ú w ülifesciencedb.jp/houkoku/pdf/C-73_final.pdf · qb {fw z ÿ é8S | 1)" \ù R ÚEpw E ÓéÑ...

4
329 329 公募研究:2005 ~ 2009 年度 ゲノム情報に基づいた高性能バイオポリエステル生産微生物の分 子育種 ●福居 俊昭 1) ◇福崎 英一郎 2) 1) 東京工業大学大学院生命理工学研究科 2) 大阪大学大学院工学研究科 <研究の目的と進め方> プラスチックは安価で加工しやすく、耐久性にも優れているこ とから、現代社会では広範囲に使用される必須素材である。その 反面、自然環境の中でほとんど分解されないために廃棄された場 合や環境に流出した場合の処理が世界的な問題となっている。  微生物の中にはエネルギー貯蔵物質として (R )-3- ヒドロキシアル カン酸のポリエステルであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA) を合成し蓄積するものが数多く知られている。このポリエステル は環境中の微生物によって容易に分解資化される生分解性プラス チックであるうえに、生産原料として糖や植物油などのカーボン ニュートラルな資源を利用できる。したがってその実用化により 持続発展可能型プラスチック産業を確立できる可能性を有してい る。 代表的なPHAであるポリ(( R )-3- ヒドロキシブタン酸) [P(3HB)] は融点 178℃の熱可塑性高分子であり溶融成形が可能であるが、 硬くてもろい物性のために構造材料としての実用化は困難であ る。近年ではバイオマス由来生分解性プラスチックは以前にも増 して注目を集めているが、PHA が社会に受け入れられるために はさらなる物性向上とコストダウンが必須である。 PHA の物性を改善する手段として、微生物に与える炭素源を 工夫することにより異なる構造のモノマーユニットがランダムに ポリエステル鎖に導入された共重合体とすることが試みられてき た。一例として、P(3HB) 生産菌に糖質と共にプロピオン酸やペ ンタン酸を含む混合炭素源を与えると ( R )-3- ヒドロキシブタン酸 と (R)-3- ヒドロキシペンタン酸からなる共重合体が合成される。 このような共重合体は一般に P(3HB) ホモポリマーより優れた物 性を有するが、混合炭素源の高コストが問題点であった。 そこで本研究では人工代謝経路によって高物性な共重合ポリエ ステルをバイオマスのみから生合成可能な微生物株を開発する。 さらに、ゲノム情報に基づいた生合成経路の改変により組成制御 や生産性の向上をはかる。この目的のためには PHA 合成に直接 関与する酵素遺伝子の操作だけでは限界があり、宿主の細胞内炭 素代謝・エネルギー代謝の全体像を理解しつつ効果的改変を加え ていくことが必要と考えられる。 <研究開始時の研究計画> (1)共重合ポリエステル合成能を有する組換え株の構築 様々な構造・組成の PHA の解析から、我々は 3- ヒドロキシブ タン酸 (3HB) ユニットをベースとした共重合体が材料として優れ ていることを見出している。その中でも、柔軟性に優れた共重合 PHA であるポリ(( R )-3- ヒドロキシブタン酸 -co -( R )-3- ヒドロキ シヘキサン酸)[P(3HB- co -3HHx)] について、大腸菌、および水素 細菌を宿主とした効率的生産株の確立を行う。また他の種類の共 重合 PHA についても、人工代謝経路の構築により合成可能な新 規株の構築を行う。 (2) 多様な炭素源資化能を有するポリエステル合成株の構築 食料と供給しない草木系バイオマスから得られる糖質を資化可 能なポリエステル生産株を構築する。 (3) ポリエステル生産菌のメタボローム解析 キャピラリー電気泳動 - 質量分析(CE-MS)によるポリエステ ル生産菌のメタボローム解析について再現性のよい分析手法を確 立する。その後、増殖期および PHA 生合成条件での代謝プロファ イルを比較し、PHA 生合成の制御についての知見を得る。 (4) ポリエステル生産菌のトランスクリプトーム解析 次世代高速シークエンサーによる転写産物の網羅的解析によっ て各種生育条件における転写挙動を比較する。特に、PHA 生合 成条件、分解条件で発現が変動する遺伝子を同定し、PHA 生合 成に伴う転写制御について知見を得る。 <研究期間の成果> (1) 共重合ポリエステル合成能を有する組換え株の構築 1. 大腸菌を宿主とした P(3HB- co -3HHx) 生合成経路の構築 ゲノムや各種の知見が豊富な大腸菌 Escherichia coli を宿主とし て P(3HB- co -3HHx) 生合成経路を構築することを試みた。基質特 異性の広い PHA シンターゼをコードする Aeromonas caviae 由来 phaC Ac を用いて、phaC Ac- phaAB RephaAB Re: Ralstonia eutropha 来 β- ケトチオラーゼ遺伝子、NADPH- アセトアセチル -CoA レ ダクターゼ遺伝子)からなる人工オペロンの導入により P(3HB) 合成能を付与し、さらに第二モノマーユニットである ( R )-3HHx- CoA を菌体内で供給させるための外来 4 遺伝子を導入した。作製 した組換え株について各種培養条件における PHA 生合成能を検 討したが、共重合ポリエステルの蓄積は確認できなかった。検討 の結果、( R )-3HHx-CoA 生合成の鍵酵素遺伝子である放線菌由来 クロトニル -CoA レダクターゼ、Pseudomonas 由来 NADPH-3- ケ トアシル -CoA レダクターゼが機能していなかったことから発現 系の見直しを行ったが、これら外来遺伝子の効率的機能発現には 到らなかった。 2. Ralstonia eutropha を宿主とした効率的 P(3HB- co -3HHx) 生産株 の構築 水素細菌 R. eutropha H16 株は P(3HB) ホモポリマーの効率的生

Transcript of ú w ülifesciencedb.jp/houkoku/pdf/C-73_final.pdf · qb {fw z ÿ é8S | 1)" \ù R ÚEpw E ÓéÑ...

Page 1: ú w ülifesciencedb.jp/houkoku/pdf/C-73_final.pdf · qb {fw z ÿ é8S | 1)" \ù R ÚEpw E ÓéÑ ç z±`z1)" \ù Rw M tmMow _ { Ù椵Âç \ ÕwÄåﵫæÓÄ Ür s Í H E ô

− 329−− 329−

公募研究:2005 ~ 2009 年度

ゲノム情報に基づいた高性能バイオポリエステル生産微生物の分子育種●福居 俊昭 1) ◇福崎 英一郎 2)

1) 東京工業大学大学院生命理工学研究科 2) 大阪大学大学院工学研究科

<研究の目的と進め方>プラスチックは安価で加工しやすく、耐久性にも優れているこ

とから、現代社会では広範囲に使用される必須素材である。その反面、自然環境の中でほとんど分解されないために廃棄された場合や環境に流出した場合の処理が世界的な問題となっている。 微生物の中にはエネルギー貯蔵物質として (R )-3- ヒドロキシアルカン酸のポリエステルであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を合成し蓄積するものが数多く知られている。このポリエステルは環境中の微生物によって容易に分解資化される生分解性プラスチックであるうえに、生産原料として糖や植物油などのカーボンニュートラルな資源を利用できる。したがってその実用化により持続発展可能型プラスチック産業を確立できる可能性を有している。

代表的な PHA であるポリ((R)-3- ヒドロキシブタン酸)[P(3HB)]は融点 178℃の熱可塑性高分子であり溶融成形が可能であるが、硬くてもろい物性のために構造材料としての実用化は困難である。近年ではバイオマス由来生分解性プラスチックは以前にも増して注目を集めているが、PHA が社会に受け入れられるためにはさらなる物性向上とコストダウンが必須である。

PHA の物性を改善する手段として、微生物に与える炭素源を工夫することにより異なる構造のモノマーユニットがランダムにポリエステル鎖に導入された共重合体とすることが試みられてきた。一例として、P(3HB) 生産菌に糖質と共にプロピオン酸やペンタン酸を含む混合炭素源を与えると (R )-3- ヒドロキシブタン酸と (R)-3- ヒドロキシペンタン酸からなる共重合体が合成される。このような共重合体は一般に P(3HB) ホモポリマーより優れた物性を有するが、混合炭素源の高コストが問題点であった。

そこで本研究では人工代謝経路によって高物性な共重合ポリエステルをバイオマスのみから生合成可能な微生物株を開発する。さらに、ゲノム情報に基づいた生合成経路の改変により組成制御や生産性の向上をはかる。この目的のためには PHA 合成に直接関与する酵素遺伝子の操作だけでは限界があり、宿主の細胞内炭素代謝・エネルギー代謝の全体像を理解しつつ効果的改変を加え

ていくことが必要と考えられる。

<研究開始時の研究計画>(1)共重合ポリエステル合成能を有する組換え株の構築

様々な構造・組成の PHA の解析から、我々は 3- ヒドロキシブタン酸 (3HB) ユニットをベースとした共重合体が材料として優れていることを見出している。その中でも、柔軟性に優れた共重合PHA であるポリ((R)-3- ヒドロキシブタン酸-co -(R )-3- ヒドロキシヘキサン酸)[P(3HB-co-3HHx)] について、大腸菌、および水素細菌を宿主とした効率的生産株の確立を行う。また他の種類の共重合 PHA についても、人工代謝経路の構築により合成可能な新規株の構築を行う。 (2) 多様な炭素源資化能を有するポリエステル合成株の構築

食料と供給しない草木系バイオマスから得られる糖質を資化可能なポリエステル生産株を構築する。(3) ポリエステル生産菌のメタボローム解析

キャピラリー電気泳動 - 質量分析(CE-MS)によるポリエステル生産菌のメタボローム解析について再現性のよい分析手法を確立する。その後、増殖期および PHA 生合成条件での代謝プロファイルを比較し、PHA 生合成の制御についての知見を得る。(4) ポリエステル生産菌のトランスクリプトーム解析

次世代高速シークエンサーによる転写産物の網羅的解析によって各種生育条件における転写挙動を比較する。特に、PHA 生合成条件、分解条件で発現が変動する遺伝子を同定し、PHA 生合成に伴う転写制御について知見を得る。

<研究期間の成果>(1) 共重合ポリエステル合成能を有する組換え株の構築

1. 大腸菌を宿主とした P(3HB-co-3HHx) 生合成経路の構築ゲノムや各種の知見が豊富な大腸菌Escherichia coli を宿主とし

て P(3HB-co -3HHx) 生合成経路を構築することを試みた。基質特異性の広い PHA シンターゼをコードする Aeromonas caviae 由来 phaCAc を用いて、phaCAc-phaABRe(phaABRe: Ralstonia eutropha 由来 β- ケトチオラーゼ遺伝子、NADPH- アセトアセチル -CoA レダクターゼ遺伝子)からなる人工オペロンの導入により P(3HB)合成能を付与し、さらに第二モノマーユニットである (R )-3HHx-CoA を菌体内で供給させるための外来 4 遺伝子を導入した。作製した組換え株について各種培養条件における PHA 生合成能を検討したが、共重合ポリエステルの蓄積は確認できなかった。検討の結果、(R )-3HHx-CoA 生合成の鍵酵素遺伝子である放線菌由来クロトニル -CoA レダクターゼ、Pseudomonas 由来 NADPH-3- ケトアシル -CoA レダクターゼが機能していなかったことから発現系の見直しを行ったが、これら外来遺伝子の効率的機能発現には到らなかった。2. Ralstonia eutropha を宿主とした効率的 P(3HB-co-3HHx) 生産株

の構築水素細菌R. eutropha H16 株は P(3HB) ホモポリマーの効率的生

Page 2: ú w ülifesciencedb.jp/houkoku/pdf/C-73_final.pdf · qb {fw z ÿ é8S | 1)" \ù R ÚEpw E ÓéÑ ç z±`z1)" \ù Rw M tmMow _ { Ù椵Âç \ ÕwÄåﵫæÓÄ Ür s Í H E ô

− 330−− 330−

産菌であり、多くの研究例がある。また本株の変異源処理により得られたポリエステル合成能欠損変異株 PHB-4 株は PHA 合成を目的とした遺伝子操作における宿主としてよく用いられており、我々の研究グループもこれまでに PHB-4 株に広宿主域ベクターを用いてphaCAcを導入することにより植物油から 3~4mol% の3HHx ユニットを含む P(3HB-co -3HHx) を高蓄積する組換え微生物を作製した。しかし PHB-4 株においては変異部位が明らかでなく、増殖能も野生株より劣る。近年、R. eutropha H16 株のゲノムが解明されたことから、H16 株を元として今後の検討において基盤とすることができる宿主株の構築を行った。まず H16 株染色体上の PHA シンターゼ遺伝子phaCRe をphaCAc に相同性組換えにより特異的に置換した。得られた H16CAc 株は 1% 大豆油を炭素源として良好に増殖し、菌体収量は野生株の 1.4 倍、PHB-4 株由来組換え株の 1.9 倍となった。さらにポリエステル蓄積量は乾燥菌体重量あたり 89 wt% に達した。しかし本株による P(3HB-co-3HHx) 共重合体中の 3HHx 分率は 0.7 mol% と、PHB-4 株由来組換え株による分率と比較して低下が見られた。一方、phaCAc の進化工学により中長鎖基質に対する取り込み能が高いと推定される NSDG 変異体(N149S、D171G)が取得されている。そこでR. eutropha 染色体に導入する PHA シンターゼ遺伝子を NSDG 変異体遺伝子としたところ、高い PHA 生産性を維持しつつ、3HHx分率が 2.1mol% に改善した。一方、PHB-4 株のpha オペロンの配列決定から、phaCRe にナンセンス変異が同定された。その下流のphaABRe には変異は見出されなかったが、両酵素とも極性効果による著しい活性低下が見られた。さらに組換え株の解析より、菌体内におけるβ - ケトチオラーゼ活性の高い株においては3HHx 分率が低下する傾向が見られた。これらの知見に基づいた染色体pha オペロンのさらなる改変を加えることで、3HHx 分率が 3.2mol% 程度までに向上した株を取得した。

3. R. eutrophaを宿主としたP(3HB-co-3HP)生合成経路の構築第二モノマーユニットとして側鎖のない 3- ヒドロキシプロピ

オン酸(3HP)を含むポリ((R)-3- ヒドロキシブタン酸 -co-3- ヒドロキシプロピオン酸)共重合体 [P(3HB-co-3HP)] も、3HP ユニット分率の増加に伴って融点や結晶化度が低下することが示されている。しかし、これまでこの共重合体を微生物合成するためにはR. eutropha やAlcaligenes latus といった P(3HB) 生産菌に前駆体として 3HP などを含む混合炭素源を与える必要があった。しかし、このような前駆体の添加はコスト上昇などにつながることから、バイオマスのみを原料として生産できることが望ましい。そこで、細胞内で 3HP-CoA を生成させることで単一炭素源からP(3HB-co-3HP) 共重合体を生合成することを試みた。

3HP-CoA は通常の微生物における代謝には存在しない中間体であるが、我々は緑色非硫黄細菌Chloroflexus aurantiacus が有する代謝経路に着目した。C. aurantiacus は光エネルギーと二酸化炭素で生育可能な光合成独立栄養微生物であるが、その炭酸固定経路は植物・藻類・ラン藻や多くの光合成細菌が有するカルビン・ベンソンサイクルとは全く異なる、3- ヒドロキシプロピオン酸サイクル(3HP サイクル)と命名された経路であることが見出されている。この炭酸固定経路ではアセチル -CoA を出発物質とし、2分子の二酸化炭素を固定してグリオキシル酸を生成しつつアセチル -CoA を再生するが、その名称にあるように 3HP が重要な中間体となっている。すなわち、3HP サイクルの前半ではアセチル -CoA に1分子の二酸化炭素が結合したマロニル -CoA が、この経路に特異的な酵素であるマロニル -CoA レダクターゼにより3HP に還元される。次いで、やはりこの経路に特異的な多機能酵素であるプロピオニル -CoA シンターゼにより遊離 CoA-SH との

結合・脱水・還元によりプロピオニル -CoA に変換されるが、その過程で 3HP-CoA が中間体として生成する。アセチル -CoA からマロニル -CoA を生成するアセチル -CoA カルボキシラーゼは脂肪酸 de novo 合成経路の初発酵素として普遍的に存在する酵素であるから、マロニル -CoA レダクターゼと、プロピオニル-CoA シンターゼ中の 3HP-CoA シンテターゼドメインを機能させれば、細胞内で 3HP-CoA が供給されると期待される。そこで、マロニル -CoA レダクターゼ遺伝子(mcr Ca)と、3HP-CoA シンテターゼドメインをコードする遺伝子領域(acs Ca)をR. eutropha野生株である H16 株や JMP134 株に導入した組換え株を作製した。実際に、これらの組換え株はフルクトースを単一炭素源として最大 2.1 mol% の 3HP ユニットを含む P(3HB-co -3HP) を生合成することが確認できた。これは糖質のみから P(3HB-co -3HP)共重合体を生合成した初めての例である。現時点では 3HP 分率がまだ高くないものの、今後の有用ポリマーの微生物生産に向けた重要な成果と考えている。

(2) 多様な炭素源資化能を有するポリエステル合成株の構築R. eutropha 野生株である H16 株はフルクトースやグルコン酸

を炭素・エネルギー源として良好に生育するが、グルコースは資化できない。エネルギーやマテリアルの生産原料として非可食性ソフトバイオマスに由来するセルロースが有望視されており、バイオポリエステルについても同様であるが、そのためにはセルロースを加水分解したグルコースやセロビオースの資化能をポリエステル生産菌が有していなければならない。H16 株がグルコース資化能を示さない理由は明らかではないが、ゲノム解析より本株はグルコース取り込み能を有してしないことが示唆された。実際に、エタノール発酵菌Zymomonas mobilis 由来のグルコーストランスポーター遺伝子glf を導入した株が低い増殖速度ながらもグルコース資化能を示すこと明らかにした。

一方、本菌にはグルコース資化性変異株が存在するが、その変異点は明らかにされていない。そこでグルコース資化性変異株における推定 GlcNAc 特異的 PTS システムである NagFE ホモログに着目したところ、変異株由来nagFE には一塩基変異が存在することを見いだした。この変異形nagFE を広宿主域ベクターによりH16 株に導入した組換え株はグルコース資化能を示し、かつ高効率でP(3HB)を蓄積することを見いだした。今後はさらにグルコース資化能の改善をはかるとともに、ペントース資化能の付与、人工代謝経路導入によるグルコースからの共重合ポリエステル生合成能の付与を目指す。

3) 共重合ポリエステル合成菌のメタボローム解析これまでに PHA の微生物合成について培養条件の最適化や遺

伝子操作による改変など多くの研究がなされてきた。しかし微生物細胞内における PHA 生合成経路や蓄積率・分子量・組成を決定する要因やそれらの制御機構については、いまだ多くのことが不明である。PHA の生合成は細胞内の炭素代謝やエネルギー代謝と密接に関連していることから、その効率化と制御には細胞内代謝の全体像を理解しつつ、効果的な改変を加えていくことが必要と考えられる。そこで本研究では、PHA 生産菌を対象とした代謝物質の網羅的測定(メタボローム解析)の確立を行った。

PHA 生産菌のメタボローム解析においては通常の代謝物に加えて、重合における直接のモノマーとなる (R )- 3- ヒドロキシアシル -CoA ((R )-3HA-CoA)、およびその関連代謝物である各種鎖長・構造のアシル -CoA チオエステルについて同定と定量を行う必要がある。しかし中長鎖のアシル -CoA チオエステルは市販されていないことから、分析の標品とできるアシル -CoA の合成を

Page 3: ú w ülifesciencedb.jp/houkoku/pdf/C-73_final.pdf · qb {fw z ÿ é8S | 1)" \ù R ÚEpw E ÓéÑ ç z±`z1)" \ù Rw M tmMow _ { Ù椵Âç \ ÕwÄåﵫæÓÄ Ür s Í H E ô

− 331−− 331−

行った。化学的手法による各種鎖長の 2- エノイル -CoA の合成と、その酵素変換による 3- ヒドロキシアシル -CoA および 3- オキソアシル ‒CoA の合成を行い、炭素数 4~12 までの各種アシル-CoA 精製標品を調製した。さらにキャピラリー電気泳動 - 質量分析(CE-MS)による分析で、各種アニオン性代謝物と共にこれらアシル -CoA チオエステルの分離同定および定量が可能であることを確認した。

次に、フルクトースおよびオクタン酸を炭素源として生育させた菌体より代謝物を抽出し、CE-MS による一斉分析により得られた代謝物プロファイルについて比較を行った。その結果、フルクトース生育菌体ではヘキソースリン酸の濃度が高く、またオクタン酸生育菌体ではグリオキシル酸バイパスの活性化によるクエン酸やリンゴ酸の濃度上昇が検出され、炭素源の違いによる代謝の変化を確かに観察できていることが示された。一方、P(3HB)生合成経路では、アセトアセチル -CoA はアセチル -CoA と比較して濃度が極めて低いことが示された。混合物の質量分析ではイオン化抑制効果のため、正確な定量には注意が必要であるが、P(3HB) 生合成においてアセトアセチル -CoA の代謝が重要であると言える。また、オクタン酸生育菌体においては、低い濃度のn- アシル -CoA や 3HA-CoA が検出されたが、3- ケトアシル-CoA は検出されないなど、脂肪酸β - 酸化系に関する興味深い知見が得られた。

その一方で現状では測定の再現性が必ずしも良くなく、さらにはサンプル調製法(集菌方法、洗浄液組成など)の違いによって定量結果が大きく異なる代謝物も存在したことから、サンプル調整法の確立が重要であることが示された。そこで種々の培養条件における代謝物濃度変化を精密測定するため、同位体希釈法による精密相対定量を試みた。すなわち、代謝物抽出の際に 13C 安定同位体で標識した代謝物抽出液を内部標準として小量添加し、得られたサンプルの質量分析スベクトルにおける目的物質のピークとその標識物のピークの強度を比較することによる定量を検討した。予備的な検討の結果、十分なピーク強度が得られる代謝物については誤差の少ない良好な測定値が得られたが、細胞内濃度が低い代謝物については十分な強度の標識化合物ピークが得られず、定量が困難であった。今後は内部標準として添加する標識代謝物抽出液の量を増やすことによって、多くの代謝物についての分析を行う予定である。

4) ポリエステル生産菌のトランスクリプトーム解析PHA 生産菌のトランスクリプトーム解析を行い、メタボロー

ム解析と組み合わせて PHA 生合成およびその制御について知見を得ることを試みた。本研究で使用しているR. eutropha については、既製のマイクロアレイがなく、カスタムアレイの作製には高額の費用がかかる。そこで、本研究では本特定領域比較ゲノム支援班に導入された高速シークエンサーによるトランスクリプトーム解析を試みた。高速シークエンサーによる真核生物のトランスクリプトーム解析では total RNA から polyT プライマーで合成した mRNA 由来 cDNA のタグ配列を決定するが、polyA 付加配列のない原核生物では同様の手法を用いることができない。そこでR. eutropha の total RNA から rRNA 特異的プライマーを結合したビーズを用いて rRNA を除去した。その後にランダムプライマーを用いて cDNA を合成し、高速シークエンサー Solexa Genome Analyzer II により配列決定した。当初の取り組みでは rRNA の除去が不十分であったが、rRNA 以外のタグ配列 8 万~ 35 万個を解析したところ、リボソームタンパク質遺伝子の増殖期における高い転写など、培養条件により転写量が変動した遺伝子が多数見出された。アセチル -CoA からの P(3HB) 生合成経路を構成す

るphaCAB オペロンの転写には培養条件による大きな変化はなかった一方で、細胞内で PHA 顆粒に結合する Phasin タンパク質遺伝子phaP の転写は定常期に大きく減少していた。

このように高速シークエンサーによるトランスクリプトーム解析は原核生物においても非常に有効であることが示され、今後はrRNA を十分に除去する手法の確立について検討する。

<国内外での成果の位置づけ>本研究により構築した P(3HB-co -3HP) 生合成株は 3- ヒドロキ

シプロピオン酸やその関連物質を炭素源として添加する必要がなく、バイオマスを唯一の炭素源として P(3HB-co -3HP) 共重合体を微生物合成した初めての例である。いくつかの産学連携イベントにおいて発表したところ、各種企業からの関心も高かった。 

またポリエステル生産微生物のメタボローム解析やトランスクリプトーム解析はこれまでに報告例がなく、網羅的解析の有用物質生産への応用といった観点からも重要である。

<達成できなかったこと、予想外の困難、その理由>CE-MS 解析によって実際の菌体サンプルから各種アシル -CoA

中間体を含む多くのアニオン性代謝物の一斉分析を行うことができたが、サンプル調製法の違いによる測定値の差が見られた。真核生物と比較して代謝が非常に速い微生物におけるメタボローム解析は困難さが伴うが、効果的に代謝を止め再現良く代謝物を抽出できるサンプル調製法の確立が必要である。

また高速シークエンサーによる原核生物トランスクリプトーム解析はほとんど例が無く、その手法開発も含めて検討したが、大量に存在する rRNA の除去が大きな問題点であった。今後は効率的な rRNA 除去のための最適条件を確立する必要がある。

<今後の課題、展望>本研究ではポリエステル生合成の遺伝子操作において優れた宿

主と成りうる株や、新規な人工代謝経路による共重合ポリエステル生合成株を作製するとともに、メタボローム解析およびトランスクリプトーム解析の確立を進めてきた。今後、共重合 PHA 生合成経路の改善、多様な炭素源を資化する代謝経路の付与やエネルギー代謝の改変を進めていく。また作製した株について種々の培養条件で取得した代謝プロファイルや転写プロファイルを野生株や他の組換え株と比較することによって代謝改変による効果を評価し、その結果をふまえた改変を加えていく。最終的には組成や分子量が制御され、物性が優れた共重合ポリエステルを効率良く生産する微生物株を確立し、ゲノム情報を基盤として持続発展可能プラスチック産業の創生に貢献することを目指す。

<研究期間の全成果公表リスト>1)論文/プロシーディング0903091524Fukui, T., Suzuki, M., Tsuge, T., Nakamura, S: Microbial synthesis of poly((R)-3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxypropionate) from unrelated carbon sources by engineered Cupriavidus necator , Biomacromolecules, 10:700-706 (2009)0805231553Mifune, J., Nakamura, S., Fukui, T.: Targeted engineering of Cupriavidus necator chromosome for biosynthesis of poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyhexanoate) from vegetable oil, Can. J. Chem. 86: 621-627 (2008)

2)学会発表

Page 4: ú w ülifesciencedb.jp/houkoku/pdf/C-73_final.pdf · qb {fw z ÿ é8S | 1)" \ù R ÚEpw E ÓéÑ ç z±`z1)" \ù Rw M tmMow _ { Ù椵Âç \ ÕwÄåﵫæÓÄ Ür s Í H E ô

− 332−− 332−

○T. Fukui, “Establishment of metabolome analysis of PHA-producing bacterium Ralstonia eutropha”, The 2nd International Conference of Bio-based Polymers 2009, 2009.11.11, Penang, Malaysia○J. Mifune, S. Nakamura, T. Fukui, “Engineering of pha operon in Ralstonia eutropha for efficient biosynthesis of poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyhexanoate) from vegetable oil”, The 2nd International Conference of Bio-based Polymers 2009, 2009.11.12, Penang, Malaysia御船 淳、折田和泉、中村 聡、○福居俊昭、「Ra l s t o n i a eutropha phaオペロン改変株による植物油からの共重合ポリヒドロキシアルカン酸生合成」、第12回日本化学会バイオテクノロジー部会シンポジウム、2009.9.14、福岡○福居俊昭、鈴木麻美絵、中村 聡、「バイオマスを単一原料とする共重合バイオポリステルの微生物合成」第9回グリーン・サステイナブルケミストリーシンポジウム、2009.3.9、東京○御船 淳、中村 聡、福居 俊昭、「Ralstonia eutropha phaオペロン改変株による植物油からの共重合ポリヒドロキシアルカン酸生合成」日本農芸化学会2009年度大会、2009.3.28、福岡○岩澤 玲子、折田 和泉、中村 聡、福居 俊昭、「ポリヒドロキシアルカン酸生産菌Ralstonia eutrophaのグルコース資化性突然変異株における変異遺伝子の同定」日本農芸化学会2009年度大会、2009.3.28、福岡○福居 俊昭、「共重合バイオポリエステルの微生物合成」、第二回慶応義塾大学理工学部ハイテクリサーチセンターシンポジウム、2008.12.20、東京○T. Fukui, “Metabolome analyses of PHA-producing bacterium Ralstonia eutropha”, Workshop on Bio-based Polymeric Materials 2008-2, 2008.12.1, Yokohama, Japan○T. Fukui, M. Suzuki, S. Nakamura, “Engineering of Ralstonia eutropha for biosynthesis of poly(3-hydroxybutyrate-co -3- hydroxypropionate) from fructose”, International Symposium on Biological Polyesters 2008, 2008.11.23-26, Auckland, New Zealand○J. Mifune, S. Nakamura, T. Fukui, “Targeted engineering of Ralstonia eutropha chromosome for biosynthesis of poly(3-hydroxybutyrate-co- 3-hydroxyhexanoate) from vegetable oil”, International Symposium on Biological Polyesters 2008, 2008.11.23-26, Auckland, New Zealand○福居俊昭、「共重合バイオポリエステルの微生物合成」、08-2エコマテリアル研究会講演会、2008.10.24、東京○T. Fukui, “Metabolome analyses of PHA-producing bacterium Ralstonia eutropha”, Workshop on Bio-based Polymeric Materials 2008, 2008.9.22, Faren, Taiwan○岩澤玲子、折田和泉、中村 聡、福居俊昭、「グルコーストランスポーター遺伝子の導入によるグルコース資化性Rals ton ia eutrophaの構築」、日本農芸化学会2008年度大会、2008.3.28、名古屋○長 健太、原田和生、福崎英一郎、中村 聡、福居俊昭、「バイオポリエステル生産菌Ralstonia eutrophaのメタボローム解析」、日本農芸化学会2008年度大会、2008.3.28、名古屋鈴木麻美絵、中村 聡、○福居俊昭、「糖質を単一炭素源としたポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-3-ヒドロキシプロピオン酸)の微生物合成」、日本農芸化学会2008年度大会、平成20年3月28日、名古屋 日本農芸化学会2008年度大会、平成20年3月26-29日、名古屋○ T. Fukui, “Production of biodegradable copolyesters by

recombinant bacteria from biomass”, International Conference on Bio-based Polymeric Materials 2008, 2008.2.4, Yokohama, Japan○T. Fukui, “Production of biodegradable copolyesters by recombinant bacteria from biomass”, Workshop on Bio-based Polymeric Materials 2007, 2007.9.28, Taipei, Taiwan○福居俊昭、鈴木麻美絵、中村 聡、「バイオマスを単一炭素源とした共重合ポリエステルの微生物合成」第10回バイオテクノロジー部会シンポジウム、2007.9.5、東京○福居俊昭、「バイオマスを単一原料とする共重合ポリエステルの微生物合成」日本化学会第87春期年会、大阪、2007.3.26、大阪○T. Fukui, “Production of biodegradable copolyesters by recombinant bacteria from biomass”, International Conference on Bio-based Polymeric Materials, 2007.3.15, Yokohama, Japan○組換え微生物によるポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-3-ヒドロキシヘキサン酸)共重合ポリエステルの生合成御船 淳、福居 俊昭 日本農芸化学会2007年度大会、2007.3.25-27、東京

3)図書0912011649福居俊昭、光学活性ポリエステルおよび光学活性3-ヒドロキシアルカン酸の微生物合成、ファインケミカル、4月号 p32-42 (2009)0901151434 福居俊昭、バイオマスを単一原料とした共重合ポリエステルの微生物合成、バイオインダストリー、8月号 p66-72 (2008)

4)データベース/ソフトウェアなし

5)研究成果による産業財産権の出願・取得状況0805231546岩澤玲子、折田和泉、福居俊昭C. necatorにグルコース資化性を付与する方法、およびその形質転換体を用いたPHAの製造方法、特開2009-2256620704281710福居俊昭、鈴木麻美絵、共重合ポリエステルの製造法、特開2008-212114

6)新聞発表、その他0805280944福居俊昭、画期的なバイオマス生分解性プラスチック~微生物使用で脱石油依存へ道筋~、国際技術情報M&E 3月号、p18-190804221403柔軟性高い生分解性プラスチック:微生物のみから作製、日経産業新聞 2008年1月9日