年金運用 Navigator (3/4) ·...

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Ⅱ.ポートフォリオの構築 年金運用 Navigator (3/4) 本書は、明治安田生命保険相互会社 総合法人業務部 団体年金コンサルティング室が情報提供資料として作成したものです。 本書は、情報提供のみを目的として作成したものであり、保険の販売その他の取引の勧誘を目的としたものではありません。 当社では、本書中の掲載内容について細心の注意を払っていますが、これによりその情報に関する信頼性、正確性、完全性などに ついて保証するものではありません。掲載された情報を用いた結果生じた直接的、間接的トラブルや損失、損害については、当社は 一切の責任を負いません。またこれらの情報は、予告なく掲載を変更、中断、中止することがあります。 本書記載のインデックスに関する著作権、知的財産権その他一切の権利は、当該インデックスの公表元またはその許諾者に帰属します。 本書の著作権は明治安田生命保険相互会社に属し、その目的を問わず無断で複製、転載および譲渡することはご遠慮ください。 団体年金コンサルティング室 2012 4 1

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Ⅱ.ポートフォリオの構築

年金運用 Navigator (3/4)

本書は、明治安田生命保険相互会社 総合法人業務部 団体年金コンサルティング室が情報提供資料として作成したものです。

本書は、情報提供のみを目的として作成したものであり、保険の販売その他の取引の勧誘を目的としたものではありません。

当社では、本書中の掲載内容について細心の注意を払っていますが、これによりその情報に関する信頼性、正確性、完全性などに

ついて保証するものではありません。掲載された情報を用いた結果生じた直接的、間接的トラブルや損失、損害については、当社は

一切の責任を負いません。またこれらの情報は、予告なく掲載を変更、中断、中止することがあります。

本書記載のインデックスに関する著作権、知的財産権その他一切の権利は、当該インデックスの公表元またはその許諾者に帰属します。

本書の著作権は明治安田生命保険相互会社に属し、その目的を問わず無断で複製、転載および譲渡することはご遠慮ください。

団体年金コンサルティング室

2012 年 4 月 1 日

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Ⅱ.ポートフォリオの構築

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1. 政策アセットミックスの構築

(1)重要な政策アセットミックスの構築

・昨今、アセットミックス見直しの動きが多くみられま

す。そこで、最初に、このような動きの背景(企業年

金をめぐる環境変化)について再確認したいと思いま

す。

・まずは運用環境です。景気低迷にともなう長期的な低

金利が継続し、株価も不安定に推移していることから、

企業年金全体の収益率も安定しない状況となっていま

す。2000年度から 3年連続のマイナス収益率を記録し

た後も、変動の大きい環境が続いています。

・次に会計制度の変化です。なかでも、2000 年度から導

入された退職給付会計は、企業の財務戦略や人事戦略

に大きく影響を与えたと思われます。加えて国際会計

基準の導入による未認識債務のバランスシートへの即

時認識の適用が予定されているなど、年金の積立状況

や運用実績が直接企業のバランスシートに影響を与え

る動きにより、企業と年金のバランスシートの一体化

が進んでいます。

・退職給付会計の導入と不安定な運用環境を受け、年金

資産運用のリスクを見直す動きが続いています。

・この間、金融技術が発展し、新たな投資手法、商品の

開発が相次ぎました。この結果、年金資産運用での運

用手法は多様化したといえます。

・確定拠出年金法(2001年)、確定給付企業年金法(2002

年)の年金二法の施行以降、DCや CB等年金制度の選択

肢の拡大、適格年金の確定給付企業年金への移行など

年金制度見直しが進展しました。

ア.環境の変化と年金資産運用

Ⅱ―1(1)政策アセットミックスの構築(重要な政策アセットミックスの構築)

退職給付会計・時価会計の導入

3.391.98

5.21 5.21

0.74

10.27

3.655.65

2.56

13.09

-9.83

-4.16

-12.46

16.17

4.59

19.16

4.50

-10.58

-17.80

14.29

-0.54

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15

20

25

90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10

時価ベース運用利回りの推移(企業年金連合会運用実態調査より)((%)

-79-

① 年金制度をめぐる環境の変化

a.不安定な運用環境

b.会計制度の変化-退職給付会計の導入

d.年金制度の多様化

長期的な低金利継続と株価の変動から、企業年金の収益率も年度ごとに大きく変動

企業の財務戦略、人事戦略に大きな影響

リスク低減(回避)志向の高まり

年金二法の制定によって拡大した年金制度の選択肢

DB、CB、DC

c.金融技術の発展

金融技術の発展 新たな投資手法・商品の開発進展 多様化する運用手法

(年度)

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・以上のような企業年金をめぐる環境の変化を受けて、

企業年金の資産運用も変貌しつつあります。

・左表は 2011年に公表された企業年金連合会の資産運用

実態調査ですが、国内株式の構成比が低下する一方で、

国内債券、一般勘定、その他資産(オルタナティブ投

資が主体です)の構成比が上昇しています。

・国内株式の構成比低下や国内債券・一般勘定の上昇に

関しては、環境変化を受けての運用安定化ニーズに対

応したものです。

他方、その他資産の構成比上昇については、金融技

術の発展にともない新たな商品が開発されるなか、①

安定資産としての債券の代替や、②投資対象の拡大(分

散投資)を目的とした組入れと思われます。

・いずれにしても、運用規制が撤廃され、新たな運用商

品が開発される下では、自らの判断による効率的な運

用が可能となっている一方で、アセットミックスを含

むリスク管理が、受託者責任の観点から従前以上に重

要になっていると思われます。

・ご参考までに、オルタナティブ投資の実施状況につい

てみたのが左図です(企業年金連合会の資産運用実態

調査より)。

2002 年度には 7.8%に過ぎなかった企業年金での採用

先は、年々増加し、2010年度には 60.7%に達していま

す。なお、採用商品は、ヘッジファンドが 60%弱を占

めますが、不動産関連商品やプライベートエクイティ

等への多様化も見受けられます。

・オルタナティブ投資の詳細は、Ⅰ-3(4)節以降(57~77

ページ)をご参照ください。

Ⅱ―1(1)政策アセットミックスの構築(重要な政策アセットミックスの構築)

重要な政策アセットミックスの構築

(ご参考)オルタナティブ投資の採用状況

② 変化する年金資産運用

リスク管理の重要性に対する認識が不可欠

資産構成割合の変化(企業年金連合会資産運用実態調査より) (単位:%)

2010年度 2009年度 2008年度 2007年度 2006年度 2005年度 2004年度

国内債券 26.8 26.1 27.0 24.9 21.8 20.9 22.1

国内株式 18.9 21.3 20.3 23.5 28.0 30.8 26.8

外国債券 11.5 12.2 13.3 13.1 12.5 11.7 12.0

外国株式 17.5 16.7 13.3 16.2 18.8 18.3 16.5

一般勘定 13.0 11.7 12.6 10.1 8.2 7.5 8.5

その他 8.6 7.9 9.0 8.7 7.7 7.4 7.1

短期資金 3.7 4.2 4.4 3.5 2.9 3.5 7.1

 (注)その他はオルタナティブ投資、不動産、転換社債、貸付金等

・オルタナティブ投資の採用先は年々増

加し、過半数を突破

・採用商品は、ヘッジファンドが大宗を

占める(約 59%)が、多様化のきざし

-80-

資産構成割合は変化

オルタナティブ投資実施状況推移(企業年金連合会資産運用実態調査)

7.8% 34.2%

56.8% 57.5% 60.7%

92.2%

65.8%

43.2% 42.5% 39.3%

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

2002 2004 2006 2008 2010

実施済 未実施

a.環境変化と運用安定化へのニーズ

b.金融技術の発展

傾向的に低下する国内株式の構成比

増大するオルタナティブ投資等

年度

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・以下では、環境変化等を受けて重要性を増す年金資産

運用におけるリスク管理について考えてみたいと思い

ます。

・企業年金運営の最大の目的は、将来の給付を確実にす

ることです。具体的には、a.長期的視点での給付原資

の確保とともに、b.母体企業の追加拠出、掛金引き上

げリスクを回避することや、c.給付削減リスクを回避

することが重要です。

・換言すれば、企業年金運営上の最大のリスクは、制度

運営上許容できない積立不足に陥ることです。

・このようなリスク回避のためには、想定していた期待

収益と実際の運用収益の乖離を一定の範囲内に収める

ことが重要で、これが年金資産運用のリスク管理の要

諦といえます。

・以上のような年金資産運用のリスク管理においては、

資産配分がもっとも重要とされています。

・これは、内外で「資産運用の収益率変動の 90%は資産

配分で説明される」と実証検証されているためです。

・したがって、厚生年金基金連合会(現企業年金連合会)

リスク管理研究会「厚生年金基金のリスク管理」第一

次報告でも、左記のように「リスク管理とは政策アセッ

トミックスの策定」と位置付けられています。

① 年金資産運用におけるリスク管理とは

② 年金資産運用におけるリスク管理と受託者責任

イ.企業年金のリスク管理と政策アセットミックス

「基金のリスク管理とは、すなわち政策アセットミックスの策定そのものであるといっても過言

ではない」{厚生年金基金連合会(現企業年金連合会)リスク管理研究会「厚生年金基金のリスク

管理」第一次報告}

Ⅱ―1(1)政策アセットミックスの構築(重要な政策アセットミックスの構築)

a.長期的視点での給付原資確保

b.母体企業の追加拠出、掛金引き上げリスク

の回避

c.給付削減リスクの回避、が重要

企業年金運営の最大の目的

将来の給付を確実にすること

「運用成績の 90%は資産配分で決定」とする

考え方が一般的

-81-

企業年金運営上の最大のリスク 制度運営上、許容できない積立不足に陥ること

年金資産運用のリスク管理の要諦 想定していた期待収益と実際の運用収益の乖離を

一定の範囲内に収めることが重要

運用リスク管理においては、資産

配分がもっとも重要

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・運用リスク管理については、受託者責任の観点から法

令や受託者責任ガイドライン(厚生労働省作成)等で

規定され、また、これを受けて厚生年金基金連合会(現

企業年金連合会)が受託者責任ハンドブックを作成し

ています。このうち、資産配分に関する重要な事項は

以下のとおりです。

・運用基本方針とは、年金制度の財政状況や長期的見通

しといった負債サイドの状況や母体企業のリスク負担

能力も勘案して、資産サイドの運用の目標や資産構成

に関する事項など、運用の基本的な考え方・方針を明

文化したものです。

・年金資産運用の根幹を形成するものですので、その策

定は法令により義務づけられています(確定給付企業

年金においては、左記のとおり確定給付企業年金法施

行令第 45条で、また、厚生年金基金は厚生年金保険法

第 136条の 4で規定されています)

・また、政策アセットミックスの策定については左記の

とおり「努めなければならない」とする努力義務であ

り、厳密には義務付けられてはいませんが、運用基本

方針の中心であるだけに、極めて重要です(厚生年金

基金についても、厚生年金基金規則第 41条の 6にて同

様の規定がされています)。

・したがって、受託者責任ガイドラインにおいても、「事

業主等は、自らの判断の下に政策的資産構成割合を定

めるよう努めなければならない」と明文化しています。

Ⅱ―1(1)政策アセットミックスの構築(重要な政策アセットミックスの構築)

b.政策アセットミックスの構築(努力義務)

・「事業主等は、次に掲げるところにより、積立金の運用を行うよう努めなければならない。

(略)長期にわたり維持すべき資産の構成割合を適切な方法により定めること」

(確定給付企業年金法施行規則第 84条)

・「事業主等は、自らの判断の下に政策的資産構成割合を定めるよう努めなければならない」

(受託者責任ガイドライン本文)

-82-

a.運用基本方針の策定(義務)

「事業主及び基金は、積立金の運用に関して、運用の目的その他厚生労働省令で定める事項

を記載した基本方針を作成し、当該基本方針に沿って運用しなければならない」

(確定給付企業年金法施行令第 45条)

運用リスク管理

(受託者責任)

法令、受託者責任ガイドライン(厚生労働省作成)等で

規定

② 年金資産運用におけるリスク管理と受託者責任(続)

受託者責任ハンドブック(厚生年金基金連合会作成)に詳細説明

(運用基本方針)

年金制度の財政状況や長期的な見通し、母体企業のリスク負担能力等を踏まえ、資産

運用の目標や資産構成に関する事項など運用の基本的な考え方・方針を定めたもの

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・政策アセットミックスとは、企業年金の運営主体(事

業主、基金)が長期的な年金制度の安定運営を目的に、

負債サイドの要件を勘案して策定される資産構成割

合のことで、長期的に維持すべきものです。

・年金資産運用の哲学といえる運用基本方針の中核を形

成するものであり、また、運用基本方針の考え方をア

セットミックスとして計数化(具現化)したものとも

いえます。

・なお、資産配分においては、短期的な市場見通しに基

づいて資産構成割合を変更する(タクティカルアセッ

トアロケーション戦略と呼称します)ことも考えられ

ますが、長期的な資産運用では、基本となる資産構成

割合を決めて、これを長期的に維持するほうが効率的

といわれています。

・政策アセットミックスは長期的に維持すべきものです

ので、策定に際しても5~10年程度の期間を想定し

ます。

・長期的なものとはいえ、検証そのものは継続的に実施

し、経済環境や年金財政状況など、策定時の諸条件に

変化があった場合には見直しを検討します。

・策定に際しては、ALM 分析等を通し、負債サイドの要

件に整合的な対象資産の構成割合を決定します。対象

資産の構成割合決定は、資産ごとのリターン、リスク、

相関係数等を各種手法で推計し、策定します。

・次章以降では、政策アセットミックス策定プロセスと

構成比に大きな影響を与えるといわれる期待収益率

の推計について説明します。

① 政策アセットミックスとは

ウ.政策アセットミックス

Ⅱ―1(1)政策アセットミックスの構築(重要な政策アセットミックスの構築)

・ALM分析等を通し、負債サイドの要件に整合的な対象資産の構成割合を決定

・対象資産の構成割合決定に際しては、資産ごとのリターン、リスク、相関係数等を各種

手法で推計し、導出

・次章以降では、政策アセットミックス策定プロセス、期待収益率の推計手法を説明

・5~10年程度の期間を想定して策定

・検証は継続的に実施

・経済環境や年金財政状況など、策定時の諸条件に変化があった場合に見直し検討

-83-

② 政策アセットミックスの構築

・長期的に年金制度を安定運営するため、負債サイドの要件を満たす期待収益確保を目

的に策定される最適資産構成割合

・企業年金が長期的に維持すべきもの

運用基本方針の中核を形成、もしくは運用基本方針を具現化したもの

長期的な運用

短期的な市場動向等に左右されて資産構成割合を変更するより

も、基本となる資産構成割合を決めてこれを維持するほうが効

率的

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(2)政策アセットミックス策定のプロセス

ア.プロセスの概要

・年金運用では、さまざまな投資対象への運用という資

産サイドと将来の給付支払いという負債サイドとのバ

ランスをいかにうまく保ち続けるかということが課題

となります。

・ここでは、この課題を解決すべく、政策アセットミッ

クス策定のプロセスをみていきたいと思います。

・政策アセットミックス策定のプロセスを概観すると、

左図のとおりです。

・資産サイドからのアプローチでは、運用対象資産の特

性(期待収益率、標準偏差等)を推計したうえで、効

率的な資産構成の集合体である有効フロンティアを策

定し、政策アセットミックス候補を選択します。

・負債サイドからのアプローチでは、企業年金制度の財

政状況、母体企業の財務状況の現状と将来を把握し、

リスク許容度を設定します。

・これらを踏まえて ALM 分析を行ないます。シミュレー

ション型 ALM により選ばれた政策アセットミックス候

補が、バランスシート型 ALM によるサープラス管理の

観点からも許容しうるかを検証し、政策アセットミッ

クスを決定します。

・政策アセットミックス策定後のリスク管理の一つとし

て、政策アセットミックスから乖離したポートフォリ

オを政策アセットミックスに戻すリバランスが重要で

す。このため、事前にリバランスの手法・ルールを決

めておく必要があります。

・以下、各項目について解説します。

Ⅱ―1(2)政策アセットミックスの構築(政策アセットミックス策定のプロセス)

-84-

投資対象資産の特性(期待収益率、

標準偏差、相関係数)の推計

有効フロンティアの策定

政策アセットミックス候補の選択

資産サイドからのアプローチ

企業年金制度の財政状況(積立状況、

成熟度)の現状と将来の把握

母体企業の財務状況(追加掛金拠出

能力)の現状と将来の把握

リスク許容度の設定

負債サイドからのアプローチ

政策アセットミックスの決定

リバランス方針の設定(政策アセットミックス策定後のリスク管理)

シミュレーション型 ALMによる分析 バランスシート型 ALMによる検証

ALM分析

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イ.資産サイドからのアプローチ

・資産サイドからのアプローチでは、運用対象資産の特

性(期待収益率、標準偏差、相関係数)を推計したう

えで、効率的な資産構成の集合体である有効フロン

ティアを策定し、政策アセットミックス候補を選択し

ます。

・政策アセットミックスにおける投資対象資産としては、

通常、国内債券、国内株式、外国債券、外国株式、短

期資金の5資産を考えます。オルタナティブ資産等に

ついては、5資産の代替としてアセットミックスに入

れることが多いようです。

・この5資産について、期待収益率、標準偏差、相関係

数を推計していきます。

・期待収益率は、中長期的にその資産に期待される収益

率で、過去データを使用する方法、予測値を使用する

方法等、いくつかの方式がありますが、ビルディング

ブロック方式が比較的多く用いられています。

・各方式の詳細については、(3)節で詳しく解説します。

Ⅱ―1(2)政策アセットミックスの構築(政策アセットミックス策定のプロセス)

① 投資対象資産の特性(期待収益率、標準偏差、相関係数)の推計

投資対象資産(国内債券、国内株式、外国債券、外国株式、短期資金)について、期待収益率、

標準偏差、相関係数を推計

-85-

投資対象資産の特性(期待収益

率、標準偏差、相関係数)の推計

有効フロンティア

の策定

政策アセットミッ

クス候補の選択

中長期的にその資産に期待される収益率 期待収益率

期待収益率の推計は、下表のように、ヒストリカルデータ方式、ビルディングブロック方式等

の方法がある。各方式の詳細については(3)節を参照

a.期待収益率の推計

名 称 手 法

ヒストリカルデータ方式 過去データの平均値を用いる

ビルディングブロック方式 リターンをいくつかの構成要素に分解し、個々の要素について予測値を置き、それらの積み上げで将来のリターンを予測する

リバースオプティマイゼーション方式

市場ポートフォリオを最適アセットミックスと見做し、各資産の時価構成額と推定期待リスクから各資産の期待収益率を逆算する

予測シナリオアプローチ方式 複数の将来シナリオ(期待収益率)と生起確率を設定し、加重平均する

シナリオ平均方式 主要な金融機関等のシナリオ(見通し)の平均を用いる

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・資産運用におけるリスクの尺度として、一般的に使用

されるのが標準偏差です。標準偏差は、ある測定期間

の各収益率が平均値からどの程度離れているか(バラ

ついているか)を示す統計数値です。

・標準偏差の数値が意味するところは、収益率の分布が

正規分布であるとすれば、収益率は±1標準偏差の範囲

内に約 68%の確率で入るということです。例えば、「期

待収益率 4.0%、標準偏差 6.6%」という場合には、

-2.6%(=4.0%-6.6%)から 10.6%(=4.0%+6.6%)

の範囲内に収益率が約 68%の確率で入ることを意味し

ます。

・相関係数は、2 資産間の収益率の関係の強さを表わす

統計数値です。例えば、株価が上昇すれば、債券価格

が下落するという関係を数値化したものです。

・左図は、2資産間の収益率の関係をグラフ化したもので

す。右に行くほど 2 資産間の収益率の出方の傾向が同

じになります。左に行くほど 2 資産間の収益率の出方

の傾向が逆になります。中間辺りでは、収益率の出方

に特別な傾向が見られません。

・これを統計的に処理したものが相関係数です。その値

は、左図の右端は1、左端は-1、中間は0となりま

す。

・標準偏差、相関係数の推計は、通常、過去のある一定

期間の実績データ(過去 5年、過去 10年等)を用いて

算出し、それを将来の推計値として適用します。

Ⅱ―1(2)政策アセットミックスの構築(政策アセットミックス策定のプロセス)

-86-

ある測定期間の各収益率が平均値からどの程度離れているか(バラついている

か)を示す統計数値。資産運用におけるリスクの尺度として使用される

2資産間の収益率の関係の強さを表わす統計数値 相関係数

相関係数が取りうる値の範囲は-1から 1

相関係数が 0に近づくほど 2資産間に関係が希薄

標準偏差、相関係数の推計は、通常、過去のある一定期間の実績データ(過去 5年、過去 10年

等)を用いて算出し、それを将来の推計値として適用

b.標準偏差、相関係数の推計

-1 +1 0 0~1 -1~0 正の相関 負の相関

-2

-1

0

1

2

3

-3 -2 -1 0 1 2

資産B

(%

資産A(%)

-3

-2

-1

0

1

2

3

-3 -2 -1 0 1 2 3

資産B

(%

)資産A(%)

-2

-1

0

1

2

3

-3 -1 1 3

資産B

(%

資産A(%)

-2

-1

0

1

2

3

-2 -1 0 1 2 3

資産B

(%

資産A(%)

-2

-1

0

1

2

3

-2 -1 0 1 2 3

資産B

(%

資産A(%)

標準偏差

平均μ

μ +σ μ +2σμ -σμ -2σ

σ

68%

95%

収益率の分布が、平均(μ)、標準偏差(σ)の正規分布であると仮定する

と、収益率が、

「平均- 標準偏差」から「平均+標準偏差」の範囲に入る確率は約 68%

「平均-2標準偏差」から「平均+2標準偏差」の範囲に入る確率は約 95%

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・有効フロンティアとは、内外の債券・株式等、複数の

投資対象資産のすべての組み合わせによるアセット

ミックスのなかで、同じリターン(期待収益率)なら

ば、リスク(標準偏差)の最も小さいアセットミック

スを集めて、グラフ上に示したものです。

・85、86 ページで説明した、各投資対象資産の期待収益

率、標準偏差、相関係数を使用して策定します。

・例えば左図の A 点は、有効フロンティア上にある期待

収益率 4.0%、標準偏差 6.6%の点で、「期待収益率を

4.0%とすると、投資対象資産の組み合せのなかで最小

の標準偏差は 6.6%である」ということを表わします。

・有効フロンティアの策定にあたり、種々の制約条件を

つけることがあります。例えば、掛金・給付金の流出

入を考慮して短期資産を一定水準(例えば 3%程度)保

有する、ホームアセットバイアス(注)をかけて国内

債券≧外国債券、国内株式≧外国株式とする等です。 (注)ホームアセットバイアス:資産を自国通貨に偏らせること。

年金の負債(将来の給付金)は自国通貨の金利に連動するた

め、資産を自国通貨に偏らせるのは合理的という考え方等に

よる。

・有効フロンティア上のアセットミックスは最適化され

ていますので、この中から政策アセットミックス候補

を選択します。

・例えば、「予定利率+運用コスト」を目安として目標

収益率を設定し、有効フロンティア上の目標収益率の

周辺のいくつかのアセットミックスを候補として選択

します。

Ⅱ―1(2)政策アセットミックスの構築(政策アセットミックス策定のプロセス)

② 有効フロンティアの策定

投資対象資産の組み合わせによるアセットミックスのなかで、同じリターン(期待収益率)なら

ば、リスク(標準偏差)の最も小さいアセットミックスの集合体

③ 政策アセットミックス候補の選択

有効フロンティア上の各点から、いくつかの政策アセットミックス候補を選択

-87-

有効フロンティア

前提

予定利率:3.5%

運用コスト:0.5%

目標収益率

=予定利率+運用コスト

=3.5%+0.5%

=4.0%

上図A点と、A点の周

辺のB点、C点を政策

アセットミックス候補

として選択

【例】

0

1

2

3

4

5

6

7

8

0 2 4 6 8 10 12 14 16

標準偏差

有効フロンティア

◆:期待収益率3%■:期待収益率4%▲:期待収益率5%×:期待収益率6%

期待収益率

AB

C

D

(%)

(%)

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ウ.負債サイドからのアプローチ

Ⅱ―1(2)政策アセットミックスの構築(政策アセットミックス策定のプロセス)

・負債サイドからのアプローチでは、企業年金制度にお

いて負債にあたる数理債務、退職給付債務等の積立状

況や企業年金制度の成熟度、さらに、母体企業の追加

掛金拠出能力等を考慮したうえで、企業年金制度全体

のリスク許容度を設定していきます。

・企業年金制度の財政状況は、制度の基礎率(予定利率、

予定脱退率、予定昇給率、新規加入見込み等)を使っ

て、現状および将来の掛金・給付、数理債務、退職給

付債務等を計算・予測するとともに、掛金・給付の予

測に基づく積立金を予測し、債務と積立金を比較する

ことによって把握します。

・一般的に「制度が成熟する」とは、給付支払に対して

掛金収入と運用収入が拮抗して積立金が一定水準に保

たれた状態をいいます。

・企業年金制度発足当初は、掛金収入に対する給付支払

の割合が小さいことから、積立金は増大していきます

が、時間の経過とともに給付支払が増加して積立金の

伸びは鈍化します。その程度を表わすのが成熟度です。

・成熟度の測定値として確定的なものはありませんが、

成熟度を表わすものとしては以下の指標があげられま

す。

a.受給者数/加入者数

b.給付支払/掛金収入

c.年金受給者の責任準備金/責任準備金総額

d.年間の制度収支/前年度末責任準備金

① 企業年金制度の財政状況(積立状況、成熟度)の現状と将来の把握

企業年金制度の基礎率、新規加入見込み等を使用し、将来のキャッシュフ

ロー(掛金・給付)、債務を予測

-88-

企業年金制度の財政状況(積立状

況、成熟度)の現状と将来の把握

母体企業の財務状況(追加掛金

拠出能力)の現状と将来の把握

リスク許容度

の設定

積立状況

【前提条件】

予定利率

予定脱退率

予定昇給率

新規加入見込み等

掛金・給付の予測 積立金の予測

企業年金制度の加入者に対する受給者の「重さ」・「大きさ」を表わす指標

成熟度

【成熟度指標の例】

a.受給者数/加入者数

b.給付支払/掛金収入

c.年金受給者の責任準備金/責任準備金総額

d.年間の制度収支/前年度末責任準備金

a、b、c は大きい程成熟

度は高い

d は小さい程

成熟度は高い

債務(数理債務、退

職給付債務等)の計

算と予測 比較

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Ⅱ―1(2)政策アセットミックスの構築(政策アセットミックス策定のプロセス)

・引き続き、過去 10 年間における株式市場の構造的な変化について、新興企業向け市場の動向と株式保有構造の状況に絞って概観し、国内株式の運用にどのような影響を与えるかにつき考えます。

・企業年金制度において、運用収益が期待どおりに得ら

れなかった場合、追加掛金拠出を行なって不足分を

補っていくのは母体企業のため、最終的には母体企業

にどれだけ追加掛金拠出能力があるかが、リスク許容

度に大きく影響します。

・母体企業の追加掛金拠出能力は財務状況によって左右

されますが、これ以外にも、収益の安定性等によって

も影響を受けます。

・リスク許容度の設定には、企業年金制度の積立状況・

成熟度や母体企業の追加掛金拠出能力等を考慮する必

要があります。

・企業年金制度の積立比率が低いと、積立不足のリスク

が大きくなります。したがって、積立比率はリスク許

容度と正相関します。

・企業年金制度の成熟度が高いと、給付支払に備え、と

ることができるリスクが小さくなります。したがって、

成熟度はリスク許容度と逆相関します。

・同じ成熟度でも、ゆっくり成熟化が進行している場合

は、リスク許容度は比較的大きく、急速に成熟化が進

行している場合は、リスク許容度が比較的小さいとい

うことになります。

・また、母体企業の収益が安定していて、財務状況も問

題がないような場合は、リスク許容度は大きく、母体

企業の収益が不安定で、財務状況に問題があるような

場合は、リスク許容度は小さいということになります。

② 母体企業の財務状況(追加掛金拠出能力)の現状と将来の把握

・企業の属性(成長産業 or成熟産業)

・収益の安定性(安定的に一定の収益あり or年度によって収益変動が大きい)

-89-

③ リスク許容度の設定

積立比率

低い

母体企業

成熟度

低い

急速

収益不安定

リスク許容度

成熟化の進行速度

高い

大きい

高い

ゆっくり

収益安定

母体企業の財務状況

追加掛金拠出能力に影響

リスク許容度に影響

小さい

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エ.ALM分析と政策アセットミックスの決定

・ALM とは、年金資産(Asset)と負債(Liability)を総

合的に管理(Management)することです。ここでは、

シミュレーション型 ALM による分析、バランスシート

型 ALM による検証という 2 種類の ALM により、最終的

に政策アセットミックスを決定します。

・シミュレーション型 ALM とは、資産サイドおよび負債

サイドについて、それぞれ前提条件をたて、将来にわ

たり複数のシミュレーションを実施し予測を行なうも

のです。

・具体的には、イ項、ウ項で述べた、政策アセットミッ

クス候補、リスク許容度について、年金財政、掛金率

の将来推移等のシミュレーションを行ないます。

・シミュレーションの代表的な手法としてモンテカルロ

法があげられます。

・モンテカルロ法とは、そもそもは理工学の世界におい

て、解を求めるのには算式が複雑すぎる問題を解くた

めに、多数のランダムな実験を繰り返すことにより近

似的な解を得る方法です。

・年金財政のシミュレーションにおいては、将来の予測

が難しい資産の収益率について、前提条件に従って、

ランダムに発生させた値をもとに数百から数千通りの

試行を繰り返し、将来の推計を行ないます。

Ⅱ―1(2)政策アセットミックスの構築(政策アセットミックス策定のプロセス)

① シミュレーション型 ALMによる分析

資産サイドおよび負債サイドについてそれぞれの前提条件で、複数のシミュレーションを実施

し、将来を予測

シミュレーション上の代表的手法で、多数のランダムな実験により近似値的な解を得る手

法。

-90-

シミュレーション型 ALM に

よる分析

バランスシート型 ALM

による検証

政策アセット

ミックスの決定

a.シミュレーション型 ALM

シミュレーション上の代表的手法で、多数のランダムな実験により近似値的な解を得る手法

b.モンテカルロ法

資産サイドからの アプローチ

c.手順

【前提条件】

政策アセットミックス候補の選択

リスク許容度の設定 負債サイドからの アプローチ

モンテカルロ法による

シミュレーション

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・バランスシート型 ALM は、サープラス型 ALMともいわれ、

シミュレーション型 ALM で得られた政策アセットミック

ス候補をサープラス(資産-負債)の観点から検証する

ものです。負債としては、厚生年金基金、確定給付企業

年金における非継続基準の財政検証にかかわる最低積立

基準額や、退職給付会計にかかわる退職給付債務を使用

します。

・イ項では、各運用資産のみで有効フロンティアを考えま

したが、バランスシート型 ALM では、負債も考慮して有

効フロンティアを策定します。これをサープラスフロン

ティアといいます。

・詳細は省略しますが、負債は金利変動に対して債券と同

様の動きをすると考え、負債のリターン、リスクは負債

と同じデュレーションを持つ債券のものを使用し、「負

債=負の資産」として最適化を行なってサープラスフロ

ンティアを策定します。

・政策アセットミックス候補がこのサープラスフロンティ

ア上にあれば、サープラスの観点からもこのアセット

ミックスは効率的であることがいえます。

・政策アセットミックスの決定にあたっては、シミュレー

ション型 ALM により選ばれた政策アセットミックス候補

が、バランスシート型 ALM によるサープラス管理の観点

からも許容しうるかを検討するとともに、母体企業との

綿密な情報交換による連携も必要となります。

② バランスシート型 ALMによる検証

Ⅱ―1(2)政策アセットミックスの構築(政策アセットミックス策定のプロセス)

政策アセットミックス候補について、サープラス(資産-負債)の観点から検証

-91-

③ 政策アセットミックスの決定

a.バランスシート型 ALM

とは

シミュレーション型ALM結果 バランスシート型 ALM の検証結果

政策アセットミックスの決定

母体企業との

連携

2つのALMで適

合性を検討

b.手順

負債は、金利変動に対して債券と同様の動きと考える

負債のリターン、リスクは、負債と同じデュレーションを持つ債券とみなす

負債を負の債券として最適化を行ない、サープラスフロンティアを策定

政策アセットミックス候補がサープラスフロンティア上にあるかを検証

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オ.リバランス方針の設定(政策アセットミックス策定後のリスク管理)

2. 政策アセットミックス策定のプロセス

・運用開始後は、市場の価格変動のために、政策アセッ

トミックス通りの資産配分が維持されるとは限りませ

ん。

・左の例では大幅な株価上昇を受けて国内株式、外国株

式の組入比率が上昇したため、期待収益率が高まりま

したが、標準偏差も期初より 1.1%ポイント大きくな

り、ポートフォリオのリスクが高まりました。

・このような場合、政策アセットミックスからかい離し

たポートフォリオは最適なものでなくなります。そこ

で、リバランスが重要となります。

・リバランスとは、組入比率が高くなった資産を売却し、

低くなった資産を買い入れて、政策アセットミックス

に近づけることです。

・リバランス方針は事前に決めておきます。例えば、タ

イミング、頻度、調整幅、調整方法等です。これらを

決める場合、取引コストに見合うだけの効果が期待で

きるのかを検討します。通常は中心値からのかい離許

容幅を設け、その範囲内であればリバランスしません。

・なお、複数の運用機関に委託している場合などは、全

体のリバランス機能をバランス型で委託している 1 社

に集約するなどの工夫が必要です。

・どのようなリバランス方針をもつかは考え方によりま

すが、少なくとも定期的に資産全体のアセットミック

スをチェックし、リスクが過大あるいは過小になって

いないか確認することは最低限必要でしょう。

・次節では、期待収益率の推計方法について解説します。

Ⅱ―1(2)政策アセットミックスの構築(政策アセットミックス策定のプロセス)

① リバランスの必要性

市場価格変動によるポートフォリオの歪みを調整し、リスク水準を当初の想定に戻すためにリバ

ランスを実施

-92-

【例】

1年間リバランスしないまま放置すると、リ

スクが大きく変動する

(株価が大幅に上昇したケース) (%)

期初 期末

国内債券 51.0 43.3

国内株式 25.0 31.9

外国債券 10.0 9.3

外国株式 14.0 15.5

期待収益率 4.0 4.5

標準偏差 6.6 7.7

期初を政策アセットミックスとする

売り:国内株式、外国株式 買い:国内債券、外国債券

リバランス

このかい離を修正

有効フロンティア

0

1

2

3

4

5

6

7

8

0 5 10 15標準偏差

期待収益率

② リバランス方針設定のポイント

(事前に決めておく)

かい離許容幅 どの程度の許容幅をもたせるか

タイミング 定期的か、一定以上のかい離時か

頻度 定期的の場合、月次、四半期等

調整幅 中心値までか乖離許容幅までか

調整方法 積立金の移管か掛金配分の変更か

ファンド どのファンドでリバランスをするか

取引コストに見合う効果があるかどうか検討する

<参考>

「確定給付企業年金制度の法令解釈について」の別紙 1

運用の基本方針の策定指針

4運用に当たっての留意事項

②具体的なリスク管理の方法を規定する。

ア 資産全体のリスク管理に関する事項

(例)適切な方法により政策的資産構成割合を策定する。

また、同時にリバランス(再調整)のルールを定め

適切にリバランスを行う。

リスク水準を当初の想定に戻す

意図せざるリスクの増加が発生

(%)

(%)

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(3)期待収益率の推計方法

・ここでは、年金資産運用において重要な前提となる資

産別期待収益率の推計方法について、代表的な方法を

紹介したいと思います。

・将来は、不確実であり、ある時点での推計は、時間の

経過につれ誤差が生じることを想定せざるをえませ

ん。しかしながら、年金制度運営にあたっては、こう

した推計誤差を小さくする努力は重要な取組みである

と考えます。それぞれの特長、留意事項を理解し、ま

た、いろいろな方法での推計を行なうことは、推計の

精緻化を実現する有効な手段であると考えます。

・期待収益率の推計方法の代表的なものとして、ア.ヒ

ストリカルデータ方式、イ.ビルディングブロック方

式、ウ.リバースオプティマイゼーション方式、エ.

予測シナリオアプローチ方式、オ.シナリオ平均方式

などがあります。推計方法、客観性などにそれぞれ特

長があり、順に、概要をみていきたいと思います。

【ヒストリカルデータ方式】

・資産ごとの過去の収益率実績を平均し、今後を予想す

るものです。過去が将来を予測するかどうかわからな

いわけですが、長期間のデータであれば、いろいろな

局面での実績を含むことになり、短期のデータであれ

ば足もとの傾向をみることができ、将来について、一

定の示唆をあたえると考えられます。過去の実績であ

り、根拠は明確になります。

・ただ留意点として、長期の平均か短期の平均かの期間

や時期の選択には、恣意性を排除できないこと、社会

構造が変化する場合はこれを織り込めないことがあげ

られます。この問題を解消するため、現状水準との調

整を行なったり、ビルディングブロック方式など他の

推計方式と組み合わせを行なったり、一定の定性判断

も加えるのが一般的です。

-93-

ア.ヒストリカルデータ方式

代表的な推計方法

Ⅱ―1(3)政策アセットミックスの構築(期待収益率の推計方法)

ヒストリカルデータ方式

ビルディングブロック方式

リバースオプティマイゼーション方式

予測シナリオアプローチ方式

シナリオ平均方式

実績重視

定性的

【収益率推移イメージ】

収益率

期間

長期の平均

短期の平均

理論重視

定量的

【推計方法の特長比較イメージ】

収益率の考え方、特長と留意事項

・過去の収益率実績平均を期待収益率とする

【特長】

・実績値をベースとするため、客観性が

高く、根拠は明確

【留意事項】

・長期、短期といった期間や時期の選択には

恣意性を排除できない

・社会構造の変化は織り込めない

客観性

推計方法

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【ビルディングブロック方式】

・中長期的な期待収益率を推計する場合、比較的多く用

いられる方法です。

・資産ごとの収益率の違いを、リスクの大きさに求める

考え方による推計方法です。収益率をいくつかの構成

要素にわけ、それぞれの構成要素の推計値を求め、そ

の合計値を期待収益率とします。短期金利(無リスク

資産収益率)にリスクプレミアムと呼ばれる構成要素

を積み上げて計算するため、ブロックを積み上げると

いう意味で、こうした呼び方となりました。

・構成要素には、物価の上昇率であるインフレ率、長期

金利と短期金利の格差(スプレッド)、株式リスクプ

レミアムなどがあり、経済的な意味づけを持たせつつ、

資産間の相対的な収益率の格差を整合的な関係に維持

できる推計方法です。考え方は、理論的な背景を持っ

た合理的なものであり、推計結果も、一般に理解しや

すいことが特長といえます。

・推計される収益率の具体的な構成例は、左図のとおり

です。一般的な例ですが、短期金利は、実質経済成長

率+インフレ率、長期金利は、短期金利+長短スプレッ

ド、株式の収益率は、長期金利+株式のリスクプレミ

アムとしています。

・しかしながら、実績値とはかならずしも整合的にはな

らない場合があり、足もとの実績からは離れた推定値

となることがあること、経済構造の変化については織

り込めないこと、リスクプレミアムの推計値は、短期

的には大きく変化するため、推定期間としては、長期

に限られることに留意が必要です。

イ.ビルディングブロック方式

-94-

② 特長と留意事項

① 収益率の考え方

Ⅱ―1(3)政策アセットミックスの構築(期待収益率の推計方法)

リスク

収益率

短期金利

長期金利

株式収益率

【収益率とリスク】

・特長 経済的な意味づけを持たせつつ、資産間の相対的な収益率格差を整合的に維持

・収益率の違いは、リスクの違いによるとの考え方

・収益率は、構成要素に分解でき、その構成要素を

積み上げて期待収益率を推計

・収益率 = 短期金利(無リスク資産収益率)

+ リスクプレミアム

・留意事項 足もとの実績値と離れた推計値になる懸念

インフレ率

実質経済 成長率

短期

金利

長短 スプレッド

長期

金利

株式 リスク

プレミアム

株式

収益率

【収益率と構成要素例】

はリスクプレミアム

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【リバースオプティマイゼーション方式】

・一般的には、最適な資産配分を算出する作業をオプティ

マイゼーション(最適化)と呼びますが、この作業は、

資産ごとの期待収益率、資産間のリスク、相関係数を

もとに資産配分を計算することになります。この作業

を逆のプロセスにより行なうのが、リバースオプティ

マイゼーション方式です。つまり、資産配分と資産間

のリスク、相関係数をもとに期待収益率を算出する手

法です。

・この方式では、市場全体の資産配分は、最適に行なわ

れていることを前提にすることになります。現代投資

理論(MPT:Modern Portfolio Theory)によれば、

市場参加者の平均的な期待収益率やリスクにより市場

全体のポートフォリオが形成されるため、市場参加者

全員が、効率的な運用を行なうとすれば、市場全体も

効率的であると考えられ、この方式の前提は理論とも

整合的であり、この点が大きな特長と考えられます。

・ただ、市場全体のポートフォリオをどう把握するかは

技術的には容易ではなく、また、刻々と変化すると考

えられる市場参加者の期待収益率は安定的とはいいに

くく、その想定期間も比較的短期間であると推察でき

ることなど留意が必要です。

・そもそも、逆のプロセスで最適化する計算のための資

産配分や、リスク等、基礎的な数字は推計であり、推

計により推計する以上、結果が、どこまでの精度を確

保できるかは、疑問とする見方もあり、実務としては、

このまま利用するには課題も多いと思われます。

-95-

① 推定プロセス

② 特長と留意事項

ウ.リバースオプティマイゼ-ション方式

通常の最適化

期待収益率の推計

・特長 現代投資理論(MPT)と整合的な推計方法であり、理論性が高い

・留意事項

市場全体のポートフォリオを把握することは技術的には困難

市場参加者の期待収益率は、刻々と変化し、安定性に欠ける

基礎となる数値が、そもそも推計値であり、精度としては課題が残る

Ⅱ―1(3)政策アセットミックスの構築(期待収益率の推計方法)

資産間の

相関係数

最適化

(オプティマイゼーション)

最適資産配分

リバース オプティマイゼーション

市場全体のポートフォリオが最適資産配分であると仮定し、期待収益率を逆算

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-96-

② 特長と留意事項

【予測シナリオアプローチ方式】

・いくつかのシナリオを作り、そのシナリオが実現する

確率をあわせて検討、それぞれのシナリオを確率で加

重平均し期待収益率を推計する方法です。一般的なア

プローチとしては、経済(マクロ)分析をベースにす

るトップダウンアプローチや、企業分析などをベース

にするボトムアップアプローチ、その両者の併用が考

えられます。

・マクロ分析については、さまざまな経済理論をベース

として、均衡モデルによる分析も行なわれます。均衡

モデルの例としては、生産関数を利用したものがあげ

られます。生産関数とは原料などの生産要素の投入量

から生産量を導き出す関数で、ある生産関数では資本

投入量、労働投入量、技術進歩などの構成要素から経

済成長率を求めることができます。

・この関数を利用し、実質経済成長率などを算出し、こ

れを想定される金融政策運営ルールにあてはめ、政策

目標となる短期金利を推定します。短期金利をもとに

金利の理論などを利用し長期金利を推定していきま

す。また、生産関数での資本を、株式市場の全体の株

式総額とみなせば、資本の生産性は、株式市場全体の

伸び率、つまり株式全体の利益率となり、株価水準の

推計も可能です。

・予測シナリオアプローチ方式は、現状との整合性は確

保しやすく、理解しやすい方法です。ただ、シナリオ

を作るにあたっては、理想としては、すべてのシナリ

オを網羅することが必要ですが、これは実務的には不

可能と考えられます。また、それが実現する確率は、

主観的な判断とならざるをえません。均衡モデルにお

いても、推計値がベースであり、均衡モデル自体にも、

理論上の一定の制約があることに留意が必要です。

エ.予測シナリオアプローチ方式

① 予測プロセス

経済分析 金利シナリオ

企業分析

資本投入量、資本

配分率、労働投入

量、労働配分率、

技術進歩・・・

Ⅱ―1(3)政策アセットミックスの構築(期待収益率の推計方法)

為替シナリオ

株価シナリオ

上昇の確率

横這いの確率

下落の確率

トップダウン

× ボトムアップ

期待収益率 =

潜在成長率を推計

均衡短期金利を推計

均衡長期金利を推計

均衡株価水準を推計

・留意事項 全部のシナリオを網羅することは困難

シナリオが実現する確率は主観的判断とならざるをえない

構成要素が推計値であることや均衡モデルも理論的な制約がある

・特長 現状との整合性が確保しやすく、理解しやすい

一般的なプロセス

均衡モデルによる

プロセス

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・年金資産運用においては、国内債券の組入比率はかなり高

いものになっており、安定収益源としての中核資産といえま

す。今回の年金運用ナビゲーターでは、国内債券

「債券のクーポン水準の違い」は現在そうなっているだけ

・年金資産運用においては、国内債券の組入比率はかなり高

いものになっており、安定収益源としての中核資産といえま

す。今回の年金運用ナビゲーターでは、国内債券

「債券のクーポン水準の違い」は現在そうなっているだけ

-97-

・年金資産運用においては、国内債券の組入比率はかなり高

いものになっており、安定収益源としての中核資産といえま

す。今回の年金運用ナビゲーターでは、国内債券

「債券のクーポン水準の違い」は現在そうなっているだけ

【シナリオ平均方式】

・金融機関等の市場参加者の予測を平均することで期待

収益率を推計する方法です。個々の金融機関等は、通

常、一定期間ごとに、期待収益率をそれぞれの手法に

より推計しているため、作業としては、そのデータを

集めるだけで推計ができることが特長です。

・「相場は相場に聞け」の格言を地でいく推計方法です

が、実際に市場は多くの市場参加者により構成されて

おり、その意見を集約するこの手法も一定の合理性を

確保できると考えられます。また、一般に市場サーベ

イやコンセンサス調査などで、調査機関から定期的に

予測の平均値は発表されており、あわせて個別企業の

業績予想などの情報提供サービスも行なわれており、

幅広く利用されている手法といえます。

・しかしながら、広く知られている情報は、市場に影響

力を持つような大きな機関投資家の意見に沿ったも

のが多くなったり、一定のバイアスがかかったシナリ

オ、なかには、悪質なシナリオも含まれている場合も

あり、極力、多数のシナリオを集める必要があると考

えられます。

・また、以前行なわれた国内株式のコンセンサス予想の

分析によれば、1 ヶ月程度の短期予測においては、相

場の強弱感に一定のばらつきが見られたものの、期間

が長くなるほどプラス予想に集約されていき、リスク

性資産であることから期待される収益率に収斂する

傾向があるとのことです。この調査は 1年未満の予測

についてのものですが、長期予測になればなるほど予

想が難しく、常識的な意見に影響されることが予想さ

れ、コンセンサスとはいえない状況にもなりかねない

点にも留意が必要です。

オ.シナリオ平均方式

Ⅱ―1(3)政策アセットミックスの構築(期待収益率の推計方法)

② 特長と留意事項

・留意事項 市場に影響力を持つような大きな金融機関等の意見に沿ったものになる懸念

一定のバイアスがかかったり、なかには悪質なシナリオも含まれる場合あり

長期になればなるほど、常識的な意見に影響されるなどコンセンサスといえ

なくなる懸念

・特長 データを集めるだけで推計できる

多くの市場参加者の意見の集約であり、合理性は確保できる

① 推定プロセス

シナリオ1

シナリオ2

シナリオ3

・・

データ収集

平均 期待収益率

市場は、多くの市場参加者で構成されており、その意見の集約は市場の期待収益率となるとの考え方

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2. ベンチマークについて

(1)ベンチマークとは

・運用評価に際して「ベンチマークに勝った(アウトパ

フォームした)」、「ベンチマークに負けた(アンダー

パフォームした)」ということがよくいわれるように、

「ベンチマーク」という用語は一般的に使われます。

ここでは、その概要、役割、要件等を整理しました。

・ベンチマークの語源は「土地を測量する際の基準点」

を意味する技術用語ですが、それが転じて、年金資産

運用ではパフォーマンス(リスク)評価に際しての比

較の対象、基準という意味合いで使われています。

・ベンチマークは、a.TOPIXなどの資産クラスを代表する

資産別ベンチマーク、b.バランス型運用評価に使用す

る複合ベンチマーク、c.割安株、成長株など、資産別

ベンチマークとは性格を異にするスタイルベンチマー

クに分類されます。

・資産別ベンチマーク、複合ベンチマークについては本

節の 101~2ページで、スタイルベンチマーク(インデッ

クス)については、(4)節で説明させていただきます。

・今では一般的になっていますが、年金資産運用でベン

チマークが最初に活用されたのは、20年以上前の 1985

年です。厚生年金基金連合会(現企業年金連合会)が

「年金資産運用の基本方針」を明示したことに始まり

ます。

・現在では、過半の企業年金で政策アセットミックス構

築に際してベンチマークを明確化し、運用委託先にも

提示するなど、企業年金に幅広く浸透しているといえ

ます。

ア.ベンチマークの役割と活用

(1)

Ⅱ―2(1)ベンチマークについて(ベンチマークとは)

-98-

① 年金資産運用とベンチマーク

ベンチマークの語源

(もともとの意味)

年金資産運用における

ベンチマークとは

土地を測量する際の基準点を意味する技術用語

・ 比較の対象、基準という意味合いで使用

・ パフォーマンスやリスクの評価基準となる指標

a.1985年に厚生年金基金連合会(現企業年金連合会)が「年金資産運

用の基本方針」を明示したのが最初

b.現在では、過半の企業年金で政策アセットミックス策定に際してベ

ンチマークを明確化し、運用委託先にも提示

c.ベンチマークの活用は、企業年金に幅広く浸透

年金資産運用に

おけるベンチ

マークの活用

b.複合ベンチマーク さまざまな

ベンチマーク

a.資産別ベンチマーク

c.スタイルベンチマーク

TOPIX(国内株式)、NOMURA-BPI

総合(国内債券)など

バランス型運用(複数資産に投

資)の評価に使用

割安株、成長株など、運用スタ

イルに応じたベンチマーク

(101~2ページご参照)

(102ページご参照)

((4)節ご参照)

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・年金資産運用におけるベンチマークの役割としては、

a.計画策定機能、b.リスク管理機能があげられます。

・政策アセットミックス構築に際しては、資産クラス毎

の収益率、リスクや他資産との相関関係を推計・把握

し、合理的な資産配分を決定することが必要ですが、

そのためにはベンチマークの利用が不可欠です。この

ような「計画策定機能」がベンチマークにはあります。

・運用評価、管理といったリスク管理に際しての機能も

あります。委託先、もしくは年金資産全体の運用実績

を評価する際には、ベンチマークとの比較による超過

収益率を測定することが一般的で、この際、「ベンチ

マークにアウトパフォーム(アンダーパフォーム)し

た」という表現が使用されるわけです。

・また、パフォーマンス測定のみならず、委託先毎、も

しくは年金資産全体がベンチマークとどの程度乖離し

ているかを測定し、その乖離度が許容範囲か否かを評

価する「リスク管理」にもベンチマークの活用は不可

欠です。ベンチマーク収益率と実績収益率の乖離度を

示す指標がトラッキングエラーです。

・なお、上記の計画策定機能、リスク管理機能という定

量的な側面に加え、資産クラス毎のベンチマークを設

定すると、その資産クラスでの投資範囲を限定するこ

とになるという点、すなわち、ベンチマークを設定す

ることによって、取りうるリスクを規定することにな

るということも承知しておくべきと思われます。

・例えば、外国債券でシティグループ世界国債インデッ

クスをベンチマークに採用すると、同インデックスが

先進国の国債に限定したものであることから、発展途

上国や、先進国でも国債以外は対象外となるわけです。

Ⅱ―2(1)ベンチマークについて(ベンチマークとは)

② 年金資産運用におけるベンチマークの役割

-99-

b.リスク管理機能 = 運用評価・管理に際しての機能

a.計画策定機能 = 政策アセットミックス構築に際しての機能

資産クラス毎の収益率、リスク、他資産との相関関係を推計・把

握し、合理的な資産配分を決定

ベンチマークの

データを利用

運用管理 = ベンチマークからの乖離を測定し、リスク許

容範囲か否かを評価など

運用評価 = 委託先、もしくは年金全体の運用実績をベン

チマークとの比較で評価 超過収益率の測定

トラッキングエラー

の測定

そもそも

資産クラス毎のベンチ

マークの設定(*)

資産運用で取りう

るリスクを規定

資産クラスの投資

範囲を限定

(*)限定的ですが、リスクをとって、ベンチマークに含まれない対象へ投資す

ることもあります

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・ベンチマークに求められる要件としては、以下の6点

が考えられます。

・資産クラスを代表する指数で、認知度(知名度)が高

いことは重要です。過半の運用機関は最も良く認知さ

れたベンチマークを利用しますし、企業年金サイドで

も認知度の高い指数には安心感があるからです。

・資産クラスのなるべく多くの銘柄を網羅していること

も重要です。例えば、国内株式については認知度では

日経平均株価が東証一部全銘柄を対象とする TOPIXよ

り優れているかもしれませんが、対象銘柄数が 225に

限定されていることから、企業年金でベンチマークに

採用されることはあまりありません。

・ベンチマークは基準となるもので、運用に与える影響

が大きいことから、それ自体が望ましいものであると

いう規範性も求められます。

・ベンチマークと同様のポートフォリオが実際に組成可

能でなければ(再現性がなければ)、ベンチマークと

しての機能は低いといえます。そのためには、市場で

取引が可能なうえ、一定の流動性が必要といえ、投資

の可能性や流動性に制約のある銘柄はベンチマークか

ら除外した方が良いかもしれません。

・ベンチマークのポートフォリオがどのようなルールで

構築され、どのようなルールで銘柄が組入れられるか

(採用されるか)について、また、実際の組入れ銘柄

と構成比が明示的(透明)であることが必要です。

イ.ベンチマークに求められる要件

ベンチマークの構築ルールや銘柄の組入れルール、実際の組入れ銘柄とその構成比等

が明示的であること

ベンチマーク自体がポートフォリオとして望ましいものであること

Ⅱ―2(1)ベンチマークについて(ベンチマークとは)

4. 年金資金と株式市場

資産クラスの対象銘柄をなるべく多く含むこと

-100-

ベンチマークと同様のポートフォリオが組成可能なこと

⑤ 透明性

認知度(知名度)が高いこと

市場で取引が可能であるうえ、一定の流動性を有すること

④ 再現性(流動性)

資産クラスを代表する指数であること

① 代表性

③ 規範性

② 網羅性

TOPIX > 日経平均株価

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ベンチマーク対象銘柄の客観的な評価額が容易に入手可能であること

① 資産別ベンチマーク

・評価額は、上場株式であれば取引所の価格を使用しま

すが、それ以外(主に債券)の場合、ベンチマーク提

供会社の算出する価格を使用することが多くありま

す。その客観的な価格を容易に入手できることが必要

です。

・以上みてきた要件をすべて満たすベンチマークはあり

ません。例えば、網羅性(なるべく多くの銘柄を対象

とする)を追求すると、流動性に難点のある銘柄が多

くなり、再現性は低下します(網羅性と再現性(流動

性)は相対立する概念です)。

・このようなことから、重視すべき要件の優先度を決め、

各要件をどの程度緩和するかを検討のうえで、採用す

るベンチマークを決めるのが一般的と思われます。

・左表は、伝統的 4 資産の資産クラスを代表するベンチ

マークを概観したものです。

・おそらく、多くの企業年金で左表のベンチマークが採

用されていると思われますし、また、運用機関でも最

もなじみのあるのが左表のベンチマークです。

・その意味では、先に述べました要件では、代表性(認

知度)の優先度が最も高いのかもしれません。

・ところが、左表のベンチマークにも注意すべき点はあ

ります。このため、企業年金のベンチマークに対する

優先度によっては、他のベンチマークを採用する、も

しくはスタイルベンチマークを採用するケースもあり

ます。

・次ページでは、左表それぞれのベンチマークについて、

注意すべき点をみたいと思います。

ウ.代表的なベンチマーク

Ⅱ―2(1)ベンチマークについて(ベンチマークとは)

4. 年金資金と株式市場

-101-

⑥ 整合性

重視する(目的とする)要件を勘案

し、「各要件をどの程度緩和するか」

を検討のうえ、ベンチマークを決定

するのが現実的

⑦ 現実的なベンチマークの要件

例えば、網羅性と再現性(流

動性)は相対立する概念

すべての要件を満たす

ベンチマークは不在

資産 ベンチマーク 公表元 対象 基準時点 計算方式株式持合調整

銘柄入替配当の考慮

国内債券 NOMURA-BPI総合野村證券株式会社

残存額面10億円以上、残存1年以上の国内発行の円貨建公募利付債。事業債、円建外債等はA格以上の格付

1983年12月末時価総額加重方式(経過利息込)

― 毎月末 ―

国内株式 TOPIX[配当込み]株式会社東京証券取引所

東証一部上場全銘柄 1968年1月4日

時価総額加重平均(算出時時価総額÷基準時時価総額×100で算出)

浮動株比率の見直しは年1回新規上場等は翌月末

外国債券シティグループ世界国債インデックス

Citigroup GlobalMarkets INC.

時価総額が一定以上の主要先進国(2008年現在23カ国)の現地通貨建固定利付国債

1984年12月末対象国の国債の収益率を時価総額で加重

3カ月連続して時価総額が基準を下回った(上回った)場合に削除(追加)

外国株式 MSCI KOKUSAIMorgan StanleyCapitalInternational Inc.

主要先進22カ国(地域)。対象国時価総額の85%をカバー

1969年12月末時価総額加重方式

○ 四半期 ○

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・NOMURA-BPI総合は、大半の企業年金で採用されている代表的なベンチマークですが、銘柄入替が毎月と頻繁で、また、長期国債の発行の多寡次第で特性が大きく変化することから、ベンチマークへの追随には注意が必要です(例えばデュレーションは、2008 年度末 6.34 年

→2009 年度末 6.54 年→2010年度末 6.79 年と変動していま

す)。また、流動性の乏しい銘柄が含まれます。 ・そもそも、企業年金にとっての国内債券は、資産(掛金)と負債(給付)のデュレーションを整合的にする役割があるといわれています。だとすれば、ベンチマークは NOMURA-BPI総合ではなく、もっと期間の長いベンチマークが必要かもしれず、他方、今後の金利上昇リスクへの検討も必要であり、国内債券のベンチマーク検討には、多面的な要素があるといえます。

・TOPIX については、対象が東証一部銘柄に限定されており、二部、店頭、他市場単独上場等の銘柄は含まれません(加えて、小規模の低流動性銘柄が含まれていることも問題です)。したがって、網羅性に難点があると考えられ、外国債券、外国株式も同様ですが、よりきめ細かな運用(管理)のためには、スタイルインデックス等の採用も検討課題と思われます(スタイルインデックスについては、(4)節をご参照ください)。

・外国債券(シティグループ世界国債インデックス)、外国株式(MSCI KOKUSAI)については、共に先進国に限定されていること(BRICs 等の新興国が含まれないこと)から、網羅性に難点があり、加えて、外国債券については、国債に限定され、事業債等が含まれていません。

・複合ベンチマークとは、バランス型運用の委託先、もしくは年金資産全体を評価する際の基準となるもので、各資産クラスの基準となる構成比(政策アセットミックス等を使用します)に各資産クラスのベンチマーク収益率を加重して算出します。

・実際の評価・分析に際しては、資産配分面と個別資産面に分解して効果を算出し、また、リスクの計測も実施します。複合ベンチマークを使用してのパフォーマンス評価は、(2)節で詳しく説明します。

Ⅱ―2(1)ベンチマークについて(ベンチマークとは)

4. 年金資金と株式

-102-

② 代表的な資産別ベンチマーク(利用に際しての留意点)

③ 複合ベンチマーク

・ バランス型運用(複数資産へ投資)の評価に使用

・ 各資産クラスの、基準となる構成比に各資産クラ

スのベンチマーク収益率を加重して算出

・ 評価に際しては、資産配分効果と個別資産効果に

分解して分析。また、資産全体のリスクも計測

以下は、代表的な資産別ベンチマークの注意すべき点(留意点)

国内債券(NOMURA-BPI総合)

・銘柄入替が頻繁で、リスク・リターン特性が不安定

・低流動性銘柄が含まれること

・資産と負債のデュレーションのマッチングの観点からは見直しの余地

国内株式(TOPIX[配当込み])

・東証一部銘柄に限定されること(二部、店頭等の銘柄が含まれない)

・低流動性銘柄が含まれること

外国債券(シティグループ世界国債インデックス)

・主要先進国の国債に限定されること(新興国や、事業債等は含まれない)

外国株式(MSCI KOKUSAI)

・主要先進国の株式に限定されること(BRICs等の新興国は含まれない)

・ 右表の例では「(28%×-1.26%)+(38%×8.90%)

+(12%×3.36%)+(19%×4.52%)+(3%×0.11%)=4.30%」と算出

国内債券 28.0% -1.26%

国内株式 38.0% 8.90%外国債券 12.0% 3.36%外国株式 19.0% 4.52%短期資金 3.0% 0.11%

全  体 100.0% 4.30%

ベンチマーク収益率

構成比

【例】

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(2)ベンチマークとの比較によるパフォーマンス評価

ア.超過収益の要因分析

・ここでは、ベンチマークとの比較によるポートフォリ

オのパフォーマンス評価、特に超過収益率の要因分析

について解説します。

・ポートフォリオのパフォーマンス評価には、類似投資

手法の複数ファンド(ユニバース)との相対比較を行

なうユニバース比較法、市場平均としてのベンチマー

クとの比較を行なうベンチマーク比較法等がありま

す。

・ユニバース比較法におけるユニバースは、例えば、ア

クティブ、パッシブ、割安株投資、成長株投資などの

ポートフォリオの投資手法を考慮して定めますが、ユ

ニバースの選択に恣意性が入りこむ危険があります。

・ベンチマーク比較法は、ベンチマークを市場平均とみ

なして、市場平均との絶対比較を行なうものです。

・ベンチマークとの比較方法の一つとして、ポートフォ

リオとベンチマークの収益率の差である超過収益率

が、ベンチマークと異なるどのような要因(投資行動)

からもたらされたかを定量的に分析する、超過収益率

の要因分析があります。

・要因分析の流れとしては、まずポートフォリオの投資

手法に合致するベンチマーク(バランス型運用ならば、

複合ベンチマーク、国内株式運用ならば、TOPIX等【(1)

節参照】を選択し、次に要因(投資行動)をあらわす

資産クラスを選択します。

・そこで、要因(投資行動)として、a.資産クラスへの

配分、b.資産クラス内の銘柄選択を考え、超過収益率

に対する寄与度を計算・分析します。

-103-

① パフォーマンス評価

ユニバース比較法 類似投資手法の複数ファンドとの相対比較

ベンチマーク比較法 市場平均としてのベンチマークとの比較

ベンチマークに対する

超過収益率の要因分析

② 超過収益率の要因分析

ポートフォリオのベンチマークに対する超過収益率が、ベンチマークと異なるどのような

要因(投資行動)からもたらされたかの定量的な分析

ベンチマークの選択

a.投資資産

b.業種

c.通貨

・・・etc.

a.複合ベンチマーク

b.NOMURA-BPI 総合

c.TOPIX

・・・etc.

要因分析の流れ

資産クラスの選択 寄与度の計算・分析

要因(投資行動)として、

a.資産クラスへの配分

b.資産クラス内の銘柄選択

を考え、超過収益率に対する

寄与度を計算・分析

Ⅱ―2(2)ベンチマークについて(ベンチマークとの比較によるパフォーマンス評価)

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・左図は、寄与度の計算・分析のイメージ図です。左図

の左側部分では、各資産クラス(i)における次の算式の

掛算を面積で表現しています。

a.配分効果(i)=

(資産クラス別ポートフォリオウェイト-資産クラス

別ベンチマークウェイト)×(資産クラス別ベンチマー

ク収益率-ベンチマーク収益率)

b.銘柄選択効果(i)=

資産クラス別ベンチマークウェイト×(資産クラス別

ポートフォリオ収益率-資産クラス別ベンチマーク収

益率)

c.複合効果(i)=

(資産クラス別ポートフォリオウェイト-資産クラス

別ベンチマークウェイト)×(資産クラス別ポートフォ

リオ収益率-資産クラス別ベンチマーク収益率)

・各資産クラス(i)における、配分効果(i)、銘柄選択効

果(i)のプラス、マイナスは、左記のようになります。

・左図の右側部分では、各資産クラス(i)の寄与度を全資

産クラスについて合計したものを表現しています。

●ポートフォリオ収益率=

(資産クラス別ポートフォリオウェイト×資産クラス

別ポートフォリオ収益率)の全資産クラス合計

●ベンチマーク収益率=

(資産クラス別ベンチマークウェイト×資産クラス別

ベンチマーク収益率)の全資産クラス合計

●※(i)の全資産クラス合計=0

であることに注意すると、

超過収益率

=ポートフォリオ収益率-ベンチマーク収益率

=配分効果+銘柄選択効果+複合効果

となります。

-104-

③ 寄与度の計算・分析

資産クラス(i) 超過収益率の分解

全ての資産

クラスに

ついて合計

注)※(i)の部分は、全ての資産クラス

について合計すると 0となる

●資産クラス別ポートフォリオウェイト>資産クラス別ベンチマークウェイトのとき、 ・資産クラス別ベンチマーク収益率>ベンチマーク収益率→配分効果(i)はプラス ・資産クラス別ベンチマーク収益率<ベンチマーク収益率→配分効果(i)はマイナス

●資産クラス別ポートフォリオウェイト<資産クラス別ベンチマークウェイトのとき、 ・資産クラス別ベンチマーク収益率>ベンチマーク収益率→配分効果(i)はマイナス ・資産クラス別ベンチマーク収益率<ベンチマーク収益率→配分効果(i)はプラス

Ⅱ―2(2)ベンチマークについて(ベンチマークとの比較によるパフォーマンス評価)

・資産クラス別ポートフォリオ収益率>資産クラス別ベンチマーク収益率 →銘柄選択効果(i)はプラス

・資産クラス別ポートフォリオ収益率<資産クラス別ベンチマーク収益率 →銘柄選択効果(i)はマイナス

b.銘柄選択効果 資産クラス内の銘柄選択(の結果としての資産クラスのリターン)

の超過収益率への寄与度

a.配分効果 資産クラスへの配分の超過収益率への寄与度

c.複合効果 配分効果、銘柄選択効果の複合的な寄与度

資産クラス別

ポートフォリオ

収益率(Rpi)

資産クラス別

ベンチマーク

収益率(Rbi)

ベンチマーク

収益率(Rb)

b.銘柄選択効果(i)

c.複合効果(i)

資産クラス別

ベンチマーク

ウェイト(Wbi)

ベンチマーク(i)

a.配分効果(i)

※(i)

資産クラス別

ポートフォリオ

ウェイト(Wpi)

c.複合効果

b.銘柄選択効果

ベンチマーク

a.配分効果

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・複合効果については、要因(投資行動)の状況によっ

て、配分効果に含める場合、銘柄選択効果に含める場

合、独立に扱う場合があります。例えば、銘柄選択の

結果、配分が決まるような状況では、複合効果は銘柄

選択効果に含めることが妥当であると考えられます。

・イ.以降では、具体例を紹介しますが、複合効果は銘柄

選択効果に含めるものとします。

・【参考】は、前ページで述べたことを数式で表現して

います。前ページの図を参照しながら、数式を追って

いただくと、理解しやすいかと思います。

-105-

④ 複合効果の取り扱い

【参考】数式による説明

(前ページの図を参照)

【配分効果】

=∑(Wpi-Wbi)・(Rbi-Rb)、複合効果を含めると、∑(Wpi-Wbi)・(Rpi-Rb)

【銘柄選択効果】

=∑Wbi・(Rpi-Rbi) 、複合効果を含めると、∑Wpi・(Rpi-Rbi)

【複合効果】

=∑(Wpi-Wbi)・(Rpi-Rbi)

【配分効果】+【銘柄選択効果】+【複合効果】

=∑(Wpi-Wbi)・(Rbi-Rb)+∑Wbi・(Rpi-Rbi)+∑(Wpi-Wbi)・(Rpi-Rbi)

=∑Wpi・Rpi-∑Wbi・Rbi-Rb∑Wpi+Rb∑Wbi

=Rp-Rb-Rb+Rb=Rp-Rb→超過収益率

【仮定】 n個の資産クラスを考え、ポートフォリオ、ベンチマークのウェイト、収益率を

下表のとおりとする(以下、∑は i=1~nの合計を意味する)

要因(投資行動)の状況によって、以下の3パターンから選択

配分効果に含める 銘柄選択効果に含める 独立に扱う

Ⅱ―2(2)ベンチマークについて(ベンチマークとの比較によるパフォーマンス評価)

ウェイト 収益率ポートフォリオ ベンチマーク ポートフォリオ ベンチマーク

資産クラス(i)(i=1,2,…,n)

Wpi Wbi Rpi Rbi

全体 ∑Wpi=1 ∑Wbi=1 Rp=∑Wpi・Rpi Rb=∑Wbi・Rbi

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イ.バランス型運用の要因分析例

・ここでは、年度計画にもとづく、5資産(国内債券、

国内株式、外国債券、外国株式、短期資金)によるバ

ランス型運用の要因分析例を取り上げます。

・ベンチマークについては、年度計画構成比による複合

ベンチマーク、資産クラスとしては、5資産を選択し

ます。

・このとき、配分効果は、5資産への資産配分効果、銘

柄選択効果は、5資産内の銘柄選択効果になり、資産

配分効果は、構成比について、年度計画よりも多め(少

なめ)としたことによる効果を示し、銘柄選択効果は、

個別資産の運用の巧拙による効果を示しています。

・左記「要因分析表(例)」に基づいて、具体的な例を

あげます。要因分析表の右側部分「超過収益全体に対

する寄与度」のうち、「資産配分効果」、および「銘

柄選択効果」の計算方法は左記に記載のとおりです。

・この例を分析すると、

a.ポートフォリオ全体の超過収益率は 0.40%

b.うち資産配分効果は-0.03%、銘柄選択効果は

0.43%

c.資産配分効果は主に、収益率が相対的に高かった国

内株式のオーバーウェイトがプラスに寄与、収益率

が相対的に低かった国内債券のオーバーウェイト

がマイナスに寄与

d.銘柄選択効果は、超過収益・構成比ともに高い国内

株式がプラスに寄与

といった状況であったといえます。

① バランス型運用の要因分析

-106-

② 具体例

【要因分析表(例)】

年度計画にもとづく、5資産(国内債券、国内株式、外国債券、外国株式、短期資金)による

バランス型運用の要因分析

ベンチマーク 年度計画構成比による複合ベンチマーク = 資産クラス 5資産 =

Ⅱ―2(2)ベンチマークについて(ベンチマークとの比較によるパフォーマンス評価)

寄与度分析 資産配分効果、5資産内銘柄選択効果 =

各資産クラス資産配分効果=(ポートフォリオの資産構成比-年度計画の資産構成比)

×(資産別ベンチマーク収益率-複合ベンチマーク収益率)

国内株式の例:(40%-38%)×(8.90%-4.30%)=0.09%

資産配分効果:-0.11%+0.09%+0.00%-0.01%+0.00%=-0.03%

各資産クラス銘柄選択効果= ポートフォリオの資産構成比

×(資産別ポートフォリオ収益率-資産別ベンチマークの収益率)

国内株式の例: 40%×(9.96%-8.90%)=0.42%

銘柄選択効果:-0.04%+0.42%+0.02%+0.03%+0.00%=0.43%

構成比 時間加重収益率 超過収益全体に対する寄与度実績(平残) 年度計画 実績 ベンチマーク 超過収益率 資産配分 銘柄選択

国内債券 30% 28% -1.38% -1.26% -0.12% -0.11% -0.04%国内株式 40% 38% 9.96% 8.90% 1.06% 0.09% 0.42%外国債券 12% 12% 3.52% 3.36% 0.16% 0.00% 0.02%外国株式 15% 19% 4.69% 4.52% 0.17% -0.01% 0.03%短期資金 3% 3% 0.13% 0.11% 0.02% 0.00% 0.00%

全   体 100% 100% 4.70% 4.30% 0.40% -0.03% 0.43%

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ウ.個別資産運用の要因分析例

-107-

① 国内債券運用

ベンチマーク NOMURA-BPI 総合 =

資産クラス 残存期間(短期【3年未満】、中期【3年以上 7年未満】、長期【7年以上

11 年未満】、超長期【11 年以上】)、残存期間のクラスをさらに種別(国

債、地方債、政保債、金融債、事業債、円建外債、MBS等)でクラス分け

残存期間別の配分効果、債券種別の配分効果、残存期間・種別内銘柄選択効果

② 国内株式運用

ベンチマーク TOPIX〔配当込み〕 = 資産クラス 業種(東証 33業種) =

業種配分効果、業種内銘柄選択効果

③ 外国債券運用

ベンチマーク シティグループ世界国債 インデックス〔日本を除く、円ベース〕 = 資産クラス

通貨 (ユーロ、米ドル、・・・) =

通貨配分効果、通貨内銘柄選択効果

④ 外国株式運用

ベンチマーク MSCI KOKUSAI

〔配当込み、円換算〕 = 資産クラス 業種(MSCI10業種)、または 地域(米国、カナダ、・・・) =

業種(地域)配分効果、業種(地域)内銘柄選択効果

寄与度分析 =

寄与度分析 =

寄与度分析 =

寄与度分析 =

Ⅱ―2(2)ベンチマークについて(ベンチマークとの比較によるパフォーマンス評価)

・ここでは、個別資産運用の要因分析例を取り上げます。

・国内債券運用の分析には、ベンチマークとして、

NOMURA-BPI 総合、資産クラスとしては、残存期間と残

存期間のクラスをさらに債券種別でクラス分けしたも

のを使用します。

・このとき、配分効果は、残存期間別の配分効果、債券

種別の配分効果、銘柄選択効果は、残存期間・種別内

の銘柄選択効果となります。

・国内株式運用の分析には、ベンチマークとして、TOPIX

〔配当込み〕、資産クラスとしては、業種(東証 33業

種)を使用します。

・このとき、配分効果は、業種配分効果、銘柄選択効果

は、業種内の銘柄選択効果となります。

・外国債券運用の分析には、ベンチマークとして、シティ

グループ世界国債インデックス〔日本を除く、円ベー

ス〕、資産クラスとしては、通貨(ユーロ、米ドル、…)

を使用します。

・このとき、配分効果は、通貨配分効果、銘柄選択効果

は、通貨内の銘柄選択効果となります。

・外国株式運用の分析には、ベンチマークとして、MSCI

KOKUSAI〔配当込み、円換算〕、資産クラスとしては、

業種(MSCI10業種)、または地域(米国、カナダ、…)を

使用します。

・このとき、配分効果は、業種(地域)配分効果、銘柄選

択効果は、業種(地域)内の銘柄選択効果となります。

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(3)パッシブ運用

ア.パッシブ運用の手法

・ここでは、ベンチマークとの関連から主にパッシブ運

用について説明するとともに、その対極に位置するア

クティブ運用にも触れていきます。

・パッシブ運用は、資産クラス毎の指標となるベンチ

マークと同じポートフォリオで、同じリターンの獲

得、つまりベンチマークとの連動を狙う運用です。こ

れに対して、アクティブ運用は、投資マネジャーが指

標となるベンチマークに対して、超過収益獲得を狙っ

て積極的な銘柄選択を行なって投資することをいい

ます。

・ベンチマークの動きを市場平均と連動した株価指数や

債券価格指数でとらえることから、パッシブ運用はま

た「インデックス(指数)運用」とも呼ばれます。

・左記のイメージ図は、ベンチマークとパッシブ運用・

アクティブ運用の運用実績の関係を表したものです。

運用実績のバラツキは、運用会社ごとのパフォーマン

ス格差を示しています。パッシブ運用は、ベンチマー

クの追随が目的なので、バラツキは小さくなります。

・あくまで理論上ですが、運用実績は、運用報酬や売買

コストを控除しなければ、市場の平均値であるベンチ

マーク値とパッシブ運用平均値とアクティブ運用平

均値は同じになるものと想定されます(運用報酬等控

除前の図参照)。実際の運用では、これらのコストが

掛かることから、運用実績は、ベンチマーク値、パッ

シブ運用平均値、アクティブ運用平均値の順となりま

す(運用報酬等控除後の図参照)。

Ⅱ―2(3)ベンチマークについて(パッシブ運用)

-108-

パッシブ運用とは

アクティブ運用とは

イメージ図(運用報酬等控除前)

ベンチマーク値

(市場平均値)

パッシブ運用のパ

フォーマンス分布

アクティブ運用のパ

フォーマンス分布

運用実績

発生頻度

指標となるベンチマークのポート

フォリオで運用

ベンチマークと同じ収益(リターン)の

獲得を狙う

イメージ図(運用報酬等控除後)

ベンチマーク値(市場平均値)

パッシブ運用平均値

アクティブ運用平均値

資産クラス毎の指標となるベンチ

マークと同じポートフォリオで運用

積極的な銘柄選択を実行して運用 ベンチマークに対して超過収益の獲得

を狙う

パッシブ運用 インデックス(指数)運用 = ベンチマークの動きを市場平均と連

動した株価指数や債券価格指数のよ

うなインデックス(指数)で捕捉

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イ.パッシブ運用の理論的根拠

・パッシブ運用は、1960年代以降に確立された「モダン

ポートフォリオ理論(現代証券投資理論)」の一環で

生まれた運用手法であり、この概念が誕生したことに

より、それ以前のすべての株式投資に対するアプロー

チは、アクティブ運用と呼ばれることになりました。

・以下では、パッシブ運用の理論的な根拠となる考え方

を紹介します。

・効率的市場仮説は、1965年にシカゴ大学のファーマ教

授が提唱し、1980年代に米国で研究が進み一般投資家

にも広く知られるようになりました。

・大規模な資金の運用を職業とし、合理的な投資行動を

とる多数の専門的なファンドマネジャー中心に株価形

成が行なわれるようになると、株価に影響を及ぼす可

能性のある新しい情報はたちどころに市場に知れ渡

り、株価に織り込まれてしまう傾向が強く見られるよ

うになります(市場が効率化)。そうなると、もはや

割安のまま放置されている銘柄は存在しなくなり、い

ろいろな情報にもとづくさまざまな投資戦略のパ

フォーマンスも、機械的に市場平均に投資した場合と

ほとんど変わらなくなるという仮説です。

・情報を利用した株式投資によって市場全体の成長を上

回る投資収益を継続してあげることは極めて困難とい

う結論になるため、株価指数に連動するインデックス

ファンドへの投資(パッシブ運用)が普及するきっか

けにもなりました。

・ただし、実際の株式市場がそれほど効率的かどうかに

ついてはもちろん異論もあります。 つまり、市場が非

効率であることが前提で、アクティブ運用が存在する

からです。

① パッシブ運用の誕生

-109-

1960年代以降に確立されたモダンポートフォリオ理論の一環となる運用手法

Ⅱ―2(3)ベンチマークについて(パッシブ運用)

② 効率的市場仮説

1965年シカゴ大学ファーマ教授が提唱。1980年代米国で研究が進み、広く知られる

(効率的市場仮説)

それ以前の株式投資に対する運用手法 → アクティブ運用

市場が効率化するにつれて、株価に影響を与える情報は、すぐ市場に知れ渡る

すぐに、合理的な投資行動をとるファンドマネージャーによる売買が行なわれる

情報が株価に織り込まれ、割安・割高銘柄が存在しなくなる(市場平均化される)

情報を利用した株式投資のパフォーマンスと市場平均に投資するパフォーマンスは変わら

なくなる

パッシブ運用が普及(ただし、実際の株式市場が効率的であるかどうかには、異論あり)

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・敗者のゲーム論は、1970年代、アメリカのチャール

ズ・エリスが、「株式投資は敗者のゲーム」になった

と主張して有名になりました。

・その内容は、現代においては、多くの優秀な人材と豊

富な資金量・情報を持つ機関投資家が市場の主役と

なったため、市場に勝ち続けることはほぼ不可能で、

「ミスをした方が負ける」という「敗者のゲーム」に

なっているといいます。

・つまり、アクティブ運用よりも、コストが小さいパッ

シブ運用を続けた方が、長期平均的に優れたパフォー

マンスをもたらす傾向が強いと説き、パッシブ運用の

有効性を広く訴えることとなりました。

・資本資産価格モデル(CAPM)は、ノーベル賞学者ウィ

リアム・シャープが創案した投資戦略におけるモダン

ポートフォリオ理論の一つで、効率的な市場におい

て、リスク資産の期待リターンと価格がどう形成され

るのかを理論化したものです。

・市場が効率的であれば、どの銘柄についても、現在の

株価は、市場参加者の総意が反映されたものと考える

ことができ、各銘柄の時価総額比率から成るポート

フォリオは、リスク・リターンの観点から最も効率的

であるとされています。

・パッシブ運用は、効率的な市場に準拠したポートフォ

リオを保有すれば、市場並みのリターンを獲得するこ

とができるとされています。

Ⅱ―2(3)ベンチマークについて(パッシブ運用)

④ 資本資産価格モデル(CAPM)

-110-

1970年代、米国のチャールズ・エリス(「敗者のゲーム」の著者)が主張

ウィリアム・シャープが創案したモダンポートフォリオ理論の一つ。効率的市場におけるリス

ク資産の期待リターンと価格形成を理論化

③ 敗者のゲーム論

株式投資は、かつては、リスクを取って市場平均と異なった銘柄選択をするプロの機関投資

家が圧倒的に有利な「勝者のゲーム」

株式投資がプロの機関投資家同士の争いとなり、市場の効率性が高まるにつれて、今では、

ゲームの性格が「ミスをした方が負ける」という「敗者のゲーム」

つまり、アクティブ運用でミスするより、パッシブ運用でミスをしない方が、長期平均的に

優れたパフォーマンスを獲得

市場が効率的であれば、現在の株価は市場参加者の総意を反映

各銘柄の時価総額比率から成るポートフォリオは、最も効率的

「パッシブ運用は、各銘柄の時価総額比率から成るポートフォリオで運用することから、

効率的である」と理論的にサポート

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ウ.パッシブ運用のメリット・デメリット

Ⅱ―2(3)ベンチマークについて(パッシブ運用)

・配当無関連命題では、完全市場において配当政策

① パッシブ運用のメリット

-111-

a.効率的な市場に便乗

b.分散効果でリスク低下

・ここでは、パッシブ運用のメリット・デメリットにつ

いて、取り上げます。

・プロの機関投資家は多大なコストと時間をかけて情報

を集めて分析、予測を行ない、平均以上のパフォーマ

ンスを上げる競争を行なっています。その結果として、

すべての銘柄の評価がおおむねファンダメンタル価値

を反映した、効率的な水準になっていると考えられま

す。

・特定資産クラスのベンチマーク銘柄に分散投資するこ

とにより、その分散効果で、平均リターンを確保しつ

つ、リスクは低下します。

・経済が長期的に発展する前提において、十分分散され

て、リスクが低減されたファンドは、長期的に安定し

たリターンが得られます。

・パッシブ運用は売買する金額や頻度(売買回転率)が

少ないため、低廉なコストでの運用が可能です。アク

ティブ運用は、運用報酬も高く、超過リターンの源泉

が変わるたびに銘柄を入れ替えることになるため、売

買金額や頻度が多くなります。

・ベンチマークをアウトパフォームするというアクティ

ブ運用の可能性を放棄することになります。

・パッシブ運用は装置産業と言われ、受託資産が増える

ほど、運用報酬を低く設定でき、特定資産クラスのベ

ンチマークとの連動性を確保できることから、ある程

度、相応の「規模の大きさ」が必要となります。

② パッシブ運用のデメリット

a.ベンチマークをアウトパフォームするというアクティブ運用の可能性を放棄

b.低い運用報酬やベンチマークとの連動性の確保のため、相応の「規模の大きさ」が必要

c.長期平均的に安定したリターン

d.低コスト

市場が、プロの機関投資家の競争により、すべて

の銘柄評価が効率的な水準

ベンチマーク銘柄への分散投資により、その分散

効果から、リスク低下

分散によって、リスク低減されたファンドは、長

期平均的に安定的なリターンを獲得

アクティブ運用に比較して、売買頻度が少ないこ

とから、売買コスト・運用報酬も安い

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エ.パッシブ運用の課題と今後の展開

・引き続き、過去 10 年間における株式市場の構造的な変化について、新興企業向け市場の動向と株式保有構造の状況に絞って概観し、国内株式の運用にどのような影響を与えるかにつき考えます。

(フリーキャッシュフロー理論)

企業は

-112-

パッシブ運用の割合が高まる 主体的な価格形成者が減少 投資価値がファン

ダメンタル価値から乖離 パフォーマンスが悪化

a.実際に、市場は効率的か

・ここでは、パッシブ運用の課題と今後の展開について

説明します。

・パッシブ運用の理論的な根拠となる市場が効率的(資

産価格に、入手可能な情報がすぐに、かつ完全に、織

り込まれること)であるかどうかを検証することは非

常に難しい問題です。

・結局のところ、効率的か非効率的かというような、二

者択一では捉えられず、効率性は程度の問題といえま

す。一般的には、たいていの市場は、ある程度効率的

であると考えられます。

・パッシブ運用は、その割合が高まると、価格形成に主

体的に取り組む運用者が減少し、投資価値がファンダ

メンタル価値から乖離し、パフォーマンスが悪化する

可能性があるといわれています。

・パッシブ運用の増加で市場が非効率となるとしても、

投資価値とファンダメンタル価値との乖離部分を見つ

けて、是正するアクティブ運用を採用すれば、運用上

の非効率が解消することから、パッシブ運用とアク

ティブ運用は、補完関係にあるといえます。

・パッシブ運用は、通常、特定資産のマーケット全体を

カバーするインデックスをベンチマークとした運用が

中心となりますが、後述するさまざまな「インデック

ス」の活用により、リスク許容度に応じたアセットミッ

クスの構築やポートフォリオの分散が可能となりま

す。

Ⅱ―2(3)ベンチマークについて(パッシブ運用)

b.パッシブ運用の増大が非効率化を生み出す可能性あり

市場が効率的とは 資産価格に、入手可能な情報がすぐにかつ完全に織り込まれる

検証は困難 効率性は程度の問題 市場はある程度効率的と考えられる

市場が非効率化 投資価値がファンダメンタル価値から乖離 乖離部分を是正

するアクティブ運用の採用 運用の非効率解消(アクティブ運用で運用補完)

① パッシブ運用の課題

② パッシブ運用の今後の展開

通常利用するベンチマーク=特定資産のマーケット全体をカバーするインデックス使用

インデックスの多様化 リスク許容度に応じたアセットの構築、ポート分散が可能

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・マーケット・インデックスは市場全体を対象とし、スタイル・インデックスは一定の範囲を対象

(4)スタイル・インデックス

ア.スタイル・インデックスとは

Ⅱ―2(4)ベンチマークについて(スタイル・インデックス)

-113-

① マーケット・インデックスとスタイル・インデックス

資産規模等による分類

・市場全体を対象とするインデックスは、マーケット・イ

ンデックスと呼ばれます。ただ、実際の運用においては、

市場全体を投資の対象とはせず、割安株投資や成長株投

資といった一定の範囲の銘柄を対象とした運用スタイ

ルによる区分が行なわれる場合があります。こうした運

用スタイルの場合、マーケット・インデックスではなく、

運用スタイル毎の対象銘柄を対象とする必要がありま

す。こうした一定の条件で抽出された銘柄群のイン

デックスは、スタイル・インデックスと呼ばれます。

・スタイル・インデックスは、市場のすべての銘柄を対象

とするわけではありませんので、マーケット・インデッ

クスの内訳になります。ただ、複数の運用スタイルの対

象になる銘柄もありますし、そもそも対象銘柄が変化

していく運用スタイルも考えられ、かならずしもスタ

イル・インデックスの合計がマーケット・インデック

スになるわけではありません。

・スタイル・インデックスの例としては、東京証券取引所

が公表している大型株、小型株といった規模別指数や、

売買高、浮動株等から流動性が高いと判断される銘柄

を対象としたコア指数などがあります。また、財務デー

タ等による割安株指数や成長株指数、または SRI(社会

的責任投資)を基準にしたものも、証券会社や評価機

関各社から発表されています。(SRIの詳細は、Ⅲ-1「SRI

(社会的責任投資)と年金資産運用」)をご参照くださ

い)。

・また、こうした公表されるもののほかに、カスタム・イ

ンデックスとして、ユーザーが独自に基準を定めるイ

ンデックスもあります。ユーザーが考える運用スタイル

の基準となるものであり、今後、こうした独自のイン

デックスも利用が拡大していくものと予想されます。

マーケット・インデックス(市場全体)

スタイル・インデックス

(成長株)

スタイル・インデックス

(割安株)

② スタイル・インデックスの分類

大型株、中型株等の規模別指数主

売買高、浮動株等流動性を加味したコア指数

運用スタイルによる分類

PER,PBR等財務データによる割安株、成長株等 SRI(社会的責任投資)等

その他

ユーザー独自の運用スタイルを基準としたもの

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・市場動向によっては、運用スタイル毎で有利な環境になる場合があり、市場平均との単純比較は運

用評価としては不適切

・スタイル・インデックスは、運用機関の運用スタイル

管理に利用されています。たとえば、ある運用機関は、

成長株投資により、超過収益を狙う運用を行なってい

るとします。この運用機関の評価を行なう場合、市場

のなかで、全体と単純に比較したのでは、かならずし

も、その運用機関の評価とならないことがあります。

・つまり、市場のなかで、成長株が有利な市場動向の状

況では、投資対象そのものが、市場全体に対し有利な

環境になります。この環境で市場平均を上回ったとし

ても、その運用機関の能力であるのかは、慎重な判断

が必要になります。

・もっとも、運用機関が、市場の中で成長株が有利との

判断のもと、成長株投資を行ない超過収益が得られた

のであれば、能力を評価すべきところです。しかし、

一般的には、どの運用スタイルが有利かと判断しなが

ら運用スタイルを選択することはなく、その運用機関

の運用スタイルに応じ、スタイル・インデックスでの

精緻な評価を行なうのが適当と考えます。

・また、逆に、運用機関のスタイルを分析するためにス

タイル・インデックスを活用することもできます。つ

まり、その運用機関の運用実績と近い動きをするスタ

イル・インデックスを探すことで、その運用機関のス

タイルを具体的に把握することもできると考えます。

・この場合、ひとつのスタイル・インデックスでの分析

ではなく、複数のインデックスを合成することで、よ

り、精緻な分析も可能です。こうした分析により、運

用機関の分類を行ない、運用機関のスタイル・ミック

スやパフォーマンス評価を行なうことが、運用管理の

うえで重要と考えます。

Ⅱ―2(4)ベンチマークについて(スタイル・インデックス)

② 運用スタイル管理

-114-

イ.スタイル・インデックスの活用

① 運用評価の精緻化

運用機関の 運用スタイル

スタイル a の要因 スタイル b の要因 スタイル c の要因

スタイル・インデックス a の推移

スタイル・インデックス b の推移

スタイル・インデックス c の推移

整合性

運用機関の運用実績

スタイル・インデックスによる確認

【スタイル・インデックス (Russell/Nomura指数)と マーケット・インデックス (TOPIX)の収益率推移】

要因分析

-60%

-40%

-20%

0%

20%

40%

60%

80%

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

Russell/Nomura割安株インデックス

Russell/Nomura成長株インデックス

TOPIX(配当込み)

出所)野村證券(株)

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・年金運用の目的に沿った選定が重要

・スタイル・インデックスをベンチマークとすることは運用リスクをとることと同じ

・運用基本方針のなかでの運用基準として検討

・市場全体のリスクと許容できるリスク量の調整

・母体企業の収益状況

・きめ細かな管理が行なえるスタイル・インデックスで

すが、その選定には十分な検討が必要です。ベンチマー

クは、運用の基準になるものであり、運用の目的に沿っ

たものでなければなりません。

・年金運用においては、標準的なベンチマークとして、

マーケット・インデックスが採用されています。これ

をスタイル・インデックスに置き換える場合、標準と

は違うことになり、そのこと自体が運用リスクとなる

ことを認識する必要があります。

・当然、標準的なベンチマークが最良であるとはかぎり

ません。運用目的を明確にし、その基準となるスタイ

ル・インデックスを選定することは、重要な作業です。

ただ、この作業は、運用の対象を選択する、いわば、

運用そのものともいえるものです。運用業務を外部に

委託するなか、独自でこの作業を行なうことは困難さ

をともないますが、運用の基準を示すことは、当然求

められるところであり、十分な検討が必要であると考

えます。

・年金運用の目的は、安定的な給付財源の確保であり、

過大な運用目標を掲げることは適当ではありません。

運用収益の極大化は運用目標ではありますが、取りう

るリスクを考慮する必要があります。市場全体のリス

クが高まっている状況で、スタイル・インデックスを

ベンチマークとするかは、企業会計への影響も考慮し、

検討の必要があると考えます。母体企業に体力がある

状況では、リスクも許容できますが、母体の収益状況

が厳しいときには、安定収益が見込まれるベンチマー

クを検討する必要があるかもしれません。

① スタイル・インデックスをベンチマークとする際の留意点

Ⅱ―2(4)ベンチマークについて(スタイル・インデックス)

年金運用の目的

-115-

スタイル・インデックス

での運用

ウ.スタイル・インデックスの選定

運用基準の選択

(運用そのもの)

マーケット・インデックス

スタイル・インデックス

② スタイル・インデックスをベンチマークとする際の視点

運用基準 市場のリスク 母体企業の収益

リスクが存在

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・年金負債のデュレーションにあった、長めのデュレーションとなる債券インデックス

・運用上の大きな制約とならないよう配慮

取引にあたって価格への影響が大きくなる懸念

・インデックス算出のコスト

・インデックス自体の数値の動き、評価に使用する価格への配慮

市場全体を対象としないため、売買の相手に制約

・カスタマイズ・インデックスとは、文字通り、独自の

インデックスです。ある特定の分野の銘柄を対象にし

たり、ある一定の条件を満たす銘柄を対象に算出する

ことになります。こうした分野、条件は、銘柄の選定

基準であり、いわば、運用方針と考えられます。

・ たとえば、債券運用を考えた場合、年金負債との整合

性を図ろうとすると、市場平均では、デュレーション

はミスマッチとなります。そこで長めのデュレーショ

ンの債券運用で調整を図るとします。この場合、市場

と比べれば、リスクを取る運用となりますが、むしろ、

年金運用においては、より効率的な運用であるとも考

えられます。実際に、こうしたベンチマークのカスタ

マイズの試みは始まっており、今後、いろいろなベン

チマークが開発されていくものと期待されます。

・ また、カスタマイズにあたっては、運用上の大きな制

約を課すことにならないような配慮が必要です。具体

的には、銘柄の流動性への配慮は重要です。全体とし

ては、マーケット・インデックスを採用し運用してい

る運用機関が多いなか、独自のインデックスを採用し

た場合、売買の相手が少なくなる可能性があり、その

ため、取引にあたっての価格への影響が大きくなる懸

念があります。

・管理面でも、インデックスの算出を独自に行なうこと

になり、そのコストへの配慮も必要です。現在、証券

取引所等では特定のニーズに応えるためのカスタ

ム・インデックス提供サービスが行なわれており、こ

うしたサービスにより算出自体は比較的容易と思わ

れますが、その利用にあたっては、独自の制限を加え

ることから生じる構成銘柄の変化や時間経過の影響

等によるインデックス自体の数値の動きや、評価に使

用する価格を考慮した管理も必要になると考えられ、

課題も残されています。

運用上の制約

-116-

① カスタマイズ・インデックスの例

② 管理にあたっての留意点

債券市場

数値の動き、評価に使用する価格

インデックス

算出のコスト

Ⅱ―2(4)ベンチマークについて(スタイル・インデックス)

エ.カスタマイズ・インデックス

超長期債等

負債のデュレーション ミスマッチ

調整

影響

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・年金負債対応投資といわれる考え方。年金資産評価において即時認識が行なわれる欧州で先行

・将来のキャッシュ・フローの現在価値に着目する年金 ALMに対し、将来のキャッシュ・フローその

ものを確保することに着目する運用

・超長期債での運用が主体

・現物資産のみならず、派生商品の活用も必要

・ベンチマークも資産から、キャッシュ・フローそのものに変化する可能性

・LDIとは、Liability Driven Investmentの頭文字を取った

もので、年金負債対応投資といわれる考え方です。世

界的にみれば、LDIについては、米国よりも欧州が先行

しているようです。これは、企業会計の影響もあると

指摘されています。欧州においては、年金部分の資産

評価について負債も含め時価評価し、不足額は単年度

で処理する即時認識を行なうため、LDI の考え方が浸

透していると考えられます(次ページ以降参照)。

・LDIは、これまでの資産に着目した運用から、負債に着

目した運用への転換を図るものです。現在、一般的に

行なわれる年金 ALM では、将来の給付のため、その給

付額を予定利率で割戻すことで現在価値を算出、現在、

必要な資産額を確保することが運用の課題でした。一

方、LDI では、将来の給付そのものを確保する、いい

かえれば給付というキャッシュフローを確保すること

が運用の課題になります。

・LDI での運用の事例をみてみると、超長期債での運用

が主体になっています。また、現物資産ではカバーで

きない部分は派生商品も活用されています。年金の受

給者にとっては、年金は、いわば債券の利払いを受け

ることと同じことです。年金のプランスポンサーは、

その利払いだけを行なう債券を発行していることにな

ります。この利払いに着目した運用が、LDIといえます。

・従来の年金 ALM では年金資産の確保が基準でした。た

だ、今後、年金資産評価の即時認識が求められた場合、

資産の確保が最善であるか、再検討が必要になるかも

しれません。将来のキャッシュ・フローの確保を基準

とした運用が求められることも考えられます。

Ⅱ―2(4)ベンチマークについて(スタイル・インデックス)

現在価値を確保する運用

① LDIとは

オ.負債に着目したインデックス(LDI)

・・・・

年金給付(キャッシュ・フロー)

給付に必要な年金資産の現在価値

給付に必要な年金資産

LDIの課題

ALMの課題

② LDIでの運用

将来のキャッシュ・フローを確保する運用

ベンチマークは資産

ベンチマークはキャッシュ・フロー

資産

有効性の検討が必要

-117-

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3. LDI(年金負債対応投資)について

(1)LDIとは

ア.LDIの考え方

・企業会計の透明性に対する要請から、国際的に会計基

準統合の流れが加速し、年金運用において、LDIとい

う言葉が注目されています。(1)節では、LDIの考え

方、従来発想(年金 ALM)との相違点、導入の背景等

についてとりあげます。

・LDI とは、Liability Driven Investment の頭文字

を取ったもので、「年金負債対応投資」と訳されてい

ます。

・企業は従業員に対してその退職後に年金給付を支払う

という債務を負っていると考えられます。この年金の

債務を市場金利で割引いたものが、年金負債の時価と

なります。年金負債の時価は、割引く際の市場金利に

よって変動します。LDIは、この変動する年金負債と

同じような特性を持つ長期債を資産側に組入れるこ

とにより、変動リスクを抑制しようというのが、基本

的な発想となります。したがって、LDIは、年金負債

に対するこれまでの簿価評価や遅延認識から、時価評

価かつ即時認識の流れに対応した運用といえます。

・LDIは、これまでの年金 ALMの資産に着目した運用か

ら、負債に着目した運用に転換を図るもので、年金負

債をベンチマークとして、負債に対する超過リターン

をめざす運用をいいます。

・LDIでの運用の事例をみてみると、超長期債での運用

が主体になっていますが、超長期債等でカバーできな

い部分は、スワップやオプションなどのデリバティブ

(金融派生商品)も活用されています。

Ⅱ―3(1)LDIについて(LDIとは)

-118-

企業が負う年金債務を市場金利で割り引いたもの 年金負債の時価(市場金利によって変動)

① LDIの基本的な発想

LDI = Liability(負債)、Driven(導かれる)、Investment(投資)の頭文字を取ったもの

「年金負債対応投資」と訳される

LDIの発想 変動する年金負債と同じ特性を持つ長期債を資産に組入れて変動リスクを抑制

LDIは、年金負債に対する時価評価かつ即時認識の流れに対応した運用

主体は、超長期債で運用

③ LDIの運用事例

超長期債等でカバーできない部分は、デリバティブ(金融派生商品)を活用

年金 ALMの資産に着目した運用 負債に着目した運用への転換

② LDIの運用手法

年金負債をベンチマークとして、負債に対する超過リターンをめざす

Page 43: 年金運用 Navigator (3/4) · 肢の拡大、適格年金の確定給付企業年金への移行など 年金制度見直しが進展しました。 ア.環境の変化と年金資産運用

イ.年金ALMとLDI

・引き続き、過去 10 年間における株式市場の構造的な変化について、新興企業向け市場の動向と株式保有構造の状況に絞って概観し、国内株式の運用にどのような影響を与えるかにつき考えます。

(フリーキャッシュフロー理論)

企業は

-119-

(年金 ALM)

予定利率は固定のた

め、年金負債変わらず

・一般的に行なわれる年金 ALM では、将来の年金給付の

ため、その給付額を予定利率で割戻すことで現在価値

を算出、必要な資産額を確保することが運用の課題で

した。一方、LDI では、将来の年金給付というキャッ

シュフローを確保することが運用の課題になります。

・LDI で対象となる負債は数理債務でなく、時価評価さ

れた負債、つまり将来の年金給付のキャッシュフロー

を現在の市場金利で割引いた現在価値となります。し

たがって、市場金利とともに割引率が変動すれば、年

金負債の価値も増減します。

・これまでの年金 ALM では、資産と負債のバランスを検

証してきてはいますが、資産サイドのみで運用効率を

追求しており、負債サイドは予定利率以外の要因をほ

とんど考慮に入れていません。

・日本では、一般的に年金マネジメントといえば資産マ

ネジメントを指します。これは、年金負債が予定利率

によって将来の年金給付の現在価値を求めるため、市

場金利の変動が計算上負債に与える影響がなかったこ

と、さらに、その予定利率が固定化されていることか

ら、負債の金利変動リスクという概念が運用に導入さ

れる素地が希薄であったためと考えられます。

・今後、年金資産と年金負債の即時認識が求められた場

合、年金 ALMのような年金資産の確保が最善であるか、

再検討が必要になるかもしれません。LDI のような将

来の年金給付というキャッシュフローを確保すること

を基準とした運用が求められることも考えられます。

Ⅱ―3(1)LDIについて(LDIとは)

(LDI)

年金負債は、計算時の

割引率により変動

① 年金 ALMと LDIの違い

③ 今後の検討課題

年金資産と年金負債の即時認識

の流れ

・これまでの年金 ALMのような年金資産確保の再検討

・LDI のような将来の年金給付というキャッシュフ

ロー確保の検討

・・・・

年金財政上の

年金負債

会計上の年金

負債

割引率で割戻し

予定利率で割戻し 将来の年金給

付 ( キ ャ ッ

シュフロー)

予定利率が固定化されていることから、負債の金利変動リスク

という概念が運用に導入される素地が希薄

年金負債を予定利率で算定するため、市場金利の変動が負債

に与える影響がなかったこと

② 日本で主流の年金 ALM

年金 ALM主流の要因

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ウ.LDI導入の背景

・世界的にみると、LDI は、米国よりも欧州で先行して

いるようです。

・欧州で LDI が進展した背景としては、大きく二つの要

因が考えられます。一つは、企業会計基準の厳格化や

監督当局の規制強化等の年金財政基準の厳格化の影響

であり、一つは、確定給付型企業年金制度(DB制度)

の閉鎖にともなう企業会計への影響抑制があげられま

す。

・デンマーク・スウェーデン・オランダ等では、年金財

政に対する監督当局の規制強化により、年金負債の時

価評価や将来の年金支払余力のストレステスト(例外

的におこりうる出来事がもたらす潜在的なリスクを把

握する手法)が要求される等、年金財政の健全性評価

において、金融機関並みのリスク管理が要求されてい

ます。

・英国では、2005年から導入された会計基準である財務

会計基準 17 号(FRS17)により、単年度における年金

積立過不足の追加的発生分である数理計算上の差異を

即時認識しなければならず、単年度の資産運用結果や

市場金利変動による割引率変更が単年度の企業業績に

直接的に影響が及ぶことから、積立水準管理の重要性

の高まりとともに、LDIの導入が進展しました。

・また、英国では、このような確定給付型企業年金制度

における積立水準管理の厳格化を受け、年金による財

務リスクを縮小するため、制度を閉鎖し、確定拠出型

企業年金制度(DC制度)へ移行する動きも見られ、こ

の閉鎖年金による企業業績への影響の抑制や積立比率

の向上に対応するために、LDIの導入が進展しました。

① 欧州における LDI導入の背景

-120-

a.企業会計基準や年金財政基準の厳格化

Ⅱ―3(1)LDIについて(LDIとは)

② 欧州各国の導入背景

(デンマーク・スウェーデン・オランダ等)

(英国)

b.確定給付型企業年金制度の閉鎖にともなう閉鎖年金制度の企業会計への影響抑制

年金財政に対

する監督当局

の規制強化

・年金負債の時価評価

・将来の年金支払余力のストレステ

ストの要求(金融機関並みのリス

ク管理)

LDI の手法により

将来の年金給付と

いうキャッシュフ

ローを確保

企業会計

基準の厳

正化

(FRS17)

・単年度の年金積立過不足の即時認識に移行

・単年度の資産運用結果や市場金利変動が企

業業績に直接影響

LDI の手法により

将来の年金給付と

いうキャッシュフ

ローを確保

・年金による企業の財務リスク縮小のため、

確定給付型企業年金制度の閉鎖(確定拠出

型企業年金制度へ移行)

LDI の手法により

閉鎖年金の企業業

績への影響抑制

影響回避の動き

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エ.退職給付会計とLDI

・米国では、2006 年の年金保護法により、年金財政に

おいて、年金負債評価に時価評価の考え方が導入さ

れ、財務会計基準 158号(FAS158)により、数理計算

上の差異および過去勤務債務の全額が即時認識され

貸借対照表に計上されることになったことから、欧州

に続いて LDIの導入が進んでいます。

・日本では、年金財政上、予定利率を達成することをめ

ざす資産運用がされており、LDIのような将来の年金

給付というキャッシュフローを年金負債の時価で確

保するという考え方が浸透していませんでした。ここ

にきて、国際的な会計基準の統合の流れから、具体的

に LDI導入を検討する段階に入っているようです。

・LDIが脚光を浴びる大きな要因として、退職給付会計

上の未認識債務を即時認識することがあげられます。

・これまで、退職給付会計において、年金負債の時価変

動が、企業の貸借対照表に即時に反映されず、遅延し

て認識されるような措置がとられています。

・具体的な事例としては、a.退職給付債務計算に使用す

る割引率の算定に、その時点の利回り以外に、過去の

一定期間の利回り変動を加味(割引率の平滑化)、b.

重要性基準に基づき、退職給付債務の変動が軽微と推

定されるときは、割引率を変更しない、c.割引率の変

更による退職給付債務の変動を即時に会計上認識せ

ず、数理計算上の差異として、一定期間かけてこれを

償却する等があげられます。

Ⅱ―3(1)LDIについて( LDIとは)

① 退職給付会計上の遅延認識

-121-

(米国)

③ 米国、日本の LDI導入状況

(日本)

・年金財政の規制強化

(年金保護法)

・企業会計基準の厳正化

(FAS158)

・年金負債評価に時価評価を

導入

・数理計算上の差異を即時認

識し、貸借対照表に計上

LDI の手法により将

来の年金給付という

キャッシュフローを

確保する動きあり

年金財政上、予定利率を達成することをめざす資産運用

国際的な会計基準の統合の流れ

具体的に LDI導入を検討する段階

LDI浸透せず

退職給付会計上の遅延認識措置の事例

c.割引率の変更による退職給付債務の変動を即時に会計上認識せず、数理計算上の差異と

して、一定期間かけて償却

b.退職給付債務の変動が軽微と推定されるときは、割引率を変更しない

a.退職給付債務計算の割引率に、過去の一定期間の利回り変動を加味(割引率の平滑化)

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Ⅱ―3(1)LDIについて(LDIとは)

・配当無関連命題では、完全市場において配当政策

② 退職給付会計上の即時認識の動き

-122-

・現状、退職給付会計上の未認識債務について、これま

で認められてきた遅延認識をやめて、即時に認識しよ

うという動きが進んでいます。

・国際会計基準 19号(IAS19)が、2011年改訂され、遅

延認識に立っていたこれまでの基準に加えて、数理的

差異について即時認識することになりました。

・英国では、前述したとおり、財務会計基準 17号(FRS17)

と呼ばれる新たな会計基準が 2005年に導入され、従来

は認められていた年金資産と負債の評価額変動の遅延

認識を行なうことができなくなりました。

・欧州に遅れて、米国でも会計基準の見直しが進行して

おり、2006年に財務会計基準 158号(FAS158)が公表

され、これにより、2007年の決算から退職給付債務と

年金資産の差額について即時認識され、企業の貸借対

照表上反映することになりました。

・日本においても、2007年 8月 8日に、企業会計基準委

員会(ASBJ)と国際会計基準審議会(IASB)が 2011

年までに会計基準のコンバージェンス(統合)を達成

するという「東京合意」を公表しています。この合意

により、2008年 7月、退職給付債務の算定に使用する

割引率の決定基準が改定(2009年 4月 1日以降開始す

る事業年度の年度末から適用)され、従来は、一定期

間(5 年程度)の債券の利回り変動を考慮することが

可能でしたが、考慮できなくなりました。未認識債務

の即時認識については、2011年 4月 1日以降開始する

事業年度からの適用が予定されていましたが、2年程

度先送りされる見込みです。

③ 日本の退職給付会計の動向

・2007 年 8 月 8 日、ASBJ と IASB が 2011 年までに会計基準のコンバージェンス(統合)を達

成することを合意(「東京合意」として公表)

・2008年 7月、「東京合意」に基づき、退職給付債務の算定に使用する割引率の決定基準を改

定(割引率の決定にあたって、一定期間の利回変動の考慮不可)

(今後の展開)

・未認識債務の即時認識については、2011 年 4 月 1 日以降開始する事業年度からの適用が予定さ

れていましたが、2年程度先送りされる見込みです。

(国際会計基準)

・2011 年、IAS19 が改訂され、これまでの退職給付会計上の未認識債務の遅延認識に対して、即

時認識による貸借対照表へ反映

(英国会計基準)

・2005 年、FRS17 の導入により、退職給付会計上の未認識債務について、即時認識となり、従来

認められていた遅延認識は不可

(米国会計基準)

・2006年、FAS158の導入により、2007年の決算から、退職給付会計上の未認識債務について、即

時認識され、貸借対照表上反映

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(2)年金負債について

ア.年金負債とは

-123-

① 年金負債の種類

退職給付見込額の現時点での評価額 年金負債

年金資産の運用状況によって

【年金財政上の負債】

掛金額に影響 数理債務

予定利率で評価

市場金利で不変

過去勤務債務

数理債務

年金資産

【財務会計上の負債】

貸借対照表に影響 退職給付債務

割引率で評価

市場金利で変動

退職給付引当金

退職給付債務

年金資産

・ここでは、年金負債について解説します。年金負債と

は、退職給付見込額の現時点での評価額のことをいい

ます。いいかえれば、将来の退職金の支払いのために、

現在準備しておかなければならない金額です。

・年金負債のとらえ方は何種類かありますが、ここでは、

年金財政上の負債として数理債務、財務会計上の負債

として退職給付債務をとりあげます。

・確定給付型企業年金の年金制度上の負債として、数理

債務があります。数理債務は、退職給付見込額を予定

利率で評価します。予定利率は、年金制度の掛金計算

にも用いられ、制度設計時に一定の利率を定めます。

従って、市場金利が変動しても、基本的には予定利率

は変わらず、数理債務も不変です。

・数理債務から年金資産を差引いたものを過去勤務債務

といい、一定期間で特別掛金により償却する必要があ

ります。従って、年金資産の運用状況によっては、掛

金額が増減することになります。

・一方、企業財務会計上の負債として、退職給付債務が

あります。退職給付債務は、退職給付見込額を割引率

で評価します。割引率は、基本的に市場金利により変

動し、退職給付債務も変動します。

・退職給付債務から年金資産を差引いたものは退職給付

引当金といい、貸借対照表上の負債として計上されま

す(ここでは未認識債務はないとします)。従って、

年金資産の運用状況によっては、貸借対照表上の負債

額が増減することになります。

・次ページでは、数理債務、退職給付債務についてもう

少し詳しく解説します。

Ⅱ―3(2)LDIについて(年金負債について)

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・数理債務とは、将来の退職給付見込額の現在価値から、

将来の標準掛金総額の現在価値を差引いた金額です。

・退職給付見込額は、予定利率で現在価値に割戻します。

予定利率については、「確定給付企業年金法施行規則

第43条第2項」に、「積立金の運用収益の長期の予

測に基づき合理的に定められるものとする」と規定さ

れています。現状、確定給付企業年金では、2.5%~3.0%

程度が中心となっています。

・同項にはさらに、「ただし、国債の利回りを勘案して

厚生労働大臣が定める率を下回ってはならない」とさ

れており、下限予定利率が規定されています。厚生年

金基金、確定給付企業年金においては、現状(2011 年

度)1.1%となっています。

・退職給付債務とは、将来の退職給付見込額のうち認識

時点までに発生していると認められる額を、一定の割

引率を用いて現在価値に割り引いた金額です。

・退職給付見込額は、割引率で現在価値に割戻します。

割引率については、「退職給付に係る会計基準二-2-

(4)」で「安全性の高い長期の債券の利回りを基礎

として決定しなければならない」、「退職給付に係る

会計基準注解(注6)」で「安全性の高い長期の債券

の利回りとは、期末における長期の国債、政府機関債

及び優良社債の利回りをいう」とされています。

・従来は「割引率は、一定期間の債券の利回りの変動を

考慮して決定することができる」とされており、過去 5

年間の債券の利回りの平均値等が使用できましたが、

2009年 4月 1日以後開始する事業年度の年度末からは、

期末の利回りのみ使用可となりました。

-124-

Ⅱ―3(2)LDIについて(年金負債について)

② 数理債務

将来の退職給付見込額の現在価値から、将来の標準掛金総額の現在価値を差引いた金額

予定利率 ・積立金の運用収益の長期の予測に基づき合理的に定められるものとする

・ただし、国債の利回りを勘案して厚生労働大臣が定める率を下回ってはならない

③ 退職給付債務

将来の退職給付見込額のうち認識時点までに発生していると認められる額を、一定の割引率を

用いて現在価値に割り引いた金額

割引率 ・安全性の高い長期の債券の利回りを基礎として決定しなければならない

・安全性の高い長期の債券の利回りとは、期末における長期の国債、政府機関債及び優良社債の利回りをいう

退職給付見込額

標準掛金収入現価

予定利率による

総給付現価数理債務

退職給付

予定利率

による割戻し

※実際の計算では、脱退率・

死亡率等を加味

認識時点までに発生し

ていると認められる額

退職給付債務

退職給付見込額

認識時点

※実際の計算では、脱退率・

死亡率等を加味

割引率

による割戻し

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イ.年金負債の時価評価とデュレーション

・前ページで述べた退職給付債務は、給付を割引率(市

場金利)で割戻した現在価値をあらわします。このよ

うに、キャッシュフロー(給付)を割引率(市場金利)

で現在価値に割引いて評価することを、年金負債の時

価評価といいます。

・このとき、退職給付債務のように全期間一定の割引率

で評価する場合と、給付の発生時期によって割引率を

変えて、スポットレート(各年限に対応する市場金利)

で評価する場合があります。

・デュレーションとは、金利の変化に対する債券価格の

変化の割合を測る指標です。金利が 1%上昇(低下)し

たときに、価格が何%下落(上昇)するかを示すもの

で、金利感応度をあらわします。この意味で、債券以

外の金利感応度をあらわす際にも同じことばを使用し

ます。

・例えばデュレーションが 3 である債券の価格が 100 円

とすると、金利が 1%上昇したときに債券価格は 3%下

落し、97円になります。

・デュレーションが大きいほど、金利上昇時には債券価

格は大きく下落し、逆に金利低下時には、大きく上昇

します。この意味でデュレーションは、価格の金利変

動に対するリスクをあらわします。

・年金負債についても、デュレーションを考えることに

より、年金資産とのマッチングを考えることができま

す。

-125-

① 年金負債の時価評価

一定の割引率で評価

Ⅱ―3(2)LDIについて(年金負債について)

② デュレーション

金利が 1%上昇(低下)したときに、価格が何%下落(上昇)するかを示すもの

(正式には修正デュレーション※という)

キャッシュフロー(給付)を割引率(市場金利)で現在価値に割引いて評価

金利 : 1%上昇 1%下落↓ ↓

価格(デュレーション=3)

: 3%下落 3%上昇金利感応度

※デュレーションは、「債券に投資された資金の平均回収期間」と定義される。単位は年。このデュレーションを数学的に処理し、

金利の変化に対する債券価格の変化の割合を測る指標としたものが修正デュレーション。金利感応度という意味で債券以外にも

使われる。

デュレーションが大きいほど、金利上昇時には価格は大きく下落し、

逆に金利低下時には、大きく上昇

価格の金利変動に対するリスクを表す

割引率①=割引率②=割引率③=・・・

割引率①≠割引率②≠割引率③≠・・・

スポットレートで評価

給付③

給付②

給付①

割引率③

割引率②

割引率①

1年後現時点 2年後 3年後

・・・

負債の時価

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・ここでは、退職給付債務の金利変動による影響を簡単

な制度を仮定して計算してみます。

・年金制度の前提を左のようにし、従来の確定給付型企

業年金(定額給付)とキャッシュバランスプラン(下

段の【参考】をご覧ください)について、市場金利が

「2%の場合」、「1%へ低下した場合」、「3%へ上昇

した場合」の 20 歳加入者が 40 歳になった時点での定

年時退職金、退職給付債務を計算すると左表のように

なります。

・これより、金利が低下(上昇)すると、退職給付債務

は増加(減少)することがわかります。従来の確定給

付型企業年金とキャッシュバランスプランで、退職給

付債務のデュレーションを比較すると、キャッシュバ

ランスプランの方がかなり小さくなっています。これ

は、再評価率の低下(上昇)による定年時退職金の減

少(増加)が、退職給付債務の増加(減少)を打消す

ためです。

・キャッシュバランスプランでの退職給付額は、①個人

毎に仮想個人勘定を設定し、②予め定めた金額【拠出

付与額】と予め定められたルール(国債の利回りに連

動させる等)に基づく利率【再評価率】による利息【利

息付与額】を、仮想個人勘定に累積し、③退職時の仮

想個人勘定残高に退職事由別支給率を乗じることによ

り決定されます。

・従来の確定給付型企業年金では、金利に対して退職給

付額は不変ですが、キャッシュバランスプランでは、

再評価率を市場金利に連動させることにより、金利に

対して退職給付額の変動が可能になります。

③ 退職給付債務の金利変動による計算例(従来の確定給付型企業年金とキャッシュバランスプラン)

-126-

【参考】キャッシュバランスプランでの退職給付額

Ⅱ―3(2)LDIについて(年金負債について)

【年金制度の前提】 ・死亡・中途退職はなく、定年 60歳、退職金は定年時のみ 1,000万円の制度 ・キャッシュバランスプランは金利 2%で定年退職金額が 1,000万円となる制度 ・キャッシュバランスプランの再評価率、退職給付債務の割引率は市場金利と等しい

① 個人毎に仮想個人勘定を設定 ②予め定めた金額【拠出付与額】と予め定められたルール(国債の利回りに連動させる等)に基づく 利率【再評価率】による利息【利息付与額】を、仮想個人勘定に累積

③退職時の仮想個人勘定残高に退職事由別支給率を乗じて給付額が決定

拠出付与額

退職時仮想個人勘定残高

1年目 2年目 3年目 4年目 退職時・・・

利息付与額

拠出付与額

利息付与額

拠出付与額

利息付与額

拠出付与額

利息付与額

前年の仮想個人勘定残高

再評価率で付与

・従来の確定給付型企業年金では、金利に対し て退職給付額は不変

・キャッシュバランスプランでは、再評価率を 市場金利に連動させることにより、金利に対して退職給付額の変動が可能

金利1%(1%低下) 金利3%(1%上昇) 金利1%(1%低下) 金利3%(1%上昇)

変動率 変動率 変動率 変動率

従来の確定給付型企業年金 1,000万円 1,000万円 0% 1,000万円 0% 336万円 410万円 +22% 277万円 ▲18%

キャッシュバランスプラン 1,000万円 852万円 ▲15% 1,176万円 +18% 336万円 349万円 +4% 325万円 ▲3%

金利2%金利2%

定年時退職金 退職給付債務

【20歳加入者が 40歳になった時点での定年時退職金、退職給付債務】 市場金利が「2%の場合」、「1%へ低下した場合」、「3%へ上昇した場合」

【退職給付債務のデュレーション】 従来の確定給付型企業年金=20前後 キャッシュバランスプラン=3~4

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ウ.年金負債の変動要因

-127-

① 市場環境によるもの

② 個々の企業年金固有のもの

Ⅱ―3(2)LDIについて(年金負債について)

・年金負債の変動要因には、市場環境によるもの、個々

の企業年金固有のものがあります。

・市場環境によるものとして、金利リスク、インフレリ

スクがあります。

・金利が上昇(低下)すると、年金負債の時価評価にお

ける割引率が上昇(低下)し、年金負債は減少(増加)

します。

・また、給付が物価によって増減するような制度の場合、

物価の上昇(低下)は、給付の増加(減少)をもたら

し、結果、年金負債は増加(減少)します。

・個々の企業年金固有のものとして、賃金リスク(昇給率

に係るリスク)、人員リスク(新規加入率・脱退率に係るリスク)、

長寿リスク(死亡率に係るリスク)があります。

・給付が賃金に比例するような制度の場合、賃金が上昇

(低下)すると、給付が増加(減少)し、年金負債は

増加(減少)します。

・また、新入社員の採用、加入者の退職に想定以上の大

きな変化があると、給付が変動し、年金負債も変動し

ます。

・加入者、受給者が想定以上に長生きした場合も給付が

増加し、年金負債も増加します。

・市場環境によるものは、債券等の金融商品にマッチン

グさせることにより、リスクをヘッジすることが可能

ですが、個々の企業年金固有のものは、リスクヘッジ

は困難です。

長寿リスク

加入者・受給者

が想定以上に

長生き

年金負債増加 給付増加

人員リスク

採用・退職に

想定以上の

大きな変化

年金負債変動 給付変動

金利リスク

金利上昇

金利低下

年金負債減少 割引率上昇

年金負債増加 割引率低下

インフレリスク

物価上昇

物価低下

年金負債増加 給付増加

年金負債減少 給付減少

賃金リスク

賃金上昇

賃金低下

年金負債増加 給付増加

年金負債減少 給付減少 (昇給率に係るリスク)

(新規加入率・脱退率に係るリスク)

(死亡率に係るリスク)

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・年金負債を負の債券とみなし、その債券を相殺できる債券の価格が年金負債の価格と同額

・時価評価された年金負債がベンチマーク

(3)LDIの具体例

ア.LDIのベンチマーク

Ⅱ―3(3)LDIについて(LDIの具体例)

-128-

① 運用の目標

・(1)節でも述べたとおり、LDIは、年金負債をベンチマー

クとします。これまでも年金 ALM において負債を考慮

した運用は行なわれてきました。ただ、年金 ALM にお

ける負債は、予定利率をベースとしたものであり、時

価評価されたものではありません。また、その運用の

ベンチマークは市場平均であり、負債と連動する目標

ではありませんでした。一方、LDI のベンチマークは

時価評価された年金負債、つまり市場金利により変動

する年金負債ということになります。

・年金負債を時価評価する具体的方法は、年金負債を債

券に置き換えればわかりやすいと思います。年金負債

は、給付を支払うためのものです。給付をある債券の

利息で確保しようと考えた場合、支払う給付と同額の

利息を受け取る債券を保有することになります。この

時、年金負債とその給付を過不足なく確保できる債券

は、理論上、同価値と考えられます。つまり、年金負

債の時価は、その給付を確保できる債券の時価と同じ

と考えられます。この債券が、LDI のベンチマークに

なります。

・債券の価格は、基本的に利率と年限で決まります。毎

年の給付が利率に相当し、年限は給付期間に相当する

と考えれば、その両者を一致させること、いいかえれ

ば、年金負債からの給付を確保できるキャッシュフ

ローを持つ債券を保有することが LDIの目標と考えら

れます。

・単純な例としては、給付の期間と同じ年限で給付を確

保できる債券を保有したり、給付の時期に償還される

債券を給付と同額保有していれば、市場金利が変動し

ても、年金負債も保有する債券も同じ価格変化が起き

るため、LDI的な運用ということになるわけです。

② 年金負債の時価評価

市場平均 時価評価された

年金負債

予定利率ベースの

年金負債を考慮 LDI 年金 ALM

ベンチマーク

(ベンチマーク)

債券

年金負債

(発行した債券)

給付

給付

給付

給付

給付

利息

利息

利息

利息

利息

同じ価値

年限

給付期間

給付額 収益額

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・給付の予測には、市場金利との関連がない基礎率も影響するため、その部分は区分して対応

・給付が発生する時点で、それと同額の収益を確保

・現物債券でマッチングできない場合、デリバティブ等の併用を検討

・年金負債からの給付を確保できるキャッシュフローを

持つ債券を保有することが LDI の目標であると述べま

したが、そうした債券が流通しているわけではありま

せん。そこで、その債券と同じキャッシュフローを持

つ、債券ポートフォリオを構築することになります。

・つまり、LDIは、給付が発生する時点で、それと同額の

収益が得られる債券ポートフォリオを構築し、給付と

そのポートフォリオの収益(キャッシュフロー)を一

致(マッチング)させる運用が基本になると考えられ

ます。

・しかし、国内債券市場においては、現状では金利水準

が低く、また、給付期間をカバーできる債券は限られ

ています。つまり、現物債券だけでは、年金負債をマッ

チングすることは難しく、さまざまなデリバティブ等

を併用することで、調整を図る必要があります。

・また、年金負債は、(2)節で述べた通り、市場金利以外

にも、昇給率、新規加入率、脱退率など市場金利とは

関連がない基礎率も使用し計算されます。LDIでは、こ

うした市場金利と関連がない基礎率による変動は、そ

の部分にかかる年金負債を区分し、おのおのの区分ご

とでの対応を行なうことになります。

・一般的には、市場金利の変化により、変動する年金負

債の部分と、その他(プラスα部分)を区分します。

金利変動により、年金負債も債券ポートフォリオの時

価も変化しますが、この変化はマッチングさせること

が可能です。しかし、昇給率等による負債の変化は、

金利変動による価格の変化ではマッチングができず、

プラスαの部分として考えることになります。

② 負債の区分

-129-

イ.キャッシュフロー・マッチングとデュレーション・マッチング

① キャッシュフローのマッチング

昇給率、脱退率、新規加入率等による変動部分

Ⅱ―3(3)LDIについて(LDIの具体例)

年金負債 債券ポート

フォリオ

部分

マッチング

プラスα

金利変動による部分

【年金負債の区分イメージ】

収益

給付

年限

【キャッシュフロー・マッチングのイメージ】

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・給付を予測し、給付に見合う債券の利息、償還金を確保

・閉鎖型年金など給付が予測しやすい場合は容易だが、給付の予測が難しい場合、運営には負担

・キャッシュフローの総体である年金負債の金利変化に対する感応度を基準にして債券ポートフォリ

オを構築

・現物債券でマッチングできない部分は、デリバティブを併用

・年金負債を退職給付会計で使用する負債とすれば、会計上の資産・負債の差異が安定化

・ここでは、年金負債とマッチングする手法について整

理したいと思います。代表的な手法例としては、キャッ

シュフロー・マッチングとデュレーション・マッチン

グがあげられます。

・まず、キャッシュフロー・マッチングでは、毎年の給

付を予測し、その給付に見合う債券の利息や、償還金

を確保していくことになります。一般に給付の確保は、

掛金が給付を上回る状況では、あまり、意識されない

部分ですが、給付が掛金を上回る段階では、重要度が

増す運用と考えられます。この手法は、閉鎖年金など

将来の給付が予測しやすい制度の場合、比較的容易で

すが、給付の予測が難しい場合、マッチングできない

ことも考えられ、運営には相応の負担がかかることに

なります。

・一方、キャッシュフローの総計である年金負債の金利

変化に対する感応度であるデュレーションを基準にす

る運用手法がデュレーション・マッチングです。年金

負債のデュレーションと債券などの資産のデュレー

ションをあわせる手法で、年金負債を退職給付会計で

使用する負債とすれば、会計上の資産と負債の時価の

差異を安定化させることが期待できます。ただ、年金

負債のデュレーションが債券に比べ長い場合、現物の

債券だけではマッチングができず、デリバティブの併

用を検討する必要が生じるケースも多いようです。

・いずれのマッチングにおいても、年金負債を完全にマッ

チングすることは難しく、LDI を実施する場合、その

対象となる負債を特定し、その部分での対応を検討す

ることになります。

③ キャッシュフロー・マッチング手法の概要

給付の予測

-130-

給付に見合う債券を

選定・組入れ

債券の銘柄入替え

計画的な給付

予測との乖離が少ない場合

④ デュレーション・マッチング

Ⅱ―3(3)LDIについて(LDIの具体例)

給付に変動が生じた場合

債券等の

年金資産

年金負債 金利変動 価格変化

価格変化

デリバティブ等を併用する場合あり

【キャッシュフロー・マッチングのフロー】

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・LDIの対象とする年金負債を特定するとともに、完全にマッチングさせるかどうか検討したうえで、

債券ポートフォリオを構築

・現物債券ではマッチングできない場合、デリバティブ等で調整

・短期と長期のスワップや、変動金利と固定金利のスワップを利用

デリバティブ等による調整

保有する現物債券の金利

・ここでは、もう少し具体的に、LDIの運用プロセス・

運用例をみていきたいと思います。LDIのスタートは

ベンチマークとなる債券ポートフォリオを推定し、

マッチングする部分等を特定することです。ただ、特

定するだけでなく、マッチングのレベル、完全にマッ

チングを行なうか、一部分だけマッチングするかの検

討も必要になります。

・ 次に、予測したキャッシュフローにマッチングできる

債券ポートフォリオを構築します。ここでの課題は、

市場に流通している債券では構築できないポート

フォリオとなることが想定されることであり、この課

題の解決のためデリバティブを併用することが一般

的です。例えば、年金負債のデュレーションが長く、

現物の債券ではそれをカバーできない場合、短期金利

と長期金利とのスワップ(交換)取引を活用し調整を

行なうことになります。

・ また、キャッシュフローの安定を図るためには、変動

利率と固定利率をスワップする契約を行なうことも

選択肢になります。具体的には、金利が下落した場合、

負債は増加しますが、変動払・固定受のスワップを行

なった場合、支払う利息は減少、受取は不変であり収

益が拡大します。こうしたスワップ取引を行なえば、

手元資金を限定することもでき、キャッシュフローを

安定的に確保することもできます。

・ キャッシュフローに着目した場合、生保一般勘定も選

択肢です。生保一般勘定は価格変動もなく、利率は一

定です。固定的な給付をマッチングするには、適当な

資産と考えられます。

-131-

① LDIのプロセス

② 債券ポートフォリオの調整例

ウ.LDIの運用プロセス・運用例

Ⅱ―3(3)LDIについて(LDIの具体例)

対象とする

年金負債を

特定

マッチング

させる負債

を特定

完全にマッ

チングする

かの検討

マッチングする

債券ポートフォ

リオの構築

【デュレーションの調整】

長期債券の金利 スワップ取引

【キャッシュフローの調整】

変動金利(支払) スワップ取引 固定金利(受取)

固定的キャッシュフローについては、生保一般勘定も選択肢

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・年金負債を区分し、その負債にあった運用を実施

・マッチングさせる資産とプラスαの資産を区分、おのおの目的を明確にし、運用パフォーマンスを

精緻に計測するとともに、リスクバジェットの考え方も活用

・超長期債での運用が主体

・プラスαを追求するために、債券以外の資産(株式やオルタナティブ等)を組入れ

債券等

株式等

オルタナティブ等

・LDI では、年金負債とマッチングさせる資産と、その

他の変動に備えるプラスαの資産を分けて管理する

わけですが、資産を区分して管理することは、運用管

理においてもメリットがあります。例えば、運用目的

の明確化、運用パフォーマンス評価の精緻化が図られ

ること、また、リスクバジェット(注)の考え方とも整

合的であることなどです。

(注)運用リスクの配分に着目した意思決定手法。資産構成比ではなく、全体のリスク量と運用区分ごとのリスク量を管理し、再配分を行なう。例えば、株式のリスクが高まった場合、その割合を下げることになる。

・大まかなイメージですが、一定のプラスαを獲得する

ためには、株式や、外貨建資産も一定程度必要になり

ます。また、そのαを大きくするためには、株式等の

割合が高くなり、それに加え、デリバティブやオルタ

ナティブへの投資も検討することが必要になると考

えられます。

・運用手法を LDIに変更しても、結果としての資産配分

は大きな変化がない場合もあるようです。しかし、そ

の意思決定プロセスや、運用評価は従前の運用とは大

きな変化があり、この点は十分に理解する必要がある

と考えます。

・現状では、個別の商品で対応がとられている LDIです

が、今後は LDI向けの合同運用商品の開発も期待され

ます。たとえばデュレーション別に債券ポートフォリ

オをパッケージ化すれば、その組み合わせにより、さ

まざまなニーズへの対応が可能です。こうした商品の

開発は、比較的少額での LDIを可能とし、その普及に

貢献すると思われます。

-132-

① 年金負債の区分

エ.LDIの実践例

② LDIでの資産配分例

Ⅱ―3(3)LDIについて(LDIの具体例)

市場金利

連動部分

プラスα

負債マッチング部分

年金

負債

収益追求部分

主に

債券 運用

積極 運用

リスクを配分

【資産配分例とリスク・リターンのイメージ】

マッチング運用 プラスα運用

低 収益 高

リスク

プラスα運用 (デリバティブ等併用)

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(4)LDI導入への課題

・(3)節では LDIの具体的な例について説明しましたが、

ここでは、導入に際しての課題等について概観したいと

思います。

・最初に、負債のどの部分をどのように対象とするかに

ついて考察したいと思います。(3)節で詳しくみました

ように、LDI の対象となるのは、年金給付の各キャッ

シュフローを現在から支払時点までの市場金利で割引

いた現在価値であり、これは時価評価された負債のこ

とを意味します。

・ところが、負債の変動は金利水準(割引率)によって

の変動に加えて、死亡率、脱退率、昇給率等の基礎率

の変動によっても生じます。また、金利変動リスクの

管理は可能ですが、基礎率変動のリスク管理は総じて

困難と思われます。

・一方、金利変動による資産価格の変化に加えて、基礎

率変化による資産・負債間のキャッシュフローに差異

が発生した際には、都度リバランスが必要になってき

ます。

・このようなことから、基礎率・金利水準両者の管理が

必要な年金負債全体を対象に LDI を実施するのではな

く、負債の変動要因が金利水準にほぼ限定される受給

者・待期者部分等の特定部分に限定して実施すること

が、管理の利便性を勘案すると現実的と思われます。

・(1)節でみましたように、欧州で LDI が積極的に活

用されている背景には、閉鎖型年金が多く、負債変動

の管理が容易という点もあります。

ア.対応すべき負債の特定

(3)

Ⅱ―3(4)LDIについて(LDI導入への課題)

-133-

① 特定が困難な年金負債の変動

年金負債全体

管理の利便性等を勘案すると、対象とする負債を受給者部分等に限定するのが現実的

基礎率、金利水準の管理が

必要(困難)

対象となるのは時価評

価された負債

年金給付の各キャッシュフローを現在から支払時点まで

の市場金利で割引いた現在価値

a.金利水準(割引率)によって負債の価値は増減

b.死亡率、脱退率、昇給率等の基礎率によっても変動

年金プランの特定部分(受給者、待期者等

に限定)

年金負債の変動

金利変動リスクの管理は可能だが、基礎率変動のリスク管理は総じて困難

負債の変動要因は金利水準にほぼ限定可能

② 対象とする年金負債の特定

頻繁なリバランスが必要 資産価格の変化に加え、基礎率変化による資産・負債間

のキャッシュフローの差異発生に応じて実施

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・本来的な LDI は、負債に完全にマッチングさせた運用

のことをいいます。(3)節ではこの部分をマッチング部

分と記載しましたが、ここでは、「狭義の LDI」と呼称

します。この部分がベンチマークとなるわけです。

・一方、実際の資産運用に際しては、狭義の LDI に加え

て、株式等の組入れによる収益追求部分も持つことに

なります。この「狭義の LDI+収益追求部分」を広義の

LDIと呼称します。

・狭義の LDI をベンチマークとして、それに対して収益

追求部分を組み合わせたアクティブ戦略が広義の LDI

となります。収益追求部分の構成比をどうするかは、

通常の資産運用におけるアロケーション戦略に相当す

るといえます。他方、狭義の LDI のなかで、負債との

マッチング度合いを勘案したデュレーション(キャッ

シュフロー)戦略を決定することも重要ですが、この

部分は通常の資産運用における銘柄選択効果をねらう

ことに相当するといえます。

・負債と完全にマッチングした LDI 戦略(パッシブ運用

といえます)を採用すれば、負債と資産は同様の動き

をし、リスクは抑制できます。

・他方、低金利下での完全なマッチング戦略は、十分な

収益確保の観点から問題があるかもしれず、金利上昇

にあわせて LDI の構成比引上げやデュレーション長期

化等を検討する方が良いともいえます。

・次に、LDIのパフォーマンス評価についてみます。通常

の年金資産運用においては、制度予定利率に応じた目

標とする期待収益率と許容されるリスクの観点から決

定される政策アセットミックスを構築し、運用します

ので、パフォーマンス測定も、政策アセットミックス

をベンチマークとして実施します。

Ⅱ―3(4)LDIについて(LDI導入への課題)

4.年金資金と株式市場

-134-

一般的なパフォーマンス評価

収益追求部分

=株式等を組入れ

狭義の LDI

=負債に対応した部分

③ 負債と資産のマッチング割合

LDIのアクティブ戦略構築

a.狭義の LDIの構成比(収益追求部分の構成比)をどうするか

b.負債とどの程度マッチングしたデュレーション、キャッシュフロー戦略を採用するか

イ.LDIのパフォーマンス評価

制度予定利率に応じた政策アセット

ミックスを構築

政策アセットミックスをベンチマークと

してパフォーマンス測定

広義の LDI

=負債リスク相殺+収益追求 + =

負債と資産は同様の動

き=リスクは抑制

負債と完全にマッチングした LDI戦略(全資産を狭義の LDI採用、

デュレーション等を負債に完全マッチングした運用実施)

低金利下での完全な

マッチングの是非

十分な収益

確保は困難

金利上昇にあわせて LDI の構成比引上げや

デュレーション長期化等も要検討

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・これに対して、LDIにおけるパフォーマンス評価は、ベ

ンチマークが負債(キャッシュフロー)の変動ですの

で、資産側だけではなく、負債と資産が整合的か否か

を検証し、両者に乖離がある場合には、かい離によっ

て生じた超過収益を測定することになります。

・具体的には、負債と資産のキャッシュフロー、デュレー

ションのかい離(トラッキングエラー)を計測するわ

けです。

・以上から、従来の運用が効率的な収益獲得に重点を置

いたものであったのに対し、LDIは負債のマッチング

に重点を置いた運用といえます。

・なお、「狭義の LDI」と収益追求部分を分別しての評価・

分析と、両者合計の「広義の LDI」の評価分析が必要と

思われます。

・次に、LDI への組入れ商品について考察します。(3)で

詳しくみましたように、LDI は負債にマッチングした

キャッシュフローを持つ資産を組入れるのが基本で、

しかも、負債のデュレーションは 15~20以上とされて

いますので、組入れ商品は超長期の債券が中心となり

ます。

・しかし、残存期間 20年超の国債発行残高は、普通国債

の 4.6%程度に相当する 29兆円強にすぎず、十分な組

入れは難しいのが実情です。

・加えて、負債と同水準のデュレーションとするには、

負債のデュレーションを 20とし、組入れ可能な債券を

20 年債と仮定すると、100%を債券とする必要性があ

ります。

ウ.LDIへの組入れ商品

普通国債発行残高(2011 年 3 月末現在:約 640 兆円)のうち、残存期間 20 年

超の国債は 29兆円強(占率 4.6%)にすぎない

Ⅱ―3(4)LDIについて(LDI導入への課題)

4. 年金資金と株式市場

-135-

負債(将来の給付)に合わせた

債券を組入れるのが基本戦略

LDIにおけるパフォーマンス評価

負債のデュレーションは 15 年

~20年以上とするのが一般的

① 超長期債の組入れ

負債のキャッシュフロー、デュレーションと資産のキャッシュフロー、デュレーションが整

合的か(両者間のズレ=トラッキングエラーの計測も必要)

ベンチマークは負債(キャッシュフ

ロー)の変動

資産サイドだけではなく、負債と資産が整合

的か否かの検証が重要

狭義の LDIと収益追求部分を分別しての評価・分析および両者合計の広義の LDIの評価・分析が

必要

負債と同水準のデュレーションとするには、75~100%を債券とすることが必要

超長期国債の組

入れが中心

しかし

しかも

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・以上のように、債券だけでの負債とのマッチングが実

質的には困難ですので、金利スワップを活用すること

があります(特に欧州では多いようです)。

・金利スワップの具体的なスキームは、短期の変動金利

を支払う一方、長期の固定金利を受取るもので、変動

金利で借入れた資金を使って固定利付債を買うイメー

ジとなります。金利低下局面では、生じた利益によっ

て、割引率低下による負債拡大を相殺するわけです。

・左図は、年金資産が 100 で、うちデュレーション 6 年

の債券が 50 を占めるポートフォリオに、負債が 80 で

デュレーションが 20年のケースです。両者の金利感応

度を一致させるには、デュレーション 16年のスワップ

の想定元本 80を組入れることで可能となることを意味

しています。

・このように、金利スワップには資産と負債の相関を高

める効果があり、また、契約時の純投資額が名目上ゼ

ロということから、効果的な手法といえます。

・しかし、スワップの相手先の信用リスク管理、担保差

し入れの必要性、コスト管理など、困難な課題が山積

しており、実務的には企業年金での金利スワップの活

用は困難といわざるをえません。

・なお、負債の時価評価に使用する割引率は、これまで

は一定期間の債券利回りの変動(過去平均の利用)を

考慮することが可能でした。この結果、資産(基準時

点の市場金利で評価)と負債で評価に使用する金利が

相違し、LDIの効果が減退するとの指摘がありました。

・ところが、2009 年以降の事業年度末より、基準時点で

の市場金利に負債の評価基準が変更となり、LDI への

ニーズが高まっています。

エ.割引率と市場金利

Ⅱ―3(4)LDIについて(LDI導入への課題)

4. 年金資金と株式市場

-136-

a.ISDA(国際スワップ・デリバティブ協会)の定めた標準的な契約の遵守が必要

b.カウンターパーティー(スワップの相手先)の信用リスク管理が不可欠

c.担保の差し入れが必要な局面も存在

d.コスト管理が困難(コストの適正か否かの判断が困難) etc

② 金利スワップ取引の活用

・短期の変動金利を支払う一方、長期の固定金利を受取るスキーム

・変動金利で借入れた資金を使って固定利付債を買うイメージ

・金利低下局面では、生じた利益によって割引率低下による負債拡大を相殺

【資産と負債の金利感応度

を一致させるスワップ例】

しかし、課題も多数存在

割 引 率

の決定

一定期間の債券の利回り

の変動(過去平均の利用)

を考慮することが可能

資産(基準時点の市場金

利で評価)と負債で評価

に使用する金利が相違

LDIの効果減

退(時には逆

効果も)

2009年以降の事業年度末より、基準時点での市場金利評価に変更 LDIへのニーズに期待感