アセット・アロケーションAllocation=SAA)、政策的アセット・ミックス、基本資産配分、基本ポートフォリオなどと...

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証券分析とポートフォリオ・マネジメント 第2次レベル・第6回 アセット・アロケーション 第1章 アセット・アロケーションの概要 第2章 ポリシー・アセット・アロケーション 第3章 タクティカル・アセット・アロケーション 第4章 ダイナミック・ヘッジング 第5章 長期投資とアセット・アロケーション 執筆者 小松原宰明 イボットソン・アソシエイツ・ジャパン CIO (検定会員)

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証券分析とポートフォリオ・マネジメント

第2次レベル・第6回

アセット・アロケーション

第1章 アセット・アロケーションの概要

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

第3章 タクティカル・アセット・アロケーション

第4章 ダイナミック・ヘッジング

第5章 長期投資とアセット・アロケーション

執筆者

   小松原宰明   イボットソン・アソシエイツ・ジャパン CIO   (検定会員)

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目 次

第1章 アセット・アロケーションの概要1 運用プロセスにおけるアセット・アロケーションの重要性と類型… ……………  2

2 アセット・アロケーション策定のプロセス… ………………………………………  6

3 アセット・アロケーションの定式化… ………………………………………………  9

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション1 ポリシー・アセット・アロケーションの重要性… ………………………………… 11

⑴ Brinson…他による実証研究 13

⑵ Ibbotson、小松原による実証研究 15

⑶ 分析方法の違い 21

2 各資産クラスのリターン、リスクおよび相関係数… ……………………………… 22

⑴ リターンとリスクの実績 23

⑵ リスク(標準偏差)の動向 24

⑶ 相関係数の動向 25

3 期待リターン、リスク、相関係数の推計… ………………………………………… 26

⑴ 実績からの推定 26

⑵ ビルディング・ブロック法による期待リターンの推定 27

⑶ エクイティ・リスク・プレミアムの推計方法 30

⑷ リスクと相関係数の推定 42

⑸ リスク許容度の推定 42

4 効率的フロンティアの導出と最適化の問題… ……………………………………… 43

⑴ 効率的フロンティアの導出 43

⑵ 最適化の問題 45

5 アクティブ運用とポータブル・アルファ… ………………………………………… 48

⑴ アクティブ運用とアセット・アロケーション 48

⑵ マーケット・リスクとアクティブ・リスク 50

第3章 タクティカル・アセット・アロケーション1 付加価値獲得の可能性… ……………………………………………………………… 52

2 タクティカル・アセット・アロケーションの手法… ……………………………… 54

⑴ シナリオ・アプローチ 55

⑵ イールド・スプレッド 55

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⑶ 投資家のセンチメント 57

3 タクティカル・アセット・アロケーションの実行… ……………………………… 58

第4章 ダイナミック・ヘッジング1 ポートフォリオ・インシュアランス… ……………………………………………… 60

⑴ プロテクティブ・プットの複製 60

⑵ フロアの設定 61

⑶ ダイナミック・ヘッジング 62

⑷ フロアとコスト 63

⑸ ボラティリティとコスト 65

2 CPPI……………………………………………………………………………………… 66

⑴ CPPIのフォーミュラ 66

⑵ CPPIのペイオフ 67

⑶ 他戦略への応用 68

第5章 長期投資とアセット・アロケーション1 多期間の最適化… ……………………………………………………………………… 70

⑴ リスクの時間分散効果 70

⑵ 動的計画 73

2 人的資本とアセット・アロケーション………………………………………………… 76

⑴ 人的資本 76

⑵ ライフサイクルとアセット・アロケーション 76

3 取引コストと税金… …………………………………………………………………… 77

⑴ 取引コスト 77

⑵ アセット・ロケーション 79

【参考文献】………………………………………………………………………………………… 83

索引………………………………………………………………………………………………… 85

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第1章 アセット・アロケーションの概要

 アセット・アロケーション(Asset Allocation、資産配分)とは、株式、債券、短期金融

資産など複数の資産(asset)に資金を配分(allocation)する運用プロセスだが、その目的

は投資家の投資政策や運用方針を長期的な観点で実現することにある。

 投資家の目的、投資期間、リスク許容度、制約条件などを考慮して、長期的な基本方針

として資産配分を決めることを、ポリシー(政策的)アセット・アロケーション(Policy

Asset Allocation=PAA)あるいは戦略的アセット・アロケーション(Strategic Asset

Allocation=SAA)、基本資産配分という。これに対して短期的な予測に基づいて資産の配分

比率を機動的に変更することをタクティカル(戦術的)・アセット・アロケーション(Tactical

Asset Allocation=TAA)あるいはダイナミック(動的)・アセット・アロケーション(Dynamic

Asset Allocation=DAA)という。

 本テキストでは運用プロセスで中核となるアセット・アロケーションの重要性を確認する

とともに、投資家の典型的な投資目標となる「ダウンサイドリスク(元本割れ、安全資産利

子率未達成など)を抑制しつつ、目標利回り(予定利率、物価上昇率+αなど)を長期的な

観点で達成すること」を目標に、アセット・アロケーションを策定するために必要な基礎的

な考え方や方法論、プロセスを学習する。

1 運用プロセスにおけるアセット・アロケーションの重要性と類型

 資産運用におけるアセット・アロケーション(資産配分)の重要性については、これまで

多くの研究者や実務家によって研究成果が示されてきたが、大別すると3つの重要性がある。

 1つ目は、アセット・アロケーションは運用実績(パフォーマンス)の大半を決定付ける

ほど影響力が高い資産運用プロセスであること、2つ目は、アセット・アロケーションによ

って投資対象が分散され、リスク低減効果が期待できること、3つ目は、アセット・アロケ

ーションにより、単一資産クラス投資では叶わぬ様々なリスク・リターンのポートフォリオ

を構築でき、多様な投資政策や目標に対応できることである。

 1つ目のアセット・アロケーションがパフォーマンスに与える影響力の大きさについては、

実際の資産運用におけるパフォーマンスとアセット・アロケーションに「どのような関係が

成り立っているのか」という実証分析によって明らかにされた実証的研究成果といえる。一

方、2つ目のリスク低減効果と、3つ目の多様な投資目標への対応性については、資産クラ

スの期待リターン、推計リスク、相関係数、ならびにリスク許容度を所与とした場合、「い

第6回 アセット・アロケーション

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第1章 アセット・アロケーションの概要

かに最適なポートフォリオを選択すべきか」という規範的理論体系といえる。

 いずれの観点も実務的に重要なため図表1-1に整理したが、このテキストのテーマであ

る「アセット・アロケーション」はパフォーマンスに与える影響力が非常に高いため、資産

運用において資産選択ならびに基本配分比率の決定が極めて重要ということが、このテキス

トの結論となる。

 さて資産運用は、ビジネス同様、図表1-2のようにPlan(計画)、Do(実行)、See(評

価)、Act(改善)の運用プロセスから成り立っている。最初に、どの程度のリスクを取っ

てどの程度のリターンを狙うかという投資方針の策定に基づき、政策的アセット・アロケー

ション(PAA)が策定される(Plan)。次いで、PAAに従って株式や債券など各資産クラス

に資金を配分し、資産クラス別にファンドや個別銘柄でポートフォリオを組んで、投資が実

行される(Do)。実現したリスクとリターンの要因分析を行い、計画どおりとなっていたか

を検証する(See)。そして、計画との乖離を修正し、次のアクションをとるために必要に

応じて運用方針や運用プロセスを改善する(Act)。

 アセット・アロケーションとは、株式や債券などの資産クラスにどのように資金を配分

するかということであるが、運用プロセスの最初のPlanに位置付けられ、投資家の投資政策

であるリスク許容度、目標、投資期間を反映して長期的な観点から運用資産全体のリスク・

図表1-1 アセット・アロケーションの3つの重要性とインプリケーション

◇パフォーマンスへの高い影響力 ←実証的研究成果

◇分散投資によるリスク低減効果

◇多様なリスク・リターンの選択

資産選択ならびに基本配分比率が重要

←規範的理論体系

図表1-2 運用プロセスにおけるアセット・アロケーションの位置付け

Plan: 投資方針の策定⇒

Do : 資産クラス別ポートフォリオの構築

See : パフォーマンス要因分析

Act : 運用プロセスの改善

政策的アセット・アロケーションの策定

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リターンの特性を規定するために策定されるアセット・アロケーションは、投資方針を具

体化した資産運用における設計図の役割を担い、政策的アセット・アロケーション(Policy

Asset Allocation=PAA)あるいは戦略的アセット・アロケーション(Strategic Asset

Allocation=SAA)、政策的アセット・ミックス、基本資産配分、基本ポートフォリオなどと

様々な名称で呼ばれている。

 アセット・アロケーションの対象となる債券や株式などの資産クラスは、それぞれリスク

やリターンの特性が著しく異なっている。例えば債券はまたの名を確定利付証券というよう

にそれから得られるキャッシュ・フローが決まっているのに対して、株式は企業に対する残

余財産請求権であり、企業業績の動向によって得られるキャッシュ・フローが大きく変動す

る。PAAは、このように異なったリスク・リターン特性の資産にどれだけ投資するかを決

めることによって、ポートフォリオ全体のリスク・リターンの特性を規定する。

 また、図表1-3に示したようにポートフォリオを構築する手順は、最初から何千もの

個別銘柄やファンドについて並列的に比較分析・評価し、配分比率を検討する(apple to

orange)よりも、同様のリスク・リターン特性を持つ個別銘柄、ファンドを集約して資産

クラスと定義し、最初にアセット・アロケーション(資産クラスの構成比率)を決めた後、

次に各資産クラス内で個別銘柄やファンドについて比較分析・評価し、配分比率を検討する

(apple to apple)ほうが、ポートフォリオ・マネジメントとして合理的かつ効率性が高い。

これは、それぞれの資産クラスに価格変動要因(金利変動、景気動向、為替変動など)やリ

ターンの源泉(利息、企業業績など)があり、同じ資産クラスの個別銘柄やファンドは同じ

ようなリスク・リターン特性を示すためである。換言すると、「木を見て森を見ず」よりも「着

眼大局」が大切なのである。

図表1-3 ポートフォリオ策定の手順

図表 1-3 ポート フォ リオ策定の手順

STEP2 : Do アセット・アロケーション実現のための 個別ファンド / 個別銘柄ポートフォリオ策定

STEP1 : Plan 運用方針としての

アセット・アロケーション策定

[email protected]. くたく

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第1章 アセット・アロケーションの概要

 ところで、PAAはどの程度の期間、維持すべきであろうか。これは後ほど詳しく触れるが、

PAA変更の理由は、市場要因と投資家要因の2つある。市場要因は、経済環境、景気動向

などの変化に伴い、政策アセット・アロケーションの前提係数(インプット値)となる期待

リターンや推計リスクが変更になる場合である。インプット値が明らかに変化した際は、政

策アセット・アロケーションを見直すべきであろう。また、インプット値は通常は短期的に

大きく変動しないが、1年も経つと変動していることもあるので、1年に1度はインプット

値の見直しを含めて、PAAの見直しも検討すべきであろう。一方、投資家要因は、投資家

のリスク許容度や投資目標が変更になった場合である。このように市場動向の変化または投

資家のリスク許容度の変化を契機としてPAAを変更することをリアロケーション(再配分)

と呼び、動的なアセット・アロケーションであるTAA、DAAとは区別される。

 また、実際のアセット・アロケーションはPAAと乖離させていいものだろうか。これも

後ほど詳しく触れるが、PAAとの乖離の理由には、市場要因と投資家要因の2つがある。

市場要因は、経済環境や景気動向などにより株価や金利が変動するため、実際のアセット・

アロケーションも時間の経過に伴い変化するためである。実際のアロケーションが大幅に変

わるとポートフォリオ全体のリスク・リターンも変わってしまうので(例えば、株式市場が

急騰すると株式の組入比率が高まり、ポートフォリオ全体のリスク水準が高まる)、当初定

めたPAAに戻す必要がある。PAAと乖離した配分比率を当初決定した配分比率に戻すこと

をリバランスという。一方、投資家要因は、意図して動的に乖離させる運用プロセスである。

株価や金利、為替の変動が予測できたら、それに応じてアロケーションを変えれば、より高

いリターンが獲得できる。例えば、景気回復が堅調で金利上昇や企業業績の上方修正が見込

まれるなら、債券のウェイトを下げて株式にシフトする。予想どおりに景気が回復したなら

ば、金利は上昇(債券価格は下落)し、株価は上昇するから、アセット・アロケーションを

一定に維持しているよりも高いリターンが得られる。

 このようにリターンの短期的な変動を予測してアセット・アロケーションを機動的に変

更することを、タクティカル(戦術的)・アセット・アロケーション(TAA)あるいはダイ

ナミック(動的)・アセット・アロケーション(DAA)という。なお、DAAをダイナミック・

ヘッジング(第4章)の意味で使う場合もあるが、本テキストではTAAと同義として使用

している。

 投資家が短期的にアセット・アロケーションをPAAから変更するのは、リターンの予測

によって高いリターンを狙う場合だけではない。例えば、ダウンサイドリスクを抑制したい

場合や、投資期間満了時に最低限の資金確保をしておきたい場合、途中までの運用結果が堅

調であれば余裕が大きくなるので当初よりリスクを取り、途中経過が不冴えであれば最低限

の資金を守るためにリスクを抑制する方法がある。いわば、リターンの予測をせず、運用

経過によってリスクテイクもしくはリスクヘッジ、すなわちリスク性資産と安全性資産の投

資比率を変えるのである。この投資比率は一般に、相場変動に応じて一定のルールに従って

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決められるが、動的にリスクヘッジが行われるという意味で、ダイナミック・ヘッジング

(Dynamic Hedging)またはポートフォリオ・インシュアランス(PI)と呼ばれる運用手法

である。

 他方、伝統的な分散投資の考え方である財産3分法(預貯金、株式、不動産への均等配分)

のようにリスク・リターン特性の異なる投資対象を等金額で保有するという考え方もある。

この金額均等配分型アセット・アロケーションは、リターンやリスクの予測が不要なため、

誰にでも構築できるが、資産クラスの期待リターンや推計リスクの予測を前提としていない

ため、リスク・リターン特性の観点で、効率的なポートフォリオになっているか不明である。

またポートフォリオ全体のリスク・リターンを推計していないため、投資家の投資政策や目

標と整合的なポートフォリオであるか確認できないので注意を要する。

 また、投資対象を等金額で分散させるのではなく、ポートフォリオ全体のリスク水準に対

する各投資対象のリスク水準が均等になるようリスク量を均等分散させる考え方もある。こ

のリスク均等配分型アセット・アロケーションはリスク・パリティ(Risk Parity)と呼ばれ、

投資対象のリスクならびに相関係数の推計は必要だが、期待リターンの予測を前提としてい

ないため、金額均等型と同様、投資家の投資政策や目標と整合的なポートフォリオであるか

確認できないので注意を要する。ただし、金額均等型よりも投資対象のリスク量の分散が図

られているといえる。

 リスクに着目した資産配分としては、最小分散型アセット・アロケーションもある。この

最小分散型はリスク・パリティ同様、期待リターンの推計を前提としていないが、投資対象

の推計リスクならびに相関係数を所与とした場合、理論的にリスク水準が最も低くなる構成

比率となるので、期待リターンの差異が認められない投資対象の構成比率を検討する際の有

効な手段となる。

 これまで概観してきた様々なアセット・アロケーションを、構成比率の変更頻度と、期待

リターンの予測(推計)の有無の2軸でまとめたものが図表1-4となる。

2 アセット・アロケーション策定のプロセス

 アセット・アロケーションは、投資対象の予測や投資家のリスク許容度など様々な要因に

よって決定されるが、ウィリアム・F・シャープ[1987]はアセット・アロケーション策定

のプロセスならびに、アセット・アロケーションの類型の類似点と相違点を図表1-5のフ

ローチャートで示した。このフローチャートは3つの部分で構成されているが、左上のCの

図表1-4 アセット・アロケーションの類型

長期的観点(変更頻度少ない) 短期的観点(変更頻度多い)期待リターンを推計する PAA TAA、DAA

期待リターンを推計しない 均等配分最小分散、リスク・パリティ ダイナミック・ヘッジング(PI)

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第1章 アセット・アロケーションの概要

付く3つのボックスは金融資本市場に関連するプロセス、右上の I の付く3つのボックスは

投資家に関連するプロセス、中央下側のMの付く3つのボックスはアセット・アロケーショ

ンを決定するプロセスとなる。プロセスは上から下に向かって行われるが、投資結果が次期

のプロセスに反映される。

 左上のC1は金融資本市場の状況であるが、投資対象の過去のリスクとリターンの実績、

市中金利の水準、経済景気動向、企業業績動向など、投資対象の将来の期待リターンやリ

スクを予測するうえで必要になる様々な情報である。これらの情報に基づき、C2の将来予

測手法によって、C3で株式や債券など各資産クラスの期待リターン、リスク(標準偏差)、

相関係数が推計される。

 これらのインプット値が推計されれば、M1の最適化のプロセスによって効率的フロン

ティア(Efficient Frontier)が求められる。効率的フロンティアとは一般的には、平均・分

散最適化法(mean-variance optimization)によって求められる「一定のリスク(標準偏差)

水準で期待リターンが最も高くなる資産の組合せ(ポートフォリオ)の集合」、あるいは「一

定の期待リターンでリスク(標準偏差)が最も低くなる資産の組合せ(ポートフォリオ)の

図表1-5 アセット・アロケーション策定のプロセス

C1

資本市場 の状況

C2 将来予測手法

C3 期待リターン、リスク、相関係数

I1 投資家の資産、負債 および純資産

I2 投資家のリスク許容度関数

I3 投資家のリスク許容度

M1 最適化

(効率的フロンティア)

M2 投資家のアセット・ミックス

M3 各資産クラスならびに

アセット・ミックスのリターン

(出所)Sharpe, William F. [1987]

図表1-5 アセッ ト ・ アロケーション策定のプロセス

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集合」のことであるが、近年、下方リスク抑制の観点から最適化のリスクの尺度として分散

(標準偏差の2乗)以外にCVaR(Conditional Value at Risk、条件付きバリュー・アット・

リスク)やLPM(Lower Partial Moment、下方部分積率)、高次のモーメントである歪度、

尖度なども研究されてきている。

 ところで、効率的フロンティア上には無数の組合せ(ポートフォリオ)があるが、そのど

れもが平均・分散の観点で効率的なため、効率的フロンティアのポートフォリオの期待リタ

ーンやリスクを推計しただけでは、M2の投資家に合った具体的なアセット・ミックス(資

産配分)は決まらない。投資家にとってどれが最適なアセット・ミックスであるかは、投資

家がどれを選好するかによって決まる。

 リスクとリターンに対する投資家の選好は、右上の I3のリスク許容度などによって決ま

るが、それは右上の I1の投資家の資産と負債、純資産、キャッシュ・フローなどの財務状

況や、投資期間、目標金額に基づく目標リターンなどに基づき、 I2のリスク許容度関数に

よって決まる。M1で求めた効率的フロンティア上のポートフォリオ群の中で、その投資家

のリスク許容度や運用目標を満たすポートフォリオがM2の最適アセット・ミックスとなる。

例えば資産が十分にあって所得も多く、かつ損失が生じても動じないようなリスク許容度が

高い投資家には、効率的フロンティア上でリスクは高くても期待リターンが高いポートフォ

リオが適している。これに対して資産を取り崩して生活費に充てているような高齢者には、

期待リターンが低くてもリスク水準の低いポートフォリオが望ましい。

 下部のM3はある一定期間の各資産クラスや投資家のアセット・ミックスの実際のリター

ンである。市場の動向や金利の変化などによって、資産クラスの期待リターンやリスクの水

準に影響を与えることを示したのが、M3からC1へのフィードバックである。また、市場

の動向や金利の変化などによって、投資家の資産や負債、純資産に影響を与えることを示し

たのがM3から I1へのフィードバックである。

 これらのフローチャートが示すとおり、プロセスは連続的に循環しており、ある意思決定

は次の意思決定に影響を及ぼし、運用の経過に伴いC1、C3、 I1、I3、M2、M3は変

化する。しかし、二重枠のC2、 I2、M1は事前に投資政策、投資プロセスとして決める

べきもので、市場動向によって影響を受けることはないし、容易に変更すべきではない。

 前述したアセット・アロケーションの様々な類型と図表1-5の関係について整理すると、

PAAは期待リターン、リスク、相関係数ならびに投資家のリスク許容度の両方を長期的な

観点から想定したうえで、アセット・アロケーションを決定するものであり、図表1-5の

すべてのプロセスを統合して策定されている。一方、TAA、DAAは短期的に資産クラスの

変動を予測してアセット・ミックスを決めることから、C1の市場の状況からC3のリター

ンの予測へ、そして、それに伴いM2のアセット・アロケーションの変更というプロセスと

なり、 I1の投資家の財政状態は考慮されていない。また、ダイナミック・ヘッジングはリ

ターンの予測をせず、運用実績によって右側Iの投資家の資産、負債の財政状態が変わるこ

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第1章 アセット・アロケーションの概要

とに着目し、M2のリスク性資産と安全性資産の投資比率を変更するというループのプロセ

スとなり、C1の資本市場の状況や、C3の投資対象の期待リターンは考慮されていない。

3 アセット・アロケーションの定式化

 アセット・アロケーションの一般的な定式化は次のようになる。なお複雑になるのを避け

るため、ここでは資産は株式、債券、安全資産(短期金融資産)の3つとし、それぞれのリ

ターンを r~S、 r~B、 r Fで表し、配分比はw S 、w B 、w F とする。変数の上の~印は確率変数で

あることを示し、安全資産にそれが付いていないのは、リターン(金利)が確定しているか

らである。このとき資産全体のリターン r~は次のように表される。

(1-1)~ ~ ~r w r w r w

w w w 1

rS S B B F

S B F

F=

=

+ +

+ + (1-2)

 これより、資産全体の期待リターンμとリスクσは次のようになる。

μ

μ μ

( ) ( )

( ) ( )

E r E w r w r w r

w r w r r

S S B B F F

S S F B B F F

= = + +

= − + − +

~ ~ ~ (1-3)

σσ σ σ

2

2 2 2 2 2

= = + +

= + +

V r V w r w r w r

w w w w

S S B B F F

S S B B S B SB

(~) ( ~ ~ ) (1-4)

ただし、μS:株式の期待リターン、μB:債券の期待リターン

σS:株式のリスク(標準偏差)、σB:債券のリスク(標準偏差)

σSB:株式と債券のリターンの共分散( σ σ= × ×ρS B SB) ρSB:株式と債券のリターンの相関係数

 効率的フロンティア上の資産の組合せは、μに適当な値を与えて、(1-3)式を満たすとい

う条件の下で、(1-4)式のσを最も小さくするw S 、w B 、w F の値として求められる。そうし

て得られたμとσの組合せのうちどれを選択するかはそれぞれの投資家の効用関数に依存す

るのであるが、それは一般に次のように表される。

μτ

σ2

2

1−=U (1-5)

ただし、U:投資家の効用、τ:投資家のリスク許容度(τ>0)

 この式は期待リターンが高いほど、またリスクは小さいほど効用が高くなることを意味し

ているが、τが大きい、つまりリスク許容度が高ければ、リスクが大きくなっても効用の低

下が小さいので、リスク・リターンの高い組合せが選好されることになる。アセット・アロ

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ケーションは具体的には、(1-5)式に(1-3)式と(1-4)式を代入して、w S 、w B で偏微分し

たものをゼロとおくことによって求められる。すなわち、

0)(1

)( 2 =+−−= BSBSSFSS

wwrw

Uτ σ σμ∂

∂ (1-6)

0)(1

)( 2 =+−−= SSBBBFBB

wwrw

Uτ σ σμ∂

(1-7)

より、

τ σ σμ μ{ })()(2FBSBFSBS rr

Aw −−−= (1-8a)

τ σ σμ μ{ }}))()(2FSSBFBSB rr

Aw −−−= (1-8b)

τ σ σ σ σμ μ{ })()()()(1 22FBSBSFSSBBF rr

Aw −−+−−−= (1-8c)

ただし、 σ σ σA S B SB= −2 2 2

となる。σSBはたいていは小さな正の値でσS2やσB

2と比べて小さいので、株式のウェイトは

株式それ自体の期待リターン(リスク・プレミアム)が高いほど大きく、債券の期待リター

ンが高いほど小さくなる。ただしその増減の程度は、相対的なリスクの大きさとリスク許容

度に依存しており、リスク許容度が高ければ、株式の期待リターンが高くなるにつれ、もし

くは債券のリスクが高くなるにつれ、ウェイト増加の程度も大きくなる。債券のウェイトに

ついても株式の場合と同様のことがいえる。これに対して安全資産のウェイトは、株式や債

券の期待リターンが低いほど、またリスク許容度が低いほど大きくなる。

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第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

1 ポリシー・アセット・アロケーションの重要性

 運用パフォーマンスを決定する要因としては、ポリシー・アセット・アロケーション

(PAA)、資産クラスの配分比率変更のタイミング、資産クラス内の銘柄選択効果などがあ

るが、その中でもポリシー・アセット・アロケーションが運用パフォーマンスの約9割を説

明するほど最も重要な決定要因といわれている。

 その論拠はアセット・アロケーションの重要性を学術的に実証分析で最初に示した

Brinson, Hood and Beebower [1986] にあり、アセット・アロケーションの重要性を示す研

究成果としてテキストをはじめ様々な形で引用され、日本においても、機関投資家にとって

アセット・アロケーションは、投資における最も重要な意思決定プロセスと認識される契機

になった(注1)。

 その研究内容によると、米国の資産規模の大きい91の年金基金の1974 ~ 1983年の四半期

リターンを用い、年金基金毎に、それぞれの年金基金の時系列的な四半期リターンを被説明

変数とし、各年金基金のポリシー・アセット・アロケーションの代替として分析期間中の平

均資産構成比率に基づく複合ベンチマークの四半期リターンを説明変数とした回帰分析を行

うことによって決定係数R2を求め、91基金の決定係数R2の平均を求めた結果、93.6%であ

った。このことから、米国年金基金のリターンの時系列変動は、ポリシー・アセット・アロ

ケーションのリターンの時系列変動によって、平均的に90%以上説明できることを示し、時

系列変動に関するポリシー・アセット・アロケーションの重要性が確認された。その5年後

に、この研究のアップデート版としてBrinson, Singer and Beebower [1991] が発表されたが、

「リターンの変動量の91.5%がアセット・アロケーションによって説明される」という結論で、

引き続きアセット・アロケーションの重要性が説かれている。

 この論文の結論は、多くの読者によって「運用パフォーマンスの9割はアセット・アロケ

ーションが決める」と短絡的に解釈され、あるいは誤解され間違って伝えられてきた。典型

的な誤解の例は、「アセット・アロケーションをしっかり決めておけば、売買タイミングは

パフォーマンスにあまり影響しないので、いつ投資を開始しても大丈夫である」、「あるファ

ンドと別のファンドのパフォーマンスの違いをアセット・アロケーションの違いで概ね説明

できる」、「トータル・リターンの内訳は、9割程度がアセット・アロケーションで、残り1

割程度がアクティブ・リターンである」などである。

 Jahnke [1997] は、Brinson, Hood and Beebower [1986] の分析結果について、ポートフォ

(注1)厚生年金基金連合会(現企業年金連合会)『受託者責任ハンドブック』[2005]などに、こうした記述がみられる。

Page 14: アセット・アロケーションAllocation=SAA)、政策的アセット・ミックス、基本資産配分、基本ポートフォリオなどと 様々な名称で呼ばれている。

12

リオのリターンではなくボラティリティの説明に焦点を当てたものであると指摘するととも

に、アセット・アロケーションの影響に関する考え方の違いから、Brinsonたちの研究結果

に対して反論している。そこでIbbotson and Kaplan [2000] は、Brinsonたちの研究結果が誤

って解釈され、Brinsonたちの意図していなかったファンド間のリターン格差に関する説明

力などと誤認されていることを指摘し、両研究を補完統合した。その研究によれば、ポリシ

ー・アセット・アロケーションのリターンの時系列変動に関する説明力は90%程度、ファン

ド間のリターン格差に関する説明力は40%程度、リターン水準に関する説明力は100%程度

であり、アセット・アロケーションの重要性に関する様々な見解に対する統合的な答えを導

いている。

 これらの米国での研究を受けて、企業年金連合会 [2001] は、1249の年金基金における

1990年度から1999年度までの10年間の年次リターンを用い、BrinsonたちやIbbotsonたちと

同様の分析を行い、年金基金におけるポリシー・アセット・アロケーションのリターンの時

系列変動に関する説明力は91%程度、ファンド間のリターン格差に関する説明力は15%程度、

リターン水準に関する説明力は115%程度であることを示し、年金基金として政策アセット・

ミックスを策定し維持していくことの重要性を報告している。

 一方、小松原 [2008] は、資産分散型で運用されている213ファンドの日本の追加型公募投

信の2002年から2007年までの6年間の月次リターンを用い、Ibbotson and Kaplan [2000] の

3つの分析項目に加え、ポリシー・アセット・アロケーションのリスク水準に関する説明力

についても分析を行い、日本の投資信託におけるポリシー・アセット・アロケーションのリ

ターンの時系列変動に関する説明力は90%程度、ファンド間のリターン格差に関する説明力

は70%程度、リターン水準に関する説明力は106%程度であり、一方、ファンド間のリスク

格差に関しては95%程度、リスク水準に関しても95%程度であることを示し、日本の投資信

託においてもポリシー・アセット・アロケーションがパフォーマンスに与える影響は大きく、

資産分散型ファンドのリターン水準ならびにリスク水準をポリシー・アセット・アロケーシ

ョンで概ね説明できることを実証的に明らかにした。ポリシー・アセット・アロケーション

の説明力に関するこれらの実証分析の結果を図表2-1にまとめた。

 これらの研究を踏まえて、大半の資産分散型ファンドや年金基金ではポリシー・アセット・

アロケーションを定め、実際の組入比率がポリシー・アセット・アロケーションから一定の

許容範囲を超えないように管理している場合が多い。これは、ポリシー・アセット・アロケ

ーションに対して銘柄・運用機関・ファンドの選定や、資産構成比率の変更によって多くの

付加価値をつけることが困難であることに加えて、ポートフォリオ全体のリスク水準をコン

トロールのためにも実務上必要なためである。

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13

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

⑴ Brinson 他による実証研究 Brinson, Hood and Beebower [1986] は、米国の91の大規模な年金基金の1974 ~ 1983年の

実績パフォーマンスを用いて、パフォーマンスの決定要因を分析した。実際のファンドのリ

ターンは、各ファンドの運用担当者が、市場見通しなどに基づき投資対象になっている株式

や債券を平均資産構成比率に対してオーバーウェイトまたはアンダーウェイトするなど資産

配分の調整(マーケット・タイミング)を行った結果や、各資産クラスでアクティブ・リタ

ーンを狙うため銘柄選択を行った結果として生じたものだが、パフォーマンス要因分析のた

め、各基金の調査期間の平均資産構成比率をポリシー(パッシブ)・ウェイトと見なし、各

資産クラスの市場インデックスのリターンを用いて次の⒜~⒞のリターンとなるベンチマー

クを設定した。

⒜ 資産配分は実績どおりにして、各資産クラスのリターンは市場インデックス・リ

ターンとした場合(銘柄構成比率を市場構成比率と同様とした場合)のリターン

Σi(Wai×Rpi)

⒝ 資産配分は各ファンドの調査期間の平均資産構成比率(ポリシー・ウェイト)で固定

して、銘柄構成比率は実際の選択どおりにした場合のリターンΣi(Wpi×Rai)

⒞ 資産配分は各ファンドの調査期間の平均資産構成比率(ポリシー・ウェイト)で

固定し、かつ各資産クラスのリターンも市場インデックス・リターンとした場

合(銘柄構成比率も市場構成比率と同様とした場合)のリターンΣi(Wpi×Rpi)

この⒞のリターンは、資産配分調整も銘柄選択も行わないので、長期的な運

用 政 策、 す な わ ち 各 年 金 基 金 の ポ リ シ ー・ ウ ェ イ ト と 市 場 イ ン デ ッ ク ス の

A

B

C

91.5 米国年金基金(Brinson[1991]) 88.0 米国年金基金(Ibbotson[2000]) 81.4 米国投信(Ibbotson[2000]) 91.2 日本年金基金(企業年金連合会[2001]) 89.9 日本投信(小松原[2008])

35  米国年金基金(Ibbotson[2000]) 40  米国投信(Ibbotson[2000]) 15  日本年金基金(企業年金連合会[2001]) 69  日本投信(小松原[2008])

99  米国年金基金(Ibbotson[2000])104  米国投信(Ibbotson[2000])116  日本年金基金(企業年金連合会[2001])106  日本投信(小松原[2008])

0 50 100 150

A:同一ファンドを時系列的に見て、PAAのリターンの変動が、実際のリターンの変動を説明できる割合

  (実際のリターンを被説明変数、PAAのリターンを説明変数とした時系列回帰分析による決定係数)

B:異なるファンド間で、各々の PAAのリターンが実際のリターンを説明できる割合

  (実際のリターンを被説明変数、PAAのリターンを説明変数としたクロスセクション回帰分析による決定係数)

C:ある投資期間において、PAAのリターン水準が、実際のリターンの水準を説明できる割合

  (累積リターン(複利年率)の比率=PAAのリターン水準/実際のリターン水準)

(%)

(出所)  小松原宰明「ポリシー・アセットアロケーションの説明力」、『証券アナリストジャーナル』2008年9月号

図表2-1 ポリシー・アセット・アロケーションの説明力

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リターンによって決まるパッシブなポリシー・リターンと位置付けられる。

ただし、Wpi:資産クラスiの平均構成比率(パッシブ構成比率)

Wai:資産クラスiの実際の構成比率

Rpi:資産クラスiのパッシブ・リターン(市場インデックス・リターン)

Rai:資産クラスiのアクティブ・リターン

 ⒜と⒞の差異Σi(Wai×Rpi)-Σi(Wpi×Rpi)=Σi(Wai-Wpi)×Rpi は、リターンの向上のために、

市場見通しなどに基づき資産配分を調整した結果なので、マーケット・タイミング効果、あ

るいはTAA(DAA)による付加価値ということができる。

 ⒝と⒞の差異Σi(Wpi×Rai)-Σi(Wpi×Rpi)=ΣiWpi×(Rai-Rpi)は、市場インデックス・リ

ターンを上回るアクティブ・リターンを狙うために、実際の銘柄構成比率を市場構成比率と

変えることによって生じた結果なので、銘柄選択効果といえる。

 図表2-2はその結果をまとめたものであるが、この研究のパフォーマンス計測期間では、

分析対象ファンドにおいて、タイミング効果も銘柄選択効果も平均的にはマイナスであった

ことがわかる。すなわち資産配分調整や銘柄選択によって超過リターンを高めることはでき

ず、ファンドの実際のリターンは平均資産構成比率と各資産クラスの市場インデックス・リ

ターンに基づくポリシー・リターンでほとんど決まっていたことが示された。

 またBrinsonたちは、パフォーマンスの決定要因を調べるために、91の年金基金毎に実際

の時系列的なリターンを被説明変数とし、各年金基金の上記の⒜~⒞のベンチマーク・リタ

ーンを説明変数とした回帰分析を行うことによって決定係数R2を求め、91基金の決定係数

R2の平均を求めた。つまり、各年金基金の実際の時系列変動を100%としたとき、上記の⒜

~⒞のベンチマーク・リターンはそのうち何%の変動を説明したかを推計した。その結果を

示す図表2-2の⑵を見ると、⒞よりも⒜や⒝の説明力の方がわずかに高いので、実際のリ

ターンの時系列変動がマーケット・タイミングや銘柄選択の影響を受けていたことは事実

だが、資産配分調整も銘柄選択も行わない(パッシブにした)⒞のポリシー・リターンによ

って平均的に93.6%が説明され、また最低でも75.5%が説明されていたというものであった。

このことから、米国年金基金のリターンの時系列変動は、ポリシー・アセット・アロケーシ

ョンのリターンの時系列変動によって、平均的に90%以上説明できることを示し、時系列変

動に関するポリシー・アセット・アロケーションの重要性が確認された。

 その5年後に、Brinson, Singer and Beebower [1991] が、分析対象を82の年金基金とし、

調査期間を1978 ~ 1987年に変えて同様の分析を行った。図表2-3がその結果であるが、

銘柄選択効果が平均的にはプラスに変わったほかは大きな違いはない。「リターンの変動量

の91.5%がアセット・アロケーションによって説明される」という結論で、引き続きアセット・

アロケーションの重要性が説かれている。

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第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

平均 最低 最高PAA(基本ポートフォリオ) 13.49% 12.43% 14.56%タイミング効果 -0.26 -1.81 +0.86銘柄選択効果 +0.26 -3.32 +6.12交差項 -0.07 -3.50 +1.33実際のリターン 13.41 10.34 19.95

図表2-3 Brinson, Singer and Beebower [1991] の分析結果

⑴リターンの要因分解(1978-87年、82ファンド)

⑵リターン変動の説明力

平均 最低 最高PAA(基本ポートフォリオ) 91.5% 67.7% 98.2%PAA+タイミング 93.3 69.4 98.3PAA+銘柄選択 96.1 76.2 99.8実際のリターン 100.0 100.0 100.0

⑴リターンの要因分解(1974-83年、91ファンド)

平均 最低 最高PAA(基本ポートフォリオ) 10.11% 9.47% 10.57%タイミング効果 -0.66 -2.68 +0.25銘柄選択効果 -0.36 -2.90 +3.60交差項 -0.07 -1.17 +2.57実際のリターン 9.01 5.85 13.40

図表2-2 Brinson, Hood and Beebower [1986] の分析結果

平均 最低 最高PAA(基本ポートフォリオ) 93.6% 75.5% 98.6%PAA+タイミング 95.3 78.7 98.7PAA+銘柄選択 97.8 80.6 99.8実際のリターン 100.0 100.0 100.0

⑵リターン変動の説明力

⑵ Ibbotson、小松原による実証研究 前述のBrinson et al [1986,1991] の研究は、一般に、「ポートフォリオ(資産分散型ファンド、

以下「ファンド」と記述する)のパフォーマンスの90%はポリシー・アセット・アロケーシ

ョンによって決まる」として短絡的に解釈されてきた。しかしながら、運用パフォーマンス

に対するポリシー・アセット・アロケーションの説明力には、①ファンドのリターンの時系

列的変動に関する説明力、②異なるファンド間のリターン格差に関する説明力、③ファンド

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16

のリターン水準に関する説明力という3つの視点がある。

 Ibbotson and Kaplan [2000] は米国の資産分散型の投資信託94ファンドの1988年4月~

1998年3月のデータならびに米国の58の年金基金の1993 ~ 1997年のデータを用い、小松原

[2008] は日本の資産分散型の投資信託213ファンドの2002 ~ 2007年までのデータを用い、こ

れらの視点を切り分けて検証したところ、これら3つの説明力は、米国では①約90%、②約

40%、③約100%であった。一方、日本では①約90%、②約70%、③約106%であった。

 これら3つのいずれの視点においても、ポリシー・アセット・アロケーションの説明力は

相当程度高いことが明らかになった。以下では、この実証分析結果に関する分析手法を解説

するとともに、日米の分析結果の比較を行う。

① リターンの時系列変動に関する説明力

 ファンドのリターンの時系列変動に関するポリシー・リターンの説明力は、同一のファン

ドを時系列的に見て、実際のファンドのリターンの変動を、ポリシー・リターンの変動がど

の程度説明できるか計測したものである。

 平易に言うと、分析対象のある特定ファンドのトータル・リターンとそのポリシー・リタ

ーンは、図表2-4のように毎月上がったり下がったりしているが、これらがどの程度同じ

ような動きをするか調べたものである。

 具体的な分析手法は、最初に分析対象の1本1本のファンドについて、ファンドの信託報

酬控除前の月次トータル・リターン(TRBi)を被説明変数、各ファンドの月次ポリシー・リ

ターン(PRi)を説明変数とした回帰分析を(2-1)式により行い、各々のファンドの決定係

数(R2)を計測すると、それぞれのファンドのリターン変動のうちどれだけがポリシー・

リターンの変動によるものであるかを推計することができる( i は個々のファンドを示す)。

-6.0

-4.0

-2.0

0.0

2.0

4.0

6.0

8.0

2001年12月

2002年12月

2003年12月

2004年12月

2005年12月

2006年12月

2007年12月

月次リタ

(

%)

あるファンドの月次トータル・リターンあるファンドの月次ポリシー・リターン

図表2-4 あるファンドの月次トータル・リターンと月次ポリシー・リターン

(出所)  小松原宰明「ポリシー・アセットアロケーションの説明力」、『証券アナリストジャーナル』2008年9月号

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第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

次に、分析対象の全てのファンドの決定係数(R2)の平均、中位数、分布状況を求めたも

のである。

iTRB =α+β・PR +ε i i,t i,ti,t (i=1,2,… ) (2-1)

 この分析のイメージを視覚的に捉えるために、図表2-5に、図表2-4と同一のある特

定のファンドの月次トータル・リターンと月次ポリシー・リターンの散布図、回帰直線、決

定係数R2を示した。このファンドの月次リターンと月次ポリシー・リターンは、回帰直線

の近傍に分布し、月ごとに見れば同じような動きをしており、ポリシー・リターンによって

ファンドのリターンを概ね説明できたことがわかる。分析期間全体を通して見れば、ファン

ドのトータル・リターンの変動を、ポリシー・リターンの変動が90%説明できたことを示し

ている。

 ところで、ファンドの月次トータル・リターンの分散、月次ポリシー・リターンの分散、

ベータ、アクティブ・リターンの分散には、(2-2)式の関係がある。

i =β・σ +ε PRiTRB i i

2σ 2 2 2 (i=1,2,… ) (2-2)

 したがって、回帰分析における決定係数(R2)は、(2-3)式よりファンドのトータル・リ

ターンの分散に対するファンドのベータ調整後ポリシー・リターンの分散の比率であるこ

とがわかる。図表2-6では、左上の正方形の面積に対する、下方の正方形の面積の比率

となる。

1 =−=R2

iε i

σ 2

TRBiσ 2

β2

i σPR2

TRBiσ 2

i⋅ (i=1,2,… ) (2-3)

Brinsonたちの分析結果が、ファンドのトータル・リターンの分散をポリシー・リターンの

分散で説明したと言われる所以はこれである。(2-3)式からアクティブ・リスクが大きくな

R2 = 0.90

-6.0

-4.0

-2.0

0.0

2.0

4.0

6.0

-6.0 -4.0 -2.0 0.0 2.0 4.0 6.0

ファンドの月次トータル・リターン(%)

あるファンドの月次ポリシー・リターン(%)

y = 1.03 x - 0.05

図表2-5 あるファンドの月次トータル・リターンと月次ポリシー・リターン(2002-2007)

Page 20: アセット・アロケーションAllocation=SAA)、政策的アセット・ミックス、基本資産配分、基本ポートフォリオなどと 様々な名称で呼ばれている。

18

るほど決定係数(R2)が低くなり、逆にアクティブ・リスクが小さくなるほど決定係数(R2)

が高くなることがわかる。

 図表2-7は、時系列変動に関するポリシー・リターンの説明力に関するBrinson [1986] 、

Brinson [1991] 、Ibbotson [2000] 、小松原 [2008] の分析結果を比較したものである。年金フ

ァンドの場合、長期的な政策アセット・ミックスを遵守する傾向が強いため、ポリシー・リ

ターンが実際のリターンの変動の約90%を決定している。一方、投資信託の場合にはよりア

クティブに資産配分比率を変更する傾向があるため、決定係数はやや低いことがわかる。

 他方、実際のファンドのリターンとポリシー・リターンの差であるアクティブ・リターン

図表2-7 リターンの時系列変動に関する説明力

(注)N.A. : 計測値なし(出所)  小松原宰明「ポリシー・アセットアロケーションの説明力」、『証券アナリストジャーナル』

2008年9月号に一部加筆

Brinson[1986] Brinson[1991] Ibbotson[2000] Ibbotson[2000] 小松原[2008]

分析対象 米国年金ファンド

米国年金ファンド

米国年金ファンド

米国年金ファンド

日本投資信託

ファンド数 91 本 82 本 58 本 94 本 213 本

分析期間 1974 - 1983 1978 - 1987 1974 - 1983 1989 - 1998 2002 - 2007

リターン頻度 四半期 四半期 四半期 月次 月次

決定係数 平均     中位数

93.6%N.A.

91.5%N.A.

88.0%90.7%

81.4%87.6%

89.9%91.9%

アクティブ・リターン(年率平均:%) 平均 

中位数- 1.10 N.A.

- 0.08 N.A.

- 0.44 0.18

- 0.27 0.00

- 0.08- 0.01

ファンド・

トータル・リターン

の分散

ベータ調整後ポリシー・リターンの分散

アクティブ・リターンの分散

AR

図表2-6 ファンドの分散と分解

(出所)  小松原宰明「ポリシー・アセットアロケーションの説明力」、『証券アナリストジャーナル』2008年9月号

Page 21: アセット・アロケーションAllocation=SAA)、政策的アセット・ミックス、基本資産配分、基本ポートフォリオなどと 様々な名称で呼ばれている。

19

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

の平均を見ると、いずれの場合もマイナスになっている。つまり、ファンドのリターン変動

はほとんどがポリシー・リターンに起因しており、アクティブ・リターンは平均的にはほと

んどゼロであるというのが、これらの研究の結論となる。

② ファンド間のリターン格差に関する説明力

 ファンド間のリターンの格差に関するポリシー・リターンの説明力は、分析対象のファン

ドをクロスセクションで見て、異なるファンド間のリターン格差を、ポリシー・リターン格

差がどの程度説明できるか計測したものである。

 具体的な分析手法は、最初に、分析期間における各ファンドの信託報酬控除前の年率幾何

平均リターン(GMR(TRBi))と各ファンドのポリシーの年率幾何平均リターン(GMR(PRi))

を計測し、次に、各ファンドの年率幾何平均リターン(GMR(TRBi))を被説明変数、各フ

ァンドのポリシーの年率幾何平均リターン(GMR(PRi))を説明変数とした回帰分析を(2-4)

式により行い、決定係数(R2)を計測すると、ファンド間のリターン格差のうちどれだけ

がポリシー・リターン格差で説明できるかを推計することができる。

TRB = α+β・GMR(PR +ε i (i=1,2,… ) )(GMR )i i (2-4)

 図表2-8は、日本の投資信託 213本について6年間の複利年率平均リターン(縦軸)と、

それぞれのファンドのポリシー・リターンの平均値(横軸)をプロットしたものである。縦

軸を被説明変数、横軸を説明変数とした回帰分析の決定係数は69%となり、残る31%部分は

ポリシー・リターン以外の要因―例えば資産クラスの配分比率変更のタイミング、資産クラ

0

2

4

6

8

10

12

0 2 4 6 8 10 12

ファンドの幾何平均リターン(年率%)

ポリシーの幾何平均リターン(年率%)

ファンドとポリシーの幾何平均リターン(2002-2007)

y = 0.87 x + 0.53 R² = 0.69

図表2-8 ポリシー・リターンとファンド・リターンの相関関係

(出所)  小松原宰明「ポリシー・アセットアロケーションの説明力」、『証券アナリストジャーナル』2008年9月号

Page 22: アセット・アロケーションAllocation=SAA)、政策的アセット・ミックス、基本資産配分、基本ポートフォリオなどと 様々な名称で呼ばれている。

20

ス内の投資スタイル、銘柄選択、あるいは運用報酬の違いなど―に起因するものである。

 前掲の図表2-1のBにリターン格差に関するポリシー・リターンの説明力の分析結果を

まとめている。日本の投資信託では決定係数は69%となり、Ibbotsonたちの米国の投資信託

を分析対象とした結果(40%)や、年金ファンドを分析対象とした結果(35%)、企業年金

連合会[2001]の日本の年金基金を分析対象とした結果(15%)と比較してかなり高い分析

結果となった。これは、日本の資産分散型ファンドのアクティブ・リスクが小さいためと推

察される。アクティブ・リスクが小さければ、ファンドの平均リターンとポリシーの平均リ

ターンは、概ね同水準になるので、散布図では45度線上の近傍にプロットされるはずである。

一方、日米の年金基金の低い理由として、ポリシー・アセット・アロケーションの類似性が

挙げられる。多くの年金基金が比較的類似したポリシー・アセット・アロケーションを採用

すると、ポリシー・リターンの水準の差異がなくなり、実際のリターンを説明することが困

難になる統計上の問題が発生している可能性がある。

③ リターン水準に関する説明力

 「ポリシー・アセット・アロケーションのパフォーマンスへの影響」と聞いたとき、多く

の人々が直感的に、中長期的に見たファンドの値上がり(または値下がり)のうち、ポリシ

ー・アセット・アロケーションの貢献度はどの程度か、と想像するだろう。Ibbotsonたちは、

この問いに対し、概ね100%という分析結果を発表している。これは、あるファンドの平均

リターンが5年間で8%だったとき、そのファンドの平均ポリシー・リターンも概ね8%だ

ったことを意味している。

 ファンドの平均リターン水準に関するポリシー・リターンの説明力は、中長期的なファン

ドの平均リターンにおけるポリシー・リターンの平均値の比率を計測したものである。

 具体的な分析手法は、最初に、分析期間の各ファンドの信託報酬控除前の年率幾何平均リ

ターン(GMR(TRBi))と各ファンドのポリシー・リターンの年率幾何平均値(GMR(PRi))

を求め、ファンドの平均リターンに対するポリシー・リターンの平均値の比率(GoGi)を(2-5)

式として計測する。

GoGi = GMR(PRi)÷ GMR(TRBi) (2-5)

次に、分析対象の全ファンドの比率(GoGi)の平均、中位数、分布状況を計測することにより、

ファンドの平均リターンのうちどれだけがポリシー・リターンの平均値で説明できるかを推

計することができる。

 この比率(GoGi)は、ファンドの平均リターンとポリシー・リターンの平均値が一致す

れば100%になり、ポリシー・リターンに対してファンドがアウト(アンダー)パフォーム

すれば100%より低く(高く)なる。

 図表2-1のCには、リターン水準に関するポリシー・リターンの説明力の分析結果をま

とめている。いずれの分析対象でも概ね100%以上となっており、平均リターンの水準に関

Page 23: アセット・アロケーションAllocation=SAA)、政策的アセット・ミックス、基本資産配分、基本ポートフォリオなどと 様々な名称で呼ばれている。

21

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

してもポリシー・リターンの説明力が高いことが確認できる。

 ただし、米国の年金基金以外では、日米の投信も日本の年金基金も、ポリシー・リターン

の平均値はファンドの平均リターンよりも高い結果となり、銘柄・ファンド選択、資産構成

比率変更、運用コストなどにより、信託報酬控除前でもポリシー・リターンに対して超過リ

ターンを獲得することが困難であったことを示している。

⑶ 分析方法の違い これまで、3つの観点でPAAの説明力ならびに推計方法を確認してきたが、Brinson et

al. [1986, 1991] とIbbotson et al. [2000] ならびに小松原 [2008] の分析方法の違いを図表2-

9で確認してみる。ファンドA, B,…の時点 t=1, 2… n の実際のリターンを rA1 , rA 2 … rAn;

rB 1 , rB 2 … rBn;…とし、また各ファンドのPAAと市場インデックスに基づくポリシー・リタ

ーンを pA 1 , pA 2 … pA n; pB 1 , pB2 … pB n;…としている。また、各ファンドの n 期間の平均リ

ターンをRA , RB…、ポリシー・リターンの n 期間の平均値を PA , PB…で表している。

 Brinsonたちの実証分析は、 rA1 , rA 2 … rA nを pA1 , pA2 … pAnで回帰するなど、図表2-9に

おいて 印で囲った個別ファンドの時系列データの回帰分析を繰り返した結果で、その決

定係数R2の平均が約90%だったということである。これに対してIbbotson、小松原たちの

実証分析は、Brinsonたちの1つ目の分析手法に加えて、2つ目は図表の 印で囲った RA ,

RB…を PA , PB…でファンド横断的に回帰分析した結果で、その決定係数R2が米国の投信で

約40%、日本の投信で約70%だったということである。また、3つ目は RAと PAの比率を求

めるなど図表の 印で囲った個別ファンドの平均リターンとポリシー・リターンの平均

値の比率を求め、分析対象ファンドを平均した結果が概ね100%だったということである。

 このような実証分析の結果は、サンプルに依存することに留意しなくてはならない。例え

ば、もしファンドAが全くアクティブな運用をせずに、PAAを忠実にフォローしたとしたら、

図表2-9 PAAの3つの説明力の違い

ファンドA ファンドB ファンドC ……

期間 実績 PAA 実績 PAA 実績 PAA

t1

rA1 pA1

rB1 pB1

rC1 pC1

t2

rA2 pA2

rB2 pB2

rC2 pC2

t3

rA3 pA3

rB3 pB3

rC3 pC3

: … … … … … …

: … … … … … …

tn rAn pAn rBn pBn rCn pCn

平均 RA PA RB PB RC PC ‥‥

○: リターンの時系列変動の説明力(90%)~各ファンドのrとpの時系列回帰分析

: リターン格差の説明力(15~70%)~ファンド横断的回帰分析

リターン水準の説明力(100%)~各ファンドの(Pi/Ri)の平均値:

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rA 1 , rA 2 … rAnと pA 1 , pA2 … pA nは完全に一致して、回帰分析の決定係数R2は100%になるだろ

う。逆に、もしファンドBが非常にアクティブな運用をしたとしたら、 rB 1 , rB2 … rBnに対す

る pB 1 , pB 2 … pB nの説明力はかなり低下するだろう。Brinsonたちの検証結果によると、米国

の年金基金ではトータル・リターンの変動の大半がPAAから生じており、このことはアク

ティブなポジションをあまり取っていなかったことを示している。

 Ibbotsonたちの2つ目の検証結果についても、分析対象に依存する。例えば、もし各ファ

ンドのPAAが同じであったとしたら、 PA , PB…はすべて等しくなる。したがって、実際のリ

ターン RA , RB…を PA , PB…で回帰しても、PAAリターンの説明力はまったくなくなり、決

定係数R2はゼロとなってしまう。

 しかしながら、以上の議論はPAAの重要性やアクティブ運用を決して否定するものでは

ない。Brinsonたちの分析結果でも、Ibbotson、小松原たちの分析結果でも、年金基金や資

産分散型ファンドでは、事実としてPAAがパフォーマンスに与える影響が大きかったこと

を示している。したがって、機関投資家のポートフォリオのリスク・リターン特性はPAA

によって概ね決まるので、資産運用においては資産選択ならびに基本配分比率の決定が極め

て重要になるということである。

2 各資産クラスのリターン、リスクおよび相関係数

 アセット・アロケーションの策定を説明する前に、この節ではまず、一般的に投資対象の

候補となる主要な資産クラスのリターン、リスクおよび相関係数の実績を概観しておく。こ

れ以後、主要な資産クラスとベンチマークを図表2-10のように定義する。

図表2-10 主要な資産クラスの資産クラス名とベンチマーク

資産クラス ベンチマーク国内株式 配当込みTOPIX(注2) 国内債券 野村BPI総合外国株式 MSCI Kokusai(World ex Japan)外国債券 Citi World Government Bond Index ex Japan(注3)

短期金融資産 有担保コールレート翌日物(月中平均)

なお、外貨建資産の外国株式と外国債券は為替ヘッジなし

(注2)国内株式のベンチマークである「配当込みTOPIX」のリターンは東京証券取引所が1989年1月以降公表している指数から計算したもの。1988年以前は日本証券経済研究所『株式投資収益率』の東証1部市場収益率(時価総額加重平均)。ここではこの2つのデータ系列を1989年1月で接合している。

(注3)外国債券のベンチマークである「Citi World Government Bond Index」は1985年以降計算され公表されている。それ以前のデータは、85年1月時点での上記指数構成国についてIMFの各国長期国債収益率データからイボットソン・アソシエイツ・ジャパンが遡及計算して新たに作成し、これを上記指数に85年1月で接合したものである。

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第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

⑴ リターンとリスクの実績

 図表2-11は、主要な資産クラスの累積リターンである。1969年末に元本100を投資し、

配当や利息などを再投資しながら運用した場合の資産価値の推移を示している。各資産クラ

スの推移を見ることにより、長期的なパフォーマンスの傾向や値動きの大きさを比較するこ

とができる。

 図表2-12は、主要な資産クラスのリスクとリターンである。横軸にリスク(標準偏差)、

縦軸に幾何平均リターンを用いて表示することで、リスクとリターンの関係を比較すること

ができる。

 この計測期間では、国内資産は、短期金融資産、債券、株式の順にリスク、リターンとも

に高くなっており、外貨建資産についても、株式の方が債券よりハイリスク=ハイリターン

になっている。しかし、ある特定の局面や数年単位でみれば、いつでもこのようなハイリス

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

国内株式

外国株式

国内債券

短期金融資産

外国債券

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

図表2-11 主要な資産クラスの累積リターン(1969年末=100)

25%20%15%10%5%0%0%

1%

2%

3%

4%

5%

6%

7%

8%

リターン(幾何平均)

リスク(標準偏差)

●●国内債券

●●短期金融資産 ●●外国債券

外国株式●●

●● 国内株式

図表2-12 主要資産クラスのリスクとリターン(1970年~ 2015年)

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ク=ハイリターン、ローリスク=ローリターンの関係になっていると限らないことに留意す

る必要がある。

① 内外の株式

 国内株式と外国株式を比較すると、リスク・リターンのいずれの尺度でも比較的似通って

いることがわかる。これは、「外国株式は国内株式よりもリスクが高いはずである」という

通念とは違う事実である。このようになるのは、国内株式が日本という一国の市場であるの

に対して、外国株式はそれ自体が多数の国のポートフォリオであるため、すでにリスク分散

が効いているからである。一方で、外国株式(ヘッジなし)の円ベースの投資収益率は為替

変動要因を含んでいる。このように外国株式のリスク水準は、プラス要因(各国市場のリス

ク分散効果)とマイナス要因(為替変動要因)が相殺した結果である。

 ではリターン水準でも国内株式と外国株式がほぼ同水準であるのには、理由があるのだろ

うか。過去46年間を振り返ると、実は最初の20年間は国内株式が圧倒的に優位であったが、

わが国のバブル崩壊後の株価低迷と、それと対照的な1990年代の欧米市場での長期上昇相場

により、結果としてほぼ同じ水準になったといえる。これを歴史的な偶然とみるかどうかは

意見が分かれるだろう。1980年代の日本や1990年代の米国のように比較的長期間にわたって

景気が持続的に上昇し、その結果、資本市場でのバブル現象を生むことが繰り返されてきた。

長期的にみれば、先進国の産業の競争力が拮抗していくことにより、少なくとも先進国のあ

いだでは企業の収益力や資本コストが均衡水準に収斂していくということも考えられる。

② 内外債券

 外国債券と国内債券を比較すると、リターンとリスクのいずれの尺度でも国内債券が圧倒

的に勝っていた。外国債券のリスクが高い理由は、為替変動リスクの影響を受けているため

である。また過去40年間を通じて為替レートは円高・ドル安の傾向にあったことも外国債券

のリターンが不冴えな理由の1つとして挙げられる。一方、国内債券のリターンが相対的に

高かったのは歴史的な金利水準の傾向的な低下や、近年の急激な金利低下によって、キャピ

タル・ゲインが含まれていたためである。

③ 短期金融資産

 短期金融資産は、リスクが低い割にリターン(幾何平均)は3%超であった。この理由

は、過去約46年間にはインフレ率が高いために金利も高かった1970年代が含まれているため

である。1980年代以降は、インフレの沈静化とともに金利も低下傾向となり、バブル崩壊後

は日銀の政策的な金融緩和を経て現在の低金利の水準に至っている。

⑵ リスク(標準偏差)の動向 図表2-13は、主要な資産クラスのリスク(標準偏差)水準の推移である。各時点から過

去60 ヵ月間の月次リターンを用い標準偏差を計測し年率化した。リスク水準はリターンと

比べると比較的安定しているが、ブラックマンデー(1987年)や、バブル経済崩壊(1990年)、

世界金融危機(2008年)など市場の急落を機に一時的に上昇することがある。しかし、市場

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25

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

急落などの時期が計測期間(ここでは直近60カ月)から外れると概ね元の水準に戻る傾向が

ある。また、いつの時期も国内資産、外貨建資産に分けると、債券より株式のリスクが相対

的に高いことがわかる。

⑶ 相関係数の動向 図表2-14は国内株式と主要な資産クラスの相関係数の推移である。各時点から過去60カ月間の月次リターンを用いて国内株式と他の3つの主要な資産クラス(国内債券、外国株式、

外国債券)の相関係数を計測した。相関係数もリターンと比べると比較的安定しているが、

ある時期を境に符号が変わるほど相関関係が大きく変わることがある点に留意する必要が

ある。

国内株式

外国株式

国内債券

外国債券

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

図表2-13 主要資産クラスのリスク(標準偏差)水準の推移

外国株式

国内債券

外国債券

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

図表2-14 国内株式と主要な資産クラスの相関係数の推移

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 例えば、国内株式と国内債券の相関係数は1970年代から90年代初頭まで概ねプラス0.1 ~

0.4くらいで安定的に推移していたが、95年頃からかなりのマイナスに転じている。これは

90年代に入り、80年代のバブル経済の崩壊とともに景気が低迷したことによるが、景気低迷

局面では、景気後退が懸念されると株式が下落し、債券は金利低下により価格が上昇する一

方、景気回復が期待されると株式が上昇し、債券は金利上昇により価格が下落する傾向が続

いたためである。また、国内株式と外国債券の相関係数は1970年代から2000年代中頃まで概

ねややプラスからマイナス領域で安定的に推移していたが、2008年頃からかなりのプラスに

転じている。これは2000年代初頭の株価低迷後、株価と為替の連動が高まったことで、円高

ドル安になると企業業績の悪化懸念から株式が下落し、外国債券はドル安により下落する一

方、円安ドル高になると企業業績の上方修正期待から株式が上昇し、外国債券はドル高によ

り上昇する傾向が続いたためである。

 相関係数の変化もPAAの策定に影響を与えるため、相関係数の変化が一時的な経済局面

の変化によるものか、市場の構造的な変化によるものかを見極める必要がある。

3 期待リターン、リスク、相関係数の推計

 ポリシー・アセット・アロケーション(PAA)を策定するには、各資産クラスの期待リ

ターン、リスク、相関係数の推計と、投資家のリスク許容度の特定が前提となる。最適化に

必要なリターン、リスク、相関係数は過去の実績ではなく、今後の投資期間に対応する将来

の推計値であるため、何らかの方法で推定しなければならない。期待リターンの推定は容易

ではないが、過去の実績リターンと将来のリターンとを区別するために、PAA策定のため

に用いるリターンを期待リターンと明示する。

⑴ 実績からの推定 期待リターンやリスクの推定の最も単純な方法は、過去の平均や標準偏差をそのまま適用

することである。これは、過去の実績リターンは一定のリターン生成の構造(母集団)から

発生した標本であり、この構造を規定する期待値(期待リターン)や標準偏差(リスク)の

最も良い推定値は標本の平均や標準偏差、すなわち過去の実績の平均や標準偏差であるとい

う考え方によっている。この考え方に従えば、より良い推定値を得るには標本をできるだけ

大きくする、つまり、できるだけたくさんのデータから推定するのがよい。しかし、それは

遠い過去にまで遡ることにほかならず、そうなると今度は、リターン生成の構造が一定とい

う想定が成り立たなくなる。長い間には経済が構造的な変化を遂げ、それに伴ってリターン

の特性も変わってくるからである。

 標本平均が期待値の良い推定値となるには、もう1つ、母集団からの抽出(実現値)がラ

ンダムで偏りがないことが必要である。しかし、1980年以降の日本の債券のリターンを見る

と、この条件はとうてい満たされそうもない。1980年以降、日本の金利水準は趨勢的な低下

に伴い平均リターンはかなりのプラスになっているが、現在は金融緩和政策によりマイナス

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第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

金利となっている。利回りがマイナスの債券を満期まで保有すれば、リターンはマイナスに

なるので、過去の実績リターンから将来の期待リターンを推定することは困難である。

 以上のような問題のため、期待リターンの推定では、過去のデータを参考にしつつも、平

均を単純に引き伸ばすようなことは行われていない。一般には、ビルディング・ブロック法

かサプライサイド法が用いられている。ビルディング・ブロック法は、投資家が合理的に行

動しているとすれば、それぞれの資産クラスはリスクに応じたプレミアムが付くように価格

が決まっているはずだと考えて、各資産クラスの期待リターンをリスク・プレミアムの積上

げによって求めるものである。これに対してサプライサイド法は、リターンの源泉は資本の

生み出す収益にあると考えて、この収益の伸び率をベースに、各資産クラスの期待リターン

を推定するというものである。1990年以降の株式リターンは、すでに述べたように、バブル

崩壊後のわが国経済の停滞に原因があった。したがって、今後の期待リターンも経済動向次

第というわけで、それを期待リターンに反映させようというのである。

⑵ ビルディング・ブロック法による期待リターンの推定 ビルディング・ブロック法では、リスクのない安全資産の金利を出発点にして、各資産の

リスクに応じて順にプレミアムを積み上げる(注4)。図表2-15はビルディング・ブロック法

の概念図である。

 安全資産として一般に短期金融資産を用いるが、その利子率rFを確定したリターン、すな

わち安全資産のリターンとする。

 債券のリターンは、この利子率と相対的な関係で決まると考える。債券はクーポンが名目

で固定されているため、金利が変動すると価格が変化して、リターンが変動する。したがっ

て、市場が合理的に機能すれば、債券リターンは、このリスクの大きい分だけ短期金融資産

(注4)ただし、短期金融資産は文字どおり短期の運用であれば、利回りが確定しているから安全資産とみなしうるが、長期の場合には転がしていくときの利回りが確定しないから必ずしもリスクがないわけではない。また貯蓄や運用はそもそも将来の消費に備えるために行われるわけであるから、たとえ名目で金利が確定していたとしても、インフレによって実質リターンはかなり変動するかもしれない。こうした考え方から、長期の予測では、短期金融資産のリターン  は変動するとして、それは実質金利 とインフレ率 によって構成されているとすることがある。

Fr R

P

図表2-15 ビルディング・ブロック法の概念図

国内株式プレミアム

国内株式

国内債券

短期金融資産

国内期間プレミアム

国内短期金利

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の利子率を上回ることになる。これは債券の満期までの期間が長いことに伴うプレミアムで

あるから、ターム・プレミアムもしくはホライズン・プレミアムと呼ばれている。それをT

とすれば、債券のリターン Br は次のように表される。なお、このプレミアムは平均的にはプラスであるが、ときによってはマイナスにもなる。

FB Trr += (2-6)

 次に株式のリターンは、この債券との相対的な関係で決まると考える。両者の違いは、債

券では支払われるクーポンや償還額が決まっているのに対して、株式は残余財産請求権とも

呼ばれるように、企業業績の変動などに伴う株価変動リスクを負担するところにある。した

がって、株式の要求リターンはその分だけ債券より高くなり、このプレミアムは株式リスク・

プレミアム、もしくはエクイティ・リスク・プレミアムと呼ばれている。それをEと表せば、

株式リターン Sr は(2-7)式のような構成になる。なお、エクイティ・リスク・プレミアムは、債券を上回る価格変動リスクを負担することによる期待超過リターンであることから、定義

は「株式の期待リターン-債券の期待リターン」となる。ここで重要なことは、エクイティ・

リスク・プレミアムは期待値で定義され、プラスとなることである。

ETrErr FBS ++=+= (2-7)

 外貨建資産についても、まず現地通貨ベース(例えば米国の証券のリターンをドルベース)

で考えると、国内の場合と同様、安全資産(短期金融資産)rF, Lのリターンを出発点に各資

産のリスクに応じてプレミアムを積み上げることによって定式化できる(現地通貨ベースの

リターンを添え字Lで示す)。

LLFLB Trr ,, += (2-8)

LLLFLS ETrr ,, ++= (2-9)

 自国通貨ベース(円ベース)のリターンは、もし為替ヘッジを付けなければ、これに外国

通貨の自国通貨対比のリターン(ドルの対円為替リターン)を加えたものとなる。外国通貨

の為替リターンを X として、為替ヘッジなしの外国証券のリターンを添え字Nで示すことにすると、外貨建資産のリターンはそれぞれ次のように表される。なお、外国の安全資産も自

国通貨ベース(円ベース)では、為替レートの変動によってリターンが変動することになる。

XTrr LLFNB ,, ++= (2-10)

XETrr LLLFNS ,, +++= (2-11)

Xrr LFNF ,, += (2-12)

 また為替ヘッジを付けた場合は、上のヘッジなしのリターンに為替ヘッジによるスポット

込みのヘッジコストが加わることになる。為替ヘッジは一般に先渡(forward)通貨を売却

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第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

する(契約の実行時に直物をそのときのレートで買い戻す)ことによって行われるが、先渡

は直物(spot)より内外の金利差だけ割高あるいは割安となるので、それによるスポット込

みヘッジコストは結局、

Xr rF LF ,−=X −H (2-13)

となる(注5)。したがって、為替ヘッジ付きの外貨建資産のリターンを添え字Hで示すと、外

貨建資産のリターンは次のように表される。

LFHNBHB TrXrr ,, +=+= (2-14)

LLFHNSHS ETrXrr ,, ++=+=

(2-15)

FHNFHF rXrr =+= ,,

(2-16)

 為替ヘッジを付けると、外国債券や外国株式のリターンは、結局、自国の安全資産のリタ

ーンに外国のターム・プレミアムやエクイティ・リスク・プレミアムを加えたものとなる。

換言すると、

FLBHB rrr −−= ,, LFr ,( ) (2-17)

FLSHS rrr −−= ,, LFr ,( ) (2-18)

となることから、現地通貨ベースのリターンからヘッジコスト(内外金利差)を差し引いた

ものとなる。

 また為替ヘッジを付けると、外国の安全資産のリターンは自国の安全資産のリターンに等

しくなり、わざわざ投資する意味は乏しいことになる。このようなリターンの分解に従えば、

今後の期待リターンもそれぞれの構成要素(プレミアム)の期待値を積み上げることによっ

て与えられる。

 なお、為替市場において先渡パリティが成立すると仮定すると、為替の期待リターンはヘ

ッジコストに等しくなるので(注6)、外国債券および外国株式の期待リターンは、為替ヘッジ

の有無によらず、同じになる。

(注5)為替の直物レートをS、先渡レートをFで表すと、 { }SrrF LFF )1/()1( ,++= であるから、契約実行時の直物レートをS ’とすれば、為替ヘッジのリターンは次のようになる。

XrrXrrS

S

S

F

S

SFLFFLFF

~)

~1()1(

'',, −−=+−−+≈−=

(注6)先渡パリティとは先渡レートが将来の直物レートの期待値に一致する、つまりF = E (S ' )となることをいう。これはまた、カバーなし金利パリティ(Uncovered Interest Rate Parity)、為替の期待理論とも呼ばれる。このとき、E (X

~+ r F,L)= E{(S '− S )/S + r F,L}= E{(F − S )/S+ r F,L}= E{( r F − r F,L)+ r F,L}= r Fとなるので、外国の安全資産にヘッジなしで投資する場合(1番左の式)とヘッジ付きで投資する場合(3番目の式)の期待リターンは、いずれも自国の安全資産のそれに等しくなる。外国の債券や株式に投資する場合も同じである。詳しくは、通信テキスト「証券分析とポートフォリオ・マネジメント」第2次レベル「国際証券投資」を参照。

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30

)()( TErrE FB += (2-19))()( FS TErrE )(EE++= (2-20)

)()()( ,, LFHBNB TErrErE +== (2-21)

)()()()( ,, LLFHSNS EETErrErE ++== (2-22)

FHFNF rrrE == ,, )( (2-23)

 しかし実際には、為替市場において多くの局面で先渡パリティは成立していないこと、ま

た為替ヘッジの有無で外貨建資産のリスク水準が大きく異なることから、外国債券や外国株

式については、為替ヘッジなしと為替ヘッジ付きの両方を投資対象として検討すべきである。

⑶ エクイティ・リスク・プレミアムの推計方法 ここでは株式の期待リターンの推計に当たり、理論的にも実務的にも争点、課題となるエ

クイティ・リスク・プレミアム(以下、ERP)に焦点を当て、その推計方法、推計事例を紹

介する。

 エクイティ・リスク・プレミアム(Equity Risk Premium:ERP)は、マーケット・リスク・

プレミアム(Market Risk Premium:MRP)とも呼ばれるが、投資家が要求する無リスク

資産を上回る追加的リスク負担に対する要求(期待)報酬である。換言すると、ERPは株式

の期待リターンからリスクフリー・レートを差し引いた投資家の超過要求(期待)収益率と

いえる。このERPは、学術的にも多くの学者が様々な学説を唱え、争点が残っているが、実

務的にも企業評価や事業価値評価、投資判断などの分野において非常に重要な鍵を握る推計

値といえる。

 ERPは、様々な推計方法が提唱されているが、主な推計方法として、①ヒストリカルERP

を用いる方法、②需要に基づく方法、③エコノミストや投資家など市場参加者の総意を用い

る方法、④企業収益などファンダメンタル・データを用いる方法などが挙げられる。これら

の推計方法には一長一短あるが、ERPの推計方法として、いずれが適しているのかという問

題に関しては、ERPを推計する目的と、どの程度先まで予測するかといった推計期間、客観性・

中立性の有無などによっても異なるため、株式の期待リターンの推計目的を含め十分に考慮

する必要があると思われる。また、同一の推計方法でも、ERPは計測時点や計測期間、計測

方法(例えば、算術平均か、幾何平均か)によっても推計値が大きく異なることがあり、一

概にどの数値が絶対正しいというわけではなく、ある計測期間や、計測方法における推計値

を鵜呑みにすることは危険である。ERPの推計に当たっては、データの推移を時系列的に見

て、水準の大きさ、安定性、趨勢的な傾向などを大掴みに把握するとともに、株式市場を経

済状況、景気動向を含め歴史的に鳥瞰し、市場の構造的な変化も勘案しつつ、常識的な将来

見通しを行うことが大切である。

 最初に、過去の実績ERPに基づくヒストリカル・アプローチを紹介する。次に、投資家が

株式に要求するプレミアムをアンケート等で推計するコンセンサス・アプローチを、過去に

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31

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

新聞に掲載された日経平均株価の予想記事を用いて紹介する。需要に基づく方法については、

エクイティ・リスク・プレミアム・パズルとして有名だが、ここでは概要の説明にとどめる。

企業収益などファンダメンタル・データを用いる方法としては、2つの方法を紹介する。1

つは、インプライド・アプローチで、DDM(Dividend Discount Model配当割引モデル)を

ベースに、現在の株価等からマーケットに内在されているERPを推計する方法である。もう

1つは、サプライサイド・アプローチで、企業が株主に対して投資収益率をどれだけ供給し

ていたか、もしくは供給できるかという観点に立ち、株式のトータル・リターンを、企業が

株主に供給する純利益に基づくファンダメンタル・リターンと、単なる株価変動のリターン

とに分解するモデルを用いた推計方法である。

 これらの推計方法には一長一短あるので、ERPの推計方法の特徴を整理したうえで、実際

の数値を用いた推計例を紹介するとともに、各推計モデルの問題点についても言及したい。

① ヒストリカル・アプローチ

 ヒストリカル・アプローチは、図表2-16のように、過去、長い期間をかけて実現した株

式市場のトータル・リターンからリスクフリー・レート(安全資産のリターン)を差し引い

た長期間のヒストリカル(実績)ERPを推計に用いる方法である。この推計方法は、将来の

ERPの確率分布が、過去の実績ERPの確率分布と同様となることを前提としており、将来の

ERPの推計値として、過去の実績ERPの確率分布から得られる平均値を用いる。

◇ヒストリカル・エクイティ・リスク・プレミアムの推定方法

 具体的な推計方法は、株式市場指数のトータル・リターンと安全資産のリターンの2つの

系列について、それぞれ算術平均(単純平均)した年率リターンを算出し、次に実績ERPを

計測するために、株式市場指数の平均トータル・リターンから安全資産の平均インカム・リ

100

1,000

10,000

100,000

1951/12 1961/12 1971/12 1981/12 1991/12 2001/12 2011/12

国内株式トータル・リターン 国内債券インカム・リターン

長期間で実現したヒストリカルERP

図表2-16 日本の株式市場と安全資産の累積リターン

(出所) イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

Page 34: アセット・アロケーションAllocation=SAA)、政策的アセット・ミックス、基本資産配分、基本ポートフォリオなどと 様々な名称で呼ばれている。

32

ターンを差し引くことで計測できる。例えば、国内の株式市場指数の平均トータル・リタ

ーンが12.0%で、長期国債の平均インカム・リターンが5.5%だとすると、実績ERPは6.5%

(=12.0%-5.5%)となる。

 ここでリスクフリー・レートとして国債のインカム・リターンを利用している理由は、あ

る時点における国債のインカム・リターンはクーポンと債券価格によって事前に推計でき、

将来確実に得ることのできる「不確実性(リスク)のないリターン」(リスクフリー・レート)

といえるためである。一方、国債のトータル・リターンには、金利変動に伴う価格変動リタ

ーン(キャピタル・リターン)の変動リスクが含まれているため、リスクフリー・レートと

はいえない。ただし、国債については、元利払いは政府によって保証されているものの、債

務不履行リスクの可能性を完全に否定することはできないが、ここではデフォルト・リスク

が存在しないものと仮定している。

 各年の実績ERPは、図表2-17のとおり、株式の価格変動が大きいために、毎年大きく変

動する。こうした変動性の高い過去のデータを用いて、将来の傾向や平均値を推計するには、

相当多くのサンプルデータを収集する必要がある。 

 計測開始年別の実績ERP(2015年12月末時点)は、図表2-18のとおり、計測開始年によ

って推計値が異なるが、計測期間が短期であると毎年大きく変わり不安定であるが、計測開

始年を過去に遡り計測期間が長期になるほど安定することがわかる。

 これは、測定期間が長くなるほど標本数が多くなるので、推計値の信頼性が向上すること

を意味している。したがって、ERPの推計値として、実績ERPを用いる場合は、一般的によ

り長い期間の実績ERPが選好されるが、経済・景気・市場のサイクルが複数回にわたる20年

以上、できれば30年以上の期間の実績ERPが必要であろう。

-60-40-20020406080100120

1952

1954

1956

1958

1960

1962

1964

1966

1968

1970

1972

1974

1976

1978

1980

1982

1984

1986

1988

1990

1992

1994

1996

1998

2000

2002

2004

2006

2008

2010

2012

2014(年)

年次ヒストリカルERP(年率%)

図表2-17 毎年のヒストリカルERP

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

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33

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

◇ヒストリカル・エクイティ・リスク・プレミアムの推計事例

 イボットソン・アソシエイツ・ジャパンでは、国内株式のリスク・プレミアムの推計を支

援するために、国内株式市場指数として東証1部時価総額加重平均指数、リスクフリー・レ

ートとして、10年近傍長期国債のインカム・リターンおよび有担保コール・レート翌日物月

中平均を用いたヒストリカルERPを掲載したレポートを定期的に発行している。

 図表2-19は“Japanese Equity Risk Premia Report 2016(2015年12月末版)”に掲載さ

れている日本の長期(Long-Horizon)のエクイティ・リスク・プレミアムの一部である。

 一例として、1952年から2015年までの64年間を計測期間として、ヒストリカル・アプロ

ーチでERPを推計すると、東証1部時価総額加重平均指数のトータル・リターンが年率

13.7%、10年近傍長期国債のインカム・リターンが年率4.8%であったので、ERPは年率8.9%

(=13.7%-4.8%)となる。

◇ヒストリカル・アプローチの留意点

 ヒストリカル・アプローチは、実際の市場データに基づく客観的な推計方法であるが、問

題点もある。計測時点や計測期間、計測方法(算術平均か幾何平均か、年次データか月次

データか等々)によって計測値が大きく異なる点である。計測期間については、実績ERPは、

図表2-18のとおり、計測期間が長期になるほど標本数が多くなり安定し、推計値の信頼性

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

(単位:% )最長期間1952年~

直近60年1956年~

直近50年1966年~

直近40年1976年~

直近30年1986年~

直近20年1996年~

8.9 7.2 6.0 4.0 2.9 3.0

図表2-19 計測期間別ヒストリカル・エクイティ・リスク・プレミアム

-2.00.02.04.06.08.010.012.014.0

1952

1955

1958

1961

1964

1967

1970

1973

1976

1979

1982

1985

1988

1991

1994

1997

2000

2003

2006

2009

計測開始年

ヒストリカルERP(年率%)

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

図表2-18 日本株式市場の計測開始年別ヒストリカル(実績)ERP

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は向上するわけだが、現在から将来のERPの推計に当たり、戦後の復興期から「三丁目の夕日」

の時代を含む日本が急激な経済成長を遂げた高度成長時代を計測期間に含めるべきか否かに

ついては、議論の分かれるところである。世界の中で日本経済を取り巻く環境に鑑み、日本

企業の事業構造や収益構造などが変化していないか等々、様々な角度から検証することが重

要である。

 他方、ヒストリカル・アプローチを用いる場合は前述のとおり、様々な経済局面を含んだ

超長期のデータ系列が必要だが、東証1部以外の東証2部、東証マザーズ、JASDAQなど

を含んだより広域な指数や、各個別市場の指数については超長期では取得できないので、こ

れらの市場を推計対象とする場合には注意が必要である。

② 需要に基づく方法

 需要に基づく方法はモディリアーニ=ミラーが打ち立てた方法であり、効用曲線に基づき

エクイティ・リスク・プレミアムが推計される。Mehra and Prescott [1985] は、異なる状

況でどれだけリスクを取れるか投資家に質問し、効用曲線のパラメータを推計した。その結

果推計されたエクイティ・リスク・プレミアムは1%から2%でしかなかった。

 これはエクイティ・リスク・プレミアム・パズルと呼ばれている。効用曲線によればエク

イティ・リスク・プレミアムはとても低く、過去に実現したエクイティ・リスク・プレミア

ムは、それよりもかなり高い数値となる現象である。

 多くの学者が、このパズルを理論的に解明しようとしている。中には行動ファイナンスの

ような心理学によって説明しようとしたものがいるが、彼らの結論は、株式市場のリスクは

効用曲線では計測することはできないというものであった。リスクが心理的に与える痛みは

とても大きく効用曲線には反映されないというのが彼らの説である。

 Alexander Michaelidesも効用曲線を活用しているが、人的資本を導入することにより、

このパズルの説明を試みている。景気が悪いときには株式市場が下落するだけでなく、仕

事を失うことがある。この人的資本と株式市場の連動性を効用曲線に取り入れると、Mehra

and Prescott [1985] と比べて危険回避的になるため、エクイティ・リスク・プレミアムは高

くなることを示した。

③ コンセンサス・アプローチ

 コンセンサス・アプローチは株式市場参加者の市場見通しを調査・集計し、投資家の市場

見通しの総意(コンセンサス)からERPを推計する方法である。米国においては、個人投資

家や機関投資家向けに、直接ERPの水準に関するアンケート調査を行った事例もある。国内

においては、継続的にERPの水準をアンケートによって集計した事例は見受けられないが、

新聞やマネー誌などが、年初の特集記事などで著名なエコノミストやストラテジストなどを

対象に、「年末の株価はどうなっているか?」という趣旨のアンケートを行い、集計してい

ることがある。

 以前、日経金融新聞では、年初の特集記事に著名エコノミストやストラテジストなどの株

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35

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

価予想を掲載していたが、山口 [2009] は1989年から2008年まで同紙に掲載された年初の予

想を集計し、図表2-20の結果を得ている。

 予想株価から推計される予想リターンは狭い範囲に分布しており、かつ、予想リターンの

平均値は、ほぼ毎年20%前後の水準にあり、予想は毎年総じて楽観的であった。しかし、残

念ながら予想リターンと実現リターンとの誤差は大きなものとなっている。

 このようなエコノミストやストラテジストの予想値を市場参加者のコンセンサスとみなす

と図表2-21にあるように、1年後の年末株価のコンセンサス予想Pt は、数週間前の前年

図表2-20 年初における年末株価予想コンセンサスと実績

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

前年12月末の日経平均株価

当年12月の日経平均株価コンセンサス予想

図表2-21 日経平均株価コンセンサス予想と前年末の日経平均株価の関係

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

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末の株価水準Pt-1 から概ね説明できることがわかる。この回帰式の傾きは1.123で、定数項

が1,878.54円であることから、年末株価Ptは前年末株価Pt-1 より12.3%上昇した上、さらに

1,878.54円上昇すると予想していたことになる。

◇コンセンサス・アプローチによるERP推計事例

 この図表2-21の過去のアンケートによるコンセンサス予想から導かれた回帰式に基づき

2009年末時点におけるエクイティ・リスク・プレミアムを求めてみよう。この回帰式のPt-1

に2009年末の日経平均株価10,546.44円を当てはめると、Ptは2010年末の日経平均株価の予想

値13,722.19円となり、2010年1年間の予想リターンは30.1%となる。ここから、リスクフリー・

レートとして2009年末の長期国債の利回り1.26%を差し引くと、ERPは28.85%と推計される。

◇コンセンサス・アプローチの留意点

 コンセンサス・アプローチでの留意点の1つは、アンケート回答者の所属や特性である。

機関投資家は概して保守的で、例えば「3~5%アウトパフォーム」という傾向があるとい

う。一方、個人投資家に意見を聞くと悲観的に「日本株は当面ダメだ」とか、楽観的に「株

式は債券を年率30%アウトパフォームするはずだ」などと極端な回答が返ってくることがあ

るという。一方、図表2-20で紹介したエコノミストやストラテジストは、金融機関の調査

部門などに所属しているために、心の底では悲観的な予想をしていたとしても、楽観的な予

想を毎年発表せざるを得ない事情があるかもしれない。また予想の範囲が狭いことについて

は、「美人コンテスト」のように、他の同業者が答えそうな平均的で無難な水準をあえて回

答している可能性もある。このように、コンセンサス・アプローチはアンケートの回答者に

よって意見が楽観的になったり、悲観的になったり、あるいは幅広く分布する場合もあるこ

とに注意を要する。

 また、アンケート方法で回答結果にバイアスがかかる場合があることにも注意が必要であ

る。米国では個人投資家向けのアンケートで、ヒストリカル・アプローチで計測した数値を

回答者に事前に見せたうえで、「あなたはどう思いますか」という質問を行った事例がある

という。基準となる数値を見せてしまうと、回答はその基準となる数値に引っ張られる可能

性が出てくるので、アンケート回答前に事前に情報を提供したか否かで結果は変わってくる

ことが想定される。このようにコンセンサス・アプローチは、市場参加者がどのように相場

環境を考えているか垣間見ることができ面白いものではあるが、アンケート回答者の所属、

投資に関する知識、対象者の数、聞き方、事前情報提供の有無が、アンケート結果に大きく

影響することに留意する必要がある。

④ インプライド・アプローチ

 インプライド・アプローチは、現在の株価に将来の業績や利益成長が織り込まれているこ

とを前提に、株価評価モデルを用いてERPを推計する方法である。

 ここでは一例として、現在の株価は将来の配当または企業のキャッシュ・フローの割引現

在価値として価格形成されているとするインカムアプローチ法に基づく株価評価モデルを用

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37

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

いて、インプライドERPの推計手法を紹介する。一般に、資産価格はその資産が生み出す将

来のキャッシュ・フローの割引現在価値である。分子を満期 T までの将来にわたる t 期のキ

ャッシュ・フロー CFtとし、分母の割引率がリスクフリー・レートrfと、リスク・プレミア

ムλ の和とすると、現時点の価格 P は次の式で表わされる。

∑= ++

=T

tt

f

t

rCFP

1 )1( λ (2-24)

 インカムアプローチ法の中でも、将来の期待配当を割り引くモデルにDDM(Dividend

Discount Model、配当割引モデル)がある。DDMにおいては、現在の株主価値は将来の期

待配当の現在価値とされる。特に、将来の配当が一定の内部成長率 g で永続して成長するこ

とを前提にすると、次の(2-25)式で示される定率成長モデルを得る。

grDP

f −+=

λ1 (2-25)

 この推計モデルにおいて必要なパラメータは、現在の株価 P 、予想今期配当D1、安全資

産収益率rf、内部成長率 g である。内部成長率 g は、当期純利益から配当を支払った残りを

内部留保することによる株主資本の成長率なので、配当性向をδとすると、 g =(1-δ)

×予想ROEとなることから、次式を得る。

( ) ROErDP

f ×−−+=

δλ 11 (2-26)

◇インプライド・アプローチによるERPの推計事例

 2009年末時点の東証1部のインプライド・アプローチを用いたERPを推計する。TOPIX

の値907.59、予想配当利回り1.76%、調整予想PER 19.04倍、PBR 1.2倍、リスクフリー・レ

ートとして長期国債金利1.26%に基づき、2009年末時点で株価がどの程度のλ(ERP)を織

り込んでいるのかを計測する。なお、配当性向は、調整予想PERの逆数である予想益回り

5.25%と、予想配当利回り1.76%から、0.34(=1.76%/5.25%)とする。また、予想ROEは

予想益回り×PBRであることから、6.3%(=5.25%×1.2)とする。

 それぞれのパラメータを(2-26)式に代入すると、

   907.59=(907.59×1.76%)/(1.26%+λ-(1-0.34)×6.3%) (2-27)

 となり、次の(2-28)式よりλ(ERP)は4.7%と推計される。

   λ=(907.59×1.76%)/907.59-(1.26%-(1-0.34)×6.3%)

     =4.7%                              (2-28)

 ところで、(2-25)式をλについて解くと、(2-29)式が導かれる。

frgPD −+=λ (2-29)

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 (2-29)式から、λ(ERP)は、配当利回り(D/P)に、内部成長率(g)を加えた企業が

株主に提供するファンダメンタルズに基づくリターンからリスクフリー・レートを差し引い

たものであることがわかる。換言すると、DDMでは、ERPの水準は、配当利回りとROEに

基づく内部成長率(g)の水準で概ね決まることがわかる。

◇インプライド・アプローチの留意点

 インプライド・アプローチは、株価評価モデルの選択と、各モデルのパラメータの推計が

非常に重要であるが、(i)推計に際し株価、ROE、予想EPS、キャッシュ・フローなど企業

収益に関わる変動性の高いパラメータを用いるため、推計のたびに推計値が大きく変化する

可能性があること、(ii)株価評価モデルによっては、数年先の企業収益の予想が必要になる

が、その際、推計者のバイアスが入る可能性があること、(iii)株式市場が将来のいつ時点

までの期間の企業収益を織り込んでいるかということについては、推計に用いる株価評価モ

デルに依存すること、(iv)企業の利益成長や予想配当などファンダメンタルが株価に織り

込まれているという前提があること、などには注意が必要である。

⑤ サプライサイド・アプローチ

 サプライサイド・アプローチは、株式市場のリターンは実体経済の企業収益や実質経済成

長に即したものであるという考えである。サプライサイドの要素は、インフレ率、企業収益、

P/Eレシオ(PER)、配当、配当性向、そして1人当りGDPなどである。株式市場はこれら

の構成要素からなる実体経済からリターンの供給を受けているといえる。

 図表2-22は、株式のキャピタル・ゲイン、1人当たりGDP、企業収益、配当の1925年

末からの推移を示している。それぞれの短期的な動きは異なるものの、長期で見るとそのト

レンドは比較的似ていることがわかる。これらが実態経済の動きと関係が深いためである。

 サプライサイド・アプローチで期待エクイティ・リスク・プレミアム(ERP)を推計する

87494629

1925 1930 1935 1940 1945 1950 1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000

1000.0

100.0

10.0

1.0

0.1

0.0

キャピタル・ゲイン1人当たりGDP利益配当

(出所)Ibbotson Associates, Inc.

図表2-22 株式、1人当たりGDP、利益および配当の成長

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39

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

場合、まずPERの成長率、実質ベースの企業収益の成長率、配当、インフレの期待値をそれ

ぞれ推計し、各推計値を足し上げてトータル・リターンを推計する。そして、インフレと実

質ベースのリスクフリー・レートを差し引いくと、残りがエクイティ・リスク・プレミアム

ということになる。

 日本の株式市場に関するサプライサイド・アプローチについては、山口 [2007] 、山口・金崎・

真壁・小松原 [2003] らが、Estep [1987] のTモデルを用いてERPの推計を行っている。

 ここでは、Tモデルに基づき、企業が株主に対して投資収益率をどれだけ供給していたか、

もしくは供給できるかという観点に立ち、企業が株主に供給する企業業績に基づくファンダ

メンタル・リターンからERPを推計する方法を紹介する。

 企業が事業を行うことで稼ぎ出した純利益が株主に供給されている部分をファンダメンタ

ル・リターンと呼ぶことにすると、ファンダメンタル・リターンは株主に配当として支払わ

れるインカム・リターンの利回りと、内部留保されて株主資本に組み入れられる株主資本の

成長率の2つの要素からなる。

 株主である投資家が得られるトータル・リターンは、ファンダメンタル・リターンとは一

致しない。なぜならば、株式市場では企業の実力を示すファンダメンタル・リターンを即座

に反映することはなく、その企業の実力以上に株価が上昇したり、実力以下に株価が下落し

たりすることがあるからである。

 投資家が手にするキャピタル・リターンの中身は、株主資本の成長率を反映した実力ベー

スのファンダメンタル・リターンと、市場参加者の評価の変化を反映した評価変動リターン

の合計で成り立っているといえる。

 このTモデルでは、株式のトータル・リターンTRを、(i)株主資本の成長率、(ii)配当利回り、

(iii)投資家の評価が変動することで発生する評価変動リターンに分解することができる。

( )tt

t

t

tttt g

PBPB

PBgROE

gTR +∆

++=−−

111

- (2-30)

  ただし

  gt   : t期の株主資本の内部成長率(新株発行を含まない)

  ROEt : t期の株主資本利益率

  PBt  : t期の株価純資産倍率

  ΔPBt : t期中のPBの変化

 図表2-23は、東証1部時価総額加重平均指数(配当込み)のトータル・リターンと、T

モデルから計測したファンダメンタル・リターンと評価変動リターンの累積指数である。東

証1部時価総額加重平均指数(配当込み)つまり株式市場のトータル・リターンは、ファン

ダメンタル・リターンを長期的なベースラインとしているが、評価変動リターンの影響でベ

ースラインから外れることがわかる。評価変動リターンは、累積指数がほぼ横ばいであるこ

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とから、長期的な平均値はゼロであるといえる。つまり、長期的な株式リターンの源泉は企

業のファンダメンタルにあり、それが市場にさらされることで株式の価格変動リスクが生じ

ていることになる。

◇サプライサイド・アプローチによるERPの推計事例

 図表2-24はTモデルを用いて推計した過去実現したファンダメンタルERPをまとめたも

のである。長期的な株式のリターンの源泉はファンダメンタル・リターン(図表2-24の①

と②の合計)であるので、ここからリスクフリー・レートを差し引くことでERPを推計して

いる。なお、前述のとおり、評価変動リターンは長期的にはゼロであることが想定されるた

め、ERPの計測には含めていない。

株式リターンの要因分解(単位:年率%)前半22年

1962 ~ 83年後半25年

1984 ~ 2008年全期間

1962 ~ 2008年 標準偏差①株主資本の成長 9.9 3.0 6.4 4.7②配当インカム 3.7 0.9 2.3 3.5ファンダメンタル・リターン(①+②) 13.6 3.9 8.8 7.0③評価変動リターン 2.6 -0.3 1.2 25.9トータル・リターン(①+②+③) 16.2 3.6 9.9 26.5長期国債インカム・リターン 7.0 3.2 5.1 2.4エクイティ・リスク・プレミアム 6.6 0.8 3.7 6.0

図表2-24 Tモデルによる推計期間別エクイティ・リスク・プレミアム

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

日本の株式累積リターン指数 1962-2009 (1961/12=100)

10

100

1,000

10,000

1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010

ファンダメンタル・リターン

市場リターン(配当込みTOPIX)

評価変動リターン

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

図表2-23 ファンダメンタル・リターンと評価変動

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41

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

◇サプライサイド・アプローチの留意点

 Tモデルは過去の株式のトータル・リターンを要素分解するには有益な手法であるといえ

るが、財務会計データを用いることからデータ頻度が少ないことと、期中の増資があった場

合に市場収益率と乖離する可能性がある点には注意が必要である。

 この方法による推計値は、過去において実現したエクイティ・リスク・プレミアムよりも

低い数値となる傾向がある。しかし、これは配当が低いからではなく、過去に実現した高い

PEレシオの成長率が将来も続くとは期待できないからである。過去80年間でPEレシオが10

倍から20倍になったからといって、80年ごとに2倍になるわけではない。それは実現したリ

ターンの一部ではあるが、今後において予想されるリターンの一部ではないのである。

⑥ ERP推計方法のまとめ

 最後に、ERP推計のための各アプローチについて、株価変動とERP推計値の関係について

まとめると、ヒストリカル・アプローチは、株価が上昇した場合、ERPは上昇する傾向があり、

株価が下落した場合は低下する傾向がある。コンセンサス・アプローチは、ここで紹介した

エコノミストとストラテジストの株価予想に基づくアプローチは毎年楽観的であったが、ア

ンケート対象者に個人投資家も含めて考えると、株価が上昇している局面では投資家は楽観

的になり(夢が膨らみ)、結果としてERP(将来の期待値)が上昇し、下落している局面で

は投資家は悲観的になり(気持ちが落ち込み)、結果としてERPは低下するのではないかと

推察される。また、インプライド・アプローチは、株価とERPは逆の動きをするものと考え

られる。株価は、配当やキャッシュ・フローなどを、ERPを含む株主資本コストで割り引い

て評価されているため、ERPが上昇すれば株価は低下する。逆にいうと、株価が低下すると

いうことは、投資家がリスクを取る代償として要求する収益率(リスク・プレミアム)が高

まったことが反映されている結果とみなす。Tモデルにおいては、株主資本の成長率と、配

当利回りの合計であるファンダメンタル・リターンがERPの源泉であり、配当利回り(D/P)

が要素に含まれているため、株価が上昇すればERPは低下する。しかし、株価の評価変動リ

ターンは推計から除かれているため、株価の上昇・下落の影響は他のモデルに比べて少ない

ものと思われる。

 これらERPの推計方法には一長一短あるが、今後どの程度先まで予測するかといった推計

期間、客観性・中立性の有無なども十分に考慮する必要があると思われる。長期的な観点で

PAAを策定する目的では、長期的なERPを推計するヒストリカル・アプローチやTモデルな

どが相応しいと考えられる。インプライド・アプローチは、現在の株価水準の割高・割安を

評価するのに有用かもしれない。コンセンサス・アプローチについては、興味深いアプロー

チではあるが、アンケートの対象者、対象者の数、設問の内容などで結果が変わる可能性が

あり、実務的には使いにくいといえよう。

 あらためて、ERPの推計値は、株式の期待リターンのベースとなり、株式の配分比率を決

める重要な要素となるため、繰り返しになるが、市場の構造的な変化も勘案しつつ、常識的

Page 44: アセット・アロケーションAllocation=SAA)、政策的アセット・ミックス、基本資産配分、基本ポートフォリオなどと 様々な名称で呼ばれている。

42

な将来見通しを行うことが大切である。

⑷ リスクと相関係数の推定 リスク(標準偏差)と相関係数は、図表2-13、図表2-14で示したとおり、リターンと

比べると比較的安定している。このため、一般には、過去の長期間の収益率データから計算

した標準偏差と相関係数を、そのまま今後の推定値とすることが多い。

 しかし、図表2-14のとおり、相関係数は最近かなり変化しており、標準偏差も変動して

いないわけではない。もしこれが何らかの構造的な変化を示しているなら、今後の推定値も

直近の状況を反映するようにしたほうがよい。それにはいろいろな方法が考案されているが、

直近のデータに重みを付ける方法がある。直近のデータのウェイトを高く、古いデータのウ

ェイトを低くして、標準偏差や相関係数を計算すれば、最近の状況をより反映した推計値が

得られる。ただし、直近の状況を反映するようにすることは、片寄ったサンプルからの推計

になる懸念があることに留意する必要がある。

 PAAは中長期の資産配分を決めるものであるから、いろいろな可能性を排除するのは望

ましくないので、長期間のデータから計測した標準偏差や相関係数を使うのがよいというこ

とになる。

⑸ リスク許容度の推定 投資家のリスク許容度の推定は、図表1-5のアセット・アロケーションの策定プロセス

ではI1~ I3に該当する。

 投資家が最適なアセット・アロケーションを選択するには、投資家のリスク・リターン特

性に対する選好を見極め、投資家のリスク許容度を推計しなければならないが、これは非常

に難しい。投資家に「リスク許容度はいくらですか」と聞いても、答えられる人は少ないだ

ろう。

 このため、個人投資家のリスク許容度を把握するために、複数の質問項目により、投資家

ごとに投資期間、投資目的、リスク回避度などを把握し、それぞれの回答にスコアを与える

ことにより、リスク許容度を数値化して、リスク水準の異なるPAAへのマッチングを図る

ことが一般的である。

 個人投資家は、それぞれリスク許容度が異なる。リスク許容度の1つの大きな要素は、投

資期間(Time Horizon)である。例えば、投資期間が比較的短い投資家にとっては、その

間に発生しうる損失に耐えることがより難しい。投資期間は、投資を継続していく期間と資

金を取り崩して支出する期間から構成される。

 リスク許容度のもう1つの要素は、個人のリスク回避度(risk aversion)である。例えば、

価格変動リスクは誰にとっても悩みのタネだが、リスク性資産のリスク・リターンのトレー

ドオフの関係については充分に認識する必要がある。リターンを犠牲にしてでもリスクを限

りなく抑えたいと思う人々がいる一方、リスクを取ってでも高いリターンを追求したいとい

う人々もいる。個人投資家は各家計の収入・支出や資産・負債の状況、投資経験、投資知識

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43

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

が異なることから、主観的なリスク許容度も様々であり、リスク許容度の把握を慎重に行う

必要がある。

 一方、年金基金などの機関投資家やポートフォリオ理論を充分に理解している投資家は、

効率的フロンティア上もしくはその近傍に位置する複数のリスク水準の異なるPAA(モデ

ル・ポートフォリオ)の中から、そのモデル・ポートフォリオの期待リターン、推計リスク、

ならびにそれらに基づき推計した、投資家の目標リターン達成確率や元本割れ確率、CVaR

などを比較検討することによって、投資家自ら最適なPAAを選択することが一般的である。

 投資理論の教科書などには、効用関数を特定し、投資家のリスク許容度τと期待リターン

μ、共分散行列Σなどから理論的に投資対象の配分比率が求められることが記載されている

が、現実的にこの理論が適用されているケースは希少であろう。

4 効率的フロンティアの導出と最適化の問題

 PAAの策定にあたり、投資対象は図表2-10に記載した国内株式、国内債券、外国株式(為

替ヘッジなし)、外国債券(為替ヘッジなし)、短期金融資産の5つの資産クラスとし、前述

の推計方法などを用いて期待リターン、推計リスクおよび相関係数が図表2-25のように推

計されたと仮定する。このプロセスは、投資プロセス全体を示した図表1-5のC1からC

3の部分に該当する。

⑴ 効率的フロンティアの導出 図表2-26は、5つの主要な資産クラス(国内株式、国内債券、外国株式(為替ヘッジなし)、

外国債券(為替ヘッジなし)、短期金融資産)の期待リターン、推計リスク(標準偏差)と、

これら5つの資産クラスを様々に組み合わせたときのポートフォリオの期待リターン、推計

リスク(標準偏差)を点で示している。

相関係数国内株式 国内債券 外国株式 外国債券 短期金融資産

国内株式 1.0 0.0 0.4 0.1 0.0国内債券 0.0 1.0 -0.1  -0.1  0.2外国株式 0.4 -0.1  1.0 0.6 0.0外国債券 0.1 -0.1  0.6 1.0 0.0短期金融資産 0.0 0.2 0.0 0.0 1.0

� (単位:年率%)期待リターン 推計リスク

国内株式 7.0 21国内債券 -0.1  4外国株式 8.0 20外国債券 1.0 10短期金融資産 0.0 1

図表2-25 期待リターン、推計リスク(標準偏差)、相関係数

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44

 リスク回避的な投資家であれば、同じ期待リターンに対しては、より低いリスクが望まし

いので、②より③を選択することになる。一方、同じリスクに対しては、より高い期待リタ

ーンが望ましいので、②より①を選択することになる。

 したがって、様々なポートフォリオ群(投資機会集合)の中で、最も望ましいポートフォ

リオは、分布している点の中でも左上端に位置している点の集合となる。なぜなら、それら

の点はいずれも同一のリスク水準を持つ点の中では最も期待リターンが高い、あるいは同一

の期待リターン水準を持つ点の中では最もリスクが低いからである。これら左上端の点を結

んだ曲線が効率的フロンティアである。効率的フロンティア上のすべての点は、所与のリス

ク水準において他のどのポートフォリオよりも期待リターンが高い(または所与のリターン

水準において他のどのポートフォリオよりもリスクが小さい)ことがわかる。この状態を、

「平均・分散効率的(mean-variance efficient)である」という。

 個別の投資対象資産の期待リターン、推計リスク(標準偏差)、相関係数から、効率的フ

ロンティアを求めるプロセスは、図表1-5のアセット・アロケーションの策定プロセスで

はM1に該当する。

 この効率的フロンティアは、一般的にオプティマイザー(Optimizer)と呼ばれる最適化

計算を行うプログラムが搭載されている投資分析ソフトウェアやアプリケーションで求めら

れるが、表計算スプレッドシートや統計ソフトウェアを用いてプログラミングすることによ

って求めることもできる。

 このオプティマイザーは一般的に、インプット値として組入対象資産の期待リターン、推

計リスク、相関係数を入力すると、平均分散最適化法(Mean-Variance Optimization)によ

って、アウトプット値として効率的フロンティア上の複数のポートフォリオの期待リターン、

推計リスク(標準偏差)および、その組入対象資産の構成比率が出力される。

短期金融資産

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

図表2-26 様々なポートフォリオのリスク・リターンと効率的フロンティア

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45

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

 ところで、効率的フロンティア上には無数の組合せ(ポートフォリオ)があるが、そのど

れもが平均・分散の観点で効率的なため、効率的フロンティア上のポートフォリオの期待リ

ターンやリスクを推計しただけでは、投資家に最適なアセット・ミックス(資産配分)は決

まらない。投資家にとってどれが最適なアセット・ミックスであるかは、効率的フロンティ

ア上のポートフォリオ群の中で、その投資家のリスク許容度や運用目標を満たすポートフォ

リオが最適アセット・ミックスとなる。例えば、投資期間が長く、損失が生じても動じない

ようなリスク許容度が高い投資家は、効率的フロンティア上でリスクは高くても期待リター

ンが高いポートフォリオが適している。これに対して、投資期間が短く、なるべく損失を避

けたい投資家は、期待リターンが低くてもリスク水準の低いポートフォリオが望ましい。

⑵ 最適化の問題 一般的な平均分散最適化法によって求められたポートフォリオの構成比率は、期待リター

ンやリスク(標準偏差)の微小な変化よってかなりセンシティブに変動してしまう。

 図表2-27は、A、B、Cの3つの資産クラスで最適化を行ったケースである。資産Aと資

産Bはリスク・リターン特性が概ね同様だが、毎年のように期待リターンが入れ替わるとし

よう。左側はある年、資産Aの方が資産Bより期待リターンがわずかに高かった場合だが、

効率的フロンティア上のポートフォリオに組入れられる資産クラスはAとCに限定される。

その翌年、資産Aと資産Bの期待リターンが逆転したとすると、右側のように効率的フロン

ティア上のポートフォリオに組入れられる資産クラスはBとCに限定される。仮にこの結果

に従うなら、前年に組入れた資産Aを売却して、資産Bに入れ替えることになるが、その年

に資産Bの実績リターンが資産Aより高くなるとは限らない。またその翌年、再度AとBの2

100%

50%

0%

100%

50%

0%

資産A資産B

資産A 資産B

資産A資産B

資産C

資産C 資産C

資産C高

   期待リターン

   低低  リスク(標準偏差) 高

← リスク →高

仮に資産Aと資産Bの期待リターンが逆転したとすると…

効率的フロンティア上の資産構成比率

低 ← リスク →高

低  リスク(標準偏差) 高

   期待リターン

   低

図表2-27 一般的な平均分散最適化法による効率的フロンティアの組入比率

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

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資産の期待リターンが入れ替わる可能性もあり、売買コストを考慮しただけでも合理的なポ

ートフォリオ構築プロセスとは言い難い。

 また投資対象の期待リターン、リスク(標準偏差)の想定によっては、非現実的な極端な

資産配分比率になることがある。例えば、分散投資のために、投資対象として10程度の資産

クラスを想定したにもかかわらず、効率的フロンティア上のポートフォリオに組入れられる

資産クラスが3つになってしまうようなケースである。3つの資産クラスで本当に分散投資

をしていることになるのか疑問を抱くであろう。

 このような極端な資産配分になることを回避するため、実務においては、資産配分に関し

て制約条件を設定して、最適化することがある。例えば、1つの資産クラスの組入比率に上

限や下限を設定するとか、いくつかの資産クラスの合計比率に上下限比率を設定することも

ある。また、ある資産の組入比率を別のある資産の組入比率の1/2以下にするなどの相対

的な制約を設定することもある。しかし、制約条件を付け過ぎると、最適化とは名ばかりで、

資産配分比率は制約条件によってほとんど決まってしまう。制約条件によって、アセット・

アロケーションを恣意的に決めることになってしまうのである。

 期待リターンや推計リスク(標準偏差)などインプット値の推定誤差による最適解の不安

定性を回避する方法の1つにリサンプリング法という最適化手法がある。リサンプリング法

は、図表2-28のように、複数の期待リターンと推計リスク(標準偏差)を用いて、複数の

効率的フロンティアを求め、各々の効率フロンティア上のポートフォリオの構成比率を平均

化することで、より安定的なポートフォリオを構築する手法である。

 図表2-29は、前述のA、B、Cの3つの資産クラスでリサンプリング法を用いて最適化

を行った各資産クラスの組入比率である。図表2-27の場合と異なり、資産Aと資産Bのど

ちらの期待リターンが高い場合でも、A、B、Cの3つの資産クラスが組み入れられたポー

トフォリオとなる。また、資産Aと資産Bの期待リターンが逆転しても、組入比率の変化が

期待リターン

リスク(標準偏差)

図表2-28 リサンプリング法によるポートフォリオ構築方法

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

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第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

大きく変動することがないことが、一般的な平均分散最適化法との違いである。

 図表2-30は、左側が平均分散最適化法、右側がリサンプリング法を用いて最適化を行っ

た効率フロンティア上のポートフォリオの構成比率である。いずれもリスク水準が低いポー

トフォリオでは短期金融資産の比率が高く、リスク水準が高まるほど、内外の株式の構成比

率が高まるが、リサンプリング法の方が、組入対象資産が増えること、構成比率が滑らかに

変化していることがわかる。

 以上の分析結果から、リサンプリング法を用いることで、より分散されたポートフォリオ

を構築することが可能となり、また、期待リターン、推計リスク(標準偏差)などインプッ

ト値の推計誤差の影響を抑制することができるので、前述の平均分散最適化法の問題が解消

されることがわかる。

100%

50%

0%

100%

50%

0%

資産A

資産B 資産B

資産A

資産C 資産C

← リスク → 高 低 ← リスク → 高

仮に資産Aと資産Bの期待リターンが

逆転したとすると…

図表2-29 リサンプリング法による効率的フロンティアの組入比率

国内株式外国株式外国債券(ヘッジあり)

← リスク → 高

Position Position

Weights

100%

50%

0 50 1000%

100%

50%

0 50 100

国内債券外国債券(ヘッジなし)短期金融資産

低 ← リスク → 高

国内株式外国株式外国債券(ヘッジあり)

国内債券外国債券(ヘッジなし)短期金融資産

平均分散最適化法 リサンプリング法

0%

図表2-30 平均分散最適化法とリサンプリング法の構成比率の違い

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

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5 アクティブ運用とポータブル・アルファ

⑴ アクティブ運用とアセット・アロケーション PAAの策定では一般的に、各資産クラスの期待リターン、推計リスク(標準偏差)、相関

係数は各市場を代表するベンチマークに基づき推計されているので、政策アセット・ミック

スにおける各資産クラスの運用は当該ベンチマークのパッシブ運用が前提となっている。し

かし現実には、すべての資産クラスでパッシブ運用を行っているとは限らず、アクティブな

運用も行われている。

 以下では、この点を検討するため、アクティブ運用を含んだアセット・アロケーションの

定式化を示す。なお、複雑になるのを避けるため、資産は株式、債券、安全資産(短期金融

資産)の3つとし、株式と債券はそれぞれパッシブ・マネジャーとアクティブ・マネジャー

各1人ずつで運用されるものとし、各マネジャーのリスク・リターンは次のように定義する。

マネジャー リターン 期待リターン 分散 配分比株式パッシブ r~S μS σ2

S x SP

株式アクティブ r~S +a~S μS +αS σ2S +ω2

S x SA

債券パッシブ r~B μB σ2B x BP

債券アクティブ r~B +a~B μB +αB σ2B +ω2

B x BA

安全資産 r F x F

 ここで、パッシブ・マネジャーは各資産クラスのベンチマークと同一のリスク・リター

ンとなるが、アクティブ・マネジャーはベンチマークのリターンにアクティブ・リターン

αi ( i = S , B )を上乗せする。このアクティブ・リターンはベンチマークのリターンと独立と

仮定し、期待値はαi 、標準偏差はωi とする。このとき、各マネジャーの期待リターンとリ

スク(分散)は上のように表される。また、それぞれのマネジャーへの配分を上に示したよ

うにすると、資産全体の期待リターンとリスクは次のようになる。

( )

FFBBABBABPSSASSASP

FFBBBABBPSSSASSP

rxxxxxxx

rxarxrxarxrxE

++++++=

++++++=μ

σ

ただし、

σ σ σ ω ω

μ α αμ)()(

)~~(~)~~(~

( )

22222222

2

))((2)()(

)~~(~)~~(~

BBASSASBBABPSASPBBABPSSASP

FFBBBABBPSSSASSP

xxxxxxxxxx

rxarxrxarxrxVar

++++++++=

++++++=

1=++++ FBABPSASP xxxxx

(2-31)

(2-32)

 このとき、各マネジャーへの最適な配分は、次の効用関数を最大にするように決定される。

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第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

στ

τ{ }22222222

2

))((2)()(21

)1()()(

21

BBASSASBBABPSASPBBABPSSASP

FBABPSASPBBABBABPSSASSASP

xxxxxxxxxx

rxxxxxxxxxx

U

++++++++−

−−−−++++++=

−=μ

μ

σ σ σ ω ω

α μ α

(2-33)

 それは、効用関数を各マネジャーへの配分比で微分したものをゼロとおいた下の連立方程

式を解くことによって求められる。

{ } 0)()(1

)( 2 =+++−−=∂∂

SBBABPSSASPFSSP

xxxxrx

U μ σ στ (2-34a)

{ } 0)()(1

)( 22 =++++−+−=∂∂

SSASBBABPSSASPSFSSA

xxxxxrx

U μ τα σ σ ω (2-34b)

{ } 0)()(1

)( 2 =+++−−=∂∂

SBSASPBBABPFBBP

xxxxrx

U μ τ σ σ (2-34c)

{ } 0)()(1

)( 22 =++++−+−=∂∂

BBASBSASPBBABPBFBBA

xxxxxrx

U μ α σ σ ωτ (2-34d)

 この解は一見、難解のようだが、(2-34b)式から(2-34a)式を差し引くと、

01 2 =− SSAS xα ωτ (2-35)

と、簡単な形になり、これより、株式アクティブ・マネジャーへの配分は次のようになる。

2S

SSAx ω

τα= (2-36a)

 同様に(2-34d)式から(2-34c)式を差し引くと、債券アクティブ・マネジャーへの配分

は次のように決まる。

2B

BBAx ω

τα= (2-36b)

 また、各資産への配分はそれぞれパッシブ・マネジャーとアクティブ・マネジャーへの配

分の合計で表されるから、株式への配分はx s = x SP + x SA、債券への配分はx B = x BP + x BAとな

るが、それは、(2-34a)式と(2-34c)式より、

{ })()(2FBSBFSBSASPS rr

Ax τ μ μxx −−−=+= σ σ (2-37a)

{ })()(2FSSBFBSBABPB rr

Ax τ σ

ただし、

σμ μxx −−−=+=

A σ σ σS B SB= −2 2 2

(2-37b)

となる。ところで、この両式の右辺は、第1章3の(1-8a)式と(1-8b)式と同じである。

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これは、アクティブ運用を考慮に入れたとしても、各資産への配分には変更がないというこ

とにほかならず、各市場インデックスを使用して策定されたアセット・アロケーションは運

用がパッシブかアクティブかに関わらず有効であることを意味する。

⑵ マーケット・リスクとアクティブ・リスク それではなぜ、アクティブ運用を導入しても、アセット・アロケーションには変更がない

のであろうか。それは実は、アセット・アロケーションとはそれぞれの資産クラスが提供す

るリターンに応じて取るべきマーケット・リスクを決めるものにほかならないからである。

 これまでの定式化から明らかなように、各資産クラスへの配分はリスクとの対比でどの程

度のリターンが得られるかによって決定される(注7)。すなわち、アセット・アロケーション

は各資産クラスがマーケット・リスクとの対比でどれくらいのリターンをもたらすかによっ

て決められる。この原則は、アクティブ運用にも適用され、それがリスクとの対比でどれく

らいのリターンをもたらすかによって、配分比が決定される。ところが、ここで、アクティ

ブ・リターンがマーケット・リターンと独立だとすれば(注8)、アクティブ・リスクをどれだけ

取るかは、マーケット・リスクとは別に決定することができる。逆に言うと、マーケット・

リスクをどれだけ取るかも、アクティブ・リスクとは関係なく決定することができる。つま

り、アセット・アロケーションはアクティブ運用とは関係なく、決められるのである。

 ただし、アクティブ運用に資金を配分すれば、その分だけマーケット・リスクも取ること

になる。例えば、株式のアクティブ運用では、資金を株式に投下するので、リターンは株式

市場の動向に左右されることになる。つまり、アセット・アロケーションで配分した株式の

マーケット・リスクの一部がアクティブ運用によって消化されるのである。決められたマー

ケット・リスクを達成するには、残った部分をパッシブ運用で埋めなければならない。前に

示した(2-36a, b)式と(2-37a, b)式はまさにこの関係を表している。(2-37a, b)式はパッ

シブ運用とアクティブ運用の合計でどれだけ各資産クラスへ配分するか、すなわちどれだけ

マーケット・リスクを取るかを表す。これに対して、(2-36a, b)式はアクティブ・リスク(ω)

とアクティブ・リターン(α)だけからアクティブ運用への配分を決める。その結果、パッ

シブ運用への配分はアセット・アロケーションでの配分からアクティブ運用への配分を除い

た部分(x SP = x S − x SA、x B P = x B − x BA)として決定されるのである。

 ところで、このようにマネジャーへの配分を決めるとして、もしアクティブ運用への配分

がアセット・アロケーションを上回ってしまったら(例えばx SA > x S)、パッシブ運用への配

分はどのようにしたらよいであろうか。数式によるとパッシブ運用にはマイナスの配分(=

(注7)リスクはそれ自身のみならず他の資産との相関にも依存することに注意すること。(注8)アクティブ・リターンが銘柄選択によるような場合は、それとマーケット・リターンは独立と見て差

し支えないであろう。これに対して、アクティブ・リターン(マーケット・リターンとの差)がベータを1より大きく(小さく)したために生じているような場合は、マーケット・リターンと正(負)の相関になる。このような場合は、マーケット・リターンとの相関がないように補正するとともに、アクティブ運用に伴うマーケット・リスクも補正してやる必要がある。この点については、浅野・藤林・矢野[2003]を参照。

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51

第2章 ポリシー・アセット・アロケーション

空売り)ということになるが、もちろん、そんなことは現実的でない。しかし、この式を現

実的に解釈すると、それは、アクティブ運用によってマーケット・リスクを取りすぎてしま

ったので、マーケット・リスクを減らす必要があることを意味する。ということは、アクテ

ィブ運用がアセット・アロケーションを超過した分(x SA − x S >0)だけ、デリバティブ等を

利用してマーケット・リスクを減らせばよい。例えば、市場を代表する先物(株式なら株価

指数先物)を売却すればよい。

 このように考えると、アクティブ運用は、実は、資産クラスとは独立な運用として捉える

ことができる。例えば、株式のアクティブ運用に資金を配分するとともに、その配分に応じ

た額(マーケット・リスク相当分)だけ株価指数先物を売却するとしよう。株価指数先物の

リターンは r~S − r Fであるから、この運用のリターンは、

SFFSSS rrra ar ~)~()~~( +=−−+

(2-38)

となる。つまり、安全資産にアクティブ・リターンを付け加えたものに等しい。ここでさらに、

これに債券先物の購入を、先ほどの株式売却分だけ付け加えるとしよう。債券先物のリター

ンは r~B − r Fであるから、この運用のリターンは、

SBFBFSSS rrrrra ar ~~)~()~()~~( +=−+−−+ (2-39)

となるが、これは、債券のマーケット・リターンに株式のアクティブ・リターンを付け加えた

ものにほかならない。いうなれば、株式でアクティブ・リターンを獲得しながら、アセット・

アロケーション上は債券で運用しているようなものである。このようにアクティブ・リター

ンを資産クラス間で移し替えることをポータブル・アルファという。デリバティブによって

マーケット・リスクをコントロールすれば、アセット・アロケーションに関係なく、アクティ

ブ・リターンを獲得することができるのである。

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第3章 タクティカル・アセット・アロケーション  

 タクティカル(戦術的)・アセット・アロケーション(Tactical Asset Allocation = TAA)

は、ダイナミック(動的)・アセット・アロケーション(Dynamic Asset Allocation = DAA)

とも、マーケット・タイミングとも呼ばれるが、本テキストではこれらを総称してTAAと

呼ぶことにする。TAAは、いくつかの資産クラスの間で機動的に資産配分を変更すること

によって、収益機会を獲得しようとする短期的な戦術である。

 このTAAは、PAAと定義や目的、運用プロセスが大きく異なるため、投資家の投資哲学

や市場観によっては、どちらか一方のみを採用するケースもあるが、それぞれのメリットを

活かしてPAAを中心にしつつ、TAAを取り入れるケースもある。

 TAAの目的の多くは、PAAに対する超過リターンの獲得のため、定期的にどの資産クラ

スがアウトパフォームもしくはアンダーパフォームするかを予測し、ポリシー・ウェイト

(PAAで定めた各資産クラスの構成比率)に対するオーバーウェイト幅/アンダーウェイト

幅が変更、調整される。このポリシー・ウェイトに対するオーバーウェイトもしくはアンダ

ーウェイト幅の上限構成比率はアローワンス(allowance:構成比率変動許容幅)などと呼

ばれ、投資政策書で定める場合が多い。アローワンスが狭いポートフォリオほど、PAAに

沿った運用となる。逆に、PAAやアローワンスなどの設定がなく、短期的な予測に基づき

株式や債券などの投資対象を0%から100%まで機動的かつ頻繁に変更するTAAは、投資家

の目標やリスク許容度が反映されていないことから、投資政策を特定するものではない。

 TAAでは、そのモデル構築において、資産クラスごとの短期的な期待値を使用する。こ

うした推計値は、短期的にどの資産クラスがアウトパフォームするかを予測するものとされ

る。また、これらの推計値は頻繁に改定され、短期間にアセット・アロケーションの変更が

もたらされる。

1 付加価値獲得の可能性

 投資対象の各資産クラスの価格は様々な要因によって日々変動しているため、日次リター

ン、月次リターン、年次リターンは、期ごとに大きく変動している。例えば景気が回復すれ

ば、企業収益が予想外に伸びて株価が上昇し、株式は高いリターンをもたらす。また株式相

場が過熱し株価が割高になったときは、株価が均衡価格に戻る過程で、株価は下落もしくは

低迷する。こうした価格変動を捉えて資産配分を機動的に変更すれば、PAAを維持してい

る場合よりも高いリターンが得られるであろう。TAAとは、このように動的に資産配分を

変更することによって資産全体のリターンを高めようという運用手法である。

 市場では多くの投資家が収益獲得のチャンスを狙っており、その結果として投資対象の市

場価格が決まっているため、通り一遍の情報収集や分析では、到底高いリターンは望めない。

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53

第3章 タクティカル・アセット・アロケーション

ここではまず、TAAの手法を論じる前に、主要な資産クラスによって、TAAが完全に実行

できたとしたら、どのくらいのリターンになっていたか確認しよう。ここでの完全なTAA

とは、毎年、主要4資産(国内外の株式、債券)の中で最も高いリターンを上げた資産クラ

スに100%投資できたことをいう。

 図表3-1は、2001年から2015年まで主要4資産ならびに4つの資産に均等に分散投資を

したときのリターンの推移である。毎年、順番が相当変わっているが、毎年リターンが最も

高い資産クラスを予測し、1位の資産に投資し続けることができた場合、この15年間で当初

の資産額が14倍になった。リターンに換算すると約1,300%、年率換算で毎年19%のリター

ンを獲得できたことになる。この結果は、TAAによって大きなチャンスが生まれ、その一

部でも獲得できればリターンが大幅に改善できることを示している。

 しかしながら、その実行は決して簡単ではない。第2章でみたように、Brinson et

al.[1986, 1991]、Ibbotson et al.[2000]、企業年金連合会[2001]、小松原[2008]は、そ

れぞれ米国ならびに日本の運用機関のパフォーマンスを実証分析し、資産配分をアクティブ

に変更したことによる付加価値(マーケット・タイミング効果)がプラスになっていなかっ

たことを示している。毎年、値上がりの大きい資産クラスを事前に当て続けることは機関投

資家であっても困難なことがわかる。

 一方、最下位の資産に投資し続けると、15年間で当初の0.2倍、つまり5分の1になって

しまった。リターンに換算すると▲82%、年率換算で毎年▲11%の損失が発生したことにな

る。リターンを向上させるチャンスをつかむどころか、逆にパフォーマンスの足を引っ張る

ことになる。

 では、どのように対処すべきであろうか。答えは2つあるだろう。1つは、マーケット・

タイミングを狙うことは困難であると悟り、売買取引コストもかかるTAAによる損失を回

避すべきというものであり、もう1つは、マーケット・タイミングを見極め、積極的もしく

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

図表3-1 主要4資産と分散投資した場合のリターンの推移

2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

第1位

外国債券18%

外国債券10%

国内株式25%

国内株式11%

国内株式45%

外国株式24%

外国債券5%

国内債券3%

外国株式38%

国内債券2%

国内債券2%

外国株式32%

外国株式55%

外国株式21%

国内株式12%

第2位

国内債券3%

国内債券3%

外国株式21%

外国株式10%

外国株式25%

外国債券10%

外国株式4%

外国債券-15%

4資産分散13%

国内株式1%

外国債券0%

国内株式21%

国内株式54%

外国債券16%

4資産分散2%

第3位

4資産分散0%

4資産分散-9%

4資産分散13%

4資産分散8%

4資産分散19%

4資産分散9%

国内債券3%

4資産分散-29%

国内株式8%

外国株式-2%

4資産分散-6%

外国債券20%

4資産分散32%

4資産分散13%

国内債券1%

第4位

外国株式-3%

国内株式-17%

外国債券6%

外国債券7%

外国債券10%

国内株式3%

4資産分散0%

国内株式-41%

外国債券7%

4資産分散 -3%

外国株式-9%

4資産分散19%

外国債券23%

国内株式10%

外国株式-1%

第5位

国内株式-19%

外国株式-28%

国内債券-1%

国内債券1%

国内債券1%

国内債券0%

国内株式-11%

外国株式-53%

国内債券1%

外国債券-13%

国内株式-17%

国内債券2%

国内債券2%

国内債券4%

外国債券-5%

4資産分散で投資し続けた場合

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54

は消極的にでも超過リターンを狙うべきというものである。それぞれに道理があろう。

 マーケット・タイミングを狙って損失が出ないようにするためには、資産配分をアクティ

ブに変更しないで、PAAどおりにパッシブにポリシー・ウェイトを維持するコンスタント・

ミックス戦略が有効である。PAAどおりにポリシー・ウェイトを保てば、主要4資産(国

内外の株式、債券)の中で1位になることはないが、最下位になることもない。チャンスを

狙って集中投資で大損するよりも、大損を避けるために様々な資産に分散投資をすることが

重要ということである。図表3-1では、4つの資産クラスに均等に分散し、毎月リバラン

スをし続けた場合、この計測期間では当初の資産額が約2倍になったことを示している。リ

ターンに換算すると約90%、年率換算で毎年4%のリターンを獲得できたことになる。

2 タクティカル・アセット・アロケーションの手法

 マーケット・タイミングを狙ったアセット・アロケーションの変更によって、PAA対比

の超過リターンを獲得するためには、どのような運用手法をとるべきであろうか。機関投資

家でも超過リターンを容易に獲得できない運用プロセスであるが、積極的に超過リターンを

追求しようとするアクティブな考え方もあれば、市場下落局面のリスク抑制に主眼を置く考

え方もある。他方、事前に定めたバリュエーション指標などに基づく投資判断プロセスを重

視したシステム運用もあれば、運用担当者が経済状況、市場環境に基づき総合的に投資判断

をするジャッジメンタル運用もある。さらに、市場価格が下落したときに割安度が高まり期

待リターンが高まったと解釈して組入比率を高める「逆張り」の手法と、市場価格が上昇し

たときにトレンドが形成され期待リターンが高まったと解釈して組入比率を高める「順張り」

の手法の2つのタイプに分かれる。これらの中で、常に有効性がある手法はないため、最も

適切な手法を予め決めることは困難であり、市場環境、運用担当者の経験、スキル、リスク

許容度、効用などによってとるべき手法も異なる。

 ただし、いずれの場合もTAAのキーポイントは、各資産クラスのリターンの変動を効果

的に捉えること(予測すること)である。そのためには、最初に各資産クラスの価格変動要

因を特定することが重要である。価格変動要因は大雑把に大別すると3つある。1つ目は資

産クラスの利益の源泉や、直接的に価格に影響を及ぼすファンダメンタルズの変動要因、2

つ目は市場価格(market price)が本源的価値(intrinsic value)に収斂する過程での価格

変動要因、3つ目は市場心理(market sentiment)要因である。

 金利水準や企業業績など、債券や株式のリターンの源泉となるファンダメンタルの動向を

おさえるとともに、これらに影響を及ぼす景気・経済動向を把握することが基本となる。ま

た、長期的には必ずしもリターン源泉にはならないものの、直接的に価格変動の要因となる

為替レートや金利の動向も把握する必要がある。

 次に資産クラスの市場価格の将来予測は困難だとしても、市場価格が本源的価値から乖離

していることがわかれば、市場価格が均衡価格へ収斂していく過程でリターンが発生するた

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55

第3章 タクティカル・アセット・アロケーション

め、現在の均衡価格を見極めることは重要である。さらに、市場価格はファンダメンタルな

要因だけでなく、投資家の市場心理によっても変動するので、その動向を把握することも有

効である。

 また、TAAに限ったことではないが、運用手法の改善のため、各資産クラスのリターン

予測の根拠と資産配分変更の確信度を定量・定性の両面で明確化して、パフォーマンスをモ

ニタリングし、随時、有効性をチェックしていくことが大切である。

 以下では、TAAの代表的な手法をいくつか紹介する。

⑴ シナリオ・アプローチ いくつかの経済・景気シナリオを想定し、それぞれが起ったときに各資産のリターンがど

のような値になるか、またそれによってリスクはどのように変わるかなどを計量的に予測し

て、それに従って配分比を決定するという方法が考えられる。これは一般にシナリオ・アプ

ローチと呼ばれる。

 この方法ではまず、景気や経済環境によって各資産の期待リターン、推計リスク、相関係

数がどのような水準になるかを客観的に予測する。例えば、景気が①安定成長を辿る場合、

②想定以上に過熱する場合、③停滞する場合など3つのシナリオを想定し、各シナリオが起

きたときに、インフレ水準、金利水準、失業率、為替水準、実質成長率、予想増益率などフ

ァンダメンタルズの水準がどのような水準になるかを予想し、それらに基づき株式や債券な

どの資産クラスの期待リターン、推計リスク、相関係数を客観的に推計しておく。

 次に、各国の経済金融情勢や景気動向などから各シナリオが起こる確率(生起確率)を予

測する。例えば、①景気安定成長シナリオの生起確率70%、②景気過熱シナリオの生起確率

20%、③景気停滞シナリオの生起確率10%などと推計する。

 そして、各シナリオの資産クラス別の期待リターン、推計リスク、相関係数を、シナリオ

の生起確率で加重することにより、各シナリオの加重平均値として、資産クラス別の期待リ

ターン、推計リスク、相関係数が求まる。

 資産クラス別の期待リターン、推計リスク、相関係数が推計できれば、通常のPAAと同

様のプロセスで、最適化によって効率的フロンティアを求め、投資家のリスク許容度や投資

目標に合わせて最適なポートフォリオを選択することになる。

 このシナリオ・アプローチは、各資産クラスの期待リターンや推計リスクが各シナリオと

整合的に設定されるという点でシステマティックな手法ではあるが、各シナリオにおけるフ

ァンダメンタルズの設定や、各シナリオの生起確率の予想にはジャッジメンタルな判断が必

要になる。

⑵ イールド・スプレッド 市場価格が本源的価値もしくは均衡価格に収斂する過程における価格変動や、資産間にあ

る一時的な均衡からの乖離などに基づく手法は、予測によらず均衡への回帰をリターンの源

泉としているため、アセット・アロケーション変更のルールを事前に定めることができると

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56

いう点で、より客観的なTAAの手法といえる。

 その代表的な手法は、イールド・スプレッドを指標とし、一定のルールに従い資産配分の

変更を行うというものである。イールド・スプレッドとは、株式市場全体の益利回り(PER

の逆数で、PERが20倍ならば益利回りは1/20=5%となる。)と新発10年国債利回りなど代

表的な長期債券の最終利回りとの差異(=株式益利回り-債券最終利回り)のことをいう。

益利回りは現在の株価に対する1株当たり税引利益(配当と株主資本の増加)であるから、

株式を保有し続けたときの一種のリターンを示している。また、債券の最終利回りは債券を

現在の価格で購入して満期まで保有したときのトータル・リターンである。したがって、両

者の差異はいわば期待リターンの違いを表す指標と考えられる。ただし、株式と債券はキャ

ッシュ・フローのパターンやリスクが違うので、投資家が要求するリターンも異なるため、

両者には一定の差異があるとみるべきであろう。いわばイールド・スプレッドには均衡状態

においてそれらを反映した一定の差異があり、現在のスプレッドがそれより大きければ、株

式の益利回りが相対的に高いことから、株式の方が割安となり、逆に小さければ債券の方が

割安となる。

 例えば、イールド・スプレッドが通常よりも2%高い場合、株式が債券よりも相対的に魅

力的といった不均衡の状態が発生しているわけだが、ここには2つのリターンの源泉があ

る。1つ目はこの不均衡の状態が続いたとしても通常と比較して株式の期待リターンが債券

の期待リターンよりも2%高いことである。2つ目はイールド・スプレッドが通常に戻る過

程で、株式の益利回りの低下(株価の上昇)もしくは債券の最終利回りの上昇(債券価格の

下落)が起こることである。

 ただし、イールド・スプレッドなどの均衡状態は必ずしも一定ではないことに留意してお

く必要がある。リターン生成の構造が変わったり、投資家のリスク許容度が変わったりする

ことによって、徐々に変化することがある。事実、日本のイールド・スプレッド(株式益利

回り-債券最終利回り)は、図表3-2に示したとおり1990年代まではほとんどの期間でマ

イナスであったが、2000年代に入りしばらくしてからプラスが定着した。したがって、均衡

を表す中心線を例えば過去5年間の移動平均などで捉え、現在のイールド・スプレッドがこ

の平均よりある程度大きければ、株式のリターンの方が債券よりも相対的に高いと判断する

など割高・割安の判断基準を工夫する必要がある。

 イールド・スプレッドのような指標がTAAの判断に有効か否かを確認するためには、次

のような検証を行う。例えば、過去60 ヵ月のイールド・スプレッドと現在のイールド・ス

プレッドの差異を指標として、月次で資産配分を変更するTAAのケースでは、まず過去60

ヵ月のイールド・スプレッドの平均値を計算し、当月のスプレッドがそこからどのくらい乖

離しているかを求める。次いで、翌月の株式と債券のリターンの格差が、このスプレッドの

乖離によって説明できるかどうかを、(3-1)式により推定する。その結果、有意な係数 b が

得られれば、イールド・スプレッドはリターンの差異について予測力があるといえる。

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57

第3章 タクティカル・アセット・アロケーション

r a b YTM EPR eB t t t jj

t+ −=

+− = + − − −

+∑1

1

60

1

1

60( ) ( )EPRt YTMt j−rS t+1

(3-1)

ただし、 、: 月の株式リターン: 月の債券最終利回り

r t

YTM t

S t

t

: 月の債券リターンr tB t

、: 月の株式益利回りEPR tt

 しかし、実際に(3-1)式などで検証を行うと決定係数R2は低く、係数 b が統計的に有意

となる時期は少ない。これは、イールド・スプレッドが均衡から乖離していたとしても、必

ずしも直ぐに均衡に戻るわけではなく、新たな要因によって更にスプレッドが拡大する場合

などがあるためである。このことから株式と債券のリターン格差の変動要因は複数あり、イ

ールド・スプレッドという1つの指標の説明力には限界があることがわかる。

 したがって、市場価格の本源的価値や資産クラス間のリターン格差を推計する際には、単

一の手法や指標にこだわらず、様々な角度からアプローチすることが重要である。

⑶ 投資家のセンチメント TAAにおいてパフォーマンスを決める最大の要因は株価の動向であろうが、その株価は

企業収益などのファンダメンタルズに加えて、市場参加者のセンチメントによっても変動す

る。なぜなら、株価とは将来の利益やキャッシュ・フローの割引現在価値であり、その将来

を市場参加者がどう見るかによってプライシングされるからである。特に短期の株価変動は

市場参加者の見通しに依存する度合いが大きいので、それが捉えられればTAAもより有効

に行えるであろう。

(出所)イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

(%)

図表3-2 日本のイールド・スプレッドの推移

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58

 浅野・袖山・矢野[2002]は、アンケートによる市場参加者のセンチメントのデータ(注9)

を用いて、株式と債券の市場参加者のセンチメントのギャップを捉え、TAAに利用するこ

とを試みた。彼らによると、株式の市場参加者も債券の市場参加者も、株価や債券価格にと

って最も重要な景気動向については基本的に同じような見方をしているが、それ以外の「債

券需給」や「株式市場の内部要因」といった「価格変動要因」が、債券や株式の市場参加者

に一時的な影響を与えるので、両者の相場判断(センチメント)には少なからずギャップが

生じる。しかし、相場はいずれ景気動向によって支配されるので、ギャップはそんなに長続

きせずに埋められるから、相対的に強気になっている資産を売り、弱気になっている資産を

買っておけば、ギャップが埋められる過程で高いリターンが得られるという。この分析結果

は、債券相場も株式相場も短期的には市場参加者のセンチメントによってかなり変動してい

ること、またそれを捉えることによってTAAによる付加価値獲得の余地があることを示し

ている。

3 タクティカル・アセット・アロケーションの実行

 各資産のリターンあるいはその格差の予測は、これまで説明してきたモデルに限られるわ

けではなく、多くの研究者やファンドマネジャーがいろいろな方法を試みている。しかし、

いずれにしても予測の精度は必ずしも高くはないので、それらから超過リターンを抽出する

には、モデルの示している資産配分の変更を忠実にかつ低コストで実行することが大切であ

る。

 TAAは一般には、次のように実行されている。まずリターンの予測に基づいて毎期(月)

各資産への資金配分を変え、次いでその配分に基づく金額を各資産で運用する。例えば株式

のリターンが債券のそれを相対的に上回ると予想されたら、債券ポートフォリオを一部売却

して、それを株式ポートフォリオの増加に回す。予想どおりに株式のリターンが債券を上回

れば、配分比を一定にしていたときに比べて超過リターンが得られるというわけである。

 しかしながら、こうした実行にはいくつかの問題がある。まず第1に、TAAモデルでは

たいてい市場インデックスのリターンが使われているのに対して、現実の債券あるいは株式

ポートフォリオは必ずしも市場インデックスで運用されているとは限らない。ポートフォリ

オがアクティブであれば、リターンはインデックスから乖離するので、実際に生じた(超過)

リターンがTAAの効果によるのか銘柄選択によるのか識別しにくい。また第2に、多くの

銘柄からなるポートフォリオを実際に組成するのは必ずしも容易ではなく、売買を完了する

までにかなりの時間を要することがある。その結果、モデルの示している超過リターンのチ

(注9)QSS(Quick Survey System)は株式については1994年4月より毎月初に、また債券については1996年8月より毎月末に、主要な機関投資家や証券会社のファンドマネジャーやアナリストなど約300名に対して、「今後の相場動向」や「相場変動要因」、「当面の運用スタンス」などを尋ね、その集計結果を公表している。

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59

第3章 タクティカル・アセット・アロケーション

ャンスを逃してしまうかもしれない。そして第3に、多くの銘柄の売買には直接的な手数料

だけでなく、マーケット・インパクトなどの間接的なコストもかなりかかる。そうした売買

コストはわずかの超過リターンを食い潰してしまうかもしれない。

 このような問題を回避する方法として、TAA専用ファンドを設定し、資産配分の変更に

先物などを利用する方法が考えられる。株式や債券など現物のポートフォリオへの資産配分

は一定に固定しておいて、それとは別のTAAファンドを用いて、例えば株式のリターンが

債券のそれを上回ると予想されたときは、このファンドの中で債券先物を売却して株式先物

を購入することにより、ポートフォリオ全体の組入比率を実質的に変えるのである。こうす

れば、実際に多くの現物銘柄を売買する必要がないから、タイミングを失することなく頻繁

に取引ができ、かつ売買コストも最小限に抑えられる。また組入比率変更が現物ポートフォ

リオに依存しないため、モデルに忠実な実行となるので、TAAの効果が明確に捉えられる。

ただし、先物には価格が現物価格から乖離するというベーシス・リスクがある。このベーシ

スの変動によってTAAの効果が減殺されることがあるので注意を要するが、それでも取引

の容易さや売買コストの低さは現物の場合と比べると格段に勝っている。

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60

第4章 ダイナミック・ヘッジング

 ダイナミック・ヘッジング(DH)は、資産価値の値下がりリスクを回避することを目的

に資産価格の変動に応じて、一定のフォーミュラに従って組入比率を変更するという手法で

ある。継続的に組入比率を変えるという意味ではTAAに似ているが、DHでは今後の収益率

について予測は行わない。DHの代表的な手法は、ポートフォリオ・インシュアランスや

CPPIである。

1 ポートフォリオ・インシュアランス

⑴ プロテクティブ・プットの複製 ポートフォリオ・インシュアランス(Portfolio Insurance = PI)は、運用資産の値上がり

益を狙う一方で、値下がり損を回避するという運用手法である。このような運用はオプショ

ンを使えば簡単にできる。例えば、株式に投資すると同時にプット・オプションを購入すれ

ばよい。これはプロテクティブ・プットと呼ばれる投資戦略であるが、この場合、株価が上

昇したときはプットの権利を放棄して値上がり益を享受できる一方、下落したときはプット

を行使した利益で株式の値下がり損を埋め合わすことによって損失を回避できる。

 しかしながら、現実には、取引所に上場されているオプションには次のような制約がある

ため、このプロテクティブ・プットを実行することは困難である。

a )実際に市場で取引されているオプションはほとんどが期近物で、資産運用に必要な1

年ないしそれ以上の満期のオプションの取引は限られている。短い満期のオプションを

ロールオーバーしていく方法もあるが、それだとコストがかかる。

b)上場されているオプションは行使価格等が標準化されているため、それを使ったので

はリターンの下限等が自由に設定できない。

 ところが、オプションの価格はBlack and Scholesの定式化によると、リスク資産と安全

資産の組合せからなるポートフォリオとの裁定関係から決まってくる。このことは、オプシ

ョン価格の動き、すなわちオプションのペイオフも両者の組合せで作り出せるということに

ほかならない。PIとは、実をいうと、このようなリスク資産と安全資産の組合せを、リスク

資産価格の変動に応じて連続的に変えていくことによって、プロテクティブ・プットを複製

するという手法である。

 なお、この組合せは、後ほど詳しく説明するように、リスク資産の価格が上昇したらリス

ク資産のウェイトを上げ、下落したら下げるという具合になる。つまり、資産価値が低下し

たら慎重な運用によってさらなる損失が生じるのを避ける一方、資産価値が増大したら積極

的に値上がり益を狙うのである。

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61

第4章 ダイナミック・ヘッジング

⑵ フロアの設定 PIを適用するにあたっては、まず、投資家の目標とする最低限のリターン(フロア)に応

じて、複製すべきプロテクティブ・プットに組み込むオプションを特定する必要がある。こ

れはプットの行使価格を決めることにほかならないが、その際、プットを購入するにはコス

トがかかるので、その支払いまで含めてフロアが確保できるようにしなければならない。

 いまリスク資産(例えば株式ポートフォリオ)の価格が S であったとし、これを1単位購

入するとともに、この資産をK(行使価格)で売ることができるプット・オプションを付け

加えて、最低でも f のリターンが確保できるようにするとしよう。ここで、行使価格が K の

プットのプレミアムをP (K )で表すと、K すなわち付け加えるべきプットの行使価格は、次

の関係を満たさなければならない。

S P KK

f+ =

+( )

1 (4-1)

 この式の左辺はいわば当初の投下資金に相当するが、運用の満了時にリスク資産の価格が

いくらになろうと、この組合せ(プロテクティブ・プット)が最低限のリターンを確保でき

ることは、次のように容易に確かめられる。すなわち、満了時にリスク資産の価格がS*にな

ったとすると、このプロテクティブ・プットは、

KSifK

KSifSSKMaxS

<=

≥=−+

*

**** )0,(

(4-2)

となり、少なくとも K 以上の価値になる。そして、そのリターンは(4-1)式より、

fKPS

K

KPS

SKMaxS=−

+≥

+−+

1−1)()(

)0,( **

(4-3)

であるから、必ず f 以上になることがわかる。

 この組合せは、S*が K を上回ればフロア( f )以上のリターンになるが、それは当然のこ

とながら、リスク資産だけに投資した場合よりも低くなる。この点を確認するために、リス

ク資産のリターンを x 、PIのリターンを y とすると、

1*

−=S

Sx

(4-4)

KSKPS

Sy >−

+= *

*

1)(

ただし、 (4-5)

と表され、両者の差は(4-6)式に示すように必ず正となる。

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62

( )0

)(1

)(

)( **

>

+

−=+

=−KPS

S

S

S

KPSS

KPSyx

(4-6)

 しかも、この式からわかるように、両者の差はリスク資産のリターン(S*/S)が高いほど

大きい。言い換えると、リスク資産の価格が上昇するほど、PIのリターンがリスク資産のリ

ターンを下回る度合いが大きくなる。

 以上をまとめると、PIのペイオフは図表4-1のようになる。満期時のリスク資産の価格

S*が K 以下のときはPIのリターンはフロアのままであるが、価格が K を上回るとリターン

もフロア以上になる。ただし、その上昇は価格の上昇より緩やかとなる。

リターン

(フロア)

(リスク資産) (PI)

0

f

x y

S K*S

図表4-1 ポートフォリオ・インシュアランスのペイオフ

⑶ ダイナミック・ヘッジング このようにして構成されたプロテクティブ・プットの価値は、リスク資産の価格が変動す

ると、次のような変化を示す。

{ }Δ Δ Δ

Δ

S P K SP

SS

P

SS

+ = +

= +

( )

1

∂∂

∂∂

(4-7)

   はデルタと呼ばれ、プットの場合は-1~0の値をとる。上式の意味するところは、

プロテクティブ・プットの価値の変化はリスク資産の価格変化の「1+デルタ」倍に等しい

ということにほかならない。このことは、リスク資産(株式ポートフォリオ)に「1+デル

タ」だけ投資して残りは安全資産(短期金融資産)で運用すれば、リスク資産の価格が変化

したとき、プロテクティブ・プットと同じような価値の変化が得られるということである。

 ただし、デルタの値はリスク資産の価格が変動するにつれ変化する。プットのデルタは原

PS

∂∂

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63

第4章 ダイナミック・ヘッジング

資産(リスク資産)の価格が低いほど小さく(-1に近く)、原資産価格が高くなると大きく

なる(0に近づく)。したがって、リスク資産と安全資産の組合せも、それに応じて変える

必要がある。例えばリスク資産の価格が上昇したらそのウェイトを上げ、下落したらウェイ

トを下げる。こうした資産配分を連続的に行っていけば、すなわちデルタの変化に応じてダ

イナミックにアセット・アロケーションを変更していけば、それは最終的にプロテクティブ・

プットと同じペイオフをもたらす。つまり、損失を回避する一方で、値上がりしたときは利

益が享受できるのである。

 しかしながら、このように資産配分を頻繁に変えることは現実には難しい。というのは、

例えば株価が変動するたびにウェイトを変えるため株式の売買を行ったとしたら、取引コス

トが嵩んでしまう。また、株式をポートフォリオとして運用している場合は、構成銘柄の中

からいくつかを特定して売買することになろうが、それによってポートフォリオの中身が変

わってしまうかもしれない。

 だが、先物取引を使えば、こうした問題はかなりの程度、解決される。一般に先物の価格

は現物との裁定関係で決まっているので、現物を保有して先物を売り建てると、そのリター

ンは安全資産利子率(リスクフリー・レート)に一致する。この関係を利用すれば、例えば

PI運用において株価が変動したとき、株式ポートフォリオはそのままにしておいて、株価指

数先物の売建て比率を調整することによって、実質的に株式ポートフォリオ(リスク資産)

と安全資産の配分比率を変えることができる。

 前掲の(4-7)式に即していうならば、リスク資産(株式ポートフォリオ)を保有し続け

る一方で、ヘッジ比率が  (この値は負であるので正確にはこの絶対値)になるように先

物を売建てるのである。前にも述べたように、リスク資産の価格が変動すると、   の値も

変化するので、売建て比率もそれに応じて変更しなければならない。例えば株価が上昇した

ら   の絶対値は小さくなるので、ヘッジ比率を下げるために先物は買い戻され、株価が下

落したら逆に売り増されるのである。このように連続的にヘッジ比率を調整していくことか

ら、この手法はダイナミック・ヘッジングとも呼ばれる。

 このような売買は、結果的には、価格が高くなると買って、低くなると売ることになって

いる。つまり、部分的に見ると、売買によって損失を重ねることになるのだが、このコスト

は実はオプションのプレミアム(価格)に相当する。いわば、こうしたコストを払ってポジ

ションを調整することによって、フロアを確保するのである。

⑷ フロアとコスト DHでは一般に、資産価値(富)が最低限のリターンと比べてどれくらい余裕があるかに

よって、リスク資産への配分比が決められる。PIにおいても、リスク資産への配分比はその

価格水準とともに、資産価値がフロアからどの程度上方にあるかに依存する。このことは、

フロアを高く設定すると、リスク資産への配分が少なくなって、価格が上昇しても値上がり

益をあまり享受できないことを意味する。これはPIでフロアを確保するためのコストと考え

PS

∂∂

PS

∂∂

PS

∂∂

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(注10)行使価格が高いほど、コールの価格は低い。(注11)行使価格が高いほど、プットのデルタは小さい。(注12)行使価格が高いほど、プットの価格は高い。

64

られるが、このコストはフロアが高いほど大きいということにほかならない。

 この点を明らかにするために、プット・コール・パリティ( rTKeKC SKP −+−= )()( )を

利用して、(4-1)式を下のように書き換えよう。

rTKeKC

K

KPS

Kf −+

=+

=+)()(

1

(4-8)

ただし、 )(KC は行使価格 K のコールの価格

r はリスクフリー・レート、T は満期までの期間

 ここで K が大きいほど C (K)は小さいから(注10)、 K が大きくなると f は高くなる。したが

って、 f を高くすると K を大きくしなければならないが、 K が大きくなると   は小さくな

る(注11)。これは、結局、 f を高くすると「1+デルタ」は小さくなる、つまり、フロアを高

くするとリスク資産への配分が減ることを意味する。

 これは当然のことながら、フロアを上げると、リスク資産の価格が上昇しても、PIの収益

はあまり上がらないという結果として現れる。このことは、前掲の(4-6)式において、 f を

大きくすると K が大きくなり、それによって P (K)も大きくなるため(注12)、 x(リスク資産の

リターン)と y(PIのリターン)の差が拡大することによって確認される。

 PIのフロアを高めることは、以上のように、コスト上昇につながるのであるが、それはま

た、コスト面からフロアには上限があることを示唆する。この点をみるため、(4-8)式にお

いて、 K をどんどん大きくすることを考えてみよう。すると、 C (K) は小さくなるから f は

大きくなるが、 C (K) は次第にゼロに近づき、 f は次のような値に収斂する。

1−→ rTef

これは、フロアの設定にはリスクフリー・レートという上限があるということにほかならない。

 しかも、この上限においては、 K = ∞、   = −1となる。したがって、「1+デルタ」は

つねにゼロとなって、リスク資産はまったく保有しないことになってしまう。この場合は、

当然のことながら、リスク資産の価格が上昇しても、PIはその恩恵にあずかることができな

い。

 以上のことは、逆にいうと、PIにおいてリスクフリー・レートという確実な収益の一部を

諦める代わりに、リスク資産の価格が上昇したときに儲かるようにできていることを意味し

ている。そして、上昇したときの儲けを大きくしようとしたら、確実な収益の部分(フロア)

を引き下げないといけないのである。この関係をまとめると、図表4-2のようなペイオフ

になる。

PS

∂∂

PS

∂∂

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(注13)PIのフロアは、第4章1⑷で説明したように、フロアをリスクフリー・レートで割引いた現在価値が当初のリスク資産の価格を上回ることはできない。逆に言うと、PIでは一般に、フロアは現在価値でみて、リスク資産価格より少し下に設定されるということである。これは、当初はだいたい、リスク資産価格がフロアより少し上にあることを意味する。

65

第4章 ダイナミック・ヘッジング

⑸ ボラティリティとコスト PIはプロテクティブ・プットを複製するものであるから、そのコストは一般にプットの価

格に依存する。上記で検討したフロアも、実をいうと、行使価格を通してプットの価格に反

映され、コストとして現れたのである。プットの価格は行使価格以外の要因にも依存してい

るので、それ次第でPIのコストも変わってくる。その中で特に問題になるのは、リスク資産

のボラティリティである。

 ボラティリティが大きいということは大きな値下がりの可能性があるということであるか

ら、それに対してフロアが確保されるというインシュアランス(プット)の価値は高い。し

たがって、そのコストも当然、それに見合って高くなる。

 ところが、コストに影響する他の要因、例えばフロアや投資期間(オプションの満期)な

どは値が自明であるのに対して、ボラティリティの大きさは、正確に把握することが難しい。

ボラティリティは今後、リスク資産の価格がどの程度変動するかを示す指標であり、推計す

る必要があるからである。したがって、推計値をもとにPIの運用を始めざるをえないが、そ

の後、実際の価格変動がこの想定と大幅に違ってくると、PIのコスト、ひいてはパフォーマ

ンスに影響が生じることになる。

 例えば、ボラティリティを過小推計した場合、リスク資産S*の価格がフロアの現在価値よ

り少し上にあるとすると(注13)、この場合は概して、先物の売りヘッジが過小となる。このた

め、価格が上昇したときはボラティリティを正しく想定した場合より値上がり益を享受でき

るが、価格が下落したときはリターンがフロアを割り込んでしまう。しかも、上昇したとき

リターン

リスク資産 PI3 PI2 PI1

0

r

f1

f2

f3

*S

図表4-2 P I のフロアとペイオフ

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図表4-3 ボラティリティとP I のパフォーマンス

ボラティリティ 株価上昇 株価下落過小推計 予想よりコスト高 フロア割れ

(予想より大) (真の場合よりは値上がりが大)過大推計 予想よりコスト安 フロア以上

(予想より小) (真の場合よりは値上がりが小)

(注)リスク資産価格がフロア(現在価値)より少し上から出発した場合を想定。

66

の値上がり率が高いといっても、それはボラティリティを正しく予想したとした場合と比べ

てのことにすぎず、この価格上昇ならこれだけの値上がり益になるはずだという当初の目論

見に比べると、むしろコストがかかってしまう。

 これに対して、ボラティリティを過大推計した場合、先物の売りヘッジが過大になる。し

たがって、価格が下落したときはフロア以上のリターンが確保できるし、高く買って安く売

るというダイナミック・ヘッジングのコストが予想より小さくてすむため、上昇したときも

当初の目論見より値上がり益が得られる。しかし、これはコストを高めに見積もっていたか

らにすぎず、もし正しくボラティリティを推計していたならばかかったであろうよりコスト

は上回っているため、値上がり益は小さくなる。価格が下落したときにフロア以上に収まる

のも、実は、このように余分にコストをかけたからである(図表4-3)。

2 CPPI

⑴ CPPIのフォーミュラ ポートフォリオ・インシュアランスはプロテクティブ・プットの複製であるから、当初の

資産配分やその後の変更を決めるには、オプション価格やデルタ    が必要とされる。と

ころが、それはリスク資産のボラティリティに依存しており、その推定は決して容易ではな

い。また、その推定誤差が大きいと、ヘッジ機能がうまく機能しなかったりする。これに対

してコンスタント・プロポーション・ポートフォリオ・インシュアランス(Constant

Proportion Portfolio Insurance = CPPI)は、オプション価格に依存せず、単純なフォーミ

ュラに従って資産配分を変更していくだけで、PIと同じように損失を回避しつつ値上がり益

を追求できるという手法である。

 CPPIではまず、最低限確保すべき資産価値をフロアと呼んで、任意の時点 t におけるフ

ロアFt を、期初のフロアF0 をリスクフリー・レート rF で延ばした水準として与える。

trt

FeFF 0= (4-9)

 投資期間満了時点に一定の資産価値を確保したいようなときは、その目標価値をリスクフ

リー・レートで割り引いた値が期初のフロアになる。そして次に、資産全体の価値 Wt から

このフロアを差し引いたものをサープラス Yt と定義し、リスク資産への投資額(株式ポー

PS

∂∂

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67

第4章 ダイナミック・ヘッジング

トフォリオへの配分額)At はこのサープラスの一定倍率 m(乗数という、ただし m >1)倍

にする。安全資産への投資額はこの残りとなる。式で表すと、

Y W Ft t t= − (4-10)

A mYt t= (4-11)

 CPPIの定式化は以上である。ただし、リスク資産の価格が変動すれば資産全体の価値や

サープラスが変化するから、それに応じてリスク資産への投資額(配分比)を頻繁に調整

(リバランス)する必要がある。例えば、リスク資産の価格が上昇するとサープラスが増加

するので、リスク資産をその一定倍率に保つには、それを買い増さなければならない。だが、

そうした調整を続けていきさえすれば、投資期間満了時にリスク資産の価格が下落したとき

にも最初に設定したフロアが確保され、また上昇したときは値上がり益が享受できることに

なる。

⑵ CPPIのペイオフ なぜ、このような単純な手法でこうしたことが可能になるのであろうか。

 いま、時点 t におけるリスク資産の価格が St であったとしよう。すると、リスク資産への

投資量(株数)nt は次のように与えられる。

nA

S

mY

Stt

t

t

t

= = (4-12)

 ここで、リスク資産の価格St が一定期間にΔSt だけ変動したとすると、この間のサープラ

スYt の変化は、

Δ ΔY n St t t=

(4-13)

と表される。したがって、資産価値がフロアを割らない条件は、

Y Yn S

m n St tt t

t t+ = + ≥Δ Δ 0 (4-14)

より、

ΔS

S mt

t

≥−1

(4-15)

となる。

 これは、一定期間のリスク資産の価格下落率が1/m 以下ならば、サープラスは負になら

ないということである。例えば m =2として1ヵ月ごとにポジション調整を行うような場合、

リスク資産の価格が1ヵ月で50%以上下落しなければ、フロアが確保できる。このことはま

た、 m が小さいほど、リスク資産の価格が大きな下落を示しても、フロアの確保に余裕が

あることを意味する。しかし、この一方、 m が小さければ、リスク資産への投資が少なく

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(注14)Perold[1986]は、CPPIの最終的な価値はリスク資産の価格に依存して次のようになることを示した。

W Y F Y g tS

SF et t t

t

m

r tF= + =

+0

00( )

g t m r tF( ) exp ( )= − +

12

図表4-4 CPPIの乗数mとペイオフ

95

100

105

110

115

120

80 90 100 110 120

m=10m=5

m=2

68

なるので、価格が上昇したときに値上がり益があまり享受できないことになる。

 図表4-4は、このようなCPPIの m とペイオフの関係を示したものである。なお、先ほ

どCPPIを実行するにはリスク資産のボラティリティは必要ないと述べたが、最終的なペイ

オフはボラティリティの大きさに依存する(注14)。というのは、CPPIでは、価格が上昇する

とリスク資産を買い増し、下落すると売却するというリバランスを行うのであるが、ボラテ

ィリティが大きい場合は、このリバランスのコストが嵩むからである。図表4-4では、リ

スク資産のボラティリティを20%、リスクフリー・レートを5%、期初の資産価値を100、

投資期間を1年とし、その満了時に100を確保するようにフロアを設定して、 m を変えたと

きに、最終的な資産価格に応じてペイオフがどのように変わるかが示してある。 m が大き

くなると、価格が上昇したときの値上がり益は大きいが、下落したときはフロアに急接近す

ることがみてとれよう。このペイオフはリバランスを連続的に行うとして計算してあるので

フロアを割れることはないようになっているが、現実には離散的にしかリバランスを行えな

いので、図表4-4とは少し違った結果になる。 m が大きい場合には、(4-15)式が満たさ

れないような大きな価格下落が起こったりすると、フロア割れが生じるようなことがまった

くないとはいえない。

⑶ 他戦略への応用 CPPIにおける乗数 m はこれまで1より大きいと想定してきたが、 m が1以下の場合はど

のようになるのであろうか。

 まず m =1の場合は、(4-11)式はAt = Yt となるが、それは、サープラスの分だけリスク資

産を保有することを意味する。ところが、サープラスが変動するのはリスク資産の価格が変

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69

第4章 ダイナミック・ヘッジング

動するからであるので、いったんリスク資産の保有額をサープラスに等しくしておけば、後

はなんら売買しなくても、自動的にAt = Yt が保たれる。つまり、m =1 は買い持ち戦略(Buy

and Hold)にほかならない。

 次に、 m <1 の場合、(4-11)式はAt < Yt となって、サープラス以下の金額しかリスク資産

に投資しないことを意味する。ところが、このことは、リスク資産価格の上昇によってサー

プラスが増加したとき、リスク資産の保有額はそれ以下でしか増やさないということにほか

ならないから、結局、保有しているリスク資産を一部売却することになる。逆に、リスク資

産価格が下落したときは、サープラスの減少よりリスク資産保有額の減少を小幅にとどめる

ため、リスク資産を買い増すことになる。

 こうしてみると、CPPIは必ずしもポートフォリオ・インシュアランスの一種にとどまらず、

もっと広範な投資戦略といえる。

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(注15)(5-1)式は正確には対数リターンについて成立する。いま小数で表した資産 i の毎年のリターンをsi t ( t =1,2,…, n )、n 年間の累計のリターンを S i n とすると、

)1()1)(1()1( 21 iniiin sssS +++=+ …となり、両辺の対数をとれば、

)1ln()1ln()1ln()1ln( 21 iniiin sssS ++++++=+ …となる。したがって、それぞれの対数リターンを Ri n 、 r i t ( t =1,2,…, n )で表せば、

R r r ri n i i i n= + + +1 2 … が得られる。

70

第5章 長期投資とアセット・アロケーション

1 多期間の最適化

⑴ リスクの時間分散効果 これまで検討してきたアセット・アロケーションでは、TAAやDHのように時間の経過に

伴って継続的に資産配分を変更するものもあるが、投資期間は短期か長期かについて特に明

示せず、暗黙のうちに一定と想定されていた。しかし、現実には、物品の購入資金を貯める

ための短期の運用か、老後に備える長期の運用かによって、リスクの取り方は違うと考えら

れる。例えば、年金運用ではよく、長期ではリスクの時間分散効果があるので、ある程度の

リスクをとって高いリターンを狙うべきだといわれる。その理由は一般に、次のように説明

される。

 いま資産 i の1年間のリターンを ri t ( t =1,2,…, n )として、毎年のリターンは独立で、いず

れも期待値μi 、標準偏差σi の分布に従うとすると、この資産で n 年間運用したときの通算

のリターン(年率換算前)R i n は

R r r ri n i i i n= + + +1 2 … (5-1)

と表され(注15)、その期待値 E (Ri n ) と標準偏差 は次式のとおりとなる。

E(R ) = E(ri 1+ ri 2 +…+ ri ni n ) = E(ri 1 ) + E(ri 2 ) +…+ E(ri n ) = nμi (5-2)

V(Ri n) = V(ri 1+ ri 2 +…+ ri n) = V(ri 1) +V(ri 2 ) +…+V(ri n) = nV (ri t) = nσi

(5-3)V(ri it ) = 2σただし、

 (5-2)式から n 年間の通算リターンR i n の期待値 E (Ri n ) は、1年間の期待値μi の n 倍にな

っており、運用期間が長くなるほど比例的に運用リターンR i n の期待値も高くなることがわ

かる。一方、(5-3)式から n 年間の通算リターンR i n の標準偏差 は、1年間の標準偏

差σi の n 倍ではなく√n 倍になっており、運用期間が長くなるほど運用リターンR i n の標準

偏差は高くなるものの、期間に比例的なほどには高くならないことがわかる。

V(Ri n)

V(Ri n)

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71

第5章 長期投資とアセット・アロケーション

 一方、 n 年間運用したときの1年当たりの年率換算リターン ri n は、

Ri n

nri n = (5-4)

と表され、その期待値 と標準偏差 は次式のとおりとなる。

E(ri n ) = ERi n

n=

1

nE (ri 1+ ri 2 +… …+ ri n ) =

1

n{E(ri 1 ) +E(ri 2 ) + +E(r )} =μi

i n

(5-5)

V(ri n ) = VRi n

n=

1

n 2V(ri 1+ ri 2 +…+ ri n ) =

1

nV(ri 1 ) +V(ri 2 ) +… +V(ri n )

=1

n(ri n) = σi =

σiV

nnn

n (5-6)

 (5-5)式から年率換算リターン ri n の期待値 は投資期間にかかわらず一定 (μi )であ

ることがわかる。一方、(5-6)式から年率換算リターン ri n の標準偏差(リスク) は

  となり、長期になるほど低下することがわかる。

 例えば、株式の期待リターン(年率)が7%、リスク(標準偏差:年率)が20%であった

とすれば、投資期間が10年間なら、年率換算リターン ri n の期待値は7%で変わらないが、

年率換算リターン ri n の標準偏差(リスク)は6.3%(=20/ 10)に低下する。これは、投資

期間が長期間になるほど、市場環境の良い時期と悪い時期が相殺しあうことによって、1年

間当たりでみた平均リターンの変動性が減少し、投資期間全体での年率換算リターンが安定

していくという長期投資のメリットを示している。

 投資期間が長くなるにしたがって、年率換算リターンの標準偏差(リスク)が低下し、投

資期間全体で見た年率換算リターンの期待値の分布は期待リターンに向かって収斂していく

ことになる。図表5-1は、株式の期待リターンを7%(年率)、標準偏差(リスク)を20%

(年率)とした場合の運用期間別の株式の年率換算リターンの期待値の予測分布であるが、

その幅は投資期間が長くなるにつれて期待リターン(正確には中央値(50%点))に向かっ

て収斂し、36年以上になると、株式の下位5%点はゼロを上回るようになる。つまり、長期

になると株式などのリスク資産の元本割れ確率は小さくなり、これが一般に時間分散効果と

呼ばれているものである。このような関係から、一般的に長期投資では株式など、期待リタ

ーンが相対的に高いリスク資産の比率を増やすのがよいといわれる。

E(ri n ) V(ri n )

E(ri n )

V(ri n )σi

n

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 ただし、投資期間が長期になるほど縮小するのは年率換算リターンの変動幅であって、図

表5-2に示すように、投資期間が長くなるにしたがって(5-2)式(5-3)式から資産額の

分布範囲は拡大するため、ベスト・ケースとワースト・ケースの格差が拡大する点に留意す

る必要がある。なお、図表5-2からも36年以上になると、株式の下位5%点は当初の元本

を上回ることが見て取れる。

 しかし、投資家の効用は、第1章の(1-5)式で示したように一般に、期待リターンと分

散に依存する。それは長期投資においても変わらず、 n 期間投資の効用は次のように表され

る(ただし、各期のリターンは独立と仮定する)。

図表5-1 運用機関と年率換算期待リターンの予測分布

図表5-2 資産額推移の予測シミュレーション(現在の資産額=100)

年率換算期待リターン(%)

運用期間(年)

資産額

運用期間(年)

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(注16)Bodie[1995]は、リターンが安全資産を下回ることを運用リスクとし、下回ったときにそれを埋め合わす保険のコストによって測ることができるとした。この保険は、原資産をリスク資産(株式など)、行使価格を安全資産で運用したときの資産額とするプット・オプションにほかならないが、このオプションのプレミアム(1期間当たり)は、投資期間が長くなるほど大きくなる。つまり、投資期間が長くなると、保険のコスト、すなわちリスクが大きくなるという。

(注17)動的計画によるアセット・アロケーションについては、Campbell and Viceira [2002]を参照。

73

第5章 長期投資とアセット・アロケーション

2

2

1),,( nnnU σ

τμσμ −=効用関数 (5-7)

μ μ μ μn i i n i iii

i ii

w w n n w= = =∑∑ ∑

σ σ σn i j i j n i j i j i j i jjijiji

w w w w n n w w2= = = ∑∑∑∑∑∑σ

)分散(期間通算リターンの共のと資産:資産期間リターンの共分散のと資産:資産の構成比、:資産

:リスク許容度期間通算のリスク、:運用資産全体のン期間通算の期待リター:運用資産全体の:効用、ただし、

jinji

jii

n

n

nnji

jiiw

n

nU

σσσ

τσμ

=

 長期投資のアセット・アロケーションとは、この効用を最大にするものにほかならないが、

それは結局のところ、以下に示すように、1期間投資の最適化に帰せられる。つまり、長期

投資でも短期投資と同じ配分比になるのである。

)1,,(max2

1max

2

1max),,(max

σμστ

μ

στ

μσμ

Unwwwn

wwnwnnU

i jjiji

iii

i i jjijiii

=

−=

−=

∑∑∑

∑ ∑∑

(5-8)

 このような結果になったのは、効用関数を(1-5)式と定義しているため、期待リターン

と分散が投資期間に比例して大きくなるからである。長期投資では、確率は小さくても、大

きな損失が生じる可能性が出てきて、それが効用を押し下げるため、必ずしもリスクを大き

くすることができないのである(注16)。

⑵ 動的計画 以上の分析では、長期投資の重要な側面が捨象されている。それは、長期では経済情勢に

よって投資機会(期待リターンやリスク)が変化する可能性があり、それに応じて資産配分

を変えることができるということである。上記の分析では、投資機会を一定とし、かつ当初

に配分することだけしか考えなかった。それでは、こうした可能性を考慮すると、長期と短

期でアセット・アロケーションはどのように変わるのであろうか。この問題は一般に、動的

計画(ダイナミック・プログラミング)として定式化されるが、それは高度な数学を要する

ので詳細は専門書に譲って(注17)、ここではそのエッセンスのみを紹介することにする。

 以下では、複雑になるのを避けるため、資産はリスク資産(株式、S )と安全資産(債券、

B )の2つだけとし、それぞれの瞬間的なリターンは以下の拡散過程に従うものとする。

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(注18)ウィーナー過程とはランダムな変数の動きを示すもので、時間が経過すると、標準ウィーナー過程の変数は、平均がゼロ、分散が時間の長さに等しい正規分布に従う。

74

StSSt

t dZtxdttxS

dS ),(),( σμ += (5-9)

dttxrB

dB

t

t ),(= (5-10)

xtxxt dZtxdttxdx ),(),( σμ += (5-11)

 ここで、x は状態を表す変数、dZS t とdZx t は標準ウィーナー過程(注18)でdZS t dZx t =ρ(x , t ) dt

とする。株式や債券のドリフト項(μS (x , t )、 r (x , t ))が x の関数になっているのは、期待

リターンが状態によって変化することを示す。また株式および状態変数にウィーナー過程が

付いているのは両者が確率的に変動することを、そしてdZS t dZx t =ρ(x , t ) dt は両者の変動に

は相関があることを示す。つまり、2つの資産の期待リターンが状態に依存するだけでな

く、株式のリターンは状態の変化に関連して変化すると仮定する。債券には確率的な要素は

なく、状態が与えられれば、瞬間的にはリターンは確定すると仮定する。なお、以下では、

煩雑な表現を避けて、μS (x , t ) 等を単にμS 等と簡略化して表記することにする。

 長期投資家は、富 W を上記の2つの資産に投資するとともに、この富の一部を消費に回

して、それから得られる効用を最大にするものと考える。いま、瞬間的な消費を C 、富の

うち株式で運用する比率をα(債券の比率は1−α)とすると、それは、次のような問題とし

て定式化される。

00,

),(max dttCUEC α (5-12)

( )[ ] StSttttSt tt dZWdtCWrdWts σαμα α +−−+= )1(.. (5-13)

 (5-13)式は富の変化を表し、第1項は期待される変化額、第2項は株式に投資すること

に伴うその変動、すなわちリスクを示す。投資家はこの富の変化を制約に、(5-12)式で表

される効用が最大になるように、消費 C と株式投資比率αを決定するのである。

 この問題の答えは富と状態および時間に依存するが、その結果として得られる効用も富と

状態に依存することになる。この最大化された効用関数は価値関数(Value Function)と呼

ばれるが、それを J (W , x , t ) で表すと、それはBellmanの原理によって以下の関係を満たす。

[ ]

+= ),,(

1),(max0

,txWdJE

dttCU t

C α

(5-14)

 一般に、現在の消費を増やすと富が減って将来の消費を減らさなければならないが、この

式は、最適値では、現在の消費から得られる効用 U (C, t )と、現在消費しないで将来に引き

伸ばすことによって得られる最大の効用 [ ]),,( txWdJE dtt が釣り合うように、現在の消費を

決めるべきことを意味している。最適な消費と株式投資比率は、この式を解くことによって

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(注19)動的計画モデルでは取引コストはかからないと想定されている。したがって、その時々の期待リターンとリスクに応じてリバランスをしても、コストはかからない。取引コストがかかる場合のリバランスについては、本章第3節を参照。

(注20)このケースでは、株式のリターンは系列相関が負になり、リスク(分散)は投資期間を延ばしたとき、期間に比例して増えず、それよりも小さくなる。したがって、長期投資の方が短期投資よりリスクが小さくなるともいえる。

75

第5章 長期投資とアセット・アロケーション

得られるが、それは結局、次のようになる。

WC JU = (5-15)

−−

= ρσσ

σμ

αS

x

WW

Wx

S

S

WWW WJ

Jr

JWJ 2

1 (5-16)

ただし、 WxWWW JJJ ,, は ),,( txWJ をWや xで偏微分した導関数

 (5-15)式は、現在の消費から得られる限界効用が、将来の消費を賄うために富を増加さ

せることによる限界的な効用と等しくなるように、消費を決めることを示す。

 また株式投資比率を示す(5-16)式は2つの項から構成されているが、第1項は近視眼的

ポートフォリオ、第2項はヘッジング・ポートフォリオと呼ばれる。−JwwW/JW はいわゆる

相対的リスク回避度であり、第1項は、この回避度に応じて、リスク・プレミアムに比例し、

リスク(分散)に反比例するように、株式投資比率を決めることを意味する。いわば短期投

資と同じであり、近視眼的ポートフォリオと呼ばれる所以である。これに対して第2項は、

状態変数の変化によって株式のリターンが高くなったり低くなったりする傾向があるなら、

それに備えて株式を余分に持ったり減らしたりすることを意味する。長期投資家はいわば、

投資機会の変動をヘッジするために株式を保有するのである。このヘッジング・ポートフォ

リオはどの程度の大きさかはモデルのパラメータによるので一概にはいえないが、おおよそ

次のように考えることができる。

 まず状態変数と株式リターンに相関がないケースを考える。このケースではρ= 0である

から、ヘッジング・ポートフォリオは保有されず、近視眼的ポートフォリオだけとなる。す

なわち長期投資は短期投資と変わらないのであるが、そうなるのは、株式のリターンが状態

に連動して変化するわけではないので、状態の変動は無視して、将来にわたってその時々の

期待リターンとリスクに応じて、近視眼的に株式投資比率を決めればよいからである(注19)。

 これに対して、状態のよくなる場合に株式のリターンが低くなる傾向があったとしよう。

つまりρ< 0 のケースであるが、これは、リターン が低く出たときは期待リターンμS が

高くなる一方、リターンが高く出たときは期待リターンが低くなる傾向があるということに

ほかならない。このような傾向があるならば、株式は悪ければ次に良くなるという具合に自

動的にヘッジング機能を果たすので、長期投資では短期投資よりたくさん保有されることに

なる(注20)。

SdS

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(注21)Bodie, Merton and Samuelson[1992]、Campbell and Viceira[2002]、およびChen, Ibbotson, Milevskyand Zhu[2006]などを参照。

(注22)人的資本の特性は職業によって異なる。例えば大学教授は所得が安定しているので債券に近いが、トレーダーは株式相場によって所得が変動するので株式に近い。

(注23)人的資本は、その喪失については保険によってヘッジされているので、リスクが小さいことに注意されたい。

76

2 人的資本とアセット・アロケーション

⑴ 人的資本 前節の動的計画では、投資家の富は取引可能な金融資産のみから成ると想定して、それか

らの消費と最適な株式投資比率を検討した。この想定は退職者や機関投資家には当てはまる

ものの、現役で働きながら退職後に備えて貯蓄を行っている個人には適切ではない。彼らは

毎年、労働所得を稼いでおり、消費や貯蓄はむしろその大きさや変動に依存する。この労働

所得は果たして、消費や資産運用にどのような影響を及ぼすのであろうか。

 このような問題を扱う場合、個人は人的資本という資産を保有していると考える。年々の

所得はいわば、この資産が生み出す配当ないし利息とみなす。逆に、人的資本の価値は、将

来それが生み出す労働所得の割引現在価値として捉えられる。この人的資本は、金融資産の

ようには市場で売買することができない。また時間が経過するにつれ、定年までに生み出す

労働所得が減少するので、資産価値が低下する。場合によっては、個人の死亡によってすべ

て失われてしまうこともある。

 個人の資産運用はこうした人的資本を考慮に入れて行われるが、その金額は金融資産と比

べてかなり大きい(特に若年層の場合はそうである)ので、その特性によって金融資産の選

択は大きく左右される。またそれが死亡によって失われるとすれば、それをヘッジする必要

がある。このヘッジは生命保険によって可能であるが、金融資産はこの生命保険の購入を含

めてアロケーションを決定することになる。

⑵ ライフサイクルとアセット・アロケーション このような問題はいくつかの研究によって定式化されているが、それらはこのテキストの

範囲を越えるので、以下では、その主要な結論だけを紹介する(注21)。

 まず人的資本は非常に大きく、それが失われたときの打撃が大きいので、人的資本のかな

りの部分をカバーする保険を購入する。ただし、人的資本は歳をとるにつれ減価するので、

保険の購入額も年齢とともに減少する。

 次に金融資産については、人的資本のリスクが高いかどうか(特性が株式的か債券的か)

によって変わってくる。労働所得は比較的安定しているので、一般には債券に近いと考えら

れるが(注22)、若年の間はこの人的資本が大きいので、金融資産ではリスクが高い株式の比率

を高くする(注23)。しかし、歳をとるに従って、この人的資本は減価して実質的な債券保有が

減る一方、金融資産は蓄積が進んで相対的に大きな割合を占めるようになるので、その中で

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(注24)借入れができないことを借入れ制約という。

77

第5章 長期投資とアセット・アロケーション

債券比率を次第に上げることになる。さらに、労働所得は必ずしも固定的ではなく余分に働

いたりすることができるとすれば、若年層の金融資産では株式比率をいっそう高くすること

ができる。リスクを取った結果が万一悪かったとしても、若い人なら将来においてより多く

働くことによって埋め合わすことができるからである。

 このような選択はいろいろな要因によって変化する。例えば、労働所得に比して金融資産

をたくさん保有している場合、労働所得を失っても金融資産の取崩しによって補うことがで

きるので、保険に対する需要は小さくなる。そして人的資本が相対的に小さいことは実質的

に債券の保有が少ないということであるから、金融資産では債券比率を高める(株式比率を

低める)ことになる。また労働所得と株式相場との相関が高い場合は、人的資本で株式を保

有しているようなものであるから、金融資産での株式比率は低くすべきである。ただし、人

的資本は前に説明したように労働所得の割引現在価値として把握されるが、所得と株式の相

関が高い場合には、労働所得のリスクが大きいため割引率が高くなるので、人的資本は相対

的に小さくなる。したがって、これは保険需要を減らすとともに、金融資産で債券比率をさ

らに高めることになる。

 以上は、いろいろな条件によって株式投資の比率は違うものの、アセット・アロケーショ

ンは若年層では株式の比率が高く、歳をとるにつれて債券に置き換わることを示している。

しかし現実では、若年層の株式保有は極めて少なく、中高年層の方が圧倒的に多い。これ

は、若年層では金融資産の蓄積が少なく、しかもそれを不時の支出や子供の学費に充てるな

ど比較的短期の運用しかできないため、安全な(債券など)運用をするためである。もしそ

うした支出がいつでも借入れによって賄うことができればリスクの高い運用ができなくもな

いが、現実には借入れはかなり難しい(注24)。

3 取引コストと税金

⑴ 取引コスト これまでの議論では取引コストや税金はないものとしてきたが、現実のアセット・アロケ

ーションではこれらは決して無視できない。以下では、これらを考慮したとき、アセット・

アロケーションがどのような影響を受けるかを検討する。

 まず取引コストの影響についてであるが、話を簡単にするため投資機会は一定とし、当初

PAAどおりに資産配分したとする。しかし、時間が経過すると、株価が変動するなどして

資産配分はPAAから乖離する。このとき、もし取引コストがかからないとすれば、投資機

会は一定である(期待リターンとリスクは変わらない)から、資産配分は元のPAAに戻す

(リバランスする)のがよい。ところが、現実には取引コストがかかるので、リバランスを

行えば、このコスト分だけリターンはマイナスになってしまう。したがって、取引コストが

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(注25)資産が3つ以上の場合は解析的な解は得られないので、説明の便宜上、2資産とした。なお、3資産以上の場合も基本的な考え方は同じであり、どのようなリバランスを行うかは数値計算によって求められる。

78

リバランスによるリスク・リターンの改善より大きいならば、リバランスはしない方がよい。

以下では簡単化のため、資産は株式と債券の2つだけとしてこの問題を検討する(注25)。

 リバランスを定式化する前に、2資産の場合のPAAを求めておく。それは、次のような

効用U (x )を最大にするように、株式の配分比率 x を決定することにほかならない。

U x( ) = −μ τσ1

22 (5-17)

ただし、 ( )θμμμ BS xx )1( −+=

( )σσσσ BSBS xxxx )1(2)1( 22222 −+−+= θμS:株式の期待リターン、μB:債券の期待リターン

σS:株式のリスク(標準偏差)、σB:債券のリスク(標準偏差)

σSB:株式と債券の共分散 :株式と債券の相関係数τ:投資家のリスク許容度、

θ:投資期間(残存年数)( )、

σ σ= × ×ρS B SB ρSB

 株式の最適な配分比率をx*で記すと、それは

0=

−= θτBAxD

xU∂

∂ (5-18)

ただし、 A S B S B= + −σ σ σ2 2 2 B B S B= −σ σ2 D s B= −μ μ、 、

より、次のように表される。

xD B

A* =

+τ (5-19)

 この x*がPAAにあたるが、この配分比で運用を始めたあと、株価が上昇して、株式の時

価構成比 x が x*より高くなったとしよう。このときPAAに戻すには、株式を( x - x*)だ

け売却して債券を( x - x*)だけ購入することになるが、ここで株式の時価構成比を x から

x +Δx (Δx <0)に引き下げたとすると、株式と債券の売買に伴うコストを c(売買金額

に対する比率で表す)とすれば、このコストも含めた効用は

)( xcBAx

DU Δ−

−−=Δ θτ (5-20)

だけ増加する。したがって、もしΔU > 0なら株式を減らしていき、ΔU= 0になったら株式

を減らすのを止めれば、取引コストを勘案したうえで最適なリバランスになる。最初から

ΔU < 0ならば、リバランスを行う必要はない。

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79

第5章 長期投資とアセット・アロケーション

 ここでΔU= 0となる x を xUで表すと、それは上の式から

A

cx

A

c

A

BDxU

θτθττ+=+

+= * (5-21)

となるが、これは、株式の時価構成比がPAAの構成比 x*を上回ったとき、それが xU 以上の

場合のみ、 xUまで戻すべきことを意味している。PAAにまで戻そうとすると、リスク・リ

ターンの改善以上にコストがかかってしまうので、リバランスはその手前でストップすると

いうわけである。

 株式の構成比が低下した場合も同様にして、リバランスの下限( xL)を求めることがで

きる。両者を合わせると、結局、次のようなリバランス戦略が得られる。

A

cxxx L xL

xU

θτ−=< * のときは  まで増やす

x x xL U< < のときはリバランスしない

A

cxxx U

θτ+=> * のときは  まで減らす

 リバランスの上下限は、上式から明らかなように、取引コスト、投資期間(満了までの残

存年数)および投資家のリスク許容度に依存する。取引コストが大きければ、売買に伴うマ

イナスが大きいので、リバランスしない範囲は拡大する。また運用期間が短ければ、期間中

に期待されるリターン(リスク)と比べて相対的にコストが大きくなるので、やはり上下限

幅は拡大する。そしてリスク許容度が大きければ、時価構成比がPAAから外れてリスクが

大きくなることより取引コストがかかることの方が重大なため、取引を減らすようにリバラ

ンスをしない範囲が拡大する。

 おおよそのイメージを与えるため数値例を挙げておく。期待リターンと推計リスクを

μS=0.070、μB =-0.001、σS=0.21、σB =0.04、ρSB =0.00とし、リスク許容度をτ=0.235とす

ると、PAAの株式配分比(中心線)は40%となる。そして株式と債券の入替えのコスト c

を1%とすると、投資の残存年数θが1年の場合は中心線からの上下限幅は

051.00457.0

101.0235.0=

×=

A

cθτ

となる。つまり、構成比が中心線から上下5.1%以上乖離したら、40.0±5.1%にまで戻すの

である。この上下限幅は残存年数に応じて、図表5-3のように拡大、あるいは縮小する。

⑵ アセット・ロケーション 機関投資家が年金資金を運用する場合などは税金の問題を考える必要はないが、個人(家

計)の資産運用では税金が実質的なリターンに大きな影響を与える。その影響は長期になる

ほど大きく、また運用の形態によっても大きな違いがある。

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(注26)他に所得があまりない場合は、引出し時に所得控除が適用されて実質的には、非課税となるが、この場合はEEEになる。

(注27)米国の個人年金勘定(Individual Retirement Account=IRA)は基本的にはEETであるが、Roth型IRAと呼ばれるものはTEEである。

80

 典型的な個人の貯蓄に対する課税は次のようである。まず所得を稼いだときに所得税が課

される。貯蓄はこの課税後所得から行われ、それを運用した収益(利息や配当)に対しても

課税される。ただし、貯蓄を引き出すときには税金はかからない。一般に貯蓄に関する課税

はこの3つの段階(貯蓄源泉、運用収益、引出し)で課税か非課税かによって区別されるが、

課税をT(Taxed)、非課税をE(Exempt)で表すと、典型的な貯蓄は3つの段階の順にTTE

と表される。これに対して確定拠出年金の場合は、拠出は所得から控除され(貯蓄源泉は非

課税)、運用収益にも課税されないが、原則として引出し時に課税されるので、EETという

ことになる(注26)。また財形年金貯蓄の場合は、貯蓄は課税後の所得から行われるが、運用収

益には課税されず、引出しにも税金はかからないので、TEEである(注27)。

 このような課税の違いは蓄積額にどのような差をもたらすのだろう。いま課税前の所得 Y

を n 年間運用するとし、当初の所得税率を t Y 、運用収益率を r(一定と想定)、収益に対す

る税率を t r 、引出し時の税率を t P とすると、それぞれの税引き後の金額は次のようになる。

すべて非課税 EEE: ( )nrY +1

一般の貯蓄 TTE: ( ) nrY trtY )1(1)1( −+−

確定拠出年金 EET: ( ) )1(1 Pn trY −+

財形年金貯蓄 TEE: ( )nY rtY +− 1)1(

図表5-3 PAAからの乖離許容幅

5 4 3 2 1残存年数(年)

上限

下限

PAA(中心線)

( %)

0

10

20

30

40

50

60

70

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(注28)ただし、現役時には所得が多い一方、退職後は他にあまり所得がないとすると、累進所得税制の下では t Y > t P となって、EET>TEEとなる。

(注29)この場合、EET=TEEであるので、表ではTEEを省略して、EETで代表させている。

81

第5章 長期投資とアセット・アロケーション

 ここでもし、当初の所得税率と引出し時の所得税率が同じ( t Y = t P)とすると、EETと

TEEは等しくなる(注28)。また上式から明らかなように、TTEはTEEより収益に課税される

分だけ不利である。したがって、一般にはEEE>EET=TEE>TTEとなる。図表5-4は、

簡単化のため税率を一律( t Y = t P = t r)として(注29)、税率や運用収益率(リターン)、運用

期間によってどのような違いが生じるかをみたものである。

 表の上段は課税前の貯蓄額(拠出額)を100としたときの最終的な金額を、また下段はそ

れを、それぞれのケースのEEEを100とした指数で示している。これによると、EETはEEE

と比べて、リターンや運用期間に関係なく、一律に所得税率分だけ小さくなる。またTTE

はこのEETよりさらに小さくなっており、その低下幅は、リターンが高いほど、運用期間

が長いほど、また税率が高いほど大きい。

 個人は一般に、確定拠出年金だけでなく一般の貯蓄によっても退職後に備えているが、上

記の分析は、アセット・アロケーションとともに、株式や債券を、課税状況に応じてどの勘

定で運用するかも大切なことを示唆している。リターンや実質的な税率は運用資産(株式や

債券)によって差があるので、それを一般の貯蓄(課税勘定)から確定拠出年金(非課税勘

定)に移したとき、節税効果は資産の種類によってかなり違う。ところが、確定拠出年金の

非課税枠は限られているから、それを最大限に生かすには、そこでの運用は一般の貯蓄で税

負担が最も高い資産に集中するのがよい。資産運用は確定拠出年金と一般の貯蓄を合わせた

全体で行い、その上で確定拠出年金には節税効果の最も大きい資産をあてるのである。こ

図表5-4 課税の効果

リターン 3% 4% 5%税率(%) 投資期間(年) 10 20 30 10 20 30 10 20 30

EEE 134.4 180.6 242.7 148.0 219.1 324.3 162.9 265.3 432.210% EET 121.0 162.6 218.5 133.2 197.2 291.9 146.6 238.8 389.0

TTE 117.5 153.3 200.2 128.2 182.6 260.0 139.8 217.1 337.120% EET 107.5 144.5 194.2 118.4 175.3 259.5 130.3 212.3 345.8

TTE 101.4 128.6 163.0 109.6 150.2 205.8 118.4 175.3 259.530% EET 94.1 126.4 169.9 103.6 153.4 227.0 114.0 185.7 302.5

TTE 86.2 106.1 130.6 92.3 121.6 160.3 98.7 139.3 196.5EEE 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0

10% EET 90.0 90.0 90.0 90.0 90.0 90.0 90.0 90.0 90.0TTE 87.4 84.9 82.5 86.6 83.3 80.2 85.8 81.8 78.0

20% EET 80.0 80.0 80.0 80.0 80.0 80.0 80.0 80.0 80.0TTE 75.5 71.2 67.1 74.1 68.6 63.5 72.7 66.1 60.0

30% EET 70.0 70.0 70.0 70.0 70.0 70.0 70.0 70.0 70.0TTE 64.1 58.7 53.8 62.3 55.5 49.4 60.6 52.5 45.5

(注) 上段は100の所得を所定のリターンで所定の期間(年)だけ運用したときの金額。 下段はEEEを100としたときのそれぞれのケースの金額の指数。

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のように運用資産を非課税と課税の勘定に割り振ることをアセット・ロケーション(Asset

Location)という。

 それでは具体的に、アセット・ロケーションはどのようにしたらよいだろうか。非課税運

用による節税効果は、上記の分析から、①課税運用の場合に税率の高い資産クラスほど、ま

た②期待リターンが高い資産クラスほど、大きいといえるが、日本では2016年1月以降、金

融所得課税の一体化により上場株式等(上場株式、公募株式投信)と公社債等(公社債、公

募公社債投信)の課税制度が統一されたため、株式や債券など主要資産クラスの税率に概ね

差異がなくなった。したがって、節税効果は②の期待リターンの差異がポイントとなり、期

待リターンが相対的に高い株式などのリスク資産の方が、債券よりも確定拠出年金やNISA

などの非課税運用に割り振る効果が期待できる。

 Poterba, Shoven and Sialm[2000]はこうした観点から、米国での実際のデータに基づ

いて、アセット・ロケーションの効果を分析した。彼らは1962 ~ 1998年に毎年実質ベース

で一定額を積立て、それを実際に存在した株式のアクティブ・ファンドと債券で50%ずつ運

用したとしたとき、そのどちらを非課税勘定に回した方が最終的に資産蓄積額が大きくなっ

たかをシミュレートした。ただし米国の制度を反映して、債券は非課税勘定のときは利回り

の高いTaxable Corporate Bondsに、また課税勘定のときは利回りは低いが税務上優遇措置

のあるTax-Exempt Municipal Bondsに投資することとした。

 その結果は、非課税勘定は株式にした方が、高い税率の個人では10%近く、また中位の

税率の個人の場合でも5%前後、最終的な資産額が大きくなったという。米国ではTax-

Exempt Municipal Bondsがあったことも作用しただろうが、非課税勘定の節税効果は高い

リターンの株式の方が大きかったことを示している。

 以上の結果は、税制等が異なるわが国にそのまま適用するわけにはいかないが、米国と同

様、日本においても、期待リターンの高い資産クラスを税務上優遇措置のある確定拠出年金

で運用するメリットが大きい。

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【参考文献】

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85

【アルファベット】

CPPI(Constant Proportion Portfolio Insurance、コンスタント・プロポーション・ポートフォリオ・インシュアランス)……………………………………… 66, 69DAA(Dynamic Asset Allocation、ダイナミック(動的)・アセット・アロケーション)……………………………………… 2, 5, 52PAA(Policy Asset Allocation、ポリシー

(政策的)・アセット・アロケーション)…………………………… 2, 3, 4, 11, 26, 43PI(Portfolio Insurance、ポートフォリオ・インシュアランス) ………………… 6, 60Plan(計画)、Do(実行)、See(評価)、Act(改善) …………………………… 3SAA(Strategic Asset Allocation、戦略的アセット・アロケーション) ………… 2TAA(Tactical Asset Allocation、タクティカル(戦術的)・アセット・アロケーション)……………………………………… 2, 5, 52

【あ行】

アクティブ運用………………………… 48アセット・アロケーション

(Asset Allocation、資産配分) … 2, 3, 50アセット・ロケーション(Asset Location)…………………………………………… 82イールド・スプレッド………………… 56インプライド・アプローチ…………… 36エクイティ・リスク・プレミアム … 28, 30オプティマイザー(Optimizer) …… 44

【か行】

買い持ち戦略(Buy and Hold) ……… 69価値関数(Value Function) ………… 74近視眼的ポートフォリオ……………… 75効率的フロンティア(Efficient Frontier)…………………………………………… 44コンスタント・プロポーション・ポートフォリオ・インシュアランス(Constant Proportion Portfolio Insurance=CPPI) …… 66, 69コンセンサス・アプローチ…………… 34

【さ行】

先渡パリティ…………………………… 29サプライサイド・アプローチ………… 38シナリオ・アプローチ………………… 55人的資本………………………………… 76戦略的アセット・アロケーション(SAA)…………………………………………… 2

【た行】

ダイナミック・ヘッジング…………… 6ターム・プレミアム…………………… 28ダイナミック(動的)・アセット・アロケーション(DAA) …………………… 2, 5, 52タクティカル(戦術的)・アセット・アロケーション(TAA) …………………… 2, 5, 52動的計画(ダイナミック・プログラミング)…………………………………………… 73

【は行】

ヒストリカル・アプローチ…………… 31ビルディング・ブロック法…………… 27プロテクティブ・プット………… 60, 61平均分散最適化法

(Mean-Variance Optimization) ……… 44ヘッジング・ポートフォリオ………… 75ポータブル・アルファ………………… 51ポートフォリオ・インシュアランス(PI)………………………………………… 6, 60ホライズン・プレミアム……………… 28ポリシー(政策的)アセット・アロケーション(PAA) ……………… 2, 3, 4, 11, 26, 43

【ま行】

マーケット・タイミング……………… 52

【ら行】

リスク許容度……………………… 2, 9, 42リサンプリング法……………………… 46リスク・パリティ(Risk Parity) …… 6リスクの時間分散効果………………… 70リバランス……………………………… 77

索  引