2018 年6 月29 日 - 公益財団法人トヨタ財団

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1 D16-R-0751 2018 6 29 トヨタ財団 2016 年度研究助成プログラム:共同研究助成 自助グループにおける哲学的対話の効果に関する国際比較研究 実施報告書 横山泰三 はじめに -本研究の成果概要― 本研究プロジェクトは、これまで先進国・途上国の異なりと学問分野間の異なりから 細分化され研究されてきた「自助グループ」/ 「セルフ・ヘルプ・グループ」(以下、 SHG と略す)に関して、総合的視座からその「対話」の形態に着目し、その特性が哲学 的対話であることの意義とその効果を明らかにすることを目的として実施した。 研究は大きく2つのフェーズから構成することとなった。第一フェーズは、アメリカ、 ベルギー、スリランカ、カンボジア、日本の 5 か国の SHG 参加者・関係者及び研究者が 参加型調査を行い、一部は相互のフィールドを訪問し議論を重ね、共通に見いだされた SHG の対話の形態とその意義を明らかにする参加型調査である。その成果内容はカンボ ジア省庁・国際機関を招待して発表したカンファレンスの開催で締めくくった。カンファ レンスの成果とそのフィードバックをまとめて後に、ポーランドの SHG の調査を補足し て行い発見された事項の普遍性をさらに検証した。第二フェーズは、発見・生成された対 話の発展モデルを踏まえ独自の対話型モジュールを開発し、国際機関(ILO)の提示する コミュニティ主導型エンタープライズ開発(C-BED)プログラムと融合させた独自の対話 型教育実践(アクションリサーチ)をバングラデシュ・日本で行った。 本研究の成果として、SHG 形成方法と政策の細分化によって生じてきた種々の弊害を 克服するための共通認識となるガイドライン(英語)を完成した。このガイドラインをも って各国の開発関連機関・社会福祉機関などに、SHG の重要性やその意義と役割、支援 方法を総合的な視座からアピールしていくことが可能となった。また本ガイドラインをも とに ILO C-BED プログラムの開発が実現したとともに、本研究のアクション・リサーチ から検証と発展の実践が現在も継続してボランティアレベルで取り組まれている。第二フ

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D16-R-0751

2018 年 6 月 29 日

トヨタ財団 2016 年度研究助成プログラム:共同研究助成

自助グループにおける哲学的対話の効果に関する国際比較研究

実施報告書

横山泰三

はじめに -本研究の成果概要―

本研究プロジェクトは、これまで先進国・途上国の異なりと学問分野間の異なりから

細分化され研究されてきた「自助グループ」/「セルフ・ヘルプ・グループ」(以下、

SHG と略す)に関して、総合的視座からその「対話」の形態に着目し、その特性が哲学

的対話であることの意義とその効果を明らかにすることを目的として実施した。

研究は大きく2つのフェーズから構成することとなった。第一フェーズは、アメリカ、

ベルギー、スリランカ、カンボジア、日本の 5 か国の SHG 参加者・関係者及び研究者が

参加型調査を行い、一部は相互のフィールドを訪問し議論を重ね、共通に見いだされた

SHG の対話の形態とその意義を明らかにする参加型調査である。その成果内容はカンボ

ジア省庁・国際機関を招待して発表したカンファレンスの開催で締めくくった。カンファ

レンスの成果とそのフィードバックをまとめて後に、ポーランドの SHG の調査を補足し

て行い発見された事項の普遍性をさらに検証した。第二フェーズは、発見・生成された対

話の発展モデルを踏まえ独自の対話型モジュールを開発し、国際機関(ILO)の提示する

コミュニティ主導型エンタープライズ開発(C-BED)プログラムと融合させた独自の対話

型教育実践(アクションリサーチ)をバングラデシュ・日本で行った。

本研究の成果として、SHG 形成方法と政策の細分化によって生じてきた種々の弊害を

克服するための共通認識となるガイドライン(英語)を完成した。このガイドラインをも

って各国の開発関連機関・社会福祉機関などに、SHG の重要性やその意義と役割、支援

方法を総合的な視座からアピールしていくことが可能となった。また本ガイドラインをも

とに ILO の C-BED プログラムの開発が実現したとともに、本研究のアクション・リサーチ

から検証と発展の実践が現在も継続してボランティアレベルで取り組まれている。第二フ

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ェーズであるアクション・リサーチから生まれた日本 2 団体、カンボジア 1 団体、バン

グラデシュ 1 団体は、現在も活動を継続しているためである。その経過と成果の詳しい

分析は本研究計画段階では想定しえなかったものであり、今後にその発展的な分析・成果

の報告を課題として残すこととなった。

以下、本研究成果の内容を紹介していきたい。

第一節 研究課題-SHG 研究の細分化のその問題性―

グローバリゼーションの進展に伴い、いわゆる開発途上国と先進国と呼ばれ枠取られて

きた国々の社会経済環境の差異が縮小し、ヒト・モノの交流と情報化が拡大する今日、

人々の生活環境も均質化し始めている。そのような時代をむかえて、自助グループ/セル

フ・ヘルプ・グループ(Self-Help Group, 以下、SHG と略す)の理論的研究は、個別学問

の枠組みにとらわれない学際的なアプローチによる再構築を迫られている。

これまで SHG に関する研究は、社会福祉/健康保健学、社会学、心理学、開発(経済)

学など、異なる学問領域による専門化と細分化が進み、総合的な視点から試みられた理論

研究が十分に成されてこなかった1。「自助」(Self-help)という言葉が喚起する様々な

イメージが異なる定義や概念の用法を可能とし、総合的な理論研究の大きな桎梏となって

きたと考えられる。特に上掲の諸学問は先進国・開発途上国といった地域レベルで二重に

細分化された研究を行っている。

Gidron & Chesler (1995: 38)2は、SHG の国際的な比較研究を困難とする次の四つの要因を

挙げている。

(1) 共通したサンプリング・フレームワークの確立の困難

(2) 異なる文化、人口動態のなかで近似した生活上の問題を扱う SHG に接触することの困難

(3) 異なる文化・言語圏の比較において、共通したリサーチデザインを確立することの困難

(4) 国際的な研究者との間で協力する資源動員の困難

以上の諸困難にも関わらず、Gidron et. al (1991: 668)3が述べるように、「国際比較研究

は、異なる社会に生きる人々の自助を巡る経験の共通性や普遍性、そして固有の特性を明

確化し、またそれを説明するために不可欠」な試みである 。

1 Yokoyama, T., “problematizing fragmentation of the concept, Self -help Group”, Asian-Pacific Social Scientist

Conference, [full paper], 2016

2 Gidron, B. & Chesler, M., ‘Universal and Particular Attributes of Self -Help: A Framework for Internaitonal and Intranational Analysis’, in “Self-Help and Mutual Aid Groups: International and Multicultural Perspectives”, edited by Laboie, F., Borkman, T., Gidron, B., New York, London: The Haworth Press, 1995 3 Gidron, B., Chesler, M., Chesney, B., “Cross-Cultural Perspective on Self-Help Groups: Comparison between Participants and Nonparticipants in Israel and the United States”, American Journal of Community Psychology , vol.19, No.5: 667-681, 1991.

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SHG の理論研究は、これまで欧米圏の社会福祉学、とりわけ健康保健(ヘルスケア)

領域が伝統的にこれを担ってきた(Hyman, 19904; Oka & Borkman, 20005)。しかし SHG とい

う概念を用いてきたもう一つの主たる学問分野に、開発学・開発経済学がある。そこでは

特定のコミュニティを動員する開発において、複数の国際機関、NGO が「能力開発」や

「コミュニティ・エンパワメント」、あるいはマイクロ・クレジット/マイクロ・ファイ

ナンス(MC/ MF)を通じた貧困削減を目的とする SHG を形成している。

しかし、MC/MF などの経済的援助を目的に形成された SHG に参加する多くの途上国の

人々に対して、外部からの経済的/技術的支援をのみ与えたのでは持続的な発展

(Sustainable Development)を見込めないことが近年の研究で次のように指摘され始めて

いる6。

我々が観察している限り、農村部の女性がたとえ 10 年、15 年と長い年月の間、マ

イクロ・クレジットに参加しても、彼女らの自信(self-reliant)は不安定なままであ

る。この傾向は、供給者への依存を助長し、自立(self-independence)を達成していな

いことを示唆している。自立も自己充足(self-sufficient)も達成していないのである7。

開発学における SHG には従来、収益活動(IGA)のための技能訓練(skill training)や起

業家育成(entrepreneurship)教育が施されてきたが、その際に対象となる女性達は「家庭

での役割と責任」(family responsibility)といった伝統的規範(family and social norms)

によって自立と自由を疎外され、期待された経済的エンパワメントを実現できない状況に

ある。そのような中で、如何に SHG を形成し支援するべきか、共通した「方針」(ガイ

ドライン)と方法論の確立が強く求められている。

その際、先進国で確立された理論が参照されるが、その応用を試みた Nayar et al.

(2004: 9)8は次のように述べている。つまり「個人主義的市民社会を前提とした西欧由来

の理論を、まったく異なる社会的コンテクストとヘルスケアシステムを有する途上国にそ

のまま移入すれば、結果は残念なものとなる」。不安定な社会福祉制度をもつ途上国政府

とその公的サービスが担うべき本来の役割や責任が、「自助」の名の下に市民の「自己責

任」へと回収され、曖昧にされてしまう危険性が指摘される。

4 Hyman, D., "Six Models of Community Intervention: A Dialectical Synthesis of Social Theory and Social Action". Sociological Practice, 8(1), article5, 1990 5 Oka,T., & Borkman, T., "The History, Concepts and Theories of Self -Help Groups: From an International Perspective". The Japanese Journal of Occupational Therapy 34 (7), 718-722, 2000 6 Afrin, S., Nazrul, I., & Shahid U. A., "A Multivariate Model of Micro Credit and Rural Women Entrepreneurship Development in Bangladesh", International Journal of Business and Management, Vol.3, No.8, pp169-185, 2008

7 Ankur, Y., “SHG Training Programme Nurture Entrepreneurial Activity for Rural Women ”, Bookwell Delhi, 2017, P1304 8 Nayar, KR., Kyobutungi, C., Razum, O., "What future role in health care for low and middle-income countries?". International Journal for Equity in Health , 2(1), 2012

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SHG を巡る国際比較研究及び理論的研究は、政治的環境や社会状況、政策(福祉制

度)、文化的観点など多様な視点を導入する必要があり、また異なる学問間で蓄積してき

た研究を総合化する非常に困難な試みであることは間違いない。そこで本研究では、

Gidron & Chesler (1995: xv)が次のように指摘していた SHG の普遍性の仮説に着目した。

インフォーマルでかつ対等な人間関係のもと、[生活上の課題を共有する]ピア(peers)の

参加動員を行い、共通の経験を分かち合う(sharing of their common experiences)という

形態は、すべての国と文化で、殆ど共通した「自助」のかたちである。

ここで「共通の経験を分かち合う」とは、ピア(参加者)間で「言葉」を介した「対

話」を行うこと9と考えられる。本調査では「自助」の意味とともに、SHG における「対

話」の①内容、②形式と方法、また③それが SHG に与える効果に着目した学際的・国際

比較調査を行い、各学問領域・異文化間の共通点と、留意すべき相違点や論点について考

察することとした。

1.リサーチ・デザイン

1-1.第一フェーズ:参加型調査

1-2. 調査方法:

1-2-1. 精神保健・福祉領域の SHG に関する国際比較調査

下記の 5 か国で精神保健・福祉領域で活動をしている SHG、及びその支援を担う非営

利団体・NPO・NGO を対象に、本研究の趣旨を説明したうえで協力を要請した(SHG の

定義については 1-2-3 を参照)。その結果、本調査・理論的研究へ関心を寄せる下記の団

体から、調査協力を得ることができた。

アメリカ:本稿で後述する通り日本・欧米諸国を中心に膾炙している「リカバリー」概

念の実践と構築に大きく貢献した、ロサンゼルス郡精神保健協会(Mental Health

America of Los Angeles) が提供している地域総合サービス提供機関、ビレッジ ISA

(Village ISA)及びそこからスピンオフした SHG である Project Return Peer Support

Network(アメリカ・カリフォルニア州)を選定し、その協力をいただいた。

ベルギー:イギリス、ドイツ、オランダなど、SHG の社会的認知が浸透し政策意志決定に

一定の影響力を及ぼすに至っている国々と比べて、現在、その過渡期にあるといわれるベ

9 但し、近年ではインターネットを介した対話・文字ベースのピア相談などが増え、必ずしも対面による

「対話」のみが SHG の形態ではなくなってきている(後述)。

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ルギーを選定し、SHG である Ups & Down 及び フランダース地域の全自助グループを支

援している TREFPUNT ZELFHULP の協力をいただいた。

スリランカ:開発学領域において「内発的発展論」の事例といわれる10、スリランカ・サ

ルボダヤから協力をいただいた。

日本:近年、社会問題化が指摘されている「ひきこもり」に関する SHG 計 6 団体と、当

事者研究を実施する 3 団体から調査協力をいただいた。

カンボジア:後述するカンファレンス参加者のうち、特に SHG 形成を実践している三団

体を選定し、調査協力をいただいた。

表1:国際比較研究調査協力者

Nation 協力団体 調査期間

アメリカ (n=2)

Mental Health America of Los Angeles (MHA)及びProject Return Peer Support Network (PRPSN)

2017 年 7 月 16-

22 日

ベルギー (n=2)

Ups & Down 及び TREFPUNT ZELFHULP vzw 8 月 7-12 日

スリランカ (n=1)

Lanka Jathika Sarvodaya Shramadana, Community Health Unit

5 月 21-28 日

日本 (n=9)

ひきこもり当事者による自助グループ:6 団体

当事者研究会実施グループ:3 団体

5 月 1 日-9 月 30

カンボジア

(n=3)

Salvation Center for Cambodia (SCC)、The Transcultural Psychosocial Organization (TPO)

Cambodia、Mariknoll Cambodia

2 月 1 日―8 月

30 日

なおポーランド・ウッヂに所在する PROM - Profilaktyczno-Rozwojowy Ośrodek Młodzieży i

Dzieci-(2017 年 9 月 25 日―30 日)の協力を得て、共同研究者とともに SHG 参加者 2 名

のケーススタディと上記の研究成果の検証を企図した意見交換を行った。その結果は特に

後述する C-BED teal の発案に至るが、本研究報告書では計画時の想定を超えた第二フェー

ズにあたる C-BED teal の詳細な分析ができていないため、今回の報告では PROM の参加

型調査内容は十分に取り込むことができなかった。今後に、貴重な分析結果を何らかのか

たちで報告する予定である。

1-2-2 カンボジアにおける異分野 SHG 間のアクションリサーチ

カンボジアで 2017 年 2 月 1 日から 8 月 30 日の期間、表 2 の異なる領域の SHG 及び

SHG 支援機関(n=16)を対象に調査協力を依頼し、本研究趣旨に賛同する協力を得たうえ

で、協力者とともに下記の 5 行程から成るアクションリサーチを実施した。この完結の

10 野田真里「サルボダヤ運動による“目覚め”と分かち合い ― スリランカの仏教に根差した内発的発展 ―」(西川潤 編『アジアの内発的発展』、藤原書店、2001)

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ためには、本稿が提示する「対話の意味」から SHG の発展構造を考察し、これを検証す

る実践が必要であるが、本稿を執筆している現時点では未実施となっている。

アクションリサーチ行程

1 半構造化インタビューの実施と結果の原稿化

2 調査協力者間での原稿の共有

3 共有した原稿をもととした意見交換

4 政府関係者・国際機関・大学研究者を招いた上掲 1-2-1 の調査結果の発表・意見交

換を目的としたカンファレンスの実施; 2017 年 8 月 25 日(Paanasastra University,

Phnom Penh):カンファレンスではそれぞれの SHG から「対話」の形態と「自

助」の意味について発表を行い、その後質疑応答を実施

5 上記、カンファレンス後のフィードバック追跡調査

表2.調査協力者

Sector Domain of Issue 調査協力団体

1 国際機関 総合 ILO Cambodia

2 国際機関 HIV 患者 UNAIDS Cambodia

3 NGO 総合 Mariknoll Cambodia

4 NGO HIV・ポリオ患者 Salvation Center for Cambodia (SCC)

5 NGO 農村貧困家庭 Muslim Aid

6 NGO メンタルヘルス Transcultural Psychosocial Organization (TPO)

Cambodia 7 SHG 少数民族 Cambodian Muslim Student Association (CAMSA)

8 SHG HIV 患者 Cambodian people living with HIV Network (CPN+)

9 SHG 貯金・若者 Friends Help Friends (FHF)

10 SHG 貯金・若者 Lady Saving Group (LSG)

11 SHG 身体障害 Ta Prohm Souvenir

12 SHG 身体障害 Watthan Artisans Cambodia (WAC)

13 SHG 視覚障害 Seeing Massage

14 SHG 環境 Coconuts School

15 SHG 環境 Prey Lang Community Network

16 SHG 性的マイノリティ CamASEAN

2.第二フェーズ:アクション・リサーチ

第一フェーズの研究結果をまとめ、これに依拠した SHG 形成を、ILO の C-BED を活用し

たアクション・リサーチを行った。参加型調査では外部の開発機関や支援機関が、問題定

義や開発目標などの青写真を SHG へ押しけないことが人々の自助の形成に重要な意義を

有していることを確認した。この調査結果と極めて親和性が強いコンセプトを有する開発

プログラムに、本研究プロジェクトに参加した ILO が構築している C-BED(Community-

Based Enterprise Development)がある。C-BED では既存の知識や定義を外部から持ち込む

トレーナーや教育者が存在しない形でワークショップを行っていく。つまり一方通行の教

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育の要素を徹底的に排しではなく、ピア・ラーニングのガイドラインのみがオープンソー

スとしてインターネット上で公開され、このガイドラインに準じて対等な参加者が対話を

行い、自分たちの相互学習・相互発展を展開させていく。

この C-BED を活用し、本研究の成果であるガイドラインを踏まえたワークショップを

考案して、またポーランドの PROM より“teal”という組織形態が紹介され、これが SHG

の多元的な性格、つまり友情関係であり、組織的学習であり、またビジネスでもある今日

的形態を新たに定義付け、その複雑化している機能(Telework(internet), Education,

Advocacy, Learning)を同時に提示することとなった。そこでアクション・リサーチに C-

BED teal という名称を付けて下記の通り SHG 形成に応用するアクション・リサーチを実

施した。

表3 アクション・リサーチの実施国別概要

バングラデシュ 日本 カンボジア

導入形態 新規形成 新規形成 CamAsean(既存団体)

参加者数 32 名 10 名 12 名

形成後参

加者数*

10 名 4 名 4 名(団体総会員数)

経過 バングラデシュ私立East-West University

の協力を得て C-BED

の有志の学生ボラン

ティアによって C-

BED をキショルガン

ジ県 Poura Mohila

College にて実施。

その後、10 名の女

子学生が女性の人権

をテーマとした学習

会を自主開催し、自

分たちにできるボラ

ンティア活動を模索

し組織化を開始し

た。(2018 年 5 月

時点)

うつ病の若者とその家

族を対象とした集まり

から、市民レベル情報

発信を請け負う非営利

型の出版社の立ち上げ

に至った。孤立した状

態からも社会参加・社

会貢献をしたい当事者

の思いと特性となる技

術が結晶した。

また以上とは別の都道

府県では、不安的雇

用・労働にある若者が

それぞれのビジョン設

定を行い、持続的な学

習会を開催するに至っ

ている(2018 年 4 月

時点)

既存団体である CamAsean

の一部の有志で C-BED が

実施され、集団的な取り

組みとして ICT を活用し

たマイノリティ権利擁護

のビデオ動画配信のアド

ヴォカシー活動が行われ

ることとなったほか、左

記の日本のグループと

SNS のグループチャット

やビデオ配信を用いた交

流を開始しはじめた。ICT

活用型の収益化構造を模

索している。(2018 年 5

月時点)

表3の概要のほか、下記の共通点と成果が見いだされた。

・いずれの実践でもその後に、C-BED の参加者は持続的な小集団の集まりを自主的に継続

させた。

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・活動・事業内容の継続な仲間(ピア)のプラットフォームが求められ、生活上の悩みや

C-BED により見出された各人の事業アイデア・取組みの継続的な相談や人脈を求めている

・C-BED は起業とビジネススキルを相互に学習することを目的としたモジュールである

が、実際には全人的関係性に近似した友達(friendship)関係、学習機会の確保、レクリ

エーション(re-creation)といったインフォーマルな関係性といったビジネスに限定しな

い小集団(プラットフォーム)を求めている。結果的に、C-BED を通じて SHG の形成が

可能であると考えられる。

・すべてのグループが、何らかのかたちで ICT を活用したコミュニケーション・連絡手段

を用いている。

・カンボジアと日本では、C-BED の感想などの交換からビジネススキルの共有が 5-10 分

程度の動画で共有される、という事例が生じている。

・第一フェーズにあたる「悩み」を中心とした対話によって、アイデンティティのバラン

スが破壊され「犠牲者・被害者」としての自己スティグマを強める、という指摘があり、

レクリエーションの重要性が指摘された。

3 調査方法の生成過程に見出された問題提起

SHG とは何か、という定義上の問題は本調査の前提となる重要な問いであり、すでに

稿を別に議論を行った(Yokoyama 2016)。異なる学問間・地域間で共通した定義を探れ

ば、①「自発的」に形成された、②特定の問題・状況を共有する人々によって、③持続的

に運営された団体である、とする三点は共通項として見出しうる。しかしとりわけ「自発

的」な組織化に関していえば、開発(経済)学では NGO などの開発機関が問題のドメイ

ンごとに、いわゆるコミュニティ・オーガニゼーションと呼ばれる手法などを用いて組織

化を操作的に行う。この SHG 形成時に専門家や開発機関の介入が行われる場合でも、自

発的な参加、問題定義、問題解決の計画立案とその実行が自由な対話に基づいて自主運営

されたグループに担われる場合には、そのグループを SHG であると考える。

しかし異なる文化圏においてどのような社会的組織を SHG と称するか、という認識自

体も本調査で検証することを試みた。そこでカンボジアでの調査対象団体の選定は、

UNAIDS Cambodia を起点として「あなたが SHG と考えるグループを紹介して下さい」と

質問する Snow bowling 方式11でサンプリングを行った。このサンプリング法は、特に社

11 Vogt, W. P., “Dictionary of Statistics and Methodology: A Nontechnical Guide for the Social Sciences ”, London: Sage, 1999

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会のマイノリティに属する人々の認識や生活に関してのディスコースを集積することに効

果的であると考えられている12。

結果、特に留意すべき点は、想定される SHG の形態と比較すると「ボランティアグル

ープ」と呼ぶべき Coconuts School(都市で廃棄されたゴミをリサイクルして学校を建設

し教育を提供する自主的な環境教育活動)及び少数民族であるムスリム学生が結成した

CAMSA が建設するプノンペン市内の女子学生寮が紹介された。双方の協力者は積極的に

自身を SHG と自認したため、本プロジェクト協力者に加えることとした。なお両団体が

SHG と認識された要因についての考察も、異文化間での「自助」の認識を捉えるために

極めて重要であると考える。後述の[考察]はその点を踏まえて簡単にではあるがこれを行

ったものの、その詳述は稿を別にして論じる必要がある。

2. 結果

2-1 カンファレンス“Dialogue for Self-Help”:2017 年 8 月 25 日開催(カンボジア・プノンペン)

本調査プロジェクトが展望する理論構築と実質的な SHG のガイドライン作成を、継続

的に探究・発展させ情報交換をしていくため①「研究」を中心活動とする国際的な SHG

のネットワークを形成するべきこと、②そのネットワークを活用して国際的な SHG の交

流活動、情報交換を実現しながら、行政・国際機関・民間セクターに SHG が加わった新

しい協働型収益活動をパイロット・プロジェクトとして実施していくべきこと、の二つの

事項がカンファレンスで提案された。

カンボジアの異分野 SHG 間で両事項が共通の了解を得た背景には、次のような共通理

解がある。第一に社会的課題の当事者である SHG の特性を鑑みて、研究者や政策立案者

と「研究」を介して協働する本国際比較調査の結果に共感と賛同が見出された。また社会

的課題を解決することとビジネスを融合させた経済的発展(ソーシャル・ビジネス)が、

財政的な課題を抱えるすべての SHG の課題を解決し、政治的対立を回避しながら他セク

ターとの協働(後述 3-3 の「対話的社会参加」及び政策意志決定の参加実現)を展望でき

ることが見出された。

12 Rowland, A. & Flint, J., “Accessing Hidden and Hard-to-Reach Populations: Snowball Research Strategies”, University of Surrey, Sociology at Surrey, Social Research UPDATE, 33, 2001

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2-2 国際比較調査の結果

(一)SHG における対話の三形態

国際比較調査を通じて、以下の三種類の「対話」の形態が共通して存在することが明ら

かとなった。

対話の形態 対話の意味

1 悩みの経験を中心とした

歴史的モノローグ

個人的・情緒的・精神的な共感と一体感の共有:パト

ス中心の対話

2 悩みの経験の要因に関す

る分析・意見交換

共同的・理性的・対象的な思考による問題の定義:ロ

ゴス中心の対話

3 問題の解決のために行う

共同学習

問題の解決に向け外部社会を説得するための「論理」

と「規範」の生成:エートス中心の対話

またアメリカ・ベルギーでは、「研究」/「参加型調査」を契機に、研究者や政策関係

者と SHG が協働する実践が見出され、この点については上述の 3「問題の解決のために

行う共同学習」と関連する後節(3-3)で議論している。

以上のような対話の形態は、特殊個人的な経験を中心とした対話から次第に一般性を帯

びて一般社会との対話を試みる SHG の発展段階に応じている。この対話の広がりと内容

の深化の呼応関係を説明する円錐形のモデルを構成した。

(二)SHG における対話の深化:哲学的対話の効果

SHG における「対話」において、まず個人の悩みとなっている混沌なる「事」は、①

のモノローグ(個人の思考)の形で「言」として秩序(ロゴス)化されて取り出され、②

の集団の「思考/対話」において「ということ」として社会的に秩序化され、③の「共同

学習/研究」という SHG 内外の当事者を含む「対話」と「哲学」(歴史的思考)によって

歴史的に秩序化されていく。この秩序化の進展に応じて、「問題」を対象化する高次の一

般性を有する論理(認識・考え方の立場)が発見されていく。この「論理」は SHG が直

面する問題と苦しみを改善するために、これを体験していない他者(外部社会)を説得す

るための論理であり、説得のためには道徳的論理であることが求められる。これを「道徳

的場所」と称するとして、その「論理」(ロゴス)は SHG において「自助」のエートス

と結合しているため道徳的であると考えることができる。SHG は「自助」を道徳的場所

として特殊社会の論理を限定してこれを包み、従来の認識の枠組みを対象化し人々を説得

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していくと考えられる。自己と社会を説得するために、持続的な「哲学」(対話・思考)

を内発的に要することとなると考えられる。

以上のような「対話・哲学」の深まりの運動をモデル化したもの図1「ときはなち

(意識変化)の構造」であり、これを図式的に説明した下図2「文化的客観性の展開」で

ある。

図1において、①「個(人)」・

②「種」・③「類」はそれぞれ相対

的に現われ、①が対象化されるため

には②を要し、②が対象化され批判

(変化)されるためには③を要す

る。これが SHG における「対話」が

展開する意識の「変化」の構造(前

節一の対話の形態参照)とそれに応

じた「論理」の展開を示し、「こと」(論理)が一般(客観)性を帯びるに従ってこれに

包まれる(説得される)人々の数も社会的に拡大(他者を当事者化)していく。SHG の

拡大と発展は量的ではなく、質的に社会を SHG(当事者)と化していくことであるとい

える。

下記の図3は、そのようにこれまで「当事者」ではなかった SHG の外部の人々を「当

事者」と化していくことができる論理(道徳的場所)の深まりを図次し、この説得の営み

の現象そのものを対象化してみたものである。共通の問題を起点とし異なる考え方と「対

話」を重ね生成されていく意味と価値の間主観的「客観性」の展開を、事実の客観性たる

「科学的客観」から区別して「文化的客観性」と称し図式化したものがである。

Sn=文化的規範(文化的客観性)

個人や特殊な社会の人々の認識・思考形式(意

識)を象る「規範」(paradigm)/「論理」であ

り、本論が呼称する道徳的場所である。

dn=思考/対話/哲学

①個人

②「問題」認識・考え方の立場

(種:特殊社会)

③新しい認識・考え方の立場

(類:一般社会)

図1 ときはなち(意識変化)の構造

対話・哲学

S1

S2

Sn

……

図3 文化的客観性の発展

dn

θ

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12

個人/共同の思考/対話/哲学を意味する。内部変数に時間などを考えることができ

る。

θ=異なる考え方(多様性)

異なる考え方の多様性を意味し、内部変数に「対話」に参加する人数や立場の異

なりなどを考えることができる。

SHG が当初有する「共通の問題」は、S1と S2 の間で交差する意味限定で捉えられ

る。この二種の S のみでは、前述のように「抑圧」の克服は「抑圧者」になることを意

味し、実存的二重性を往還してしまう。この「問題」の意味を SHG の「対話」が捉え返

しそこに異なる意味が与えられる、ということは異なる角度(θ)からこれを考える無数

の他者を要し、これとの「対話」(共同の思考)の持続によって S3 を構成することを要

する。自他(社会)の変化をもたらす意識変化には、より高次の複数の文化的客観性を要

する。開発学における内発的発展などは、複数の種の論理(伝統・外発的発展)を不断に

破開する論理の発展とここでは考え直すことができであろう。

「自助」のエートスはタテ線(dn)で示した「思考/対話/哲学」と、異なった角度

(θ)から異なった考え方・価値(世界)観を有する複数の他者(斜辺)と出会い、共に

「思考」し「対話」することを要請する際に現われる。これは一種の自己否定の要請であ

り、これが自己内面の当為として「声」として聴かれる時には「抑圧」(悩)とも考えら

れるのである。この「声」が求めていることは、異なる考え方を有する他者と「対話」し

共に「思考」することである。たとえば SHG において人間の序列関係や画一的な考え

方、情緒的一体感に対して「抑圧」を感じる、ということはすでにこれを疑い反抗する

「思考」が働いていると考えられる。「思考」することそのものに「抑圧」を感じる場

合、「言葉」を未だ有たない(「こと」が対象化されていない)ために、モノローグによ

る言葉の紡ぎ出し(S1-S2)がまずは必要となる。このような「自助」がそもそも無い者

は、SHG に参加し続けること自体が困難となると考えられる。

以上の大きく三種の「対話」の意味を総括すると、SHG における「対話」とは、共通

した「問題」に対して異なる立場・考え方・価値(世界)観を有する他者を相互に自発的

に「知る」営みであり、異なりがあるにも関わらず他者を認め、相互理解に努めることで

自他を助ける「人間愛」を本源とする、共同の思考の営みであると考えられる。「こと」

(同)によって「こと」(異)を初めて考えることができ、また異なった考えをもった他

者を認めることで、他者の思考で自己の問題を思考し、また自己の思考で他者の問題を思

考する「共同の思考」(哲学)の場としての「対話」が考えられる。このような意味の

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「共同の思考」としての「対話」によって、SHG は自他を説得する「論理」を構成し、

自己と社会(他者)を説得していくと考えられるのである。人と人が絶対的に異なるが故

に、人は人を助けることができるといえる。

2-3 ガイドライン作成に関わる留意事項

以上の理論を生成後、これを活用して検証するアクションリサーチが発展的に計画され

ることとなった。その詳述の前に、以上の結果の生成過程で明らかとなった次の論点を紹

介する。

以上の形態は「人と人とが言葉を交えて話しをする」(インターネットを用いたものを

含む)という「対話」形態の側面に限って見出された結果に過ぎない。調査中、「本人の

どの範囲にまで影響を及ぼす対話を対象とするか」という趣旨の疑問や意見が調査協力者

から多く提出された。たとえば各国の一部の SHG では、スポーツを含む自由な活動と自

然な交流ができるレクリエーションの場が提供されるのみで、特段、意識的な「悩みに関

する対話」を一部では行っていない。行政や国際機関、NPO/NGO など SHG を制度的アプ

ローチに採用して形成する事例と異なって、市民が自発的に形成した SHG では「対話」

の形態や形成方法などを意識していない。その場合「話したいときに話したい人が話した

い内容を話す」という自然な人間関係が目指されており、スポーツや旅行、レクリエーシ

ョンやボランティア活動などを通して「対話」の機会が確保され、意識的・操作的に「対

話」の場があえて設けられない場合がある。

逆に地域総合開発を行うサルボダヤ(スリランカ)の場合、ボランティア活動や参加型

調査を行いながら「対話」と「思考」を同時に実践することを意識的に重視する。「言葉

のやりとりだけで対話の形態を取りだすと、精神的なものだけになってしまう」という問

題意識が強く提示される一方で、上掲のカンファレンス(カンボジア)開催後の参加者の

グループディスカッション(8 月 26 日)では、「一見、知的な対話の前後で図書館に行って

調べものをしたり、ワークショップに参加したりインターネットで情報を集める個人的な

活動を含めると、対話が単に精神的だとは考えられない」といった意見も出た。つまり

「対話」はその前後のプロセスを含めて「活動」なのであり、言葉を交えた対面式の「対

話」はその有機的なプロセスの一部なのである。

これまで多くの学術研究が枠取ってきた SHG の「対話」を中心とした対象化は、必ず

しも SHG の「対話」の全体を捉えていない可能性がある。本調査の「対話の形態」を捉

える試みも、以上のような「身体」を使った「活動」という視点を無視すれば SHG の実

態を細分化しかねない可能性が指摘された。

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さらに TPO(カンボジア)の場合、個人が考えることを「内的対話」(inner-dialogue)

とみなし「対話」を広く捉える。さらに PRPSN(アメリカ)は「本を読むことも対話であ

る」とも述べ(後述)、個人の「思考」そのものも、「対話」と捉える意見が提示され

た。

グループティスカッションに参加した CAMSA(カンボジア)関係者から「これだけ幅

が広い考えをまとめるためには、哲学的な議論をせざるを得ない」という意見が出される

と、これに反対して「共通したフレームワークを提示するアクションリサーチの課題意識

からすれば、成功事例(good practice)を持ち寄って分析するべき」或は「哲学的な議論に

はついていけない」という意見の対立も生じた。

「対話の意味」を探る研究課題は多様な知を総合する根本的な考察が必要であろうが、

その基礎的な構造解明を通じて SHG 形成の「ガイドライン」を提示することを目指すな

らば、何が効果的な対話であり、それをまたどのような段階と形態で実現していくべき

か、という具体的な方法論を研究しなければならない。SHG の共通の課題の発見と運営

上の種々の困難が生じた際に参考できるガイドラインの完成を目標としたアクションリサ

ーチを計画することとなった。

3.アクション・リサーチの導入と結果

カンボジアにおける調査協力機関である ILO カンボジアから、同機関が普及啓発を試み

ている C-BED (Community-Based Enterprise Development)の紹介がなされた。この C-

BED は当初、ビジネス・ソフトスキルの市民相互学習を喚起し、自律的にコミュニティで

対話を重ねていくガイドラインを作成してこれをインターネットに公開したプログラムで

あり、その大きな特徴は指導者やファシリテーターを派遣せずに、ガイドラインを参加者

で声を出して読みながらそれが指示する対話を行っていく、という点にある。

本調査では開発機関・支援機関による問題定義・解決手段・発展のゴールの青写真をあ

らかじめ決定してしまうことが、最大の自助の阻害要因である、ということが発見され

た。この結果を尊重しえる C-BED のコンセプトは、すべての調査協力者から高く評価さ

れた。

2017 年 8 月 26 日プノンペンにて、調査協力者である 19 歳―28 歳の若者 8 名

(CamAsean 及び COMSA のメンバー)C-BED のモジュールが検討され、その Youth

Empowerment プログラムの一部(Vision Setting)を実施した。その際に、下記の結論が

提示された。

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① C-BED のモジュールを実際に実行する際、すべてを指示された順序に応じて実施す

るのではなく、集まった人々の関係性や状況に応じて取捨選択することとなる。

② また C-BED のモジュール自体は、実施時に一部、もしくは全部が変更・修正される

場合が多い。

③ 以上の理由からモジュールの開発そのものに集団で取り組むモジュールが求められ

る。

その後、2017 年 9 月 13 日に再び前回参加者である若者 8 名のうち 4 名に新たな 3 名

を加えた 7 名及びビデオ会議通話によってポーランド PROM の 2 名の 10 代―20 代の若

者をさらに加えて再び会合を開き、自分たち独自のモジュール開発と C-BED の改変に向

けた意見交換に取り組んだ。

その結果、見いだされた結論は下記のものであった。

① C-BED そのものの終了後も、若者は自由な対話が可能となるプラットフォームその

ものが必要となるため C-BED を一過性のワークショップとするべきではない

② モジュールには持続的な近況報告などが可能となる持続的なプラットフォームを C-

BED 参加者で生み出すことが必要となる

③ 多忙で参加できない者が多く、SNS などのグループチャットやライブビデオ、ポッ

ドキャストを用いて C-BED のプロセスや結果を共有すべきである。また社会啓発

(アドボカシーやプロモーション)の手段としてもインターネットを積極的に活用

すべきである。

以上の話し合いの結果、1.ビジョンセッティング、2.グッドプラクティス・失敗談

の共有、3.起業や生活改善の知恵を出し合う持続的なピア・ラーニングコミュニティを

形成する C-BED の独自のモジュール開発が、本調査研究の SHG 形成のガイドライン完成

の趣旨と合致する、という認識が共有された。

新モジュールは C-BED teal と名付けられ、その後、日本(2018 年 1 月-3 月)、バング

ラデシュ・キショルガンジ県(2018 年 4 月)にてアクションリサーチとして試験的に実

施されたほか、結果となるアウトカムの分析の一部を行った上で本調査の成果物となる予

定であったガイドンラインに組み入れてこれを完成させた。ただし、C-BED teal のモジュ

ールそのものは、本研究計画の想定外の成果であり、本研究助成事業後もボランティアに

よって検討・開発され続けている。

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以下、SHG 形成のガイドラインに含まれた重要な鍵概念について説明を行う。

3-1. 全人的関係性

従来、社会福祉・健康保健領域など市民の心理的孤立や葛藤が前景化した問題では、と

りわけ SHG の「対話」がもたらす精神的・心理的機能(たとえば孤独感の緩和や感情の

分かち合い)が注目されてきたが、HIV などの疾患、身体障害のほか貯金活動や地域開発

全般を担う SHG においても、精神的・心理的働きかけが重視されていることが以下のよ

うに判明した。

まず協力した全 SHG に共通した精神的・心理的葛藤の構造は、特定の観点によって意

味が限定された「部分」が、人間の人格・生の全体的意味を支配する、という「部分によ

る全体の支配」に要約できる。具体的には、何らかの固定化した規範的観点(まなざ

し):「臆見」あるいは「偏見」(stereotype)によって「一般化」(generalization)が行

われ、社会から疎外されると同時に、またその規範を自我に内面化してそれに逸脱する自

分自身を否定する、という精神構造である。たとえば「HIV 患者はすべて性産業利用者で

ある、そのように人から思われてしまっているため誰にも相談できない」「障害や疾患に

よって自分の人生は幸せなものとはならない」「男性/女性はこのように生きるべきであ

る」「貧困であるため自己実現することはできない」といった考えに支配されると、社会

関係から退却し自己批判(self-criticizing)を開始するなどして孤立と苦悩に陥る。この点、

心理的な課題を中心としていない環境問題をドメインとする SHG においても、「自分の

生活に必要な自然資源の管理についての意志決定を自分は担うことはできない」「違法伐

採に対して自分は無力である」「貧困者は富裕者に服従するしかない」13といった「無力

感」を固定化して、このまなざしから自己の生活課題全体が無力化されてしまう構造は共

通していた。

このような「臆見」は社会的に構築された価値判断であり、この社会の偏見による疎外

と自己内面化が引き起こす二重の疎外構造を、本稿では「実存的二重性」と呼称したい。

この二重性に応える基本的な立場を考える際に参考となるものが、アメリカ・ベルギ

ー・日本といった先進国において、「自助」理念を底支えしている概念「リカバリー」

(Recovery)である。「リカバリー」は 1980 年代のアメリカで精神疾患の当事者が自身の

体験を手記14で公刊し始めたことをきっかけに普及拡大していった15。1970-80 年代のケ

13 フィールド・ノート(以下、FN と略す), 2017 1 20 Interview: Prey Lang Community Network, 14 たとえば後に引用する O'Hagan が大きな影響を受けた手記に、Chamberin, J., On Our Own: Patient-controlled Alternatives to the Mental Health System , New York: Mcgraw-Hill. 1977 がある

15 Deegan, P. E, "Recovery: The lived experience of rehabilitation", Psycosocial Rehabilitation Journal, 11(4):11-19, 1998

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アマネイジメントにおいて主流であった医学モデルは、精神病を不可逆な疾患と見做し

「治療」の対象と考えていた。患者当事者は専門医療サービスに対するニーズがあると前

提化され、その人の「欠陥」に焦点をあてた評価が行われると、そこにあるニーズに社会

資源を誘導すればそれが自動的に当事者によって利用されると想定された16。

しかし以上の医学モデルの前提化によっ

て、専門職の悲観的な見方を内面化した当

事者は自己認識に対して否定的となる。こ

こでは「治療する」必要がある、という

「患者」としての部分的アイデンティティ

が、人間(全体)の生を規定してしまう。

(Figure1 参照17)

「『精神病』というラベル(labelling)は、

自分のリカバリーに役立たなかった」18と

いわれるように、リカバリーは「病名」

(部分)によって人間(全体)を一般化し

価値判断することを否定し、また部分的な

疾患を治癒(cure)する目的によってその生と

人格の全体が意味付けられることを拒否し

た。つまり「リカバリー」は、当事者が各

自の人生の困難と伴走しながらも、人間と

して全人的(holistic)・個性的に「よりよく生きていく」19、或いはそれを引き受けていく

「過程」(process)に着目した回復概念である。メンタルヘルス領域に「パラダイム転換」

をもたした20この概念が、以上のように抽象的に定義されてきた理由は、その定義が本人

にしかゆるされないからであるとされる(O'Hagan 2014:219)。

ビレッジ ISA(Village Integrated Service Agency)では、以上の「リカバリー」がサービ

ス提供者・患者当事者・専門職位の間で共有されており、「全人的関係性」がそのコミュ

16 Chamberlain, R., & Rapp, C. A., "A Decade of Case management:A Methodological Review of outcomeResearch", Community Mental Health Journal,27(3):171-188, 1991,P171-172

17 本図式はカナダ・ブラウン編、坂本明子監訳、『リカバリー 希望をもたらすエンパワーメントモデル』(金剛出版、2013)に収録された、パトリシア・E・ディーガン「自分で決める回復と変化の過程としてのリカバリー」P13-33 を参照し、独自に一部改変して作成した 18 O'Hagan, M., Madness Made Me. A Memoir by M. O'Hagan Open Box , Wellington, 2014, P115 19 MHC: Mental Health Commission, Blueprint for Mental Health Services in New Zealand: How Things Need to Be , Wellington, 1998 20 Anthony, W., "Recovery from Mental Illness: The Guiding Vision of Mental Health Services System in the 1990's", Phyco-social Rehabilitation Journal, 16(4):11-23, 1993

Figure 1 部分による全体の支配

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18

ニケーション上の前提となっている。サービス提供者にはカウンセラーや精神科医といっ

た専門家のみでなく、多くの患者当事者と SHG が含まれ、そこでの人間関係では「スタ

ッフ」「患者」(Patient)という呼称を用いず、等しく「メンバー」と呼び合う。その

ようなビレッジ ISA での「対話」は、「好きなこと」や「趣味」に着目した自由な問いか

けを重視し、それをきっかけとしたヨガ教室や学習会などグループ活動が派生する。

SHG 内での「全人的関係性」は、ベルギー・日本にも共通して配慮されている。「リ

カバリー」概念は両国の SHG 参加者にも広く知られているが、とりわけ近年、日本では

「ひきこもり」のピアポート学習会(後述)において自助グループ内外の人間関係を「上

か下かで見ない」「対等性」21を枠取る際に参照され始めている。

上記の「リカバリー」概念が普及していないスリランカ、カンボジア、あるいはそれ

に意識的ではない日本の自助グループでは、特段、対話の形態を形式化していない場合が

多い。しかし SHG は共通して自己の悩みの経緯(いきさつ)を対話によって交換し、相

互の人間を知ることで寄り添う「親密な他者」(significant other、或はクメール語で親密

な友人を意味する”Pukk-mak”)としての関係性の確立を優先する。そのような対話の場で

は、それまで自分達を苦しめてきた障害や疾患(部分)が、自己(全体)を評価する対象

的意味を喪失する22。結果、人間と人間という全人的な関係性が形成されることとなる。

SHG を操作的に形成する NGO では、「対話の形態」によって「全人的関係性」の確保

を行う。TPO カンボジアでは SHG の形成期に「生命の川」(a river of life)と呼ばれる 5

~6 人のグループ対話を行う23。参加者は人生の出来事(life events)を絵に描き視覚化

し、ライフストーリーを互いに紹介し合う。「川」に見立てた人生が多様な出来事の経験

に満ちていることを相互に理解しつつ、ある特定の出来事(部分)が彼ら/彼女らの生活

(全体)を持続的に不快なかたちで支配していることに気づく。自己の人生の歴史的「全

体」(川)を支配するこの「特定」の「部分」を取り出し、これを対象化して「肯定的に

捉え直すには、どうすればいいか」と参加者の自由な「思考」を頼りに対話を構築してい

く。「生命の川」はお互い知らなかった参加者間に特定の「受苦」を起点として(in a

point of the sufferings)、社会的地位や性差ではなく「共に苦しんでいる」人間が集う「共

苦の場所」(place of compassion)を形成する。その場所はともに苦しみ互いに支え合える

対等な関係性と安心感(safety place)を生み、心を開いた個人的な感情の交流を可能と

21 割田大悟、成瀬有香、小泉恒昭、「ひきこもり当事者主体による全国初の体系的なピアサポート学習会の実践報告~ひきこもりピアサポートゼミナール連続学習会の活動を通して~」(平成 28 年度神奈川県社会福祉協議会地域福祉活動支援事業報告書、2017) 22 FN. 2017 2.23 Interview: Watthan Artisans Cambodia (WAC) 23 “GBC Self-Help Group Facilitator Guide”, TPO Cambodia, 2012

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する。「このように「受苦」の体験はその形を「絆」(bond)に変えて、異なった川の

流れを一つの川へと結合させていく」24。

地域開発全般を行うサルボダヤ(スリランカ)の場合、いかなる種類の開発においても

精神的・心理的なエンパワメントを最優先し、それが実現するまでは社会的・経済的開発

を行わない25。SHG 形成時には「個人の自覚」(individual-awakening)がパーリ語仏教概念

である「慈無量心」 (mettā)、「悲無量心」 (karuṇā)、「喜無量心」 (muditā)、 「捨無量

心」 (upekkhā)に沿って共有されていく。サルボダヤは、「問題の定義」を当事者の「対

話」と「思考」に完全に委ねる。コミュニティが抱える総合的なはずの「問題」を、外部

のものが定義することで細分化してしまうことを回避するためである26。そこで「対話」

はまず「自分が生活上、悩んでいることは何か」について独白が交換される。それは若

者・女性・農家といった個別特殊な SHG 形成においても変わらない。「その土地固有の

個性(indigenous character)がその思考と行為に在る」と考えられ、複雑に関連する「問

題」を外部者の視点から「細分化しない形」(non-fragmentary)27で取り出すこと、問題

の当事者が有する「総合的理念」(integrated idea)が生み出されることを期待しているの

である。つまり総合的な問題の定義と急所(優先順位)を最も把握しているのは、それに

直面している人々自身である28と考えられる。全人的関係性は、生の全体的理解(holistic

understanding of life)を可能とし、たとえば経済的観点(部分)からのみ「貧困」の問題

を眺め、これを細分化する開発は「自助」の形態においては否定されるのである29。

日本とベルギーでは自助グループ内部で「悩み」のモノローグを交換する「言いっぱな

し、聞きっぱなし」を取る対話形式と、それに対するアドバイスや質問などを許容する比

較的自由な対話形式が混在している。しかし共通して「批判」や「価値観の議論」は禁止

される傾向にある。Ups & Down の対話形態では、”discussion”(意見の交換)ではな

く、”dialogue”(対話)が行われる30。つまり「考えられた」意見、批判や応答が交差する理

性的な「議論」形式(discussion)と異なり、「全人格的関係性」を基調とする「モノロー

グ」の交換という意味の「対話」形式(dialogue)には質的な異なりが指摘しえる。

24 FN. 2016.10.6 Interview: TPO Cambodia 25 Yokoyama, T., Ariyaratne, V., Chea, V.S., "Seeking for ‘Self -Help’: Cross Cultural Dialogue with Sarvodaya Sri Lanka and Salvation Centre Cambodia", International journal of Community Medicine and Public Health, 4(10), 2017 26 「全ての農村の問題は、強い相互関係を有している。我々は問題を共感的に(sympathetically)まなざさなければならないのである」A.T Ariyaratne, “Collected Works Volume 1”, Sarvodaya Research Institute, 1978, p148 27 Ariyaratne 1978:107 28 Ariyaratne 1978:47 29 Ariyaratne, A.T., "Buddhist Economics in Practice", Sarvodaya Support Group UK, 1999, p5

30 FN. 2017. 8. 7 Interview: Ups & Down

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たとえば京都当事者研究会(日本)は、自己の受苦経験の語りに対して踏み込んだ質問

が行われる「当事者研究」(後述)と参加者が体験の独白を連鎖させる対話形式を、その

運営経験から分けることとなった。「問題や悩みの渦中にいる人にとっては、まず自分の

思いや情緒を言葉にすること」が重要であり、それを経ていない当事者は当事者研究の対

話に精神的に堪えられないことが多かった、という31。実際に調査中に、自助会に所属す

る協力者が京都・大阪の当事者研究会に参加したため、その感想を尋ねると下記の通りで

あった。

自分の悩みを開示して、その悩みについて意見が出される流れで、自分が否定されて

いるような気分になった。参加者同士で共通した経験に「共感」が共有されるととも

に、共有される体験に根差した「場の意見」が生まれ、それに「対立する価値観を有

する相手」を共に批判する対話になっていったと感じた。その場合の批判が自分に向

かってきたように感じた。他の人の意見を「違う意見」として距離を取るには、自分

はまだ精神的に不安定だった32。

以上のように、SHG の対話の形態には苦悩する主体が現在に至る歴史的な経緯(い

ま・ここに至る経緯)を「感じた」ことに基づいて行う「対話」と、「考えた」ことを対

象的に語り合う理性的「対話」との二種が段階的に存在し(先の TPO「生命の川」同様)

その間に何らかの境界線がある。身体的に体験した情動の歴史的事実を物語る「対話」

は、外部から「部分による全体の支配」を許さない、全人的(holistic)で対等な関係性

の形態が生み出す「対話」と考えられるが、これは感じられた「情動」の事実をまずは

「言葉」にする(言葉を産む)モノローグの交換という対話形態に象徴的に現われてい

る。

3-2. 共同の思考過程

Coconuts School(カンボジア)は端的に「自助とは思考すること」33と述べるが、SHG は

「思考」する複数の人々が「対話」する場所である。

ビレッジ MHA では、Dialogical Behavioral Therapy(DBT)、Motivation Interviewing(MI)と

いう対話手法が共有され、自由な発話を可能とする「オープンクエスチョン」が用いられ

る34。これらは共通して全人的性格(holistic personality)を基礎に信頼関係が確保されて

後、当事者の「思考」(contemplation35)する葛藤のプロセスを尊重した「対話」形態で

31 FN. 2017. 5. 10 Interview: 京都当事者研究会 32 FN.2017 9 4 感想は対面ではなく E-メールで受け取った 33 FN.2017 8 25 Interview: Coconuts School 34 FN.2017.7 20 Interview: ビレッジ MHA 35 日本語で「思考」と訳し得る英語は幾つかあるが、この点を調査したところ”Contemplation”が”consideration”の以前に位置する自己の認識を問う” thinking”の形式であるとされた。FN. 2017. 7 21

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ある。 Dialogical(「弁証法的」)とあるように、「現実の相互依存性と全体性」(the

fundamental interrelated-ness or wholeness of reality)に生きる人間は、現実を変えたいと

する自己の理想とそれを阻む現在の状況(認識)の間で生きる矛盾的存在と考えられる

36。 現実は「内在する矛盾した力」(internal opposing forces)に於いてあるのである。

精神的な鬱感情や人格上に生じる障害などは「極端な思考の結果」と考えられ「弁証法

(対話)の失敗」(dialectical failure)と考えられる。

そこで DBT は当事者と当事者(patient to patient)のグループによって DBT のコンセ

プトとプログラムを学習し、個人的な実践(宿題:homework)とグループ対話での実践

を組み合わせる、それ自体が自助型のプログラムを採用している。この際、マインドフル

ネスは DBT の根幹となる実践であり、これにより「「自覚」を伴う生への参加」(a life

style of participating with awareness)を行う。ここで「自覚」は「真なる自己」(true

selves)を「自己自身の対象化」(observing ourselves)によって発見する、という営みで

あり、それを自身の生活の中に組み込むのである(Linehan 2016, 154)。このマインドフ

ルネスで行われる「観察」(observing)は自己自身の「思考を対象化する思考」

(observing thinking and thinking)であり、それを表現(describing)することで「言葉に

よって自己の認識と環境の事実との異なりを明らかにする」。そして「参加」

(participating)は何らかの作業へ集中することであり、この三点が DBT の基本的なスキ

ルであるとされる。

もはや「セラピー」という言葉を用いない Motivation Interviewing37(MI)は、本人の

みでなくカウンセラーや医師、専門家が「人間は変化していくことができる可能性(能

力)を有する」ということを信じ合っている全人的関係性を前提とする。つまり人間が自

己自身を変化させる動機(motivation)は、人間関係にあると考えられる。本人を中心と

した人間関係(a client-centered interpersonal relationship)は「自分自身の問題の解決に

至る、自分自身の経験の解放的な探求」(to explore their experiences openly and to reach

resolution of their own problems)(Miller & Rollnick, 2002: 6)を可能とし、この解放的な対

話環境を生み出す技術が MI である。そこで本人の対話相手は変化をもたらすであろう要

因をあえて特定せず、本人自身でその特定化の思考過程を歩ませる。積極的な「共感」

(empathy)が重要な条件となっているが、その共感は本人を憐れむ「同情」ではなく「本

人が変わる、という希望をもつこと」を意味している(Miller & Rollnick, 2002: 8)。

36 Linehan, M. M., "DBT Skills Training Manual, second edition", the Guilford Press, 2015, P4

37 Miller, W. R., Rollnick, S., "Motivational Interviewing Preparing People for Change", Guilford Press, 2002

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従来のカウンセリングの一部では、不快(discomfort)、恥(shame)、罪意識(guilt)、喪

失(loss)、強迫(threat)、不安(anxiety)や侮蔑(humilitation)で人は変化をもたら

すとも考えられてきたが、それは「攻撃的なセラピー」(attack therapy)であり、この考え

方に準じると当事者の態度変化が起こらない理由は「充分に傷ついていないから」(they

have not yet suffered enough)と想定されることとなる(Miller & Rollnick, 2002: 11-12)。

一方で MI では、本人の「内在的価値」(intrinsic value)と、本人が関心をもち大事だ

と思っている何かと現在の本人自身を結び付けることで変化を喚起する。そして苦痛に満

ちた現在(painful present)の探求が自分自身の関心・興味・希望と繋がっているという

自覚に至ると、本人は安心感をもつようになる。つまり「葛藤」(conflict)を「鬱」と

捉えるのではなく、人間が「葛藤」することに「変化したい意志」を見出すのである

(Miller & Rollnick, 2002: 18)。そのため本人のうちにあえて「矛盾的感情」(ambivalent)

を対話によって創り出す、ということが第一の MI の目標となる(Miller & Rollnick, 2002:

23)。現在の現実と望まれた未来との間の矛盾を本人に自覚させるため、積極的に思考さ

せ自発的で自然な変化(natural change)を引き起こす(Miller & Rollnick, 2002: 25)。

「リカバリー」に至る当事者に共通していた要素が、以上のような矛盾・葛藤において

「思考」する能力である38。この「思考」とは、具体的には「自己の思考から距離を取っ

て、自己の判断(judgement)を自分自身で対象化する思考」39という意見が提示され、

一種の反省的思考(reflection)を意味すると考えられる。

たとえば前述の「生命の川」を採用する TPO カンボジアでは、自分達の人生全体を苦

しめてきた特定の出来事(部分)をいったん「全人的関係性」において取り出して後は、

それをどのように前向きに捉え直すことができるか、参加者の対話を通じて共同で考え科

学的知見も導入していく。人と問題(言葉)が切り離された安心感によって、参加者は自

己の「内的対話」(inner-dialogue)40としての「思考」とグループでの対話(共同の思

考)を行う過程的段階に入っていくと考えられる。

全人的関係性における「感じた」情動の共感を生み出す対話を第一の形態とすれば、こ

の声なき自己の「内的対話」としての「思考」及び「共同の思考」としての「対話」は自

己の思考自体を対象化する、第二の「対話」の形態である。

とりわけこの「思考過程」は、前述の日本の当事者研究に顕著である。当事者研究は

「研究的態度」でもって<問題>(事)と人との切り離しを行い、「<問題を抱える自分>を離

38 FN. 2017. 7. 21. (アメリカ)、2017. 8. 17(ベルギー)、2017. 6. 21. (日本) 39 FN.2017. 7. 20. Interview: ビレッジ MHA 40 TPO Cambodia, 2012

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れた場所から眺める」という思考過程を採るが、これは実存的二重性の内部にある「臆

見」の対象化を行うことを意味すると考えられる。先に紹介した「他の人の意見を『違う

意見』として距離を取るには、自分はまだ精神的に不安定だった」というのは、この「<

問題>と人との切り離し」が未達成であったと考えることができる。

当事者研究においては病名や社会的レッテル(スティグマ)ではなく、自分自身の苦労

のパターンに自己自身で病名をつける「自己病名」を提示し、これを対象化して改善方法

を仲間と共有しながら実践し、結果を検証する41。このような点は TPO の手法、つまり

「問題」「臆見」(部分)を集団で定義し、「対話」において他者とともに(共同で)

「思考」する、というプロセスと類似するが、当事者研究が「言葉」を前景化しこれを

「眺める」といった姿勢を意識的に採用する点は独自なものといえる。

以上のように「部分の全体化」の構造と関連して、「言葉」と「思考」が密接に関わっ

ていることが示唆される。ビレッジ MHA のメンバーは日常使用する「言葉」に細心の注

意を払う42。それは「対話」において使用される「言葉」がメンバーの人格に細分化を起

こし、「病名」によって人間の思考全体が占領されることと同様の事態が「言葉」によっ

て生じることを危惧するからである。「言葉は私たちの精神を枠取り、精神の力でもあ

る。言葉によって時に人は懐疑的になる。言葉はそれ自体が judgement なのである」43。

たとえば日本の自助グループにおいても「考えなければ言葉を失っていく」といわれ、

次のような実感が調査協力者によって語られた。

自助会で相談を受けた時は、言葉が出ないんです。考えれば考えるほど言葉が出ない

……人は単純化できないんです。有限な言葉で語ってしまうことへの恐れがある。し

かし考えた時は、すぐに意味を探し出してしまう。自分の中で結論を出してしまう。

だから「何を問うか」ということを「問う」姿勢がないと、純粋に他者の話に耳を傾

けることができなくなって、自分の話したい話しをしてしまう。人を初めから「こう

いう問題がある人」と決めつけてしまう。支援者―被支援者の上下関係では、いつも

それを疑ってしまう。支援の立場でものを言う人は「何を問うか」を「問う」ことに

「思考」が及んでいない44。

すでに触れた「全人的関係性」と「思考」、「言葉」の関連が、上記に明瞭に示されて

いるように思われる。「部分による全体の支配」(「人の単純化))を生起する「言葉」

41 熊谷 晋一郎「事者研究に関する理論構築と自閉症スペクトラム障害研究への適用」(工学系研究科先端学際工学専攻、東京大学学術機関リポジトリ、2014)P225 42 FN. 2017. 7. 18 Interview: ビレッジ MHA(アメリカ) 43 FN. 2017. 7. 20 Interview: ビレッジ MHA(アメリカ) 44 FN. 2017. 6. 21 Interview: NPO 法人ウィークタイ(日本)

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の性格に対して、SHG の「対話」は自分達の「問題」とは何か、という問いについて自己

の「言葉」でその答えを出していく「思考」の過程を確保する。「言葉」と「思考」の関

係について、サルボダヤの創始者アリヤラトネは、次のように述べていた。

文化は我々を生まれ育てた受容可能な生の形式(an acceptable pattern of living)であ

り、我々の思考はこの文化に形づけられている(our thinking was moulded)。シンハ

ラ人はシンハラ語で、タミル人はタミル語で生の良き形式に入っていくのである。双

方のコミュニティがそれぞれ生の形式の構築に参加する。言語の異なり(a linguistic

distinction)によって西欧の人々がかつて決して自分達の文化に取り入れることがで

きなかった、この共同の思考(the local thinking)45 と生の哲学 (the philosophy of

life)を思うと、この果実の味に恵まれなかった彼らを不運にさえ思うのである46。

以上のように「言葉」は生の全体性を捨象して「部分による全体の支配」を生み出す暴

力性を有する客観的文化であると同時に、逆に個性的な「思考の性格」(エートス)を現

わしながら各文化・各人がもっている「言葉」の固有の紡ぎ出しによって、上記の暴力

(細分化)に抵抗する矛盾的性格をもっている。アリヤラトネが好んで用いる「ローカル

思考」(Local Thinking)という「共同の思考」は、人々が固有の言葉・思考を通じ

て、個性的に問題定義を行うものと考えられる。

アリヤラトネは「事実質問」(何が、誰が、何人で、いつ、どれくらいの期間で、とい

った事実に基づく質問)47によって、当事者に「問題」の現実、その全体性について「思

考する」ことを喚起する場面に自著で触れている。つまり「私は人々に、自分達自身の問

題を分析することを促し、それを解決する人間は自分達以外には誰もいない、ということ

を確信させようとした」48。というのも「社会的物理的環境、習慣、教育制度、これらは

すべて村落の生活自体の射影(all reflections of the village life itself)49」である。コミュニ

ティ全体の問題について個性的に考える「共同の思考」(local thinking)は、自分達の従

来の生活様式を見直す自発性から起こるため、これを殺ぐことは「自助」を殺ぐことと同

義であると考えられる。

45 この「ローカル・シンキング」の訳語には留意したが、ここでは「共同の思考」とした。 46 A.T. Ariyaratne, "The Power Pyramid and The Dharmic Cycle", Second Edition, Sarvodaya Vishva Lekha, 2016, p18-19 47 「事実質問」は NPO 法人ムラのミライが独自に提示したファシリテーションの手法であり、本稿ではアリヤラトネの記述に対してこの名づけを行った。また筆者自身、2016 年 2 月に同法人のファシリテーション研修を受講した経験を有する。和田信明、中田豊一『途上国の人々との話し方―国際協力メタファシリテーションの手法』(みずのわ出版、2010)を参照 48 Ariyaratne 1978:77 49 Ariyaratne 1978:80

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3-3. 対話的社会参加

我々が生きる社会的状況は無限に変動する動態であり、本調査中の協力者の意見では

「自助」の意味が SHG の設立した時代的社会状況に応じて変化していることが指摘され

た。それに応じて、社会的課題を巡る SHG の「対話」の意味も、エコロジカルな相互作

用に晒されていると考えられる。

たとえば Maryknoll カンボジアは 1991 年に国連や国際 NGO の開発機関が政府のカウン

ターパートとして割り当てられ始めた時期に、地雷被害者や障がい者、ポリオ患者、エイ

ズ患者の SHG を形成し、職業訓練を行うプロジェクトを開始した。

あの当時の私たちチームは、「これは慈善事業じゃない、国家の再スタートだ」

(its’s not charity)といったスローガンを多かれ少なかれ共有していた。「相互扶

助」(mutual help)は重要なテーマであったし、食べる者も無い社会状況にあって、

経済的発展が全人的発展(holistic human development)と社会的前進の両方の意味を担

っていた。実際にそれらの各発展は分離せず一つのものだった。しかし私たちは決

まった教育プログラムを用意していたのではなく、その都度、参加者と話しあい試

行錯誤して「次はあれを用意しよう」「この知識や学びを補おう」と連日話し合っ

ていた。結局、私たちの出した結論は、「心理的回復」と「自助」(self-help)の

精神性を培うことが彼らにとって最重要である、ということだった。「自助」とは

一言で言えば、「自己の価値に目覚める」( value yourself)ために自分の周辺にある

情報や知識を自己に取り込んで(integrate)、自己実現を助けていく力を意味する

だろう。これが無ければ外の者がどんなに役に立つと考える知識を与えても、本人

に活用されることがない、といった類のものといえる50。

初期の Mariknoll の SHG 形成手法は、参加時に対面式の個人カウンセリングを行い、

後に SHG で共同学習する手法を採用した。上記のインタビューにあるように「自助」は

「自分[自己実現]を助ける」ために周囲の知識を「自己に取り込む」力と解されており、

「自助」が深く「学習」(leaning)「自己教育」(self-education)「研究」(study)といったこ

とと深く関わることが示唆される。

以上の Mariknoll の取組みは、類を見ないほどに成功した。これによって自立した SHG

が、地雷被害者・身体障害者が運営する Ta Prohm Souvenir や Watthan Artisans

Cambodia、あるいは視覚障害者の当事者で整体サービスを事業化した Seeing Massage で

ある(いずれも本調査に協力)。これらの SHG のメンバーは、障害者が普通の人のよう

50 FN. 2017 1 27

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に働けるとは思われていなかった復興期の社会において、自分達がビジネスをして働ける

ことを証明することで、他の障害者や一般社会がもつ「臆見」を破壊し偏見をなくす説得

ができると考えた。「自己実現」を目指す「自助」はその主体的「情熱」51だった。

しかしその「自助」の精神は、今日の若い障害者には共有されておらず、「誰も自分達

が学習していた頃のような知的好奇心をもっていないかのよう」である52と調査中に指摘

された。その理由について若い障害者の意見によれば「障害者が普通の人のように働ける

ことが今日ではありふれたもの」となり、また経済的社会的状況も今日では変動し価値観

も変化したからではないかという。

「自助」はその時々の社会状況において、個性的な問題定義と課題解決を差し出す主体

性を喚起する一種の「新しさのパトス(情熱)」と呼ぶべき性質を有している。それは課

題解決に必要な事象を学び、知識を自己に取り込んでいく精神的能動性として現れるが、

この「新しさのパトス」が無ければその能動性が主体内面に宿らないかのようである。創

成時の SHG は、名状しがたい時代的環境的情熱に支えられて形成・発展していくと考え

られ、いったん SHG が成立してからの経営フェーズと区別したフェーズ分析が必要であ

ることが示唆される。

それでは比較的最近に活動を始めた SHG は、どのような「自助」の精神を抱いている

のであろうか。貧困家庭出身の女子学生が形成する Lady Saving Group は、メンバー間の

対話を重ねることで、現在の自分達の問題がカンボジアの伝統的な女性の規範(Chbab

Srey)とそれを内面化してきた煩悶(実存的二重性)から生まれてきたことを共通の問題

定義とした。そして組織の根幹にある哲学を「自己に頼ること」(Self-reliance)と定義する

と、「生活の質」(Quality of Life)という概念を集団で考察し、その構成要素に「健康」

‘Health’ (sam), 「知識」‘Knowledge’ (chol), 「友好的人間関係」‘Friendship’ (mo), と「経

済」‘Money’ (loy)に加え「女性の権利」 ‘woman right’を置いた。それはジェンダー的視点

を社会がもつこと、人権教育の重要性を社会に広めること、文化的投資(cultural

investment)を起業教育の中で育成することを具体的に意味し、これらの凡てが自分達

「女性」の自己実現に不可欠な「論理」(logic)となると考えた。

この”Self-reliance”は上記の権利を社会に主張するために自分達に課した「自助」の規

範(rule of self-help)であり、メンバーが結婚式の費用支弁、及び起業の目的の用途で共

同貯金を引き出す場合には、利息を設けないこととした。カンボジアでは伝統的に男性側

と女性側の家族が結婚式の費用弁済をすることとなっており、新婦はこれを免除されてき

51 FN. 2017. 2.19 Interview; Ta Prohm Souvenir (カンボジア) 52 2017.1.20 Interview: Seeing Hands Massage (カンボジア)

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た。しかしこの社会的負担を背負い「対等」な立場に立たなければ、自分達の権利主張を

社会が認めてくれないと考えたのである。つまり、(伝統的)規範を対等の立場から批判

するために、彼女らは「対話」から新しい「規範」を生み出したと同時に、社会を説得す

る「論理」を生み出した。彼女らは国際社会が提供する人権に関するワークショップに参

加し、学校で学んだ知識や書物から得たものを次々と持ち寄って「対話」(共同の思考)

を積み重ねた。

ここで「自助」は、「社会」(規範)との「対話」に向けた学習の主体的情熱の意味

と、「社会」から客体化された自分達の立場に「責任」と「規範」を自分達自身によって

課していく客体的規範の意味の両作用から捉えられる。SHG が自分達の「論理」によっ

て社会を「説得」する段階では、社会から見られた対象的客体的「自助」(Self-Help)グ

ループとしての「自助」のエートス(倫理的立場)の意味が立ち現れる。

この「倫理的立場」(エートス)としての「自助」は、社会を説得していく「論理」を

介して、SHG の「思考の性格」を倫理的なものとしていく。この「自助」の「倫理的立

場」としての観点を考察するために、もう一団体、貯金を行う SHG の事例を紹介した

い。Friends Help Friends(FHF)は大学を卒業した若者が中心で組織された貯蓄を行う SHG

であり、2009 年 9 月設立時に 10 名と$200 の貯蓄額から始め、2016 年 6 月には 161 名、

$230, 000 の規模へ飛躍的に拡大した。若者の多くは貧困家庭出身であり、大学進学の過

程で中退し、失業状態となり、薬物・アルコール依存のほか海外へ仕事を求めることを余

儀なくされていた。

メンバーは、2004 年、CEDAC (Cambodian Center for Study and Development in

Agriculture)の創始者である Yang Saing Koma 博士のワークショップに参加し、博士の

「個人の発展」(self-development)の考え方と出会う。それは個人の発展を個人に閉じた自

己利益の追求ではなく「社会的価値を考える(think about social value)」ことで捉え返して

いくものであった。そこで FHF は参加者の資格に「社会的精神(social mind)を持った人格

性」を重視する方針を取った。毎月の会合では若者を取り巻く社会問題や毎回、異なるト

ピックに関する共同学習会を行い、職業上のストレスや自己肯定感(self-confidence)、未

来への動機付けなどについて、さまざまな講師を招いて学びの機会をもつようになった。

社会問題を対象化した対話は、参加者に「問題」と自己との切り離し、感情と不満の自由

な発話を可能にし「社会を映す対話の場」(a place of dialogue where reflects the society)を

創出する 。調査中、FHF の代表は次のように述べた。

「自助」(Self-help)とは「社会的意識」をもって独自に社会貢献の方法を発見しよう

と努力することであり、自己利益のために「助けを乞うこと」(begging)や「社会の憐

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れみや経済援助に依存すること」 とは真逆の意味をもっている。今日のカンボジア

が最も必要とする精神だ。相互扶助はもちろん大切だが、一人一人が「自助」を行う

ことが相互扶助の条件である。依存から独立へ、そして独立した者同士の相互扶助に

向け(from dependence to independence, from independence to interdependence)、自助を

行う人が始めて、他者や社会を助けることができ、また他者から助けてもらう資格を

得る53。

以上のように FHF の「対話」は自己の矛盾と社会の矛盾を反響(reflection)させながら

新たな「考え方」(論理)を提示する。その際に「自助」は「独自に社会貢献の方法を発

見しようと努力する」主体的な精神的能動性と、「倫理的姿勢」(エートス)(「他者か

ら助けてもらう資格」)として形取られていく。

そこであらためて SHG に参加する「個人」に着目すると、自助のエートスは「学ぶこ

と」の精神的な能動性と密接に関わっている。LSG のあるメンバーは次のように述べ

る。「学校にいけなくても考えることはできる。お金がなくてもできる。貧困な私たちに

残されたことは、とにかく周囲から手当たり次第に学んで何かを知ること、考えることだ

った。それについて貧困は一切、言い訳にならない」54。あるいは Coconuts School が述

べるように、「思考だけは現実の貧困を越えていく」55。このように、倫理的な姿勢(エ

ートス)としての「自助」は「自己形成」の精神的能動性の意味を枠取りながら、個人の

責任(responsibility)の在所を指ししめす。つまり SHG は単に全人的関係性でふれあう友愛

的な関係ではなく、それ自体が一つの小社会として参加者に「自助」、「思考」する努力

を要請する。

以上のように、SHG の対話は「自助」を「倫理的立場」としつつ「思考/対話」によっ

て「論理」を見出し、社会を説得していく「対話的社会参加」を開始する。その対話の内

容に文化的・宗教的規範の異なりがあるものの、何らかの「共同学習」の形態が採用さ

れ、これが五か国に共通に見出し得る第三の「対話」の形態である。

対話的社会参加に求められる論理形成時は、社会の矛盾そのものを対象化した論理と論

理の衝突が経験される。この段階では、個人や SHG の悩みは特殊な矛盾ではなく、歴史

的社会的な矛盾であることが自覚される。たとえば日本語の人称(私や僕、あなたは君な

ど)は相対的人間関係を意識的前提に含むランガージュ(文法)であり、日本社会では社

会的地位や上下のタテ社会の自他意識が極めて強く自己形成に作用する。同様にクメール

53 FN. 2017. 1. 20 Interview: FHF 54 FN.2017. 1. 23 Interview: LSG 55 FN. 2017. 2. 20 Interview: Coconuts School

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社会でのヒエラルキーの強さは個人間のコミュニケーションを強く規定し、カンボジア人

は初対面に会った者との対話の場面で、自分と相手の社会的地位をその関係性の枠組みで

認識するまで言葉を発することを慎む傾向がある56。性差に加え年齢(年長者を意味する

クメール語”bang”、年少者”oung”)による相対的な社会的地位の自覚的形式57が言語に埋

め込まれており、さらに個人の地位の決定要素となる、財産、家柄、職業といった地位の

限定の背後には、「業」(カルマ)と「功徳」という上座部仏教思想が根差している

(Ledgerwood, 1992: 4)ともいわれる。この伝統的規範においては、社会的地位は過去の

行為によって生前から超越的に限定されている。すると、たとえば HIV 患者は医学的健

康の問題のみでなく、年齢・性差・財産・職業のほか、性産業の利用者といった偏見や社

会的スティグマと相まって、カルマの解釈によっては重層的な心理的抑圧を生じさせ、ま

た SHG 内部にも各人のこれらの問題構造と解釈に異なりが生まれてくる。現在の病や不

幸が過去の自分たちの行為に運命的に起因するものとされた場合、仮借なき自己責任と貧

富の差別が人格の差別と即応して人々に働きかねないこととなる。

このような歴史的社会的矛盾とそれに対する思考は、それぞれの SHG の集団にそれぞ

れの形で課せられるエートスと考えられる。そして歴史的に作られた規範(論理)は、常

に異なる規範、これを乗り越えようとする新しい規範(論理)によって相対化され、「対

話」を通じて止揚されていく。それは、たとえばアメリカのビレッジ MHA がカリフォル

ニア州ロングビーチ市のコミュニティに生活するカンボジア移民のメンタル・ヘルスに関

与する際にも立ち向かわなければならない課題となっている。つまり、規範(論理)と規

範(論理)の対立―「カルマ対リカバリーという状況」58―への対応である。

このような規範や論理をめぐる学習は、SHG が属する文化や宗教などに応じて多様な

形態をとると考えられる。たとえばイスラム教民族の鬱状態の心象風景では、「見捨てら

れた感情」と宗教的罪悪感(feeling abandoned or punished by God)に加え、コミュニティか

らの疎外感が同時に直観される。結果、生活上の多くの悩みにおいて強烈な「自己批判」

(being self-critical)が生起することが指摘されている59。その際には、「神との関係」を再

構築する教義の学び直しが必要不可欠な手続きとなる。農村地域から都市(プノンペン)

に進学したムスリム女子学生の寮を運営している CAMSA(カンボジア)の場合、そこで

生じる精神的な悩みに関する話題は聖典コーランの解釈を巡った「対話」であり、西欧型

の「人権」や「生活の質」といった概念はまったく話題に上らない、という。カンボジア

56 Ledgerwood, J., Analysis of the Situation of Women in Cambodia, Phnom Penh, Cambodia : Consultancy for UNICEF 1992, P3 57 西谷佳純「変容するカンボディア女性の地位と村落社会」草野孝之編『村落開発と国際協力―住民の目線で考える』古今書院、2002 年、P74 58 FN. 2017. 7. 18 59 Mir, G., Hussain, S., Wardaq, W., Meer, S., Evaluation and Development of a Self-help Resource for Muslim Patients with Depression. Abnorm Behav Psychol 2, 2016, p118

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の少数民族ムスリムにも、チャム語を話すチャム族と都市部のムスリムなどの間に慣習と

価値観に多様性があり、そのように異なる解釈間の対話が成立する60。

以上のように、SHG の対話には時代・文化・地域を超越した「規範」(社会)と「規

範」(社会)の「対話」という意味側面が見出されると同時に、その相対化のために共に

学び・知る営みとしての「対話」が機能していると考

えられる。そして「現代」社会に生きる、という時代

的共通点を有する社会的規範の「対話」は、異なる問

題をドメインとする SHG 間とのつながりを可能とする

61。

たとえばセクシャル・マイノリティが主体となって

形成された CamASEAN(カンボジア) は、障がい者、依存症、女性、少数民族といった

「社会のマイノリティ」であることを共通項にもつ多様な当事者が参加し始めている。性

の問題や若者の貧困、HIV の諸問題はアリヤラトネが述べたように「総合性」をもって

密接につながっている。情報化が進展した現代において、インターネットを介した社会と

の「対話」62が試み始められていること(Picture1)も、この「つながり」の生成に大き

く寄与している。CamAsean の代表、Sron Shorn 氏は次のように述べる。

SHG で対話を重ねてきた人は、異なる価値観を認めて多様性を尊重すること、外見

や一部のアイデンティティを一般化(generalize)しないこと、臆見(stereotype)にとらわ

れずに人間と接すること、同じような「人間への愛」(humanity)をもつ人々とつな

がっていくことの意味を共有している。SHG の「対話」は、それを意識せずとも民主

主義の精神を学ぶ場となっている。

ここでいう「人間への愛」は、「全人的関係性」において人間と接することを意味し

「枠組みで人をみないこと、発達障害や精神障害といった分節的な見方で人間をまなざす

のではなく、それをいったん置いてその人を人間として見ること」63を尊重する。そのよ

うな形で「人間を知る」ことを愛する「人間愛」は、SHG の「対話」が培う根源的なエ

ートスである。このエートスは「多様性」を尊重する「対話」の重要性を社会に喚起して

いく「論理」(ロゴス)と結合し、「異なる立場の人間を知る」という自助の精神的能動

60 FN. 2017. 1. 28

61 本アクションリサーチが実施した「カンファレンス」もその一つであろう。 62 インターネットを活用したメンバー間の何らかの相互交流(悩みの相談や情報共有など)は、調査協力した 5 か国すべての SHG が行っている。 63 FN. 2017. 7. 21. Interview: NPO 法人フォロ

Picture 1 My Voice My Story,

CamAsean 提供

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性の「情熱」(パトス)に突き動かされながら、「対話的社会参加」を通じて社会自体を

「対話的」にしていく。

このような意味で「学習」「教育」「研究」といった営みが、「人」をつなげていく

SHG の対話的社会参加の普遍的傾向として見出しえるのではないか。日本では、近年、

専門職位にある支援者の「当事者研究」、医療専門職位にある多職種間の人々の「当事者

研究」(川上 2016)64が模索され始めている。このような当事者研究の拡大は、「これま

で政治的になりがちであった当事者運動と異なって、『研究』という普遍的な人間の活動を

取り出し、社会を対話的社会へ、多様性を認める社会へと変えていく新しい形の平和的な社

会運動の可能性を示した、最も大きな当事者研究の功績である」65。

またアメリカ、ビレッジ MHA はもともと 1989 年にロサンゼルス郡が試験的に開始した「資

金頭割り制度」及び地域統合モデルの融合プロジェクト(a model combining financing

reform (consolidated funding and capitation)の有効性を評価するアクションリサーチが

きっかけで誕生した66。「リカバリー」の哲学を共有した異分野融合チーム

(interdisciplinary-team)、当事者、家族が参加した成果が、SHG を重視する今日のビレ

ッジの祖型となった。

さらにベルギーTrefpunt ZelfHelp vzw はフランダース地方の多様な SHG に関する情報

支援センターであり、また研究者と SHG との共同調査を実施している。ベルギーの SHG

の今後の発展戦略は、隣国のドイツが展開した”Self-Help Friendliness”(SHF)のパート

ナーシップ・モデル67を一つの模範としている。このモデルは自助グループの連合体とヘル

ス・ケアサービスの供給者、研究者、政策関係の専門家などによる参加型調査(2004-

2013)によって、政策立案―意志決定に SHG が参加することを可能とした。この際の共

同研究は、特定の健康課題、たとえば癌といった特定の疾患のガイドライン作成といった

個別の目的のための参加や臨床ケース・スタディのための研究ではなかった。メゾレベル

にある自助グループが「単独で」社会的アドボカシーに参加し制度の意志決定に入って

も、政策の「細分化」を招くだけに終わったかもしれない68。しかし SHF は政策改革のた

64 二種以上の職種の医療専門職者が共同して学び、お互いを学ぶことで連携やケアの質を改善する「多職種連携医療」(IPE: Inter-professional education)の実践では、「図らずも自己の職種と向き合わざるを得ない」。その共同学習の性格から「医療教育者版『当事者研究』」が提示されている。川上ちひろ「医療専門職による実践教育研究 ―医療教育者の『当事者研究』の場となる『多職種連携医療教育』―(保健医療社会学会論集、第 27 巻 1 号、2016) 65 FN. 2017. 6. 20 interview: NPO そーね 66 Chandler, D. et al : Client Outcomes in a Three-Year Controlled Study of an Integrated Service Agency Model. Psychiatric Services 47: 1337-1343, 1996 67 Alf Trojan, Stefan Nickel Christopher Kofahl, Article Naviga tion Implementing ‘self-help friendliness’ in German hospitals: a longitudinal study, Health Promotion International, Volume 31, Issue 2, 1 2016, pp303–313 68 Marent B, Forster R, Nowak P, Conceptualizing lay participation in professional health care org anization, Administration and Society, 47:827-850, 2013

Page 32: 2018 年6 月29 日 - 公益財団法人トヨタ財団

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めに当事者の声が有効であることを研究者が証明しまた発信し続けたことに加え、またす

でに社会に浸透し横のつながりをもっていた SHG が継続的・包括的に参加したため、政

策の総合化と効率化が実現した69。

同様に「研究」を介した SHG の社会参加の事例はフランス70、香港71などでも見出すこ

とができる。以上のように「共同学習」/「研究」という「他者を知る」「対話」の形態

は、SHG が外部の異なるセクターと「対話」を重ねていく重要な意味を担う。SHG の

「対話」は「他者を知る」営みであり、またそれによって異なる立場の人と人をつなげて

いく営みであると考えられる。

4.総括

以上のように、対話/思考の三種の形態が SHG の発展段階の即応していることを確認し

た。本共同研究題目にある「SHG における哲学的対話」とは SHG の発展に不可欠な「共

同の思考」=「対話」であり、社会改善に向けた論理・規範を構成する効果を SHG にも

たらすと同時に、社会自身も SHG の哲学的対話によって社会に潜在する矛盾を明確化し

てこれを改善していくことができるという結論に至った。

謝 辞

短期間であったが本プロジェクトを通じ、5 か国で多くの方の優しさと情熱に支えられ

て上記の総括に至ることができた。本稿に込めることができない多くの対話の日々を思う

と、ご協力いただいた各位への感謝の念に堪えない。拙稿のような紙に書かれた言葉での

み、各位の人生の語りと情熱を「単純化」してしまうこと、慙愧に絶えない。本研究に参

加・協力下さった団体と一部の方々の紹介とコメントは、これも不十分ながら本共同研究

の成果物である”Self-Help Group Guideline”に掲載している。

本国際比較研究に資金を援助下さったトヨタ財団の御理解を含め、協力者各位にあらた

めてここに謝辞を記したい。

69 Stefan Nickel, Alf Trojan M.D., Christopher Kofahl, "Involving self -help groups in health-care institutions: the patiens' contribution to and their view of 'self-help friendliness' as an approach to implement quality criteria of sustainable co-operation", Health Expectations, 20:274-287, 2016 70 Vololona,R., The struggle against neuromuscular diseases in France and the emergence of the “partnership model” of patient organisation, Social Science & Medicine Volume 57, Issue 11:2127-2136, 2003 71 Travis SK Kong, Gay and grey: participatory action research in Hong Kong, Qualitative Research, Sage, 2017