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第九回 総合研究機構研究成果報告会 〔シンポジウム趣旨説明 〕 李   成 市 (早稲田大学朝鮮文化研究所所長・ 早稲田大学文学学術院教授) *司会: ここで司会を、本日の総合司会を担当いたします河野貴美子早稲田大学日本古典籍研究所所長、文学学 術院教授に代わらせていただきます。それでは河野先生、よろしくお願いいたします。 *司会(河野): 本日総合司会を担当させていただきます早稲田大学の河野貴美子と申します。よろしくお願いいたしま す。 それでは初めにシンポジウムの趣旨説明を、早稲田大学朝鮮文化研究所の所長、早稲田大学文学学術院 教授の李成市より申し上げます。 本日は国際シンポジウム、「広開土王碑130年――集安高句麗碑発見と東アジア」にご参席くださいまし てありがとうございます。シンポジウムを立案した者を代表して、シンポジウムの趣旨をご説明いたしま す。広開土王碑は、高句麗史にとっての第一級の資料であるばかりでなく、日本古代史上の対外関係の資 料として最も重要な資料として注目されてまいりました。先ほど恩蔵理事や森原機構長のご挨拶にもあり ましたように、広開土王碑は日本史、世界史の教科書にも写真が掲載されるなど、この日本では大変馴染 み深い資料であります。その石碑が確認されましたのは1880年に遡り、本格的な墨本作成はその翌年に始 まりました。この頃、現地を訪れた酒匂景信(陸軍参謀本部砲兵大尉)が墨水廓填本という墨本を入手し て日本に招来しましたのは、この墨本が作成されて間もない1883年のことでありました。これを契機に、 日本における広開土王碑研究が開始され、その後、広開土王碑文の学術的な研究は日本にとどまらず、朝 鮮、中国へと広がり、各国の国民的な関心を集めながら、国際的な規模で展開されました。広開土王碑研 究130年を迎える今年1月、広開土王碑の内容と酷似する碑跡が高句麗の都であった集安で発見されたと いう報道がございました。国内外に公表されるや否や、この新たな資料についての国際的な議論がすぐさ ま始まりました。碑石そのものの公表はそれに先立つ2012年7月29日に発見された直後より、中国の研究 者によって周到な調査検討がなされた上で、今年の1月に報道されたものでありました。後ほど詳しく発 見の経緯などについて孫仁傑先生のご講演があると思います。発見された石碑は、これも孫仁傑先生がこ の度このシンポジウムのために、今まで外国に出たことのない拓本をお持ちくださって、この壇上に掲げ るようにさせていただきますが、この発見された石碑は長方形でありまして、上部は左右、両端を斜めに 削った形をしており、高さは173センチ、幅が65センチ前後の花崗岩の両面に文字が刻まれておりました。 表面にはこれまでの研究調査によりますと、218字が刻まれていたと推定されておりますが、最も重要な 点は、冒頭と末尾に、先ほど来お話しいたしました広開土王碑文と共通の語句や表現が見られることであ りまして、その立碑は、広開土王碑414年前後と推定されております。日本の学会におきましては、1972 年以来、広開土王碑改竄説が提起され、それを契機に論争が繰り広げられてきましたが、4世紀、5世紀 の東アジアの動向を知る上で第一級の同時代資料としての広開土王碑文の重要性はいささかも揺るぎませ ん。むしろ改竄説の批判的な検討の過程で、碑文の内容分析が大変深化してきたという経緯を辿っており 119

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第九回 総合研究機構研究成果報告会

〔シンポジウム趣旨説明 〕

 李   成 市 (早稲田大学朝鮮文化研究所所長・

早稲田大学文学学術院教授)

*司会:

 ここで司会を、本日の総合司会を担当いたします河野貴美子早稲田大学日本古典籍研究所所長、文学学

術院教授に代わらせていただきます。それでは河野先生、よろしくお願いいたします。

*司会(河野):

 本日総合司会を担当させていただきます早稲田大学の河野貴美子と申します。よろしくお願いいたしま

す。

 それでは初めにシンポジウムの趣旨説明を、早稲田大学朝鮮文化研究所の所長、早稲田大学文学学術院

教授の李成市より申し上げます。

 本日は国際シンポジウム、「広開土王碑130年――集安高句麗碑発見と東アジア」にご参席くださいまし

てありがとうございます。シンポジウムを立案した者を代表して、シンポジウムの趣旨をご説明いたしま

す。広開土王碑は、高句麗史にとっての第一級の資料であるばかりでなく、日本古代史上の対外関係の資

料として最も重要な資料として注目されてまいりました。先ほど恩蔵理事や森原機構長のご挨拶にもあり

ましたように、広開土王碑は日本史、世界史の教科書にも写真が掲載されるなど、この日本では大変馴染

み深い資料であります。その石碑が確認されましたのは1880年に遡り、本格的な墨本作成はその翌年に始

まりました。この頃、現地を訪れた酒匂景信(陸軍参謀本部砲兵大尉)が墨水廓填本という墨本を入手し

て日本に招来しましたのは、この墨本が作成されて間もない1883年のことでありました。これを契機に、

日本における広開土王碑研究が開始され、その後、広開土王碑文の学術的な研究は日本にとどまらず、朝

鮮、中国へと広がり、各国の国民的な関心を集めながら、国際的な規模で展開されました。広開土王碑研

究130年を迎える今年1月、広開土王碑の内容と酷似する碑跡が高句麗の都であった集安で発見されたと

いう報道がございました。国内外に公表されるや否や、この新たな資料についての国際的な議論がすぐさ

ま始まりました。碑石そのものの公表はそれに先立つ2012年7月29日に発見された直後より、中国の研究

者によって周到な調査検討がなされた上で、今年の1月に報道されたものでありました。後ほど詳しく発

見の経緯などについて孫仁傑先生のご講演があると思います。発見された石碑は、これも孫仁傑先生がこ

の度このシンポジウムのために、今まで外国に出たことのない拓本をお持ちくださって、この壇上に掲げ

るようにさせていただきますが、この発見された石碑は長方形でありまして、上部は左右、両端を斜めに

削った形をしており、高さは173センチ、幅が65センチ前後の花崗岩の両面に文字が刻まれておりました。

表面にはこれまでの研究調査によりますと、218字が刻まれていたと推定されておりますが、最も重要な

点は、冒頭と末尾に、先ほど来お話しいたしました広開土王碑文と共通の語句や表現が見られることであ

りまして、その立碑は、広開土王碑414年前後と推定されております。日本の学会におきましては、1972

年以来、広開土王碑改竄説が提起され、それを契機に論争が繰り広げられてきましたが、4世紀、5世紀

の東アジアの動向を知る上で第一級の同時代資料としての広開土王碑文の重要性はいささかも揺るぎませ

ん。むしろ改竄説の批判的な検討の過程で、碑文の内容分析が大変深化してきたという経緯を辿っており

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ます。多くの人になかなか理解されないのですが、この改竄説というのはほとんど否定されておりますが、

一時は教科書などに改竄説が提唱され、碑文の内容に疑義が持たれるというようなことが書かれたことも

ございました。現在では改竄説というのはまったく存立する余地がないというふうに国際的にも認知され

ております。

 この度発見された集安高句麗碑は、刻まれた内容と立碑年からも、広開土王碑の持つ資料的な性格を解

明する手がかりとなり、その重要性を補完するものとして刮目すべき資料であります。それゆえ、中国に

おいては発見直後の集中的な討議を経て報告書が既にまとめられ、それが記者発表直後に公開されまし

た。

 一方、韓国では今年の1月の発表を受けて、韓国古代史学会の関係者が現地を訪問した後、この中国に

おける報告書の中心的な役割を担った耿鐵華先生、孫仁傑先生、両先生を招聘して4月に公開シンポジウ

ム、「新発見集安高句麗碑総合的研究」をソウルで開催しました。その時、私も日本から参席させていた

だきました。それらの報告を網羅した韓国古代史研究、これは『集安高句麗碑特集』という題で既に刊行

されております。

 集安高句麗碑発見の重大性にふさわしいこうした中国、韓国学会の対応に対して、広開土王碑研究を国

際的にリードしてきた日本では残念ながら学会挙げての検討会は開催されておりません。このような状況

に鑑みて、早稲田大学総合研究機構では、朝鮮文化研究所を初め、日本古典籍研究所、奈良美術研究所が

共同して、新出の資料である集安高句麗碑のもつ内容とその歴史的意義を、学界のみならず広く市民に向

けて明らかにすることを目指し、シンポジウムを開催することといたしました。集安高句麗碑の議論を通

して、中国・韓国両国の学会との学術交流の一助になればと期待しております。ぜひ本日のシンポジウム

にご期待いただきたいと思います。立案者を代表して趣旨説明とさせていただきます。     (拍手)

*司会:

 どうもありがとうございました。

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