第13回「脱離反応」tnagata/education/ochem1/2018/ochem1...E2...
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有機化学Ⅰ 講義資料 第 13回「脱離反応」
– 1 – 名城大学理工学部応用化学科
第 13回「脱離反応」
第 11~12 回で、ハロゲン化アルキルなど「脱離基が sp3炭素に結合した化合物」が求核置換反応を起こすことを学んできた。これらの化合物には、もう一つの代表的な反応がある。それは脱離反応 elimination で、脱離基と隣の炭素に結合した水素原子が失
われて C=C二重結合が形成される反応である。
今回取り上げる脱離反応では、H+が引き抜かれる炭素と脱離基が離れて行く炭素が隣同士になっている。このようなタイプの脱離反応をβ脱離と呼ぶ。「β」とは、「置換
基(脱離基)が結合している炭素の隣」を意味し、脱離基のβ位から H+が引き抜かれることを示している。上の式の「B–」は、引き抜かれた H+ を受け取る「塩基」である。 求核置換反応と同じように、脱離反応にも論理的に3種類の反応機構が考えられる。
[機構1]先に C–X 結合が切断され、あとから C–H 結合が切断される。 [機構2]C–X結合が切断されるのと同時に、C–H結合が切断される。 [機構3]先に C–H結合が切断され、あとから C–X結合が切断される。
置換反応と違って、脱離反応の場合は[機構3]を排除する理由はない。従って、これらの3通りの機構はすべて可能である。しかしながら、通常のハロゲン化アルキルの場合は、置換反応と同様に[機構1]と[機構2]のどちらかの機構で進行することが
多い。 [機構1]で進行する脱離反応は、カルボカチオンを経由する E1反応である。[機構2]
で進行するのは、カルボカチオンを経由しない E2反応である。今回も、カルボカチオ
ンを経由しない E2反応の方から先に見て行こう。
注1:[機構3]で進行するのは、H+ が脱離した後のカルボアニオンが安定化されている場合である。この機構で進行する脱離反応を E1CB反応と呼ぶ。"CB" は "conjugate base"(共役塩基)の略で、出発物質の共役塩基を経由して進むことからこの名がある。
1. 臭化 t-ブチルと強塩基の反応:E2反応
臭化 t-ブチルと HO–の反応を考えてみよう。HO–は強い求核剤であるが、脱離基が
三級炭素に結合しているため、立体障害によって背面攻撃が阻害される。すなわち、SN2反応は起こらない。
C CX
HC C + H–B + X–
α β
���
+ B–
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三級ハロゲン化アルキルなので、SN1反応が起きる可能性はある。しかし、この場合
は、置換反応とは別の反応が優先的に進行する。すなわち、Br– が炭素原子から脱離し、同時に隣の炭素原子から H+が引き抜かれる。その結果、C=C二重結合が生成する。
この反応を E2反応と呼ぶ。”E” は「脱離 elimination」、”2”は「二分子反応」である
ことを表す。「二分子反応」の意味は、反応の律速段階に「ハロゲン化アルキルと塩基の両方」が関与する、ということである。なお、この反応は中間体を持たない一段階の反応なので、この反応自体が律速段階となる。
この反応の電子の動きはわかりにくい。遷移状態も含めて電子の動きを示すと、次のようになる。
まず、–OHが H を引き抜く。電子の動きとしては、O上のローンペアが O–H結合を作ることになる(巻き矢印①)。このとき、C–H 結合の電子は、隣の C–C 結合の方
へと押し出されて、最終的には C–Cのπ結合を作る(巻き矢印②)。同時に、C-Br結合の電子が Brの方へと押し出されて、Br上のローンペアになる(巻き矢印③)。②の動きが、脱離反応に特有の電子の流れである。C–H 結合のσ電子が次第に隣の C に向
かって広がって行き、C–Cのπ結合に変わって行く様子をイメージしてほしい。 この反応で、–OH が H を「引き抜く」ことができるのは、考えてみると少し奇妙で
ある。H が結合しているのは sp3 の炭素であり、酸性度は本来極めて低いはずである
(「アルキン」の章を参照)。しかし、「隣に」電気陰性の原子、すなわち脱離基が存在する場合は、この H を塩基が引き抜くことが可能になる。その理由は、遷移状態の構造によって説明することができる。
CCH3
CH3CH3
Br + –OH��������
CCH3
CCH3
BrH
HH
+ –OHH3C
CH3C
CH
HBr– + + H2OE2��
C CBr
H3CH3C
HH
H
OH
C C
Br
H3CH3C
HH
H
OH
C C
Br
H3CH3C
HH
HO
H
��
�
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強塩基 (–OH)が C–H 結合を切断し始めると、C–H のσ結合電子は C 原子上に溜まって行く。隣に脱離基がなければ、不安定な「sp3 炭素上の陰イオン」が生成してしま
う。従って、この場合は H+ の引き抜きは起こらない。
ところが、隣の炭素に脱離基 Xがついている場合は、C–H 結合が切れるのと同時にC–X結合が切れて、C–Xの結合電子を Xが持ち去ることができる。同時に、右の C原子に溜まりかけていた電子が左の C 原子に向かって流れ込むことによって、炭素原子
上に負電荷が溜まることを避けることができる。この電子の流れの結果、H+ が引き抜かれ、同時に C–C間に新たにπ結合が生成される。
2. E2反応の位置選択性
β炭素が複数あるとき、どのβ炭素からプロトンが引き抜かれるかによって、異なる
生成物が得られることがある。
どの生成物が優先的に得られるのだろうか。反応条件にも依存するのだが、最も安定
な生成物が優先的に得られることが多い。以前に学んだ通り、アルケンは、sp2炭素に結合しているアルキル基の数が多いほど安定性が高い。また、アルキル基の数が同じであれば、立体的に大きなアルキル基同士がなるべく離れているものほど安定性が高い。
C CX
H–OH+ C C
X
H OH
!–
!+
����
C CH
–OH+ C C
H OH
δ–
�� ����� sp3������������
C CX
H–OH+ C C
X
H OH
δ–
δ+
� ����� � �������
CH
H3C CH2CH3Br
���
��� ���
CCCH2CH3
H
H
HCCCH3
H
H3C
HCCH
CH3
H3C
H, ,
CH3O–
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そこで、上の3つのアルケンの場合、生成する速度は trans-2-ブテン > cis-2-ブテン > 1-
ブテンの順になる。 反応のエネルギー図で示すと、下のようになる。E2 反応は中間体を経由しない一段
階の反応なので、エネルギー図の山は一つである。この反応の場合、生成物が安定であ
るほど遷移状態も安定になる。従って、最も安定なアルケンが優先的に生成する。
一方、反応物と塩基がともに「かさ高い」(「立体的に大きい」の意味)場合は、安定性の低いアルケンが優先する場合もある。たとえば、次のようなケースである。
この場合、塩基が t-ブトキシドイオンで、かさ高い。四角で囲んだβ炭素は立体的に混み合っているので、かさ高い塩基は接近しにくい。従って、この場合は、丸で囲んだ方のβ炭素から水素原子が引き抜かれたものが、主生成物となる。
エネルギー図で書くと、下のようになる。主生成物となる二置換アルケンは、生成物のエネルギーは三置換アルケンより高いが、遷移状態のエネルギーが低いため、三置換アルケンよりも速やかに生成する。
反応座標
エネルギー
E2 活性化エネルギーの違い
CH
CH2CH3CH2
CCH3
HC
H3C
H
CH
CH3C
H3C
H
CH
H3C CH2CH3Br
+ CH3O–
CH3 CCH3
CH2CH3Br
+ CCH3CH3
CH3O–
H3CC
H3CCCH3
H
��������
HC
HCCH3
CH2CH3+
���� ����������� ����������
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このように、E2反応で生成物と遷移状態の安定性が逆転するケースがいくつかある。上に述べた「反応物・塩基が両方ともかさ高い場合」の他に、「脱離基が非常に脱離しにくい場合」、「立体化学による制約がある場合」などである(教科書参照)。逆に言え
ば、そのような特別な要因がなければ、E2 反応ではより安定なアルケンが優先的に得られると考えてよい。
2. 水中での臭化 t-ブチルの脱離反応:E1反応
E2 反応は強い塩基によって引き起こされるが、弱い塩基しか存在しない場合はどうなるだろうか。臭化 t-ブチルの反応で、弱い求核剤のみが存在する場合を考えてみよう。前回学んだ通り、臭化 t-ブチルと水を反応させると、SN1反応によって t-ブチルアルコールが生成する。
ところが、実際にこの反応を行ってみると、脱離反応の生成物も同時に得られる。
この反応は E2反応ではない。H2Oは「弱塩基」なので、臭化 t-ブチルのβ炭素からH+を直接引き抜く力はないためである。
反応座標
エネルギー
E2
CH3 CCH3
CH2CH3Br
+ CCH3CH3
CH3O–
HC
HCCH3
CH2CH3
H3CC
H3CCCH3
H
立体障害が大きいため遷移状態のエネルギーが高い
CCH3
CH3CH3
Br + H2O + H+ + Br–CCH3
CH3CH3
HO
CCH3
CH3CH3
Br + H2O CCH
H
H3C
H3C+ H3O+ + Br–
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この場合は、先に C–Br結合が切断され、カルボカチオン中間体が生成する。
その後、塩基がβ炭素から H+を引き抜く。t-ブチルカチオンは非常に H+を放出しやすいので、この反応は弱塩基でも速やかに進行する。
まとめると、次のようになる。この反応を E1反応と呼ぶ。
”1”は「一分子反応」であることを表す。これは、反応の律速段階にハロゲン化アル
キル一分子のみが関与することを意味する。 E2 反応の場合と同様に、β炭素が二種類以上ある時は、反応の位置選択性が問題に
なる。E1反応の場合は、「最も安定なアルケンが優先的に生成する」ことが多い。
エネルギー図で書くと、下のようになる。カルボカチオンからの H+引き抜きは容易であるため、立体障害の影響が出にくい。従って、生成物の安定性の違いの方が活性化
エネルギーに大きく影響する。
CCH3
CCH3
BrH
HH
+ H2OH3C
CH3C
CH
HBr– + + H3O+
��
� ������H+������
CCH3
CH3
CH3
Br CH3C
CH3H3C
+ Br–
CH3C
CH2H3C
+ H2OH
CCH
H
H3C
H3C+ H3O+
CH3C
CH2H3C
HCC
H
H
H3C
H3C+ H3O+C
CH3CH3
CH3
BrH2O
+ Br–����
E1��
CH3 CCH3
CH2CH3
Br
H3CC
H3CC
CH3
H
HC
HC
CH3
CH2CH3
+
���� ����
CH3 CCH3
CH2CH3– Br– H2O
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4. 反応物の構造と E1反応・E2反応の起こりやすさ
反応物の構造と、E1反応・E2反応の起こりやすさの関係について見て行こう。 まず、脱離基について考える。E1反応・E2反応ともに、脱離基が離れる過程が律速
段階に含まれている。従って、脱離基が良いほど反応は進行しやすい。これは E1反応・E2反応に共通である。
次に、アルキル基の構造について考える。これは E1 反応の方がわかりやすい。E1
反応はカルボカチオンを中間体として経由するので、カルボカチオンが生成しやすい三級アルキル基を持つものが最も E1反応を起こしやすい。
E2反応の場合も実は同じ順序になるのだが、理由は異なる。E2反応はカルボカチオンを経由しないため、反応性をカルボカチオンの安定性で説明することはできない。
E2 反応で三級ハロゲン化アルキルが最も反応しやすい事実は、生成物の安定性の違いで説明することができる。脱離基が離れたあとの sp2炭素に結合しているアルキル基の数が、三級・二級・一級の反応物に対してそれぞれ2個・1個・0個となる。このこと
から、三級ハロゲン化アルキルの E2 反応が最も安定なアルケンを与える。E2 反応の場合、生成物の安定性が高いほど活性化エネルギーが低く、反応が速くなるため、反応性は三級>二級>一級の順になる。
エネルギー
反応座標
E1 活性化エネルギーの違い
CH3 CCH3
CH2CH3Br
+ H2O
CH3 CCH3
CH2CH3 HC
HCCH3
CH2CH3H3C
CH3C
CCH3
H
R–I R–Br R–Cl R–F> > >
�� ��
E1��E2��
CR
HH
BrCR
RH
BrCR
RR
Br
����������������
>>
E1� ������
E1�
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5. ハロゲン化アリル・ハロゲン化ベンジルの脱離反応
アリル位・ベンジル位にハロゲンを持つ化合物で、その隣の sp3 炭素に水素原子が結合している場合は、E2反応が特に容易に起きる。
この反応が起きやすいのは、新しく生成した二重結合のπ電子が、元からある二重結合のπ電子と非局在化を起こすためである。この非局在化により、生成するアルケンは
安定化を受ける。
一般に、2つの二重結合があるとき、その位置関係には3通りある。2つの二重結合が炭素原子を共有している時、これらを集積二重結合と呼ぶ。2つの二重結合が1本の単結合をはさんで並んでいる時、これらを共役二重結合と呼ぶ。2本以上の単結合で隔
てられている場合は、孤立二重結合と呼ぶ。これらの中では、共役二重結合だけが、非局在化による安定化を受ける。
CC
RR
BrH
CC
RR
HHR
R����� ������
CC
RH
BrH
CC
RH
HHR
R����� ������
CC
HH
BrH
CC
HH
HHR
R ���� �����
������ �������
E2��
���������� ����������
CH CHCH3 CH CH2CH3O–
BrCH CHCH3 CH CH2 + Br– + CH3OH
����
H���
CH CHCl
CH3O–
CH CHCH3 + Cl– + CH3OH�����
HCH3
���
C CC C
���� ����
�����
CH2 C CH2 CH2C
CCH2 CH2
CC
CCH2
H
H
H
H H
H
��������������
� ����
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ハロゲン化アリル・ハロゲン化ベンジルは、カルボカチオンが安定化されているため、
SN1反応も起こすことができる。
注2:ハロゲン化アリルの脱離反応では、二重結合の位置が移動した生成物が得られることがある。詳しくは教科書を参照されたい。
5. 塩基の強さと E1・E2反応の起こりやすさ
三級ハロゲン化アルキルの場合、E1反応・E2反応がともに起こりうる。この場合、
どちらが優先するのだろうか。 E1反応と E2反応の違いは、最初に C–X結合が単独で切れるか(E1反応)、それと
も C–H結合が切れると同時に C-X結合が切れるか(E2反応)である。塩基が強い場
合、H+の引き抜きが進行しやすい。すなわち、C–H 結合の切断が進行しやすく、従って E2反応が起こりやすくなる。
一方、塩基が弱い場合、ハロゲン化アルキルからの H+の引き抜きは進行しにくい。この時は、H+の引き抜きを待たずに C–X 結合の切断が進行し、E1 反応が起こる。先
にも述べた通り、カルボカチオンの水素原子は酸性度が極めて高いため、弱塩基でも簡単に引き抜くことができる。
CH CHCH3 CH CH2
Br
CH CHCH3 CH CH2
– Br–CH CHCH3 CH CH2
CH3OH
+ CH3OH2
H H
����������
CH CHCH3
– Cl– CH3OH
+ CH3OH2
CH CHCl
HCH3 CH CH
HCH3
�����������
CCH3
CH2
CH3
BrH
+ –OHH3C
CH3C
CH
HBr– + + H–OH
E2� ���
�
H+����������
CCH3
CH2
CH3
BrH
+ H2OH3C
CH3C
CH
HBr– + + H–OH2
E1�����
���
H+���������
C–Br�������
CH3C
CH2H3C
H+ H2O
����� ���
H+������
Br–+
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誤解してはいけないことは、E1 反応自体が「弱塩基の方が進行しやすい」わけでは
ない、ということである。E1反応の速度は、カルボカチオンの生成速度で決まるため、弱塩基であっても強塩基であっても変わらない。上で述べたことは、「塩基が強くなると E2反応の速度が増大するため、塩基の種類によって反応機構が切り替わる」という
ことである。下のような概念図を頭に入れておくとよい。
E2 反応の速度は、塩基の濃度にも依存するため、「高濃度の強塩基」を使うと E2 反応が優先する。実は、この条件は SN2 反応が優先する条件でもある。そこで、溶媒効果も含めて「高濃度の強い求核剤(塩基)を非プロトン性溶媒中で作用させる」ことを
SN2/E2 反応条件と呼ぶことがある。逆に、SN1/E1 反応条件というのは、「弱い求核剤(塩基)をプロトン性溶媒中で作用させる」ものである。
6. 置換反応と脱離反応の競争
SN1/SN2 反応は、脱離基を持つ化合物と求核剤の反応である。一方、E1/E2 反応は、脱離基を持つ化合物と塩基の反応である。求核剤は多くの場合塩基でもあるため、SN1
反応と E1反応、また SN2反応と E2反応は同時に起きることが多い。つまり、SN1反応と E1反応は競争し、SN2反応と E2反応も競争する。 置換反応と脱離反応が競争するとき、どちらが優先するのだろうか。まず、SN2反応
と E2反応の競争について考えてみよう。これらの反応は、アルキル基の構造に対する依存性が異なる。すなわち、SN2の反応性は一級>二級>>三級の順であり、E2の反応性は逆に三級>二級>一級の順である。一般的に、次のことが成り立つ。
・一級ハロゲン化アルキルでは、SN2反応が E2反応よりも優先する。 ・二級ハロゲン化アルキルでは、両方の反応が進行する。 ・三級ハロゲン化アルキルでは、E2反応のみが進行する。
反応速度
塩基の強さ
E1
E2
強塩基=E2優先弱塩基=E1優先
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置換生成物と脱離生成物を作り分けるのは易しいことではない。最終的には「化合物に聞いてみないと」(=実際に実験をしてみないと)わからないのだが、いくつか助けになる指針は存在するので、紹介しておこう。 (1) 立体障害が大きな塩基を使うと、脱離反応が優先する。
置換反応の反応点は炭素原子で、脱離反応の反応点は水素原子である。一般には置換反応の方が脱離反応よりも立体的に混み合っている。このため、立体障害の大きな塩基
では脱離反応が優先的に起こる。
(2) 弱い塩基を使うと、置換反応が優先する。
E2反応の条件では、塩基が C–H結合から H+を引き抜く必要がある。これは弱い塩
基では困難なので、弱い塩基・求核剤を使った場合は SN2が優先する。
一方、強い塩基を使った場合は、脱離反応が優先する。脱離反応を起こしやすい二級ハロゲン化アルキルの場合、強い求核剤を使った SN2 反応は難しい。強い求核剤は強
い塩基でもあるので、どうしても脱離反応が優先してしまうためである。
(3) 温度が高いと、脱離反応が優先する。
これはエントロピーの効果による。置換反応では2つの分子(ハロゲン化アルキルと
Br + –OCH3 OCH3 +
SN2 E2����� ����������������
SN2/E2�
+ –OCH3 +
SN2 E2���������
Br OCH3
Br
����� ��
+ –OCH3
E2
SN2�����
Br + O + O
E2 SN2������ ������
Cl O
O+
O
O+ Cl–
100%
Cl+ O O +
25% 75%
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求核剤)から2つの分子(置換生成物と脱離基)ができるため、分子数が変化しないの
に対して、脱離反応では2つの分子(ハロゲン化アルキルと塩基)から3つの分子(脱離生成物・脱離基・塩基の共役酸)ができる。分子数が増える反応は「エントロピーが増大する」反応であり、熱力学の理論によれば、高温ではエントロピーが増大する反応
の方が優勢になることがわかっている。
注3:高温でエントロピーが増大する反応が優勢になる理由は、説明するのが少し難しい。ポイントは、SN2/E2反応が起きている「反応系」と、それを囲む「外界」を同時に考えて、外界のエントロピー変化を含めて第二法則を適用することである。詳しくは、熱力学の教科書で「ギブズ関数」の項を参照すること。
一方、SN1/E1 反応の場合、アルキル基の構造による反応性の差は存在しない。SN1反応も E1 反応も、同じカルボカチオン中間体を通るためである。つまり、SN1/E1 反応条件では、通常は置換生成物と脱離生成物が両方得られる。この場合、塩基の強さに
よる生成物の制御は難しく、塩基の立体障害または反応温度による制御が一般的である。
9. 今月のキーワード
・脱離反応、β脱離 ・E2反応、E1反応 ・E2反応、E1反応の位置選択性
・脱離基による効果 ・アルキル基の種類による効果 ・ハロゲン化アリル、ハロゲン化ベンジルの脱離反応
・共役二重結合、集積二重結合、孤立二重結合 ・塩基の強さの効果 ・SN2/E2 反応条件
・脱離反応・置換反応の選択性(立体効果、塩基の強さ、温度) 【教科書の問題(第10章)】 1, 2, 9, 35, 39, 47
(可能な場合は巻き矢印で反応機構を示すこと)
Br+ –OH
OH+
SN2 E247% 53%29% 71%
45 °C100 °C
Br
����������
SN1/E1�
+ CH3OH OCH3 +
SN1 E1