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mono Emeco ●特集[エメコ・チェア] Since1944~ VOL.04 Photo/Dai Yabuzaki (WPP)、 WPP Archives Text/Teruhiko Doi (WPP) Photo/US NAVY 6 7 アメリカのミリタリー・サープラスの店や フリーマーケットで時々見かける アルミニウム製のシンプルな椅子。 『emeco』と刻印されたその椅子には 人智を尽くしたデザインの完成形が見える。 著名なデザイナー、フィリップ・スタルクも 着目したこの椅子の真実を解き明かしてみよう。

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mono

Emeco●特集[エメコ・チェア]Since1944~

VOL.04

陸上とは異なり、常に振動にさらされる海

人が機能的かつ快適に過ごすための椅子

さまざまな工夫や機能が必要とされる。

論すれば船体に作りつけられたベンチ

まざまな問題を解決することが出来る

がそれでは船室内の自由度が極端に制

ースの有効活用という点では問題も

が、こんな難問をクリアするきっかけは

つの時代もレベルの高い要求から始ま

エメコのアルミニウムチェア「1006」

アメリカ海軍の潜水艦や艦船という

厳しい条件のもとから誕生した。Photo/Dai Yabuzaki(WPP)、

WPP ArchivesText/Teruhiko Doi(WPP) Photo/US NAVY

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アメリカのミリタリー・サープラスの店やフリーマーケットで時々見かけるアルミニウム製のシンプルな椅子。『emeco』と刻印されたその椅子には人智を尽くしたデザインの完成形が見える。著名なデザイナー、フィリップ・スタルクも着目したこの椅子の真実を解き明かしてみよう。

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1944年にアメリカ海軍から依頼されたのは

空母と潜水艦の中で使う椅子の製造。

それは、制限された空間、塩害という劣悪な環境、

常に不安定な海の上での安定性、そして疲れた兵士を

落ち着かせる座り心地を実現しなければならなかった。

提示された素材は、錆びに強いアルミニウム。

大規模な送電システムのインフラが整い

ようやく大量の生産が可能になった素材であった。

そのハードルはとてつもなく高かったが、

エメコ社はすべてを削ぎ落とすデザインを

徹底することでその要求に応えようとしたのである。

まず、金属同士がぶつかっても火花の散る心配が無い

素材としてのアルミニウムの更なる軽量化を図り、

しかも、可燃性の装飾を一切持たない〝ヌード〞のまま

造形を完成させ、デザインですべてのパーツをそぎ落とし、

座面には人間工学的な膨らみとカーブを持たせ、

頑丈さと軽量化の最適なバランスが追及された。

こうして完成したのがモデル『1006』なのである。

怪我につながるような鋭角の凸面は

すべて滑らかなカーブに削られ、

グラム単位のシェイプアップが施され、

工業技術の粋を集めたような造形を持つ椅子が

出来上がったのである。

理想的な形を手に入れたエメコは、

アルミニウムの地板を型取りして溶接し、

バフをかけて仕上げていく製造ラインを完成させ

安定した生産と供給を続けていくことになった。

20世紀末の1998年には、エメコの造形に興味を持った

世界的なデザイナーであるフィリップ・スタルクが

リデザインを手がけることになる。

このモダンな感性を持つフランス人デザイナーは

エメコに新しいフォルムを与え、

そのマーケットが世界中に拡大するきっかけとなった。

「完璧な美しさとは、これ以上足すものがない状態ではなく、もう何も取り去るものがない状態である」というサン・テグジュペリの言葉を体現するかのようなシンプルな完成度を見せるエメコの椅子。引き算のデザインが最大限に活かされた近代デザインの傑作といえるだろう。

軽くて、強くて、錆びずに、燃えないアルミニウムの椅子が軍からの依頼だった

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mono米ペンシルバニア州ハノーバーにあるエメコ社。そのemecoという名称はElectric Machine and Equipment Companyの頭文字からとったもの。有名な『ネイビーチェア』は素材メーカーのアルコア社、米海軍、そしてエメコの技術者たちによって完成された。

 エメコ『1006』は、その誕生の経緯から『ネイビーチェア』と呼ばれている。そもそもこの椅子の素材となっているアルミニウムは19世紀初頭に発見されていたが、現在のような大量の生産に至るまでには多くの年月が費やされた。なぜならば、原料となるボーキサイトからの生産には大量の電力が必要とされるからだ。鉄よりもはるかに軽くて3倍の強度があり、水に強く腐食しない。しかも熱伝導が低いので直射日光を浴びても熱くなりにくく、素材同士がぶつかっても火花が出ない。柔らかくて加工も簡単だし、リサイクル性にも長けた素材。19世紀~20世紀の科学者にとって、アルミニウムこそ次世代の素材と目されていたのである。 大量生産が可能になったのは、安定した大量の電力供給のインフラが整った20世紀半ば近く。1940年代、ようやく人類が自由に使える素材となったアルミニウムを扱うペンシルバニア州のアルコア社と、米海軍の間で、この素材の特性を活かした椅子の製造が検討され始めた。そして白羽の矢が立ったのが、同州ハノーバーにあるエメコ社だったのである。アルコア社は世界の2大アルミ地金メーカーに数えられるほどの大企業だったが、エメコ社は小さな町の職人が働く工場でしかなかった。ただ、その金属加工技術の高さには自信を持っており、職人気質に富んだ

土地柄が生んだモノ作りの機運が高い地域の会社だったのである。ハノーバーという町の名前からも推察されるように、この地は18世紀に移住してきたドイツ系の子孫たちが数多く住む地域であった。ペンシルベニア・ダッチと自らを称し、建築や家具作りなど独特な文化を守り続けている職人気質の人々が、エメコというブランドを支えているのだそうだ。 こうしたemecoのモノ作りに魅せられた人や企業も少なくない。たとえば、著名なデザイナーであるフィリップ・スタルクは同社の椅子のリデザインを手がけ、世界的な評価を得ている。また世界的企業であるコカコーラ社から2010年にPETボトルを再利用したプラスチック製のNAVYチェアが発表された。一脚あたりに使用するPETボトルの本数が111本ということで、型番が「NAVY 111」になっている。ただ、スタルクにしてもコカコーラにしても、出来上がったデザインから受ける印象はエメコ以外の何ものでもなく、1006NAVYのデザイン的な完成度の高さをさらに認識したファンも少なくないだろう。●シルバーの椅子:NAVY 1006/価格6万9300円。赤い椅子:111 NAVY/価格3万9900円問ロイヤルファニチャーコレクションhttp://www.royal-furniture.co.jp/

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実用一点張りのデザインでありながらセクシーさを感じる座面のカーブは「リタ・ヘイワースのヒップラインを型取りした」という都市伝説的な噂もあったほど。デザイナー不詳という謎めいた存在は人々の想像力をかき立てたのだろう。

1944年5月30日 第二次世界大戦当時の米海軍護衛艦のハンガーデッキで行われたコンサート風景。演奏家たちがネイビーチェアに座っている様子が確認できる。

冷戦終結で海軍からの注文が減っても、世界中のデザイナーたちが密かに注目 

創業から1970年くらいま

での二十数年間で約100万脚

を売ったネイビーチェアだった

が、主な顧客であった軍関係の

需要が減って経営が困難になり、

1978年には新オーナーであ

るジェイ・バックバインダーに

買収される。ただ、事業的には

採算の取れない状況が続いた。

エメコの椅子にとって幸運だっ

たのは、この新オーナーの息子

であるグレッグ・バックバイン

ダー(現CEO)がデザインに

興味を持っていたという点であ

る。あるときペンシルバニアの

社員が顧客と話しているのを耳

にして、その相手がアルマーニ

の担当者だったことに驚き、顧

客リストを調べてみたら、他に

も有名建築家やデザイナーの名

前を多数発見することになる。

フィリップ・スタルクもその一

人だった。細々ながらも売れて

いたネイビーチェアは、実はそ

ういう人々のセレクトで世界的

な有名建築や、最先端のカフェ

やレストランなどに納められて

いたのである。その事実に可能

性を感じたグレッグは、閉鎖目

前だった工場を引き継ぎ、ニュ

ーヨークのホテルでフィリッ

プ・スタルクにデザインを依頼

することになる。スタルクはそ

の場で近くにあった雑誌の表紙

にスケッチを描き、それがエメ

コを一躍世に知らしめた『ハド

ソン』のスケッチであった。

 

世界中のデザイン系雑誌など

で紹介されて注目を集めたハド

ソン・チェアは、同時に〝ネイ

ビーチェアの再評価〞という副

次的なトレンドも生み出した。

人気になると、人件費の安い国

からコピーが出回ることがある

が、ネイビーチェアもその例に

漏れずいくつかのコピーが出回

った。ただ、特殊な技術と製法

で作られたこの椅子のコピーは

不可能に近く、同じ手法を使っ

ても本物より高い値段になって

しまうらしい。アルミ溶接も高

い技術を必要とするので、多く

のコピー品は金属の留め具を使

わざるを得なく、ひと目でコピー

と判ってしまったそうだ。近年、

その部分を溶接したコピーも現

れたが、強度が足りずに数年で

壊れてしまうということである。

同社のモノ作りの確かさを伝え

るエピソードといえるだろう。

1940年代に誕生したネイビーチェアは職人主導でモノ作りがなされたために「デザイナー不詳」のグッドデザインとして紹介されている。後の有名デザイナーたちによって美しいエメコが次々と誕生しているが、ネイビーのデザイン的完成度は引けをとらない

Photo/US NAVY

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monoフィリップ・スタルクによってデザインされた「ハドソン」チェアはエメコのブランド再生を実現した。ちなみにこの椅子はニューヨークのハドソン・ホテル用の椅子としてデザインされたもの。

上と同じ「ハドソン」のロッキング・チェアこちらはアーム付き。価格29万1900円ポリッシュ仕上げ

ニューヨーク近代美術館に永久コレクションされているフィリップ・スタルク・デザイン

名作椅子「ハドソン」ロッキング・チェア価格13万2300円

同社のアーカイブに残されたポスター。大男のレスラー5人が乗っても

ビクともしない、エメコ製チェアの頑丈さがアピールされている。昔風のレスリング・パンツや

タイツのデザインに時代を感じる。

もっともスタンダードな「ハドソン」チェア価格11万1300円ブラッシュ仕上げ

上と同じくスタルク・デザインの「Kong」シリーズ・アームチェア。印象的な背もたれの形がいい。

価格21万7350円ブラッシュ仕上げ

 

1944年の創業当時のエメ

コ社は、創業者でありエンジニ

アであったウィルトン・カーラ

イル・ディンギス3世によって、

主に作業用工具や鋳造金型を製

造する工場として稼動していた。

ドイツ系移民の子孫であるペン

シルベニア・ダッチと呼ばれる

地元の職人たちを用いて、堅実

な事業を展開していた。

 

一方、1920年代から進行

していた米海軍とアルコア社に

よる「海軍実用椅子の開発プロ

ジェクト」は、20年もの歳月を

経て最終試作段階を迎えており、

海の上という厳しい環境に耐え

うるように設計されたアルミニ

ウム製の椅子を作り上げるには、

特殊な製法技術が必要であるこ

とが確認されていた。その製造

と量産という難題を解決するた

めにエメコ社が選ばれたのは、

やはり同社が優れた職人技を持

っていたからに他ならない。米

海軍の技術者、アルコア社の科

学者、エメコの技術者という3

者の力が終結され、試行錯誤の

末に生まれた「モデル1006」

はすべての装飾を廃し、むき出

しの素材を削り上げた、デザイ

ン意図を超越した〝無意識のデ

ザイン〞を持つ椅子として世に

姿を現す。おそらくこの無意識

の美こそが、世界中のクリエイ

ターやデザイナーたちを夢中に

させる要因なのであろう。ほぼ

ハンドメイドという77の工程を

経て完成されたこの椅子は、初

期のモデルでさえ、いまも問題

なく椅子としての機能を失って

いないそうだ。「孫の代まで10

0年は使い続けられる」という

同社の言葉には、どうやら嘘は

ないようである。

商品に関するお問い合わせは問ロイヤルファニチャーコレクションhttp://www.royal-furniture.co.jp/ Photo/WPP Archives15

米海軍の艦船内で使う実用的な椅子として開発された「エメコNAVY 1006」

2003年のミラノ・サローネで発表されたフィリップ・スタルクデザインの椅子「Kong」価格39万7950円ポリッシュ仕上げ「シートパッド」価格1万4700円