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51 看護学生の緩和ケア病棟における実習での学び-死生観・看護観のレポートからの分析- 原  著 看護学生の緩和ケア病棟における実習での学び ―死生観・看護観のレポートからの分析― 上田稚代子 1) 上田伊津代 2) 畑野 富美 3) 住田 陽子 4) 山口 昌子 2) 坂本由希子 2) 池田 敬子 2) 辻 あさみ 2) 鈴木 幸子 2) 1)関西医療大学保健看護学部 2)和歌山県立医科大学保健看護学部 3)畿央大学健康科学部看護医療学科 4)森ノ宮医療大学看護学科 要 旨 緩和ケア病棟で実習を行った学生 15 名のレポート「実習を通しての死生観・看護観」を基に学習内容を明らかにする ことを目的とした。A 4サイズレポート用紙 75 枚から学習内容として抽出された記述は、216 文であった。これを分析し た結果、7カテゴリー【終末期患者・家族の理解】【患者・家族の側にいることの意味】【余命を有意義に過ごすための援 助】【尊厳を最期まで維持する援助】【悲嘆のプロセスを辿るための援助】【死生観の振り返り】【看護の振り返り】が抽出 された。学生は実習初期の段階では、終末期にある患者・家族に戸惑いを感じながら実習に臨んでいた。しかし、モデル となる看護師が行うケアに参加したり、関わりの場面の振り返りを行うことで、徐々にそのケアの意味や患者・家族の示 す言動の意味を見出し、終末期看護の学びを深められた有意義な実習になった。 キーワード:看護学生、緩和ケア病棟、学び、終末期看護実習 .緒 言 近年、わが国におけるホスピス・緩和ケア病棟の数が 年々増加しており、2008年10月1日現在において緩和 ケア病棟のある(施設基準を満たしていないものを含 む)病院は229施設(病院総数の2.6%)、緩和ケアチー ムのある病院は、612 施設(同 7.0%)であり 1) 、これに 伴い緩和ケア病棟における終末期患者・家族に対するケ アの質の向上も求められてきている。 2007年4月厚生労働省はがん対策基本法を施行し、 その中でがん患者の療養生活の質の維持向上のために医 療従事者に対する研修の機会を確保することが条文化さ れている 2) 。このような背景の中、終末期にある患者 や家族のQOLを高め、その人の生を全う出来るように 支援することは、看護師の重要な役割である。この役割 を担っていくためには看護基礎教育において、患者が心 身ともに平和で穏やかな死を迎えられる看護援助ができ る能力を育成する必要があり、カリキュラムにおける終 末期看護に関する講義・実習は重要である。 藤岡ら 3) は、体験学習では自らのからだや心、知能 や感覚など自分のすべてを駆使して学習することで、知 る、分かるレベルから実感出来るレベルに到達し、この ような体験学習を積み重ねることで看護者として大きく 豊かに成長すると述べているように、臨地実習での体験 学習は、今後の看護者としての素地を育む重要な機会に なっている。 A 大学看護学部における今回の緩和ケア病棟での実習 は、患者と家族を全人的に理解し、苦痛を緩和し、その 人にとってふさわしい生活ができるための看護を実践す る能力を養うことをねらいとして実施している。 ホスピス・緩和ケア病棟でターミナルケア実習を行っ た看護学生の学びについて高橋ら 4) は、日々の実習記 録の内容分析から患者や家族の理解やケアの意味、チー ムケアのあり方などの学びを明らかにした。 また、玉川 5) は、看護学生の終末期看護実習の前・ 中・後における死生観の形成過程が、死の恐怖を抱いて

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看護学生の緩和ケア病棟における実習での学び-死生観・看護観のレポートからの分析-

原  著

看護学生の緩和ケア病棟における実習での学び―死生観・看護観のレポートからの分析―

上田稚代子1) 上田伊津代2) 畑野 富美3) 住田 陽子4) 山口 昌子2)

坂本由希子2) 池田 敬子2) 辻 あさみ2) 鈴木 幸子2)

1)関西医療大学保健看護学部2)和歌山県立医科大学保健看護学部3)畿央大学健康科学部看護医療学科4)森ノ宮医療大学看護学科

要 旨 緩和ケア病棟で実習を行った学生15名のレポート「実習を通しての死生観・看護観」を基に学習内容を明らかにすることを目的とした。A 4サイズレポート用紙75枚から学習内容として抽出された記述は、216文であった。これを分析した結果、7カテゴリー【終末期患者・家族の理解】【患者・家族の側にいることの意味】【余命を有意義に過ごすための援助】【尊厳を最期まで維持する援助】【悲嘆のプロセスを辿るための援助】【死生観の振り返り】【看護の振り返り】が抽出された。学生は実習初期の段階では、終末期にある患者・家族に戸惑いを感じながら実習に臨んでいた。しかし、モデルとなる看護師が行うケアに参加したり、関わりの場面の振り返りを行うことで、徐々にそのケアの意味や患者・家族の示す言動の意味を見出し、終末期看護の学びを深められた有意義な実習になった。

キーワード:看護学生、緩和ケア病棟、学び、終末期看護実習

Ⅰ.緒 言

 近年、わが国におけるホスピス・緩和ケア病棟の数が年々増加しており、2008年10月1日現在において緩和ケア病棟のある(施設基準を満たしていないものを含む)病院は229施設(病院総数の2.6%)、緩和ケアチームのある病院は、612施設(同7.0%)であり1)、これに伴い緩和ケア病棟における終末期患者・家族に対するケアの質の向上も求められてきている。 2007年4月厚生労働省はがん対策基本法を施行し、その中でがん患者の療養生活の質の維持向上のために医療従事者に対する研修の機会を確保することが条文化されている2)。このような背景の中、終末期にある患者や家族のQOLを高め、その人の生を全う出来るように支援することは、看護師の重要な役割である。この役割を担っていくためには看護基礎教育において、患者が心身ともに平和で穏やかな死を迎えられる看護援助ができる能力を育成する必要があり、カリキュラムにおける終

末期看護に関する講義・実習は重要である。 藤岡ら3)は、体験学習では自らのからだや心、知能や感覚など自分のすべてを駆使して学習することで、知る、分かるレベルから実感出来るレベルに到達し、このような体験学習を積み重ねることで看護者として大きく豊かに成長すると述べているように、臨地実習での体験学習は、今後の看護者としての素地を育む重要な機会になっている。 A大学看護学部における今回の緩和ケア病棟での実習は、患者と家族を全人的に理解し、苦痛を緩和し、その人にとってふさわしい生活ができるための看護を実践する能力を養うことをねらいとして実施している。 ホスピス・緩和ケア病棟でターミナルケア実習を行った看護学生の学びについて高橋ら4)は、日々の実習記録の内容分析から患者や家族の理解やケアの意味、チームケアのあり方などの学びを明らかにした。 また、玉川5)は、看護学生の終末期看護実習の前・中・後における死生観の形成過程が、死の恐怖を抱いて

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いる学生は、第一段階としてまず自己の死を自覚することからはじまり、次に死の向こうの生の存在を認識することで自己・他者の死を肯定的に受け止め、生きる意味を見出していくことを明らかにした。 さらに瀬川ら6)は、看護学生は全人的な苦痛に向き合うことの困難さ、終末期患者や家族の死生観や人生観を受け止めるためのコミュニケーションの必要性を学び、実習での体験が死生観構築の発展に良い影響をもたらしていると述べている。 これらから、学生は終末期にある患者や家族に実際に対峙することで死から逃避するのではなく、患者や家族と真正面から向き合い、思いを理解しようと努力し、その思いに沿えられる援助を提供しようと取り組んでいると考えられる。そしてこの実際的な援助を通して死生観・看護観が形成され発展させていくと推測され、実習終了時のレポート内容から学生の死生観や看護観の内容の分析は、今後の実習指導を行っていく上で意義があると考える。しかし、我が国において看護学生の緩和ケア病棟における実習での学びを「死生観・看護観」の実習終了時のレポートから分析した報告は認められない。 今回、緩和ケア病棟に入院している終末期患者の看護実習を行った学生の終了時レポート「実習を通しての死生観・看護観」をもとに、学習内容を明らかにすることを目的に試みた。

Ⅱ.研究方法

1.研究対象者 平成19年 5 月~ 7 月と平成20年 5 月~ 7 月の2年間にB病院緩和ケア病棟で看護実習を行ったA大学看護学部4年次生27名とした。

2.調査方法 実習終了時に提出された「受け持ち患者を通して学んだ死生観・看護観」のA 4サイズ5枚程度のレポートを分析対象とした。

3.分析方法 分析方法は、まず学生が「体験し、学んだこと・感じたこと・考えたこと」などの学習内容を示している部分を抽出して単文を1記述単位とし、その内容の意味を損なわないよう留意しながら要約した。次に要約したものの類似するものをまとめてサブカテゴリーとし、さらにそれらを帰納的に分類して抽象化し、カテゴリー化した。抽出・分析・分類の過程においては、判断の偏りを

避けるために内容が一致するまで比較検討を繰り返すとともに、質的帰納的研究経験のある教員の指導を受けた。

4.倫理的配慮 本研究を実施するにあたり、和歌山県立医科大学倫理委員会の承認を得た。研究対象者には、実習成績の評価終了後に研究の目的および結果の公表、成績と無関係であること、拒否権があり拒否をしても成績に影響しないこと、匿名化でのデータ処理であることを口頭と文書で説明し、同意書を専用回収ボックスに投函するよう依頼した。

5.実習の概要 1)実習目的:「終末期あるいはギアチェンジが予測

される患者と家族を全人的に理解するとともに、苦痛をできうる限り緩和し、その人にふさわしい生活ができるための看護を実践する基礎的能力を養う」である。

 2)実習方法:A大学看護学部の各領域実習は3年次後期より開始され、急性期看護実習や慢性期看護実習Aはすでに3年次に終了している。今回の看護実習は、慢性期看護実習Bの科目名であり、原則として1名の患者を受け持つこととしている。時期は、4年次前期の5月初旬~7月中旬であり、この期間に5クールの実習を行っている。1クールは2週間(2単位)で、4グループが同時に4病棟で実習をし、実習最終日には、4グループ合同でカンファレンスを実施し、学びの共有化を図っている。実習を行う4病棟は、内科系治療を主とした一般病棟が2病棟、放射線科・婦人科疾患を中心とした一般病棟が1病棟、緩和ケア病棟が1病棟である。各グループの学生数は3~6名であった。

Ⅲ.結 果

 本研究に同意が得られた学生は15名(55.6%)であった。学生15名の受け持った終末期患者は、40代2名、50代3名、60代4名、70代4名、80代2名であった。実習期間中に看取りを体験した学生は3名であった。実習終了時に提出された「受け持ち患者を通して学んだ死生観・看護観」のA 4サイズレポート用紙75枚から抽出された学びの記述は216文だった。 これを分析した結果、学生たちの学習内容について20サブカテゴリーと7カテゴリー【終末期患者・家族

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看護学生の緩和ケア病棟における実習での学び-死生観・看護観のレポートからの分析-

の理解】【患者・家族の側にいることの意味】【余命を有意義に過ごすための援助】【尊厳を最期まで維持する援助】【悲嘆のプロセスを辿るための援助】【死生観の振り返り】【看護の振り返り】が抽出された。抽出されたカテゴリーとサブカテゴリーを表1にまとめた。以下、カテゴリーを【 】、サブカテゴリーを〈 〉、下位の文章を「 」で表記する。 【終末期患者・家族の理解】では、受け持ち患者が、

「背中をさすってほしい、安心する」「短時間で良いから何度も部屋に来てほしい」という発言をしていることから、「孤独を恐れ人の温もりから安心感を得たいと思っている」とする〈孤独に耐え癒し・温かさを求めている終末期患者〉の心理的状況を理解していた。また、「背中を触るタッチングが患者の安心への保証」に繋がり、

〈疼痛は患者の全てを支配しその人らしさが失われる〉という痛みのコントロールが、「終末期患者の日々の生活の中で前提にある」こと、さらにこの前提条件が保証されることで、「全身の倦怠感を訴えながらも楽になって家に帰るという患者の発言から、患者・家族はその希望を持ちつつ自分自身を支えていると思う。」など〈最期まで希望を見出し生きる患者・家族〉であるとする生き方を学んでいた。 【患者・家族の側にいることの意味】では、実習開始の初期においては、「終末期にある患者・家族とどのように関わっていけばよいのか」という思いが先行し、

「患者を訪室することに戸惑いを感じ」ながらも、「病棟看護師と共に患者に清潔ケアやマッサージなどを実施」したり、「病院の中庭に咲く花を患者・家族と共に眺めたり」して日々会話を重ねていた。「患者が死にたいという思いを震える手でボードに書いた時、私は言葉が見つからず、患者の気持ちを分かろう、受け止めようと患者の体をさすりながら側にいた。逃げないで向き合うことが援助になっていると思う。」「患者の辛い思いに言葉で応えなくても、患者の側にいて心から向き合うことで、お互いの心が通じ合える事が分かった。」「言葉を発しなくても、患者の気持ちを受け止め分かろうとすること」などが、〈患者・家族の思いに寄り添い向き合う存在〉であること。また「患者は、いつも人との関わりを求めていた。これは側にいることで、死に対する不安や痛みを和らげており、終末期患者にとって側にいることが、ケアであると分かった。」「看護師が、ベッドの側で患者や家族と共に過ごす空間や時間」が〈不安や痛みを軽減する存在〉になっていることを学んでいた。 【余命を有意義に過ごすための援助】では、「患者は、告知を受け入れ、残りの人生を在宅で過ごす事を選択し

た。告知することで、病名・余命を正確に理解し、自分で納得した生き方を選択することが出来、悔いが残らない。」「患者自身が、自己の限りある生命の時間を納得して生きていく」ためには〈告知の必要性〉が、不可欠であり、「今ある時間を意味のあるものにするために患者が、良く聞いていた曲を準備し、患者・家族と一緒に聞き、病室が和やかになった。」「僅かに残された時間を患者・家族が、どのように過ごそうとしているのかを理解し、それに応じた援助が必要と分かった」。看護師は、

〈患者・家族が望む日々の過ごし方への援助〉を行うことで、「残された僅かな時間を意味あるものにすることができる。」と学んでいた。 【尊厳を最期まで維持する援助】では、「患者の苦痛は寂しさ、顔貌の変化や死と向き合う思いなど、精神面からの影響も大きく受けている。」「患者に関心をもち、苦痛を共に分かろうとする姿勢で援助を行う事で患者は、大切にされていると感じると思う。」「日々患者と関わることで患者は、常に死と向き合っているということが分かった。患者に常に関心をもち、その思いを分かろうとする姿勢が援助になる。」など、〈患者の思いや苦痛に共感・寄り添う援助〉の必要性、また「動くと目眩がするので、全面介助で清潔ケアを実施した。しかし患者は、出来る限り自分で動かそうとしていた。日常生活を自分の力で行い、自分らしさを失わずに人生の終焉を迎えたいという思いが伝わってきた」「患者の残存能力を察知し引き出す事が、その人らしい援助に繋がることが分かった。」など、〈残存能力を生かしその人らしさを尊重した援助〉について学んでいた。そして「患者の思いを考え、臭気が強くなってもマスクを装着しないで、疎遠になった家族への思いなどを受け止めようと関わりを重ねた。これは、患者が大切なかけがえのない存在と認識する援助になると思う。」など、〈患者の意思や存在を尊重した関わり〉の必要性を学んでいた。 【悲嘆のプロセスを辿るための援助】では、受け持った患者が、「徐々に意識の低下や下顎呼吸などを呈し、その過程でどんな援助をすれば良いのか。」と戸惑いながらも、〈瀕死患者の身体的変化や家族の心理的状況の理解〉を体験し、「瀕死時の家族の揺れ動く心情には、生前からの患者との関係性が大きく影響している。」ということを見出すとともに、「看護師は、患者の状態から死を察し、会わせたい人に連絡をしてくださいと家族に伝えていた。」など、看護師が実施しているケアを通して、瀕死場面における患者・家族に対する援助の在り方を学んでいた。また終末期患者に付き添い、向き合っている家族の思いは、「患者の生と死の狭間で常に揺れ

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動き、不安定な状況にある。」ということが分かり、「家族の思いを受け止め、家族のこれまでの介護を肯定し、認め労うことは、家族が悔いを残さないための死別への援助に繋がると思う。」など、家族の思いを受け止める〈瀕死時の傾聴・共感の姿勢〉が、必要であるということを学んでいた。さらに「看護師は、患者の反応が無くても触覚や聴覚は、最期まで残っていることを家族に伝え、側にいることを実感出来るように指導していた。」

「戸惑っている家族に、最期まで満足出来る関わりを提供することが、死別への心の準備になる援助と分かった。」「家族が、瀕死状態にある患者の手を握り側にいること。」「看護師が、家族に腫れている足をマッサージしましょうと声をかけ、家族と共にマッサージをしていた」ことなどが、〈死別への心の準備への援助〉の一助になっているということを見出していた。 【死生観の振り返り】では、学生自身が、今までの人生の中で体験してきた「家族の死やペットの死」を振り返ると同時に、自己の死について考える機会となり、

「自分が、死ぬことで何が不安か」と考え、「家族・友人などの繋がりが絶たれる辛さ、やりたい事を残して死ぬ悔しさ、自己の存在が無くなる孤独感など、考えられる。」「死は自分の全てが無くなる」など、〈喪失感を抱く死〉、また「今まで死について考える機会もなかったし、また漠然とした恐怖感や不安感があったため、出来るだけ考えないようにしていた自分があった。」など、

〈死を回避していた自己〉を見つめ、「何故、回避していたのか」という、その理由を考える機会にもなっていた。また「自分も死に向かって生きている人間であり、死を考えることで生に悔いが残らないように、自分の人生で最も意味あることは何か、私なりの生き方を見出していきたい。」「自分は何をして生きたいのか。」など、自分の生き方を模索し、〈死は生きることと表裏一体〉であること、さらに「看護師自身が、死への恐怖感をもつことで、勇気をもって患者と話すこともままならない事態が生じる可能性」があり、「患者と真摯に対峙することができなくなる。」など、〈看護師が死生観をもつ意義〉について学んでいた。 【看護の振り返り】では、「患者は、余命について未告知であり家族も告知を望んでいなかったので、患者の症状のみに集中してしまい、無意識に精神的な苦痛を見逃していた。」など、「症状コントロールや患者・家族のニーズに応える援助のみに焦点を当てていた」ことに気づき、〈患者の死への思いや家族の思いの理解不足〉であったことを振り返っていた。また一方で、「受け持ち患者の瀕死期や死後のケアを体験したり、日々の患者・

家族の関わりを通して、今何を必要としているのかを一生懸命考えながら実習に取り組んだ。」とする〈患者・家族の思いを考慮したケアの実施〉を行っていたこと、そしてそれらの思いに沿ったケアを提供していくためには、どんなに〈小さな訴えにも傾聴・共感する姿勢の大切さ〉を実感していた。

Ⅳ.考 察

緩和ケア病棟に入院している終末期患者の看護実習を行った学生の終了時レポート「実習を通しての死生観・看護観」をもとに、学習内容を明らかにした結果、7カテゴリーの学びが抽出された。Jean Lugtonら7)は緩和ケアの目的が、孤独や病気の進行に伴う不安や恐れを癒し、可能なかぎり死を尊厳あるものとし、死別を体験する人を支援することにより、可能なかぎり長く安楽に身体的な症状を緩和し、病を癒し自立を維持することと述べているように、学生が見出した7カテゴリーの学びは、この緩和ケアの目的に沿った内容と言える。つまり終末期看護の対象である患者・家族が、どのような身体的・心理的状況にあるのかということを〈孤独に耐え癒し・温かさを求めている〉、〈患者の全てを支配しその人らしさが失われる疼痛〉という【終末期患者・家族の理解】をこのような内容で捉え、自己の存在価値として〈不安や痛みを軽減する存在〉とする【患者・家族の側にいることの意味】を見出していた。その上で死別を体験する患者・家族の必要とする看護は、【余命を有意義に過ごすための援助】、〈残存能力を生かしその人らしさを尊重した援助〉とした【尊厳を最期まで維持する援助】、【悲嘆のプロセスを辿るための援助】とする学びの内容である。さらにこの実習での受け持ち患者を通して、今まで構築していた自己の【死生観の振り返り】や

【看護の振り返り】の機会にもなっており、終末期看護の学びを深めることができた有意義な実習であったと考える。 学生は、実習初期の段階では病棟に慣れていないという環境要因による緊張感に加え、終末期患者を受け持つということで、死の話題を避けられないという不安が強い時期8)であり、患者・家族に何ができるのだろうかと、訪室することに戸惑いを感じながら実習に臨んでいたと思われる。しかし、学生は、このような揺らぐ心理状態にありながらも看護師が行う日々のケアを共に参加したり、カンファレンスなどで一つ一つの場面の振り返りを行うことで、徐々にそのケアが、患者・家族にどのような意味をもたらすのか、患者・家族が表現する言動

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にどのような意味をもつのかなど、その現象の一つ一つを丁寧に拾い上げて、意味を見出そうとしていた。 「背中をさすってほしい、安心する。」などの患者の発言から、終末期患者・家族の置かれている状況を理解し、〈孤独に耐え癒し・温かさを求めている終末期患者〉と捉え、〈患者の全てを支配しその人らしさが失われる疼痛〉、〈最期まで希望を見出し生きる患者・家族〉と理解していた。 高橋ら9)は、ターミナルケア実習を行った看護学生の日々の実習記録から、がん性疼痛など患者の身体面の苦痛やその管理についての学びが弱かったと述べているが、今回の研究では、終末期にある患者の疼痛やそれに関連した苦痛に関心を寄せ、終末期患者の痛みと症状のコントロールは、安寧の感覚を得るうえで必要不可欠である10)と言われているように、患者の痛みの症状は全てを支配し、痛みを保証しないとその人らしい生を全う出来ないということを学んでいた。これらは、学生が日々終末期患者・家族に関心を寄せ、彼らの置かれている状況を生身に感じることが出来た結果と考えられる。 このように【終末期患者・家族の理解】ができることで、さらに終末期にある【患者・家族の側にいることの意味】を導き出していた。これらは、Jean Lugton11)

らが、全身全霊をかけてクライエントと共にいることはケアリングの根本であり、クライエントを気づかう態度を維持し続けるナースが、自分自身を惜しみなく差し出すことと述べているように、学生は、感受性を研ぎ澄ませて患者・家族と真摯に向き合い、何か言葉をかけなくてはという思いや、何か援助をしなくてはという思いではなく、患者・家族の今の思いに如何に寄り添うことができるのかという、ケアリングの根本の学びと考える。 またこの学びは、名倉ら12)の学生が、自己を中心として考えていたことから、患者の視点に転換させた結果の学びであり、【患者の残された貴重な時間に一緒にいることで患者のことがわかる】という内容と類似する学びと考えられる。 これらの学びを見出していくために教員は、まず学生の揺らぐ思いを常に受け止めそれにタイムリーに応えていく支援や、実習初期の段階からカンファレンスなどで一つ一つの場面の振り返りの機会をつくり、終末期患者の置かれている状況の理解を促し、モデルとなる看護師の実践するケアや患者・家族が示す言動に関心を向けて、それらの意味を考えることができるように導いていくことが必要であると考える。 終末期にある患者・家族の置かれている状況を理解することで、患者・家族が、どのような援助を看護者に求

めているのかが分かるようになり、【余命を有意義に過ごすための援助】を導き出していた。この見出された学びは、受け持ち患者が、自己の人生の制約された時間をどのように過ごすのか、個人の有意義な過ごし方を意思決定していく前提に、〈告知の必要性〉があるという学びである。 柏木13)が、終末期患者の生を支えるということは、その人がその人らしい生を全うするのを援助することと述べているように、患者が、自分の残された時間を客観的に捉え、やり残していると思っていることをやり遂げる時間の保証が必要と学んでいると考えられる。しかし、告知に対する価値の重みは、患者によって違っており、患者自身が告知を望んでいない場合についても生を支える援助の在り方を考える機会がもてるように、導いていくことも必要と思われる。 瀬川ら14)は、終末期看護実習では、その人らしさを尊重した援助を具体的に実施すること、尊厳ある行動を可能にするための環境を整えることが、患者にとっての尊厳性を保てる援助につながると述べているように、本研究でも同じように、【尊厳を最期まで維持する援助】として、〈患者の思いや苦痛に共感・寄り添う援助〉、

〈残存能力を生かしその人らしさを尊重した援助〉、〈患者の意思や存在を尊重した関わり〉の3つのサブカテゴリーを見出していた。 これらの学びは、患者・家族の尊厳を保証した援助の実際の学びであり、人間の尊厳は、患者個人の存在を認め、意思を尊重すること、つまり人が人として尊厳をもって生きるのに必要な条件の一つである自由な自己決定15)であり、これを保証することでその人の存在そのものを尊重した看護となり、これは看護の本質の学びと考える。これらの学びは、終末期患者・家族の置かれている状況を自分に引き寄せ、患者・家族の視点から理解することで得られた学びと思われる。 今回の実習で、看取りを体験した3名の学生は、【悲嘆のプロセスを辿るための援助】として、徐々に死に向かっていく〈瀕死患者の身体的変化や家族の心理的状況の理解〉、〈瀕死時の傾聴・共感の姿勢〉、〈死別への心の準備への援助〉の必要性について学んでいた。これらは、瀕死状態にある受け持ち患者が、時間と共に徐々に死に近づいていく様相を見守りながら、家族が少しでも悔いの残らない死別への心の準備になるような援助を考え、実施した結果の学びと考える。これらの援助を実践していく上で、〈瀕死時の傾聴・共感の姿勢〉は、死に行く患者・家族の思いを受け止め、それに沿ったケアを提供していくための必要不可欠な構成要素の一つであ

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り、患者・家族を理解していくための基盤になっていると思われる。 終末期にある患者・家族との関わりを通して、今まで抱いていた【死生観の振り返り】を行い、死を〈喪失感を抱く死〉と捉えながらも今まで〈死を回避していた自己〉を見つめ直すことで、〈死は生きることと表裏一体〉であること、さらに〈看護師が死生観をもつ意義〉についての学びを見出していた。 鹿村16)は、死生観は死の知識や経験を自己の中で思慮し、深めていくことにより形成されていくと述べているように、今回の実習終了時の課題である「実習を通しての死生観・看護観」のレポートに取り組むことで、自己の死生観を深化させていく一つの機会となり、このことが終末期看護の実践に繋がっていくと考えられる。 また【死生観の振り返り】と同様に、自己が取り組んだ【看護の振り返り】を行い、〈患者の死への思いや家族の思いの理解不足〉に気付き、また一方では〈患者・家族の思いを考慮したケアの実施〉や〈小さな訴えにも傾聴・共感する姿勢の大切さ〉を学んでいた。鹿村 17)

は、学生が死に逝く患者の思いへの共感やQOLを高めようとする看護ケアへの姿勢を有していると述べているように、これらの学びは、今後の終末期看護の実践を支える礎になると考える。

Ⅴ.結 論

 看護学生の緩和ケア病棟における実習での学びは、【終末期患者・家族の理解】、【患者・家族の側にいることの意味】、【余命を有意義に過ごすための援助】、【尊厳を最期まで維持する援助】、【悲嘆のプロセスを辿るための援助】、【死生観の振り返り】、【看護の振り返り】の7カテゴリーで構成されていた。 実習初期の段階では、終末期患者・家族に何ができるのかと訪室することに戸惑いを感じながら実習に臨んでいた。しかし、揺らぐ心の支援を教員や指導者から受け、モデルとなる看護師のケア場面に参加したり、カンファレンスなどで一つ一つの場面の振り返りを行うことで、徐々にそのケアの意味や患者・家族の示す言動の意味を見出し、終末期看護の学びを深める機会になったと考える。 今後の課題としては、これらの結果を踏まえ学生の学びをさらに詳細にしていくためには、研究対象者数を増やすと伴に学生の学びの内容と実習目標の到達度との関連性についても検討していく必要がある。

表1 緩和ケア病棟での実習の学び

カテゴリー サブカテゴリー

【終末期患者・家族の理解】〈孤独に耐え癒し・温かさを求めている終末期患者〉〈患者の全てを支配しその人らしさが失われる疼痛〉〈最期まで希望を見出し生きる患者・家族〉

【患者・家族の側にいることの意味】 〈患者・家族の思いに寄り添い向き合う存在〉〈不安や痛みを軽減する存在〉

【余命を有意義に過ごすための援助】 〈告知の必要性〉〈患者・家族が望む日々の過ごし方への援助〉

【尊厳を最期まで維持する援助】〈患者の思いや苦痛に共感・寄り添う援助〉〈残存能力を生かしその人らしさを尊重した援助〉〈患者の意思や存在を尊重した関わり〉

【悲嘆のプロセスを辿るための援助】〈瀕死患者の身体的変化やそれに伴う家族の心理的状況に対応した援助〉〈瀕死時の傾聴・共感の姿勢〉〈死別への心の準備への援助〉

【死生観の振り返り】 〈喪失感を抱く死〉〈死を回避していた自己〉〈死は生きることと表裏一体〉〈看護師が死生観をもつ意義〉 

【看護の振り返り】〈患者の死への思いや家族の思いの理解不足〉〈患者・家族の思いを考慮したケアの実施〉

〈小さな訴えにも傾聴・共感する姿勢の大切さ〉

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看護学生の緩和ケア病棟における実習での学び-死生観・看護観のレポートからの分析-

謝 辞

 本研究に協力してくださったA大学看護学部の緩和ケア病棟で実習を行った看護実習生に感謝いたします。

 この論文の一部は、日本看護学教育学会第21回学術集会において発表した。

引用文献

1)厚生労働省大臣官房統計情報部:平成20年医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概要,厚生の指標,57(3),54,2010

2)衛生法規研究会:平成21年版実務衛生行政六法,新日本法規,1013 ~ 1015,2008

3)藤岡完治,野村明美:わかる授業をつくる看護教育技法3,医学書院,133-134,2000

4)高橋圭子,荒木美和:ホスピス・緩和ケア病棟におけるターミナルケア実習での学び「看護の原点や本質をつかんだ」と総括された基となる日々の実習記録の分析,愛知医科大学看護学部紀要,3,19-31,2004

5)玉川緑:終末期患者との関わりにおける看護学生の死生観形成過程,日本看護学会論文集,看護総合,36,511-513,2005

6)瀬川睦子,原頼子:終末期看護実習における死生観構築と共感性育成の効果的指導,川崎医療福祉学会誌,15(1),141-147,2005

7) Jean Lugton,Rosemary Mclntyre,(眞嶋朋子監訳):実践的緩和ケア看護は何をすべきか,エルゼビア・ジャパン,2 ~ 3,2008

8)渋谷えり子,森田美穂子:終末期がん患者を受け持った学生の実習姿勢の分析,埼玉県立大学短期大学部紀要,5,67,2003

9)前掲書4) 2910)Elizabeth Johnston Taylor,PhD,RN(江本愛子,江本新

監訳):スピリチュアルケア看護のための理論・研究・実践,医学書院,100 ~ 102,2008

11)前掲7) 21412)名倉真砂美,森京子,竹本三重子:緩和ケア実習におけ

る学生の学びに関する研究,三重県立看護大学紀要,13,47 ~ 52,2009

13)柏木哲夫:生と死を支える,朝日新聞社,51,198314)前掲6) 14515)日野原重明,山本俊一:死生学Thanatology第三集,技

術出版,71,199816)鹿村眞理子:看護学生の死に逝く患者の看護ケアに関す

る文献レビュー,和歌山県立医科大学保健看護学会誌,2,21-27,2011

17)前掲16) 23

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関西医療大学紀要, Vol. 6, 2012

Original Research

Palliative Care Unit Learning Among Student Nurses through Clinical Practice:

An Analysis of Their Concept on Life, Death and Nursing 

1)Faculty of Health and Nursing Science, Kansai Medical University2)Scchool of Health and Nursing Science, Wakayama Medical University3)Faculty of Health Science, Kio University4)Faculty of Nursing Science, Morinomiya Medical University

Chiyoko Ueda 1) Ituyo Ueda 2) Humi Hatano 3) Yorko Sumita 4) Masako Yamaguti 2)

Yukiko Sakamoto 2) Keiko Ikeda 2) Asami Tsuzi 2) Yukiko Suzuki 2)

Abstract The purpose of this study is to clarify the learning content. These conclusions were based on reports regarding

“concept on life ,death, and nursing through clinical practice” from 15 students who underwent clinical practice in the palliative care unit. A total of 216 statements, on 75A4-sized pages, describing learning content were used for analysis. The results were classified into seven categories as follows: understanding terminal cancerpatients as well as their families; being supportive ofthe family/patient; help patients to pass the remainderof their lives in a meaningful way; help maintain the patient’s dignity to the end; being supportive when a patient/family is going through the grief process; concept on life and death; and reflecting on nursing. In the early stage of practical learning, students were confused about how to interact with terminal cancer patients and their families. However, by participating in care model studies and interactive role-playing in different simulated situations, the student nurses gradually discovered the meaning of palliative care and how to take care of patients and their families. This created an opportunity to deepen their understanding of care of terminal cancer patients.

Keywords:nursing student, palliative care unit, terminal care clinical practice, learning