ISO 16311 Maintenance and Repair of Concrete Structures ...

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Vol. 53, No. 6, 2015. 6 527 1. はじめに 1.1 ISO 16311 制定の経緯 ISO 標準として,コンクリート構造物の維持管理と補修 に関する最初となる ISO 16311 Maintenance and repair of concrete structures(コンクリート構造物の維持管理 と補修)を制定したのは ISO/TC 71/SC 7 Maintenance and repair of concrete structures(ISO 第 71 専門委員 会第 7 分科会:コンクリート構造物の維持管理と補修) である。ISO 16311 の表題が SC 7 の分科会名と同じで あることからも明らかなように,SC 7 が作成する ISO 標準の根幹となるアンブレラコードである。換言すれ ば,SC 7 は ISO 16311 を制定するために設立されたと 言っても過言ではない。 SC 7 は,アジアコンクリートモデルコード国際委員 会(International Committee on Concrete Model Code for Asia,略称 ICCMC)における,ISO 戦略により設 立された。ICCMC が 2001 年に制定したアジアコンク リートモデルコード(Asian Concrete Model Code,略 称 ACMC) 1) は,同時期に日本国内において土木学会コ ンクリート標準示方書の初代の維持管理編 2) の制定作業 が進んでいたことも背景となって,世界で初めてコンク リート構造物の維持補修を包含した指針である。さらに, ICCMC の中では,この先端的な試みを世界に広めるべ く,維持補修に関する ISO 標準を制定する目的の SC を 設立するべきであるとの判断がなされ,当時,ISO/TC 71 で活発に活動しており,かつ,ICCMC 参加国でもあっ た日本と韓国とが共同提案する形で,2004 年に SC 7 が 設立された。 ISO の中で,新たな TC や SC を複数の国が共同提案 により設立するのはあまり例がなく,設立提案までは日 韓両国において緊密な議論がなされた。共同提案の結果 として,議長が韓国(SONG Ha-won教授),幹事が日本 (上田多門)という ICCMC という国際カラーが前面に 出たユニークな門出となった。その後,2010 年に議長 が日本(上田多門),幹事が韓国(SHIN Soobong教授) に体制が変わった。この設立の背景から,設立当初から維 持補修に関する ISO 標準の制定が議論され,ISO 16311 Part 1 General principles(Part 1:基本原則)を制定す る目的で WG 1(主査は日本)が,また,ISO 16311 Part 2 Assessment of existing concrete structures(Part 2:既 存構造物の診断),ISO 16311 Part 3 Design of repairs and prevention(Part 3:補修設計),ISO 16311 Part 4 Execution of repairs and prevention(Part 4:補修施工) を制定する目的で WG 2(主査は米国)が同時に設立さ れた。WG 1 の主査には,ACMC の維持補修箇所の実 質上の執筆者である武若耕司が就任した。-1 に SC 7 のメンバー国と代表機関(カッコ内)を示した。 コンクリート構造物の維持補修は従前より実施されて おり,補修補強工法に関しても種々のものが存在してい る。しかし,特定の補修補強工法に対するものではなく, コンクリート構造物の維持補修全般にわたる指針は, 解説 ISO 16311 Maintenance and Repair of Concrete Structures(コンクリート構造物の維持管理と補修) の制定とその内容について ─全体概要と Part 1:基本原則について─ 武若 耕司 *1 ・上田 多門 *2 概 要 2014 年4 月に,「ISO 16311:Maintenance and repair of concrete structures」が発刊された。これは,コンク リート構造物の維持管理と補修に関する国際標準としては最初のものであるが,また,この標準の作成に携わった ISO 第 71 専門委員会第 7 分科会は,日本と韓国の共同提案により設置,運営され,言わば,アジア発信の ISO 標準である。しか し,その制定の過程では,欧米をはじめ各国・地域の維持管理や補修の現状も踏まえた多くの議論が交わされ,制定まで には10年を要した。制定されたISO 16311は,「Part 1:基本原則」,「Part 2:既存構造物の診断」,「Part 3:補修設計」, 「Part 4:補修施工」の 4 つから構成されるが,本稿では,この ISO 標準の制定に至るまでの経緯と Part 1 の内容につい て概説する。 キーワード:ISO 16311,国際標準,コンクリート構造物,維持管理,補修,基本原則 *1 たけわか・こうじ/鹿児島大学大学院理工学研究科 教授(正会員) *2 うえだ・たもん/北海道大学大学院工学研究院 教授(正会員)

Transcript of ISO 16311 Maintenance and Repair of Concrete Structures ...

Vol. 53, No. 6, 2015. 6 527

1. は じ め に

1.1 ISO 16311制定の経緯 ISO 標準として,コンクリート構造物の維持管理と補修に関する最初となる ISO 16311 Maintenance and repair of concrete structures(コンクリート構造物の維持管理と補修)を制定したのは ISO/TC 71/SC 7 Maintenance and repair of concrete structures(ISO 第 71 専門委員会第 7 分科会:コンクリート構造物の維持管理と補修)である。ISO 16311 の表題が SC 7 の分科会名と同じであることからも明らかなように,SC 7 が作成する ISO標準の根幹となるアンブレラコードである。換言すれば,SC 7 は ISO 16311 を制定するために設立されたと言っても過言ではない。 SC 7 は,アジアコンクリートモデルコード国際委員会(International Committee on Concrete Model Code for Asia,略称 ICCMC)における,ISO 戦略により設立された。ICCMC が 2001 年に制定したアジアコンクリートモデルコード(Asian Concrete Model Code,略称 ACMC)1)は,同時期に日本国内において土木学会コンクリート標準示方書の初代の維持管理編2)の制定作業が進んでいたことも背景となって,世界で初めてコンクリート構造物の維持補修を包含した指針である。さらに,ICCMC の中では,この先端的な試みを世界に広めるべく,維持補修に関する ISO 標準を制定する目的の SC を

設立するべきであるとの判断がなされ,当時,ISO/TC 71で活発に活動しており,かつ,ICCMC 参加国でもあった日本と韓国とが共同提案する形で,2004 年に SC 7 が設立された。 ISO の中で,新たな TC や SC を複数の国が共同提案により設立するのはあまり例がなく,設立提案までは日韓両国において緊密な議論がなされた。共同提案の結果として,議長が韓国(SONG Ha-won 教授),幹事が日本

(上田多門)という ICCMC という国際カラーが前面に出たユニークな門出となった。その後,2010 年に議長が日本(上田多門),幹事が韓国(SHIN Soobong 教授)に体制が変わった。この設立の背景から,設立当初から維持補修に関する ISO 標準の制定が議論され,ISO 16311 Part 1 General principles(Part 1:基本原則)を制定する目的で WG 1(主査は日本)が,また,ISO 16311 Part 2 Assess ment of existing concrete structures(Part 2:既存構造物の診断),ISO 16311 Part 3 Design of repairs and prevention(Part 3:補修設計),ISO 16311 Part 4 Execution of repairs and prevention(Part 4:補修施工)を制定する目的で WG 2(主査は米国)が同時に設立された。WG 1 の主査には,ACMC の維持補修箇所の実質上の執筆者である武若耕司が就任した。表-1に SC 7のメンバー国と代表機関(カッコ内)を示した。 コンクリート構造物の維持補修は従前より実施されており,補修補強工法に関しても種々のものが存在している。しかし,特定の補修補強工法に対するものではなく,コンクリート構造物の維持補修全般にわたる指針は,

解説

ISO 16311 Maintenance and Repair of Concrete Structures(コンクリート構造物の維持管理と補修)

の制定とその内容について ─全体概要と Part 1:基本原則について─

武若 耕司*1・上田 多門*2

 概 要 2014 年 4 月に,「ISO 16311:Maintenance and repair of concrete structures」が発刊された。これは,コンクリート構造物の維持管理と補修に関する国際標準としては最初のものであるが,また,この標準の作成に携わった ISO 第71 専門委員会第 7 分科会は,日本と韓国の共同提案により設置,運営され,言わば,アジア発信の ISO 標準である。しかし,その制定の過程では,欧米をはじめ各国・地域の維持管理や補修の現状も踏まえた多くの議論が交わされ,制定までには 10 年を要した。制定された ISO 16311 は,「Part 1:基本原則」,「Part 2:既存構造物の診断」,「Part 3:補修設計」,

「Part 4:補修施工」の 4 つから構成されるが,本稿では,この ISO 標準の制定に至るまでの経緯と Part 1 の内容について概説する。 キーワード: ISO 16311,国際標準,コンクリート構造物,維持管理,補修,基本原則

*1 たけわか・こうじ/鹿児島大学大学院理工学研究科 教授(正会員)*2 うえだ・たもん/北海道大学大学院工学研究院 教授(正会員)

コンクリート工学528

ACMC が世界初であり,同じ 2001 年に刊行されたコンクリート標準示方書がこれに続く。このような状況であることから,ISO 16311 Part 1 は,類似の性格を持つACMC の維持補修関連箇所を土台に作成されている。ISO 16311 Part 2 は,実務で従前より行われていた材料の劣化状態の評価(Condition assessment)に,より合理的な構造性能の評価(Performance assessment)を取り込んだ最新の既存構造物評価法を提示している。この結果,評価は概略評価と詳細評価(Preliminary and Detailed assessment)の 2 段階を取ることになっている。この構造性能評価を取り入れることになった背景には,既存構造物の性能評価モデルコードに関する JCI-KCI Joint Committee の活動報告書3)の内容に基づいて2009 年に出された日韓共同提案があった。 一方,ISO 16311 Part 3 と Part 4 は,補修工法に関し既に欧州標準(CEN)の実績があることから,それらの影響を受けた内容となっている。また,タイトル中の

repairs and prevention が示すように,事後保全と予防保全双方の対策を含んだものとなっている。 維持補修に関する実務が世界各国で存在していることから,維持補修の基本原則や用語に関しては種々の考え方が存在し,ISO 16311 の完成までには多くの議論を要し,最終的には,SC 7 の設立から 10 年を経て,2014 年4 月に発刊された。1.2 ISO 16311の全体概要

 ISO 16311 は,コンクリート構造物の維持補修に関わるアンブレラコードであり,「Part 1:基本原則」,「Part 2:既存構造物の診断」,「Part 3:補修設計」,「Part 4:補修施工」からなっている。図-1に各編の関係を,表-2に各編の目次を示した。 これらの内容は,特定の構造物,特定の損傷・劣化原因,特定の維持管理対策を念頭に置いたものではなく,全ての場合に適応するべきことを示したものである。したがって,ISO 16311 に準拠した形で,今後,構造物,損傷・劣化原因,維持管理対策を限定した各種の ISO標準が策定されていくことを,念頭に置いている。1.3 ISO 16311の制定過程での主な論点

 各国で実務上使われている用語が既に存在していることから,それらを統一することになる ISO 16311 が定義する用語には長時間の議論を要した。まず,ISO 16311 を制定した SC 7 の分科会名称を決める時点から,大きな議論

Establishment and Content of ISO 16311 Maintenance and Repair of Concrete Structures ─General Overview and Part 1: General Principles─

By K. Takewaka and T. UedaConcrete Journal, Vol.53, No.6, pp.527~534, Jun. 2015

Synopsis ISO 16311: Maintenance and repair of concrete structures was established in April 2014. This is the first international standard that covers the maintenance and repair of concrete structures. ISO Technical Committee 71 Subcommittee 7, which prepared this standard, was established and operated through a joint proposal by Japan and Korea, and thus ISO 16311 constitutes an Asia-originated ISO standard. Over the process of its creation, numerous discussions were held taking into account the current state of maintenance and repair practices in Europe, and U.S., and various other countries and regions, during lasted ten years. ISO 16311 consists of four parts, namely Part 1: General principles, Part 2: Assessment of Existing Concrete Structures, Part 3: Design of Repairs and Prevention, and Part 4: Execution of Repairs and Prevention. This paper provides an outline of the process leading to the establishment of this ISO standard and the content of Part 1 of this standard. Keywords: ISO 16311, international standard, concrete structure, maintenance, repair, general principles

表-1 ISO/TC 71/SC 7のメンバー国(代表機関)リスト

P メンバー(Participating countries)

O メンバー(Observing countries)

ブラジル(ABNT) オーストラリア(SA)ブルガリア(BDS) ベラルーシ(BELST)

中国(SAC) ベルギー(NBN)エジプト(EOS) ドイツ(DIN)

インド(BIS) 香港(ITCHKSAR)*

日本(JISC) イラン(ISIRI)韓国(KATS) イタリア(UNI)

ノルウェー(SN) ナンビア(NSI)パキスタン(PSQCA) オランダ(NEN)

サウジアラビア(SASO) フィリピン(BPS)スペイン(AENOR) ルーマニア(ASRO)

スイス(SNV) セルビア(ISS)英国(BSI) シンガポール(SPRING SG)

米国(ANSI) スーダン(SSMO)ベトナム(STAMEC) スウェーデン(SIS)

*通信メンバー(Correspondent member)

コンクリート構造物の維持管理と補修(Maintenance and repair of concrete structures)

Part 1:基本原則(Part 1:General principle)

構造性能 • 構造安全性 • 使用性 • 美観 • 第三者影響度 (コンクリートか  ぶりの剥落に  よる)の低減

維持管理計画

診断点検・調査劣化進行予測性能予測・判定

予防保全を含む補修計画と設計施工

Part 2:既存構造物の診断(Part 2:Assessment of existing

concrete structures)

Part 3:補修設計(Part 3:Design of repairs including prevention)

Part 4:補修施工(Part 4:Execution of repairs

including prevention)

図-1 ISO 16311の各編の関係

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があった。ACMC の中では,維持管理(maintenance)という用語を,補修補強などの対策も含めて,構造物への要求性能を確保していくための種々の技術的活動を指すものとして使ってきた。この流れは,現在の ACMC4)

でもそうであるし,コンクリート標準示方書5)でも同様である。しかし,欧米では,維持に関する活動と補修補強などの対策とは別のものである,つまり,補修補強は,本来の状態を維持できていないことから行う対策であるという考え方なのである。結果として,アジア側の主張

は通らず,SC 7 の名称自体も,Maintenance and repair of concrete structures となった。これを直訳すれば,コンクリート構造物の維持管理・補修となる。なお,日本でも舗装の分野では,維持することと補修とを異なる概念として捉えている状況もある。 ただし,ISO 16311 の審議が開始され,使用する用語の定義を決める段階での議論では,最終的には maintenanceは修復するために必要な対策,すなわち,補修も含めたものとなり,ACMC で使われている意味と同じものと

表-2 ISO 16311の各編の目次

Part 1 Part 2 Part 3 Part 4

1 適用範囲(1 Scope)

1 適用範囲(1 Scope)

1 適用範囲(1 Scope)

1 適用範囲(1 Scope)

2 引用規準(2 Normative references)

2 引用規準(2 Normative references)

2 引用規準(2 Normative references)

2 引用規準(2 Normative references)

3 用語の定義(3 Terms and definitions)

3 用語の定義(3 Terms and definitions)

3 用語の定義(3 Terms and definitions)

3 用語の定義(3 Terms and definitions)

4 維持管理 ・ 補修の基本(4 Basis of maintenance and

repair)

4 診断の骨組(4 Framework of assessment)

4 補修前の最低限の検討事項(4 Minimum considerations before

repair and prevention design)

4 補修施工中の構造安定性(4 Structural stability during

execution of repairs)5 維持管理計画

(5 Maintenance plan)5 現場と実験室での調査と

データ収集(5 Site and laboratory investi-

gation and data collection)

5 維持管理 ・ 補修 ・ 予防保全の 選択肢

(5 Strategies for maintenance, repair, and prevention)

5 一般的な要件(5 General requirements)

6 診断(6 Assessment)

6 性能評価と照査(6 Evaluation and verification)

6 有効な補修や予防保全を実施するための設計原則,実施計画,

具体的方法等の選定の基本(6 Basis for the choice of specific

repair and prevention design principles, strategies, remedies,

and methods)

6 補修・予防保全の方法(6 Methods of prevention and

repair)

7 予防保全を含む補修(7 Repair including prevention)

7 対策の提案(7 Recommendation)

7 補修が満足すべき要件に必要な製品とシステムの特性

(7 Properties of products and systems required for compliance

with repair and prevention remedies)

7 既存構造物側の準備(7 Preparation of substrate)

8 記録(8 Recording)

8 報告(8 Report)

8 設計図面に関する要件(8 Design documentation

requirements)

8 製品とシステムの適用(8 Application of products and

systems)付録 A(参考資料)

コンクリート構造物の維持・補修標準に関する国家法規と他の国際標準

を含めた階層図(Annex A (informative)Extended

hierarchy of “Standards for maintenance and repair of concrete structures” with national legislation

and other related International Standards)

付録 A(参考資料) 診断レベル,調査レベルと診断の例

(Annex A (informative)Assessment levels, investigative

tests, and examples of assessments)

9 衛生,安全性,環境保護 への対応

(9 Compliance with health, safety, and environmental requirements)

9 品質管理(9 Quality control)

付録 B(参考資料) 用語の階層

(Annex B (informative)Hierarchy of terms)

付録 B(参考資料) 劣化状態と性能に与える影響のレベル(Annex B (informative)Condition

and consequence levels)

10 技術者の要件(10 Competence of personnel)

10 対策実施後の維持管理(10 Maintenance following completion of remedial action)

付録 C(参考資料) 維持管理の区分

(Annex C (informative) Category of maintenance)

付録 C(参考資料) 性能評価と照査

(Annex C (informative)Evaluation and verification)

付録 A(参考資料) 補修設計

(Annex A (informative) Design of repairs and prevention)

11 衛生,安全性と環境(11 Health, safety, and the

environment)

付録 D(参考資料)対策の提案

(Annex D (informative) Recommendations)

付録 A(参考資料)補修・予防保全の施工に関する解説

(Annex A (informative)Commentary on the execution of

repairs and prevention)付録 E(参考資料)

最終報告の内容(Annex E (informative)Content of

the final report)

コンクリート工学530

なった。 次に挙げられるのが prevention であろう。Part 3 とPart 4 のタイトルに使われているように,repairs and prevention と repair と prevention とが並べられている。日本においては,劣化を予防したり劣化の進行を抑制したりする種々の技術対策も補修と呼ばれる。しかし,ISO 16311 では,補修(repair)を劣化・損傷した状態からの修復作業に限定し,劣化予防・抑制を preventionと区別している。この概念は,日本に定着した予防保全と事後保全の区分と同様とも言える。議論の過程で出てきた prevention の導入は,自然と認められた。なお,補強(strengthening)は部材や構造物の力学的特性の向上を意味し,維持補修対策の一部に含められている。補強を含むかどうかも大きな議論があり,補強は維持管理の範疇から外れるとする論点と,力学的特性の向上という技術的側面からすると補修(元の水準に戻す)と補強(元の水準以上にする)も本質的には変わらないとする論点とが出され,最終的には補強も含めた内容で収束した。 次に大きな議論となった点が,Part 2 の構造物の評価法である。元々の案は,欧米で既に行われているcondition assessment,すなわち,構造物の劣化状態,特に,材料的な視点での状態に基づく評価法に限定されていたものであった。日本でも行われている劣化・損傷のグレーディングに類したものである。これでは,構造物の安全性や使用性などに関する性能を直接的には評価できない。そこで,JCI-KCI Joint Committee の成果3)に基づき,日韓が構造物の性能をより直接的に評価する手法を盛り込んだ代案を示し,議論が交わされた。最終的には,日韓の案の趣旨が採用され,概略診断(Preliminary assessment)で condition assessment を行い,詳細診断

(Detailed assessment)で直接的に performance assess-ment を行う内容となった。 最後に示す論点の例は,ISO 16311 中に各国の国内基準類を参考として示すかどうかという点である。当初の案では,Part 3 と Part 4 の本文や付録に欧米の多くの基準類が示される内容であったが,日本が ISO 標準の趣旨に反するという理由で反対し,最終的には関連国内基準類を本文と付録ともに一切示さないこととなった。この議論とも多少関連するが,各編の本文はできるだけ簡素化し,より詳細な内容を付録(Annex)に示すようにしたことも,長い議論を経た上でのことであった(表-2参照)。

2. Part 1 General Principles(基本原則)について

2.1 概   要 Part 1 の目次構成は,図-2に示すとおりであり,ここでは,コンクリート構造物の維持管理における全体概要を示している。すなわち,まず,維持管理と補修に関する基本的な考え方を示した上で,「維持管理計画」の

策定に関する考え方,「診断・調査」のあり方,「予防保全も含めた補修」の方法,ならびに「記録」の方法について,それぞれの概要を取りまとめている。 なお,Part 1 と Part 2 ~ 4 との関連,あるいは他の関連する ISO 標準の連携については,Part 1 の Annex A において,図-3のように示されている。2.2 本 ISO 標準で用いる用語

 ISO 16311 で使用している主な用語と,それと同意の用語で土木学会あるいは日本建築学会で使用しているものを対比させて表-3に示す。また,主要な用語の階層構造を図-4に示す。2.3 維持管理と補修の基本

( 1 ) 維持管理の手順 一例として,本 ISO 標準で示されている既存コンクリート構造物の維持管理の手順を,我が国の土木学会コ

1. 適用範囲(Scope)2. 参考基準(Normative references)3. 用語の定義 (Terms and definitions) 4. 維持管理と補修の基本 (Basis of maintenance and repair) 4.1 一般(General) 4.2 維持管理と補修の手順   ( Procedure of maintenance

and repair)  4.3 技術者資格   (Competence of personnel)5. 維持管理計画(Maintenance plan) 5.1 一般(General) 5.2 維持管理計画の策定時期   ( Timing of maintenance

planning) 5.3 維持管理区分の選定   ( Selection of maintenance

category) 5.4 維持管理計画の最終決定   ( Final determination of

maintenance plan)

6. 診断(Assessment) 6.1 一般(General) 6.2 診断計画(Assessment plan) 6.3 調査・点検(Investigation) 6.4 記録   (Registration of condition) 6.5 評価・判定   (Evaluation and judgment)7. 予防保全を含む補修 (Repair including prevention) 7.1 一般(General) 7.2 計画と設計   (Planning and design) 7.3 施工(Execution)8. 記録(Recording) 8.1 一般(General) 8.2 記録の保存期間   (Period of preservation)  8.3 記録の方法   (Method of recording)参考資料 A(Annex A)参考資料 B(Annex B)参考資料 C(Annex C)

図-2 ISO 16311 Part 1の目次構成

国内基準 1 国内基準 2 国内規準N

規準と試験方法

ISO 16311-2Part 2:既存コンクリート構造物の診断

ISO 16311-3Part 3:補修および予防保全のための設計

(事業計画) 価格設定や雇用に関する

仕様(国内)

テクニカルレポート : ひび割れからの漏水に対する診断と補修

テクニカルレポート : 耐震診断と改修

ISO 13611-4Part 4:補修および予防保全のための施工

各国の法律や規則

ISO 15686-1サービスライフ計画

ISO 13822既存構造物の診断

ISO 22966コンクリート構造物の

施工

ISO 2394構造物の信頼性

ISO 16311-1

Part 1:基本原則

ISO 13823耐久性確保のための構造物の設計

ISO 16204耐久性-コンクリート構造物のサービスライフデザイン

規準と試験方法 規準と試験方法

テクニカルレポート : ひび割れからの漏水に対する診断と補修

テクニカルレポート : 耐震診断と改修

テクニカルレポート : ひび割れからの漏水に対する診断と補修

テクニカルレポート : 耐震診断と改修

図-3  ISO 16311 Part 1と他のPart あるいは他の関連 ISO標準 との関係

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ンクリート標準示方書[維持管理編]5)で提示されている手順と比較して,図-5に示す。これより,両者の考え方は,おおむね同様であることが確認できる。

 すなわち,コンクリート構造物の維持管理では,まず,管理する構造物ごとに適切な維持管理の計画を策定した上で,点検・調査により劣化進行状況を把握し,併せて,構造物の健全性を定量的に判断することが重要となる。なお,維持管理計画の策定から構造物の健全性の判定までの一連の流れを,本 ISO 標準では診断(Assessment)と称している。 診断の結果として,構造物に問題があることが確認された場合には,対策(Remedial action)を行うことになる。さらに,これらの一連の行為は,簡単に確認できるフォーマットを用いて記録に残すこととしている。( 2 ) 技術者の能力

 本 ISO 標準では,維持管理および補修の一連の行為は,コンクリート構造物の設計,施工,および維持管理や補修等について質の高い知識と能力を有している技術者チームで行うとしている。また,維持管理に対して高い知識を有し,トレーニングに励み,なおかつ,状況の異なる複数の現場において経験を積んでいることが,維持管理を行う技術者の必須の条件とすることを推奨している。2.4 維持管理計画の策定

( 1 ) 計画策定の基本 構造物の維持管理を適切に実施するためには,まずは,残存予定供用期間,構造物の現状,ならびにライフサイクルコスト等の情報に基づいて,適切な維持管理計画を立案することが必要であり,その際に考慮すべき事項として,以下のものを挙げている。

①残存供用期間中に構造物に求められる全ての要求性能の明確化

②診断の実施時期とその内容,例えば,ⅰ)劣化状況の調査方法,ⅱ)構造物の要求性能の評価方法,ⅲ)対策の要否判定方法,等

③構造物の劣化や性能低下に対する補修やその他の対策に関する考え方

 なお,維持管理計画は,維持管理が具体的に実施される前に策定することを原則としている。 ( 2 ) 維持管理区分について

 コンクリート構造物の維持管理を出来るだけ有効かつ効率的に実施するためには,構造物ごとに,重要度,残存供用期間,安全性の度合い,環境条件,および維持管理のしやすさ等を考慮した適当な維持管理区分を設定するのがよい。また,同一構造物を構成する部材であっても,部材ごとにその重要度や環境作用の影響等が異なる場合もある。このような場合には,部材ごとに維持管理区分を設定することも必要となる,としている。 なお,この維持管理区分については,Part 1 の参考資料(Annex C)に,その分類の一例として表-4のような区分が示されているが,この区分の仕方も土木学会コンクリート標準示方書[維持管理編]とほぼ同じである。

表-3  ISO 16311の用語と我が国の土木・建築分野における 用語との整合性

ISO 16311 Part 1 土木学会 RC 示方書[維持管理編] 日本建築学会注)

Assessment 診断 評価Service life 供用期間 耐用年数

Amended service life 予定供用期間 -

Design service life 設計耐用期間 設計耐用年数(Design Life)

Deterioration 変状 劣化(または Degradation)

Durability 耐久性 耐久性Inspection 点検 点検

Investigation 調査 -調査は,“Survey”

Maintenance 維持管理

“Maintenance” は「(維持)保全」,“Maintenance and

modernization” を保全と称すことがある。

Maintenance category 維持管理区分 -Maintenance plan 維持管理計画 -

Monitoring モニタリング モニタリングPredicted service life 用語の定義なし -

Rehabilitation 用語の定義なし -

Remaining design service life 残存設計耐用期間

-(残存目標耐用年数は,

Planned residua service life)Remaining service life 残存予定供用期間 -

Remedial action 対策(用語の定義にはないが,使用) -

Repair 補修 修繕(補修は “Amendment”)

Repair plan(用語の定義にはないが,「補修の実施計画」

と言う表現あり)-

Safety risks due to falling debris

(用語の定義にないが,第三者影響度の一部

として説明)-

Strengthening 補強 -

注)  なお,建築物の用語については,「建築物の調査・診断指針(案)・同解説」(2008 年),および「建築物・部材・材料の耐久設計手法・解説」(2003年)を参考とした。

維持管理計画(Maintenance plan)

維持管理(Maintenance)

診断(Assessment)

記録(Record)

対策(Remedial action)

調査(Investigation)

性能予測(Prediction of performance)

判定(Decision making)

性能評価(Evaluation of performance)

書類調査(Document search)

点検(Inspection)

試験(Testing)

補修(Repair)

点検強化(Intensified inspection)

供用制限(Restriction in service)

予防保全(Prevention)

ISO 16311 ではその詳細は適用範囲外

解体撤去(Dismantling and removal)

補強(Strengthening)

図-4 ISO 16311中で用いられている用語の階層構造

コンクリート工学532

( 3 ) 維持管理計画の最終決定 構造物の初期診断の結果,あらかじめ設定していた維持管理区分が適切ではないと判断された場合には,計画を適切なものに変更する必要がある。また,最終的に判断された維持管理区分に基づいて,維持管理計画を作成するものとしている。2.5 診   断

( 1 ) 診断の基本 構造物の診断は,構造物の構造性能や耐久性に対する信頼性を適切に照査するために実施するものである。このため,本 ISO 標準では,構造物の劣化状況を考慮した上で適切な診断計画(Assessment Plan)を設定することとしている。Part 1 に示されている診断計画の基本的な流れを以下に示す。

①診断計画の準備:診断計画の策定にあたっては,残存予定供用期間中に予想される構造物のおよその状態を特定しておく必要がある。また,このためには,設計図書等を参考として,対象構造物の耐荷性能等の限界状態を明確にする。さらに,合理的かつ経済的に構造物を診断するためには,診断計画の中で,対象構造物の診断区分や実施レベルを適切に定めておくことも重要である。

②診断区分:構造物の維持管理において実施される診断は,その実施時期や求められる情報の内容によって,次の 3 つに区分して実施するものとする。

a) 初期診断(Initial Assessment):構造物に対して診断を計画した際に,初期状態を把握するために行う診断

b) 定期診断(Periodic Assessment):診断計画に基づいて,日常的あるいは定期的に決められた期間ごとに実施する診断

c) 臨時診断(Extraordinary Assessment):地震,台風,洪水,火災,あるいは車や船舶の衝突等の突発的な事象で,構造物が被害をこうむる場合に実施する診断

③診断レベル:診断の実施にあたっては,それぞれの目的や調査範囲に応じて,適当な診断レベルを選択することとし,以下の 2 つのレベルが示されている。

a) 概略診断(Preliminary level of assessment):構造物の状態に関する基礎的な情報を収集するために実施するもので,通常,目視や容易な非破壊検査など,簡単な点検・調査方法によって行われる診断

b) 詳細診断(Detail level of assessment):構造物

記 録記 録

劣化機構の推定

対策の要否判定

記 録診

 断

対策必要

対策不要

対 策*

構造物の維持管理計画

構造物群の維持管理計画

記 録

点 検

構造物構造物群

予 測

性能の評価

必要に応じて維持管理計画の見直し

参照

点検・調査(Inspection/investigation)

構造物の状況把握(Registration of condition)

維持管理計画(Maintenance plan)

診断(Assessment)

記録(Recording)

評価・判定(Evaluation and judgment)

コンクリート構造物(Concrete structure)

診断計画 (Assessment plan)

計画・設計(Planning and design)

施工(Excution)

対策(補修/保全)(Remedial action (Repair/Prevention))

(a) ISO 16311 における維持管理の流れ (b) 土木学会コンクリート標準示方書[維持管理編]5)

  における維持管理の流れ           

記 録

図-5 ISO 16311と我が国規準類における維持管理の流れに関する比較

表-4 維持管理区分とその概要

維持管理の区分の名称 概   要 対象構造物等

予防維持管理(Preventive maintenance)

構造物に劣化の兆候が現れる前に,予防保全の観点から維持管理を実施する

① 劣化が現れてからの補修では,経済性や技術的な点で対応が難しい構造物

②モニュメント等のように劣化が現れては困る構造物③予定供用期間の長い構造物,等

事後維持管理(Corrective maintenance)

事後保全の観点から対応を行う維持管理。この場合,劣化状況の回復や劣化速度の低減等を行うことで,残存予定供用期間中構造物の性能を維持させる行為が,これにあたる

①劣化が顕在化した後でも,対策がとれる構造物② 劣化が顕在化しても,すぐに構造物の要求性能に影響が及ばない

ような構造物

観察維持管理(Observational maintenance)

構造物の状況を目視観察しながら見守るだけで,劣化の状況に係わらず補修は行わない維持管理行為。通常,経済性や技術的な観点から維持管理が困難と考えられる構造物に対しての実施となる

① コンクリート片の落下などによる第三者への影響を取り除く以外には特別な対策は取らず,構造物を使用できるだけ使用するような場合

② 地中部の基礎構造物のように,直接的な点検は経済的あるいは技術的に困難な状況において,地盤の安定性などから間接的に状況を判断せざるを得ない構造物

Vol. 53, No. 6, 2015. 6 533

に発生している劣化や構造性能の低下についてより詳細かつ具体的な情報を得るために実施する診断。概略診断では劣化や性能低下の状況をきちんと特定できない場合や,その他,必要に応じて実施する。

( 2 ) 調査(Investigation) 調査は,診断の中で劣化や構造物の性能変化を特定する目的で具体的に実施する行為の総称で,構造物の重要度,維持管理区分,診断の実施レベル,予想される劣化のメカニズムや劣化程度等に応じて,目視観察やその他の各種手法を用いた方法,書類調査,載荷試験等を適当な間隔で実施する。また,調査においては,構造物の設置環境が劣化等の変状に及ぼす影響を特定すること等も,必要となる。なお,調査の実施にあたっては,調査手法や,調査個所,頻度などを含む適切な実施計画を策定しておく。( 3 ) 構造物の状態評価

 検討対象の構造物あるいはその部材における劣化状況を適切に把握するためには,劣化機構を前もってある程度絞り込んでおくのが良い。一般に,劣化機構は,その劣化を起こす要因を特定し,点検や調査によって劣化の兆候をきちんと把握することで,特定できる。 ただし,状況により複数の劣化機構によって構造物が影響を受けている場合もあり,このような場合には,これらの複合作用による影響も考えておかなければならない。 劣化機構が特定された後は,環境条件や調査によって得られた情報を基に適切な解析モデルを構築し,これを用いて,構造物あるいはこれを構成する部材の現状の劣化・損傷レベルや劣化速度などを特定する。そして,さらに,これらの情報から,将来の構造の性能低下の状況についても把握するのが良い。( 4 ) 構造物の状態の評価・判定

 構造物あるいはその部材の状態評価は,上記( 3 )で確認した残存供用期間中に保持することのできる性能と,構造物において要求されている性能の閾値を照査することにより行うべきである。なお,その照査は,構造物に要求されている全ての性能に対して,それぞれに実施しなければならない。2.6 予防保全を含む補修

( 1 ) 一  般 構造物の補修(repair。ただし,ここでは予防保全

(prevention)も含む)の主な手順は以下のとおりである。①補修の計画・設計:劣化の範囲,余寿命,構造物に

残存する構造性能(例えば,耐荷性等)のレベルならびにその要求値,構造物の重要性,回復させるレベル,これまでの予防保全や補修の履歴,等を考慮した上で策定する。

②施工計画の策定:対策を実施する前には,施工環境条件,施工時期およびその期間を考慮に入れた詳細

な施工計画を策定する。また,構造物の補修を実施する際には,周辺環境への影響や構造物の使用状況への影響を最小限にとどめるよう配慮する。

③完了検査と補修後の維持管理:補修等を実施した後は,完了検査によって,改善された構造物の性能を評価し,構造物の性能の向上が確認された場合には,構造物の維持管理計画をその結果に合わせて修正する。

( 2 ) 補修の計画および設計 補修計画の策定は,調査結果とその評価,構造物の所有者や管理者の要求や期待に基づいて行うものとする。また,その際には,少なくとも次のことを考慮しておく必要がある。

①補修の選択肢の確保:構造物の残存供用期間を考慮し,将来の要求に見合う性能を確保するための方法について,まず,幾つかの選択肢を示し,検討の幅を広げておく。

②適切な方針の選定:構造物の診断結果,構造物の所有者からの要望,補修実施にあたっての関連基準

(安全性の要求条件等)等を考慮して,方針を決定する。

③適切な工法の選定:補修目的が同じ工法は幾つか存在することから,まずは,その中の幾つかの適用可能なものを選択し,その上で,対象構造物に生じている劣化機構,残存供用期間,構造物の重要性および維持管理レベルを考慮して適切な工法を選定する。

④材料,製品あるいは工法の性質の検証:材料,製品および工法については,国際基準の他,地域あるいは国内の各種基準,ならびに対象工事の仕様書などで定められた試験等により,それぞれの特性値を求める。また,得られた結果は,記録として残しておく。

⑤その他の対処方法:本 ISO 標準の適用対象外ではあるが,劣化構造物の対策の選択肢としては,補修の他に,例えば,補強,点検強化,供用制限,解体/撤去,等もある。

 一方,補修の設計は,補修方法,使用する材料,補修レベル等を選択した後に実施する。また,補修工法の設計の中では,補修材料の種類および組み合わせ,施工方法,そして施工範囲や施工場所などを決定しなければならない。( 3 ) 補修の施工

 補修の施工に先立ち,設計仕様,施工環境条件,施工時期ならびに期間,等を考慮して,適切な施工計画を作成しなければならない。また,その際には,次の点を考慮に入れておく必要がある。

①一般的な要求事項:周辺環境への影響や構造物の使用性の低下を最小限にとどめるため,劣化影響因子の化学的あるいは物理的特性等,補修作業中の荷重あるいは振動,周辺環境の状況,構造物や補修シス

コンクリート工学534

テムに用いられる材料の特性等について,十分に考慮する。

②補修実施前,実施中および実施後の構造物の安全性:構造物が,環境,使用者あるいは第三者に対して安全ではないと考えられる状況にある場合には,補修その他の作業の前,最中あるいは作業後のいかんにかかわらず,直ちに,対応策を講じる。

③既設部コンクリートや鉄筋の表面処理:既設部コンクリートや鉄筋表面の前処理は,要求される構造物の状態や構造的な安定性が適切に確保できるように,実施する。

④材料,製品,工法の施工:補修に用いる材料や工法などは,これらを施工するコンクリート躯体や構造物に適したもので,さらに,補修材料として,工事仕様や関連基準に合致したものとする。

⑤品質管理:補修の効果は,施工の品質に強く影響を受けるため,施工は,事前に策定された施工計画に基づいて十分に品質管理がなされる状況下で実施する。また,施工中は,材料の品質等の管理項目について,適宜,必要な試験等を実施する。また,施工中の品質管理の詳細な記録は,将来の参考として保管する。

⑥補修完成後の維持管理:補修工事終了後は,材料ならびに施工の状況について検証し,補修計画に従って,補修が適切に実施されていることを確認し,構造部材に対する補修の品質保証を行う。2.7 記   録

( 1 ) 一  般 維持管理や補修に関連する詳細については,記録として残さなければならない。これらの記録および関連する図面や書類は将来の参考として,管理者が保管する。( 2 ) 保管期間

 構造物の維持管理記録は,構造物を供用している期間,管理者が保管しなければならない。また,これらの記録は,同様の構造物の設計,施工ならびに維持管理の参考として,長期に保存されることも考慮しておく必要がある。 例えば,過去の維持管理記録を紐解くことで,対象とする構造物の設計や施工における問題点が明確となり,維持管理の進歩に貢献できる。( 3 ) 記録の方法①記録の形式:記録は,出来るだけ容易に理解できる

ようなフォーマットで保管することで,将来,参考としやすくなる。また,記録は長期間保管されることから,記録の保管方法や入力方法が変化した場合 でも容易にアクセスが可能となるような配慮が必要である。

②記録の項目:記録には以下の項目を含むものとする。

a) 構造物周辺の環境条件,構造物の詳細,劣化判定の方法とその結果,実施した調査の内容,構造物の評価判定結果,ならびに関連する写真

b) 維持管理の責任者の名前 c) 構造物の設計図書および施工管理記録 d) 補修に関する記録:補修を実施した時には,使

用した方法やその施工の詳細を記録に残すとともに,その際の,設計,施工,品質管理の責任者の氏名を記録する。

3. お わ り に

 コンクリート構造物の維持管理に関する国際標準である ISO 16311 を日本と韓国が主導して制定できたことは,我が国のコンクリート工学分野において意義深い出来事の 1 つであると言っても過言ではない。J.Aspdin がポルトランドセメントの特許を取得してから以降でも,欧米ではコンクリート構造物はおよそ 200 年の歴史を有する。一方,我が国では,その歴史は 120 年程度に止まる。それにもかかわらず,コンクリート構造物の維持管理の重要性を世界に先駆けて発信してきたことには,幾つかの理由がある。 元々,欧米は「石造りの文化」であり,一度作ったものはそう簡単には壊れないという意識が強いのかもしれない。これに対して,「木造りの文化」である我が国では,建物が壊れることは当たり前であるが,その一方で日本人の心の中にある「もったいない」という気持ちが

「直して使う文化」を育んだ。このような中で,戦後の我が国高度成長期時代のコンクリート構造物の粗製乱造が招いた「コンクリートクライシス問題」に対する反省が,コンクリート構造物における維持管理の重要性を世界に問う原動力になっているのではないかとも思える。ISO 16311 がアンブレラコードとなって,日本発の維持・補修に関する技術が ISO 標準として世界に広まっていく原動力となることを期待したい。 ISO 16311 は,4 つの編から構成されており,本稿を含めて,3 回にわたって本誌上で紹介していく予定である。

参 考 文 献 1) International Committee on Concrete Model Code for Asia

(ICCMC):Asian Concrete Model Code(ACMC 2011), ICCMC, 72 pages, 2011

2) コンクリート委員会:コンクリート標準示方書-維持管理編【2001年制定】,土木学会,2001 年

3) JCI-KCI Joint Committee 委員会:既存構造物の性能評価モデルコードに関する JCI-KCI Joint Committee 委員会 活動報告書,日本コンクリート工学協会,2008 年

4) Asian Concrete Federation(ACF):Asian Concrete Model Code (ACMC 2014), 2014

5) コンクリート委員会:コンクリート標準示方書-維持管理編【2012年制定】,土木学会,2012 年