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K e y w o r d s : インテリア,壁紙,色,模様,心理効 1.はじめに 日本では 2017 年に内装仕上げ材として 701,884,165 平方メートルの壁紙が生産され、そ の中で、2,087,321 平方メートルの壁紙が世界の 市場へ輸出されている 1) 。インテリア商品の製造 を行っている L 社が出版している壁紙のカタログ 最新版には 861 枚の壁紙があった。しかし、この ように壁紙の種類は多いが、使用者の満足度など は特に検証されておらず、ほぼ事業者の判断で生 産されている。 君島ら(2008) 2) は壁紙のパターン知覚が印象評 価に与える影響を研究した。その結果、イメージ 要素・パターン要素に対して,解像度が上がるとイ メージ要素の認識度が高くなるということがわ かった。しかし、使用者に対して心理的な影響は 検証されていない。 石瀬ら(2012) 3) は壁面色の違いによる気分の変 化および生理的な効果を実験し、それぞれの色に 対する気分をまとめた。しかし、単色の色に対す る実験であり、パターンや、配色の面は述べられ ていない。 大森ら(2002) 4) は色彩刺激に対する心理評価と 生理反応の実験を行った。研究の結論として、色 紙の大きさによって生理的な反応が異なること を示している。 このように、先行研究では、壁紙の色、パター ンなどが使用者に影響を与えていることを明ら かにしているが、それぞれの部屋の雰囲気に合う 壁紙の特性は分析されていない。この現状を踏ま え、本研究は、より優れた空間を創出するため、 壁紙の配色、色の数と模様をもとに、部屋の雰囲 気にあった壁紙のデザインの手法を明らかにす る。そのため、現状調査として市場で使われてい る壁紙のカタログを調査する。次に、その結果を 踏まえ、壁紙のサンプルを複数作成して印象評価 実験を行う。 2.現状調査 現状の壁紙を把握するため、はじめに L 社の壁 紙のカタログ 2017-2020 版(図1)を調査した。 マンセル表色系の色票を用い、861 枚の壁紙に対 して測色調査を行った。ベース色、色数と模様の 面から壁紙のデータをまとめた。 図1 L 社の壁紙のカタログ Wallpaper for Different Indoor Space Atmosphere :Psychological Experiment on Wallpaper Color and Pattern 庄 怡 Yi Zhuang 筑波大学芸術系 Faculty of Art and Design, University of Tsukuba 阿部 楓子 Fuko Abe 筑波大学芸術専門学群 School of Art and Design, University of Tsukuba 山本 早里 Sari Yamamoto 筑波大学芸術系 Faculty of Art and Design, University of Tsukuba 4B-1 日本色彩学会誌 第 43 巻 第 3 号 (2019 年) JCSAJ Vol.43 No.3 103 Supplement

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表 11 下色相χ2乗検定結果

7.考察

以上の表 10、表 11 をもとに考察を行う。本調

査の結果、「通常期間(平常時)」と「テスト期間

(緊張時)」の着衣の色相には、以下の傾向がみ

られるのではないかと考えた。

(1) 上の着衣に関しては、テスト期間は主に、

有彩色は減り、白が増加する傾向にある。

(2) 下の着衣に関しては、緑と白と黒がやや

減少し、逆に橙、黄、青がやや増加する

傾向にある。

8.本研究の結論

本研究では、「緊張時」と服装の色相選択傾向

にどういった傾向があるかを明らかにすること

を研究目的に、通行人の衣服調査を行った。

結果、一定の傾向があることを確認し、緊張時

にある被験者は、上着衣に白を選択し、下着衣に

は橙、黄、青を着装する傾向がやや高まることが

明らかとなった。

9.今後の課題

本研究の通行人調査においては、「緊張」と「白」

のかかわりが示唆されたが、その理由を明確にす

るため、別の季節での調査を行うことが考えられ

る。また、通行人に対して負担がかからない方法

で、各日の衣服の色相を選択した理由を聞くなど

の調査を実施検討することも今後必要であろう。

参考文献

[1]内藤章江: 中学生・高校生・大学生の着装規範

意識と着装に関する教育経験,繊維製品消費科学, 55(12), pp 920-932, 2014

[2]内藤章江:中学生・高校生・大学生の着装規範

意識と着装に関する教育経験,繊維製品消費科学, 55(12), pp 924, 2014

[3]昆野照美:色相選択の心理的要因とアクティビ

ティの関係,札幌市立大学 修士論文,p65,2019

期待度数下色相 通常 テストR 15.442 9.558YR 33.972 21.028Y 15.442 9.558G 24.089 14.911BG 1.235 0.765B 3.088 1.912PB 190.245 117.755RP 0.618 0.382W 25.942 16.058N 72.886 45.114Bk 197.039 121.961

独立性の検定カイ二乗値 自由度 P 値 *:P<0.05 **:P<0.01

13.3296 10 0.2058

Cramer's V 0.1191

Keywords: インテリア,壁紙,色,模様,心理効果 1.はじめに

日本では 2017 年に内装仕上げ材として701,884,165 平方メートルの壁紙が生産され、その中で、2,087,321 平方メートルの壁紙が世界の市場へ輸出されている 1)。インテリア商品の製造

を行っているL社が出版している壁紙のカタログ最新版には 861枚の壁紙があった。しかし、このように壁紙の種類は多いが、使用者の満足度など

は特に検証されておらず、ほぼ事業者の判断で生

産されている。 君島ら(2008)2)は壁紙のパターン知覚が印象評

価に与える影響を研究した。その結果、イメージ

要素・パターン要素に対して,解像度が上がるとイメージ要素の認識度が高くなるということがわ

かった。しかし、使用者に対して心理的な影響は

検証されていない。 石瀬ら(2012)3)は壁面色の違いによる気分の変

化および生理的な効果を実験し、それぞれの色に

対する気分をまとめた。しかし、単色の色に対す

る実験であり、パターンや、配色の面は述べられ

ていない。 大森ら(2002)4)は色彩刺激に対する心理評価と

生理反応の実験を行った。研究の結論として、色

紙の大きさによって生理的な反応が異なること

を示している。 このように、先行研究では、壁紙の色、パター

ンなどが使用者に影響を与えていることを明ら

かにしているが、それぞれの部屋の雰囲気に合う

壁紙の特性は分析されていない。この現状を踏ま

え、本研究は、より優れた空間を創出するため、

壁紙の配色、色の数と模様をもとに、部屋の雰囲

気にあった壁紙のデザインの手法を明らかにす

る。そのため、現状調査として市場で使われてい

る壁紙のカタログを調査する。次に、その結果を

踏まえ、壁紙のサンプルを複数作成して印象評価

実験を行う。 2.現状調査

現状の壁紙を把握するため、はじめに L社の壁紙のカタログ 2017-2020 版(図1)を調査した。マンセル表色系の色票を用い、861枚の壁紙に対して測色調査を行った。ベース色、色数と模様の

面から壁紙のデータをまとめた。

図1 L社の壁紙のカタログ

室内空間の雰囲気に適した壁紙

−壁紙の色と模様による心理効果の実験− Wallpaper for Different Indoor Space Atmosphere

:Psychological Experiment on Wallpaper Color and Pattern

庄 怡 Yi Zhuang 筑波大学芸術系 Faculty of Art and Design, University of Tsukuba 阿部 楓子 Fuko Abe 筑波大学芸術専門学群 School of Art and Design, University of Tsukuba 山本 早里 Sari Yamamoto 筑波大学芸術系 Faculty of Art and Design, University of Tsukuba

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ベース色は図 2に示したように、34%の壁紙がY系の色を使っており、26%の壁紙が YR系の色を使っている。また、19%の壁紙が無彩色 N系の色を使っていることがわかった。 明度から見ると、35%の壁紙が明度 9以上の色を使っており、21%の壁紙が明度 8〜8.5 の色を使っていた。彩度に関しては、58%の壁紙が彩度1〜2の色を使っていた。15%の壁紙が彩度 3〜4の色を使っていた。

図2 カタログの壁紙のベース色の色相

図3 カタログの壁紙の模様

壁紙の模様を分類した結果を図3に示す。無地

の壁紙が一番多く使われている(26%)。その次は植物(15%)、幾何学の模様である(たて線 11%、よ

こ線 11%、たて線とよこ線 11%、他)。 3.印象評価実験の方法

現状調査の結果をもとに、現実によく使われて

いる色相 Y系、B系、N系の色をベース色として実験用の壁紙を制作した。 色数は 2〜3色、4〜7色に分け、模様は具象的な模様、幾何学の円の模様、幾何学の三角形の模

様に分けて実験図版を作った。実験図版は図 4に示したように合計 18枚である。 今回の実験図版は縮尺4分の1で 900 センチ

×600 センチの大きさに印刷し、一枚ずつ被験者に見せて(図 7)、「この壁紙が部屋の四面に使われているとして、部屋の雰囲気にあうかどうか」を

評価させた。 それぞれの図版に対して、評価項目は形容詞対

と行動パターンに分けている。形容詞は図 5に示したように 9対があり、7段階の SD法で評価した。行動パターンは図 6 に示したように 10 種があり、ふさわしさを 5段階で評価した。 被験者は筑波大学の大学生 20 名で、内訳は男性 10名、女性 10名である。実験時間は 30分である。

図5 評価項目の9対の形容詞対

図4 実験用 18枚の壁紙

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図6 評価項目の 10種類の行動パターン

図7 実験風景

4.印象評価実験の結果

(1) 実験者の属性分析 実験者の属性により印象評価の結果を比較し

たところ、性別に有意差があった(p<0.05)。 そのため、壁紙の雰囲気に対する印象評価の

結果は女性と男性に分けて分析する。 (2) 女性における実験データの分析 評価項目に対する有意差があったデザイン手

法を表1に示した。 まず、色の面から分析を行った(p<0.01)。ベース色の無彩色 N は「高級感」があり、「大人っぽい」、「落ち着いた」感じがあった。また、「行動 5会議室」「行動 7 静かで落ち着いた部屋」にふさわしかった。Y 系の壁紙は「明るい」、「派手な」などイメージがあった。また、「行動 2のカフェ」や、行動 3、4、8、10の部屋にふさわしいことが明らになった。 次に、色数に関しては、壁紙に使われている色

の数が大きくなると、より「派手な」、「強気な」

イメージがした(p<0.01)。 最後、模様に関して分析を行った(p<0.01)。模様1具象的な模様は「高級感」(図 8(a))が感じられ、また、「大人っぽい」、「落ち着いた」イメージ

があった。模様 2の幾何学の円を使った壁紙は「柔らかい」、「親しみやすい」感じがあった。 (3) 男性における実験データの分析 まず、色の面から分析を行った(p<0.01)。ベース色の無彩色Nは「大人っぽく」感じられた。また、行動 5、7、9にふさわしかった。Y系の壁紙は「明るい」、「派手な」、「暖かい」などのイメー

ジがあった。また、行動パターン 2、3、4、8、10にふさわしいことが明らかになった。 次に、色数に関しては、壁紙に使われている色

の数が大きくなると、より派手なイメージがした

(p<0.01)。 模様に関して分析を行った(p<0.01)。模様1具象的な模様は「高級感」(図 8(b))と「大人っぽい」感じがしたが、「行動 6 のフリースペース」にふさわしくなかった。模様2の幾何学の円の壁紙は

「柔らかい」、「親しみやすく」感じられた。 (4) 男女の比較 分析の最後、女性と男性のデータの比較を行っ

た結果、女性は「高級な〜安価な」の評価項目に

ベース色の影響があり、また、「強気な〜弱気な」

のイメージには色数と模様の影響があったが、男

性のほうは特に影響がなかった。 5.まとめ

今回の結果により、女性と男性が壁紙に対する

印象が違うことが分かった。 また、壁紙のデザインの手法に関して、以下の

ようにまとめられる。色の面では、大人っぽいイ

メージを作りたい部屋に対して、無彩色のほうが

ふさわしい。暖かく、明るく、派手な、柔らかく、

親しみやすいイメージには、Y系の色のほうがふさわしい。 模様の面では、具象的な模様はより高級、大人

っぽく感じられる。また、円の幾何学の模様は比

較的柔らかく、親しみやすいイメージがある。 「高級な〜安価な」、「強気な〜弱気な」などに

男性と女性との差があったので、それぞれのイメ

ージの部屋にふさわしいデザイン手法を検討す

べきことが示唆された。 今回は 18 枚の壁紙しか実験しておらず、また有意差が出ない評価項目もあったので、今後の実

験では、実験パターンと評価項目を増やす予定で

ある。

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謝辞

本研究は課題設定による先導的人文学・社会科

学研究推進事業領域開拓プログラム「脳機能亢進

の神経心理学によって推進する「共生」人文社会

科学の開拓」(AFD29210)による研究助成を受けました。

参考文献

1)日本壁紙協会、“壁紙生産出荷量統計データ”(https://www.wacoa.jp/data/pdf/2017/2017nen

do.pdf参照 2019.3)

2) 君島新一、田村雅紀、大原千佳子:視覚距離により多像化する壁紙のパターン知覚が印象評価

に与える影響―その1パターン・イメージ原図を

対象として官能検査,大会学術講演会研究発表論

文集(2012) 131-134 3) 石瀬加寿子、百瀬桂子、齋藤美穂:壁面色の違いによる気分の変化および生理的効果に関する

研究,日本色彩学会誌 32(2008) 98-99 4) 大森正子、橋本令子、加藤雪枝:色彩刺激に対する心理評価と生理反応評価,日本色彩学会誌 26 2(2002)50-63

図8 印象評価結果

a 女性

b 男性

表1 有意差があった項目

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