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大阪市立大学『大学教育』 8 1 2010 9 1第16 回教育改革シンポジウム報告 :シンポジウム 「学士課程における教養教育の在 り方」 現代の教養 と教養教育の課題 立教大学 FUJITA , Hidenori キーワー ド:学士課程教育、教養教育、学問知、技法知、実践知、市民的教養、公共性 本稿 は、 日本学術会議の下記二つの委員会の下に設 置 された分科会の審議内容 を踏 まえ、当該分科会での 審議資料 ( 「参照基準の趣 旨」) と下記① の提言書の内 容 を抜粋 ・要約 しつつ、私見 を交 えて構 成 した もので ある1) 。なお、大学教育学会2009 年度課題研究集会 ・ シンポジウムでは本稿の最後の二つの項 (「 「教育課程 編成上の参照基準の趣 旨 と役割お よび 「21 世紀の 教養 と教養教育」) を中心 に報告 したが、すでに下記 ① の提言書 は公表 されているので、同提言書 との過度 の重複 を避けるために、本稿では前半の四つの項 をシ ンポジウムでの報告内容 より大幅 に拡充 して論述 して いる。 (∋日本の展望委員会/知の創造分科会 『提言21 世紀の 教養 と教養教育』 (2010 4 6日公表:文献(∋) (参大学教育の分野別質保証の在 り方検討委員会/教養 教育 ・共通教育検討分科会 (報告書取り纏めの最終 段階) 教養教育に関わる提言内容の変遷 教養教育 の形骸化 は早 くか ら言 われて きたが 2 )、特 1991 年の大学設置基準大綱化以降、その軽視傾向に 対する危機意識 とその再構築 ・充実が急務だとの見解 が繰 り返 し表明 されて きた。 しか し、その関心 ・視点 には、21 世紀初頭 を境 に して微妙かつ重要な変化が起 こった ように見受 け られ る。 例 えば1997 年の大学審議会答申 「高等教育の一層の 改善については、次の ように述べ ていた (以下、傍 点・下線は筆者)。 21 「(91 年 の大学審議会 の)答 申を踏 まえて改正 され た大学設置基準 において も,「教育課程の編成に当つ ●●●●●●● ●●●●●●● ては,大学 は,・・・幅広 く深 い教養及び総合的な判断力 ●●●●●● を培い,豊かな人間性 を滴養するように適切 に配慮 し なければならない。」 と規定 された。 さらに,高等教 ●●●●●●●● 育の普及に伴い,これを国民的な教養教育 として位置 付 けるべ きとの意見 もあ り, この ような観点か らも, 教養教育 の重要性 は一層増 している。」 2002 年 の中央教育審議会答 申 「新 しい時代 における 教養教育の在 り方についても、基本的には同種の認 識 と関心 に基づいていたと見てよいであろう。同答申 は、教養 の形成 は生涯 を通 じて行 われ る ものだ との観 点か ら、各教育段階での課題について提言 したが、大 学における教養教育の課題については、次のように述 べている。 「社会が複雑 かつ急激 な変化 を遂げる中で,各大学 ●●●●● ●●●●● には,幅広 い視野 か ら物事 を捉 え,高 い倫理性 に裏打 ち された的確 な判 断 を下 す ことがで きる人材 の育成が 一層強 く期待 されている。・・・新たに構築される教養教 育は,学生に,グローバル化や科学技術の進展など社 ●●●●●●●●● 会 の激 しい変化 に対応 し得 る統合 され た知 の基盤 を与 ●●●●● えるものでなければならない。各大学は-専門分野の ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 枠 を超 えて共通 に求 め られ る知識や思考法 な どの知的 ●●● ●●●●●●●●●●●●●●●● な技法 の獲得や,人 間 と しての在 り方 や生 き方 に関す ●●●●● ●●●●●●●●●●●●●● る深い洞 察,現実 を正 し く理解す る力 の滴菱 な ど,新 しい時代 に求め られる教養教育の制度設計 に全力で取 り組 む必要がある。」

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大阪市立大学 『大学教育』 第 8巻 第 1号 2010年9月

1 第16回教育改革シンポジウム報告 :シンポジウム 「学士課程における教養教育の在り方」

現代の教養と教養教育の課題

藤 田 英 典

立教大学

FUJITA,Hidenori

キーワード:学士課程教育、教養教育、学問知、技法知、実践知、市民的教養、公共性

本稿は、日本学術会議の下記二つの委員会の下に設

置された分科会の審議内容を踏まえ、当該分科会での

審議資料 (「参照基準の趣旨」)と下記①の提言書の内

容を抜粋 ・要約しつつ、私見を交えて構成したもので

ある1)。なお、大学教育学会2009年度課題研究集会 ・

シンポジウムでは本稿の最後の二つの項 (「「教育課程

編成上の参照基準」の趣旨と役割」および 「21世紀の

教養と教養教育」)を中心に報告 したが、すでに下記

①の提言書は公表されているので、同提言書との過度

の重複を避けるために、本稿では前半の四つの項をシ

ンポジウムでの報告内容より大幅に拡充 して論述して

いる。

(∋日本の展望委員会/知の創造分科会 『提言21世紀の

教養と教養教育』(2010年4月6日公表 :文献(∋)

(参大学教育の分野別質保証の在 り方検討委員会/教養

教育 ・共通教育検討分科会 (報告書取 り纏めの最終

段階)

教養教育に関わる提言内容の変遷

教養教育の形骸化は早 くから言われてきたが2)、特

に1991年の大学設置基準大綱化以降、その軽視傾向に

対する危機意識とその再構築 ・充実が急務だとの見解

が繰 り返し表明されてきた。しかし、その関心 ・視点

には、21世紀初頭を境にして微妙かつ重要な変化が起

こったように見受けられる。

例えば1997年の大学審議会答申 「高等教育の一層の

改善について」は、次のように述べていた (以下、傍

点 ・下線は筆者)。

21

「(91年の大学審議会の)答申を踏まえて改正され

た大学設置基準においても,「教育課程の編成に当つ●●●●●●● ●●●●●●●

ては,大学は,・・・幅広 く深い教養及び総合的な判断力●●●●●●

を培い,豊かな人間性を滴養するように適切に配慮し

なければならない。」 と規定された。さらに,高等教●●●●●●●●

育の普及に伴い,これを国民的な教養教育として位置

付けるべ きとの意見もあり,このような観点からも,

教養教育の重要性は一層増 している。」

2002年の中央教育審議会答申 「新しい時代における

教養教育の在 り方について」も、基本的には同種の認

識と関心に基づいていたと見てよいであろう。同答申

は、教養の形成は生涯を通じて行われるものだとの観

点から、各教育段階での課題について提言したが、大

学における教養教育の課題については、次のように述

べている。

「社会が複雑かつ急激な変化を遂げる中で,各大学●●●●● ●●●●●

には,幅広い視野から物事を捉え,高い倫理性に裏打

ちされた的確な判断を下すことができる人材の育成が

一層強く期待されている。・・・新たに構築される教養教

育は,学生に,グローバル化や科学技術の進展など社●●●●●●●●●

会の激しい変化に対応し得る統合された知の基盤を与●●●●●

えるものでなければならない。各大学は-専門分野の●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●枠を超えて共通に求められる知識や思考法などの知的●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●な技法の獲得や,人間としての在 り方や生き方に関す●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●る深い洞察,現実を正しく理解する力の滴菱など,新

しい時代に求められる教養教育の制度設計に全力で取

り組む必要がある。」

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藤田 「現代の教養と教養教育の課題」

この02年答申は 「グローバル化や科学技術の進展な

ど社会の激 しい変化」に対応 して教養教育に期待 され

るものも変化 ・拡大 していることを強調 している点で

97年答申とは異なるが、傍点部 と下線部は必ず しも分

離 した別のものではなく、むしろ整合的 ・統合的なも

のと見ている。それに対 して、その後の答申では、両

者の関係は暖昧化 し、後者の重要性を強調 し、もう一

方で、大学教育の質保証 という観点から 「出口管理」

や 「アウトカム評価」の必要性を提言するようになる。

そこには、次項で述べるような、看過 し得ない重大な

問題が潜在 していると考えられる。

「将来像」答申と 「学士課程教育」答申

2005年の中教審答申 「我が国の高等教育の将来像」●●●●●●●

は、下記引用文のように 「21世紀型市民」の育成を目

指す新 しい教養教育の構築 と、「知識基盤社会」の進

展に対応 しうる専門性に優れた 「指導的人材」の育成

が喫緊の課題だと指摘 ・提言 した。

「21世紀は,・・・いわゆる 「知識基盤社会」(knowl-

edge-basedsociety)の時代である・・・「知識基盤社会 l

においては.新たな知の創造 ・継承 ・活用が社会の発

展の基盤となる。そのため.特に高等教育における教

育機能を充実 し.先見性 ・創造性 ・独創性に富み卓越

した指導的人材を幅広い様々な分野で養成 ・確保する

ことが 。また,活力ある社会が持続的に発●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●展 していくためには,専攻分野についての専門性を有●●●●●●● ●●●●●●●●●● ●●●●するだけでな く,幅広い教養 を身に付 け,高い公共● ●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●性 ・倫理性を保持 しつつ,時代の変化に合わせて積極●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●的に社会を支え,あるいは社会を改善 してい く資質を●●●●● ●●●● ●●●●●●● ●●●●●●有する人材,すなわち 「21世紀型市民」を多数育成 し●●●●●●●●●ていかねばならない。」

同答申は、さらに 「大学の機能別分化」について次

のような見解 と予想を披渡 した。

「高等教育機関のうち,大学は,全体 として ①世

界的研究 ・教育拠点 ②高度専門職業人養成 (参幅広●●●●●●●

い職業人養成 ④総合的教養教育 (9特定の専門的分

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野 (芸術,体育専)の教育 ・研究 ⑥地域の生涯学習

機会の拠点 ⑦社会貢献機能 (地域貢献,産学官連携,

国際交流等)等の各種の機能を併有する。各々の大学

は,自らの選択に基づ き,これらの機能のすべてでは

なく一部分のみを保有するのが通例であ り,複数の機

能を併有する場合も比重の置き方は異なるし,時宜に

応 じて可変的でもある。 その比重の置き方がすなわち

各大学の個性 ・特色の表れとなる。

な 「種別化 lではなく

比重の置き方の違い (

色の表れ)に基づいて

有する幾つかの機能の間の

学の選択に基づ く個性 ・特

やかに機能別に分化 してい

次いで、08年の中教審答申 「学士課程教育の構築に

向けて」は、以上のような05年の 「将来像」答申の認

識 と提言をさらに推 し進め、「学士力」 という概念を

提起 し、「21世紀型市民にふさわしい学習成果」すな

わち 「分野横断的に,我が国の学士課程教育が共通 し

て目指す学習成果」の達成を担保する必要があるとし

て、「各専攻分野を通 じて培 う学士力-学士課程共通

の学習成果に関する参考指針~」3)を提示 し、その

担保 ・質保証を確実なものとするため、いわゆるアウ

トカム評価の方法を検討する必要があると提言 した4)0

先に 「看過 し得ない」と述べた問題は、質保証の具

体に踏み込んだ 「学士課程教育」答申で表面化 したと

言えるが、その点について検討する前に、「将来像」

答申の問題点について簡単に見ておこう。同答申が言

及 した 「機能別分化」は、大学の多様性 と各大学の自

律性を前提にしての予想であって、固定的な 「種別化」

を図るべきだと言っているわけではない。その限 りに

おいて、たぶんリアリスティックな予想だと言ってよ

いであろう。 とはいえ、そこには、次のような問題が

潜在 している。

第 1に、この予想とその前提 となる大学政策 (「大

学設置に関する抑制方針の撤廃や準則主義化等」)は、●●●●●●●

同答申が提起 ・強調 した 「21世紀型市民」の育成を目

指す新 しい教養教育の構築という課題と矛盾する可能

性がある。すなわち、その教養教育再構築という課題

は必ず しもすべての大学に期待 されるものではないと

いうことになりかねない。この矛盾の可能性は、08年

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大阪市立大学 『大学教育』 第8巻 第1号 2010年9月

の 「学士課程教育」答申では分野横断的な 「学士力」

の形成を強調したことにより解消されるようにも見え

るが、次の第2の矛盾と連動して、さらに深刻化する

可能性がある。

第2に、この機能別分化の予想とその前提となる大

学政策は、同答申の 「大学が自律的選択に基づいて機

能別に分化するなど全体として多様化が一層進むにつ

れて,学習者の保護や国際的通用性の保持のため,高

等教育の質の保証が課題となる」という認識と矛盾す

る可能性がある。すなわち、大学の多様化や機能別分

化と国際的通用性の確保は矛盾しないかということで

ある。言い換えれば、「将来像」答申が重視する上記

の課題は実際のところ、どのようにして達成されるの

かということである。この矛盾 ・問題は、「学士課程

教育」答申で表面化することになった。

ディプロマ・ポリシーと 「出口管理」の是非

大学の多様化や機能別分化が進むなかで、大学教育

の 「国際的通用性」や質保証はどのようにして可能と

なるのだろうか。この点について 「将来像」答申は、

「各大学は,入学者受入方針 (ア ドミッション ・ポリ

シー)を明確にし,選抜方法の多様化や評価尺度の多

元化の観点を踏まえ,適切に入学者選抜を実施してい

く必要がある。 また,教育の実施や卒業認定 ・学位授

与に関する方針 (カリキュラム ・ポリシーやディプロ

マ ・ポリシー)を明確にし,教育課程の改善や 「出口

管理」の強化を図ることも求められる」 としたが、そ

れ以上の踏み込んだ提言はしていない。「教育課程の

改善や 「出口管理」の強化を図る」必要があるとして

いるが、その具体的方法については言及 していない。

それに対 して、3年後の 「学士課程教育」答申は、

その点について、OECDが実施に向けて検討 している

高等教育段階での 「学習成果の評価 (AHELO :

AssessmentofHigherEducationLeaningOutcomes)」や

厚生労働省の 「若年者就職基礎能力」(平成18年)、経

済産業省の 「社会人基礎力」(平成18年)に言及して、

参考に値すると評価している。つまり、学士課程教育

の質保証や 「国際的通用性」の確保を 「出口管理」の

強化によって達成すべきであり、しかも、その方法と

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して、共通学力テス トや 「就職基礎能力」「社会人基

礎力」の査定 といった、学習のアウ トカム評価を例

示 ・提案 しているのである。しかし、こうした方法や

考え方は、後述するように、問題の多い危険なもので

ある。

「将来像」答申が、ア ドミッション ・ポリシー (ア

ドミッションPと表記、以下同様)、カリキュラム ・ポ

リシー、ディプロマ ・ポリシーを区別 し、各大学はそ

れぞれについて、教育の理念 ・目標を踏まえて適切な

方針の明確化を進めるべきだとした点は、妥当なこと

と言える。しかし、「出口管理」の強化を、「学士課程

教育」答申のような方向で具体化することは、大学教

育の本質や意義の軽視と大学教育の功利主義的な矯小

化や専門学校化を容認 ・促進しかねない。

アドミッションPについては、すでに各大学は、自

校の教育理念や教育の卓越性 ・有効性 ・効率性や定員

確保などを考慮 して、ア ドミッションPを明確化 し公

示している。 しかし、それは、学士課程教育 (大学教

育)の質保証や国際的通用性に直接関わるものではな

い。各大学は、どういう方法によって入学者を選抜す

るにしても、受け入れた学生に対して最善の教育を提

供すべ く努力するのは当然だが、入学者選抜方法それ

自体が大学教育の質 (付加価値)を保証するわけでは

ない。

その点では、入学者選抜の段階で行われる共通試験

も同様である。 国によって具体は多様だが、AO入試

が一般化 しているアメリカを含めて、大学入学者選抜

が競争状態にある国、とりわけ応募倍率の高い競争的

な大学では、何らかの学力評価を選抜基準の一つにし

ている。また、日本のセンター試験やアメリカのSAT、

フランスのバカロレア、イギリスのGCE・Aレベルと

いった統一試験を実施している国も少なくないが、そ

うした学力試験には相応の合理性と公平性があると言

える。 しかし、ディプロマPについては、事情は異な

る。 「学士力」なるものや学士課程教育の成果を、何

らかの量的指標や統一試験によって査定しようとする

ことに合理性 ・妥当性や適切性があるとは考えにく

い。例えば、「学士課程教育」答申が 「各専攻分野を

通じて培う学士力~学士課程共通の学習成果に関する

参考指針-」として提示 したもののうち(前頁の注 2)、

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藤田 「現代の教養と教養教育の課題」

「(卦態度 ・志向性 (自己管理力、チームワークとリー

ダーシップ、倫理観、市民としての社会的責任、生涯

学習力)、④統合的な学習経験 と創造的思考力」の類

は、計量的な査定 ・評価になじまない。また、たとえ

種々のアセスメント・テス トを開発しても、そのよう

なテス トで測られる能力が、その後のキャリア (職場)

や人生 (社会生活)において発揮される能力を予想で

きるというものでもない。ただし、上記 「参考指針」

が挙げている 「①知識 ・理解」や 「②汎用的技能 (コ

ミュニケーション・スキル、数量的スキル、情報リテ

ラシー)」については、共通テス トによってある程度

評価可能であろう5)。 しかし、たとえそうした側面に

限定 したとしても、大学教育の成果を共通テス トなど

によって査定 ・評価することに合理性や有用性 ・適切

性があるとは考えにくい。それどころか、種々の重大

な弊害が予想される。そうしたテス トは、少なくとも

先端性や卓越性を競い合うようなレベルの大学にとっ

ては無意味であり、時間と労力 (と費用)の無駄であ

る。そのうえ、もしその結果が公表や開示されるとい

うことになれば、影響の程度は異なるとしても、小中

学校段階の全国学力調査の場合と同様、どのようなレ

ベルの大学も、世間の評価的まなざしの圧力の下で、

その結果 (序列)を無視できなくなり、何らかの対処

戟略を講じるということになりかねない。そうなれば、

どのような大学もそれぞれに労力と時間の浪費を強い

られることになり、そのうえ、教養教育の理念や 「21

世紀型市民」の育成という目標からも、自己省察を含

む 「知的探究」という大学教育の基本的なミッション

からも、遠ざかっていくことになる。

むろん、各大学がディプロマPを適正化 ・明確化 し、

学習成果の向上を図ってい くことは重要なことであ

る。 しかし、それは、以上のような外形的な共通テス

ト等によってではなく、「将来像」答申や 「学士課程

教育」答申その他も言及していることだが、学生の履

修科 目や専攻 ・メジャーの選択 ・決定や成績評価 ・単

位認定 ・卒業認定などの適正化 とそのための指導の改

善 ・充実、および、カリキュラムの改善 ・充実によっ

て達成すべきことである。そして、これらのうち、成

績評価 ・単位認定 ・卒業認定などの適正化とそのため

の指導の改善 ・充実については、近年の改革動向のな

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かで、例えばGPAやCAP制の導入を含めて、すでにか

なりの大学で改善が図られてお り、その動きはさらに

広まりつつある。

カリキュラム ・ポリシーと大学教育の質保証

以上のように、ア ドミッションPについては、大学

入学者選抜制度について多少の改善の余地はあるかも

しれないが、現行制度の枠内で各大学はそれぞれに、

大学入学市場での自校の位置や保有資源その他を勘案

しつつ、すでに明確化 していることであり、また、そ

の実質的な適否はともかく、適宜さらなる改善努力を

行っている。ディプロマPについても、さらなる改善

の余地はあるにしても、各大学はそれぞれに改善を図

ってきている。しかし、すでに述べたように、共通の

枠組みや統一試験などによって学士課程教育全般の学

習成果を評価するといったことは適切なことではな

い。 したがって、学士課程教育の質保証や国際的通用

性の確保 ・向上という点で改革 ・改善の課題と可能性

があるのは、カリキュラムPに関わる領域だというこ

とになる。それだからこそ,「学士課程教育の構築に

向けて (審議のまとめ)」(2008年3月)を受けて、文

部科学省より日本学術会議に対 し,「大学教育の分野

別質保証の在 り方について」審議依頼が行われること

にもなったのであろう。

そこで問題 となるのは、大学教育/学士課程教育の

質保証を図るという点で、カリキュラムPに関わる領

域での改革 ・改善をどのように進めるのが望ましいか

ということであろう。この点について、日本学術会議

では、「教育課程編成上の参照基準」を策定すること

として検討を重ね、現在その基本的枠組みを概ね確定

した段階にあ り、その概要については次項で紹介する

が、それに先だって、大学教育の質保証や国際的通用

性に関連して学術会議 ・分野別質保証委員会が方針決

定の前提として検討 ・確認 したこと二点について略述

しておく。

その第 1は、前述の統一テス トや資格試験に関わる

ことである。大学教育の質保証の方法として、そうし

たテス トや試験は是としないことはすでに述べた通 り

だが、そのことは、①医師国家試験や司法試験のよう

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大阪市立大学 『大学教育』 第8巻 第 1号 2010年 9月

な専門職資格 ・免許に関わる国家試験や職能団体によ

る各種の資格試験、②学協会などによる検定試験、③

例えば米国のGRE (GraduateRecordExamination)の

ようなテス ト専門機関による共通テス トなどを否定す

るものではない。また、参照基準の考え方や内容 ・機

能について(彰JABEE (日本技術者教育認定機構

JapanAccreditationBoardfわrEngineeringEducation)の

ような専門職業に関わる分野別アクレディテ-ション

のそれとも一線を画し、そして、国家資格 ・職能資格

や教員免許のように法律などで履修科目とその概要が

定められている分野については対象としない。この方

針は、大学教育のミッションと総合性などを重視 して

のことであり、そうした資格試験やテス トは国や各種

の任意団体 (中間団体)が実施すればよいことだと考

えるからである。

第2は、「参照基準」の構成内容 (カバーする範囲)

についてである。学術会議に審議依頼されたのは 「大

学教育の分野別質保証の在 り方について」であるが、

大学教育/学士課程教育の質保証は専門分野だけを取

り出して、その要件を整えれば済むという問題ではな

い。それゆえ、各専門分野の教育 (専門教育)だけで

なく、教養教育 ・共通教育と、職業や大学卒業後のキ

ャリアとの関係 (接続関係)についても基本的枠組み

に含め、分野別の参照基準は、それらの点も考慮 して

整合性 ・適切性のあるものにすることとした。

「教育課程編成上の参照基準」の趣旨と役割

学術会議が策定する 「教育課程編成上の参照基準」

の趣旨は以下のようなものである (日本学術会議 「大

学の分野別質保証委員会」2009/9/1の審議資料より)0

1.各分野の教育内容に関する最低限の共通性の確保

「学士課程あるいは各分野の教育における最低限の

共通性があるべきではないかという課題は必ずしも重

視 されなかった」(平成20年12月 中央教育審議会

「学士課程教育の構築に向けて」)との問題意識を受け

止めて、日本の大学の学士の学位が意味すべきものを、

大学関係者のみならず、外国を含めて広 く社会に向か

って提示する。

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2.各分野の教育を通 して培うものの同定

・各分野に固有の 「世界の認識の仕方」並びに 「世界

への関与の仕方」に関する哲学に立脚 して、そのこと

が個々人において実現され得る姿を念頭に、学士課程

で当該分野を学ぶすべての学生が身に付けることを目

指すべき 「基本的な素養」を同定する。

・「基本的な素養」については、各大学が、-柔軟に

教育課程の中で展開できるよう、項 目数を厳選 し、

普遍性 を備えた一定の幅のある概念 として記述す

る。

・その際、分野に関する専門的な知識や理解について

は、中核 となるものに絞って、それらが実際の市民

生活や職業生活で如何なる意味を持つかという観点

も踏まえて記述する。

3.各大学の自主性 ・自律性の尊重と独自の教育課程

編成の支援

・参照基準は 「一つの出発点」であり、それにどのよ

うに肉付けをして具体的な教育課程を編成するかは各

大学の自主的 ・自律的な判断に委ねる。(以下、略)

4.学際的 ・複合領域的な教育課程 (省略)

5.すべての関係者の利用に供する公共的な基盤とし

ての役割

・参照基準は、各大学による教育課程編成に資するこ

とを基本的な目的とする。

・同時にまた、学協会、大学団体、認証評価機関、国、

さらには学生や企業など、すべての関係者が利用す

る公共的な基盤としての役割を果たすことを期待す

る。

・特に国や認証評価機関に対 しては、今後学術会議が

策定する参照基準の内容を、上記に述べた趣旨とと

もに尊重することを要請する。- 以上-

大学教育の質については、「学士課程教育」答申も

確認しているように、①大学設置基準に基づ く設置認

可審査とその設置計画の履行状況調査,②認証評価機

関による定期的な第三者評価,および(参個々の大学の

自己点検 ・評価 と情報公開を中心とする仕組みによっ

て,その保証と向上が図られている。かつては(丑の設

置認可審査が質保証の唯一とも言える仕組みであった

が、2003年の学校教育法改正により,「事前規制から

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藤田 「現代の教養と教養教育の課題」

事後チェックへ」という方針が採用され、大学設置認

可の弾力化と審査基準の簡素化が図られ、もう一方で、

04年から事後的チェックとしての認証評価が導入され

ることになった。この方針転換と制度改革により、大

学の新増設が急増 し、大学の多様化が著 しく進んだが、

そのためもあって、現行の第三者評価だけでは大学教

育の質の保証 ・向上という課題に必ずしも十分に対応

できないとの,懸念が強まることになった。そうした懸

念とグローバル化や科学 ・技術の飛躍的発展と国際的

な交流拡大や競争激化などが重なり合うなかで、大学

教育の質の保証 ・向上とそのための仕組みの改革 ・改

善が要請されることになった。そして、これまでの第

三者評価の方法を改善 ・補完する、より実効性のある

方策として提言されたのが、(∋成績評価 ・卒業認定の

厳格化や統一テス トなどによる 「出口管理」と、②学

術会議が策定する 「分野別質保証の参照基準」による

各大学の自律的 ・主体的な教育課程編成の改善 ・充実

を図るということなのであろう。しかし、すでに述べ

たように、筆者を含め学術会議質保証委員会は、①で

はなく、②の方向を是 として、「参照基準」策定作業

を進めているところである。

個々の専門分野 (当面30分野)に関する参照基準に

ついては、以上の趣旨を踏まえて2010年度から3年か

けて順次策定 していく予定となっている。そこで次項

では、教養教育 ・共通教育に関する提言 ・報告の要点

を簡単に紹介して、本稿の結びとする。

21世紀の教養と教養教育6'

教養の低下や教養教育の形骸化 ・軽視が言われて久

しい。また、近年とみに、その再構築と再活性化の重

要性が強調されるようになった。しかし、教養とは何

かを同定することは容易ではないし、教養教育の在 り

方を一義的に定義し構想できるものでもない。

教養の意義は 「人間 ・精神の解放」(toliberatethe

mindortheperson)」にあると一応は言えるだろうが7)、

それは教育と同様の広がりを持ち、そこに何を含める

かは論者によってさまざまである。外国語で日本語の

「教養」に当たると見なされる用語は、英語 ・フラン

ス語ではculture、 ドイツ語ではBildung、ギリシャ語で

26

はpaideia、ラテン語ではhumanitasであることから考え

ても、それは文化 (culture)や人間性 (人間を人間た

らしめるものhumanitas)と同じ広が りを持ち、 もう

一方で、教育 (education、paideia) ・陶冶 (Bildung)

という意味を持つ。また、中国では、後漢書 ・都南伝

や三国時代の竹林七賢 ・啓康の 『与山巨源絶交書』に

「教養子孫」 とあり、日本でも 『西国立志編』(1870-

71年)や 『具氏博物学』(1876-77年)で 「教養する」

という動詞形で用いられており、「教育」 と同じ意味

であった。

教養教育の在 り方を構想することの難 しさも同様

で、例えば大学における教養教育の長い伝統を持つア

メリカにおいても教養教育の在 り方に関する見解は、

その時々の時代状況や社会的課題を反映 して振 り子の

ように揺れ変遷してきた。それは、一つには、「教養」

概念の多義性 ・包括性に由来するが、もう一つには、

そのカリキュラム編成の考え方について、①広が り

(breadth)と共通コア (commoncore)と専門集中性

(concentration)のどれを重視するか、(参必修重視か選

択重視か、(卦古典重視かディシプリン重視か現代的レ

リバンス重視か、といった点で考え方に違いがあるか

らでもある。いずれにしても、その変遷過程で提起 ・

重視された種々の考え方は現在も併存 し、せめぎ合っ

ている。ただし、 トレンド的には古典的な教養や教養

教育の理念 ・在 り方に 「現代的レリバンス」(現代社

会の諸特徴 ・諸問題との関連性 ・適合性)のある諸要

素が追加され重視されるようになってきた。 しかし、

その 「現代的レリバンス」として何を重視するかにつ

いても、さまざまな考え方があり、そのこともまた教

養教育や大学教育の在 り方についての議論を複雑化

し、合意形成や方針決定を難しくしている8)。

教養の理念や教養教育の在 り方を考えるに際 して

は、以上のような難 しさとその背後にある現代社会の

諸特徴を踏まえることが重要である。とりわけ、「グ

ローカリゼ-ション」 という合成語にも表れているよ

うな、グローバル化と (ローカルな文化社会の価値と

自律性を尊重 しその活性化を図るという)ローカル化

が相互に影響 しながら同時進行する現代社会の特徴や

課題を考慮することが重要である、また、「メディア

の地殻変動」 とも言える情報 ・メディア環境の変化 9)

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大阪市立大学 『大学教育』 第8巻 第 1号 2010年 9月

や 「知の地殻変動」とも言える 「知」のポス トモダン

的再編10) とそこで提起されている価値的 ・倫理的問

題を考慮することも重要である。

「21世紀に期待される教養は、以上のような現代世

界が経験 している諸変化の特性を理解 し、突きつけら

れている問題や課題について考え探究 し、それらの問

題や課題の解明 ・解決に取 り組んでいくことのできる

知性 ・智恵 ・実践的能力であると言ってよいであろ

う。その多面的 ・重層的な知性 ・智恵 ・能力を、学問

知、技法知、実践知という三つの知と市民的教養を核

とするものとして捉える。学問知は、学問 ・研究の成

果としての知の総体、その学習を通 じて形成される知

である。それは、錯綜する現実や言説を分析的 ・批判

的に考察 ・探究し、同時に諸問題を自分にかかわる問

題として思慮し、自分の生き方や考え方を自省する知

でもある。技法知は、メディアの活用、多種多様な情

報 ・資料の編集、数量的推論、学術的な文章作成能力、

言語的 ・非言語的な表現能力 ・コミュニケーション能

力などを構成要素とする知で、学問知および実践知の

学習 ・形成と活用の基礎となるものである。実践知は、

日常のさまざまな場面で実際に活用 ・発揮 (実践)さ

れる知で、市民的 ・社会的 ・職業的活動に参加 し、共

感 ・連帯 ・協働 し、同時に、自らの在 り方 ・生き方 ・

振る舞い方を自省し調整 していく知である。他方、市

民的教養は、次の三つの公共性についての理解を深め、

その実現に向けたさまざまな活動やプロジェクトに参

加し、連帯 ・協働していく素養と構えを指す。」(この

パラグラフは文献①からの抜粋 ・要約)

第-は市民的公共性に関わる素養で、集合的意思決

定 (政治)の重要性を自覚 し、その過程に市民として

自律的に参加する構えと知性 (理解力 ・判断力など)

を指す。第二は社会的公共性に関わる素養で、社会の

さまざまな問題や課題を自分たちの協力 ・協働により

解決 ・達成すべきものとして引き受け、その協力 ・協

働に参加する構えと知性や行動力を指す。第三は本源

的公共性に関わる素養で、社会のすべての成員が、そ

の尊厳を尊重され、安全かつ豊かな文化的 ・社会的生

活を享受する権利を有する存在であることが承認され

前提となっていることを理解 し振る舞うことのできる

倫理 ・知性をさす。現代の多様化 ・複雑化 ・流動化す

る社会では、これら三つの公共性の活性化とその担い

手となりうる市民としての教養 (市民的教養)の形成

が切実に求められている。現代の大学には、上記三つ

の知 (学問知 ・技法知 ・実践知)と市民的教養を豊か

なものとして育むこと、そのための豊かな学びの機会

と諸活動の場を提供することが求められる。

以上b)ような知性 ・知恵 ・教養を育むためにも、カ

リキュラム編成面では、特に次の諸点が重要である。

「第-に、教養の形成は、一般教育 (ここでは英語

教育 ・外国語教育や非言語的コミュニケーションの-

形式でもある体育や芸術活動を含む)に限定されるも

のでなく、専門教育も含めて、四年間の大学教育を通

じて、さらには大学院での教育も含めて行われるもの

であり、一般教育 ・専門教育の両方を含めて総合的に

充実を図っていくことが重要である。第二に、一般教

育は、教養教育の中核的な部分として、すべての学生

が学修する 「共通基礎教養」の教育として位置づけら

れると同時に、一定の広がりと総合性を持つものであ

ることが重要である。第三に、専門教育は、専門的な

素養 ・能力の形成を系統的に行うものであるが、同時

に、特に学士課程においては、教養教育の一翼を担う

「専門教養教育」 として行われることが重要である。

第四に、一般教育と専門教育が重なり合うところで行

われる 「専門基礎教養」の教育は、当該専門分野の基

礎的素養のない学生でも積極的に取 り組む.ことのでき

る内容構成と方法により行われることが重要である。

この専門基礎教養の教育は、人文社会系の学生にとっ

ても意義のある科学的 リテラシーを育むもの、人文

系 ・理系の学生にとっても意義のある社会科学的リテ

ラシーを育むもの、理系 ・社会科学系の学生にとって

も意義のある人文的素養を培うものとして充実を図る

ことが重要である。第五に、学士課程における専門教

育は、その教育目標として、①自分が学習している専

門分野の内容を専門外の人にも分かるように説明でき

ること、②その専門分野の社会的意義について考え理

解すること、③その専門分野を相対化することができ

ること (当該専門分野の限界について理解すること)

という三つの要件を備えていることが重要である。第

六に、日本語教育 ・外国語教育の充実を図ることが重

要である。(∋あらゆる領域のリテラシーの基礎となる

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藤田 「現代の教養と教養教育の課題」

言語の公共的使用能力 (日本語リテラシー)の向上を 注

図ること、および(参国際共通語としての英語の教育に

ついてはリテラシー教育として充実を図ることが重要

であり、また③異文化理解の促進や自国の言語文化の

反省と豊かさの向上を図るためにも英語以外の外国語

の学習も重要である。第七に、日本の多くの大学で行

われてきた卒業研究や卒業論文の意義とメリットを再

確認 し、総括的 ・総合的な学びと探究の機会として充

実していくことが期待される。第八に、学生たちの学

びと自己形成を豊かなものにし、人としての生き方や

世界との関わり方や市民としての社会-の参加の仕方

とその根底において問われる倫理を育むためにも、キ

ャンパスライフの場と諸経験の機会を安全で豊かなも

のにしていくことが重要である。」(このパラグラフは

文献①からの抜粋 ・.要約)

以上のように、現代の教養教育 ・学士課程教育に期

待されるものは、時代の特徴や問題 ・課題を反映 して

多彩化 し盛 りだくさんになっている。もう一方で、専

門教育も学問研究の専門分化と高度化に対応すること

が求められている。しかも、戟前は旧制高校三年 ・旧

制大学三年、合計六年かけて行われていた教育を、戟

後の新制大学では四年間という年限で行うことになっ

た。この四年間という制度的枠組みのなかで行われる

学士課程教育に、専門分化 ・高度化の圧力下にある専

門教育と以上に述べたような教養教育 ・共通教育とし

て期待される多彩な内容の両方を盛 り込み、バランス

のとれたものとして編成し充実を図っていくことが期

待されている。この理不尽とも言える期待に応え、そ

の難 しい課題を達成していくには、大学教育のミッシ

ョンと以上に述べた教養教育の内容 ・在 り方に期待さ

れるものの本質を的確に踏まえて対応することが重要

であろう。そして、その本質 (教養教育の基本的な目

的)は、功利的な専門性や実用性に囚われ偏ることの

ない 「自由な精神 ・知性」を育むこと (「精神の解放

(toliberatethemind)」)、学術的 ・職業的専門性と市民

的教養の両方に開かれ、その基礎 となる 「自由な精

神 ・知性」(人間的 ・市民的 ・専門的基礎教養)を育

むことにあり、したがって、教養教育はその本質的な

理念 ・目的を核として編成することが重要だと言える

だろう。

1)筆者は、「日本の展望委員会」委員と 「知の創造分科会」

委員長、および 「大学教育の分野別質保証の在 り方検討

委員会」幹事と 「教養教育 ・共通教育分科会」委員長と

して、①の提言と②の報告書の取 り纏めに参画。

2)中央教育審議会 「大学教育の改善について (答申)」

(1963年)など

3)①知識 ・理解、②汎用的技能 (コミュニケーション ・ス

キル、数量的スキル、情報リテラシー、論理的思考力、

問題解決力)、③態度 ・志向性 (自己管理力、チームワ

ークとリーダーシップ、倫理観、市民としての社会的責

任、生涯学習力)、④統合的な学習経験 と創造的思考力

4)① 「大学間の連携,学協会を含む大学団体等を積極的に

支援 し,日本学術会議との連携を図りつつ,分野別の質

保証の枠組みづ くりを促進する」、② 「OECDの高等教

育における学習成果の評価 (AHELO)の内容 ・方法が

適切なものとなるよう,関与 ・貢献 していく」、③ 「学

習成果の測定 ・把握や,学習成果を重視 した大学評価の

在 り方などについて,調査研究を行う」、㊨ 「学位に付

記する専攻名称の在 り方について,一定のルール化を検

討するとともに学問の動向や国際的通用性に照らしたチ

ェックがなされるようにする」

5)「①知識 ・理解」にしても、とりわけ大学教育では、必

ず しも正解のないところでの対処 ・対応能力や課題解決

力や探究力の形成が重視されるのに、正解や適正解のあ

る問題からなるテス トのようなもので、その力を測ろう

とすることは、愚かなことだというだけでなく、大学教

育を歪めかねないものでもある。

6)この項は、文献① より抜粋 し修文 ・再構成したものであ

る。なお、引用符 (「○○」)付の箇所は一部省略 ・要

約 ・修文しているが基本的には抜粋である。

7)ハーバー ド大学のカリキュラム改革レポー ト (2005年や

07年など)では "toliberate"や "toffee"という表現が

liberaleducationの意義に関して用いられている。

8)例えばハーバー ド大学では、1997年にコア ・カリキュラ

ム検討委員会の報告書が公表され、その後も別の委員会

の報告書の公表が続いたが、いずれも決定には至らず、

ようや く07年に一般教育作業委員会の報告書が承認さ

れ、それに基づ く新カリキュラムが09年度から実施され

た。探野政之 「ハーバー ドのカリキュラム改革- 5年間

の軌跡」、『大学教育学会誌j(2008、30(1)、96-102頁)

参照。

9)多彩な知識 ・情報 ・意見の発信 ・交換や蓄積 ・入手が飛

躍的に簡便化 したが、その一方で、有害情報の氾濫や

「ネットいじめ」のように、あるいはまた、知識 ・情報

の日常的な利用 ・編集能力と批判的 ・構造的 ・創造的な

思考力との混同や後者の低下が深刻化するというよう

に、知の在 り方、知識 ・情報の蓄積 ・活用の仕方や人間

関係に功罪両様の影響を及ぼしている (文献① より要

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大阪市立大学 『大学教育』 第 8巻 第 1号 2010年9月

約)0

10)合理性 ・効率性 ・普遍性 ・有用性 を自明祝 してきた科学

技術や 「知」の在 り方が問い直 されるようになってきた。,

例えば、20世紀の二度にわたる悲惨な世界戦争は、核兵

器の開発 をは じめ科学技術の発展に裏打 ちされて展開

し、同時に、科学技術の発展や近代兵器の開発を促進す

るという二面性を露わにした。グローバルな工業化の進

展と経済の発展は、生活水準の向上をもたらしたが、そ

の一方で、気候変動、オゾン層の破壊、環境汚染の増大

などによる地球環境 ・生態系の不健全化や生物多様性の

危機 といった問題 を引 き起こすことにもなった。また、

西欧中心 ・国民国家中心、大人中心 ・男性 中心の世界

観 ・社会観が問い直 され、「知」や文化の構築性 を踏ま

えた探究 と再編が図られるようになった (文献(∋より要

約)0

29