 -亜鉛-』と題して、銅、鉛、貴金属、ニッケルに引続き、亜鉛コンソーシアムの動向及び亜鉛のリスク・アセスメントの進捗を紹介したい。なお、本稿は、亜鉛コンソーシアム / IZA (国際亜鉛協会)の公式 HP 及び現地インタビュー取材、Eurometaux が公開する REACH Gateway(http://www.reach-metals.eu)、欧州委員会の共同研究センター(JRC:http://ecb.jrc.ec.europa.eu/esis)等に基づいて作成する。

5-1. 亜鉛コンソーシアム(参加企業:87 社、ブラッセル拠点)

5-1-1. コンソーシアムの概要国際亜鉛協会(International Zinc Association:IZA)

は、2007 年 7 月 1 日、REACH 施行の 1 か月後に、その欧州支部である IZA-Europe (欧州亜鉛協会)を中心に亜鉛コンソーシアムを正式に結成した。同コンソーシアムの主な役割は、予備登録のサポート、CSR

(化学物質安全性報告書)を含む対象物質の REACH登録に要する技術書類一式の準備である(現時点では、REACH の『評価』と『認可』の対応はアジェンダに含まれていない)。

亜鉛コンソーシアムによれば、会員企業の登録期限は、最初の期限となる 2010 年 12 月 1 日となるケースが多い。というのは、亜鉛(塊状)は、欧州域内の年間生産・輸入量が 1,000t 以上のケースが多く、また、複数の亜鉛化合物及び亜鉛(粉状)は、従来の EU 危険物質指令(67/548/EEC)で R50/53(水生生物に有毒)に分類されており、また、欧州域内の年間生産・輸入量が 100t以上のケースが多いためである。

本コンソーシアムでの対象物質は合計 25 種で、3つのサブグループに分かれている。サブグループ 1 は

『金属』で亜鉛(インゴット、粉状、合金)の 1 種、サブグループ 2 は『亜鉛化合物』で、酸化亜鉛、硫化亜鉛等の 8 種、サブグループ 3 は『輸送を伴う単離中間産物(Transported isolated intermediates)』で、焼成された亜鉛精鉱やドロス等の 16 種である。

(詳細:http://www.reach-zinc.eu/Substance% 20list%20Zn% 2020Aug09_xlsx.pdf)

5-1-2. コンソーシアムの動向○ 2008 年 12 月・ 2008 年 12 月、金属亜鉛のみでも 3,690 社以上の企業

が REACH の予備登録を行った。亜鉛コンソーシアムでも他のコンソーシアムと同様、予備登録企業数

が予想を遥かに上回ったため、SIEF 運営の円滑化に向けて、SIEF 形成の第一歩となる同一物質の定義を HP にて提供した(SIEF については、欧州化学物質規制“REACH”と欧州リスク・アセスメントの動向 1. 銅(「金属資源レポート 2009 年 9 月号」)を参照)。

・ 1995 年 9 月から、論評国オランダが、EU 亜鉛リスク ・ アセスメントを公式に開始していた。これに対して、従来から亜鉛コンソーシアムの親元となる欧州亜鉛協会(IZA-Europe)やその他の関連産業団体も、域内の生産、輸入データ、排出・搬入データ、作業場における現状等に関するデータの提供を積極的に行っており、REACH 登録に要する情報はほぼ集まっている模様。加えて、IZA の会員企業はAnglo、Rio、Xstrata、Teck や、日本企業では三井金属鉱業㈱、住友金属鉱山㈱等の大手企業を含む43 社で、亜鉛の製錬 / 鉱山生産は世界で 50%、西側世界のみで 80%の大半を占める。従って、IZAは REACH 登録に必要な亜鉛生産・輸入情報の収集が十分に整った環境であると推察できる。

・ 他のコンソーシアムと同様、中間産物の同一物質の定義、中間産物の物質特性の Read-across 分析、及び中間産物の登録内容の準備は、REACH で初めて実施されたため、課題の一つとして挙げていた。

・ 欧州では亜鉛鉱山が複数存在するが、一般的には、亜鉛精鉱は自然界に存在する物質として、“Not Chemically Modified(物質の化学構造が変化しない)”物質と認識されているため、REACH 規則では、分類・ラベル表示(C&L)の通知のみで、登録は不要と考えられている。一方、IZA シニアアドバイザーの Christian Canoo 博士によれば、希なケースではあるが、欧州で製造または輸入される焼

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成(Sinter)/ 焼鉱(Calcine)で処理された精鉱(例えば、焼成された亜鉛精鉱[EINECS 番号:273-776-3]、 焼成された鉛亜鉛精鉱[305-411-1]、亜鉛製錬工程で発生する煙灰[273-760-6])は、『Chemically Mo-dified』の物質として、REACH の登録が必要となる。従って、会員内の討議の結果、コンソーシアムは登録支援の対象に含められた(※これらは、『輸送を伴う単離中間産物』として、REACH の登録免除または軽減される)。

○ 2009 年・ 2009 年前半、SIEF にはコンソーシアム非会員も多

く存在するため、同コンソーシアムは、利用状(Letter of Access)を購入することで、コンソーシアム非会員でも技術書類を参照できるようにした

(詳細は 5-1-4 に記載)。・ REACH-IT(登録 IT システム)の不具合を懸念し

て、リード登録企業(Lead Registrant:SIEF メンバーでの共同提出の際の代表者)は、2010 年 9 月までに、亜鉛(塊状)やその他の亜鉛化合物を登録する予定である。

・ REACH 登録に要する技術書類では、物質の曝露シナリオ(捕足⑬を参照)を解説しなければならない。同コンソーシアムでは、会員企業のための包括的な曝露シナリオを作成するためにも、SIEF に対する一般公開ウェブサイトで、亜鉛コンソーシアムが認識している亜鉛及び亜鉛化合物等の各利用段階を示し、それ以外の利用段階が SIEF 会員の中で存在する場合は、情報提供するよう呼びかけた(図 1参照)。

(出典:亜鉛コンソーシアムの公式 HP)

図 1. 亜鉛の各利用段階

・ 欧州亜鉛協会(IZA-Europe)は、対象物質のほとんどが 2010 年の登録期限であるため、亜鉛コンソーシアムの登録準備が済めば、“Orphan Metals

(REACH 登録準備の引受先の無い物質)”である、インジウムとガリウムの登録を準備するコンソーシアムを追加するよう検討している。

5-1-3. コンソーシアムの主な課題亜鉛コンソーシアム事務局の Christian Canoo 博士

は、現在の課題として『登録期限』と『暴露シナリオ』を挙げていた。現状、SIEF 支援によって、多岐に亘る亜鉛及び亜鉛化合物の利用方法が集結したため、曝露シナリオのパターンが多種・複雑となってき

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ているが、2010 年 3 月までに、曝露シナリオの準備を完了させて、2010 年 9 月までには亜鉛及び第一登録期限の亜鉛化合物の登録を完了する予定とのことであった。

5-1-4. その他の情報2010 年 1 月時点の亜鉛コンソーシアム会員企業は

87 社で、その内の幾つかの企業名はコンソーシアムの公式 HP で紹介されている。例えば、本コンソーシアムには Boliden(本社:Stockholm)や Umicore(本社:Brussels)が加入しており、金属亜鉛のリード登録企業は、Nyrstar(本社:London)である。なお、本コンソーシアムの総会は、春・秋の 2 回行われ、直近の総会は 2009 年 9 月 30 日で、次回は 3 月 31 日を予定している。亜鉛コンソーシアムの加入料は、物質の生産量 / 輸入量、そして登録する物質の数によって異なる。

その他、亜鉛コンソーシアムは、他のコンソーシアムに先立ち、Letter of Access(利用状) のサービス提供を 2009 年 9 月 30 日より開始した。本利用状を購入すれば、REACH 登録に利用する場合に限って、①リード登録企業が共同登録を目的として提供する書類、② REACH 登録における追加の曝露シナリオの作成に要する情報、そして SDS(安全性データシート)の作成に必要な情報、③本コンソーシアムが収集した多岐に亘る物質の利用方法、④欧州圏内で共通で合意されている C&L (分類及び表示)の情報を参照する権利が与えられる。基本的に、指定された生産量・輸入量以下の利用状は固定料金で、例えば、金属亜鉛の生産量または輸入量が 25 千 t/ 年未満であり、2010 年11 月までに登録を行う企業に対しては、9 千€と設定さ れ て い る( 利 用 状 の 詳 細 は、http://www.reach-zinc.eu/letter_of_access.html を参照)。

亜鉛コンソーシアムに関する参考資料:http://www.reach-zinc.euhttp://www.reach-metals.euhttp://www.reach-zinc.eu/identification_of_uses.html

5-2. 亜鉛のリスク・アセスメント(以下、RA) 5-2-1. EU 亜鉛リスク・アセスメントに提供していた

データ等を REACH 登録で利用前述 5-1-2 のとおり、論評国オランダが作成してき

た EU 亜鉛リスク・アセスメント(以下、EU RA)に対 し て、 亜 鉛 コ ン ソ ー シ ア ム の 親 元 と な る IZA-Europe (欧州亜鉛協会)、そして、その他の産業団体

(ILZRO*1、Eurometaux*2 等)は、域内の生産、輸入データ、排出・注入データ、作業場における現状等に関するデータの提供を積極的に行ってきた。また、その際に、業界は自主的なリスク評価調査も実施してきた。そのため、REACH 登録に要する技術書類一式や化学物質安全性報告書のほとんどが、その際に分析したデータから適用できる状況である。

なお、注意したい点は、EU RA(欧州委員会のRA)の環境パートは 2008 年 5 月に完了したが、2003年から分析データ等は更新されておらず、 また、SCHER (EU の健康及び環境リスク評価委員会)からは、「EU RA の 環 境 パ ー ト は、 生 物 学 的 利 用 能

(bioavailability)等の点で、改善が必要」 と指摘されている。従って、IZA の Christian Canoo 博士は、「亜鉛コンソーシアムは、既存の EU RA のデータから切り離れて、産業界独自で分析した最新の PNEC(予測無影響濃度)等を REACH で提示する方針」 と説明していた。

5-2-2. EU RA の沿革欧州委員会は、1995 年 9 月、金属亜鉛及び亜鉛化

合物 5 種(酸化亜鉛、塩化亜鉛、ビスステアリン酸亜鉛、硫酸亜鉛、燐酸亜鉛)を、既存化学物質のリスク・アセスメントに関する規則(793/93/EEC 及び1488/94/EC)対応の優先物質と指定した。このことによって、論評国オランダが、本亜鉛 6 種の欧州における RA を担当することとなった。オランダにおける論評の管轄機関は、住宅・国土計画・環境省(Mini-stry of Housing, Spatial Planning and the Enviro-nment:VROM)で、社会雇用省 (Ministry of Social Affairs and Employment:SZW)及び福利・厚生・スポーツ省(Ministry of Public Health, Welfare and Sport:VWS)と協議を行う。また、科学的分析については、VROM の 委 託 の 下、 オ ラ ン ダ 応 用 科 学 研 究 機 構

(Netherlands Organization for Applied Scientific Research:TNO)及び国立環境公衆衛生研究(Nati-onal Institute of Public Health and Environment:RIVM)が担当した。

5-2-3. EU RA の動向 ~環境パートのドラフトを 2008 年に完了~

亜鉛の EU RA(ドラフト)の健康(人体への影響)パートは 2004 年に完了し、環境パートは遅れて 2008年 5 月に完了した。環境パートの完成が遅れた理由は、SCHER 等のコメントによって、決議の議論が続いたからと言われている。EU RA の詳細は、以下の

* 1:ILZRO:IZA が環境・人体影響等の研究を委託している国際鉛亜鉛研究機構。* 2:Eurometaux:欧州非鉄金属協会。

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5-2-4 で紹介するが、本アセスメントの要点は以下の 2点である。

① まず、人体への影響パートでは、既に適用されている作業場等でのリスク回避方法は適切なため、亜鉛を利用・製造する作業場での従業員、消費者、そして人体への追加情報及び更なるリスク回避が求められなかったことである。

② また、環境パートでは、亜鉛の生産・利用が制限されなかったことである。

これらについて、産業界は EU RA の結果を歓迎する姿勢を示していた。ただし、従来から議論が続いている地域レベルの水の PNEC(予測無影響濃度)の精

度については、産業界は未だ納得していない。

5-2-4. EU RA の内容 ~水、堆積物における追加リスク評価が必要~

論評国オランダが実施してきた EU RA は、EU の共同研究センター(JRC:http://ecb.jrc.ec.europa.eu/esis)で公開されている。以下、本稿では、EU RA公表資料及び、ICMM、Eurometaux、Eurofer、EBRCが 2007 年に共同で作成した HERAG の EU RA 概要を参照にして、金属亜鉛についての EU RA の要点に注目する。

Ⅰ)健康(人体への影響)パート内容:人体への影響、亜鉛の毒性 / 有害性に関する評価要点:・自然バックグラウンドレベルの亜鉛曝露評価では、一般人にとって最も重要な亜鉛曝露は、食物の摂取(特

に、肉類、肉製品、牛乳、乳製品、でんぷん質の食物)と分析された。欧州 9 か国で、食物経由の成人による亜鉛摂取量は、9.1 ~ 12.3mg/ 日と報告されている。加えて、飲料水及び周囲空気経由の亜鉛摂取は微量として、これらの 2 つのソースは、無視できると判断された。

・作業場での従業員、消費者、自然環境からの亜鉛の曝露に関する一般人のリスク評価では、「現時点では、追加情報及び追加試験の必要が無く、既に適用しているリスク回避方法以上の対策は必要でない」 との結論が導かれた。

Ⅱ)環境パート内容:水系(Aquatic)、陸上(Terrestrial ≒土壌(Soil))、堆積物(Sediment)、海洋(Marine)区域での曝

露評価(実測と実測の限界を埋めるための推算)、そして各区域に棲息する生命体への影響評価。加えて、二次中毒(食物連鎖を通じた高蓄毒性)及び、間接的な人体への曝露に関する評価。

要点: ・ローカルレベル(local level)の曝露リスク評価では、下水処理所、表面水、土壌、堆積物のある特定のシ

ナリオ条件以外は、二次中毒を含めて結論(ⅱ)が導かれた。結論(ⅱ)は、「現時点では、追加情報・追加試験の必要が無く、既に適用しているリスク回避方法以上の対策は必要でない」 を示す。

・地域レベル(regional level)の曝露リスク評価では、欧州の道路付近での地表水及び堆積物の亜鉛測定濃度が、PNECadd(追加された予測無影響濃度)を超えている場所が発見された。また、本評価では、複数の不確定な情報が存在するため、結論(ⅰ)の追加情報 / 追加試験が必要との結論が出された。

・堆積物を含む水界生態系のリスク評価では、幾つかの EU 圏内の地域レベルの水域で、亜鉛測定濃度が亜鉛 PNECadd よりも低い場所が検知された(結論(ⅲ))。結論(ⅲ)が出された地域では、リスク軽減措置を決定する前に、現在または今後予想される亜鉛排出量や、特定地域の自然バックグランドの亜鉛濃度に関する情報を、十分に把握しておくことを強く勧める。

・堆積物を含む水界生態系のリスク評価では、表面水及び堆積物に見られた亜鉛濃度の高い地域は、必ずしも、現在の亜鉛及び亜鉛化合物の利用が直接的な原因ではないことが分かった。亜鉛濃度の高い地域は、亜鉛及び亜鉛化合物の混合が原因である可能性もあり、また、ローカル産業の点源、歴史的蓄積物、鉱山活動または地質学的理由が、亜鉛の濃度を高めている可能性もある。

まとめ:欧州委員会の共同研究センターの EU RA の分析では、総合的には以下の結果が得られた。

表 1. 金属亜鉛の EU RA の要点

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上図の(ⅰ)は 「追加情報 / 追加試験が必要」、(ⅱ)は 「更なるリスク回避及び追加試験が不要」、(ⅲ) は、「ローカルシナリオでは結論(ⅱ)であるが、地域的に亜鉛濃度が高い場所では、リスクを軽視できない可能性を潜む」 を示す。

情報元: 欧州委員会の共同研究センター(JRC):http://ecb.jrc.ec.europa.eu/esis から入手できる公開 Finish RAR(RA 報告書)及び Conclusion、HERAG(2007):www.icmm.com/document/268

5-2-5. 産業界の EU RA の反応と今後の対策~亜鉛は『環境パート』が課題。REACH 登録で、産業界独自の新 PNEC を提示~

亜鉛コンソーシアム事務局の Christian Canoo 博士は、「亜鉛は環境パートが課題、カドミウムは健康パートが課題」 と述べる。前述 5-2-4 からも観察できるように、亜鉛の EU RA 健康パートでは、更なるリスク回避が不要と判断され、適量の亜鉛摂取が体に良いことは周知されている(捕足⑭を参照)。

他方、亜鉛の EU RA 環境パートに関しては、特に地域レベルの表面水及び堆積物の地域で、追加情報 /追加試験、または更なるリスク回避が必要との結論となった。今後、表面水でこれらのリスクが強調されると、EU 水枠組み指令(Water Framework Directive:捕足⑮を参照)で、亜鉛の排出が制限される可能性があり得ると見られている。

IZA の Delphine Haesaerts 博士は、水質枠組指令で、亜鉛が追加優先物質に選択される可能性を懸念していた。ただし、SCHER が発行した EU 亜鉛リスク・ アセスメントの水生区域の影響評価に関するコメントでは、「EU RA の水生区域の影響評価は、Application

Factor*3 = 2 であるため、決定的な科学的論拠に基づいていないと認識している」 と示されている。従って、IZA は、水生区域での PNEC(予測無影響濃度)の 正 常 性 を 高 め る た め に も、 メ ソ コ ス ム 実 験

(Mesocosm:補足⑯を参照)を利用して、Application Factor = 1 と称すことのできる分析データの作成に注力している。さらに、IZAのメソコスム実験(Meso-cosm)は 2010 年 Q1 には完成するとされ、産業界は、REACH の登録を通じて、水枠組み指令における優先物質候補の対象を除外するためにも、産業界が測定する新たな PNEC を提示する予定である。(※捕足:なお、他の金属では、PNEC(予測無影

響濃度)の評価では、金属リスク・アセスメントの進化した新モデルとして、BLM(Biotic Ligand Model)を採用する傾向が見られた。Canoo 博士に尋ねたところ、「亜鉛は BLM 開発の先駆者で、1993 ~ 1994 年で既に適用しており、特に今回の新 PNEC の提示では注目していない」 との回答を得た。)

*3:Application Factor は、データの正確度を示す係数。

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参考資料:http://www.iza.com/Documents/PDFs/RA_Industry% 20Statement_250608.pdfhttp://ec.europa.eu/environment/water/water-dangersub/pdf/commps_report.pdfhttp://www.jogmec.go.jp/mric_web/EU_eco/EU_26.htmlhttp://ec.europa.eu/health/ph_risk/committees/04_scher/docs/scher_o_069.pdf

5-3. 亜鉛の分類・ラベル表示5-3-1. 分類・ラベル表示の義務

REACH 規則の下、EU 全域における製造業者及び輸入者には以下の義務が課せられる。① ECHA へ届出:2010 年 12 月 1 月までに、既存入手

可能データに基づく共通的に合意された危険物質の分類・ラベル表示を、登録手続きの一部または別途、ECHA へ通知しなければならない。これは、後に欧州委員会が REACH の 「認可」 物質の決定や、今後の新 CLP 規則の修正及び追加に利用されることとなる。

② 2010 年 12 月 1 日迄にラベル表示:REACH 規制に派生する新 CLP 規則により、新 CLP 規則(加えて、新 CLP 規則 ATP-1 の更新版)で分類されている化学物質を EU 全域内へ輸出する場合は、2010年 12 月 1 日以降は、新 CLP 規則 ATP-1 に基づき、安全データシートやラベル表示に危険性・有害性・毒性を表示しなければならない(新 CLP 規則に関しては、『欧州化学物質規制“REACH”と欧州リス

ク・アセスメントの動向 ―銅―』の補足④を参照)。

5-3-2. 分類・ラベル表示の動向従来から、複数の亜鉛化合物及び亜鉛(粉状)は、

EU 危険物質指令(67/548/EEC)で R50/53(水生生物に有毒)と分類されてきた。現在、新 CLP 規則の適用により、現行の危険物質指令と分類は変わったものの、分類の考え方に大きな変化は無い。新 CLP 規則では、亜鉛(粉状)は、Aquatic Acute1(水生生物に対する急性の有害性あり)と、Aquatic Chronic 1

(水生生物に対する慢性の有害性あり)に分類されている(詳細は後述の参考資料を参照)。亜鉛コンソーシアムは、産業界の RA による新 PNEC の提示により、今後は討議がなされる可能性があるが、現時点では、本 CLP 規則の記載が、公式な分類とラベル表示であると捉えている。

参考資料:・新 CLP 規則の原文:

http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/chemicals/documents/classification/index_en.htmhttp://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2008:353:0001:1355:EN:PDF

・新 CLP 規則の初改訂 ATP-1 の原文:http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2009:235:0001:0439:EN:PDF

・Aquatic Chronic カテゴリーの詳細:http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/chemicals/files/reach/docs/events/clp_conf_falck_en.pdf

5-4. おわりに国際亜鉛協会は、REACH 規則に対応するために

も、即座にコンソーシアムを設立した。それにより、SIEF の対応や、多種の利用法に対応できる曝露シナリオの作成等を率先してサポートしてきた。REACHの登録技術書類の準備に関しては、過去の EU RA 作成に提供してきた産業界の評価データ及び分析結果等を有するため、曝露シナリオの追加作成以外は順調に進んでおり、2010 年 9 月には、リード登録企業によって、REACH 第一登録期限の亜鉛、亜鉛化合物の実登録が行われる予定である。

一方、亜鉛の RA に関しては、環境評価が課題となっている。特に、亜鉛産業界は、水枠組み指令で、亜鉛が優先追加物質に選択される可能性を懸念してい

た。そこで、従来の亜鉛リスク・アセスメントの、水生区域の PNEC(推定される無影響濃度)の正常性は低 い と 判 断 さ れ て い る こ と を 利 用 し て、IZA は、Mesocosm (メソコスム実験)で PNEC の精度を高める予定で、REACH の登録では、産業界が測定する新たな PNEC を提示し、水枠組み指令の対象候補を除外することを目標としていた。この点については、引続き注視することが必要である。

◆捕足⑬:曝露シナリオ曝露シナリオとは、物質が利用される各段階におい

て、どのように製造され、使用されるか、そして製造者または輸入者が人及び環境への曝露をどのように管

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理するか、または下流ユーザーにその管理をどのように推奨するかを記載した内容で、つまり、その物質の各曝露段階での作業条件やリスク管理措置を含んだ一連の条件を意味する。曝露シナリオの作成を円滑化するためにも、REACH 規則では、欧州圏内の下流ユーザーは、2009 年 11 月 30 日までに、供給者へ、その

物質の利用方法を通知するよう促されている。これは、期限内に供給者へ利用方法を通知することによって、供給者(= 上流)の曝露シナリオに、その下流ユーザーの利用法が含まれる可能性が高くなり、供給者が採用すれば、下流ユーザーは自ら曝露シナリオを作成する手間が軽減できるからである。

参考資料:http://echa.europa.eu/doc/press/na_09_19_du__communication_final_20091012.pdf

◆補足⑭:『亜鉛は体に良い要素』亜鉛は、天然要素として人間の成長にとって不可欠

な要素と広く認識されており、2002 年の WHO (世界保健機関)の報告書では、「亜鉛の不足は、発展途上国で病気を引起こす主な要因の一つである」 と紹介されている。IZA は、1日当たり亜鉛摂取を成人女性

12mg、成人男性は 15mg を推奨しており(1997 年に発 行 し た“The Presence and Origins of Zinc in the Environment”)、IZA は 2010 年 1 月 27 日、ユニセフ

(UNICEF)と共同で、『亜鉛は子供を救う』のキャンペーンを開始している。

参考資料:http://www.zincworld.org/http://www.zincworld.org/Documents/Communications/Publications/Environment-Eng.pdfhttp://www.iza.com/Documents/Communications/Publications/10th-Anniversary-InitiativesGoodForZinc.pdf

◆補足⑮:�EU 水質枠組指令(Water�Framework�Di-rective)

水質枠組指令(Water Frame Directive:Directive 2000/60/EC)は、1996 年に欧州委員会によって提案され、2000 年 12 月 22 日に欧州連合によって発効された。法律原文によれば、本指令の最終目的は、「規制優先有害物質の排出を停止し、自然界に存在する物質にとってバックグラウンド値に近い海水環境濃度への達成に貢献すること」 で、また、本指令の骨子では、「表層水、地下水の良好な水質を確保するため、水質基準値を 2015 年までに達成すること」 との目標が掲げられている。

具体的に、『水質枠組指令』の内容は、規制優先物質 に 対 す る 域 内 の 水 質 基 準(EQS:Environmental Quality Standard)を定め、水資源の管理等について規定すると共に、IPPC(Integrated Pollution Preven-tion and Control: 総合的汚染物質排出規制制度)指令に基づく環境基準を達成することを目標として、必要な措置に関する実行計画の履行を加盟国に求めるもので

ある。更には、本指令の第 16 条(6)に定められているとおり、規制優先物質から、規制優先有害物質に選出されると、欧州委員会の排出停止案が採決されてから 20 年以内に排出停止または段階的な停止が命じられることとなる。

最近の動向として、2008 年 12 月に、2001 年 11 月に合意されていた 「規制優先物質」 33 種の表面水における限界濃度等の EQS が設定された。また、その中から、「規制優先有害物質」 13 種が識別された

(Directive 2008/105/EC)。この 13 種には、水銀及びその化合物、カドミウム及びその化合物を含む。また、軽視できない点として、「規制優先有害物質」 に選出される脅威が残される既存の「規制優先物質」 には、ニッケルとその化合物、鉛及びその鉛化合物が含まれており、さらに、2010 年 3 月 26 日までには追加の規制優先物質が提案される予定で、その中には銅、亜鉛が検討されており、引続き注視する必要がある。

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2010.3 金属資源レポート172

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)欧州化学物質規制“R

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”と欧州リスク・アセスメントの動向

特集・連載

水質枠組指令の詳細について:http://www.jogmec.go.jp/mric_web/EU_eco/EU_06.htmlhttp://ec.europa.eu/environment/water/water-dangersub/76_464.htm#transitionhttp://ec.europa.eu/environment/water/water-dangersub/pri_substances.htm#listhttp://ec.europa.eu/environment/water/water-framework/priority_substances.htmhttp://ec.europa.eu/environment/water/water-framework/links/index_en.htmhttp://ec.europa.eu/environment/water/water-dangersub/pdf/commps_report.pdfhttp://www.uk-finishing.org.uk/attach/Zinc % 20and % 20the % 20Water % 20Framework % 20Directive %20for% 20SEA% 20July% 202009.dochttps://circa.europa.eu/Public/irc/env/Home/main?f=login&referer=http % 3A % 2F % 2Fcirca.europa.eu %2FMembers% 2Firc% 2Fenv% 2Fwfd% 2Flibrary% 3Fl% 3D% 2Fworking_groups% 2Fpriority_substances%2Fpriority_substances_1% 2Fsubstance_dossiers・2010 年 1 月 29 日、欧州委員会作成レター「Sub-Group on Review of WFD Priority Substances」・Directive 2000/60/EC の原文:http://circa.europa.eu/Public/irc/env/wfd/library?l=/framework_directive/legislative_texts/wfd_en_pdf/_EN_1.0_&a=d・Decision 2455/2001/EC の原文:http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/site/en/oj/2001/l_331/l_33120011215en00010005.pdf・Directive 2008/105/EC の原文:http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2008:348:0084:0097:EN:PDF

(2010 年 1 月現在、42 種(亜鉛及びその化合物を含むが、銅は含まない)の追加優先物質の候補が挙がっている。最終的には、この中から15 種ほどが規制優先物質に選出される予定である。

直近のタイムラインとして、リード加盟国または欧州委員会は、2010年 3 月 26 日までに、その 42 種の追加優先を要請する提案書(ドラフト)を作成することとなっている。その後、それらのドラフトが 2010年 4 月 20 ~ 21 日のブラッセル会議で議論される予定である。

「規制優先物質」

2008 年 12 月の時点では、ニッケル、鉛とそれらの化合物等を含む 33種。2008 年 12 月、各物質に対する表面水における水質基準(EQS:限界濃度、年間平均濃度)が設定された。今後、規制優先有害物質に選択される脅威有り。

選定 選定

「規制優先有害物質」

2008 年 12 月の時点では、水銀、カドミウムとその化合物を含む 13 種。今後、排出が停止される可能性が潜んでいる。

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2010.3 金属資源レポート 173

特集・連載

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)欧州化学物質規制“R

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”と欧州リスク・アセスメントの動向

◆補足⑯:水生メソコスム実験(Mesocosm)水生メソコスム実験は、仕切りのある湖や、現場で

の囲い込み容器のような中規模サイズのシステムを設け、それらを複製またはその中に存在する物質の濃度を操作することによって、典型的な水界生態系の中での構造的・機能的パラメーターをテストする実験であ

る。水生メソコスム実験は、①下層の試験で示された重度のリスク予測を否定するためのデータを収集、②検知されている有害影響の強度と持続性を計測するために適用される。

(2010.2.12)

参考資料:Robert L. Graney 著、’Aquatic Mesocosm Studies in Ecological Risk Assessment’(Setac 特別出版 , 1993)

※�お詫びと訂正:2009 年 11 月発行の金属資源レポート『欧州化学物

質規制“REACH”と欧州リスク・アセスメントの動向 ―ニッケル―』に一部間違いがありましたので、お詫びして訂正致します。

【訂正箇所】

〔訂正前〕        〔訂正後〕論評国オランダ  →  論評国デンマーク

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