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(1)季節性インフルエンザウイルスの抗原変異と不活化ワクチン

孵化鶏卵で増やしたウイルス粒子をエーテルや界面活性剤で処理し,副反応の要因と

なるウイルス脂質成分を除去したスプリットワクチン(あるいはHAワクチン)が日本を

含む世界各国で広く利用されている。この皮下あるいは筋肉注射型の不活化ワクチン

は,インフルエンザウイルスの主要感染防御抗原であるヘマグルチニン(HA)に対する

中和抗体を血中に産生することで,上気道や肺でのウイルス増殖を抑制し,それによっ

て発症や重症化を防ぐ効果がある。しかしながら,このワクチンによって誘導される中

和抗体は,ワクチン製造で使われるウイルス(ワクチン株)から抗原性の離れたウイル

スに対して交差反応性が低いことが示されている。そのためワクチン株と実際に流行し

たウイルスとの間でHAの抗原性が一致しなければ,ワクチン効果は弱まる。したがっ

て,抗原性が絶えず変化する季節性ウイルスに対しては,毎年のようにワクチン株を見

直す必要がある。

ワクチンを製造するには少なくとも半年程度の期間を要するため,実際の流行が始ま

る半年前には適切なワクチン株を選定しておく必要がある。世界各国のサーベイランス

機関は,毎年,患者検体から膨大な数のウイルス流行株を分離している。WHO(世界保

健機関)は,世界各地で分離された流行株の抗原性状を分析して,翌年に流行するウイ

ルスの抗原性状を予測し,その情報に基づいて翌年の流行シーズンのためのワクチン株

を推奨している1)。しかし,年によっては選定されたワクチン株と実際の流行株との間

でHAの抗原性が一致せず,ワクチンによる予防効果が十分に発揮されないことがある。

そのため,自然界で起こる季節性ウイルスの抗原変異を高い精度で予測する技術の開発

が望まれている。本項では,筆者らが最近開発した季節性インフルエンザウイルスの抗

原変異予測技術について紹介する2)。

(2)季節性インフルエンザウイルスの抗原変異を予測する新規技術

筆者らは,2009年にパンデミックを起こしたウイルス(A/H1N1pdm,H1N1/09)が,

この先どのような抗原変異を起こすのかを予測するため,A/H1N1pdm流行株のHAの

抗原領域にランダム変異を導入して,多様な抗原性状を持つウイルスライブラリーを作

季節性インフルエンザウイルスの抗原変異を予測する!

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45topics 1 季節性インフルエンザウイルスの抗原変異を予測する!

出した。そのウイルスライブラリーから様々な抗原変異株を単離し,その遺伝子性状お

よび抗原性状を解析することにより,この先流行する可能性の高い抗原変異株を予測し

た(図1)。A/H1N1pdmの感染者あるいは,流行株を感染させた動物から採取した血

清とウイルスライブラリーを混合した後,培養細胞に接種した。培養後,抗体による中

和作用を逃れた複数のエスケープ変異株を回収し,それらの遺伝子性状を解析した。そ

の結果,いずれの変異株もHAのレセプター結合部位近傍の抗原決定領域(エピトープ)

に複数のアミノ酸変異が生じていることがわかった。また,これらの変異株は,もとの

流行株に対する抗血清との反応性が低いことが赤血球凝集抑制(HI)試験によって明ら

かにされた。このHI試験で得られたデータを抗原地図法(図1)3)で解析し,抗原変異の

パターンを分析することによって,これから流行する可能性のあるA/H1N1pdmの抗

原変異株を予測した。

本研究で予測された抗原変異株が,この先自然界で流行するのかどうかを検証するた

めに,2009年にヒトから分離されたA/H1N1pdm流行株に対する抗体を持つフェレッ

トを準備し,そのフェレットに流行株あるいは抗原変異株を接種した。その結果,流行

株を感染させたフェレットの鼻洗浄液からはウイルスはまったく検出されなかったが,

抗原変異株を感染させたフェレットからは大量のウイルスが検出された(図2)。このこ

とは,本研究で同定されたアミノ酸変異を持つA/H1N1pdmウイルスが将来自然界で

流行する可能性があることを示唆している。

さらに筆者らは,A/H3N2亜型の季節性ウイルスの流行株をもとにウイルスライブ

ラリーを作出した。そのライブラリーから単離された抗原変異株を抗原地図法で分析す

ることで,2014-15シーズンに実際に起きた抗原変異株の流行を先回りして予測するこ

とにも成功した。

HAのエピトープにアミノ酸置換が生じ,変異が蓄積していくと,ヒト集団が過去の

感染やワクチン接種によって獲得した免疫から逃れる抗原変異株が出現し,新たな流行

を引き起こす。次のインフルエンザシーズンにおいて,どのような抗原変異株が流行す

るか,シーズンが始まる半年前に正確に予測することは現行の技術では非常に困難であ

る。今回筆者らが開発した予測技術と,これまでの分離株サーベイランスを組み合わせ

ることで,従来よりも精度の高い予測が可能になると考えられる。すなわち,この新技

術を利用することにより,より適切なワクチン株を選定することができる。

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●図 1 多様な抗原性を持つウイルスライブラリーからの抗原変異株の単離季節性インフルエンザウイルスの感染者あるいは感染動物から採取した血清とウイルスライブラリーを混合した後,培養細胞に接種して,増えてきた変異株を回収した。また,ウイルスを免疫したマウスにウイルスライブラリーを感染させて,増えてきた変異株を回収した。回収された変異株の抗原性状を,赤血球凝集抑制(HI)試験と抗原地図法*で解析した

*: HI試験によって解析されたウイルス株間の抗原性の違いを二次元の地図上に示す方法。これにより,抗原変異の パターンを明らかにすることができる

抗原変異ライブラリーの作出

変異株の単離

抗原変異株の解析

免疫動物

季節性ウイルスに対する抗体

培養細胞

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47topics 1 季節性インフルエンザウイルスの抗原変異を予測する!

文 献

1) WHO Writing Group,Ampofo WK,Baylor N,et al:Improving influenza vaccine virus selection:report of a WHO informal consultation held at WHO headquarters,Geneva,Switzerland,14-16 June 2010.Influenza Other Respir Viruses 6:142-152,2012.

2) Li C,Hatta M,Burke DF,et al:Selection of antigenically advanced variants of seasonal influenza viruses.Nat Microbiol 1:16058,2016.

3) Smith DJ,Lapedes AS,de Jong JC,et al:Mapping the antigenic and genetic evolution of influenza virus.Science 305:371-376,2004.

〔今井正樹,河岡義裕〕

流行株に対する抗体

流行株感染群ではウイルスは

検出されなかった

12カ月

流行株

ウイルスを接種

流行株

ウイルスを接種

抗原変異株感染群ではウイルスが検出された

12カ月

流行株

ウイルスを接種

抗原変異株

ウイルスを接種

●図 2 自然界における抗原変異株の流行の検証A/H1N1pdmの流行株をフェレットに感染させた。12カ月後,フェレットが流行株に対する抗体を保有しているのを確認した後,流行株あるいは抗原変異株を再び感染させた。流行株感染群からはウイルスはまったく検出されなかったが,抗原変異株感染群からは大量のウイルスが検出された

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最近,インフルエンザワクチンの効果は,test-negative case-control design(以下,

診断陰性例コントロール試験)により,毎年各国から報告されるようになった。特に注

目されるのは,インフルエンザ流行中の1月の中旬には,速報としてワクチン効果が明

らかにされることが通例となった点である1)。その結果として,A香港型インフルエン

ザに対するワクチンの効果が低下していること2),特に高齢者での効果がほとんどない

ことが明らかにされた3)。一方,2013-14シーズンでは,新型インフルエンザであった

インフルエンザ(H1N1)2009[以下,H1N1/09]に対する効果は十分に高かったことが

報告された4)。

診断陰性例コントロール試験は,インフルエンザを疑い抗原検査を実施した症例を対

象に,診断陰性群をコントロールとしたワクチン効果判定法であり,今やスタンダード

な判定法となっている。

ここ数年間の欧米でのワクチン効果報告は,ほとんど診断陰性例コントロール試験に

よるものであるが,日本では十分に知られていない。抗原診断として,欧米ではPCR

が用いられている。迅速診断が日常的に行われている日本では,その陰性/陽性の結果

を用いてワクチン効果を調査することができる。診断陰性例コントロール試験を用いた

ワクチン効果については,既に,長崎大学のSuzukiらが,迅速診断キットを用いた場

合とPCRを使用した場合で,有効率に差が出なかったことを報告している5)。

(1)従来のワクチン効果判定法

従来,ワクチン効果は,ワクチン接種群と非接種のコントロール群にわけ,インフル

エンザ流行期間に,各群の中でインフルエンザに罹患した比率を比較して感染防止効果,

あるいは発病した比率を比較して発病防止効果をみていた。ワクチン効果判定には,両

群の流行前後のHI抗体価測定や,発症した際のウイルス分離結果が必要となる。図1に

以前筆者らがJAMAに発表した例を示す6)。これが従来のワクチン効果判定の常道であ

った。しかし,数カ月にわたる流行期間中,各症例のインフルエンザ感染の有無を正確

に確認するのは,事実上不可能であった。ウイルス分離や抗体検査を多数例で実施する

ためには莫大な費用を要する。結局,日本では多数例を対象とした説得力のあるワクチ

これからのワクチン効果判定法: test-negative case-control design(診断陰性例コントロール試験)

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49topics 2 これからのワクチン効果判定法:test-negative case-control design(診断陰性例コントロール試験)

ン効果のデータがないままに,ワクチン接種の有用性のみが叫ばれて,毎年,数千万人

の国民がワクチン接種を受けてきた。

(2)診断陰性例コントロール試験によるワクチン効果判定法

一方,診断陰性例コントロール試験は,インフルエンザを疑い抗原検査を実施した症

例を対象にしたワクチン効果判定法である。日本では迅速診断を利用すれば,容易に実

施できる(図2)。たとえば,インフルエンザ流行期間に,ある医療機関にインフルエン

ザを疑う患者が400例受診したとする。日本の医療機関では,当然,すべての患者に迅

速診断を実施する。そこで,診断陽性群200例と診断陰性群200例にわかれたとする。

その両群中でのワクチン接種歴を確認する。これだけで,ワクチン効果を解析するデー

タ集めは終了する。そして,図2に示したように,陽性群と陰性群の中でのワクチン接

種例数と非接種例数を比較検定すれば,ワクチン効果が算出される。診断陰性例コント

ロール試験の導入は,見事な発想の転換である。

迅速診断を利用すれば,診断陰性例コントロール試験の実施は,インフルエンザ流行

期には,個々の病院,医院でも十分可能である。それを,地域の医師会がまとめれば数

千例を対象とした大規模なワクチン効果研究,県単位でまとめれば数万例を対象とした

世界に類を見ないワクチン効果研究となる。

今後は,インフルエンザ流行が始まると,各地からワクチン効果が速報として発表さ

れる時代となることは間違いない。実際,神奈川県小児科医会は,髙宮光医師らの開業

抗体検査,ウイルス分離等でインフルエンザの診断

ワクチン接種群85例

コントロール群52例

17例インフルエンザ陽性

32例インフルエンザ陽性

17/85, 20% 32/52, 61.5%

●図 1 従来のワクチン効果判定法ワクチン接種群とコントロール群でのインフルエンザ陽性率を比較(1-20/61.5)×100=67.5。ワクチン非接種群をコントロールにしたワクチン有効率は67.5%(p<0.01)

(文献6より引用)

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医が中心となり数千例の小児を対象としたワクチン効果を,昨年発表した。

日本では,迅速診断をもとにして,世界に誇るノイラミニダーゼ阻害薬の早期治療体

制が確立したが,今度は,同じく迅速診断をもとにして,世界が追随できないワクチン

効果判定体制が築かれることになる。欧米を真似た勧奨ではなく,日本での実際の効果

判定に基づいて,ワクチン接種が実施される時代が来る。

今後,ワクチン効果は,診断陰性例コントロール試験により,日本国内で臨床医によ

って厳密にチェックされることになる。欧米で認可されたから日本でも使うべきという

ような, 安易な意見は危険である。 米国では, 期待された経鼻接種の生ワクチン

(FluMist®)が3年連続無効であったことが,診断陰性例コントロール試験により明らか

にされ,ついに2016-17シーズンは経鼻接種生ワクチンの接種中止勧告が出た(chap.1A

☞p14)。もしも診断陰性例コントロール試験がなければ,依然として小児の経鼻接種

生ワクチン勧奨は続き,多くの小児が入院し,時には死亡したこともあったかもしれな

い。毎年,不活化ワクチン群と経鼻接種生ワクチン群にわけて,従来のいわゆるコホー

トスタディを実施することは,きわめて困難である。日本では,まさに効果がわからな

いままに,国・マスコミをあげてワクチン接種が勧奨されてきたのが現状である。

(3)2013-14シーズンのワクチン効果判定の実際

2015年8月に,慶應小児科インフルエンザ研究グループ(代表,菅谷憲夫)は,診断陰

迅速診断

200インフルエンザ陽性群

200インフルエンザ陰性群

40ワクチン接種例

160ワクチン未接種例

100ワクチン接種例

100ワクチン未接種例

400インフルエンザ様疾患受診患者

●図 2 新しいワクチン効果判定法(test-negative case-control design)迅速診断陽性群と陰性群を比較し,ワクチン接種率に差があるかカイ二乗テストにより検定。迅速診断陰性群をコントロールとしたワクチン有効率は75%

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51topics 2 これからのワクチン効果判定法:test-negative case-control design(診断陰性例コントロール試験)

性例コントロール試験によるワクチン効果の論文を発表した7)。これは,小児のワクチ

ン効果研究としては,きわめて規模の大きいもので,慶應義塾大学の22の関連病院小

児科の共同研究である。2013年11月~14年3月末までのシーズンに,4,727例の6カ月

~15歳の患者が,38℃以上の発熱で来院し迅速診断を受けた。このシーズンは,A型

は新型インフルエンザであったH1N1/09とA香港型(H3N2)が流行したが,H1N1/09

が中心であった。B型も流行した。876例がA型陽性で,1,405例がB型陽性,2,445例

がインフルエンザ陰性であった。インフルエンザワクチンの有効率は,A型インフルエ

ンザに対しては63%,B型インフルエンザに対しては26%であった(表1)。H1N1/09

を検出可能なキットを使用した病院では,H1N1/09に対しては77%の効果が得られた。

インフルエンザワクチンは,B型で効果が低いが有効であり,A型,特にH1N1/09に

は高い効果があった。

今回の論文で,有効率以外に明らかにされた重要なポイントは,①1歳未満の乳児で

はワクチンの効果がなかった点,②A型では,76%の入院防止効果がみられた点(B型で

は入院防止効果なし),③ 流行の後半の2月になるとワクチン効果が低下した点である。

(4)2014-15シーズンのワクチン効果

2013-14シーズンに続いて,診断陰性例コントロール試験による2014-15シーズンの

ワクチン効果を,慶應小児科インフルエンザ研究グループが発表した8)。このシーズン

は,11月と異例に早期の段階から,変異したA香港型subclade 3C.2aが流行した。世

界各国からの速報では,A香港型に対して,高齢者のみならず健康成人においてもワク

チン無効という報告が相次いだ。

この研究は3,752例の6カ月~15歳の小児を対象とした(表2)。A型は,流行情報か

ら99%がA香港型であることが明らかにされたが,ワクチンの発病防止効果は37%と,

低いながらも小児では有効であった。1歳未満の乳児には無効であった。55%と高い入

院防止効果がみられた。

診断陰性例コントロール試験を実施した2シーズンをまとめると,現行の不活化ワク

チンは小児には十分な発病防止効果があり,まったく予想外ではあったが,高い入院防

止効果がみられた。したがって,小児のインフルエンザワクチン接種は,乳児以外には

積極的に勧奨すべきであるという結論に至った。