05 29-2総説3 藤井 - J-STAGE

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比較生理生化学 70 AMP キナーゼは,真核生物において高度に保存されたセ リン/スレオニンキナーゼである。キナーゼ活性が同定さ れたのは1970年代初期であるが,その生物学的重要性が 認識され始めたのは最近になってからである。細胞内のエ ネルギー・レベルを感知して,低エネルギー環境に適応す るための種々の調節を行う。生命活動のイベントの多くは, 細胞レベルであっても個体レベルであっても,何らかの形 でエネルギー代謝と関連している。そのため,AMP キナー ゼが担う役割も単なるエネルギー・センサーに留まるもの ではなく,細胞の基本的活動(増殖・分化など)から疾患の 生起にまでわたる。本稿では,AMP キナーゼの分子構造お よび機能を解説する。 AMP キナーゼ(5AMP-activated protein kinase)は細 胞内のエネルギー・センサーとして働き,エネルギー代謝 のホメオスタシスを調節する,セリン/スレオニン・キ ナーゼである 19) 。飢餓,栄養素の枯渇,あるいはエネル ギー欠乏ストレスによって活性化され,エネルギー産生の ための異化作用を促進し,エネルギー消費を伴う同化作用 を抑制する。すなわち,細胞内エネルギー・レベルを維持 するための,重要な調節因子と考えられている。哺乳類 (AMP キナーゼ)をはじめ,酵母(SNF1;Sucrose nonfer- menting1),植物(SnRK1;Snf1-related kinase1),線 虫(AAK;AMP-activated kinase), 昆 虫(AMP キ ナ ー ゼ)など,全ての真核生物において高度に保存された分子 であり,生命維持の普遍的な役割を担う分子であることが 推察される。知られている唯一の例外が,寄生性の単細胞 生物である微胞子虫類 Encephalitozoon cuniculiで, AMP キナーゼの遺伝子セットがゲノムから抜け落ちてい 33) 。微胞子虫類のゲノム・サイズは真核生物中で最も小 さく,大腸菌と比較してもさらに小さい。加えてミトコン ドリアも有さない。これら細胞のエネルギー・ホメオスタ シス調節因子の欠損は宿主の機能によって補償されるため, AMPキナーゼの機能を必要としないのかもしれない。 AMP キナーゼおよびそれぞれの種におけるオーソログは, 3つの異なるサブユニットから構成されるヘテロ3量体と して機能する。キナーゼ活性を有する触媒サブユニット(図 1中に斜線で示されたサブユニット),および2種類の調節 サブユニット,すなわち細胞内エネルギー・レベルを決定 する ATP,ADP,AMPと結合するサブユニット(図1中 の白)と,両者を繋ぐとともにグリコーゲン結合ドメイン を持つサブユニット(図1の黒)から成る。 1.哺乳類の AMP キナーゼ 哺乳類の AMP キナーゼは, αβ,およびγと呼ばれる 3つのサブユニット(他の種におけるサブユニットの呼称 は図1を参照)で構成され,αサブユニットがキナーゼ活 性を有する。各サブユニットには複数のアイソフォームが 確認されており,αサブユニットに2種類(α 1, α 2),βブユニットに2種類(β 1, β 2),γサブユニットに3種類 γ 1, γ 2, γ 3)が,それぞれ異なる遺伝子にコードされてい 12) 。その組み合わせに相当する12種類の3量体が存在し 真核細胞のエネルギー・センサー「AMP キナーゼ」 眞 鍋 康 子・井 上 菜穂子・高 木 麻由美・藤 井 宣 晴 総説 *Yasuko MANABE, Naoko GOTO - INOUE, Mayumi TAKAGI, Nobuharu L. FUJII, 首都大学東京 人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域(〒192 - 0397 東京都八王子市南大沢1 - 1) Received 13 March 2012, Accepted 28 March 2012 図 1  真 核 生 物 の AMP キ ナ ー ゼ AMPK/AAK/ SNF1/SnRK1は,3つの異なるサブユニットからなる ヘテロ3量体である。キナーゼ活性を有する触媒サブユ ニット(斜線),細胞内エネルギー・レベルを決定し, ATP,ADP,AMPと結合するサブユニット(黒)と, 両者を繋ぐとともにグリコーゲン結合ドメインを持つサ ブユニット(白)から成る。

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比較生理生化学70

 AMP キナーゼは,真核生物において高度に保存されたセリン/スレオニンキナーゼである。キナーゼ活性が同定されたのは1970年代初期であるが,その生物学的重要性が認識され始めたのは最近になってからである。細胞内のエネルギー・レベルを感知して,低エネルギー環境に適応するための種々の調節を行う。生命活動のイベントの多くは,細胞レベルであっても個体レベルであっても,何らかの形でエネルギー代謝と関連している。そのため,AMP キナーゼが担う役割も単なるエネルギー・センサーに留まるものではなく,細胞の基本的活動(増殖・分化など)から疾患の生起にまでわたる。本稿では,AMP キナーゼの分子構造および機能を解説する。

 AMP キナーゼ(5’AMP-activated protein kinase)は細胞内のエネルギー・センサーとして働き,エネルギー代謝のホメオスタシスを調節する,セリン/スレオニン・キナーゼである19)。飢餓,栄養素の枯渇,あるいはエネルギー欠乏ストレスによって活性化され,エネルギー産生のための異化作用を促進し,エネルギー消費を伴う同化作用を抑制する。すなわち,細胞内エネルギー・レベルを維持するための,重要な調節因子と考えられている。哺乳類

(AMP キナーゼ)をはじめ,酵母(SNF1;Sucrose nonfer-menting1),植物(SnRK1;Snf1-related kinase1),線虫(AAK;AMP-activated kinase),昆虫(AMP キナーゼ)など,全ての真核生物において高度に保存された分子であり,生命維持の普遍的な役割を担う分子であることが推察される。知られている唯一の例外が,寄生性の単細胞生 物 で あ る 微 胞 子 虫 類 Encephalitozoon cuniculiで,AMP キナーゼの遺伝子セットがゲノムから抜け落ちている33)。微胞子虫類のゲノム・サイズは真核生物中で最も小さく,大腸菌と比較してもさらに小さい。加えてミトコンドリアも有さない。これら細胞のエネルギー・ホメオスタシス調節因子の欠損は宿主の機能によって補償されるため,AMP キナーゼの機能を必要としないのかもしれない。AMP キナーゼおよびそれぞれの種におけるオーソログは,3つの異なるサブユニットから構成されるヘテロ3量体として機能する。キナーゼ活性を有する触媒サブユニット(図1中に斜線で示されたサブユニット),および2種類の調節サブユニット,すなわち細胞内エネルギー・レベルを決定する ATP,ADP,AMPと結合するサブユニット(図1中の白)と,両者を繋ぐとともにグリコーゲン結合ドメインを持つサブユニット(図1の黒)から成る。

1.哺乳類の AMP キナーゼ

 哺乳類の AMP キナーゼは,α,β,およびγと呼ばれる3つのサブユニット(他の種におけるサブユニットの呼称は図1を参照)で構成され,αサブユニットがキナーゼ活性を有する。各サブユニットには複数のアイソフォームが確認されており,αサブユニットに2種類(α1, α2),βサブユニットに2種類(β1, β2),γサブユニットに3種類

(γ1, γ2, γ3)が,それぞれ異なる遺伝子にコードされている12)。その組み合わせに相当する12種類の3量体が存在し

真核細胞のエネルギー・センサー「AMP キナーゼ」

眞 鍋 康 子・井 上 菜穂子・高 木 麻由美・藤 井 宣 晴*

総説

*Yasuko MANABE, Naoko GOTO-INOUE, Mayumi TAKAGI, Nobuharu L. FUJII, 首都大学東京 人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域(〒192-0397 東京都八王子市南大沢1-1)Received 13 March 2012, Accepted 28 March 2012

図 1  真 核 生 物 の AMP キ ナ ー ゼ AMPK/AAK/SNF1/SnRK1は,3つの異なるサブユニットからなるヘテロ3量体である。キナーゼ活性を有する触媒サブユニット(斜線),細胞内エネルギー・レベルを決定し,ATP,ADP,AMPと結合するサブユニット(黒)と,両者を繋ぐとともにグリコーゲン結合ドメインを持つサブユニット(白)から成る。

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うると考えられているが,各組織における発現の特異性や,組み合わせの選択優位性などによって,それらの存在比率は変わると考えらえる。それぞれのサブユニットに,スプライシング・アイソフォームも確認されている(表1)41)。図2に示すように,αサブユニットはセリン/スレオニン・キナーゼ共通に認められる典型的なキナーゼ・ドメインを有し,ドメイン内に位置するスレオニン172のリン酸化が,キナーゼ活性に必須である。LKB126, 39),さらにはカルモジュリン・キナーゼ・キナーゼ(CaMKK)β43)およびTAK-146)が,このスレオニン残基をリン酸化する上流のキナーゼとされる。また PP2Aおよび PP2Cが,この残基の脱リン酸化酵素として推定されている。AMP キナーゼのリン酸化を制御するリン酸化酵素および脱リン酸化酵素を図3にまとめた19)。 細胞内のエネルギーは,活性運搬体である ATP 等に蓄えられ,細胞の生存維持に必要なイベントに使用される。ATPは蓄えられたエネルギー・レベルが最も高いバッテリーであり,加水分解によってγ位とβ位の無機リン酸が外れエネルギーが減少すると,順次 ADP,AMPとなる(図4)。AMP キナーゼのγサブユニットには,AMPおよびATPの結合ドメインがあり,前者が結合すると活性は促進され,後者が結合すると活性は抑制される42, 44)。また,つい最近になって,ADPも同様の活性調節因子であることが報告された35, 45)。AMP キナーゼが活性化すると,エネルギー産生のための異化作用が亢進すると同時に,エネルギー消費を伴う同化作用は抑制され,細胞内エネルギー・レベルを上昇させるように働く。すなわち,グルコースおよび脂肪酸の取り込み(骨格筋),解糖(骨格筋),および

α1.1

α1.2

α1.3

α2.1

β1.1

β2.1

γ1.1

γ2.1

γ2.2 γ

γ2.3 γ

γ3.1

γ3.2

図2 AMP キナーゼの各サブユニットの構造と機能 αサブユニットはキナーゼ・ドメインを有し,ドメイン内に位置するスレオニン残基のリン酸化(SNF1:Thr210,AMPK:Thr172,SnRK:Thr175)が,キナーゼ活性に必須である。βサブユニットはグリコーゲン結合ドメイン,および α/γ- サブユニット結合ドメインを有する。植物のβサブユニットにはグリコーゲン結合ドメインを欠損した構造の植物特異的な形 KIN-β3が存在する。γサブユニットには,アデノシン・ヌクレオチド結合部位である CBS(Cystathioneβ Synthase)ドメインが4つ存在する。植物には,グリコーゲン結合ドメインを有する植物特異的γサブユニット KIN-βγがある。

図3 リン酸化による AMP キナーゼの活性調節 AMPキナーゼの活性化にはα- サブユニットに位置するスレオニン残基リン酸化が必須である。主なリン酸化酵素および脱リン酸化酵素を図中に示した。

表1 各サブユニットのスプライシングアイソフォーム

比較生理生化学72

脂肪酸酸化(骨格筋,肝臓,脂肪)が亢進し,糖新生(肝臓),脂肪酸合成(骨格筋,肝臓),グリコーゲン合成(骨格筋),蛋白質合成(多くの臓器),およびコレステロール合成(肝臓)は抑制される12, 19, 27)。 γサブユニットには,CBS(Cystathione β Synthase)ドメインと呼ばれるアデノシン・ヌクレオチド結合部位が4

つ認められる18, 25, 42)(図5)。CBS1および CBS3は,ATP,ADP,AMPに対して等しい親和性を有するため,3者が競合的に結合すると考えられ,エネルギー・センサーの主幹部位と考えられている35, 45)。CBS4は AMPとの結合親和性が強く,CBS2にはいずれのアデノシン・ヌクレオチドも結合しない,と推察される35, 45)。γサブユニットへのAMPの結合は3量体の構造を変化させ,それに伴う3つの独立した機構で活性を亢進させる18)。すなわち,① LKB1等によるスレオニン172残基のリン酸化が容易となる,②脱リン酸化酵素によるスレオニン172残基の脱リン酸化が生じ難くなる,③スレオニン172残基がリン酸化された活性型 AMP キナーゼをアロステリック効果によってさらに高活性とする。最近の報告によると,①および②は ADPの結合によっても生じるが,③は AMPによってのみ調節されるようである35, 45)。 ATPは,アデノシンを基本骨格にリン酸を3つ有していて,β位とγ位のリン酸が高エネルギーリン酸結合で結ばれている(図4)。α位のリン酸結合はエステル結合のため,AMPからこのリン酸が外される際に得られるエネルギーは比較的小さい。したがって,細胞内の ATPが,ADPおよび AMPのそれよりも充分に多いと,細胞内のエネルギー状態は良好に保たれている。哺乳類の場合,通常の細胞内AMP 濃度は,ATP 濃度の約1/100,また ADP 濃度の約1/10程度である。 なぜ ATPを単独の検知量とするのではなく,最も細胞内濃度が低い AMPをも検知量として利用するのかは,細胞内でのアデニル酸キナーゼの役割を考慮することで理解できるかもしれない。アデニル酸キナーゼは,以下の反応を触媒する。

 ATP + AMP ⇌ 2ADP

   真核細胞のアデニル酸キナーゼは充分に高い活性を恒常的に維持しているため,通常この反応はほぼ平衡に達している。平衡定数は約1のため,

 [AMP][ATP]/[ADP]2 =1

  ゆえに, [AMP][ATP]=[ADP]2

  両辺を[ATP]2 で除すと, [AMP]/ [ATP]=([ADP] / [ATP])2

 この式からは,細胞内において[AMP]:[ATP]が [ADP]:[ATP]の2乗に比例することが理解できる。つまり AMPとの比をとることは,ATPの変化率を増幅することに等しい。細胞内 ATPの枯渇はイコール生命活動の破綻を意味するため,最終調節量として維持されるべき ATPの変化を直接の検知量としてフィードバックする制御系はリスクが大きくなってしまうが,この問題は[AMP]:

[ATP]比を検知量とすることで見事に解消される。すなわち,[AMP]:[ATP]を検知量として採用し ATPの変化率を増幅させることで,ATPが枯渇するより前にエネルギー産生を亢進させるネガティヴ・フィードバック制御が,効果的に働くことなる19)。

図4 AMP,ADP,ATPの構造 アデノシン基本骨格にリン酸基が1つ結合した AMP,2つ結合した ADP,3つ結合した ATPが存在する。β位とγ位の高エネルギーリン酸結合が加水分解によって外れると,エネルギーが放出される。

図5 AMP キナーゼγサブユニットのアデノシン・ヌクレオチド結合部位 CBS ドメインと呼ばれるアデノシン・ヌクレオチド結合部位が4つ存在する。CBS1とCBS3は,ATP,ADP,AMPに対して等しい親和性を有するため,3者が競合的に結合すると考えられ,エネルギー・センサーの中心となる部位である。CBS4はAMPとの結合親和性が強く,CBS2にはいずれのアデノシン・ヌクレオチドも結合しないと推察される。

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2.出芽酵母の AMP キナーゼ; SNF1

 実験に使用する出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)を培養する際は,一般に高いグルコース濃度の培養液(2%程度)が使用される。このような高グルコース環境ではATP 合成に発酵反応(嫌気的解糖→アルコール+二酸化炭素)が利用されている。得られたエネルギーで出芽酵母は盛んに増殖するが,グルコースが減少してくると増殖が遅くなり,またグルコース代謝も発酵ではなく酸化的リン酸化反応によるより効率的な経路を使用し始める。SNF1は,グルコースが減少した際に,代謝経路を発酵から酸化的リン酸化へ切り替えるスイッチングを調節している8)。さらに,シュークロースやエタノールなど他の炭素源の利用にスイッチングする調節も担っている9, 10)。SNF1をコードする遺伝子の欠損株は,低グルコース環境に暴露されてもそれを感知することができず,発酵による ATP 合成に頼ったまま盛んな増殖を続け,やがて死滅してしまう21)。SNF1は低グルコースだけでなく,酸化ストレス,アルカリ環境,呼吸鎖阻害等によっても活性化され,同様の働きをする22)。さらに SNF1は,高グルコース環境下では発現が抑制されている遺伝子群を,低グルコース環境下で解き放つ役割を持つ。出芽酵母の利用できるグルコースが制限されると,SNF1は Mig1と呼ばれる転写抑制因子を核外に移行させ,それまで抑制されていた一群の遺伝子(glucose-repressed genes)の発現を回復させる20)。これによって,低グルコース環境への適応を図る。 SNF1の構造は,哺乳類における AMP キナーゼのそれと,非常に似ている。1種類のα(SNF1),3種類のβ

(SIP1,SIP2,GAL83),1種類のγ(SNF4)から成る3量体を形成し機能を発揮する(図1)。SNF1のキナーゼドメインには活性に必須とされるリン酸化部位,スレオニン210残基があり(図2),PAK1,ELM1,TOS3等によってリン酸化され23),REG1-GLC7や SIT4によって脱リン酸化される36)(図5)。AMP キナーゼと構造が相似し,さらに低グルコースというエネルギー欠乏ストレスによって活性化されるにも関わらず,SNF1の場合は AMPによって活性化されないことが以前から指摘されており34, 37),大きな謎とされてきた。Mayerらは2011年に,SNF1の各サブユニットについて主要部位の短縮型フラグメントを作製・精製して3量体を形成させ,結晶解析に用いた。その結果,γサブユニット(SNF4)の CBSのうち2つに ADPが結合し得ることを明らかにした33)。そのうちの1つには,ATPと AMPも,ADPと同じ親和性で結合し得るが,より強い親和性で結合する NADHに拮抗的に排除されていることを示唆した。また残りの CBSに対する NADHの親和性は低く,そこに ADPが結合することによってスレオニン210残基の脱リン酸化が抑制され,活性を亢進させることを示唆した。しかし,なぜ ADPが,ATPや AMPよりも強い作用を有するのかは明らかになっておらず,全長サブユニットによる3量体の解析が待たれる。

3.植物の AMP キナーゼ;SnRK1

 SnRK1は,エネルギー貯蔵およびエネルギー源のスイッチング調節に関わることが知られている3)。加えて,抗ウィルス反応,生殖,老化,などの現象にも関わってい

る3)。AMP キナーゼ(哺乳類)や SNF1(出芽酵母)と相同のサブユニットを有し,2種類のα(KIN-10,KIN-11),3種類のβ(KIN-β1,KIN-β2,KIN-β3),2種類のγ

(KIN-γ,KIN-βγ)の組み合わせで3量体を形成すると考えられている(図1)。それらとは別に,植物特異的なホモログが各サブユニットに見つかっている。SnRK2およびSnRK3は,哺乳類や出芽酵母のαサブユニットと相同性の認められる分子である。しかし,KIN-10や KIN-11よりも相同性の程度は低く,出芽酵母の snf1欠損変異株に発現導入してもその機能を代償することはない24)。これに対して,KIN-β3はグリコーゲン結合ドメインを欠損した構造の植物特異的なβサブユニットであるが(図2),出芽酵母のβサブユニット欠損株に発現導入すると機能を代償することができる15)。興味深いことに,KIN-β3から切り出したグリコーゲン結合ドメインを挿げ替えたかのような,植物特異的γサブユニット KIN-βγが存在する29)。本来はβサブユニットが有するグリコーゲン結合ドメインをN末端に配したγサブユニットで(図2),出芽酵母の snf4 欠損株に発現導入すると機能を回復させることができる16)。 SnRK1の活性に必須のリン酸化部位はスレオニン175残基で(図2),リン酸化酵素として GRIK1および GRIK2が40),脱リン酸化酵素として PP2Aおよび PP2Cが報告されている(図1)。SnRK1も SNF1と同様に,細胞のエネルギー・センサーとして働くものの,ATPおよび AMPによるアロステリック制御を受けないとされる。植物ではこれらの分子に替り,トレハロース -6- リン酸(trehalose-6-phosphate(T6P))の働きが,最近になって注目されている38)。T6Pは,グルコース -6- リン酸および UDP- グルコースからトレハロースが生合成される過程で産生される,中間生成物である。高シュークロース条件下で細胞内 T6P レベルが上昇すると,SnRK1活性は抑制され,その結果,同化作用が亢進し成長が促進される。反対に,グルコース -6-リン酸の減少等によって T6P レベルが低下すると,SnRK1は活性化され,エネルギー源としての炭素の欠乏を補うために,異化作用が亢進される38)。SnRK1を中心とした植物のエネルギー感知システムは,動物や出芽酵母のそれとは若干異なるユニークな調節を受けているようであり,エネルギーの獲得および保持の観点から生物進化を考えるためにも,その全容解明が待たれる。

4.線虫の AMP キナーゼ;AAK

 線虫(Caenorhabditis elegans)の寿命にはエネルギー代謝率が深く関わると考えられており,両者を機能的に結ぶ分子として AAKが注目されている。線虫を飢餓条件に暴露すると,細胞内 AMP:ATP 比の増大が観察され,また寿命が延びる。この条件下における寿命の延長には,AAKα2の存在が必須であることが報告されている2)。AAK-α2は,CREB-regulated transcriptional coactiva-torsをリン酸化することによって寿命延長効果を惹起すると考えられるが21),それ以降の細胞内情報伝達経路に関しては今後の研究が待たれる。長寿遺伝子 sirtuinの産物を活性化するとして注目されるレスベラトロールも線虫の寿命を延長するが,この現象にも AAK-α2が必要とされる17)。AMP キナーゼの活性化薬を混餌し摂食させると,線虫の脂肪量が減少することも報告されている28)。AAK

比較生理生化学74

は,2種類のα(AAK-α1,AAK-α2),2種類のβ(AAK-β1,AAK-β2),5種類のγ(AAK-γ1-5)の組み合わせで3量体を形成すると考えられている(図1)。

5.おわりに

 哺乳類の AMP キナーゼは当初,HMG-CoA レダクターゼを抑制する活性として4),また異なる報告によってアセチル -CoA カルボキシレース(ACC)を抑制する活性として同定された7)。その後,これらの活性はいずれもリン酸化酵素に由来することが明らかになり,それぞれ HMG-CoAレダクターゼ・キナーゼおよび ACC キナーゼと異なる名前で呼ばれていた。1980年代に入ると,どちらの活性もAMPで促進されることが認識され始めたものの,それらの活性が同一分子に由来していることは気づかれなかった。やがて,これら2つのリン酸化酵素が同一分子であることが明らかとなり,AMP キナーゼという統一名称が与えられることになった6)。このような歴史的経緯で「AMP」キナーゼという呼び名は誕生したが,ATP,ADP,AMPのいずれによっても活性調節を受けることが明らかになった今日,呼称を「AXP」キナーゼと変更する案も提案されている11)。さらに AMP キナーゼは,細胞内エネルギー・チャージ(ATP,ADP,および AMPの存在量によって決定される)に依存しない機構でも調節されうることが明らかになってきた5)。上述したように,哺乳類の AMP キナーゼおよび出芽酵母の SNF1は,ADPによっても活性調節を受けることが示されており22),また植物においてはT6Pがアロステリック制御因子である可能性が示唆されている38)。したがって,分子の特徴を表現する適切な名称については議論が必要であり,AMPが唯一の調節因子かのように印象づけられてしまうことには注意が必要である。 とはいえ,AMP キナーゼが真核生物のエネルギー・センサーとして重要な働きをしていることに異論はない14)。飢餓環境に暴露された際に,エネルギー源の炭素を確保・維持する機構として,AMP キナーゼは進化してきたと考えられる18)。また AMP キナーゼは,蛋白合成,細胞極性,細胞増殖,アポトーシス,ミトコンドリア生合成,オートファジー,といった多彩な機能と関わることが明らかになってきた18, 32, 41)。加えて,哺乳類を対象にした研究から,AMP キナーゼは,糖尿病等の代謝疾患,癌,心血管疾患,脳卒中,認知症,アルツハイマー病に代表される神経変性疾患,等々,多くの疾患との関わりも指摘されており13, 41),創薬の標的分子としても注目されている。AMP キナーゼが担う生物学的役割が多彩なのは,細胞のエネルギー代謝が多くの基本的生命機能とリンクしているためであろう。AMP キナーゼが「Almost all aspects of cell function」を担うとする観測も19),ややオーバーではあっても,この分子の特徴を表現しているかもしれない。

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AbstractAMP kinase as an energy sensor in eukaryotic cells

Yasuko MANABE, Naoko GOTO-INOUE, Mayumi TAKAGI and Nobuharu L. FUJIIDepartment of Health Promotion Sciences, Graduate School of Human Health Sciences, Tokyo Metropolitan University, 1-1 Minami-Osawa, Hachioji 192-0397, Japan

 The AMP–activated kinase (AMPK) is an evolutionarily conserved metabolic sensor, which maintaines cellular ener-gy homeostasis. Homologs of AMPK are found in all eukary-otic animals, sucrose nonfermenting 1(SNF1) in yeast, snf1-related kinase 1 (SnRK1) in plants, AMP-activated kinase (AAK) in worms, and AMPK in flies. AMPK is a heterotrim-er consisting ofα-catalitic subunit, β andγ-regulatory subu-nits. AMPK is activated by starvation, the depletion of ener-gy source and some stresses followed by enhancement of energy producing catabolic reactions and suppression of en-ergy consuming anabolic reactions. Historically, activation of AMPK was believed to be regulated by allosteric binding of AMP and ATP atγ-regulatory subunits. However, recent reports suggest that AMPK is regulated by binding of not only AMP and ATP, but also ADP.  In this review, we focused on the structure, function and regulation of AMPK in representative eukaryotic animals and also describes multiple metabolic regulations induced by AMPK activation.

Key words: AMP, ATP, ADP, AMP kinase, energy sensor